●さあ皆一緒に
「こんにちはー! みんな、元気かなーっ?」
「げんきー」
「声が小さいぞー? 元気かなーっ?」
「げんきーっ!」
司会のお姉さん(
ja4394)……ではなく、武田 美月(
ja4394)が幼稚園の子供達に笑顔で呼び掛けていた。即興で作った舞台の上に立ち、マイク片手にスマイルスマイル。
本当に撃退士なのかと首を傾げたくなるほど、見事な熱演ぷりだった。
演じる演目はヒーローショー。撃退戦隊ブレイカー、である。子供達は目を爛々と輝かせて勧善懲悪の戦隊バトルを楽しみにしている。
それらを――舞台袖からこっそり覗いてる待機中の残り九名。
「子供の頃、1度だけこんなショーを見に行ったことがあったな。まさか、自分もやることになるとは思いもよらなかったが……」
「ふっふっふ。子供たちにかっこいいヒーローというものを教えてあげよう!」
「いや、お前悪役だろ里桜?」
「まあ、それはそうなんだけどね……でも零紀さんのだって黒いし悪役っぽいよ?」
「なにおう。VTRを見て研究をしてきたんだぞ」
きゃわきゃわと言い合う梶夜 零紀(
ja0728)と高瀬 里桜(
ja0394)。既に一同はそれぞれ用意した自慢のスーツやらゴスロリ衣装などに身を包んで、成り切っていた。
芝居とは思えぬほどの熱意が垣間見ていたりする辺り油断ならない。
「こらこら。子供の歪んだヒーロー像を正すのが目的なんだから。しょーもない事でブラックと悪の幹部が喧嘩しない。良子先生にもチラシ配り手伝ってもらったんだから頓挫しちゃまずいよ?」
神宮陽人(
ja0157)が向ける視線の先では、子供達の中で妙に疲れた雰囲気の並木良子(23)の姿があった。今日という日のために、彼女も色々苦労があったのだろう。
「ロシアの自動小銃をぶっ放すヒーロー演じる子供らだからなぁ。心労溜まったんだろ。最近の子供はおっかねぇな」
「毒ガスも酷い……電ノコなんて、そもそも武器じゃない……正しい姿を、教えなきゃ……」
七瀬 晃(
ja2627)と樋渡・沙耶(
ja0770)も、準備完了な態勢で、子供達に正しいヒーロー像を教える気満々だ。カラシニコフに毒ガスに電気ノコギリを使うヒーローに憧れてはならない。というかそんなヒーロー居てたまるか。
浪漫よりも効率性重視な子供達の為、苦労人の良子先生の為、何としてでも劇は成功させなくては。
皆はぐっ、と拳を握り締め決意を新たにした。
……まあ、変装と言うか仮装状態の一同がやる気を見せたところで、第三者から見れば随分愉快な姿であるのだが。
●悪役出現
「はーはっはっはっ!」
女性の高笑いが木霊する。何処から聴こえてくるのだろう。子供達はきょろきょろと辺りを見渡して、司会のおねーさんはやけに芝居掛かった動きで声の元を指差す。
そこには居た。黒きマントと仮面で身を隠した悪の幹部ブラックメフィス――もといメフィス・エナ(
ja7041)と、その横で同じように高笑いをする悪の怪人ドラゴンクイーン――もとい紅 椿花(
ja7093)の姿が。
「ガオー! グオー!(子供達! 泣き叫べ! 逃げ惑え! ハーハハハデス!)」
「ここは私達が占拠した! さあ司会のおねーさん! 人質にでもなってもらおうか!」
もう二人ともノリノリである。メフィスは作り物のハリボテ大剣振り回して、椿花は無音歩行を駆使して不気味な動きで子供達に迫る。
舞台は、子供達のぴゃーぴゃー騒ぐ声で一杯だ。
だがそんな時こそ、そんな時だからこそ現れる者達が居る。
「大変! さあ、みんな、早く撃退戦隊ブレイカーを呼ばないと! 皆の声が撃退戦隊に届けば、彼等はやってきてくれるわ! だから皆、お願いっ!」
「こんなときこそヒーローの出番だ、声揃えて呼ぶぞー! 来てくれ、撃退戦隊ブレイカーっ!」
赤髪ポニーな司会のおねーさんの願いと、こっそり子供達の中に紛れ込んでいた晃の掛け声に乗せて――子供達は叫ぶ。声高らかに。
撃退戦隊ブレイカー、と。
●悪を祓うは撃退戦隊
「俺が近くにいたのがお前達の運が尽きた証拠だぜ!」
男の熱き叫びと鳥の鳴き声が、響く。何か録音したのを再生したような、何処となく嘘くさい鳴き声であったが響く。司会のおねーさんや、晃は言う。あれは不死鳥の声だと。
「子供達の呼び声に誘われて! 冒険戦士トレジャーフェニックス、ただいま参上!」
姿を現すのは真紅のボディスーツに身を包んだ冒険戦士トレジャーフェニックス――もとい、神鷹 鹿時(
ja0217)の姿。幻の不死鳥を探しながら戦うさすらいのヒーローが、今此処に姿を現す。
そして同じように姿を現す守護戦士。
「こんなこともあろうかとっ……! 現の闇を祓う為、準備万端、磐石の戦士! 守護戦士FelesEques(フェレスエクエス)! 参、上! なのですっ!」
煌く極晶の鎧(夜なべで作ったハリボテ)を纏った永月 朔良(
ja6945)が名乗りを上げる。
小さな体と侮る無かれ。その胸に秘める力は想像を絶している! 事実おむねは平均より大きいみたいだし!
しかし悪の幹部とて怯んではいない。ブラックメフィスはマントを翻し、大剣を突きつける。
「ふっ、現れたわね撃退戦隊ブレイカー! けれどたった二人で私とドラゴンクイーンを倒す事ができるのかしら?」
「――二人だと? 同じ黒を纏う者として、その注意を欠いた判断は頂けないな」
「何ぃ!?」
背後から突如聴こえてきた声に驚いて――まあ打ち合わせ通りなのだけど――メフィスは振り返る。そこに居た者は、メフィス同様、全身を黒で包んだ貴公子の姿。
「沈黙の貴公子、ブレイカーブラック! ここに推参!」
ビシィ! と見事な決めポーズを見せて、零紀が姿を現した。
クールなブラックを演じる彼もノリノリだ。VTRで研究したのは伊達では無いらしい。
こうして集結しつつある撃退戦隊ブレイカー。だが正義の光が強ければ強いほど、悪の影もまた強く大きくなるものだ。
「あなた達が私を倒す? ふふっそんなこと出来ると思ってるのかしら?」
鈴を転がすような少女の声が響く。
ああ、あれはっ!? と司会のおねーさんがマイク片手に悲鳴を上げれば、そこに出でます悪の大首領。撃退戦隊と戦い続ける、秘密結社ディアーボロの大首領。
「世界の甘いものはすべて私のものなの! あなた達はもう一生甘いものは食べられないのよ! ほーっほっほっほ! やっておしまい! 我が僕ども!」
ゴスロリ衣装で高笑いを決めながらお菓子を頬張る首領リオ――もとい里桜が撃退戦隊と子供達の前に姿を現し号令をかける。
龍の被り物つけたまま無音歩行する怪しいドラゴンクイーンは守護戦士FelesEquesと、同じ黒の衣装に身を包むブラックメフィスはブレイカーブラックと戦い始める。
そして首領と相対するトレジャーフェニックス。
「勝負だ! 大首領リオ!」
うおおお! と叫びながら細身剣(ダンボール製)を構える里桜に駆けて行く鹿時。
こうして、正義と悪の激しい戦いが始まるのであった――。
●熱戦にして激戦にして卑劣
ドラゴンクイーンが壁を蹴り、フェレスエクエスの攻撃を避ける。
龍の被り物を着けた戯けた姿だが、その動きは機敏すぎる。繰り出す攻撃を避けながら――ドラゴンクイーンは、近くに居た子供(晃)を人質に取る。
「フフフ……さぁ、武器を捨てるデス、フェレスエクエス」
「くっ……こんなこともあろうかと……とは、思っていなかった……」
龍の被り物の口の部分から妙に片言な脅しが発せられる。
口惜しげに武器を置くフェレスエクエス。
そして――黒き戦士達の戦いも思わぬ終わり方に。赤髪ポニーな司会のおねーさんを人質に取り、ブラックメフィスが不敵に笑う。
「ちぃ……卑怯に屈するつもりはない……が、このままでは!」
沈黙の貴公子も、敵の人質作戦の前では手も足もでない。ぬぅ、と呻きながら構えを崩す。
「やっぱてめぇらも他の悪と同じか! それしか能がねぇのか外道が!!」
「ふっ。何とでも言うがいいわトレジャーフェニックス。そこを動いたら……良子先生(23)がどうなるか。朝昼晩とお菓子を食べ続けさせ太らせて、婚活できない身体になるわよ」
「聞いてませんよそんな台詞っ!?」
トレジャーフェニックスも、良子先生を人質に取るリオ相手に歯軋りするばかり。
途中、なんか良子先生が抗議していたが、この先生とは既に打ち合わせ済みなので何も問題は無い。舞台上のアドリブというやつだろう。多分。
どうすればいいのか――窮地に陥る撃退戦隊。
そこを、一つの光が駆け抜ける。それはリオを背後に降り立ち、素早く良子先生をお姫様抱っこで担ぎ上げ救出した。
「女性の敵は僕の敵。女性の顔に陽光を照らす、ブレイカーシャイン参上、だよ」
パッとスポットライトで照らされて、ブレイカーシャインこと陽人が微笑みを浮かべた。
ちなみにお姫様抱っこまでされると聞いていなかった良子先生のお顔は真っ赤だったりする。
「来てくれたのかブレイカーシャイン!」
「いや、僕だけじゃないさ。ドクターだって来ている……それじゃ、後は任せたよ」
そう言って、陽人は良子先生抱いたまま退場。何か良子先生が慌てていたけど、何度も言うように打ち合わせは済んでいる。何も、問題は、無い。
で、そのドタバタの間にこっそり人質役から抜け出す司会のおねーさんと子供(晃)。じゃ、最後の締めよろしくと小声で話し合っても、今なら皆ブレイカーシャインに気を取られているから気付かれない。
そして、最後の味方が現れる。今まで裏方でスポットライトやらドライアイスによる演出していた所為か、妙にフラフラの女性がそこに。
「ん……皆……完成したよ……ブレイカースタースプラッシュ……これで敵の装甲は役立たず……濡れ濡れでスケスケ間違いなし……」
やたらでっかい水鉄砲を抱えてドクター、もとい沙耶が姿を現す。
これこそ撃退戦隊の最終兵器! 無論、打ち合わせ済みなのだから、悪役達の狼狽っぷりは芝居どおりだ! やれ聞いてないだの、やれ透けちゃうだの言ってる気はするが、気のせいなのである!
「はいこれ……皆も手伝おうね……力を合わせてやっつけよー……」
しかも何か、ちっこい水鉄砲を子供達に手渡しているが、勿論(強調)打ち合わせ通りだ!
悪の三人集が大急ぎで水鉄砲発射に待ったをかけようとするが、それを守護戦士フェレスエクエスが食い止める。極晶壁、と言う名の全力ディフェンスだ!
そこで晃が叫び、最後の盛り上がりを。
「ブレイカー、負けてなんていられねーだろ! パワーアップだ、頼むぜ!」
「おう! これが俺の切り札! ブレイズフォームだ!!」
「もう、お前達の好きにはさせない!」
その間、ブレイカーブラックとトレジャーフェニックスが光纏状態でパワーアップを演出。
二人は光り輝きながらでっかい水鉄砲を発射。高まる舞台のボルテージ。子供達もちっちゃな水鉄砲を発射して悪の秘密結社は大慌てだ。色んな意味で。
そして、子供達の声援を浴びながら、撃退戦隊ブレイカーは駆ける。
濡れて透ける身体を必死に隠す悪の軍団に放たれる、正義の必殺技。
星の輝きと共に吹っ飛ぶ演出をしながら、舞台奥に引っ込んでいく悪の軍団。
戦いが終わった後、子供達の大喝采が響くのであった――。
●そして
こうして、劇は大成功に終った。
卑劣な悪を真正面から打ち砕く正義のヒーロー像。それは愛と希望の象徴だ。
最後に悪役、正義役、皆交えてお菓子を食べる。悪は必ずしも抹殺するものではなく、手を取り合うこともできる……それを解ってもらえれば幸いだ。
良子先生も喜んでおり、陽人とハイタッチなどしていた。何か妙に仲良くなってるような。
そして一同はお菓子も食べ終え――子供達の見送りのもと、幼稚園を去った。
しかし、いつまた子供達が効率性に走り、良子先生の心労が溜まるか解らない。
その時、また彼等の力が必要になるかも知れない。
だが今はお別れの時だ。さようなら、撃退戦隊ブレイカー。