●絶賛喧嘩中
「…………ふんだ!」
「…………ったく」
八人の撃退士の前で、二人の撃退士が仲良く顔を背けあっていた。
仲良く、というのは間違いではない。どうやら不機嫌そうに喧嘩している雰囲気なのだが……息が合いすぎだ。全く同じタイミングで同じように顔を背けるその様は、築き上げられた阿吽の呼吸を思わせる。
(……どう思う? 犬も食わないとはよく言うけれど……)
(若いっていいなぁ……)
(……うんまあ、私もそれには同感だけどさ)
新井司(
ja6034)と九重 棗(
ja6680)は、目の前の何か微笑ましい光景を小声で語り合う。
確かに若いっていいなぁ、と呟いた棗の意見には全面的に同意せざるを得ない。だがあのまま喧嘩されては困るのだ。だって今からグールなわんちゃん達を倒しに行かなきゃいけないのだし。
「……何よ頼斗。何か言いたげだけど……」
「……人数集めすぎだってんだよ。どんだけ俺を信用して無いんだよ……」
ピキピキと音が聴こえそうな様子で青筋が立っていく護門頼斗と天堂院月織。
気になる男の子が心配で助けを求めた少女。少女を自分の手で護りたくて意地を張る男の子。
はっきり言ってどっちもどっちである。
(……作戦目標の制圧には自信があるが、もう一つの戦略目標は難儀しそうだ)
(ふふ、どちらも天邪鬼さんってだけよ。微笑ましくて良い事じゃない)
何処と無く先行き不安な二人の少年少女を見ながら、如月 紫影(
ja3192)とSarah・Michael(
ja7560)も小声でひそひそと。一応表向きの依頼内容は、グールドッグ退治のお手伝いだけだ。二人の仲直り&恋の成就は気付かれないように進行させないと。
でないとあの意地っ張りな二人、反発するだろうし。
「信用なんて出来る訳無いでしょ! いっつもいつも無茶ばっかりして!」
「前衛が無茶するのは当たり前だろうが! それくらいお前だって解るだろっ!」
もっとも、既に現在進行形で反発し合ってる二人なのであるが。
ああ、この一件に撃退士の使命が関わっていなければ、ほのぼのと見守るだけで終るのに。
戦闘とか無ければ生暖かく見物するだけで済む話なのに。
(お二人とも、意地を張らずに、お互いの気持ちを素直に伝え合ってもらいたいものです)
(……戦闘だけなら悩むこともないんだがな……ともあれよろしく頼む)
(はい! こちらこそよろしくお願いします)
水無月 湧輝(
ja0489)、苧環 志津乃(
ja7469)の両名も頼斗と月織の二人を見ながら、小声で言葉を交し合っていた。今回の仕事は、二人一組で事に臨み、その協力や連携を通して二人にペアの大切さを解らせる目的を持っている。
力を合わせてディアボロ等を倒すのも撃退士の常だ。今の頼斗と月織のように喧嘩ばかりしていては実力の半分も発揮できないだろう。この仕事を通して、何とか二人の距離を縮めなければならない。
……まあ、そこまで恋のキューピットを演じる必要性は、実のところ無いのかも知れないが。
(でも……何処と無く昔の彦を思い出すわね。必死に護ろうとしてくれた事があったわよね?)
(そ、そうだったかな? あんまり覚えてないよ義姉さん)
(ふふ……今日もよろしくね)
若干顔を赤らめる東城 夜刀彦(
ja6047)を見て、エミーリア・ヴァルツァー(
ja6869)は穏やかに微笑む。懸命に頑張る男の子の姿を、昔に思い出しながら。
時刻は夜。向かう先は山の奥。暗闇に潜む屍骸犬を倒すべく、撃退士たちは歩み始めた。
●その道中で
静かで暗い山道を、懐中電灯を灯りが照らす。グールドッグ達が居るらしい山中の岩場までは、まだまだ距離がある。一同は迫る戦闘に緊張感を保ちながら進む――事は無かった。
喧嘩が尚も続いている。無論喧嘩の主は、頼斗と月織。
「はぁ!? 敵陣に突っ込む!? 馬鹿言わないでよ! 相手は8匹居るのよ8匹! 一人で突出したら良い的になるだけじゃない!」
「馬鹿はそっちだろ! こっちはそれ以上の人数が居るんだ! 一気に殲滅するべきだろ!? もし逃がしたりしたらどうするんだよ!?」
「それとこれとは話が別よ! 猪じゃないんだから、少しは策を練りなさい!」
「お前が臆病なだけだろ!? お前のところにまで敵を行かしたりはしねぇよ!」
「そうじゃないって言ってるでしょ! 大体あんたは――」
「なんだとぉ!?」
「なによっ!?」
ぎゃあぎゃあ。
もう酷い騒ぎだ。本当に、山の麓から今に至るまで変わらず仲良く喧嘩している。
飽きるという事は無いのだろうか。一同はその様子を見ながら、微笑んだり、苦笑したり、呆れ顔になったり、頭を抱えたりと色んな反応をしている。
見ているだけでも楽しい二人だが……このままと言う訳にもいくまい。
司と棗の両名が、喧嘩中の二人の間に入り――ひとまず引き離す。
「はいはい、どうどう、落ち着きなさいよ……良い格好をしたいのは分からなくもないけど、少し彼女の気持ちも考えてあげたらどうかしら? 前衛は前に出て怪我するのが仕事なのかもしれない。でも、後ろからそれを見たら、やっぱり不安になっちゃうものだと思うのよ」
同じ後衛からの意見よ、と司が言うと、頼斗は気まずそうに顔を背ける。
彼としてもむきになっている自覚はあるのだろう。ただ、素直になれないだけで。
「……で、月織嬢。手紙書いとけって言わなかったか? 文章なら素直になれるだろ?」
「て、手紙なんて……駄目よ、恥ずかしい……そんなの書けないわよ!」
「あーもー……そんなとこまで『つん』を出すな。何処まで意地っ張りなんだよ……」
棗は棗で、事前に月織に、何か指示を出していたようだが……ツン比率の高い彼女が、素直に素直な手紙なんて書ける訳が無く、ぎゃあぎゃあ文句を言う始末。
先行き不安な状態。そんな二人に、今度はエミーリアと夜刀彦が近づく。
「天堂院様、貴女は護門様が『守る』と言ってくださった時、嫌だと思ったのかしら? それとも……嬉しかったのかしら?」
「え、ええ? それはその……」
「胸の中で自分に問いかけていただければ嬉しいですわ。……でも、心配は信頼とはまた別。万が一を考えるとハラハラしますわ。だから、そういう時は私達があの方達を守ってあげましょう? 守ると言ってくださった、私達の大切な方を」
「た、大切って……べ、別に大切なんかじゃ無いわよ! ふんだ!」
優しげに語るエミーリアの言葉に、顔を真っ赤に染めてそっぽを向く月織。
意地っ張りな少女は、やっぱり素直に言葉を聴く事が出来なくて――けれど無視する事も叶わなくて。
「守りたい気持ちや認めて欲しい気持ちが強すぎると、相手の気持ちに気づけなくなってしまうよ。……天堂院さんが君を守ろうとしていたことの意味に、君は気づいていたのかな?」
「んなっ!? 俺は別にそういうつもりじゃ……大体、あいつがそんな殊勝な奴かよ」
「……守られることも守ることも、両方必要だよ。ただ、もう少し素直にね。互いを補い合ってこそのパートナーなんだから」
「…………」
こちらもこちらで、夜刀彦の言葉を聴いて顔を背けている。
どちらも互いを大切に想っていて。どちらも相手が大事で――ただ反発してしまう。お互いにその気持ちが強くて、強すぎて。
二人の少年少女は喧嘩を止め、顔を背けたまま目的地に移動する。八人の撃退士一同は、そんな二人を見て苦笑。とりあえずの恋の仲人はここまでかもしれない。
まだまだ二人に言いたい事はあるが――距離は狭まっている。
唸り声聴こえる。ぺたりぺたりと足音が届く。
暗闇の岩場に、屍骸の犬が牙を剥く。一同の喉笛を食い破らんと。
●戦闘・連携・絶妙の呼吸
湾曲した刃を持った片刃の剣を構えて湧輝が駆ける。目標は八匹のグールドッグ。牙を光らせ噛み付いてくるその犬達を、片刃の剣で叩き切る。
一人で全てを倒せるとは思っていない。前衛の大切な役割は。
「……抜かれないように気を配る、それが前衛の仕事だな。そして後衛と息を合わせる事……行くぞ!」
「はい! そこです!」
アウルの力を篭めた強烈な一閃に合わせて、志津乃の六花護符から雪の如く煌く弾丸が撃ち出された。事前に攻撃のタイミングを打ち合わせしていただけあって、二人のコンビネーションに隙は無い。二人の攻撃に晒されて、早くも一匹のグールドッグが倒れ伏した。
戦闘開始して、早くも敵を打ち倒した連携を見て、頼斗と月織は息を呑む。
互いに互いを信用して動かなければああはならない。果たして自分達はあんな動きが出来るのかと。
「一時の感情に惑わされないで、貴方達は撃退士でしょう?」
「ええ。私情をはさんで前衛を見殺しにするようならいない方がましです。いないならいないなりに前衛も対応するのですから」
「あら如月君。私の援護はいらなくて?」
「ご冗談を。頼りにしていますよ」
Sarahと紫影。二人は頼斗と月織に苦言を伝えた後――共に笑みを交わしつつ、迅速に敵の排除に赴いた。
紫影の手に持つ拳銃の援護射撃。その弾幕に足を止めたグールドッグ目掛け、銀色の焔に包まれたSarahの大鎌が振るわれる。
穿たれ、聖火と共に薙ぎ払われたグールドッグは、また一匹地に還る。
まさに速攻。突出した個人の武ではなく、連携によって生み出される協力という名の武。
その連携の妙は攻めだけに作用するものではない。護りにおいても有効的に作用する。
「九重、左からくるわよ!」
「――らぁ!!」
後方からロングボウの矢を放ちつつ、なるべく視野を広く持つ司。
そんな彼女だからこそ敵の接近にいち早く気付く事ができ――棗へのフォローに繋がる。
振るわれる大鎌がグールドッグを切り裂く。ただただ我武者羅に迫る屍骸の犬達は、撃退士達の連携の下で、瞬く間に倒されていく。
その光景を見て尚も――喧嘩を続けるほど、頼斗と月織は愚かでは無い。
「……あたしが撃って怯ませるわ。頼斗はそこを突いて斬り込んで」
「……応。援護、任せたぜ月織」
喧嘩の勢いは、二人の阿吽の呼吸の裏返しだったのか。少女のアサルトライフルの射撃後、敵に隙を与えず刀で斬り込んで行く少年の姿。
こちらもまた、抜群の連携だった。思わず息を漏らすほどの。
もう、意地っ張りな二人を気にかける必要は無いだろう。最低でも、この戦闘の間は。
残る憂いは、未だ暴れ回るグールドッグのみ。
「義姉さん、頼むね」
「はい、頼まれました」
戦闘開始直前に言った言葉を、再び口にするエミーリアと夜刀彦。
何をとはお互いに問わない。前を任せ、後ろを任せ。互いに互いを預けるその言葉――意味を問う必要は無い。同じ想いを胸に、二人は共に動き出す。
光の球が敵を撃ち、苦無の一閃が弱った敵に止めを刺す。
戦いの終わりは近い。力を合わせ戦う八人……いや、十人の撃退士達が負ける道理は無い。
刃が煌き、矢が放たれ、弾丸が穿ち、魔力弾で倒される。
八匹のグールドッグが全て倒れたのは直の事。然したる負傷もする事無く――。
●でもまあやっぱり――意地っ張りは治りません
敵を全て倒し終えた後、湧輝と志津乃は共に笑みを交し合う。
それは即席のペアながらも、見事に任務を成し得たが故の健闘の笑顔。
「水無月さん、今回はありがとう御座いました。良い経験を積めました」
「こちらこそ、だ。援護は助かった……だが、あの二人は……」
「……仲直りしてくれていると良かったんですけど、ね……」
「全く……戦闘中は息が合っていた癖に……」
はぁ、と溜息を一つ。
それは無理も無い事だった。戦いの最中、あんなに息の合っていた頼斗と月織だが――終った途端に喧嘩再発。またしても互いに文句を言い合っている。
「何してるのよ頼斗! もっと迅速に動けた筈でしょ!? のろのろ斬りかかって!!」
「こっちの台詞だ月織! 狙いが甘いんじゃないのか!? 援護になってないんだよ!!」
ぎゃあぎゃあ。
何か、移動中にも見た光景だ。飽きるという事を知らないのだろうかあの二人。
「うまくいくといいのですが、あの二人……」
「喧嘩するほど仲が良い、とは言うけれど……少し背中を押してくるわ。つんでれさんには、難しいかもしれないけど」
「私は……どうしましょうか。一足先に撤収するつもりでしたが……もう少し憎まれ役になるのもありかも知れませんね」
「じゃあ一緒に行きましょうか……むしろお願いしますわ。あの子達の相手、一人じゃ辛いもの」
くすくすと微笑みながら向かうSarahに続き、紫影も苦笑を浮かべて足を踏み出す。
予定では二人っきりにして帰還するつもりだったが……変わらず喧嘩中のあの二人だ。ここで放置したら、朝まで仲良く喧嘩しかけない。
「大体頼斗! あんたはねぇ――!」
「いいか月織! お前はなぁ――!」
ぎゃあぎゃあ。
夜の山に、意地っ張りな少年少女の喧騒が木霊する。
世に蔓延る脅威を一つ打ち倒し、また一つ平和を取り戻した一同であったが――幼くも微笑ましい二人の平和は取り戻せなかったらしい。
暗い暗い夜の山。けれど今其処は、不要なくらい明るい喧しい喧騒が広がる――。