●その病院を見上げ
「よくもまぁ、子供だけでこんなところにきたものだよね……」
煙草の煙を吐きながら、真野 恭哉(
ja6378)は夜の廃病院を見上げた。
廃墟となった建物。夜の暗闇が恐怖感を誘う廃病院。
この中に、話に聞いたディアボロが居る。正体不明の黒い影が。
「話を聞く分には面白そうな敵だけどな……めんどくせぇ。で、見取り図は手に入れられたんだっけか? あと敵の情報なんかも?」
鬱陶しそうに髪を掻きあげながら、御暁 零斗(
ja0548)は昼間に情報を集めていた仲間達に問い掛ける。こうして夜の病院に集う前に、各自廃病院の情報や、敵の情報を得る為活動していた。
今は潰れているとは言え、ここは過去に営業されていた。情報の一つや二つ、探れば出てくる。
「ああ、見取り図の方は俺とグランが見つけてきたさ。今もほら、そっちで確認してるぜ」
長成 槍樹(
ja0524)がそう示した先では、グラン(
ja1111)の手に持つ病院の見取り図を確認し合う仲間達が。鼬 アクア(
ja6565)の照らすペンライトが、闇の中で病院の構造を浮き彫りに。
「私、昼間に少し見に来たけど、中の構造はこの図の通りだったぞ。全部は回ってないけど、間違いないんじゃないか?」
「ふぅん。じゃあ中で迷う事は無いか。これなら何とかなるでしょ……や、違うか。『何とかする』かな?」
常木 黎(
ja0718)は苦笑しながら言う――が、その瞳には確かな戦意が。
相手が何であれ、それを『どうにかする』のが彼等の、彼女達の役割だ。故に、暗闇の病院でも恐怖には値しない。怖いのは、戦えなくなる事のみ。
「……犠牲者の子供、引きちぎラレ、殺されていたようデス。詳しくは三神サンが調べて来たようなのデスガ……」
紅 椿花(
ja7093)は昼間聞き込んだ情報を語る。だが、視線は三神 美佳(
ja1395)へと。口伝で聞いた情報より……実際に『視た』情報を彼女は手に入れている。
「……シンパシーで見えたのは、大きな、黒い影みたいな存在でした。暗闇から、音も無くいきなり現れて、天井に届きそうなくらい大きくて、手を鞭みたいに伸ばして振るって……」
説明しつつ、徐々に蒼ざめてく美佳の顔。
シンパシーを用いて、直接惨劇を見知った彼女の負担は大きい。体力は減らずとも、自身と同じ年頃の子供が無残に殺されていく様子を見て――平気な顔をしていられる筈が無い。
共に子供の下へ行っていた、雀原 麦子(
ja1553)は美佳の頭をくしゃりと撫で、仲間達に笑いかけた。
「まあ、そういう事ね。推測してたのとそんなに変わんない相手みたいよ。大きな影が暗闇から出て来て腕伸ばして襲ってくるってね。サッと行って、サッと倒しちゃおうよ♪」
明るい笑顔で言う麦子――けれど、仲間達はそんな彼女の瞳の中に、炎を垣間見る。
それは、敵に対する明確な怒りの炎。陽気に振舞う彼女の内に、それは確かに宿っていた。
仲間達の決意も新たに。闇に包まれた病院の中を睨みつけて――。
「それじゃあ行くのー! 弔い合戦なのー!」
ふわふわの白髪を揺らして、あまね(
ja1985)が掛け声をかける。
それが始動の合図だ。廃病院に潜む闇を狩る為に、一同は足を踏み出した。
●囮と尾行
一同はある作戦を立てて廃病院に乗り込んでいた。
それは三班に別れ、更にその中で囮と尾行に分かれて進むというもの。
広い廃病院内で戦うが故の作戦。一同は隣り合わせの危険に緊張しながらも、寂れた院内を巡る。
その最中、一階を歩む班では。
「……先程の話を聞いた限りだと、暗闇、つまり影になっている所から出てくるみたいね。影に擬態している……ということなのかしら?」
卜部 紫亞(
ja0256)は、隣を歩く零斗に小声で話しかける。
紫亞の脳裏に渦巻いているものは、先程聞いた敵の素性。大まかな姿形能力は解ったものの、まだまだ未知数の部分がある。
「さあな。俺に解るのはどっちにしろ、めんどくせぇ相手だって事だ。擬態してるにしろ隠れてるだけにしろ……今ここは暗闇だらけじゃねぇか」
「確かに、ね。尚の事、囮のあの二人から目を離す訳にはいかない。何時、敵が現れてもおかしくないのだわ」
そう言って、二人は先を歩く二名に注視する。同時にその周辺、全体を見渡すように。
そんな中、囮役の二名は。
「よう三神。あんまり無理すんなよ? シンパシー、結構辛かったんだろ?」
「え、えと、大丈夫です。これくらい……実際に酷い目に遭ったあの子に比べれば……」
「それでもだ。こういう仕事してんだ。そりゃ無茶する場面は多いだろうけどよ。仲間に頼ったっていいと思うぞ。一人で頑張りすぎるなよ」
「は、はい……」
その内気な性格の為か、美佳は若干おどおどした様子で叶 心理(
ja0625)と会話を交わしていた。
心理がこうして美佳と話をする理由は、敵を誘き出す為――以外にも、ある。彼もまた、昼間に少年の様子を見に行っていたから。心理自身、怯えて、まるで生気を失ったかのような子供の様子を見たのだ。
怒りに震えた。皆の前では顕にしなかったものの、敵を憎んだ。
見ただけで感情が昂ぶったのだ。実際に、惨劇の光景を視た美佳の衝撃は想像に難くない。
少しでも平常に、普通に話が出来れば――そんな想いがある。
そして二階、別班では。
「おおー! コレはなかなか良い感じに肝試しになるのだ♪」
「お、おばけなんていないのなのー。おばけなんてうそなのー!」
「おばけなんて、幽霊なんていないぞー? 居たとしても……それはディアボロなのだー♪」
「きゃー!」
アクアとあまねが、歌を歌ったり陽気に話したり、わいわい楽しんでいる様子で囮役をこなしていた。ここに居るという明確な意思表示。暗い暗い病院の中を騒ぎつつ――さりとて油断せず進む。
怖がる振りをしながら、視線は物陰などの暗闇に。周囲を見渡し、敵の出現を待つ。
けれど、中々出現しない。だが、ある意味それは当然の事。敵が大きな姿形であるとはいえ、この廃病院は敵の大きさを遥かに上回る。そして時間帯が夜な為、暗闇などそれこそ掃いて捨てるほどある。
恭哉と麦子の二人は、囮の二名を視界の先に収めつつ、静かにその後を追った。
「何かあったらすぐ駆けつける気持ちではあるけど……これだけ広いとちょっと大変かな?」
「見取り図があるから迷う事は無いですけどね。……まあ、すぐというのは難しいかも」
小声で交わされるやり取りは、合流の困難さにあった。互いに携帯電話の番号を交換して、すぐに連絡がつけられる状態にはなっているが……この病院の広さは、いささか厄介である。
どんなに急いだとしても時間は掛かるだろう。
暗闇は、視界に入る至る所に。今この瞬間襲われたとしても違和感は無い。
そう。何も違和感は無い。突如、携帯が振るえ、敵の出現を知らせたとしても――。
●遭遇
「コチラ椿花! 遭遇したネ! 今、一階のロビーまで誘導……っ!?」
「くっ! 想定より射程が長い……紅君下がりますよ!!」
椿花とグランは、物陰より突如出現した影、いや『闇』に襲われ、既に負傷していた。
敵である『闇』は、グランが用意した爆竹の激しい音に誘われたか、すぐに姿を現していた。音も無く静かに、暗闇から伸びるように姿を見せた人型の『闇』。それは腕を鞭のようにしならせ伸ばし、二人目掛けて唸らせる。
爆竹から離れた場所に居たのが幸いだった――もっと距離が近ければ、一瞬で倒されていたかも知れない。椿花が鉤爪を振るいなんとか応戦を試みるが……分は『闇』の方にあった。
「『幽霊の正体見たり枯れ尾花』……なんて言ってる場合じゃ無いね。二人とも、早く一階まで行きな! 殿は何とかするよ!」
黎の持つ小型自動式拳銃が火を吹きながら、『闇』を誘導する。負傷した二人に、これ以上攻撃の手を向けさせぬよう、自ら攻撃を囮にして黎の拳銃が幾度となく吼える。
そんな彼女を援護するように、槍樹のリボルバーも『闇』を撃つ。
「一人で張り切るなよ黎。俺達だけでどうにかなる相手でもないだろう」
「解ってる。だから、ちゃんと手伝ってくれよ。オ・ジ・サ・ン?」
「黎の方から願われるか……なら、受けようか、その願い」
二人は共に微笑を浮かべ、拳銃による弾幕を張る。そして――退却。
追ってくる『闇』に攻撃を仕掛けつつ、向かうは一階ロビー。全ての仲間を集結させて、勝負を着ける。それが最良――否、そうしなければ勝てる相手ではない。伸びる『闇』の腕は強烈。離れて攻撃を仕掛けても尚、着実にダメージを刻んでくる。
特に、最初襲われた二人の傷は深い。
「接近も厳しい相手デス。舞う蝶スラ、落としそうな攻撃だったデス」
「あと少しの辛抱ですよ。確かに強力な相手ですが……皆が集えば、必ず」
口惜しそうに顔を歪ませる椿花の横で、グランは再び爆竹を鳴らす。
既に敵が出現している為、この爆竹の意味は別にある。音が鳴れば反響し――同じく一階に向かう仲間達に、その位置を知らせる。
「お待たせ――体制立て直すわよ! てぇや!」
横手から駆けつけた麦子の蹴撃を喰らい、『闇』が後方に吹き飛ぶ。
視線を巡らせば、そこには二階担当の四名が。
「これが今回の相手ですか。恨みはないけど……つぶさせてもらいますね」
恭哉のピストルが『闇』を撃つ。前衛で敵を迎え撃つ麦子を、そしてあまねを援護する。
負傷の大きい三階担当の四名を護るように――あまねのナイフと苦無も暗闇に奔る。
「ホラー映画みたいに、やられっぱなしでいると思うなよ、なのー……でも、この攻撃、結構怖いのー!」
伸びる『闇』の腕。戦況は未だ『闇』の有利。
無論、一同もその事を理解しており、合流後も休まず一階に向かっているのだが――それでも負傷は免れない。
「謡い舞い、祈りて風凍てる白鋼の槍なのだ! ……って、まだまだ元気なのだ! 良い感じすぎる肝試しなのだー!」
アクアのクリスタルダストを受けても、『闇』の攻撃の苛烈さは減らない。
思わず叫んで退却に専念するのも止むを得ない様子ではある。
されど。いかに敵が健在でも――その身に攻撃を受けている事実までは消せない。逃げながらでも、少しずつ『闇』の身体に傷は刻んでいっている。
だからこそ、一階ロビーにまで逃げおおせたその時は――逆転劇が始まるのだ。
●一気呵成に
「やっと来たのだわ。随分待ちくたびれたけど……思ったより大きくて強いみたいね」
「構わん。どんな敵だろうと……蹴り破るのみ!!」
ロビーに現れた仲間達と『闇』を視認し、紫亞と零斗が動き出す。
猛烈な速度で加速した零斗の蹴撃が、紫亞の広げたスクロールから放たれた光弾が『影』の巨体を穿つ。傷を負った仲間に代わり、最後の一班が待ちわびたとばかりに牙を剥いた。
「……様子を見る限り、相当やばい攻撃してくるみたいだな。なら……!」
傷を負いながらロビーに到着した仲間達を見やり、心理は援護に徹する。
腕を伸ばし鞭のように攻撃してくる『闇』。その攻撃の範囲に入らぬよう、慎重にピストルを撃っていく。
美佳も同様だ。散開し、距離を取って、『闇』の攻撃をばらけさせる形で雷の弾丸を撃つ。
「……仇は、討ってみせます。だから、待っててください」
美香の瞳に映るのは『闇』。その『闇』を見て思うは、怯え震えていた少年の姿。
友人が惨殺されていく様をシンパシーで視た。あの絶望と無念を晴らす為――攻撃は、次々に『闇』の身体を打っていく。
広いロビーでの戦いは『闇』を不利へと導いていた。いかに単体では強くとも、四方八方から襲い掛かる攻撃に対処するのは難しい。更に下手に巨体な分、攻撃も当て易い――取り囲み、一気呵成に加えられる一同の攻撃は、確実に『闇』を弱らせていっていた。
「こういうのを質より量と言うのかしら? ……さあ、そろそろ滅びの時なのだわ」
全員による逆襲攻撃で、動きの鈍ってきた『闇』。その『闇』に向けて、殺意を篭めて、紫亞は生み出す。それは煌めく氷の錐。『闇』の身すら凍て付かせる冷たさを伴って、その巨躯を抉った。
苛烈な一撃を受け、身を揺らす『闇』。そこを麦子が駆け抜ける。
アウルが燃焼する。力が大太刀へと宿る。振りぬかれるは石火の一刀。
「――約束したからね。必ず、仇取るって」
大太刀を振り切ったまま呟かれた麦子の一言。
けれどその呟きに答える敵はいない。斬り伏せられた『闇』は、もう動く事は無い。
「これで……平穏は取り戻されましたね」
事が終った後、安堵の溜息と共にグランが言った。同時に、ほぼ全員がその場に座り込む。
ようやく隣り合わせだった危険が消えて――気が抜ける。
「はぁやれやれ……今度はもう少し楽なのが良いなぁ」
苦笑しながら呟いた黎の言葉に、全員が同意を示す。
厳しい戦いだった。敵の攻撃力は高く、一対一なら間違いなく敗北していた。仲間との連携、協力があればこその結果。
つまり、それだけ一人一人の責任が重かった証拠であり……思わず腰を下ろしてしまう。
「はー……お腹減ったのだー……はうわ! そういえば4食しか食べてないのだぞ! 通りでお腹ペコペコなのだ!」
突如起き上がり食欲を顕にしたアクア。そんな彼女の様子に、皆の顔に笑顔が浮ぶ。
確かに、激しい戦いだったのだ。腹が減るのも当然の事で……これから夕食に行くのも、それはそれで悪くない。
ただその前に、やりたい事がある。
「……俺は、子供に報告しに行って来る。生き残った彼のおかげでもあるのだからな」
槍樹は言った。強く厄介だった今回の敵。それを打ち倒せたのは、事前に僅かでも情報を手に入れられたからこそだ。もし今回の相手、全くの無情報で挑んでいたと思うと――。
「あの子のおかげで仇討つ、出来たデス」
「そうなのー。くろいのすごく強かったのー」
椿花とあまねは、先程の戦いを振り返り改めて実感する。
結果は大成功に終ったが、それは情報があり作戦を立てた状態での事。
生き残った子が居なければ、今こうして話が出来ていたか。
「俺も行くかな……三神はどうする? 行くか?」
「はい。あの子に言いましたから。お友達の仇を討つって、だから……伝えにいきます」
心理と美佳の二人も、もう一度あの子供の元に向かおうと決めた。
震える事しか出来なくなっていた子供。完全に立ち直るには、まだまだ時間が必要であるだろうが……少しでも、立ち直る足掛かりになりたくて。
「ま、どっちにしろ、一旦ここから離れようぜ。こんな寂れた場所にいつまでも居てられるか」
面倒そうに言う零斗に続き、一同は廃病院の外へと歩んでいく。
ここにはもう、おおきなくろいかげは居ない。
「だから……さよならですよ」
一言囁き、廃病院に向けて、恭哉が煙草の煙を吐き出す。
時刻は夜。辺りは黒は覆われた闇の世界。
けれど、もう闇は無い。廃病院に巣食っていた『闇』は、もう無い――。