●雑煮会は闇鍋パーティー
「新しいお雑煮かー……ねぇギィ、凄く面白そうだよ!」
センティ・ヘヨカ(
jb2613)はお菓子好きの友人、ギィ・ダインスレイフ(
jb2636)と待ち合わせて雑煮会への参加を申し込んだ。
「日本の正月には、闇雑煮とやらを食うのが習わしか。珍妙だが、面白いな」
ギィが真面目な声音で答える。表情はほとんど変わらないが、わくわくする気持ちを隠せない様子で会場に指定された和室のふすまを開けた。
この集いが楽しみなあまり昨夜寝つけず、やや寝不足気味の黄昏ひりょ(
jb3452)は到着する学友を迎え、座布団を手渡した。
(初めての依頼だから緊張するな)
皆で楽しく新年のひとときを過ごし、食材も片づける。やる気は充分だ。
「……てかオイ…これ闇鍋って言わねぇか?」
安原 壮一(
ja6240)は集まってくる面々を見てつぶやいた。誰も持参した品を見せない。明らかにしない。一人一品持ち寄りの時点で嫌な予感はしていたのだが。
――はい、闇鍋です。
今から行われるのはまぎれもなく古式ゆかしき闇鍋会です――
(闇鍋とは随分と面白い。いや、こう言う趣向は嫌いではなくてね)
アストリット・クラフト(
jb2537)はウィンナーを隠し持ち、参加者たちの顔を見やる。
桝本 侑吾(
ja8758)はスーパーの袋を提げたまま、ぼんやりと部屋の隅に目を向けた。
「何それ?」
ふすまを開け放った隣の部屋に布団を敷きつめているのはエナ(
ja3058)。
「これだけあれば大丈夫ですよね……ダウン前提、というのもアレですけど……」
「ダウン……」
(食材一つ持ってくればタダ飯食えると聞いて来たけれど…嫌な予感しかしない……)
――侑吾のフラグ、順調に立ってます。
会場に着いた須藤 雅紀(
jb3091)は、楚々とした佇まいで部屋の隅に座る香月 沙紅良(
jb3092)を見て驚く。
(一人でこっそり来るつもりだったけど……)
「須藤様」
沙紅良の顔がほのかに輝いた。
「来てたんだね」
「ええ、下準備のお手伝いを致しておりました。日本各地には様々はお雑煮が御座います故、目新しいものとなると意外に難しゅう御座いますね」
「そうだね」
沙紅良の隣に座りながら、雅紀は自分の持参した食材の投入にためらいを感じる。他の参加者とかぶらないよう、刺激の強いもので攻めようと思った結果なのだが。
(香月ちゃん、本当に闇鍋の意味わかってるのかな……だまされたんじゃないだろうか)
「せっかくのお誘いなのにごめんなさい、お象煮なのにボク、象の肉用意できなくて……」
瞳をうるませ、犬乃 さんぽ(
ja1272)が駆け込んでくる。
「替わりにマ○モ○の肉って袋見つけたんだけど、お鍋に入れたら溶けちゃうって聞いて……」
「何をどうすれば新しい雑煮になるのか、あたしにはよく分かんないけどさ。餅が溶けて出汁みたいになってる時点でもう十分新しいと思うよ?」
碓氷 千隼(
jb2108)の指摘を受け、数名が鍋をのぞき込んで顔をしかめる。
学食から借りてきた大鍋にはお湯が張られており、餅――ヨネさんいわく出汁――がどろどろと溶けている。
鍋の傍らには追加分の餅も積まれている。
そう、今なら間に合う。餅をすくい出して、粒あんと合えれば伝統的なお汁粉、一般的な食べ方で味わえる。
しかし集まった二十五名は粛々と任務を遂行する。
「闇鍋って、確か暗い中で食材を投入するんですよね」
佐藤 七佳(
ja0030)が後ろ手に食材を隠したまま言う。
「そうですよ。電気消しますけど…準備はいいですか……?」
エナが部屋中を見渡す。外の光が入らないよう、アストリットが雨戸を閉めた。
「準備OKです、よろしくお願いしますっ!」
アステリア・ヴェルトール(
jb3216)が手を上げた。
(闇鍋か〜。どんなカオスになるか実に楽しみだな……)
ルナジョーカー(
jb2309)が黒い笑みを浮かべる。
暗転。
一斉投入。
固形物だけではなく、どぽぽぽ…と明らかに液体が注ぎ込まれる音も聞こえる。
「あちっ」
お湯がはねたのか、数人が声を上げた。
「何か……お湯の中で動いてる……?」
奇妙な匂いが湯気と共に部屋中に立ちこめる。
マーシー(
jb2391)はイカサマかもしれないと思いながら、こっそり「夜目」を使い状況把握に努める。
さんぽが抱え持ったそれは……触角を動かしていた。もぞもぞ、わしゃわしゃと。いきのいい甲殻類だとわかる。
千隼の手にも何やら長い棒のようなものが握られている。
判明した大物はわずかにそれだけだった。鍋に没した具材は餅出汁の中に沈み、早くも混沌の渦を作り出している。
「入れましたか?」
暗いままでは各自の椀に取ることができない。電灯が灯され、参加者たちは顔をしかめながら鍋を見つめた。
「これがじゃぱんのおぞーにか……」
国籍不明のシェールュ・ルュー(
ja0214)が興味津々で触れる日本の文化。
――残念ながら誤った知識が植えつけられてしまいそうです。
火力を上げ、蓋をして待つこと五分。
宴が始まった。
「具がシークレットなのも、日本らしいシュギョーの一貫なんだね♪」
さんぽが目を輝かせる。さんぽが持ってきたのはお節の定番の海老、生きたロブスターまるまる一匹である。さすがに熱せられてその命を閉じたと見えるが。
楽しそうに鍋からひとすくいしたさんぽは、
「……カレーかな」
色、匂い、粘度からわかる食材を言い当てると、ためらいなく口にした。
「うん、カレーだね」
なるほど、カレー鍋か。それならいける。
一同が安堵のため息を漏らす。
レトルトカレーを投入した黒葛 琉(
ja3453)は、自分さえ平和ならどうなっても構わん的発想が他者にも平和をもたらしたことに満足していた。
レトルトではあるが500久遠の値段がついていた高級品だ。味はいいだろうと思って選択した。
「小さい頃、ご飯残すともったいないモンスターが襲ってくる、って親に言われて、それが怖くてしっかり食べる癖が」
市川 聡美(
ja0304)がおたまですくったのは、黄色い粉まみれの黒いスライム状の物体。
一体何なのかわからないが、ハーブ系の清涼な香りがかすかに漂う。一息に口に含んだ聡美の額に青筋が立った。
「しょ、しょ」
言葉にできないほどのダメージを受けたもようである。
「食への冒涜だーーーー。誰だー、こんなもの入れたのーーー」
しかしそれが何なのか。聡美のお椀が空になってしまった今となっては不明。
「あまい? からい?」
シェールュが訊ねる。
「甘いとか…辛いとか…そういう次元じゃなくて……」
形容しがたい苦味、鼻に来る刺激、薬っぽい味覚に汗をかきながらも聡美はどうにか口の中に残ったそれを呑み込んだ。
「えーっと…なんかさ、どろっとしてな……」
鍋から顔をそむける侑吾の分を、新崎 ふゆみ(
ja8965)がよそう。
「こうゆうふうに鍋で…ってのは、シンセンだねっ☆ミ」
しょうゆベースに焼き餅と野菜を入れた雑煮に親しんでいるふゆみにとっては、このようなごった煮は新鮮に映る。
料理の腕を見せたいところだったが、他の仲間が入れた具材と混ざってしまったのはやや残念だ。
「う……っ」
侑吾は口元を押さえて鍋から離れた。
何だ。この粘膜を刺すような痛み、顔中から汗が噴き出る熱さ。噛んだものは肉だと思った、だが、香辛料がとんでもない。
とても二口目はいけない。
水で口をゆすぎ、数分後。涙をふき、ようやく呼吸を整えた侑吾は、自分が食べたものが何らかの激辛フレーバーのかかったビーフジャーキーであることを知った。
「これ…流石にダメだろ……」
――フラグ、立ってましたからね。
千隼の握ったおたまが大物に当たった。鍋の上に腕を伸ばし、どうにかすくい上げる。
真っ赤になったロブスターがまるで釣りのように姿を現した。はさみの周囲には厚切りベーコンもついている。
「あ、ボクの持ってきたロブスターだね」
「いただきまーす」
千隼がかに用はさみを取り出し、食べやすいサイズに身を分けてゆく。味も……上々のようだ。
「……これ、俺が知ってる雑煮と違う」
「料理本で見たお雑煮と違うんだけど! 闇鍋なんて料理本に載ってないから知らなかったし……!」
クリフ・ロジャーズ(
jb2560)とシエロ=ヴェルガ(
jb2679)は困惑の表情を浮かべていた。
「鍋に入れて美味しい物は限られてると思うけど、クリフ……」
「大根おろしが入ったお雑煮はトロミがあって身体に優しいって、世話になったじーさんばーさんに教えてもらったから」
「クリフが入れた物は大丈夫なのね」
「これはこれで美味いかもしれないし。ね? しーちゃん。でもさ」
クリフが取ったのは水分を含んでべたついた揚げドーナツと、加熱され形状を変え始めている苺。クリフは隣に座るアダム(
jb2614)を見やる。
「……アダムの入れた大きな苺、煮崩れしてちょっと怖い」
味は見た目通りとでもいおうか。いわばできそこないのデザート。鍋には不適当な具材、という判定である。
「アダム、苺入れたの? ジャムにしたら、もっと美味しかったわよ」
シエロがアダムの頭をなでる。
「南半球までちょっと飛んでとってきたんだ。さっきまでおいしそうだったのに……」
しょんぼりしながら鍋をすくうアダム。
黒っぽいタール状の何か。何だろうと思いながら口に運ぶ。
「く、クリフ…なんか、これ、まずい……うえぇ…」
涙目で口元を押さえたアダムはクリフの袖をくいくいと引っ張って訴える。
シエロがペットボトルの水をアダムに渡した。
「大丈夫? アダム」
(まぁ…どんな物が当たっても残さない様に、努力はするけど……)
シエロのお椀に入ったのは、大根とビーフジャーキーだった。なかなかの幸運、三人の中では一番の美味鍋である。
アダム提供の大きな苺は鍋の中を旅し、篠田 沙希(
ja0502)のお椀へも辿りついた。
「……闇というか、混沌……?」
食べ物の範疇に入るものなら食べる覚悟でやってきた沙希である。お椀の中身が異臭を発しているが、
(腐ってはいないな)
本能の判断で口を開く。
古いチーズのように匂いはひどい。しかし、味は悪くない。
まったりとした濃厚な果肉、そう、果物だ。さっぱりとした苺の上に載っているのは、沙希が初めて食べる食材だった。
闇の中での初めての出会い。
「ま、それも一興」
一方、沙希の持ち込んだ白菜を食していたのは、辛いもの好きなふゆみ。
奇しくも沙希と同じく、異臭を発する果物も自分のお椀に取り分けていた。
「あ、これってドリアンだねっ☆ミ」
匂いこそ強烈だが、ドリアンの味には辛さはない。そして白菜はどんな出汁にも合う淡白な具材である。
そこでふゆみが取り出したのはデスソース。辛さを計る尺度スコヴィル値は32,000と書いてある(※ 参考までにタバスコのスコヴィル値は2,140です)。
「またヒトアジちがったかんじでいいよっ☆ミ」
ふゆみはお椀の中の白菜を真っ赤に染めてゆく。
部屋の隅ではまだ侑吾が悶絶しているというのに、適材適所とは運ばないのが闇鍋の妙。
しかし、ふゆみが鍋に投入したのは豚肉の味噌漬けだ。侑吾に当たった辛い何かを入れたのは誰なのか。
「いただきます」
七ツ狩 ヨル(
jb2630)は礼儀正しく挨拶すると、箸に手を伸ばした。
お椀の中身はウィンナーと若鶏のぶつ切り。
「ふーん、餅は出汁にもなるんだ……」
ウィンナーの塩っけに助けられ、どろっと溶けた餅もおいしく食べられる。肉はヨルの好物だ。
「空腹には参るけど、食事は結構楽しいものだね」
以前、空腹を初体験して倒れた際に普通の鍋をご馳走になった経験があるヨルは今回、「闇鍋もおいしいメニューだ」と間違った知識を得る。
和泉 恭也(
jb2581)は厚切りベーコンと毛ガニという豪華食材を引き当てた。
甘いものは好きだが、それ以外も特に苦手な食材はない。
ふゆみが振りかけていたデスソースの瓶を興味半分で受け取り、自分のお椀の中身にもかけてみた。
「……!」
途端に顔中に玉の汗がわく。悶絶しながらも笑顔を絶やさない恭也。
「……大丈夫です。……アストラルヴァンガードですから」
無理するな、と壮一が恭也の肩に手を置く。
ルナジョーカーはカオスな状況を傍観して楽しむつもりだった。
暗い中で投入しただけでは足らず、部屋が明るくなってからもさらに残りのきなこを入れる。もうもうと霧状になって舞うきなこ。
「さ〜て鍋の中がドンドン染まっていくな〜」
いざ自分の食べる番となり、おたまにすくった中身は……たっぷりのきなこと大根おろし。
餅には合う。餅に合うことは確かだが。別の食材を引きたかった、と周りを見渡すと、畳に突っ伏す米子の姿が見えた。
「大丈夫かヨネさん。っていうかいったい何を食べた?」
デスソースにドリアンという匂い&辛さの最強コンボに倒れた米子の顔は真っ赤。言葉は発せない状態だ。
エナが米子を抱えて隣の部屋へ移動させる。ルナジョーカーは持ってきたタオルを差し出し、米子の汗をふき、そっと布団に横たわらせた。
ルナジョーカーの膝枕に頭を乗せた米子の表情が徐々に和らいでくる。
●闇から光へ
「食べる為に命を奪っておきながらそれを玩具にするというのはダメですよ?」
七佳は豚肉味噌漬けのキムチ和え(餅スープ)を神妙な顔で食す。
肉だけじゃなく植物にだって命がある。たとえ鍋が混沌化しても、食材を無駄にしてはいけない。だから食べる。全部食べるのだ。
(いいのかこれで……)
悩むクリフの横で、
「どうだ……ちゃんと食べて男らしいだろ!」
アダムが胸を張る。
(ま、いっか)
開き直ったクリフはお代わりを取りに立つ。
豚バラ肉を提供したマーシーは、ウィンナーとアップルマンゴーの組み合わせを味わった後、新しい食材に次々とチャレンジしていた。選り好みせず、おたまでがばっと取り、餅も追加投入する。
(何を食べても基本的に大丈夫……有機物ならね)
いざというときのためにスキル「ポーカーフェイス」も備えている。
マーシーは隣の部屋から戻ってこないルナジョーカーに声をかけた。
「ルナさん、もうごちそうさまですか〜?」
「まだまだ〜」
ルナジョーカーがお椀を手に鍋に向かう。
「って、またきなこ入れませんでしたか〜?」
マーシーの問いかけに、
「ん〜?俺はな〜にもしてないけど?」
口笛で答えるルナジョーカー。鍋の一角がきなこと餅の山になっている。砂糖があれば、と思わせる光景である。あるいは新しいお菓子の誕生となるかもしれない。
(まぁ、私の食材など無難所でしかないが。或いはこれで未知を得られるやも知れん)
未知を求めて堕天したアスクリットは、手にした一杯に満ちる「既知」にくやしがる。
鶏肉と餅に大根おろしが添えられた雑煮。
(以前も食べた事がある。流石にこれで未知はないな。だが、まぁ、悪くは、ない)
さすが撃退士。根性が座った者が多い。
聡美も沙希も顔をゆがませながら食べきった。なお聡美は完食後、隣の部屋の布団に横たわり、休憩している。
ここまででダウンしたのは三名。聡美、侑吾、米子である。
「……ねぇギィ。俺、今凄く後悔してるかも。幾らなんでも適当になんでも突っ込めば美味しくなるわけがないよね……」
センティは異臭を放つドリアンのかかったちくわをかじる。中から出てきたのはさらにドリアン……ではなく、チーズだった。栄養価は高そうだが。
「新年早々きっついなぁ……」
ギィのために持ってきたオリボルンは、オランダの年越に食べる丸い揚げドーナツだ。口直しの意味も込めて、鍋の合間に二人で分ける。
一方、ギィはお気に入りの保存食、ビーフジャーキーを提供していた。
煮たら形が崩れそうだが、出汁代わりにもなりそうだ。他の具とケンカする味にはならないだろうと考えた次第だ。
そんなギィのお椀によそわれたのは、ドリアンとウィンナー、そしてどろっと溶けた餅。
「餅とやら初めてだし、できれば形が残っている物を食したかったけどな」
二人でドリアンの香りに顔をしかめつつ、闇雑煮をすする。
「でもこういう始まり方もありなのかな……ギィ、今年も一年宜しくね」
(権田藁……お前の催しのお蔭で腹が膨れるのは感謝するが、それで胃の死傷者が出たらどーすんの……? つーか、お前も死にそうだし)
琉は要救護者の介抱を一端切り上げ、自分の席へ戻った。
どういうわけか鶏肉しかすくえない。おたまを振るって鍋をさらっても餅と鶏肉ばかりだ。しかも妙ににんにく臭い。
(鶏鍋か……?)
輝く笑顔に一点の曇りも浮かべないまま、琉は単調な鍋を完食した。
自分が提供した高級レトルトカレーは大きな鍋のどこに消えたのか。いや、既に誰かの胃袋の中か。
隣の部屋で介抱にかかりっきりだったエナが、後回しになっていた罰ゲームを思い出す。自席に戻り、あご出汁でふやけたビーフジャーキーを呑み込む。これはこれでありかもしれない。
「持ってきた食材をオープンにしてください。かぶった方は罰ゲームです」
今回、米子の要請にしたがい、参加者は一人一品の食材を提供している。誰かと同じ食材を持ってきてしまった者には罰という単純なルールだ。
既に食材は鍋に投入し、入れてきた容器しか残っていない者が多数である。よって、各自の持参した品を画用紙に書いて披露することとなった。
鍋を囲む参加者の輪を、サインペンとスケッチブックが行き交う。
隣の部屋で横になっている者もこのときだけは体を起こし、ペンを動かした。
「……一斉に出して下さい……3、2、1!」
二十六人の瞳がぐるっと巡る。
ひりょ――自家製キムチ。
雅紀――ドリアン。
そうか、匂いの根源はお前かぁぁぁ、といった納得の視線とため息。
エナ――デスソース。
シェールュ――コーラ。
「この間、食べた“かくに”がおいしかったから。“かくに”にはコーラを入れるとやわらかくなっておいしいらしいよ」
――なるほど、確かにお餅も柔らかくなりました。
聡美のチーズ入りちくわや、アステリアの厚切りベーコンは他の具材の余波を受け、本来持つ魅力を発揮しきれなかったといえよう。
「安原先輩のは何て書いてあるの?」
さんぽが訊ねる。
「俺? 出汁だよ、出汁。自家製の”あごだし”」
壮一は答える。餅が出汁代わりなんて料理人(見習い)のプライドが許さない。実際、周囲を見回してみても、自分が出汁を持ってきていなければ、塩っけの足りない餅スープになっていたことは確実だ。
揚げドーナツの提供者はセンティと判明した。
「象肉なかったから、鼻が長そうなの選んだ」
猪肉を選択したヨル。どうやら思考回路はさんぽと似ている部分があるようだ。
果物を持参したのは二名、恭也がアップルマンゴー、アダムが苺。どちらもそのまま食べればおいしかったはずが、鍋に入れたために残念な結果となった。
マーシーの豚バラ肉と、ふゆみの豚肉の味噌漬けは部位が異なるためセーフ。
千隼の毛ガニ、さんぽのロブスター(生)も異なる食材だ。
「香月さんのサルミアッキ飴って?」
問われ、沙紅良は微笑む。
「購入はしてみたものの食した事は御座いません故、如何様な味になるかは存じません」
もう一箱御座います、と取り出したのはちょうどトランプでも入っていそうな紙箱。白黒のダイヤ柄に赤くサルミアッキと記されている。
「もしよければそれも開けてみようよ」
「はい、お召し上がりになられますか」
聡美は提案を後悔することになる。鍋で自分が引き当てた謎の物体が、まさにその飴だったと確認できたのだから。
匂いをかいだだけで、アダムがまた半泣きになる。
「俺が食べたの、これだー」
言葉では形容しがたい味である(※ 参考までに、アンモニア臭が強く敬遠されるサルミアッキ飴も、北欧周辺地域では伝統的に食べられています。人気のお菓子です)。
シエロが再び、アダムに水を渡す。
「目新しいものを考えまして、日本がダメなら世界が御座います、と」
提供者がその味を未経験なのはよくない、と主張する周囲の圧力に耐えかね、半ば強制的に飴を口に入れる沙紅良……。
「#■×▼○……っ!」
言葉にならない声、女子として見せてはいけない表情は、隣の雅紀が隠した。
何が入っていたのか具材が明らかになったらなったで、それもまた楽しめるのが闇鍋だ。
シェールュは豚バラ肉と猪肉の微妙な違いを堪能する。
アステリアは妙に甘いカレー雑煮の隠し味がコーラだと納得し、素直な笑顔を見せている。
同じ食材でかぶったのは、七佳の大根と、クリフの大根おろし。
そして、シエロと侑吾が同じく鶏肉だった。
600mlの青汁が四名に配られる。
どれか一つがハズレがある。味覚が麻痺するほど苦い青汁を引いたのは、侑吾。
健康にいいとはいえ、今の侑吾には刺激が強すぎた。再び布団に倒れ込む。
――今日は序盤からフラグを立てていた以上、あきらめてください。
毛ガニと揚げドーナツという珍妙な組み合わせ、グラタンのできそこないのような味に閉口した壮一は、
「ったく…口直し作ってやるか」
小鍋を借りてきた。持参した出汁はまだ残っている。
「余りの具材、持ってる奴は提供頼む。あ、餅は入れねーぞ。入れたら雑煮になっちまうじゃねーか」
シェールュがコーラ味のグミを差し出す。
「却下だ」
七佳の大根、沙希の白菜がわずかに残っていた。
壮一は醤油味の吸物を作って振る舞う。すっきりとした飲み口に賞賛の声が上がる。やはり和食はこうでなくては。
ルナジョーカーが持参した口直し用サンドウィッチも大いに好評を博した。
「やっぱりみんなでわいわいやるのは楽しいものだな」
ひりょは猪肉のアップルマンゴーソース(お餅添え)、調理法によっては結構なごちそうになるそれを完食した。
鍋の底が見えてきた。あれほど大量に積まれていた餅もどこへやら。参加者の体重を計ったら、その分増加しているのだろうか。
たっぷり大根おろしのかかった鶏肉を食べ終えた雅紀は念のため、胃薬も飲んだ。
膝を枕に沙紅良が寝ている。
赤茶色の液体に浸かった肉……コーラ味に染まったビーフジャーキーを食べていた頃は元気だったのだが。自身が持ち込んだサルミアッキ飴の威力に負けたようだ。
さらさらの髪を手ですいてやる。沙紅良が息を吹き返した。
「私、いったい……?」
「まだ寝てていいよ」
帰りは恒例、雅紀が沙紅良をおぶって帰る図が見られるだろう。
「楽しく餅が消費できて何よりでした。また何か食べきれないものが余ったときはやりましょう!」
――回復したヨネさん、懲りないひとですね。ルナジョーカーの膝枕で寝ていたことに気づいているのか、いないのか。
「こうした食事も随分と久し振りだった。既知とは言え、中々に楽しめたよ」
アストリットがねぎらう。
「ごちそうさま」
ヨルが律儀に頭を下げる。他の参加者も一斉に声をそろえて言った。ごちそうさま、と。
さぁ片づけるか、と沙希が立ち上がった。
当初の目的「餅の処分」は達成。
侑吾が頻繁にトイレに行く様子が目撃されたらしいが、他は体調不良を引きずる者がいなかったことを考えれば、雑煮会は成功だったと言えるだろう。
追記:米子の入れた大量のにんにくにより、口臭被害が多発しております。参加者の皆様におかれましては数日の間、充分にご注意ください。
(代筆 : 朝来 みゆか)