●コンビニの中は既に
阿鼻叫喚――少なくとも、店長やオーナーが見たのなら、この惨状を見て絶叫する事間違いなしの現場であった。
食い散らかされたお菓子の数々。飲みっぱなしでポイ捨てされた缶チューハイ。雑誌読みながら寝そべってケラケラ笑うディアボロねーさん達。
酷い。酷すぎる。新たなる年を迎えたというの、これはあんまりだ。
事態の収拾に赴いた撃退士達もそう。店の外から見える惨状をに、唖然呆然。
「どういう状況なんだこれは……そりゃまあ人的被害が少ないのは良いことだけどな、コンビニの中荒らして飲み食いするディアボロなんて、何の目的で作ったんだよ……」
勘とか撃退士として必要な色々なものが鈍りそうだ――億劫そうに呟いた久遠 仁刀(
ja2464)。新年早々の天魔退治だと言うのに、相手のしている事と言えばただの業務妨害に過ぎない。相手が相手だから止む無く撃退士が派遣されただけで、本来ならお巡りさんのお仕事である。
皆其々、店内の中を眺め……あるいは店先で点々と着いている血痕を見る。
「これが例の血痕……店員や客を鼻血の海に沈めた痕跡ですか……なんて面倒な。……大丈夫ですよね? 女性にまで手を出してきませんよね? ね?」
宮田 紗里奈(
ja3561)は胸元を押さえながらビクビク震えている。情報によると、相手は豊満なその肢体を使って客や店員を誘惑するらしい。被害と言えば鼻血噴いて病院に担ぎ込まれるくらいなのだが……どうにもこうにも不安は尽きぬ。貞操は死守せねばならない。
「あのように胸元を肌蹴て……破廉恥ですわ」
「あー……あの、沙紅良? あんまり暴れすぎないようにな? 店の商品壊すとあれだから……なんならこの金属バット使うか? これならそれほど被害は……」
ぶぉんぶぉん
「……つまり、これでドタマふっ飛ばせと、そういう事で御座いますよね?」
「……まあ、その……お手柔らかに」
と、須藤 雅紀(
jb3091)と香月 沙紅良(
jb3092)は、揃って店内を眺めつつ突撃の準備に余念が無い。特に沙紅良は既に脳内でディアボロの脳天をホームランさせているようだ。新年早々グロ画像が出てこないことを切に願うが……バットは置いておいても、チタンワイヤーやら機械剣やら物騒な武器も用意しているので、何を獲物にしても未来は然して変わらないだろう。
近くでは水鏡(
jb2485)が同じように店内を見つつ――横目でマーシー(
jb2391)をちらり。
「ふむ、なんとも迷惑なディアボロが現れたものだ。ちゃっちゃと片付けて帰るのが定石なんだろうが、それは少し惜しいな……そうは思わないかな?」
「な、なななな何のことでしょうかね? ぼ、僕には恋人がちゃんと居るんですから……そう、彼女の方がかわいい、彼女のほうがかわいい……」
「とか言いつつ、視線はちらちらと店内のおねーさん方を見ている……男のチラ見は女にとってのガン見。ボクじゃなくても解っちゃうぞ?」
「……この事はどうか内密に。どうか! どうか!!」
まあ、そんな感じで戦う前から既に一杯一杯な男性の姿も見て取れた。
戦闘開始前から撃退士達を惑わすとは、流石はディアボロ。油断は出来ぬ。あのお色気な姿ももしやすると意味がある事なのかも知れない。こう、街中に艶やかな濡れ場を作り出す事で、ディアボロ勢力に何らかの影響が――。
「そんな訳あるかぁー! あれはただの変態だよー! 思惑なんて絶対無いよー!!」
真っ赤な顔で池田 弘子(
ja0295)がきゃわきゃわ騒ぐ。
うん。まあ、彼女の言うとおりだろう。あんなただ自堕落に店の食い物貪ってるディアボロねーちゃんが妙な事考えてるとは思えない。
無論、だからこそ今退治するのだが。後で本当に妙な事考えられては堪ったものではない。
犬伏 斑(
jb2313)は拳をぐっと握り締める。言葉は発さない。視線だけで「行こう」と皆に言う。
「そうですね。それでは当初の予定通り、囮役が店外に誘き出すところから始めましょう……影姫さん、よろしくお願いします」
「うん。任されたよ。……折角だしちょっと遊んでくるね。大丈夫。そっち系のスキルならお手の物だから」
「……返答に困る言葉を言わないでください」
ぐっと親指を立ててくる捌拾参位・影姫(
ja8242)に、視線を逸らしながらぼやく天ヶ瀬 焔(
ja0449)。女性慣れしていない焔に、そっち系の話題はアウトだ。限りなくアウトだ。
まあ、んな事を考慮していても始まらないので、囮班はそれぞれ動き始める。戦いを始めるために――まずはディアボロねーさんとの接触だ。
そして作戦が開始されるその直前……斑が小声で呟いていた。
「大切な友達、守りたいから、強くならなくちゃ……! ……依頼初めてだけど、がんばろ」
なんて酷い初体験。
●良い子は見ちゃめー
「ほーらこっちですよー。チューハイだけじゃなく発泡酒だけじゃなくビールがありますよー……オゥフ。ナイスおっぱい……」
ビールとおつまみを手に相手を手招きしていたマーシーは、迫る褐色の美女に思わず鼻頭を抑えていた。だって揺れてるんですもの。だって丸見えなんですもの。十七歳のこうとうぶ一ねんせいだんし、には刺激が強いんですもの。だから瞳孔開く勢いでガン見しちゃうんですぅ。
「変態! 変態! マーシーさんの変態!」
弘子が後方からマーシーを罵倒しているが、聞いちゃいねぇ。軽く聞き流し、迫るスイカップの魔力に骨抜きだ。
「や、やだやだぁ! だめだから! そこはだめだからぁ!」
紗里奈にしなだれかかったディアボロねーさんが、そりゃあもう良い子に見せられない事をしようとしていた。口では言えない。文字で表す事もできない。恐れ多い。
どれくらい恐れ多いかと言うと、「あぁ……今日はいい天気だな」と焔が現実逃避して空を見上げるくらい恐れ多い。とても直視できない――だから焔は作戦の遂行だけを願って、仲間の境地から眼を背けた。命に別状は無さそうだし。
そんなディアボロねーさんが作り出す濡れ場――だがそれは味方の手によっても発生する。
それは影姫の手によって。事に及びそうとかじゃなくて……進行形で――検閲削除――た。
「――見るな斑。見ちゃ駄目だ――写真? もっと駄目だ! 仕舞え! 最後まで仕舞い続けろ!」
真昼間から発生した、その、チョメチョメな現場を目の当たりにした仁刀は必死になって斑の視界を隠し、現実から目を背けている。
あれは酷い。艶声が聴こえてくる時点で駄目だ。あれはもう駄目だ。
斑は仁刀に視界隠されながらも、ディアボロ写真撮りたいと訴えているが、それを許可する訳にはいかなかった。そんな事を許したら仁刀に明日は無い。恋人的な相手も居るってのに、そんな御無体な所業が出来る筈も無かった。興味はあったのかも知れないが。
「どこもかしこも凄い状態だな。これは……店外まで引っ張り出すのは難しい。ならば囮に気をとられている今の内に……」
水鏡は細い金属製の糸の感触を確かめながら、視線を移す。先にはディアボロねーさんに纏わりつかれている雅紀の姿が。彼も彼で、中々に大変な様子。
「ああ、こら! 耳たぶを噛むな! 甘噛みするな……って、酒臭いしー! ああ、胸が、お尻が、太腿がぁ!」
「……ふんっ!」
そんな様子を見て、微妙に青筋立てた沙紅良が、ディアボロねーさんの脳天にゴチンと一発。
目を回して雅紀を手放すディアボロを脇目に……雅紀の頭を抱えて自身の胸元に引き寄せる。
「あ、あの沙紅良? 正気に戻ってるからもう大丈夫……ごはぁ!」
「…………」
で、その後、雅紀を往復ビンタし始める沙紅良。バチンバチンと、実に良い音させている。
その様子を見ていた水鏡は苦笑を一つ。
「やれやれ、ボクの手は必要無さそうだな。なら、そろそろあっちのおねぇさん方に退場して貰おうか」
伸ばされる金属糸。絡みつく赤と白の鋭い糸は、自由気儘なディアボロの動きを縛った。
●反撃開始
焔のハンドガンの弾丸が、ディアボロの足を撃ち抜く。店員や客、そして囮に対しても散々ご乱行を働いたディアボロ達であったが、直接の戦闘となると勝手が違うようだ。攻撃は難無く通り苦しげな声を上げている。
「確かに造形だけなら申し分は無いんだろうな。だが、見掛けだけの貴様等に、魅力何て感じない志士、天ヶ瀬だ――駆逐してやるぜ!」
「……ならもっと早く助けてくれても良かったじゃないですか」
「ええと、うん。ごめん。……大丈夫?」
「……死守はしましたよ。……メイド姿で来れば良かった」
その隣では紗里奈が恨めしげに焔を見ながら、トンファーで景気良くディアボロねーさんを殴っている。先程までの鬱憤晴らしも兼ねているのだろう。中々に威力が高い。
また他の三人、仁刀、影姫、斑の三名もディアボロを相手にしながら先程までの濡れ場について色々言い合っていたり。
「うーん、もうちょっと楽しみたかったんだけどね……まだまだ試してない技があったから」
「やめてくれよしてくれ勘弁してくれ。そりゃあ囮を任せたのは確かだが、あれ以上されると、その困るだろう? ただでさえ今回の相手はやり辛いってのに……え、何? 斑はなんだって?」
「興味があったから俺もしてみたかった、だって」
「駄目だっての! ああもう、いいから戦うぞ二人とも!!」
レガースを装着した仁刀の蹴撃が、斑の振るう一対の直剣が、そして影姫の投げる苦無がディアボロの肢体に傷を刻んでいく。戦いとなれば容赦は無い。色気に満ちた空気を拭って、支配するのは刃のような緊張感。
「はああっ!」
バンドを巻いた雅紀の徒手空拳がディアボロを追い詰める。掌底で攻め、その攻めに真っ向から対抗するディアボロだが――その隙を突いて沙紅良が背後より武器を振るう。
「伏せて下さいませ須藤様!」
仲間に呼びかけ、次の瞬間には強烈な一撃が敵の脳天を揺らす。
誘惑攻撃ならまだしも、このように真っ向からの戦いとなれば早々後れを取る撃退士ではない。まあそもそも、簡単に誘惑されるような撃退士が居る筈……無いのである。
「……須藤様。戦いの最中、視線が敵の胸元にいっていたのは気のせいでしょうか?」
「き、気のせいだと思うけど? うん気のせい……だからビンタはもう勘弁して欲しいかも」
無論、誘惑されたらされたで、すぐに正気に戻す係がちゃんと居るので問題は無いだろうが。
「こんのぉ!」
「その綺麗な顔を吹ッ飛ばしてやりますよ!」
弘子のレガース付きの蹴りがディアボロの背を打ち、マーシーの撃つ銃弾がその顔面を穿つ。
共にさっきまでのお色気にやられた様子は……少ししか残っていない。
まだ若干弘子の顔が赤かったり、マーシーの鼻の辺りに赤い何かを拭ったような跡あるけれど。まあ、些細な問題である。気にしなければどうって事はないだろう。
「戦いとなったら大した事は無かったな……戦闘中にも鼻伸ばしたら平手打ちでもしてやろうと思ったんだがな?」
「まあ、俺がそうなったら殴ってもらうつもりでいたけどな」
金属糸で縛り上げたディアボロを見下ろしつつ、水鏡が焔に意地悪そうな視線を向ける。
なんだかんだ言いつつ敵の姿形までは否定しなかった焔は、誘惑されて正気を失う可能性を考慮していたのだろう……安堵したように息を吐いていた。
「それじゃ終わりにしようか……楽しかったけど、ごめんね」
そして動けなくなったディアボロに止めを刺す影姫。
こうしてお色気な敵は駆逐された……残ったのは片付け必須な店内のみ。
●最後に
「新年から、酷い依頼だった、本当に……」
「…………」
「ん? 何書いてるんだ斑? えっと……でもそんな事言いつつ久遠さんも興味津々だった筈――ち、違うわっ!!」
散々飲み食いされた所為で汚れまくった店内を多少掃除しながら撃退士達はそれぞれ先程までの戦いに思いを馳せていた。
お色気たっぷりで、結局のところ何が目的だったのかさっぱり解らなかったディアボロ。
人的被害も無く、怪我らしい怪我も皆無だったので万々歳と言えば万々歳なのだが……どうにも釈然としない。心底疲れた疲労感が漂っている。
「それと皆様。今回のこと、口外禁止でお願いします」
「そういえば随分とやんちゃされていたようですわねマーシー様。私は直接見てはいませんでしたが」
「早速ばれてる!? だ、誰がそんな事を!」
「池田様が先程皆様に」
沙紅良の言葉にがっくりと膝を着くマーシー。確かに彼女の言うように、今も弘子が「あの人目付きがやらしかった」等々、仲間内に色々暴露している。
「へぇ、ならボクの全力平手打ちの出番だったのかな? 見せ場を無くして残念だ」
「確かに。叩いて直す、という原始的手法がどこまで有効なのか実践する絶好の機会でしたでしょうに」
水鏡と紗里奈も、じーっとマーシーを見ながら色々言っている。
益々項垂れていくマーシー。
「でも……一番凄かったのはそこの影姫さんらしんだけど……」
ぽつりと呟いたのは雅紀。その言葉を聞き、一同が視線を影姫に向ければ――当の本人は「いえーい」と楽しげに発しながら、サムズアップ。
感想を聞けば「美味しかった」との事。
ナニがどう美味しかったのかまでは誰も知らない。知られちゃいけない。
それは踏み込んではいけない暗黒の領土なのだから……良い子は回れ右である。
「…………」
「どうしました犬伏さん? カメラ持って……ああ、成る程。皆さん集まってください。最後に記念撮影を一枚撮るそうですよ」
この後この店でバイトしてアフターフォローしようかと考えていた焔は、カメラ片手に立っていた斑に気付き――皆に呼びかける。
何だかんだとい色々あったが、無事に仕事は完遂したのだ。
後は最後の締めに、勝利の記念の一枚を。
――パシャリ。