●冷気
「うむむ〜、ジャパンの冬はさっむいの〜……それにしても氷人形とはの。つくった悪魔の性格が滲み出るようじゃの〜」
「性格捻じ曲がってるのは確実だろうな。話に聞いた内容だけでも、拠点防衛型の能力だと解る。ゲートも無いのにただ置いておくだけなんて、製作者の気が知れないよ」
ハッド(
jb3000)、そしてハルルカ=レイニィズ(
jb2546)。二人の悪魔は冷えていく世界を自覚しながら、行く先に待っているだろうディアボロとそれを遣わした同種族に対して思案する。
既に近くに人影は無い。目的地まであと僅か。地図上の話だけではなく、歩けば歩くほど寒くなってくる現状を身で感じて……目的地が近いのだと自覚していた。
「人を襲う訳でもなく、ただ周囲を凍えさせるだ け。何か目的が有るのでしょうか。こんな事をしても人が遠ざかるだけで……ああ、そうか。そうして邪魔者を居なくさせたところでゲートでも開くきなのですかね」
鑑夜 翠月(
jb0681)も考え、そして理由を思い至り……改めて、必ず倒さねばならないと確信。もしも考えが当っているのなら、倒せなかった場合ヴァニタスが出てきかねない。
そうなる前に倒してしまいたい。女子のような可愛らしい容姿のまま――けれども瞳に確かな戦意の炎を燃やす翠月。
今回の依頼に集まった撃退士の数は十人。その十人は現在二班に別れ行動している。
今、真正面から件のディアボロと相対しようとしている者は五名。ハッド、ハルルカ、翠月の他、谷屋 逸治(
ja0330)と龍崎海(
ja0565)の姿もそこには在った 。
「天魔には盆も正月もないのはわかっているが、こっちはそうじゃないか。ちょっとばかり余裕がないな……年末年始くらいゆっくりさせて貰いたかったが」
防寒対策をして尚寒さに身を縮ませながら海は呟く。ただ、強化した自身の武器を試す絶好の機会でもある為か……口で言うほど憂鬱そうでは無かった。熱い生姜湯を飲みながら、口元には僅かな笑みが。
既に、何時でも光纏を行い戦闘態勢に移る準備は出来ている。
それは海のみならず、皆が同じであり……また、敵もそうであろう。
寒さは、常人が耐え切れるようなものでは無くなっていた。誰が言うまでも無く皆が光を纏い武装する。そこは戦場域で、周囲は凍り付いている。
積もった雪は溶ける事無く固まって、白き異 世界へと形を変えていた。
(接近すればするほど、こちらが不利になる、か。短期決戦で相手を削ることが出来れば良いんだが、長期戦に持ち込まれたら厄介だな……ふん、寒さ対策のカイロはまるで意味を為さなかったな)
懐に仕舞っていた物体が熱を全て失ったのを感じながら、逸治はスナイパーライフルのスコープ越しに敵を見る。情報通り、剣を片手に立ち尽くしている氷像が一体。
氷のディアボロ。一体だけでありながら、近付けば近付くほど力を奪う脅威の力を持つ。
「――いくぞ」
長くは語らず、開始の合図だけを短く発し、逸治はライフルの引き金を弾いた。
長距離から弾丸が奔り、立ち尽くしていたディアボロの肩を大きく揺らす。ダメージの程は定かではないが当った 事だけは確認でき、見届けた仲間達は続いて攻撃の間合いへと。
「情報が少ないですし、まずは様子見からですね……っ、この距離でも寒い……っ!」
黒蛇弓のギリギリの間合い。その距離で既に肌が痛む寒さがある事を知った翠月は、それでも弦を引き矢を撃つ。放たれた矢は、ディアボロの身体に突き刺さって――ディアボロが動き出した。
「むむむ〜。去る者追わずとは言うものの、敵意を向けた相手には近付くようじゃの。この距離でも洒落にかなり寒いし……観察してる余裕無さそうじゃの」
「私は最初からそのつもりは無い。一気に攻めさせて貰う」
闇の翼を生やした悪魔が二人、上空よりディアボロの動きを見ていた。こちらも自ら武器の間合いギリギリの場所に居るというのに、 上空だというのに若干身体に痛みを覚えていた。
ただそんな状況下でも攻撃は行う。ハルルカは和弓から矢を放ち文字通り一矢食らわせたが……その返答は、ディアボロが持つ剣からの強烈な冷気の渦であった。
「……やっぱり持っていましたか、遠距離攻撃。しかも相当範囲が広い。ハルルカさんが上空に居るのはある意味ありがたいですが……B班挟撃です! 一方だけが攻撃を受け続けたら一瞬で崩れますよ!」
悔しげに顔を歪ませたのも束の間、海は叫ぶ。遥か先の前方へ向けて。
氷のディアボロ――その背後に回っていた五人の仲間達へ向けて。
●挟撃
「うぅー、寒っ……この距離でも厳しいよこれ! ほんと何のために置いたんだよぉ……カラスをペンギンにでも進化させようっての? お生憎様、そういうのはノーサンキューだから!」
オーラを纏ったまま、武田 美月(
ja4394)はダブルアクションの自動式拳銃を構える。その拳銃に霊的な銀色の焔を纏わせて――高速の弾丸を発射する。
聖火の弾丸は氷のディアボロの背に直撃し、その身体を揺らす。銃が届く遠距離でさえ指先が痛くなる寒さ。だが、まだこの程度なら命中率にそれ程差はでない。
だからB班仲間達は、敵の無防備な背中に向けて次々と攻撃を叩き込んだ。
ナタリア・シルフィード(
ja8997)の開く魔道書から雷球が飛び、蔵里 真由(
jb1965)の引く和弓の弦から矢が放 たれる。後ろより仕掛けられた射撃に、氷のディアボロも標的を変え後ろを振り向き、剣を振るう。
同時に吹き荒れる、壮絶なる吹雪。
「……っ、受動態ですね。敵意に反応して動く機械仕掛けのような……見た目も相まって不気味ね」
「よく冷える攻撃ですけど……一番の問題は硬度や再生能力でしょうか? 引き打ちだけで対処できればそれに越した事はありませんが」
ナタリアと真由は吹き荒れる吹雪に強烈な寒気を覚えつつ、しっかりと敵の様子を見る。
同じく挟撃し掛けているA班も同様だ。攻撃の手は休めないまま目を凝らしディアボロの姿を注視する。
すると、受けた傷が少しずつだが氷の膜の様なもので再生していくのが解った。
特にダメージが浅いのは魔法攻撃だろ うか。違いは僅かしか無いとは言え、物理攻撃の方がよく通るようである。
「ならば俺が行かなくてはな。元々気になっていたんだ。あのディアボロが近づけさせないその目的を。ただの能力と言うのなら良いが……理由がある可能性を思えば、な」
片刃の戦斧を構え、前衛に飛び出す周防 水樹(
ja0073)。物理攻撃がよく通るというのなら、自ら力を振るえる間合いに飛び出すことは、なんらおかしくない。彼の言う様に、敵の目的もまた気になるのだから、その中心を見る事も勇気ある行動と言えるだろう。
だが――踏み込めば踏み込むほど冷えていく寒気に水樹の動きが緩慢になる。
気力だけではどうにも出来ないほどの寒さが、冷たさが、あのディアボロから放たれていた。
「く、お、おぉ っ!」
そんな中で斧を振るうが当らない。速度は遅く狙いも不確か。簡単にディアボロに避けられて――剣によって斬り返される。
「……凍気によって身体の自由を奪うと言うなら、その凍気より尚熱く。決して凍てる事なき、万象一切を焼き払う終焉の炎を以て。欠片も残さずに滅してやろう」
自身の闘争心を解き放ち、自らを擬似変生させたマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)はディアボロと水樹が戦う近接の間合いへと踏み込んでいく。
前衛が一人ではすぐに落とされるのが目に見えている。何人かが前で敵の足を止め、その間に遠距離の物理攻撃でディアボロを砕く――それが最も最適な道に見えた。
無論彼女、マキナが足を死地へ踏み入れたのはそれだけが理由ではないが。
「斯様な凍 えた世界など、決して求める物ではない……消え失せろ」
冷える身体など無視して、かじかむ手足など意識の外に置いて、減っていく身体能力さえ置き去りにして『終焉』を内包した徹しの一撃が拳撃として叩き込まれた。
一番の威力だったのだろう。いままでよりも大きく身体を揺らすディアボロ。
「負けてられないな。俺もこれくらいの寒さで前後不覚になってられるか……っ!」
リジネレーションを発動し、再生能力を付けた水樹は改めてディアボロと向き合う。
どうやら冷気によるダメージが再生能力を上回る事は無いらしい。身体を蝕む冷気に負けないことを確認した水樹は、再度敵に飛び掛った。
「そのまま前で注意惹き付けておいてねっ! ……ふんだ、氷のマネキンが何さ ! こっちは風の子だよ! デビューが遅かった分、まだまだ現役なんだからーっ!」
再度、聖なる焔の弾丸を撃つ美月。距離は保ったまま、聖火を使い尽くす気持ちで、確実に敵の身体を穿っていく。
前衛が少なくても意味が無いが――多くても駄目だ。あの冷気の前に今は最前列で戦う者が倒れる可能性がある。ならばその時代わりに前に出る者として、距離は未だ保つ必要がある。
「敵対しなければ剣を向けない、近付く者に刃を向ける……それは余裕のつもりかしら。ならその余裕の代償、ここで払って貰おうかしら……!」
精神を集中し、魔法書から雷球が放たれる。後衛を放置している余裕のディアボロに、その代価を払わせるべく、ナタリアの雷が敵を撃つ。
「射線確保完了。続 けて攻撃します」
真由もまた冷静に矢を放つ。もしも前衛が倒れたら代わりに接敵する覚悟は彼女も出来ている。出来る事なら自身が前に飛び出すような、そんな、仲間の命が危機に晒される状況にならない事を願いながら。
――義肢の繋ぎ目が痛んだ。その痛みは、悪い予感を知らせるように――。
●氷の剣嵐
戦いは続いた。二班による挟撃は効果を発揮し、狙いを一方に集中させない事を成功していた。
これにより、撃退士達は敵の無防備な背後に攻撃を叩き込む事が幾度となく行え、ダメージは順調に重ねられていった。
しかし――それで容易に終る相手では無かった。
スキルの効果により奮戦していた前衛陣であるが……袈裟懸けの剣の一閃を前に、マキナは遂に膝を着く。
「く……まだ、だ……これくらいで……停滞など、しない……」
「ベルヴェルク! 一端下がれ! その身体じゃ……俺も、人の事は言えないがな」
斧をディアボロに叩き付けた後マキナを抱え、飛び退く様に距離を取る水樹。言葉通り、深い傷を負っているのはマキナだけでは無かった。彼もまた リジェネレーションの再生では追いつかないレベルで負傷している。
ディアボロは視線を退いた二人に向けたが――すぐにその目は逆方向を向く。
背後より、上空より、両刃の直剣を叩き付けたハルルカが居た。
「こっちを無視して貰っちゃ困るね。折角こんな寒い場所に降り立ったんだ。私の相手もしてくれよ氷像君?」
不敵に微笑みながらハルルカの剣と、ディアボロの剣がぶつかり合う。
退いた二人の代わりに死地に降り立ったハルルカだが、彼女とてこの距離で長期戦は不可能。
故に、仲間が援護を。
冥府の風を纏いアウルの力を増幅させ、黒色の洋弓の弦を引く翠月。魔法よりも物理で攻めた方が良いのは既に解っている。限界まで張った弦を弾き、矢がディアボロの足を 撃ち抜いた。
「いまです! 続いてくださいっ!」
「了解ですよ……ハルルカさん飛んでくださいっ! 代わります!」
今度は海が十字槍を手に飛び出し、前衛を務める。接近すればするほど凍て付くこの空気の中では、槍の僅かに長い射程でさえ値千金の好条件。闇の翼を広げ空に舞い上がったハルルカに代わり、海の繰り出す槍撃がディアボロの身体を貫いた。
そして十字槍は他方向からも繰り出される。美月が武器を持ち替えて、前衛に。
「寒ぅぅぅぅぅ!? 無理無理冗談じゃない! こんな場所で接近戦なんてやってられないよぅ! だから……早く倒れろぉ!!」
溢れるガッツをアウルに変え、十字の槍に宿す光は神獣の角。
白く輝く光を武器ごと敵に叩き付けるその技の名 は銀麟躍撞。美月は寒さでガチガチになったままでありながらも、強烈な一撃をディアボロの身体に突き刺していた。
されど――吹き荒れる氷の大嵐。海が苦悶し、美月が「うきゃあ!」と叫びながら、至近距離から吹き荒れる氷雪に身を強張らせる。
前衛が気を惹き付けられている時間は僅かしかない。その間に――片を着ける。
「……っ」
今すぐ前衛に飛び出したい。仲間が危機に晒されている。自分が代わりに――心の中で何度も反芻する気持ちを押さえ込んで、真由は弓を構えた。
物理が効果的な以上、中距離からの魔法攻撃をする気は無く、接近戦にしてもあの凄まじい攻撃力を前にしては、下手をすれば一撃で地に倒れる事になる。仲間の命が大事だが、自分では護りきれない― ―冷静かつ冷徹に判断を下した真由は、顔を歪ませながらも的確にディアボロ身体に矢を撃ち込んだ。その一撃が、仲間の助けになると信じて。
今度はディアボロの頭が激しく揺れる。遥か後方からライフルで狙い撃つ逸治。一番の射程を持つが故にただ一人無傷な彼――だからこそ、狙う射撃の一発一発に途方も無い気迫が篭められていた。
避けられたら、外したら、それだけ前衛の危機に晒される時間が長くなる。
言葉は不要。狙撃手は寡黙に、心の内に熱意を篭めて、変わらぬ動作で照準を構える。
そんな、自らの役割を冷静に遂行する後衛達が居るからこそ――氷の彫像は遂に。
「……代価を払う時が来ましたよ。個人的にはまだ足りないけど、傷の深い仲間も居るから……終らせて 貰うわよ」
ナタリアが雷を放つ。何度も何度も重ねてきた雷球。タイミングを見計らって、仲間との連携を密に撃って来た魔法攻撃。
だからこそ――もう、それに合わせるのは容易い。
上空より、雷の剣が落ちる。それはまるで裁きのように。
ディアボロが、おそらくは最後の力を振り絞って、空を見上げた。
そこに見たのは黒き翼を生やし、雷霆の書を広げたハッドの姿。
「我輩はバアル・ハッドゥ・イシュ・バルカ3世。王である。おぬしもディアボロなら覚えておけ……ま、もう無意味な事かもしれんがの」
告げた言葉に嘘偽りは無い。
雷の剣を終幕の一撃として……氷の彫像は粉々に砕け散った。
「……傷が深いですね。出来る限りの回復はしましたが、あまり良くありません。すぐに戻りましょう。どうやら他に敵は居ないようですし」
負傷したマキナの傷を看た海は、すぐに判断する。ヒールによる回復のおかげもあり、死に至るような傷ではないが……それでも彼女が重傷なのに変わりは無かった。荒い息のまま瞳も虚ろなままである。
「さて、仕事は終わりだね。早く帰って温泉で暖まりたいものだよ。そっちの彼女も、早く暖かい場所に連れて行ってやろう。ディアボロが消えたとは言え、まだ寒いからね」
ハルルカは身体を摩りながら――それでも少しずつ暖かくなってきているが――周囲の寒さを指摘し、帰り支度を整える。その意見には皆も同意なようで、迅速に帰路へ着いた 。
氷に閉ざされた世界は溶け始めている。
立ち尽くす彫像は、もう何処にも居ない。