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マスター:哀歌
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/11/21


みんなの思い出



オープニング

●体を鍛える米屋の娘
「132……133……134……!」
 肌寒い朝の空気を浴びながら、権田藁米子は日課である早朝トレーニングを勤しんでいた。
 ハンマーを素振りして、腕力を鍛える。その細腕のどこにそんな力が隠されているのか……まあ元々光纏もせずに米俵を担ぎ上げるような怪力の持ち主だ。鉄槌の素振りくらい日常茶飯事なのだろう。
 しかし――彼女の顔は不満に溢れていた。
「むぅ……やはりこんな修練では駄目です。筋力ばかりつけても強くはなれません……もっとこう、様々な状況にも対応できるような、そんな判断力とそして視野の広さ身に着けなければ……」
 むぅ、と小さく唸って米子は早朝の空を見上げる。
 清々しい空気が、小さな鳥の鳴き声が、そして遠くには山が見える。
 美しい朝の自然だ。人の住まう場所でさえこうなのだから、あの遠くに見える山は一体どれだけ……。
「そうだ……山行きましょう」

●決断即実行
「そんな訳で、ちょっと山まで特訓しに行きます。いや、お勧めですよ? 舗装されてない山道を駆け抜けて、冷たい川を横断し、断崖絶壁――とまでは行かなくても、それなりに険しい崖を登って……山頂に辿り着くのです!」
 ババーンと宣言する米子に、微妙な顔を返す撃退士一同。
 そりゃそうである。朝早く集められたと思ったら、いきなり「山行く」とか言い出したのだ。何で寒くなってきた今の時期に、わざわざ冷え込む場所にいかねばならんのか。
「それが特訓だからです。己の体を苛め抜いて更なる力を手に入れるのです……そんな嫌そうな顔しないでください。参加賞でおにぎり上げますから機嫌直すのです。お駄賃もあげますから」
 別にいらねぇ。心底そう思ったが、米子さんの喋りは止まらない。
 もう彼女に選択肢は無い。山に行くのが確定事項のようだ。
「それでは皆さん準備をして現地集合です。これは勝負ですよ。ライバル達を押しのけて、誰が一番最初に山頂に辿り着くかの……あらゆる手段を使って妨害し、勝利の栄光を掴み取るのです」
 何か趣旨が違ってきているような気がするのであった……。


リプレイ本文

●山に向かって
「何故山に登るのか……それはそこに素敵な出会いがあるからさっ♪ まさに時代は山ガールがっつり登ってレッツ出会い♪ それじゃあ行くよ、山頂目指してスーパーダッシュー!」
 山に集った二十人を越える撃退士の一団は、その下妻ユーカリ(ja0593)の元気溌溂な言葉と共に、山の頂上目掛けて駆け出していった。
 今回、突発的に米屋の娘が言い出した「山登り特訓大会」。正直、こんな寒い時に何やってんだ、という声はあったものの、何時になく頑固な(というか駄々を捏ねる)米屋の娘に折れて、こうして今山登りマラソン大会が開始されたのだ。
 各自、用意してきたブツも違う。妨害の為の道具を用意してきた者も居れば、それ以外の者も。
 中には、一際大きなリュックを背負って、えっちらおっちら一所懸命に歩く女性の姿も。
 水無月沙羅(ja0670)である。着物姿でよいしょよいしょと、頑張っている。
「沙羅姫、頑張るでござる! 皆姫を置いて、我先をと先へ進みました。さすればあとは手筈通りに……」
「はい。そうですよね。私は順位を競う必要は無い……草薙様。お願いしますね」
「はっ。姫の手料理の為なら、この雅、必ずや勝利の栄光を手に入れてみせましょう」
 沙羅の隣を歩く草薙 雅(jb1080)は、神妙な面持ちで頭を下げる。共に山頂を目指す同行者か……? いや何か違和感がある。例えば、何故沙羅と同じデザインのリュックを雅が背負っているのかなど。
 何かを企てている雰囲気のある二人――しかし、そんな二人は現在ほぼ最後尾。皆走り……まあ中には走らずにマイペースに進む者も居るけれど、兎に角山頂を目指している。
 おやつを食べながらほんわかした雰囲気で登る者は、リゼット・エトワール(ja6638)とエリス・シュバルツ(jb0682)。防寒具に登山靴にお弁当におやつに……登山特訓というよりも楽しいピクニック気分で平和に山を登っていた。
「もふもふは……いないかなー……どこかにいないかなー……?」
「随分寒くなっちゃいましたからねぇ。動物さん達も姿が見えないですねー」
「……あっちの方に……居る気がする……もふもふにした毛皮があるような気がする……」
「あああっ、エリスさんっ。そっちに行ってはいけませんよぅ! ただでさえ道というのもおこがましい険しい獣道なんですからぁ! 迷子になっちゃいますよぅ!」
「もふもふ……もふもふー……」
 ……とまあ、平和的だ。山の奥深くに突き進んでしまいそうな予感がするが平和なのである。
 そう。まずは平和が肝心だ。何もしなくても道は険しくて、どうせその内誰かが妨害に走るのだから平和で居られるうちには平和に生きるべきである。
 桐原 雅(ja1822)も平和に走る。見えないが、先頭を行く集団は押し合い攻め合い凌ぎ合いの連続であろうことが予測される。それ故に、自分のペースで走る。歩き辛い山道も何のその。足腰を鍛えるトレーニングと思えば屁でもない。
「……それに、山は嘗めない方がいいしね……何が起こるか解らないんだし……あ、久遠さんだ。おーい。久遠さーん」
 途中、先を行く赤髪の友人、久遠 仁刀(ja2464)の姿を見かけ傍まで駆け寄っていく。
「ん? ああ、雅か。どうだそっちは? 何か妨害とか罠とかあったか?」
「ううん。ボクのところは今のところ平和な山登り……そっちはどう?」
「俺の方も今のところは殆ど同じだよ。まあ罠を仕掛けるとしたら先にある川とか崖とかだろうから、今のところは安全に進める筈――ううっ!?」
 と、唐突に何かに足を取られて、べちーんと良い音立てて地面に倒れる両名。
 ヒリヒリ痛む顔を抑えながら足元を見れば……張られたロープが一本。
「……いたい」
「だ、大丈夫か雅? ……のやろう、やってくれるな。……挑戦って訳だな。いいぜ、ここのところ負けが込んでるし丁度良い。本気で踏破させてもらおうか」
 山道の先を睨みつける仁刀。この先に、目指すゴールと、敵となる撃退士が居る。
 まだまだレースは始まったばかり。果たしてこの先、どうなることやら。

●突っ走る先頭集団
 長いマフラーと金色のポニーテールを靡かせて、忍者が駆ける。犬乃 さんぽ(ja1272)が駆け抜ける。冷たい川が行く手を塞ぐが、そんなもの忍者の水上歩行の前には水溜りも同然だ! 地を駆けるのと同じ速度で、さんぽが爽快に川を越えた。
「レナちゃん行こう、この調子だよ! ニンジャの力で一番乗りだよ……負けない。絶対に負けない。一番乗りはボクだ」
「そうなのだそうなのだ、一番乗りなのだー! ニンジャにとって、こんなものアトラクションみたいなものなのだー! シュギョーついでに一番になるのだー!」
 さんぽの隣を駆けるレナ(ja5022)も、腕をおーっと振り上げて山道を駆ける駆ける。確かに、水上歩行や壁走りのスキルを持つ忍者からすれば、この程度の山道屁のカッパだろう。すいすいと先を進む。
 そしてその途中にある案内板の方向に従い、さんぽとレナは軽快な足取りで奥へと進んだ。
 ……その姿を見送って、林の影から黒百合(ja0422)がにやりと邪悪な笑みを浮かべて姿を現す。
「うふふふふ……これであの二人はしばらく道に迷うでしょうね……二人掛りで来られたらちょっとやそっとの罠なんて押し通されちゃうから……少しの間迷子になってもらうわよぉ……」
 あえて言うのなら、その笑みは悪の女幹部の笑みだった。抜群の身のこなしで優勝候補になりかけていた忍者組をあらぬ方向に誘導した黒百合。そんな彼女は背負ったからリュック新たに道具を引っ張り出して、新しい妨害工作の準備を。
 その間も、嘘案内看板の所為で道を誤る者が居たが――中には騙されずに先へ進む者も。
 雫(ja1894)である。事前に入手した情報と照らし合わせ、その看板が嘘であることを見抜いていた。
「……なるほど。ただの登山のように思えたのは私の気のせいでしたか……この調子では、近道は逆に危険ですね。どれだけ罠が仕掛けられているか解ったものではない。急がば回れとはこの時の為にある言葉ですね」
 早く頂上にまで辿り着ける道。それを避けて、迂回しながら進むことを決める雫。
 相手の仕掛けには、そもそも遭遇しないことが肝要だ。得意の隠密を駆使しながら、最短ルートとは若干外れて雫は行く。
 逆に最短を行く者も。牧野 穂鳥(ja2029)。彼女は地図とコンパスを駆使しながら、しっかり進む。手には軍手。足には登山靴。長ズボンにジャケットに帽子も被って完全装備。
 それでいて携帯品は軽量化を考えて必要最小限。穂鳥も穂鳥で上位を狙える装備なのだが。
「あ、冬咲きの花……んー空気も美味しいし、御山はやっぱり都会と違いますね。心地良いです……」
 と、たまに山に咲いてる花や植物を見て足を止めて眺めてしまう。思わず流れるのんびりほのぼの空気。何だかんだで穂鳥が一位になるのは難しそうだ。
 まあ彼女のように、山の空気を楽しみながら登る者は他にも居るのだが。
 村上 友里恵(ja7260)は他の撃退士に抜かれながらも慌てず騒がず――元より他者と競う様子を見せずに、山の空気を目一杯吸いながら頂上を目指していた。
「肌寒いですけど、気持ちの良い空気です。山の神様にも感謝ですね……」
 時折休憩も挟み、マイペースに一歩一歩確実に。
 そのように進む者は結構居る。妨害は考えずに自分のペースで確実に山頂を目指す者。
 六道 鈴音(ja4192)もその一人。堅実なルートで少しずつ。まあ、堅実とは言え舗装されてある訳でもないので苦労する道なりではあるのだが。
「はぁはぁ……本当に登山道とかないわけね……これは最短距離とか行ったら大変だぁ。けっこうキツイけど安全な道で行こうかな――あ、川綺麗ね」
 途中で見かける渓流に足を止めて、しばし自然を目で楽しむ。何も一位を目指す事だけが楽しみ方じゃない。こうして山の自然を視界に納めながら行くのもまた一興。
 ま、そんな美しい大自然の中を――脚部にアウル集めて、一気にかっ飛んで行く男も。
 千葉 真一(ja0070)が一本の矢のように、道なき道を突き進む。突っ走る。
「山か……いいね、故郷を思い出す。こんな感じに登っていた昔を思い出す……さあどんどん行くぜ! 罠や妨害どんと来いだ! 全部ぶち抜くぜー!!」
 うおりゃーと、土煙でも上げそうな勢いで頂上を目指す真一。
 これもまた楽しみ方。さて、彼は勝利の栄光を手にする事が出来るであろうか。

●ゆっくりまったり&迅速に軽快に
 高い木の上から笛の音が聴こえる。九十九(ja1149)が奏でる横笛の音色。高い木の上から見える山の景色を楽しみつつ、楽器を鳴らす。
「んむぅ……良い景色だねぃ。こうやって自然を眺めながら楽器を持つだけで良い曲が奏でられるよ……さてと、それじゃあそろそろ他の場所にも行こうかねぃ。道も大体解った事だし」
 木の上から見える景色で、山頂までのおおまかな道筋を確認し終えた九十九は、改めて山登りを始める。迷子になり、そのつど高所に上って確認し、そして演奏をしてまた登る。
 この繰り返しで、ゆっくりまったり穏やかな登山を楽しんでいた。
「字見様、大丈夫ですか? お怪我の方はありませんか?」
「大丈夫……この通り本は全部無事だよ。いくら本の虫だからって、この子等を護る余裕くらいは」
「……ご無理はされませんように」
 最後尾を行く氷雨 静(ja4221)が途中で出会う罠に掛かった人達を介抱する。散々道に迷った挙句、ロープやら何やらに引っ掛かって倒れた者も多い。そんな者達を助けながら登山していたのだが……まあ中には字見 与一(ja6541)のように、本の方が大事な者も。
 リュックに入っている本はビニール袋に包まれているわ、乾燥剤入りだわ完全防備だ。その割には自分自身は軽装で、結構危ういが。
 とは言え、危ういとは言っても先頭集団に比べればいか程のものでもない。
 如月 敦志(ja0941)は前方から放物線を描いて放られる怪しげなペットボトルを、掌に集めた魔法力で撃ち抜いた。炸裂し爆裂するペットボトル。どうやらドライアイスやら何やらを入れて作った簡易的な爆弾のようである。
 あの程度の威力なら撃退士が負傷する事はほぼありえないが……それにしてもやってくれる。
「こんなもんで立ち止まる訳にはいかねぇんだよ。待ってな、すぐ追いついてやる」
 にぃと好戦的な笑みを浮かべ、前方を走る黒百合の後を追う敦志。
 ソフィア・ヴァレッティ(ja1133)も、妨害こそしていないが先頭を行くものの一人。川渡りで冷えた体も、用意した着替えで難なく通過。元々厚着で臨み、必要に応じて脱ぐ事で調整していたソフィアが寒さで音を上げることはなかった。
「でもこれ以上上位を目指すとなると……流石に難しいかな? 妨害してくる人は思っていたより少ないけど、する人はする人で容赦無いからね……」
 これも訓練、と思って用意してきたから良いものの、今まで遭遇した罠を思い返して苦笑するソフィア。特に偽案内板には参った。肉体的被害は無いが、実質あれによるロスはかなり大きい。
 後ろの方で、金髪のニンジャ二人がひぃひぃ言ってるのは主にあの看板の所為だし。
 ただ、もうこの競技は中盤戦だ。そろそろ米屋の娘が言っていた崖が見えて来る――。
「あれ、ですね……確かにあれは、普通に登るのは難しい。迂回した方が近道。ですけれど……こんな時の為の小天使の翼ですよ」
 楯清十郎(ja2990)は背中に生えた神々しい翼の恩恵により、徒歩では登りにくい崖を比較的容易に登っていく。これぞスキルの有効利用。川を渡る時にも使用したが、まだまだ回数は残っている。
 しかしスキルといえば壁走りという便利なものがある。エルレーン・バルハザード(ja0889)が久我 常久(ja7273)が、突っ走る速度そのままに、壁を駆け抜けようと崖下に到着する。
「にんじゃひっさつ! かべばしりっ――いぃ!?」
「がっはっは! こういう崖こそ鬼道忍軍の独壇場――たわらばっ!?」
 で、何かに足をとられて爽快にすっ転ぶ。
 足元を見れば滑る液体が。それは油。油に滑ってて転んでしまったのだ。
 これこそ清十郎が用意した妨害工作。
「『判断力と視野の広さ』の訓練ですから、能力に頼り過ぎると足元を掬われますよ……っと、僕と同じように飛べる方には効果はありませんですね」
 視線の先にいるのは、同じく翼を展開し崖を登る龍仙 樹(jb0212)の姿。
「危なかったですね。このスキルが無かったら私も転んでいたかもしれません……ですが負けませんよ。ここからが勝負ですしね」
 不敵に笑う樹。同じスキル持ちという事で優劣の差は無いように見えるが、スキルの残り弾数に差は出る。樹は川を渡る際にスキルを使用していない。その分多少遅れたが、最終的な順位となると果たしてどうなるか。
 何せ、川も崖も、一つだけとは誰も言ってはいないのだから。
 召喚したスレイプニルとの協力で崖を登る時駆 白兎(jb0657)も、そのスキルの残数を気にしている。果たしてゴールまで保つのか。スキルだけに頼れば、後半は地力でどうにかせねばならなくなる。
「となると……やっぱり罠はかかせないですね。兎にも角にもこの崖登りでは上位になれるから……要所要所にばら撒いていきますか」
 そうして懐からポンポン跳ねるスーパーボールを取り出す白兎。
 戦いはこれからである。これから――混迷を極める。

●大混乱の山道
「がっはっは! 崖では不覚を取っちまったが、あれしきで終るわしではないわ! 特訓とか努力に興味はないがのぅ……一位の報酬と栄光は渡さんぞ! がっはっは!」
 頭にたんこぶとか着けた常久が豪快に笑いながら爆走する。一度や二度の罠など、彼にとっては然したる脅威ではない。押して駄目ならぶち破るを地で行く猛進で、一位を目指す。
 そんな男を止める罠は――聴こえてくる女性の声。助けを求める女性の泣き声。
 常久は声の主を探して、そして見つけて――衝撃が走る。美女が助けを求めている。あれを助けんで何が撃退士か。ぬふんぬふんと鼻息荒くして、近寄る常久。
「どうなされた!? 痛いのか! 体が痛むのか! ようし安心せい、わしが抱えて――うぬ?」
 と、さし伸ばした手に掛けられる手錠。思わず視線が手錠と女性の間を行ったり来たりして……そこで気がつく。何かこの女性、微妙に見覚えがあるような無いような、面影があるような。
「ふふふ……男ってつくづく、馬鹿よねぇ。お馬鹿さんよねぇ……それじゃ、一人で手錠プレイを楽しんでねぇ……ふふふ」
 それは変化の術で変装していた黒百合。にたぁと三日月のような笑みを浮かべ、手錠で拘束された常久を置いて、しゅしゅしゅのしゅーとあっという間に居なくなった。
 うおーと叫ぶ41才のでかい男がその場に残されたが……まあ彼も撃退士だ。どうにかするだろう。多分。
 そんな彼を横目に見ながら駆け抜ける敦志。
「危ねぇな……あんたが俺の先を行かなかったら、そこで拘束されていたのは俺自身だっただろう……崖を迂回して遠回りしたのが幸いだったか」
 引き攣った笑みを浮かべながら通り過ぎる。何しろ敦志は怪我や困っている人は優先的に助ける気概で臨んでいるのだ。場合によっては背負って進む覚悟で。そんな彼が黒百合のあの罠に引っ掛かった可能性はおそろしく高い。
 気を引き締めて再び山道を登る――ちなみに常久は救助しない。だって怪我も負ってないし、困ってはいるけれど自力でどうにかしそうだし、体格差から考えて背負ったら潰れる事が自明の理なんだもの。
 この様子では、先頭を行くことは死線を潜る事と同意になる。序盤で迷子になりかけたニンジャ二人組みもいい加減追いつく頃合であるし……一位を狙う者達の危険度は飛躍的に増す。
 それを最初から理解していたかどうかは不明だが、自分なりのペースで進む者達は本当に平和である。
 がっつりクライミングして、かなりタフな山ガールとして進んでいたユーカリは道の端に座り水分補給をしていた鈴音と出会う。
「あ、どうもどうも今日はー! えっと休憩中、かな?」
「うん。けっこうこの山キツイからさ。ちょっと水分補給だね」
「それなら私も休憩かな……栄養補給にチョコバー! 体力はちゃんと補給しないとね!」
 そして女子二人でしばしの休息。山の空気を吸いながら、爽やかな空気に触れながら……遠くから聴こえる撃退士の怒声やら罵声やら爆発音を聴きながら。
 ……あっちの登山は随分デンジャラスのようだ。一位の栄光は、かくも厳しい道だったのか。
 その同時刻。桐原 雅と仁刀も図らずも休憩を取っていた。というか取らざるを得ない人と出会ってしまったというか。
「不覚……っ! 沙羅姫申し訳ない……拙者一位なることは出来そうに無いでござる……っ!」
「いいから今はじっとするんだよ……ほら擦り傷とかいっぱい。包帯巻くからじっとしてて」
 着物姿で大きなリュックを背負って、途中で怪我していた草薙 雅。そんな彼を桐原 雅が現在手当て中であった。
「しかし、水無月の変装して代わりに一位を目指すとはな……その根性は見事なんだが、あれだ、相手が悪かったな……」
 スポーツドリンクを飲みながら休憩中の仁刀は、苦笑しながら慰める。
 何せ、森の中にはロープやテグスや釣り糸が張り巡らされてあるし、崖下には油ばら撒かれて登り難くなってるし、手錠で拘束された男は見かけるし……どうにもならない山道なのだ。
「そういえば……エリスの奴はこんな山道で大丈夫かな? もふもふ探しとか何とか言ってたが……」
「山は怖いからね……リゼットちゃんも一緒だったから多分大丈夫……かな?」
「むぅ。そういえば沙羅姫が言っておられた米屋の子女殿も、拙者ここに来るまで姿を見ておらんでござる……何処へ行ったのであろうか……」
 休憩中の三人は、行方不明の三人を思ってしばし沈黙。
 特に米子。あの米屋、開始時点から既に姿が無かったような気がするのだが。
 けれどすぐに不安を打ち消す。今考えた三人だって撃退士なのだ。よもや、山の中で迷子になっているなんてことはありえまいて――。

「ううっ、気がついたら随分奥に来てしまいましたよぅ……どうしましょう……米子さん、米子さーんっ!」
「はいはい泣かない泣かない。こういう時こそ、エリスさんが追いかけて掴まえた子狐さんをもふもふして気を落ち着かせましょう。なぁに、進んでいればその内森を抜けますよ、多分。それよりお腹空きましたし、おにぎりでも食べません?」
「狐さんもふもふ……リゼットももふもふする……? あったかくて可愛いよ……?」
 ……と、それが三人娘の現状だったりする。
 現在地は山の奥地。ぴぇぇぇぇと泣くリゼットと、子狐をもふもふするエリスと、よっこいせーと腰を下ろしておにぎり頬張り始める米子。
 何ともカオスな迷子組である。果たして彼女達の運命はいかに――。

●ラストスパート!
「うおおおっ、ま、け、る、かぁー!」
「むむむ! これは強敵なのだ……さんぽさん、拙者に乗るのだ! 迅雷使ってスバババーンと駆け抜けるのだ!」
「助かるよレナちゃん! ……悪いけど先に行かせてもらうよ千葉くん。卑怯とは言うまいね?」
「くぅ……こっちも負けるか! ブーストォ!」
 真一、さんぽ、レナによるデッドヒート。既に山の頂は見えている。ここまでくれば後はどれだけ速く、どれだけ早く、どれだけ先にゴールに辿り着けるかの勝負。
 撃退士達は今一陣の風となって――その内一人が絡みつく影にすっ転ぶ。
「げへへ……ゴールを前に注意を怠ったがうぬの不覚よ……」
 姿を現したのは遁甲の術で潜伏していたエルレーン。影縛りで動けなくなったレナは卑怯なのだー! と騒いでいたが、そんな罵声は今のエルレーンには褒め言葉。
「うふふっ、私が勝てばそれでいいんだもーん!」
 この忍者えらく汚い。しかして、その策が全てにおいて成功するとは限らない。
 ゴール目指す者は一人ではない。エルレーンの妨害を受けて身動きが取れない者を尻目に、ソフィアが清十郎が、樹が駆け抜ける。
「参加する以上は一番を狙い続けますよ。ゴールまで後僅か。このまま抜かせて貰います」
「そうはさせないよ。あたしだって負ける気は……っ!?」
 と、足が止まる先頭集団。彼らの目に映ったのは――二つ目の崖。ここを登れば最短ですぐにゴールだが、まさか最後の最後に再び崖がこようとは。
 清十郎の悔しげに顔を歪める。既に小天使の翼は使い切った。道中にあった川などでも使用し、もう回数が残っていない。
 ソフィアも溜息を一つ吐いたが――彼女は軍手を嵌めて登り始める。ここまで来ればスキルを残している者も少ない。後は地力の勝負になる可能性が高い。
 そして樹は――ただ一人小天使の翼で、悠々と崖を上がる。
 運も良かった。道中、小天使の翼を使用してまで回避する障害物が無かった事も今に繋がる。直接的な妨害が多ければ、今樹が翼を広げる事は叶わなかっただろう。
 しかし結果は彼の背に。崖の上に登りきり、目指すゴールは目前。
 白兎も急ぐ。まだ召喚できる回数はあった。追加移動も含めた全力行動で、樹の背を追いかける。
「ヒリュウ、スレイプニル、みんなありがとう……あとは僕が手を伸ばすから」
 崖を登り切り、僅かに遅れて先へと走る。もう妨害を考える必要は無い。あとは誰が先に到着するかだけだ。
 その結末は――。

「……あら? 今聴こえたのは……どうやら誰かゴールしたようですね。字見さん、私達も頑張って登り切りましょう」
 にこやかな笑顔で友里恵が、地に倒れた与一の介抱をしていた。どうやら途中で力尽きたらしい。本抱えすぎなのである。こんな険しい山道にこんな荷物背負って登りきれるとでも思ったか。
 地面にはただ「よねこ」と書かれたダイイングメッセジがあったが……その米屋の娘は冤罪である。というか今も絶賛迷子中の筈なのだ――。

●頂上にて
「どうぞ皆様。出来立ての豚汁です。ちゃんと人数分用意したので、米子さんのおにぎりと一緒に沢山食べていってくださいね」
 それからしばらくして、全員が登り切った後、ささやかなお疲れパーティーが開催された。人数分の食材抱えて登り切るのは大変だっただろうに、沙羅は笑顔で作り上げた豚汁を皆に配膳する。
 米子の用意したおにぎりと共に――そう、何だかんだで迷子三人は救出されたのだ。
 この功績は、雫と、なんと九十九によるものだ。高所から楽器を演奏してのんびり登っていた九十九の音に誘われた三人娘が道中雫と遭遇したという流れ。
「まさか自分の演奏が迷子を助ける事になるとはねぃ……こっちも好き放題散策してたのに、運が良いというか何というか……」
「私も驚きました。子狐抱えたエリスさんに、おにぎり頬張っている米子さん。そしてそんな二人の後ろを泣きながらついて歩くリゼットさん……見かけた時は何なのかと目を疑いましたし:
 雫はおにぎりと豚汁を味わいながらしみじみと語る。まあ、遠回りに迂回しながら進んでいるところを、いきなりそんな訳の解んない三人娘に出会ったら驚くってもんである。
 ちなみにその迷子だった三人は笑顔でお食事中。一人だけ、野に帰った子狐のもふもふを寂しそうに思い返していたが。
「ですが雨も降らず、天候が崩れずに何よりでした。今の時期、すぐに悪天候になってもおかしくないですからね……充分自然を堪能できましたし満足です」
 眼下の雄大な景色を眺めながら、穂鳥が豚汁を一口。山頂は寒いものの、この豚汁が体を暖めてくれる。そして暖かな気持ちで大自然を眺められる。
 この景色だけで、充分に山を登り切った意味がある。
 もっとも、中にはとても景色を楽しめる状態じゃない方々も居るが。
 そして、そんな方々を、一人のメイドが、静が手当てをしながら見て回る。
「皆さん、大丈夫でございますか? こちらで汗を拭ってください。爆裂元気エリュシオンZも多く用意しましたので……それにしても随分とやんちゃをした方がいらっしゃるようですね。これは少しお仕置きしなくてはいけないでしょうか……」
 キラリと目を光らせる静。そんな彼女の視線から隠れるように身を潜める――のは、何故か忍者ばかり。落石企てたり、ペットボトル爆弾投げたり、森の中にテグス仕掛けたり……そんな妨害企てたのは何故か忍者ばかりだった。
「いやぁ、でもたまにはこういうのもいいな。楽しかったぜ。ありがとな、権田藁」
 そう言って、笑顔でサムズアップを米子に贈る真一。一位にはなれなかったものの、充分に今回の山登りを満喫したようだ。晴れやかな笑みを向けてくる。
「うんうん。私も今回の山登りで随分女子力アップしただろうし、結構有意義な催しだったよ。米子ちゃんも……うんうん! やっぱり笑顔はいいねー!」
 ユーカリも今日の事を思い返して、そして米子の顔を見て満足げに頷いている。
 道中色々あったが、終わり良ければ全て良しである。
「ほんと……う〜ん、気持ちいいー。普通に登ってきただけでもこれだもの。一位になった人はもう最高じゃないかな? ねぇ、今どんな気持ち?」
 大きく伸びをしながら、鈴音は見事一位に輝いた樹に問い掛ける。
 最後は接戦だったものの、彼が見事勝利の栄光を手にしたのだ。
「そうですね……途中、何度も危なかったですし、体も冷え掛けたのですが……それらの苦難苦境を乗り越えて得た、この勝利は格別ですね。負けずに頑張って良かったと思っていますよ」
 満面の笑みを浮かべて断言する樹。数々の困難の先で得た味わいだ。食べるおにぎりや豚汁も一際美味く感じられる。
 無論、悔しがりながら、それでも美味しい豚汁とおにぎりを食べる者達も居るが。
「うう、残念なのだー。さんぽさんを一位にさせることが出来なかったのだー……」
「まあまあレナちゃん、次は頑張ろうよ……それにさ、修行の後のおにぎりはそれだけで美味しいし、これだけでも充分だよ♪」
 最初に罠に引っかかなければあるいは――惜しいところまでいった忍者組。悔しさを糧に、今は美味しいご飯を堪能する。
 皆、それぞれ今日の事を思い返して、安らかな一時を過ごしていた……。

 の、だが。
 最後に米屋の娘が、皆を戦慄の恐怖に陥れる。

「さて皆さん……今回のテーマは修行です。そして修行はまだ終っていませんよ……」
「な、なんだ? まさかこれから山篭りするとかそういう話か?」
 若干おどおどしつつ、敦志が問う。それも定番といえば定番だが、流石に今の体力でそれは厳しい。正直辛い。今は兎に角帰って一休みしたい――。
「……あ、ああ、あ……そう、だね。終ってない、ね……はは、体力配分間違えちゃったな……」
 何かに気付いたソフィアが空笑い。彼女の今回の山登りをトレーニングのつもりで入念な準備をして臨んだ。体力配分も何も間違えていなかったし、ソフィアが顔を引き攣らせるような事は無かった筈……なのだが。

「では皆さん。これから『帰り道』です。この道無き道を、頑張って帰りましょう……精神的に辛いのは登山ですけど、実は下山の方が体力的には厳しいのですよ」

 そう。最初に聞かされていたではないか。今回の米子が思い立ったのは『特訓』だと。
 参加者一同の悲痛な叫び声がお山に木霊する。
 この苦しい『特訓』はまだまだ終りそうになかった……。
 


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 護楯・龍仙 樹(jb0212)
重体: −
面白かった!:18人

天拳絶闘ゴウライガ・
千葉 真一(ja0070)

大学部4年3組 男 阿修羅
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
みんなのアイドル・
下妻ユーカリ(ja0593)

卒業 女 鬼道忍軍
料理は心〜学園最強料理人・
水無月沙羅(ja0670)

卒業 女 阿修羅
┌(┌ ^o^)┐<背徳王・
エルレーン・バルハザード(ja0889)

大学部5年242組 女 鬼道忍軍
厨房の魔術師・
如月 敦志(ja0941)

大学部7年133組 男 アカシックレコーダー:タイプB
太陽の魔女・
ソフィア・ヴァレッティ(ja1133)

大学部4年230組 女 ダアト
万里を翔る音色・
九十九(ja1149)

大学部2年129組 男 インフィルトレイター
ヨーヨー美少女(♂)・
犬乃 さんぽ(ja1272)

大学部4年5組 男 鬼道忍軍
戦場を駆けし光翼の戦乙女・
桐原 雅(ja1822)

大学部3年286組 女 阿修羅
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
喪色の沙羅双樹・
牧野 穂鳥(ja2029)

大学部4年145組 女 ダアト
撃退士・
久遠 仁刀(ja2464)

卒業 男 ルインズブレイド
道を切り開く者・
楯清十郎(ja2990)

大学部4年231組 男 ディバインナイト
闇の戦慄(自称)・
六道 鈴音(ja4192)

大学部5年7組 女 ダアト
世界でただ1人の貴方へ・
氷雨 静(ja4221)

大学部4年62組 女 ダアト
ゴッド荒石FC会員1号・
レナ(ja5022)

小等部6年3組 女 鬼道忍軍
撃退士・
字見 与一(ja6541)

大学部5年98組 男 ダアト
恋する二人の冬物語・
リゼット・エトワール(ja6638)

大学部3年3組 女 インフィルトレイター
春を届ける者・
村上 友里恵(ja7260)

大学部3年37組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
久我 常久(ja7273)

大学部7年232組 男 鬼道忍軍
護楯・
龍仙 樹(jb0212)

卒業 男 ディバインナイト
ドラゴンサマナー・
時駆 白兎(jb0657)

中等部2年2組 男 バハムートテイマー
でかにゃんもともだち・
エリス・シュバルツ(jb0682)

大学部3年126組 女 バハムートテイマー
イカサマギャンブラー・
草薙 雅(jb1080)

大学部7年179組 男 バハムートテイマー