●百鬼夜行をその目に映して
その山が視界に納まったところで、撃退士達は一様にして息を呑んだ。
家族連れが訪れるというだけあって、山の標高は低い。道路や登山道も設備されてあり、頂上まではすぐに登る事が出来るだろう。徒歩だけで苦も無く登れる低山――だが、今はその低山が恐ろしく感じられる。
なにしろ、そんな低い山に百を越える冥魔が集結しているのだ。遠目からでも姿が見え、敵の咆哮が耳に届く。
「こんなに沢山のディアボロが……人里に入れば大変なことになるのは確実です。ここで阻止して平穏を守って見せましょう」
山の全容を見たレイラ(
ja0365)の行動は早かった。迅速に光纏をし、その手にダブルアクションの自動式拳銃を持つ。見据えるは上空。まずは空の上に多数飛び交っている、あの鳥型の冥魔が厄介だ。
「ここから目に見える範囲だけでも多数……まさに百鬼夜行か。だが、俺達も奴等程では無いにしろ数は揃えて来ている……連携を心掛け、隙を見せずに討って行くぞ」
朱史 春夏(
ja9611)もまたその手に武器を携えて――仲間達と共に登山道を駆けて行く。
山頂までの道は大きく別けて三つ。今彼らが登っている登山道が一つに、車道が二つ。既に各班が指定の位置に着いて行動を開始している時間だ。
実際、遠くで、あるいは近くで音が聴こえる。獣の鳴き声、仲間の叫び、剣戟の……それは全て戦いの音だ。もうこの山の中で冥魔の牙と撃退の刃が衝突しているのだ。
そして敵の爪牙は目の前にも。狼に似た数匹のディアボロが、登山道の上から飛び掛ってくる。
「紅葉の秋に無粋なものですね……紅葉狩りを楽しみにしてる人は多いのですよ! 情緒の無い獣には退場願います!」
ドラグレイ・ミストダスト(
ja0664)が投げつけるは、燕を思わせる鋭い装飾が施された大ぶりの扇子。風を纏った扇子の一閃は狼の額に直撃し、旋回しながらドラグレイの手元に戻ってくる。
先制攻撃は直撃し――だが、敵の数は一体では収まらない。二体、三体と剥き出しにした牙を体に噛み付かせて来る。
その牙を受け止め、顔を歪ませつつも、すぐさま直刀で反撃する笹鳴 十一(
ja0101)。首筋に刀を突き立てて、早くも一匹骸と化した。
「どう足掻いてもこの戦いは長期戦になる! こんな序盤から致命傷負うんじゃねぇぞ! 逆に相手を一撃で仕留めるようにしろ!」
「それが理想なのは重々承知してますけどね……流石に『上』に居るあちらは、中々どうして難しいですよ」
十一の言葉に苦笑を漏らしながら、鋭い目付きで上空を見る結城 馨(
ja0037)。
飛び交う鳥型のディアボロ。それらは下の獣達を援護するように、羽根の弾丸を降らせてくる。あの距離に居られては刀などの近接攻撃は届かない。急所を狙うのも不可能だ。
石版を手に雷を集める馨。地上の獣は仲間に任せ、彼女は上空だけに狙いを定める。
「Of this I prayeth remedy for God's sake, as it please you, and for the Queen's soul's sake.」
呪文と共に放たれる稲妻の一閃。それは一羽のディアボロを焦がし、地へと落す。
「さ、て、ディアボロの掃除ってところかな? 木枯らしも吹いてる頃だし丁度いいね。とりあえずはそこの鳥達。堕ちて貰うよ」
簾 筱慧(
ja8654)が飛燕翔扇を飛ばし、空を舞う幾多の鳥型を地に落としていく。
足元は登山道として整備されてるだけあって申し分無い。上だけを集中していれば背やその他ががら空きになるが、それは多くの仲間達との連携で埋める事が出来る。
仲間同士背中合わせになり死角を消す。後は己の役目を全うするだけだ。
(やれやれ、これだけ大量だと全部落すのは相当骨だな……じいさん……弓、使うぜ……力貸してくれよな……)
深呼吸をし、叶 心理(
ja0625)は矢を番える。胸中に浮ぶは、心理に弓術を教えた祖父の顔。今は亡きその師を胸に抱き――射程に入った敵を射抜く。
どうやら上空のディアボロの耐久力は然程でも無いらしい。空よりの援護は厄介だが、射程に入ったその隙を逃さず攻撃を仕掛ければ撃ち落すのは容易い。
最も、その対空攻撃を易々と行わせるディアボロではない。地を這う獣たちは止まらぬ勢いで撃退士達に飛び掛ってくる――。
「……それを許す盾を、私は持っていません……さぁ、その牙で、私の盾を砕けるものなら砕いてみせろ! 決して朽ちぬ盾の矜持、見せてやる!」
長方形の大盾を構えて最前線に立ち、獣達の牙を押し止める夏野 雪(
ja6883)。
盾で塞ぎ盾で護る。己が体をも盾とする気概で彼女は推して参った。
「俺達も負けてられないな糸魚さん。実力不足とか嘆いている暇は無い。味方の損害減らすためにも……力が足りないなら協力して、だ」
「はい……戦うのは私一人ではありませんから……常磐木さんも、他の皆さんも一緒ですし……力を合わせて、敵を全て倒したいですね……よろしくお願いします……そちらも気をつけて……」
常磐木 万寿(
ja4472)、糸魚 小舟(
ja4477)は互いに顔を見合わせた後、それぞれの対象に向かって攻撃を仕掛ける。万寿のリボルバーは空に向かって、小舟の苦無は地を駆けて。互いの役目を果たす事が仲間の身を護る事だと信じて。
そして連携ならばこちらの姉妹も負けてはいない。水無月沙羅(
ja0670)の太刀が狼の脚を薙ぎ、水無月 葵(
ja0968)の直剣が頭部を斬り潰す。群がるだけの獣が相手なら、敵ではないと言わんばかりの戦い。
「虎型が居ると聞きましたが、まだ見えませんわね。もしかしたら他の場所に居るのかしら?」
「まだ解りません。隙を探っているのかも知れませんし……油断は禁物です」
「そうですわね。では、虎が出てくるその時まで……雑魚を相手に準備運動としましょうか」
そして再び、ステップを踏むように水無月姉妹の剣舞が始まった。
「それにしても、何故こんな小さな山にこれだけの敵が? ……何か様子見というか、敵に試されている気がします、とてもイヤな感じ……っ」
洋弓で空のディアボロを射ながら、神林 智(
ja0459)の心中に嫌な考えばかりが浮ぶ。
これだけの数が、何故、どうして、何の目的で……考えれば考えるほど、嫌な想像しか思い浮かばない。そしてどの考えも的中させる訳にはいかず、自然と智の弦を引く力は強まっていく。
「……後の二班も順調に冥魔を打倒中との事です。まだまだ数は多いですけど、この調子で頑張りましょう」
「そうね。少しずつでもいい。確実に落としていくわよ……でも、本当に……全く。数の暴力だけが強さじゃないわよ。無駄に数ばかり集めて……!」
「……その愚痴は、他の班も同じみたいですよ……」
冥魔と闘いながらハンズフリーマイク越しに仲間と連絡を取り合う三神 美佳(
ja1395)。その彼女の報告を聴きながら、合成弓で空の敵を射落としていく藍 星露(
ja5127)。
どうやら残りの二班もここと同じように多数の敵に辟易しているらしい。
しかし、文句ばかり言っても、敵の数は減りはしない。動かすべきは手と足だった。
●車道に陣取る猛獣
「うわっとぉ!? ……こ、これは流石に、なんくるなくないぞー!?」
突如姿を現した猛虎相手に、鉄拳装備の与那覇 アリサ(
ja0057)は冷や汗を掻きつつ、我が身の危険を悟っていた。
先程まで戦っていた獣型とは素早さも移動力も、そして攻撃力も段違い。既にアリサの片腕は、致命傷こそ防いだものの虎の牙に噛み付かれて鮮血を滴らせている。
「アリサちゃん大丈夫ですか!? 今援護しますからっ!」
「わぁ!? ハムちゃん、こっちはいいってば! こいつは少しやばいんだぞー!」
「そうも言ってられないでしょう……えいっ!」
静止をかけるアリサであったが、だからと言って見過ごす事の出来ぬ紅葉 公(
ja2931)。
召炎霊符より放たれた焔弾が虎の足元に炸裂する。横手からの邪魔に苛立ったか、今度は虎は視線を公に向けて唸り声を上げ始めた。
「……もう虎が出たでありますか。しかし……くぅ……上がまだまだ厄介すぎる……っ」
PDW FS80で上空の敵を撃っていた綾川 沙都梨(
ja7877)であったが、出現した虎に標的を移そうとする。しかしそれを逃す程、空の敵も甘くなく、沙都梨に向かって羽根の弾丸を飛ばし続ける。
ここで虎に狙いを変えれば、その分鳥型の殲滅が遅れ、他の仲間への被害が増える。上空の敵を再び狙いながら、すぐさま助けにいけないジレンマに歯痒い思いをする沙都梨。
だがそこに――虎の横っ腹に戦鎚を叩き付けた者がいた。
苦悶の唸り声を上げる虎の視線の先には、オーラを身に纏い注目を惹き付ける向坂 玲治(
ja6214)の姿が。彼はウォーハンマーを肩に担ぎ、挑発するように笑っていた。
「さて、俺が相手になってやる。かかって来いよ猫科。死にたくねぇんなら別だがよ」
手招きするその姿に――虎も黙ってはいられない。人間を頭から噛み殺す勢いで、玲治に飛び掛った。
「ああもう、一人で挑発して! 単独で相手できる相手じゃないってのに……ってキミら邪魔! ボクの邪魔しない!」
迫る狼達をナックルダスターで殴り倒しながら、どうにか虎の元まで駆けようとするルーナ(
ja7989)。しかし車道の闘いもかなりの混戦状態。襲い掛かる獣達が邪魔で、中々目的の場所にまで辿り着けないでいた。
それにこちらでも上空からの攻撃は激しい。鷹や鷲に似たディアボロは無数の羽根を降らせてくる。
「本当に凄い数……あれが街まで降りて行動を始めたら、もう目も当てられない……けいとさん! 空の敵はボクがダメージを与えるから、けいとさんは地上をお願いします!」
「ダメージと言わず、シャルロットは空の敵を一網打尽にしてもらいたいくらいだよ。正直地上はあの虎の所為で、空まで気を回している余裕無いから、ね」
影の書を開き、空の敵にダメージを与え続けているシャルロット(
ja1912)。そんなシャルロットを尻目に、虎型の激しい戦いを行っている味方を救うべく、その身を割り込ませる佐倉井 けいと(
ja0540)。
長方形の盾越しに、虎の重い爪牙の衝撃を受ける。思わず顔をしかめてしまうほどであった。
だが、虎にいいようにされるだけの撃退士ではない。パイルバンカーを振り被った千堂 騏(
ja8900)が力ずくで弾き飛ばすように、虎に一撃を加える。
そのあまりの勢いに横転する虎型。千載一遇の好機であった。
「今だっ! 今のうちに、この場でさっさと片付けるぞっ!」
「了解! ここで殲滅っす!」
騏の叫びに応えて、ニオ・ハスラー(
ja9093)がフルオートのアサルトライフルを連射する。狙いは全て虎。移動が封じられた僅かな隙に、弾幕を張りまくる。
攻撃を離れた距離から一方的に受け続ける虎。こうなれば弱まるのは確実で、止めを刺されるのもまた自明の理であった。
「どうにか虎は倒せましたか……ですがこの数。単純計算で倍のこの数量差はキツイものがありますね……っ」
未だに途切れぬ敵の勢いを、イアン・J・アルビス(
ja0084)は銀色の光の障壁を持って食い止める。
撃退士の目標は、この山全ての冥魔を倒す事にある。敵を逃す訳にはいかない。この包囲網から外に出す訳にはいかない。それを為すのは難事と知って尚――。
「この水際で食い止める必要がありますね。人里に到着してしまったらおしまいですから……一気に巻き込みますよ!」
為し得る義務がある。楊 玲花(
ja0249)はアウルの力で炎を呼び出し、直線上の獣型ディアボロを一気に巻き込む。さながらそれは炎の蛇。うねり蠢く炎蛇がディアボロ達を舐め、燃やしていく。
コレだけ数が多ければ、戦いは当然乱戦となる。そうなれば包囲から逃しやすくなってしまうが――同時に複数の敵を討つチャンスでもあった。そしてその機会を、撃退士は見逃さない。
「ふっ!」
その数少ない機会に、発勁を叩き込む青戸誠士郎(
ja0994)。こちらのスキルの残数も限られている為効果的に使わねばならない。アウルを一点集中させる事で発生させた衝撃波が、直線上の獣達を打っていく。多くの獣にダメージを与えたのを確認した後、誠士郎は比翼連理の剣を構えて、再度ディアボロ達の中に突撃する。
「戦いは数とはいえ、ここで退くわけにはいかぬ」
不退転の覚悟で双剣を振るい続ける誠士郎。その近くでは紀浦 梓遠(
ja8860)が巨大な両刃の剣を振り回し、口元に残酷とも取れる笑みを浮かべていた。
(……最ッ高じゃないか! こんなに多くの天魔を相手取れるなんて、本当に最高だ! ほらまだまだ居るんだろう? 出し惜しみしてないでもっと出てきなよっ!)
にぃと笑みを深めて、ディアボロ達を斬る斬る斬る。体のあちこちに牙や爪の切り傷が出来ていたがまだまだ梓遠の笑みは消えない。狂戦鬼の哄笑は敵が消えるまで止まらない。
敵は多い。これだけの敵を指揮する存在が居るのではとグラン(
ja1111)は周囲を探るが見当たらない。戦闘開始前にデジカメで見渡したが、その時も見つけることはできなかった。
ならば答えは、そんな存在は居ないか。あるいは――既に指示を出し終えた後か。
(山頂に居るという人型のディアボロがそうなのでしょうかね。いえ、これだけ戦いが続けば、上に居る冥魔もそろそろ降りてくる頃合でしょうか……?)
魔道書を開き、射程内のディアボロを攻撃しつつグランは山の上を睨む。
続く道路の道。その道の先を見据えていれば――徐々に姿を見せる、人型の冥魔の姿が。
「――来ましたっ! 皆さん人型の姿が見えました! 決して突出しないように!」
大声を上げて、仲間との連携を密にする紫園路 一輝(
ja3602)。メタルレガースを装着した脚で群がる獣を蹴り払いながらの呼び掛け。
数こそ減ったものの、まだ獣型は殲滅出来た訳ではない。空を舞う鳥型も同様だ。
ここで連携を崩せば、一気に押し込められてしまう――。
「させるかぁ!」
人型の数匹が、空を狙う仲間の撃退士の下へ迫るその前に、明郷 玄哉(
ja1261)が曲刀を振るい風の衝撃波を飛ばす。すぐさま間に割り込んで、槍を手にした人型と相対する玄哉。
「その武器も脚も邪魔だな。斬らせてもらうぞ」
対峙したのも束の間、曲刀と槍がぶつかり合う。激しい火花を散らして新たな戦いが勃発する。
「鳥はいい加減邪魔よ。長期戦は不利だけどどうしたって長期戦になる……これ以上空にばかり気を向けてられないから、そろそろ堕ちきりなさいっ!」
燕明寺 真名(
ja0697)が撃ち出す火球は、空中の方陣より放たれし星屑。速い弾速で迫った火球は見事に鳥型に直撃し、残り僅かの空のディアボロを落す。
されど、鳥型の数が減ったとしても新たに人型が姿を現している。撃退士達の優勢にはまだ遠い。
「【亡者の行進!迎え撃つ撃退士達!】……ってとこね。あぁ、武者震いがするわ」
「おー、更に団体さんのお出ましだ。スキルの残数はちょっとしか無いけど……出し惜しみはしないからねっ。この戦いが終ったらあたい結婚するんだっ」
御子柴 天花(
ja7025)のアウルが光り輝き眩く発光する刀身。そのエネルギーブレードの刃を持って薙ぎ払い地上の獣達を倒していく。
この獣を倒し終えたとしても、敵はまだ多数居るのだ。傷の痛みを覚えつつも、終わりの見えない強い敵との戦いに笑みを零す天花。途中変なフラグを立てたような気もしないではないが。
戦いは続く。人型も交えたその戦いの中で――脇に逸れた、林の中に逃げ込んだ獣を追うリョウ(
ja0563)と新崎 ふゆみ(
ja8965)の姿があった。
「わさわさ、だばだば出てきちゃってえ……しかもこそこそ逃げるなんてぇ……これじゃ、だーりんとデート★もできないじゃん! だから……ブッコロ☆しちゃうぞっ★ミ」
鮮やかな朱色の刀身を振るいながら、逃げる獣を狩って行くふゆみ。そんなふゆみを背後から援護するのはリョウ。自分の影を持って相手の影を縫いとめて束縛、その間に狩ると言う形。
林の中に逃げ込んだ数匹さえ逃がさずに二人は追撃者として仕事を全うしていた。
「なぜこんな所にここまでの数が沸いた……? 山頂にゲートでもあるのか? ……いずれにせよ取りこぼしはまだ出てくるだろうな。新崎、次いでいくぞ」
「おーっ」
そして再び山中を駆ける。全ての敵を狩り尽くすまで、追撃者の足は止まらない。
●人型参戦
「さてと……人型も降りてきて凄い数。これだけの数、全て落とし切れるかな……まあ、やるしか無いんだけどねっ」
目前で広がる敵の総数と、その能力を確認しながら志堂 龍実(
ja9408)は双剣を手に敵陣へと斬り込む。既に数を大きく減らしている獣型と鳥型。真っ先に狙わねばならないのはこの二種。見た所人型の動きは統率が取れている上、攻撃方法も多数あって非常に厄介。あの人型を相手取りながら獣や鳥とまで戦うのは、難事を通り越して無理の領域に迫ってくる。
それは龍実だけでなく、他の仲間も解ったようで今攻撃の狙いの大半は僅かな数の獣と鳥に絞られていた。
紅き金属製の糸にアウルを集中させ、それを炎に似た衝撃波として撃ち出す高峰 彩香(
ja5000)。
固まっていた残り僅かの獣型を、諸共滅するフレイムブラスト。獣型を殲滅し終えたのを手早く確認した後、今度は剣を持った人型に狙いを定めて紅い金属糸を伸ばす。
「まず厄介なのはそっちだからね。確実に減らしていかせてもらうよ」
紅い糸が敵の肉を裂き、敵の電撃を纏った剣が彩香。体が痺れるの身を持って確かめて――やはり剣持ちを先に排除すべきだと改めて再確認。
彩香の動きが止まったのを、他の仲間も解ったのだろう。
大太刀片手に駆け抜けて、水無月 神奈(
ja0914)が剣持ちを斬る。
「まずは一体――っと! 危ないな、立ち止まる暇も無い、か」
自身のすぐ傍を通り抜けた斧の斬風を感じて、冷や汗を垂らす神奈。この数相手に棒立ちは自殺行為。手も足も常に動かして狙いを定まらせないように動かなければ冥魔達の餌食となる。
「この人型も、元は人間だったのか……哀れだと思うが、加減はしないぞ」
新たに狙いを定めて太刀を振るう。斬撃は人型の冥魔を切り裂いて、けれども動きは止めない。
味方も敵も、どちらも相手を狙って動き続ける。
飛来する敵の矢を避けつつ、射線上に敵の冥魔を持ってくる。真正面から相対する事になるが、矢による射撃を考慮しないで良い分こちらの方がまだマシだった。腕を掠める槍の一撃に血を滲ませながら、新井司(
ja6034)は鉄拳を人型の腹部に叩き込んだ。
「登りながらの攻めもまた難儀よね……英雄ならこういう時、どんな風に攻めるのかしら。勇猛果敢に一人で百の冥魔を打ち倒す? ……それは流石に無理ね」
それは無理と無茶が総動員し過ぎだ――そう結論付けて、再び人型と相対する。槍使いはまだ倒れていなかった。ならば倒れるまで何度でも、と再度拳を握り締める司。
戦いの最中、狂気を孕みながら嘆き微笑む革帯 暴食(
ja7850)の姿があった。飛来する矢を物ともせず体に突き刺しながら一気に接近する。
「掴まえたぁ――さぁ、喰わせろッ!」
そして弓持ちの喉笛に噛み付き、そして蹴り飛ばす。接近を許した狙撃手に助かる手立てがあろう筈が無い。暴食の餌食となって、人型のディアボロが一体転がり倒れた。
「鳥も獣も倒したが、まだ俺に出来る事はある、か」
人型のディアボロだけとなった現状を見渡して、山本 詠美(
ja3571)は棒手裏剣を構え、そして投げる。既にスキルの残数は無い。鳥型を撃ち落す為に全てを使い切ってしまっていた。
だがそれでも、敵はまだ多い。何よりも厄介な人型が、武装した状態で、今も仲間と戦っている。
多くダメージを与えられるとは思わない。けれど僅かでもいい、敵に傷を刻み付けて仲間の戦闘を有利にする為に――。
「……こっちは……出ないと思ってた、のに……今頃に、なって……」
木の上から水泡の忍術書を用いて援護に徹していた羽空 ユウ(
jb0015)は、林の中から道路に飛び出てきた最後の獣型――虎型を見て息を呑んだ。
戦闘中に受けた連絡で、もう一つの道路班に虎型が出現したのは聞いていたが、まさか今頃になってこちらにも出現するとは。
「……なら、これで……後は皆に、任せる……」
異界の呼び手のを持って、虎の動きを束縛しようと試みるユウ。だが、残念ながら虎は無数の腕を潜り抜けて、人型と戦う撃退士達の下へと肉薄する。
「おっと虎かぁ! おっしゃ虎狩り虎狩りー! あたしとがっつり遊んでいきなよっ!」
しかし染 舘羽(
ja3692)は、出現した虎に対して満面の笑みを持って応える。片手に三本爪を装着して間合いを取りながら、虎へ笑顔で牽制する。
瞬時に迫り、爪を一閃。舘羽の爪が虎の顔面を裂き、虎の爪が舘羽の腹部を裂く。どちらもダメージを負ったが、大きさで言えば舘羽の方が大きい。
「いったぁ……こりゃ凄い。隙見せたらあたしががっつり殺られるね」
「なぁに。そう簡単にやらせはしないよぉ」
そんな戦いの隙を縫って、虎の死角から雨宮 歩(
ja3810)が大太刀を振るう。
背後から斬り付け、苦悶の唸り声を上げる虎に対し、狂気染みた笑みを浮かべて見詰める歩。
虎の怒りは歩にも向けられており、今すぐにでも噛み殺されそうな殺気が伝わってくる。
(死んじゃいそうだねぇこの殺気……でも、この恐怖感が愉しいと感じる。……フフ、いいよ。これが狂気だと言うなら、ボクは嗤って受け入れよう)
飛び掛る虎を見ながら笑みは一層深く。爪と牙と太刀が唸りを上げた。
槍使いとほぼ同じ間合いで、鈴代 征治(
ja1305)の斧槍が敵を穿つ。
自分に有利な距離で、他の仲間では不利な距離。ならば槍使いの相手として相応しいのは征治しかいない。槍よりも強力なハルバードの突撃が、冥魔の体を引き裂いていく。仲間とも声を掛け、敵の位置を把握し奇襲に備える。
「虎型はあっちに任せよう。僕達はこっちの人型を倒しましょう」
「確かに虎型も厄介だけど、こっちの人型の方が数も多いしきついかな……特にそこの弓使い!」
忍術書を広げ、直線移動する火球を放つ滅炎 雷(
ja4615)。後衛で戦っていた分、彼の消耗は前衛に比べればまだ少ない。勿論、だからと言って無視できるほど浅い傷ではないし、彼自身消耗している事実に変わりは無い。
だがそれでも、援護の手は休めない。スキルの残数が無くなったとしても攻撃できる力がある内は、離れた距離で撃ち続ける。
力の限り戦うと言うのであれば、皇 夜空(
ja7624)もまた同様。
狂ったような微笑を浮かべながら、ただひたすら鋼糸と太刀を振るい続ける。
光と闇の光弾が弾け、王冠の様な軌道を描いた鋼糸が群がる敵を裂いていく。
目に付いた物を片っ端から切り裂き殺し、ひたすら前へ前へ。その為、彼の負傷は大きいが、そんなもの何するものぞと言わんばかりに、狂気を振る舞い続けていた。まるで、美女との逢瀬を楽しむように。
「今小天使の翼使ったら……あの弓で狙い撃たれるな。やめとこ。それに無茶するより、仲間の援護に専念する方が大事だからな」
楕円形の盾で敵の攻撃を防ぎつつ、隙を見てハンドガンで撃つ。その繰り返しで仲間を援護していた水杜 岳(
ja2713)は、終始変わらず状況を見て動いていた。
仲間が囲まれそうになったなら注意し、それでも囲まれたら盾を構えて切り込んで。
何度か肝を冷した場面もあったが、戦いは既に大詰め。この大量の人型を倒しきれば勝利が掴める。
激しい音を立てて、凧型の盾に斧がぶつかる。真正面から盾を持って防いだのは御幸浜 霧(
ja0751)。ヒール等の回復スキルで仲間の傷を癒しながら、戦いの推移を見ていた彼女だが、ヒールの残数も残りは僅か。回復だけを行っていたのでは、全員を護るのは不可能と判断し――自らが盾を持って攻撃を防ぐ。
「……わたくしの前で、無頼がまかり通るとは思わないことです……」
脚に紫色の光を纏わせて押し切る霧。そして隙を逃さず、闘気解放したジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)が接近し、斧持ちの冥魔をメタルレガース付きの蹴撃で蹴り倒す。
「皆! もう回復の残数も少ない! 仲間との連携を重視して、単独で敵と当らないように気をつけよう! ……後で打ち上げ、バーで奢るからさ、頼んだよ!」
拡声器越しのジェラルドの声が戦場に響く。簡単な指示を受けて、それに合わせて戦う仲間達。軽い冗談に口元に笑みを浮かべる者もちらほらと。
「さてと、戦いも大詰めだね。派手に打ち上げする為にも、もう一頑張りしようかな」
拡声器を下ろし、再び遊撃に出る。山の中で聴こえる戦戟の音も、徐々にその数を減らしていっていた。
●逃走の冥魔
「待ちなさい! 逃がしませんよ!」
近くの敵は太刀で斬り、遠くの敵は拳銃で撃つ。そのように数多の冥魔と戦っていたレイラは、登山道から外れ脇の林の中に逃げ込んでいく人型を見て、叫んだ。
星露もすぐさま縮地を用いて距離を詰め、逃げようとした一匹を戦斧で叩き潰したが……全てを薙ぎ倒すには手が足りなかった。悔しげな声が漏れる。
「……無理をしてでも最初に倒すべきだったの?」
戦いは撃退士優勢に進んでいる。しかし人型の数が半減してきた所で、敵は逃走を試み始めていた。
打ち倒した冥魔の数から言って、間違いなく半数以上倒した大勝だ。だが完全勝利ではない。このままではある程度の冥魔を逃してしまう。
「……くそっ、林の中に逃げ込まれては照準が着けにくい……っ」
すぐさまライフルに持ち替えて狙撃を行った春夏であったが、逃げいく人型を掠めただけで一撃必殺とはいかなかった。仲間が阻霊符を使用し、冥魔の透過能力を無効化しているとは言え、この生い茂った林の中を逃げ回れたら追撃するのは困難になる。
そんな中、筱慧が落ち着いた様子で言葉を発する。慌てても打開策は出てこない。
「こういう時こそ基本に忠実。慌てずに対処していきましょう」
「むぅ……中々に厄介ですね……追撃班に連絡を! 場所を伝えて何とか囲みましょう!」
ドラグレイはすぐさま他班にも呼びかけて、敵の逃亡を阻止しようと連絡を交し合う。
けれど――どうやら易々と敵を囲む事は出来無さそうであった。
「……ええっ!? そっちもですかぁ? ……む、むむぅ……本当に参ったです……」
不利を悟って林の中に逃げ込んだのは、何も登山道の冥魔達だけでは無いとのこと。二つの道路班の敵も逃走を図っており、下手すれば十を越える人型冥魔の逃亡を許すことになる。
それでも九割方の殲滅は済んでいるが――それで満足するような撃退士は今ここに居ない。
「無茶をする気は無いが……まだ全員、動けるよな。追おうぜ、まだ間に合う筈だ」
十一の言葉に頷いて、登山道班は林の中に入り、冥魔達の跡を追う。美佳はその間も他班と連絡を取り合い、逃走中の冥魔の情報を交し合っていた。
「あきらめる訳にはいかないからな……糸魚さん、大丈夫か? まだ、いけるか?」
「……安心してください……まだ動けます……最後まで諦めずに……頑張りましょう」
万寿と小舟は、互いに声を掛け合い林の中を突き進む。
まだ勝負は終っていない。逃がしてなるものかと――追跡は続く。
「先程までは適当に撃っても当る乱戦ぶりでありましたのに……逃げる冥魔を狙うのは至難でありますね」
PDWを撃ちつつも、離れていく冥魔の背を見て、沙都梨は悔しげな声を上げる。
この密集された林の中を逃げ回るとなると、どうしても有利なのは逃げる側だ。今も仲間達が他方から追いかけてはいるが、果たして全ての冥魔に追いつけるかどうか。
後を追う騏の表情も晴れない。縮まらない距離に、歯痒い未来を思い浮かべているのだろう。
「一気に押し切りたかったがな……逃げるのだけは速い連中だな」
「ええいっ! 弾幕張るっすよ弾幕! こうなったら数撃ちゃ当るの戦法っす!」
道中そう叫びながら、ニオがライフルを連射し、逃げ行く冥魔を一匹討ち取った。
「気合いっぱい! 全開気合封砲!」
ルーナも、逃げる人型の背に向けて全力の封砲を解き放つ。後ろから穿たれて、こちらの冥魔も崩れ落ちた。
しかし全てを討ち取る事はあまりに難事。一匹が撃たれている間に、早々と射程圏外まで逃げおおせた冥魔達がいる。
「戦いの最中に逃げるだなんて、興醒めする奴等だね……折角の気分が台無しだよ」
「確かに。随分と頭数用意したくせに最後はこれだからなぁ……めんどくせぇ奴等だ」
梓遠と玲治は、逃げた冥魔を追いながら愚痴を零す。大量の数を集め、強敵を用意し、大規模な戦いとなった――その最後がこの追撃戦だ。最後まで戦い抜けと、文句の一つも言いたくなる。
「シャルロット。傷の方は大丈夫?」
「ボクの怪我は大丈夫です。でも、あいつらを逃がしてしまったら、今後の憂いになります。今はこんな軽傷後回しにしましょう」
「そうね……でも、無理は禁物だよ?」
けいとは隣を行くシャルロットの負傷を見ながら、心配げに声を掛ける。
出来る限りのガードはしたが、あの乱戦だ。全てを護り切るのは到底不可能で、どうしても仲間に多少の怪我は負わせてしまった。
その事を申し訳ないと思いつつも――今は、敵を逃さぬ事が先決。
「こんな肌寒い夜の最後が、まさか追いかけっことはね……おかげで寒くないけど、迷惑極まりないわよ!」
草木を掻き分けながら真名が憂鬱そうに叫ぶ。軍団との戦いの最後が、撃退士総出の山狩りだ。スキルの大半は、先程の戦いで使い切ってしまっており、この追跡に役立てそうなものはない。
数が多い所為もあって、あまりに戦う事に専念しすぎたかもしれないが――たらればを言っても致し方ない。そもそも余計な事を考えて戦い抜ける数では無かったのだから。
つまるところ、何が腹立たしいかと言うと――逃げた冥魔が腹立たしい。
「う〜〜……どこに逃げたんだぁー! こうなったら……えいっと!」
「あ、アリサちゃん? どう? 木の上から見える?」
「うー……ここからでも駄目だぞハムちゃん。木が多すぎて全然見えないぞ……」
身軽な跳躍で木の上まで登り、逃走した冥魔を探すアリサであったが、こちらの成果も芳しくない。
公の隣に降り立って、しょんぼりと肩を落すアリサ。
「事前に、逃がさないように幾つかポイントはピックアップしてあるのである程度は倒せると思います……ですが全てとなると……急ぎましょう」
他班の連絡も聞いて、どの班も状況が芳しくない事を知った玲花は足を急がせる。
もう残された時間は、僅かしかない。この僅かな時間に果たして全て討ち取れるか。
「えいっ、ひっさつすらーっしゅ!」
ふゆみの朱太刀が逃げる人型の体を斬る。一刀両断とは、まさにこの事。敵を倒し終えたひふみは安堵の息を――吐く事無く、荒い息でその場にへたり込んだ。
「ね、ねぇ……ふゆみ達だけで追撃って……結構無茶だったんじゃないかな?」
「ああ……正直、俺もかなり限界だ……救急箱は……もう中身は空か」
両手に血の滲ませた包帯を巻いたまま、リョウは木に背を預けて、ふゆみ同様荒い息を吐く。
本隊からはぐれてくる敵が居る事を考慮して動いた二人。だが二人だけで対処するには、本隊から外れる冥魔の数があまりにおおかった。
何しろ、この二人だけで相手取った冥魔の数は十に届く。不利を悟って逃走を図った人型以外にも、群れからはぐれるように現れた獣型とも戦っていたのだから。
二人にこれ以上の活躍は望めない。特にリョウはそれこそ倒れる寸前まで生命力を失っているのだから――。
「悪い……うちはもう限界。暴食が過ぎた……」
「そうではなく、無茶な攻めが過ぎたのです……じっとしていてください。まだわたくしの癒しは残っています」
ボロボロの状態でグロッキーな暴食の治療を霧に任せ、他のメンバーは他班と同じように林の中での捜索に尽力していた。
「全部は落し切れなかったか……逃げた方向からすると、こっち側から回り込める筈だけど……」
人型が逃走を図るときも、慌てずその行動を観察していた龍実。山の地形、逃げた方向、それらから推測した地点に急ぎ待ち構えていたが――現れた冥魔は、逃げた数より少ない。途中で別れたか。
「それでも充分大手柄だけどねっ!」
現れた相手を、炎を纏った一撃と風を纏った一撃の二撃――フェイントを混ぜた攻撃で討ち取る彩香。一度は逃がした冥魔。二度逃がすつもりは無い。
「……ここで討ち取りきれなかったとなると……おそらく、これで最後だな。もう時間も経っている。これ以上捜索しても逃がした全てを追い詰めるのは……」
詠美の言葉に全員が頷いて――同時に不満げな声も上がる。
いかに小さい山中とは言え、撃退士五十人で全てに手が回る訳ではない。傷を負った仲間も居て、疲労も一つの極に達している。
百を越える冥魔と戦ったのだ。そして誰も脱落せず、最後まで戦い抜き、逃がした冥魔の数は十以下。つまり九割以上の敵を打ち倒した結果になる。誰がどう見ても大勝であった。
それでも不満が消えないのは――それが彼等の矜持であるからでもある。
天魔を倒しに来て、僅かとは言え逃がす。どうしても喉につかえるものがある。
「群れるだけ群れて、最後は散って逃げ回って……ディアボロも鬱陶しい限りだな……」
「まぁ、それでも結構楽しく狩れたけどねー。特にあの虎。いやぁ強かったなぁ……」
「ああ、あれは死ぬかと思ったねぇ」
神奈が、舘羽が、歩が、それぞれ先程までの戦いを振り返りながら愚痴を言ったり感想を言ったり。
とりあえず数匹逃がしてしまった事についての連絡は入れた。ここから先は、負傷している撃退士達よりも他の対応に頼ったほうが良い。電話越しでも、米屋の娘さんが、後は任せてしっかり休んでくれとも言っていたし。
一同はとりあえず山頂で落ち合うことにして上まで登る。大した距離でもないが、戦い疲れた体ではこの程度の登山も中々にしんどい。
そうして登り詰めて全員が集合した時――怒りながら数人にグーパンチ食らわす玄哉が。
「てめぇら心配する女がいるんだから怪我してんじゃねぇええ!」
ポカリというか、ドガッって感じでパンチ食らった一輝、龍実、ジェラルドは三人揃って座った目付きを見せる。当然だ。心配している所謂一つのカノージョに怒られるならまだしも、何故に野郎に殴られねばならんのだ。
大体、殴った張本人だって。
「同じように怪我してるだろー!?」
ぎゃあぎゃあ。
そうして四人は傷だらけの体で、やいのやいのと取っ組み合い始める。仲が良いのか悪いのか。
「まあまあ、とりあえず皆さん。無事の成功です。今はこの勝利を喜びましょう……こちら私達が用意したおにぎりです。ひとまず今はこれを食べて一休みしましょう」
「尚、帰った後、簡単ですが打ち上げの用意をしてあります。温かいお鍋と、お寿司を……お米は権田藁米子さんのご実家から取り寄せたお米を使っていますので美味しいかと」
おにぎりを食べながら水無月姉妹の言葉を聞き、更に食欲が刺激される一同。
何せこの大戦闘の後だ。全員、そりゃあもう空腹だ。
全ての冥魔を倒しきれなかった為、どちらかと言えば自棄食い自棄酒の勢いになるだろうが――今はそれでいい。悔しさは明日への活力。たらふく食べて力を着けて、次回に繋げればいい。
両腕をベルトで拘束して、一番酷い怪我負ってる女性なんかは倒れたまま「うちは食いまくるー」とかなんとか言っているし。
「そうだね。凄い数だったけど殆ど倒せた訳だから、掃討は時間の問題だろうし……帰って打ち上げしようか」
疲れた体で、猫のように一つ大きく伸びをして、雷は言う。
他の皆も同様だ。痛む体を引き摺りつつも、美味しいご飯を食べに帰路へと着き始める。
「誰も倒されなかった事が今回一番のだよな……次はもっと確実に、次はもっと完璧にって事で……それじゃ俺も帰ってお鍋をご馳走になるかな」
それはまるでご飯を楽しみにする子犬のように、素早く下山する岳。
山に生まれた百鬼夜行はこうして潰えた。残ったのは秋の終わりの、始まりの冬の山。
勝利をその手に、撃退士達は山を後にしたのだった。