●誓い
――思い出すのは項垂れた夫婦の姿だった。
病院での面会すら許されず、出会えたのは生存者の親である一組の男女のみ。やつれ、悲しみに打ちひしがれた顔は桜井・L・瑞穂(
ja0027)の脳内に、しっかりと焼き付いていた。子供が心神喪失した痛みは親にも移る――ならばそんな子供を喪った他の親はどんな心境なのか。考えるだけで、自然と拳に力が篭ってしまった。
「……必ずやわたくし達が晴らしてみせましてよ……!」
覚悟しろと、傾き始めた日の光を見ながら誓う。激情は心の内に秘めながら。
そう、感情の赴くままに行動する訳にはいかない。今回の敵を確実に仕留める為には、確かな理性を持って追い詰める必要がある。
「学校にも連絡は済んであります。既に子供たちは帰宅を終えている筈です。亀山さんとフェンツルさんも動き始めている頃ですし……私たちも配置につきましょう」
携帯を閉じ、八重咲堂 夕刻(
jb1033)は事前の作戦通り囮の歩くコース、その近辺へ向かう。
今回の作戦に至り、既に周辺学校への根回しは終えてある。天魔の詳しい能力は今も尚不確かだが、少なくとも夕暮れ時に犯行を起こすことは解っている。ならばその時間帯までに子供たちを帰宅させれば被害は最小限に防げる。
だが、それとは別に予測ならついている。それが正解がどうかは別として――。
「情報からすると日が暮れる寸前か日が沈んだ後にしか目撃情報が無く、一番襲撃時に近い情報も、子供の襲われている時の声や、生存者の子供が逃げてくるのを発見する事でようやく確認されたくらいだ……襲撃時に何かしらの感知を妨げる術をディアボロが持っていると考えるのが妥当だろう」
「あと、補足するなら被害者の子供の遺留物が服以外残っていない事から、ディアボロが子供を狙う際の目安は、 鞄……というよりもランドセルを目印にしているのではないかと思っているが……難しいなこれも確実という訳ではないし……」
鳳 静矢(
ja3856)そしてサガ=リーヴァレスト(
jb0805)の両名は意見を交換しながら、敵の正体につての考えを纏める。今回の敵は能力その他があまりに不明すぎる。正解が不透明で、故に作戦開始間際の今になっても不安が消えない。
特に久遠ヶ原での撃退士としての初めての依頼であるサガにとって、今回の依頼は緊張が多い。敵の数は一体だけなので戦力面での気後れは殆ど無いのだが。
「いずれにせよ、相手が悪趣味な天魔であることは確実です。全員連絡手段は持っていますね? もし活動範囲内に子供が居た場合の対処も大丈夫ですね? ……ならば後は全力で事に当るだけです。敵には、これ以上ひとかけらも得るものなどないと思い知ってもらいましょう」
携帯類にイヤホンマイク。準備を完全に整えた状態で、牧野 穂鳥(
ja2029)が仲間達と向き合う。
ここまでくれば、後は穂鳥の言うとおりでしかない。立てた作戦を全力で遂行するだけ。敵の能力に関する対応も考えてきているのだ。それを怠らなければ良い。
「ああ、子供を狙う卑怯者。何としてでもとっつかまえる! ……頼んだよ二人とも。多分あんた達が二人が狙われるんだから」
ビル風かばん(
ja9383)、彼女もまた今回の仕事が撃退士として初の仕事。内面における緊張は、快活な外見とは異なりかなり高まっている。重圧とも言っていい。特に囮の行動に直接的なサポートが出来ない分、余計に気になっていた。
そして今回の任務。襲われる子供達の代わりに囮の役を買って出たのは、今のメンバーの中で背が低い二人。一番子供の扮装が自然な二人が――エリアス・K・フェンツル(
ja8792)と亀山 淳紅(
ja2261)の両名であった。
●囮
「夕暮れ時のお化けなぁ……いや、それより自分小学生役の囮て。来年大学生にもなんのにランドセルて。背の低さが恨めしいわ」
「ぼやかないぼやかない。それよりもホラ、もっと子供らしく歌ったり踊ったりと陽気に行かなくちゃ。僕達は今『小学生』なんだよ?」
「せやな。じゃあ子供らしく……実はな。この前面白いゲーム買ったんや。それがまた――」
「へぇ。それは面白そうだね。今度僕も――」
二人は『子供らしく』他愛も無い話で盛り上がりながら夕暮れの道を歩いていた。鞄を背負い、着ている服も普段のものに比べると幼さが目立つ。一見すれば、確かに小学生の下校風景に見えた。
そんな二人を姿が見える距離、逆を言えば姿が見えるだけの範囲で離れつつ他の撃退士達が跡を追っていた。いつ何処から敵が現れるか解らない。目撃証言が極端に少ない天魔だ。今こうしている時にも突然現れる可能性が無いとは言い切れない。
だからこそ、そんな敵を考えて……江見 兎和子(
jb0123)の口元が残酷に歪む。
(ああ……、素敵ね……無闇に姿を現さず、夕闇に紛れて姿をくらます……滑稽な南瓜頭は、きっと腐臭を漂わせているでしょうね……トリックオアトリート……? ふふ……、いけないわ、両方欲張って……そんな悪い子はどうしてくれようかしら……? 飛び切りのおしおきをしてあげましょうね……南瓜頭の中身をくり抜いてしまえば可愛くなるかしらね……ふふ、ふふふ……)
敵の事を思案するだけで、今にも光纏してしまいそうなほど、兎和子の気は昂ぶっている。
瞳には妖しい光が宿っており、ともすれば男を誘いそうな目が醒めるような魅力が伴っている。
だがそれは天魔を絡め殺す魔性の美。彼女の隠し持った刃は、間違いなく敵の血を求めていた。
同じように殺意を隠し持つ者も――ただしその者の殺意の方向性は兎和子とは異なっている。
まだ見ぬ天魔だけでなく、自身の過去にも向けられた、皇 夜空(
ja7624)の静かな殺気。
(子供を襲うとはな……どんな言葉を以ってしても、貴様は贖えん。人を食い果てた外道、この夕暮れが貴様の切断される処刑刻だと知れ)
敵の能力や形など関係無かった。子を、己の欲望の為に襲い喰らう外道を逃がす気は無い。いつでも駆けられる準備は出来ており、敵の出現を今か今かと待ち侘びている。
囮班二人はは楽しそうに歩き、残りのメンバーはそんな囮を常に視認できるぎりぎり程度の距離から常に視界に置いている。サイレントウォーク、無音歩行などの技で敵に存在を悟られぬよう慎重を期して行動する者も。
監視の目は、囮班を数に含めないとしても単純に八人分。どこから敵が接近しようとすぐに判明する位置取りであった。
夕暮れの道。大通りで無い為、それほど人数は多くない。確かにこれならば、迅速に凶行に移った場合目撃者を殆ど出さずに犯行を終える事も可能だろう。相手が子供達だけならば、悲鳴を上げて誰かが駆けつけてくる頃には『悪戯』を終える事も不可能ではない。
だが――それでも今回の目撃情報の少なさは異常すぎる。そもそも敵の姿は目立つ南瓜頭姿のディアボロ。どうやって誰にも気付かれずに子供達の傍にまで近寄れたのか。
未だに解き明かされぬ天魔の謎。その謎の一端は――撃退士全員の度肝を抜く形で現れる。
「――トリックオアトリート――」
突然――掛け値無しに突然掛けられた言葉に、エリアスと淳紅は身を強張らせる。
何の前触れも無く、それは前方に居た。南瓜頭の口元が醜悪に歪む。
鮫のような乱杭歯の群れが、エアリスと淳紅の両名を噛み殺さんと――。
●急転
「ちぃっ!」
突然の出現に舌打ちを漏らしつつ、静矢は急いで光纏し、南瓜頭に襲われている囮二名の元まで駆けていた。紫のオーラの霧を纏い、光り輝く。柳一文字の柄をしかと握り締め――脳裏に駆け巡るのはあの南瓜頭の能力だ。
(どういうことだ!? 私達の誰一人として気付かなかっただと……? あの距離まで接近されるまでどうして気付かなかった、何故気付けなかった……!?)
あまりに不可解な状況。これだけの数で見張り、誰も接近に気付けなかった。
だが、すぐに悟る。だからこそ目撃情報が少なかったのだと。それこそが南瓜頭の能力なのだと。
結界などではない。おそらく、敵の能力は常軌を逸した『隠密性』。そこに居る事すら気付けない隠形。夕暮れに潜む妖の影。
「言葉返す暇もあらんやん……Canta! ‘Requiem’」
すぐさま魔法書を持ち淳紅は血色の図形楽譜を展開する。無数の死霊の手が南瓜頭を抱き締めようと手を伸ばすが――それよりも速く、南瓜頭の乱杭歯が淳紅の肩に食い込む。
「づ……がぁ……っ!?」
「お菓子と悪戯、両方なんて贅沢すぎるよっ」
噛み付かれた淳紅を助けるべく、すぐさま儀式用の短剣の刃を南瓜頭の顔面に突き立てるエリアス。
今の一撃くらいで倒せるほど甘い相手ではないが、気を逸らす程度の効果はあった。今度は目標を変えて、南瓜頭の牙がエリアスに――。
「僕のお菓子だからあーげない……とか言ってられないね。効果有るかどうかは解んないけどさっ」
迫る南瓜頭にランドセルを……お菓子入りのランドセルを投げつける。すると南瓜頭はランドセルをバリバリと音を立てて食べ始めた。どうやら気を惹く程度の意味はあったらしい。
もっとも、すぐに食べ終わり、再び牙を見せているのだが。
「――そこまでにしてもらえません? その醜悪さは見るに耐えませんわ」
そうして近付く南瓜頭の腕を絡めとるは聖なる鎖。冥魔を縛り付ける審判の鎖を伸ばした瑞穂の姿がそこに在った。煌く星々の如き強い決意を秘めた瞳を向けて、溢れる怒りを抑えぬまま。
「ぜぇったいに逃さなくてよ! 此処で滅びなさいな!」
「ええ、ふざけた悪戯はここで終わりですよ南瓜頭さん」
全力で駆けつけた穂鳥も、到着するなりすぐに電撃を放つ。放たれた強烈な電撃は、強制的に南瓜頭の意識を刈り取って行動不能に陥らせた。
ここで逃がせば、再び敵は姿を消すだろう。この距離に近付くまで誰にも発見されなかった程だ。ここで敵の行動を許せば、その瞬間撃退士達の負けに繋がる。
「いくぞ。その肉片の一片も残ると思うな……!」
夜空の伸ばす鋼糸が動けない南瓜頭の体に突き刺さっていく。非常に強い殺気と共に放たれた一閃。あまりの殺意の為か、彼の口の両端は釣り上がり憎悪の程を悟らせる。
撃退士達の攻撃は続く。続かぬ訳が無い。止まる筈が無い。
目前のディアボロに殺意を抱いているのは一人だけでは無いのだから。
「お菓子(子供)はさぞかし甘かったでしょう……今度は貴方の番です。トリック(痛み)アンドトリート(死)……存分に、味わって下さい」
夕刻の瞳は今、禍々しいまでの色に染まっている。未来ある子供を食い殺す外道に対する消しようの無い怒りが巨大な大剣にも宿ったのかも知れない。強烈な一閃が、南瓜頭の体を抉る。
一同の攻勢は止まらない。敵の息の根を止めるまで。
●日は沈み――
「うふ、南瓜頭さん、私たちがたっぷり悪戯してあげるわね……その中身、じっくり見せて貰うわね……」
両刃の直剣を持ち、何度も何度も痛みを伴う斬撃を兎和子は浴びせる。艶のあるメゾソプラノの声で微笑みながら敵を解体しようと何度も何度も、剣が天魔を斬り裂いていく。
同時に齎されるスタン効果が、再度南瓜頭の動きを止め――仲間達も続く。
「絶対に逃がさん……お前はここで倒れろ!」
全力で目には見えないアウルの弾丸を放ち続けるサガ。全身に紫のオーラを纏いながら、発した言葉通りに、決して逃がさぬよう、今ここで倒しきる為に動きを縛られたディアボロに向けて弾丸を撃つ。
そのように全員が全力で攻撃を重ねる中、ビル風かばんは少し離れた位置にて、敵の能力を見極める事、そして万が一の時の為の備えとして構えていた。
(敵の能力は多分気配を消す隠形。けど、まだ確証はない……あたいが絶対にやらなきゃいけないことはに逃亡を阻止する事……!)
敵の能力から推測するに、夕暮れ時に一度逃がせばそれで終わりだ。何もかもが水泡と帰す。
だから誰かが逃走を阻む役目を担い――そして残る者で、敵を打ち倒す。
「一気に畳み掛ける……この紫電の鳳凰の刃に、いつまでも耐えられると思うなよ!」
柳一文字に純白の光を宿し、一刀両断。静矢の振るった刃の一閃は、幾度と無く痛めつけられた南瓜頭を脳天から断ち斬っていた。
「……ふぅ、なんとか終わりましたわね。まったくふざけた南瓜頭でしたわ。あんなのを鎖で縛る趣味は、わたくしにはありませんのに」
「でも助かりました。おかげで逃がさずに済みましたし。まあ、私もあの南瓜頭を粉砕する機会が無くて残念でしたけどね」
戦闘中、常に敵の動きを束縛する事に専念していた瑞穂と穂鳥は互いの健闘を称えあう。逃がさずに倒しえたのは彼女達の働きが大きく関係しているだろう。
「血は流れなかったわね……空の頭だったのね。それとも空っぽだったから食べたがったのかしら……ふふふ困った南瓜だこと……」
「ふん。外道の化物の正体なぞそんなところだ。愚者にすぎん」
「ま、ハロウィンは子供のお祭り、きみに出る幕は無かったってことさ」
兎和子は微笑みながら、夜空は葉巻を吸いながら、そしてエリアスがケラケラ笑いながら――空っぽの敵の骸に刃を突き立てる。
夕暮れの妖はここで潰えた。もう子供を襲うことも無い。
「じゃ、あとは報告とお見舞いと……大丈夫かい? 随分血が出てるけど」
「なんとか無事や……皆が駆けつけるのがもう少し遅かったら、やばかったけどな」
視線の先に居た淳紅の傷を見て、心配げな声をあげるかばん。だが、淳紅は軽く手を挙げて応えた。
どうやら大事には至らなかったようだ。間一髪といったところだろう。
「ふぅ、ではこれで本当に終わりか……実際は冷や冷やものだったな。敵の能力についての考察が甘かったか……」
「ですが結果は良しですよ。大成功とまで言えませんが……今はこの成果を喜びましょう。もう、夕暮れに子供達は怯えなくて済みます」
「そう、だな」
サガと夕刻は、勝ち取った勝利の成果に笑みを零す。
逢魔時の問い掛けはもう無い。夕暮れに子を食い殺す妖の終焉が、その証――。