●
アスファルトから陽炎が無尽蔵に立ち上る。盛夏の空に白く輝く太陽が辺り一帯を強烈に照らしていた。
だが――辺りを包む熱気は気候の所為だけではない。
炎天の下に集いし26の人影が、ゆらめきの中で例外なく闘志を滾らせている。
彼らの前、大型トラックの荷台を改造した特設ステージに青いワンピースを着た女が颯爽と現れた。
彼女は胸いっぱいに息を吸い込み、手にしたマイクに向かって叫んだ。
「お腹空いてますかー!?」
湧き上がる怒号と踏み鳴らされる大地。
「いくらでも食べられますかー!?」
空さえ揺らす肯定の雄叫び。
「ようがす!
それでは、『夏の大食い大会』開・宴・です!!」
●
――まずは第1試合、アイスクリーム大食い大会!
――挑戦者……出てこいや!
司会の女が大げさに体を反らして言うと、参加者が続々とステージに向かった。
金の瞳に決意を宿したマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)。
玉虫色の笑みを湛えた神喰茜(
ja0200)。
両手にマイスプーンを携えた下妻ユーカリ(
ja0593)。
小脇に水筒を抱えた櫟諏訪(
ja1215)。
目をキラキラと輝かせる若菜白兎(
ja2109)。
冬服に袖を通した月詠神削(
ja5265)。
パンパンに膨れたバッグを揺らす紅鬼蓮華(
ja6298)。
もっさもさのアフロを揺らす田中匡弘(
ja6801)。
そして――やたらころころしたフォルムの沙酉舞尾(
ja8105)。
――さあ、1回戦から個性的なメンバーが出そろいました!
司会がシートを翻すと、テーブルの上に100種類を超えるアイスと無尽蔵のトッピングが現れた。
口を結んだ9名がその前に並ぶ。
――果たしてどんな試合運びとなるのか!? それではみなさん、両手を合わせてッッッ!!
「「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」」
言うが早いか、参加者は我先にとアイスに群がる。
――ルールをご説明します!
――アイスはあらかじめガラス製の容器に入っていますので、ご自分のテーブルに持ち帰って食べてください!
――トッピングも山ほどご用意しましたのでお好きにどうぞ!
――制限時間は20分! 最終的に最も多く食べた方の優勝です!
――また、参加者の田中匡弘様よりトマトスープの差し入れが入っておりますので、こちらもご自由にどうぞ!
「あら、気が利くわね♪」
「どもども」
蓮華の賞賛を受け、しかし匡弘は内心舌を出す。
スープは彼が打った『先手』だったのだ。
「(水分を摂れば摂っただけトイレが近くなるはず。
名付けて『甘い物ばかり食べてると飽きちゃうぞ』作戦。
……上手くいくかは果てしなく疑問ですが)」
「そんな優しいあなたにはー……じゃーん♪」
ごそごそとバッグを漁り、蓮華はウイスキーを取り出した。
「おひとついかが? アイスにかけてもイケると思うわよー♪」
「お、いいですねぇ、いただきます!」
――あーっと! 匡弘選手、早くも酒が入ったーッッッ!!
「さっそくかよ。まったく――?」
抹茶アイスに舌鼓を打つ茜の視界の端に、水差しに近づく緑の髪が映った。
「……何してる?」
「えぇっ!?」
諏訪は慌てて笑顔を繕う。
「い……嫌だなあ、なんにもしてないデスヨー?」
「水」
「へっ?」
「水、取って」
諏訪は終始目を逸らしたまま、水差しの水をコップに注ぎ、茜に手渡した。
それをちびり、と舐め、茜は顔をしかめる。
「……しょっぱいんだけど?」
「へ……へぇー……珍しいこともあ――」
「巨峰」
「え?」
「巨峰アイス取ってきて。食べたい」
「な、なんで自分がー!? それに、妨害は禁止されてないじゃないですかー!」
茜はにこりと微笑んだ。
「ルールが許しても私が許さないよ」
ちゃり、と蛍丸の鍔が鳴る。
諏訪はがっくりと肩を落とし、
「……巨峰、でしたっけー……?」
「ラムネ味もよろしくー」
――水面下の攻防ーッ! 諏訪選手が茜選手のサポートに回ったようです!!
戦場宛らの様相を呈するステージで、黙々と優勝を目指すマキナ。
外野のやり取りには一切気を向けず、目の前のアイスを淡々と平らげてゆく。
それに喰らい付くは神削。
持参したホットコーヒーで口をリセットしながら凄まじいスピードでアイスを頬張っている。
白兎も負けていない。
マイペースながら、一口一口をじっくり味わいつつ上位二人を猛追していた。
――――その時、舞尾に電流走る。
「おかわりをもてぃ!」
言って自らアイスが並ぶテーブルへ向かうユーカリに、てけてけと舞尾が駆け寄った。
「……あ、あのこれ、凄いんです! 何て言うか、一口食べてみて下さい……」
むむと唸り、ユーカリが視線を送ると、舞尾は両手でガラスの容器を包むように持っていた。
問題なのはその中身。
チョコミントアイスにバナナが添えられ、それらを埋め尽くすように注がれた真っ白な練乳。水面から顔を覗かせているのは納豆と煮干し。浮かんでいる桜色の切れ端は紅ショウガだ。
「え、何が凄いの? 破壊力?」
ふるふると首を振る舞尾。
「美味しいんですッ!」
「……うーん……そこまで言うなら。いっただっきまーす!」
ぱくっ
次の瞬間、ユーカリは膝から崩れ落ち、ステージに体を投げ出すようにして昏倒した。
「あ……あれ?」
舞尾が彼女の肩を揺するが反応はない。
薄れゆく意識の中、ユーカリは最後の力を振り絞り、右手の指で床にアイスでメッセージを残した。
なっとうもキツいけど なによりミントがムリ
――とうとう妨害炸裂ー! 割と冷静な批評を遺して、ユーカリ選手脱落です!
「ち、違います! 本当においしいんです!!」
是非はともかく、舞尾は本気でそう感じていた。妨害など心外、ただ美味しい組み合わせを勧めたい一心だった。
なんとかして同意を得ようと彼女はステージ上を見渡す。
茜は既に満足したのか、諏訪となにやら話している。蓮華は酒を注ぎ匡弘は頬を赤らめて取りつく島もない。
「(と、なると……)」
必然、候補は優勝を争うマキナ、神削、白兎となる。が――
「(私の邪魔をすると言うのですか?)」
刺さるほどの眼光を返すマキナ。彼女は『終焉』を司る者。例えバニラフレーバー漂うイベント会場だとしてもそれは不変な確定事項だ。
では、と神削に目を遣る。彼はマキナほど具体的な反論はしなかった。
が、黙殺。
「(食は美味しく食べるのが基本で当然。冒涜じみた食べ合わせなんて取り合う価値もない)」
音鳴き言葉は舞尾にも届いていた。
なら、と白兎を見遣る。
白兎は舞尾に向けて満面の笑顔を浮かべていた。評価を付けるとしたら『ハナマル』以外はおよそ似つかわしくない、キラキラと光り輝く全力全開の笑みだ。
だが、舞尾も退かない。
「あ、あの……」
「どーしたのー?(キラキラ)」
「こ、これを……ッ!」
「んー?(キラキラキラキラ)」
「ほ……っ、本当においしいんですってば!!」
「えー?(キラキラ×∞)」
――そこまで! 試合終了ー! みなさんスプーンを置いてください!!
惨事が広がるより早く、司会が声を張り上げて終了を告げる。
彼女はひょいとステージに上がると、マキナと神削の前に積まれた容器を数え、目を丸くして会場に振り返った。
――23対23!! マキナ・ベルヴェイク選手と月詠神削選手の同点優勝でーす!!
ドオオオオオオオオオオオオオオオ
沸き立つ会場を余所に、ハンカチで口元を拭うマキナ。
「やりますね」
「沙酉に反応してなければ……そっちの勝ちだったろ」
「どうでしょうか。
ともあれ、充分楽しめました。満足です」
「……同感」
言って神削は真新しいカップにコーヒーを注ぎ、マキナに差し出す。
彼女は薄く微笑んで受け取り、まだ甘味の残る口の中に温かいコーヒーを流した。
●
――さあ、初戦から大波乱の展開となりましたが、まだまだ大食い大会はこれからです!
――第2回戦、かき氷大食い大会!
――挑戦者……出てこいや!!
司会の合図でステージ上の人間が入れ替わる。
額に珠の汗を浮かべつつも闘志満々の並木坂マオ(
ja0317)。
移動しながらビンに入った牛乳を煽る神楽椿姫(
ja2454)。
リラックスした様子で飄々とステージに上がる青柳翼(
ja4246)。
アクリル製の大きなケースを抱えた高峰彩香(
ja5000)。
寸胴鍋を被った異彩放つヒーロー、阿岳恭司(
ja6451)ことチャンコマン。
白い髪を振りながら毅然とした態度で挑む森部エイミー(
ja6516)。
眠そうな目をしてのんびりと段差を昇る三代あぬ(
ja6753)。
軽い足取りでひょいとステージに飛び乗る戦部小町(
ja8486)。
両腕を振り回して己を鼓舞する篠崎宗也(
ja8814)。
――美男美女ぞろいの中に独り佇むヒーロー! いったいどんな試合運びとなるのでしょうか!?
司会がシートを翻すと、2メートルほどのかき氷の山がテーブルに人数分そびえていた。入れ物は直径40センチの金属製のボール。それぞれの脇にはイチゴから始まりオーソドックスなシロップがビンに入って並んでいる。
――最も早く完食した選手の優勝です!
――時間無制限一本勝負! はい、両手を合わせて!!
「「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」」
それぞれが思い思いのシロップに手を伸ばす中、彩香はアクリル製の防護壁を手に立ち往生していた。
「こんなに大きかったら、防御できないよ……!」
苦々しい表情でシロップを掴む彩香。
彼女の行動にほくそ笑みつつ、小町は懐から『秘策』を取り出した。
「? なにそれ」
「見てわからないにょろか〜?」
小町は翼に容器のラベルを見せた。
そこにはいかついブルドッグのマークと『中濃』の文字が躍っている。
「やっぱりかき氷にはソースにょろ!」
「……は?」
呆気にとられる翼を余所に、小町は、シロップと呼ぶにはあまりにも黒くて粘り気のあるそれを氷ごと掬い、含んだ。
「う〜〜ん、美味しいにょろ〜〜!」
頬を抑えて笑顔を浮かべる小町。
「フェイクだね」
「……にょろ?」
「ソース特有の、果物類の匂いがしない。まるで酸味を感じない匂いだ。
断言するけど、それはソースじゃない。恐らく――チョコかなにかをソースに見立てた、自前のシロップだね」
小町の顔を覆う笑顔の質が変わる。
「――よく味わいもせず見破ったにょろ。その観察眼は称賛に値するにょろ。
でも……だからどうしたにょろか? こんな妙なもの食べてる人間にわざわざ妨害する人はいないにょろ。
わかったにょろか〜? これは攻める為の策ではなく、守る為の策にょろよ!!」
翼は眉を下げて苦笑。
「いや、一口もらえないかな、と思って」
「にょろっ!?」
「あ、私ももらっていい?」
言うなりひょいとソースの容器を拝借する彩香。ぽかんと口を開ける小町をよそに、一口食べて満足げに頷く。
「……美味しい。チョコ味のシロップって初めて食べたよ、あたし」
「うわ、ますます気になる。僕にもちょうだい」
「あ、あんまりかけちゃダメにょろよ!? 私の分も残しておくにょろ〜!」
――チョコ味のシロップ! 私も非ッ常〜に気になります!!
――しかしこれは試合! 白熱した展開が繰り広げられています!!
接戦だった。
マオも椿姫も懸命に氷を口に掻き込んでいる。
恭司と宗也は二人よりも少しだけ早いペースで食べ進んでいた。
やや遅れてエイミーが続き、出遅れはしたが翼、彩香、小町も猛追する。
だが――
――頭一つ抜けているのは三代あぬ選手! 既に半分食べ終えています!!
「「ええっ!?」」
マオと椿姫が声を合わせて振り向く。驚くのも無理はない。彼女らはようやく4分の1を食べ終えたところだ。
しかし視線の先には、氷の山にブルーハワイをなみなみと掛けるあぬの姿があった。氷の山は推定標高1メートル、色合いが反転した富士山のようだ。
椿姫が勢い良く立ち上がっる。
「ちょっと! まだ5分も経っていないんですよ!? 反則じゃないんですか!?」
「……え?」
しゃくり、とあぬの口の中で青い氷が溶ける。
「……あ、慌てて食べ過ぎて、下にいっぱい零れてる……とか……?」
「あー……いえ……」
マオに指摘され、あぬは周りを見渡す。が、シミひとつ残っていない。
――運営側でもマジかよ! ってことで3度見くらいしましたが、不正などは見受けられませんでした!
――単純に食べるのが早いだけであると判断します! ノー・ギルティ!!
「く……っ!」
席に戻り、椿姫はスプーンを握り直す。
そして懸命に思案する。ここまで早い相手は想定していなかった。
考え抜いた末、彼女は高々と手を挙げる。奥の手を使うしかないと判断したのだ。
「すいません! 練乳下さい!」
――はーい! 今お持ちしますので少々お待ちくださいね!
キラリとマオの瞳が輝く。
「練乳! ねね、ちょっと分けてくれない?」
「ええ、いいわよ。最後まで頑張りましょうね!」
「うんっ!」
頷き合い、二人はそれぞれの戦場に戻った。
「(凄い方がいらっしゃるのですね)」
マイペースを貫いてきたエイミーもさすがにこのやり取りには気を向けた。
だが、彼女の視線は別の位置に釘付けとなった。
恭司・宗也両雄である。
「ぬおおおお〜〜! 負けていられんば〜い! プロレスラーたる所以、見せちゃるけんね!!」
「同感! 漢は黙って正面突破だぜ!! うおおおおおおおー!!!」
気合一喝、二人は顔を突っ込むようにしてかき氷を頬張ってゆく。
「(……あ、マスクに口が付いているのですか。それなら納得です)」
なんとなく気になってしまい、エイミーは二人を眺めていた。
そしてすぐに彼女の視界の状況が一変する。
両者の挙動がピタリと止まったのだ。
「ぐ……」
宗也の手からスプーンが落ち、床に当たって高い音を立てた。
「……ぉああああああああああ!」
彼は頭を抱え、椅子から滑り落ちて悶絶する。
エイミーは目を丸くして、かき氷を一口頬張った。
「(誰かの妨害? ……いえ、これは恐らく――)」
『アイスクリーム頭痛』。
冷たい物を急激且つ多量に含んだ場合に起こる頭痛の正式名称だ。
原因としては大きく二つ挙げられる。
一つは冷たさなどの刺激を感知する三叉神経が混線を起こし、それが痛みとして脳に伝わるという説。
もう一つは、冷やされた血管が炎症を起こし、実際に痛みが起こるという説。こちらの方が痛みの説明は容易い。
症状には個人差がある。
「(ですが……だとしても、ここまで差が出るものなのでしょうか)」
エイミーの双眸はのたうつ宗也ではなく、氷山に頭を突っ込んでぴくぴくと痙攣する恭也に注がれていた。
『熱伝導率』。
細かい説明は省くが、要するに『土鍋ってよく冷えるよね』ということだ。
口内から、そして頭部を取り囲む土鍋型のマスクに容赦なく冷やされたのだ、恐らく氷そのもののようになっているに違いない。
――恭司選手、宗也選手脱落か!? さあ、優勝争いは女性三名となりました!
「争う、って言うけどねぇ……!」
こめかみを抑えながら懸命にスプーンを動かす椿姫。既に顔色はブルーハワイに近いものがある。
「ん……最後は、いちご……」
ちらりと横目で見れば、いまだに頬を赤く染めたあぬがとても美味しそうに食べ進めている。
「あたし……わかったかも……」
椿姫が首を動かすと、マオは手刀で己の延髄をトントンとしきりに叩いていた。
「あぬさん、頭痛くなってないんだと思う。全然ペース落ちないもん」
「そんな――!」
俄かには信じられない。だがあぬが痛がっていないのも事実だ。
唖然となる椿姫を置き去り、あぬは赤と青に染まったスプーンを口に運ぶ。
それでボールは空になった。
「ん……ごちそうさまでした」
――試合終了ー! 三代あぬ選手の優勝です!!
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
圧倒的な勝利を湛える声が会場中から上がる。
照れながら立ち上がるあぬ。だったが、ふらつき、テーブルに手を置いてしまう。
そして彼女は、
「いたた……」
もう片方の手で頭を押さえ、顔をしかめた。
「(食欲が、痛みを凌駕した……のでしょうか?
……凄い人がいらっしゃるのですね、本当に……)」
ごちそうさまでした。エイミーはスプーンを置き、両手を合わせた。
●
――さあ、いよいよ最後の試合となりました! 泣いても笑ってもこれが食べ修め!
――第3回戦、冷やし中華大会!
――挑戦者……出てこいや!!
満を持して挑戦者たちが壇上に向かう。
新田原護(
ja0410)と龍崎海(
ja0565)は何やら顔を近づけながら階段を昇ってゆく。
興奮した様子で両手をぶんぶんと振りながら続くは氷月はくあ(
ja0811)。
威風堂々といった様子で進むのは榊十朗太(
ja0984)。
前行く集団を跳び越えいち早く席につく革帯暴食(
ja7850)。
のんびり、ふらふらと壇上に上がる桝本侑吾(
ja8758)。
軽やかな足取りでステージへ向かう新崎ふゆみ(
ja8965)。
――彼らが全て席についてから、権田藁米子(jz0088)が眼鏡(度入り)を投げ捨て壇上に昇った。
テーブルの上には、既に一人前の冷やし中華が存分に彩られて並んでいる。
――大変お待たせいたしました!
――それでは、両手を合わせて!!
「「「「「「「「いただきます」」」」」りッ!」」」
全員が浅く頭を下げる中、一人声を張り上げたのは暴食。手には空になった真白い皿、口元には細い卵焼きがぶら下がっていたが、やがて自身の長い舌がそれを舐め取った。
慌てて調理係がおかわりを運ぶ。が、それも到着するや否やぺろりと平らげられてしまう。
「全ッ然足りねェッ!! 5人前いっぺんに持って来いやァッ!」
暴食の乾いた笑い声が会場に響いた。
――さあ、のっけからえらいことになりました第3回戦! 出遅れましたがルールをご説明します!
――とは言え、至ってシンプル! 30分でより多く食べた方の優勝です!!
暫し呆気にとられていた十朗太。はたと我に返り冷やし中華に臨む。
「どれくらい食えるか分からないが、せっかくだから思う存分頂くとしよう」
箸を手にする彼にはくあが目を輝かせて話しかける。
「大食い大会って夢のような企画だよね!」
「ああ、そうだな。いただきま――」
「夢のような企画だよねっ!!」
「……2秒前に聞いたぞ。いただきます」
言うが早いか、十朗太は目にも止まらぬ速さで食事を掻き込んだ。
3回戦も例に漏れず『妨害アリ』。なれば妨害される前に食べてしまえば何も問題はない。
料理人も妨害はしてこないようだ。参加者にだけ気を配ればいい。
必然警戒の為に動いた彼の視線は、先程話しかけてきたはくあの上で動きを止めた。
「ふーっ。ふーっ」
「……なあ」
「ふーっ。ふーっ。はい?」
「どうして冷やし中華を冷ましているんだ?」
不敵に微笑むはくあ。
「リズムです!」
十朗太は眉を寄せたが、実際はくあはするすると平らげてゆく。最も多く、そして早く食べられる己のフォーム。その大切さを彼は遠巻きに学んだ。
「(負けていられないな)」
運ばれてきた冷やし中華に頭を下げ、十朗太は忙しなく箸を動かした。
やや置いて、はくあにも2杯目が運ばれてくる。
彼女は1皿目と同様、息を吹きかけてから食べようとした。
そこへ護がことん、とごまだれが入ったビンを置く。
「ソースはゴマダレの方が方が美味しいよね」
確かに、とはくあは目を輝かせる。もともと甘い物には目がない。彼女はビンの蓋をあけ、クリーム色のタレを皿の上で2周させた。
それを確かめてから、護はニヤリと嗤う。
「ただし、冷やし中華って結構カロリーあるよな? お腹ぷにぷにになるかなー?」
彼は今大会に於いて最も妨害に注力していた。
『最も多く食べた者の勝ち』。それは裏を返せば、『周りが自分より食べなければ優勝』となる。彼はそこを突いた。
その初手が、女子に敢えてカロリーの高い食事を勧めるこの策だ。
ちゅるん、と金色の麺がはくあの口に消える。
「育ちざかりですから!」
彼女はニコリと微笑んだ。
かくん、と護の肩が下がる。
「いや……育つのとぷにぷには違うよ?」
「新田原さん!」
はくあは平手でテーブルを叩いた。
「食 べ 放 題 っ て 夢 の よ う な 企 画 で す よ ね !」
「……そう、だね」
策は不発に終わる。
その様子をつぶさに観察している参加者がいた。
護の協力者、海である。
「(部長は苦戦しているな……俺がなんとかしないと)」
だが、言う彼の作戦も難航していた。
標的に定めていたのはトップを独走する暴食。運ばれては呑み込まれる料理になんとか手製のハバネロ弾をねじ込み、粘膜の炎症を狙う。射撃は正確無比、事実何発も叩き込み、暴食の喉に到達していた。
「あァッ……?」
だが――
「ケラケラ! 一味変わってうめぇやッ! 持ってんならもっとくんなッ!」
海は目を剥く。
「嘘だろ……ハバネロだ、辛いなんてものじゃない、刺激物だ」
「辛かろうが刺激的だろうが食いモンだろッ? ウチは石だろうが天魔だろうが食うんだぜッ!?
なんだったらそちらさんを食ったっていいんだぜェッ?」
口を大きく開け豪快に笑う暴食。
海は揺るがない。飽く迄冷静に次の標的を定めた。
彼の指の隙間から放たれたハバネロ弾は、ふゆみが掲げる麺に絡み付いた。
彼女は気付かず、そのまま口に運んでしまう。
「ん……!」
――その時、ふゆみに電流走る。
「わっはー♪ おいしー! ふゆみ、ちょっと辛いくらいが好きなんだよ!!」
辛党女子。
人智を超越した味覚を持つ彼女らに面食らいつつも、数撃てばの精神で海は再び構える。
「そのへんにしときなよ……」
彼の隣、侑吾がもぐもぐと口を動かしながら目線を飛ばした。
「妨害アリっつってもこれは大食い大会……自分が一口も食べないで、どうやって優勝するつもりだ?」
「それぞれの戦い方があるさ」
「0皿で表彰台狙うんだ……それはそれで見てみたいな」
「見せてあげるよ。――脱落してくれたらね」
言って海はハバネロ弾を放った。
「おぉっと……」
しかし、彼の手段を侑吾はずっと見ていた。どんな攻撃をしてくるかは判明している。ならば回避は容易い。
だが弾の速さは予想以上で、持ち上げた皿の縁に当たって乾いた音を立てた。
軽やかに跳ねたハバネロ弾は――
――そっ
音もなく、米子の皿に着陸した。
「あ……」
「何か?」
視線に気付き尋ねるものの米子は食事を止めない。辛うじて真っ赤な弾は皿の上に留まったが、次の一口に巻き込まれることは誰の目にも明らかだった。
「あの……権田藁さん……」
「多忙ですので」
聞く耳持たず、米子は箸を動かし、麺をすすり、そして――
ブウウウウウウウウウウウッ!
――盛大に噴いた。
――あーっと! 米子選手、大ダメージを負ったようです!
――スタッフの方、水をガロン単位で運んでください!
実際に運ばれてきたのは指示された半分、2リットル入りのペットボトル。米子はそれをラッパ飲みし、なんとか立ち直った。
「……」
上がった彼女の顔は羞恥で真っ赤に染まり、双眸は憤怒で割れんばかりに血走っていた。
「どなたの仕業でしょうか?」
「龍崎さんです」
「違う」
侑吾に差し出され、海は抵抗する。しかし暴食の言質が取れると、米子は侑吾と席を替わった。
そして海に肉薄し、告げる。
「以後、どうか手出しされることなきよう。よろしいですね」
「……」
「よ ろ し い で す ね ?」
気圧された海は、ハバネロ弾を箸に持ち替えた。
「ふぅ……災難だったな」
侑吾が言葉を投げると、ふゆみは頭の上に「?」を浮かべて首を傾げた。
「……いや、なんでもない。しかし、どうして女は辛い物平気なのかね……」
「ふゆみも別に得意ってわけじゃないですよー? 好きなだけでー」
ハバネロを口に叩き込まれて平気な者に言われても譲歩の余地がない。
食事に戻る侑吾に、ふゆみがとんっ、と真っ赤なビンを差し出した。
「ふゆみが持ってきたハラペーニョソースです! すこーしだけ食べてみたらどうですか?」
侑吾は訝しんだが、まあ一口だけなら、と端っこの方に少しだけ垂らし、嗜んだ。
「……」
「どうですか?」
「……あ、普通に美味い……」
その一言を聞いて、ふゆみは笑顔を咲かせた。
「でっしょー? もっと食べてみちゃってくださいよ!」
だばだばだばだばー
「ちょ、それはかけ過ぎだって!」
「でも、ふゆみならりんご酢足してもっとやさしい味にするなぁ」
「なら俺のにもかけるなよ!」
「ふっふ〜、ワイルドだろぉ〜?」
「ワイルドって無茶の免罪符じゃないからな!?」
「おかわりッ! おかわりだァッ!!」
暴食が叫ぶ。
が、調理係は動かず、代わりに司会が彼女の前に立つ。
――ありません!
「あァッ?」
――暴食さんが200人前を完食してしまいました!
――よって、まだ時間は残っていますが、3回戦は暴食さんの優勝です!!
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
つまらなそうに舌を鳴らす暴食。
「まだまだ、この10倍は食えたかもなァ? ケラケラケラッ!!」
●
――こうして、全3種目による夏の大食い大会は幕を閉じた。
どの試合も大会の名に恥じぬ熱戦となった。
だが、恐るべきは健啖家。
「は、ふー……」
お腹をさすさすしながら、はくあはぽつりと呟いた。
「アイスたべたい……」
それがたまたま司会の耳に入った。
「いいですよ、どうぞ召し上がってください!
こちらも残ることは想定していなかったので、思う存分――」
「言ったなッ!? 聞いたからなッ!!」
ぬるりとその場に現れた暴食が喜色満面で舌を出す。
「ッシャアッ! ぜーんぶ平らげてやるぜェッ! ケラケラケラケラ!!」
言うが早いか、暴食はステージの上に向かって跳躍した。
「あぁっ! 私のも残しておいてくださいー!」
「え、食べていいのー? じゃあ自分もー」
「わーい! あたしもーっ!」
はくあ、諏訪、マオがそれに続く。更に彼らの後ろをふらふらとあぬが追いかけた。
「……優勝者が二人いましたね。どういう胃袋をしているのでしょうか……」
ぽつりと零し、エイミーは傍らにいた二人、1回戦の優勝者であるマキナと神削に言葉を投げる。
「お二人は?」
マキナは小さくため息を打つ。
「満足したよ」
「俺も……冷たいのは、もういいかな」
「あら、じゃあしょっぱいものはいかがかしら?」
ひょっこり現れたのは蓮華。手にはフライドポテトを持っている。
「あっちにはトマトスープが、向こうではチャンコを振る舞っているそうよ。
せっかくのお祭りだもの、最後まで楽しみましょうよ〜? ね?」
神削は困ったように微笑み、ポテトを口に放り込んだ。
思わず「残りもどうぞ」と言ってから一瞬でお食事会場となった特設ステージ。
司会はその様子を遠くから見守っていた。
この大会は、もともと人工島に店を構える飲食店が有志を募り、日ごろ激務に携わっている撃退士らを労い、少しでも元気づける為に企画されたものだ。
自分たちが到底抗うことのできない化け物といつも戦ってくれている人たちが暑さに負けようとしている。ならば、手伝えることは手伝いたい。例えそれがほんの些細なことでも、彼らが一時、ただこの瞬間だけでも笑顔になってくれればそれでいい。ただその一心で開催されたのだ。
「――これからも頑張ってくださいね、撃退士の皆さん!」
いつもありがとう。
そして今日も、ありがとうございました。
抜けるような空の下、司会は深く、地面につきそうなほど頭を下げた。
(代筆:十三番)