●猫がでたぞー
凶悪なサーバントがいた。
連絡を受けて彼等は早速、現場の旅館へと急行した。
今回、初めて依頼に参加するという橘 月(
ja9195)の表情は少し強張り、肩にも力の入ったもの。
整った青年らしい面差しが、サーバントを見て、ぐ、と拳に力を込める。
「頑張ろう!…うん、頑張ろ…う」
後半ちょっと戸惑いが入ったのは――。
「さあ、ちょちょいっと片づけちゃうわよ」
荻乃 杏(
ja8936)の手に握られたのは何故かビニールひも。
「こ、これは反則です…」
様子を窺う菊開 すみれ(
ja6392)の声も弱い。
彼等の前にはとてもとても凶悪なサーバントがいた。
「なー」
「にゃー」
わらわら。
毛づくろいをしたり折り重なったり、くっついたり。
じゃれるうちに中途半端に眠ってしまったり。
甘ったれた声で鳴くマンチカンの子猫型サーバント二十体が、玄関でごろごろのびのび遊んでいる様相に、立ち竦む撃退士達。
「……撃退士って、世知辛いなぁ……」
肩をそっと落として、藍 星露(
ja5127)が項垂れる。
「これは猫じゃない。サーバント、サーバント」
自分に言い聞かせながら、松原 ニドル(
ja1259)が握り締めるのは猫用のささみだったり、じゃらして遊ぶ玩具だったり。
こうして彼等は万全の装備をもってして、サーバントに挑むのである。
もっとも篠木 柚久(
ja8538)はクールな表情で(マスクに覆われている内側の表情を知る術は無いのだが、雰囲気で察してほしい)、静電気防止スプレーを服にかけるのに忙しい。
猫の毛が苦手な彼は、今回の依頼は別の意味で苦行である。
子猫たちががじゃれ合うたびに舞い散る猫毛。人より遠巻きに見るのは、可愛さより別の物に脅威を感じているからだった。
「マジ無理。…だけど、これも仕事だ」
彼は彼の覚悟を決める。猫の毛に立ち向かう覚悟を。
●もふもふ
「ほら、おいで?」
杏の勝気な緑の目が、何処か優しく緩んで。彼女はしゃがみ込み、目線を近くするとアルミホイルを連ねたビニールひもを揺らす。
「にゃっ!」
かさかさと音を立てる玩具に、足の短い子猫がよたよたっと寄ってきて身体全部で抱え込むようなスライディング。
「もふもふでみゃあみゃあでとことこで……!」
小さく鳴きながらじゃれる子猫に緩む頬が隠しきれない杏。慌てて表情を引き締めて、頬がひきつる。
しかしながら、彼女も任務を忘れたわけではない。そろそろっと旅館から引き離すようアルミホイルを揺らす。
「ほーれ、おもちゃだぞー」
こちらはネズミの人形がついた棒を揺らす松原。
ウサ・メトゥス(
ja9020)もねこじゃらしで奮闘していたが、ややあって二人で顔を見合わせる。
「ん〜、…足が…」
「短いからな…」
一生懸命てちてちとてとて駆けるのだけれど、短足なこの歩幅では移動に随分時間がかかりそうだった。
誘導自体は上手く行っていない訳ではない。
玩具には喜ぶ習性はあるらしい。
元気よく鳴きながらウサのねこじゃらしに飛び掛かりごろんと転がったらその侭他の猫とじゃれることに夢中になり動かなくなる。
じゃらしてまた気を惹くが、そこに他の猫が…と永久ループの迷宮に迷い込みつつあった。
「…だめだ、作戦変えよ〜っと…」
一向に進まない猫達を見遣って、肩を落とすとゴム手袋をつけて猫を抱きかかえるウサ。
びり、と言う感触がゴム手袋を通してもある。
これも天魔の攻撃であれば、手袋では防げないのかもしれない。
ゴム手袋を二重にしたり、ついでに猫をもふってみたり。
「ほー、感触は確かにもふもふ。
ゴム手袋一重だと、まだびりびり。二重だなぁ。
あとは…うん…大体分かりました。もういいです。」
実験終了。ちょっとだけつまらなさそうな飽きた顔で、彼女はせっせと猫を運搬する。
松原も猫を小脇に抱えたりするのに、辛抱強く最後まで猫をじゃらしてた杏だったが。
「限界っ! 私も、もふる……! このままだとうまく運べないし!」
とことこ、ちょろちょろ、の子猫をどうして目で追っていた彼女も陥落。
そうっと抱っこしてみればぐんにょりあったかいもふもふの子猫が指先にすりっ、指はびりっ。
もふもふの毛並みにしかし、杏の顔はとうとう綻んでしまっていた。
運ばれる猫の後をちょこちょこ他の猫がついて行ったり、うろうろしたりしている状態。
「さて、僕たちの出番かな」
アリーセ・ファウスト(
ja8008)の小柄で華奢な体躯が進み出る。
悠然と灰銀の髪を掻き上げて、おもむろに足元にじゃれつく一匹を確保。
構って貰えると思ったのか、腕の中でごろごろと喉を鳴らし始める。
「全く、こんなにかわいいのに触れないとは少しだけ同情するね」
少女めいた容貌の彼女が猫を抱くのは絵のようでもあって。
可愛いものだね、と彼女が囁き柔らかな毛皮を撫でる。
「学園に持って帰ったら普通に飼えるんじゃないかな?」
びりびりは肩こりマッサージ仕様にとか。
可愛いね、と撫でながら嘯くも彼女もそれが叶わないことは分かっている。
討伐すべき天魔なのだから。
その一方で、よたよたっと歩いたり転んだり。
果てには、小さな虫を追っかけたりとどんくさいながら道路を駆け回ろうとする猫もいるわけで。
「もふもふですよー…可愛いなあ」
菊開はそんな猫の一匹をそうっと抱き上げて列に戻そうと、する。
「なー」
ところが彼女の胸にしがみついて、いや、離れたくない、とばかり見上げるつぶらな瞳。
だっこがお気に召したようだ。
「……うう、」
撃沈。
「うん、殲滅……。するんだよね…これ、……を…」
藍の目がうろっと彷徨い、菊開と重なる。
彼女の腕にも、一度抱き上げたらもうあなたの傍から離れませんとばかりひしっとしがみついている子猫一匹。
ちょろちょろ動いてしまうので、抱っこもやむなしではあるんだけれど。
指先のびりびり痺れる感は、これがサーバントだと告げているのだが。
「逃がしてあげた方がいい気もするんだけど…」
でもサーバントなので、耐える。
「あっ…ちょっと、気持ち良い…んっ」
胸にすり寄られた辺りで、肩こり気味の菊開は悩ましげな悲鳴を上げちゃったりもして。
辛い、つらい戦いになりそうだ…。
それでも、これが初任務たる橘は彼なりに一生懸命、猫を追いかけたりはぐれた子を拾い上げたり。
傍から見れば、面倒見の良い青年風の大人びた容貌なのだが、その眼差しは真剣で子供のように真っ直ぐ。
「こら、あんまりそっちに行くなよ」
声掛けをしながら、ネズミのぬいぐるみを揺らして猫の気を惹く。
一匹たりと、余所にはぐれさせるわけには行かない。
可愛かろうと、サーバント。この一匹を逃してしまえば、一般人がどんなひどい目に合うか分からないのだが。
そんな彼の真面目な姿勢とは裏腹に、猫を連れた御一行の様子にざわめく一般人達。
何かの撮影か、ロケかと写真を撮り始める人々までいる始末。
堪える顔でく、と猫の行列を見ていた相楽 空斗(
ja0104)は、金鞍 馬頭鬼(
ja2735)を振り返る。
「どうやら、トリックヒーロー・ACTの出番のようだな!」
二人で分かり合う男のサムズアップ。
作戦開始、だ。
●馬も出たぞー
怖い話をしよう。
例えば猫が行列で歩いているのに思わずついていったら。
ハイテンションの馬(二足歩行)に全力で追いかけられたとか。
ただでさえ撃退士の脚力があるというのに縮地まで発動する全力ステップで瞬時に接敵。
全身ウェットスーツに馬面(文字通り。っていうかマスク)の馬人が、直立不動の姿勢から上半身だけを小刻みに揺らして(一秒に一回、角度にして四十五度)。
「イェイイェイェイェイェェエエエエエーーイ☆」
などという意味不明の言葉を繰り返しており、と全国のお茶の間を恐怖に陥れそうな馬人現る。
接触はせずにぎりぎりでストップするなどの配慮は十分なのだが、目の前でゆらゆら揺れている馬はマジ怖い。
大人は子供の手を引いて後ずさり、子供は泣いた。
「お母さん助けてーー!!」
「馬が来るよーーー!!」
泣きわめく子供の手に飴を握らせるのは、篠木だ。
「これあげるから。今のうちに逃げなよ」
淡々とあやしながら、さりげなく距離を取らせる。
本気で警察に通報しそうな親子連れには、フォローを入れてその場からの避難を優先させたり、逆に馬に喜んで構いそうな子供を止めたりと忙しい。
自分のペースで立ち回るのは、さすがと言うところだろう。
近くにはまだ、旅館がある。
自分達がそこから出てきたのもみられる状況では、出来るだけ穏便な対応が必要との判断だ。
ある程度の人員整理が終わり、猫を抱いていく行列を見送ってしまえば、残るのは興味本位の子供達。
「これくらいなら、いいか」
ポケットに手を突っ込んで、彼は距離を置く。ここより先は、ショータイムだ。
真紅のコートをたなびかせて、ゴーグルを装着すれば正義のヒーロー参上。
「止まれ、そこの馬人よ!罪無き人を襲う悪しき怪物は、このトリックヒーロー・ACTが成敗するッ!」
ちゃんと見下ろす姿勢で腕を組むのは、この手のお約束。
「とう!」
颯爽と飛び降りれば、翻る真紅のマント!
無表情に揺れ続ける馬に立ち向かい、そこから始まる大激闘!
相楽が拳を突き入れれば、紙一重で避ける馬。そこから身の軽さを利用しての、蹄での後ろ回し蹴り。
だが相楽も負けてはいない、後ろにバク転で避ければ泣いていた子供も泣き止んで、歓声が上がる。
「頑張れおにいちゃん!」
「わるいうまをやっつけて!」
などなど、聞こえる声はヒーローショウの雰囲気。
相楽は吹っ飛ぶ振りで近くの木の茂みに潜み、見えない位置から木へと登る。
すっくと立ち上がり、群衆に両腕を広げ。
「皆の力が必要だ! 行くぞ! 一に心!二に手綱!三に鞭ッ!四に鐙ィッ!」
決め台詞の唱和に乗るのはちびっこたちも。
飛び降りる勢いで派手なパンチに、高笑いしていた馬もさりげなくガードをしながら派手に背後へと吹っ飛んでしまう。
「ふっ、たわい無ブエッヘェ!?」
悲鳴と、ヒーローのきめポーズがセットで。
子供達や別の意味で集まってきたギャラリーに相楽が礼などしている頃には、いつの間にか猫の行列達は遠く空地へと離れている。
「お疲れ様。次の仕事に移ろうか」
既に子供や猫が完全にいなくなったことを篠木が伝えると、相楽は慌てて倒れた馬へと駆けよる。
「すまない、つい熱が入ってしまったかも知れん…。
君の馬人、凄まじい気迫だったぞ。…正体を知らずに見たらトラウマものだろうな、ウマだけに」
真剣にうまいことを言う相楽。
彼等は固く手を握り合い――、次なる戦いが始まる。
●激戦
「よし、覚悟を決めた」
身を挺して人払いに赴くヒーロー達をしばらく眺めていた橘は、大きく深呼吸をする。
魔具を取り出す指もぎこちなかったが、今は震える指がしっかりとハンドガンを握り締める。
銃口は、ぴたりと猫達に向いて。
猫はころんころんと空き地で遊んでいる。これが、撃退士達の誘導した結果である。
作戦は上々、と言ったところだが。
「こ ん ち く し ょ ー っ !」
あっ、松原が耐えられず叫んだ。
暫く猫達をガン見していたが、その間もじゃれじゃれすりすり足元によって来たりちろっと紅い舌で服の裾を舐めたり挙句吸ってみたりもうつらい。
「何この天使、かわいすぎだろ! いや実際はサーバントだけど! ぬああああ、心頭滅却しろ俺、やればできるなせばなる!」
肩で息をして、戦闘準備。
今は馬から人にもどった金鞍が、こちらは葛藤の意志も見せずに静かに玩具をひとつ取り出し。
猫を集団で囲む体勢を整えたら、投擲。
「よぉーし、良い子の子猫ちゃん達ー玩具をあげよう」
にゃにゃっと中央に集まる猫達。
アリーセは腕の中に抱えていた猫へと、魔具を宛がう。
「仕方ないね」
先程まで撫でたり可愛がったりした猫へと、躊躇の無い霊距離射撃。
あっけなく、猫は沈黙する。
後ろから降るのは、篠木の矢の雨。
「こっちに近づくなよ。近づいたら殺す。近づかなくてもだけどね」
慎重に距離を取りながら、躊躇の無い狙い撃ちだ。
「初めての任務、成功のための礎になって貰います」
ウサの表情も、静かなもの。仕事は仕事と割り切り、アウルで作る矢を生み出しては一斉射撃に加担する。
精神的苦痛より任務への冷静な対応、それが彼女の胸にはある。表に出すことは、しないが。
「恨むなら恨みやがれ、うおおおおおん!」
せめて一撃で、と強烈な一撃を惜しみなく放つのは松原、そして菊開だ。
彼女の方は目に涙すら溜めながら、討伐の勢いは緩めない。遠距離から構えた銃弾は重い音を立てて猫達へ。
「せめて苦しまないように。一瞬で楽にしてあげましょう」
戦略的なものもあったが、心情的にも。
並ぶ猫達の中心に直線軌道のアウルを打ち出し、藍は数匹を纏め葬る。
前衛は射撃後の速攻行動に移っていた。
「一気に決めるわよっ」
そう、俊敏に蹴りを放つ杏も、その足にかぷ、と歯を立てられたり猫パンチの反撃に眉を寄せる。
実際ダメージはほとんどないのだ。
「あぁ、ったく……!もうっ」
罪悪感ばかりが胸に。先程まで遊んでいたビニールひもをポケットの中で強く、強く握り。
「運命は…なんて残酷なのだ…!うおおおーん!」
相楽は敵としては弱い猫を思わず抱き上げての男泣き。ゴーグルから滝のような涙が溢れ出る。
もちろん、きちんと仕留めはするのだが。
橘はパニックになって飛び出す猫を、静かな表情で狙い撃ちだ。
けして、目はそむけない。
これだって、けして軽視の出来ない大事な戦いなのだと、ここは戦場なのだと、彼の胸に確かな実感が沁み込んでくる。
撃退士稼業の大変さと彼は今日確かに向き合ったのだ。
●後始末
「転生する時には…天魔でなく、普通の猫として生まれてくる事を願っている」
残ったサーバントの死体を、丁寧に埋葬していく相楽の表情は苦いもの。
「傍から見たら殺してるだけにしか見えないでしょうからねぇー…」
金鞍は馬の時のテンションはどこ吹く風、ただ天魔を屠る者として淡々と殺した後の後始末。
事後処理も、軽く埋めてシートをかけるという冷静な対応。
完全に距離を置いて眺めている篠木も表情は静かなものだ。
一方で。
「今夜、夢に出てきそうだよ。だ、誰かと一緒に寝てもらおうかな…?」
わりとまだ涙目で言っている菊開の心の傷は半端ない。
「ああ、強敵だったぜ…」
真っ白に燃え尽きている松原。猫好きなら猫好きな程ダメージの大きい、この天魔戦。
「ふむ、天使もあざとく可愛い路線で攻めてきたか」
効き目はあるようだね、とアリーセは目を伏せる。撃退士の精神的ダメージと言う意味でも。
願わくば。
この路線はいける!とばかり次なるもふかわサーバントが現れないことを祈るばかりであった。
(代筆:青鳥)