●探索
人気の無い廃墟の空に、月だけがおぼろげに浮かび上がっている。
天魔などいなかった一昔前なら怪奇スポットとして賑わいそうな場所だが、ここにいるのは幽霊などという生易しいものではない。
「うわー、ゾクゾクするなぁ。これはやばそうだ……」
ゴム製の手袋と雨合羽を身に付けたミリアム・ビアス(
ja7593)は、どこかに潜んでいるであろう強敵の気配に身震いをする。
雨が降っているわけでもないのに彼女がこのような格好をしている理由は、その強敵は雷を操るという情報があったからだ。
良く見ると、フィーネ・ヤフコ・シュペーナー(
ja7905)も同じような格好をしている。
「虎の毛皮ってまふっとして気持ちいいらしいですヨ? サーバントじゃなければ剥ぎ取ってコートにデモしたいのですガ……」
フィーネが言うように、今回討伐するサーバントは虎だった。
雷をあやつる白い虎が3体。
「虎狩りね! 一○さんみたいにサクッと行くわよ!」
雪室 チルル(
ja0220)は、ぐっと拳をにぎる。
だが、今回の虎は屏風の虎でもなければ、頓知が通用するような相手でもない。
「動きが素早いみたいですし、いきなり襲いかかってきたりするのには警戒しておきたいですね」
エステル・ブランタード(
ja4894)は、ここが廃墟になる前だったころの地図を眺めた。
目の前に広がる広大な廃墟のどこかに虎が潜んでいる。
3体の虎は、夜になると1箇所に集まっているという話だ。
グラン(
ja1111)の提案で、撃退士たちは風下から廃墟に侵入している。
不意打ちされる危険性は多少減ったとはいえ、油断できない状況であることは変わらなかった。
「やれやれ、凶暴な猫を放し飼いにするとは天使にも困ったものです」
ごちるグランだが、内心ではこの状況を楽しんでいるきらいがある。
雷を操る虎の習性というものが、彼の探究心をくすぐったのだろう。
撃退士たちは、出来るかぎり音をたてないよう細心の注意を払いながら、手にしたペンライトなどの小さな光を頼りに廃墟の探索をつづけた。
雷鳴や放電時の光などがあれば発見もたやすいのだが、そう都合よくいくわけもない。
廃墟はほとんどが瓦礫の山だが、ところどころ壁や柱など、身を隠せる場所も存在していたので、そこから物陰をうかがうようにしながら、奥へ奥へと進んでいった。
少し先を先行していた叶 心理(
ja0625)は、崩れかけた壁の向こうから感じる気配に動きをとめる。
ハンドシグナルで後続の仲間たちに静止を指示し、そっと壁の向こう側をうかがった。
「さぁて、こいつは手強そうだぜ……気が抜けねぇな」
そこには、話に聞いていた通りのサーバントがいた。
いや、むしろ聞いていた以上の威圧感がある。
叶は獲物を発見したというサインをおくり、物音を立てないように移動することをうながした。
虎がいたのは、15m四方くらいの空間だ。
ところどころに壁や柱がのこり、他にくらべて瓦礫も少ない。
そこを低いうなり声を上げながらのっそりと歩き回っている。
「強そう……なの」
柏木 優雨(
ja2101)は、抑揚の無い口調でつぶやいた。
「ふふ、久々に倒し甲斐のある敵かしら」
蒼波セツナ(
ja1159)は、これから戦う敵の強さに期待をこめる。
「凄く手ごわそうな相手だけど、頑張って倒していくよ!」
敵の迫力に圧倒されてはいけないと、滅炎 雷(
ja4615)は自らを奮い立たせた。
●虎狩り
「さぁ皆、参りましょう。虎狩りの開始ですわ」
桜井・L・瑞穂(
ja0027)は、エステルに目で合図をおくる。エステルはこくりと頷くと、桜井とともに物陰から飛び出し、虎たちと対峙する。
「稲妻を操る白虎…中々、見た目は美しい相手ですわね。でも、美しさでは此のわたくしも負ける訳にはいかなくてよ! 3匹纏めて、わたくし達が華麗に屠って差し上げますわ! おーっほっほっほ♪」
桜井は、高笑いとともに双剣を高らかと掲げた。
エステルもワンドを振り上げる。
二人は、呼吸を合わせてスキルの開放をおこなう。すると、飛び掛ろうと身構える虎たちの頭上が煌き、アウルによって作り出された無数の彗星が現れた。
彗星は流星雨となって降り注ぎ、虎たちの体を打ちつける。
降り注ぐ流星雨の脇をすりぬけ、1体の虎が2人へ飛び掛った。
虎が広く散会していたため、射程ギリギリにあった1体が回避に成功していたのだ。
「撃ちもらした!?」
桜井は咄嗟に身構えるが、対応が間に合いそうもない。
「させまセン!」
その時、フィーネが2人の前へ飛び出し、盾を緊急展開させて虎の牙を受けた。
「くうっ、この場にいる誰一人として、倒れさせはしまセン!」
虎の重たい一撃は、盾を構えた腕をはじき、フィーネの体に爪あとを刻みこむ。
だが、血を流しながらも虎を押し止めることには成功した。
「行くの……私たちの出番」
柏木は、蒼波と滅炎にアイコンタクトを送る。
「天魔に自由などない……」
蒼波は口早に呪文を唱えはじめた。
――Ihnen wird nicht ausgewichen――
彼女の口は、確かにそう動いた。
しかし、聞こえてきた音は、
――Geb Ihnen ein Verbrecher einen Freund――
ドイツ語による二重詠律呪文だ。
虚空から古の罪人たちの幻影があらわれ、虎を捕らえようとした。
だが、虎はその場を飛び退き、間一髪で呪縛から逃れることに成功する。
しかし、それを見越していた滅炎は、あえて蒼波のスキル発動からタイミングを遅らせてスキルを発動させていた。
虎が着地する地点に無数の腕が現れ、虎の体を絡めとる。
「捕まえたよ、これで動けないでしょ!」
狙い通りの結果に、滅炎は声をはずませた。
一方、光の流星雨に打たれていた2体の虎も行動を開始しはじめる。
1体の虎が壁を蹴り、大きく跳んで撃退士の後方へと回り込もうとした。
だが、その行動は進路上に張られた毒をはらんだ霧によって阻止される。
「その行動は予測済みですよ」
グランは虎が後衛へ攻撃をしかけてくることを読んで、虎と後衛との間にポイズンミストを展開していたのだ。
「こちらを攻撃したくば、自らそこに飛び込みなさい」
グランは冷徹な眼差しを虎へ向ける。
グランに出鼻をくじかれた形の虎たちは、一瞬、直線状に並んだ。
雪室はその隙を見逃さない。
「あたいの必殺技を受けてみろー!」
千載一隅のチャンスにテンションを急上昇させた。
フランベルジェの先端にアウルを収束させた力場を作りだす。
それは、雪室が得物を突きだすと同時に開放され、開放されたエネルギーは、まるでブリザードのように輝きながら2体の虎へと襲いかかった。
虎たちが怯んだのも一瞬、すぐに体勢を立てなおす。
1体の虎が、体からバチバチと放電しはじめた。
虎が見据えるのは、攻撃の挙動に入ったミリアムだ。
咆哮とともに雷撃を放つ。
雷はミリアムを捕らえ、彼女の体を奔りぬけた。
「くぁあっ!」
熱と衝撃がミリアムを襲う。
ゴム製の手袋も雨合羽も気休めほどの効果はなかった。
「全っ然意味が無いよっ! ってか暑いよ!」
ミリアムは、速攻で雷対策で着ていたゴム製品を脱ぎすてる。
「やっぱ、一筋縄ではいかねぇな」
叶は、こちらの攻撃を連続でくらってもなお、悠然としている虎たちの姿にひとりごちた。
束縛されている虎は、順調にその体力を奪われている。
体毛が硬く、刃物より鈍器が有効と判断したフィーネは、得物をスタンプハンマーへと持ち替えて、身動きが取れなくなっている虎の脚部を集中的に攻撃した。
「これで束縛がとけテモ、自由に飛び回られる心配はありまセン!」
束縛されながら、虎が体を帯電させはじめる。
「雷撃をする気ですわ。お気をつけなさい!」
星輝装飾で辺りを照らしたあと、中衛位置から虎たちの挙動を観察していた桜井が叫んだ。
虎が咆哮をあげ、雷撃を呼び起こす。
雷は、柏木へと降り注いだ。
柏木は慌てて回避を試みるが、避けきれずに肩を焼かれる。
「うくっ! 束縛されてるのに……雷撃できるなんて……卑怯なの」
地面を転がりながら、双銃で反撃を試みる。
「これで燃やしつくすよ!」
滅炎は、虚空に生み出した炎の塊を虎目掛けて解きはなった。
火球は虎へと命中し、炎が虎を飲みこむ。
「普通の虎と同じなら、ここを砕けばほぼ動けなくなるはずよ」
蒼波は、生み出した魔弾を虎の膝の皿に向けて放つ。
魔弾が命中した虎の膝は、皿が砕かれあらぬ方向へと折れ曲がってしまった。
「これでもまだ倒れないなんて」
エステルは、柏木へ治療を施しながら驚きの声をあげる。
束縛された虎は満身創痍ともいえる状態にあるが、それでもその目からは、まだ力強い生命力が感じられた。
「でも……もう少しなの」
柏木が言うように、明らかに弱ってきているのも確かだ。
「あの2体が散会したら、ちょっとまずいかもしれませんね」
エステルは、拘束されていない2体の虎を抑えている仲間の姿をみつめる。
虎が一瞬、姿勢を低くかまえる。
「させません!」
その行動を虎が跳ぶ前触れだと察知したグランは、出鼻をくじくつもりで魔弾をはなった。
だが、虎は魔弾があたるより早く跳び、崩れ残った壁を蹴って立体的な動きで叶へと襲いかかる。
「うおっ!」
間一髪で回避に成功し、反撃しようと振り返ったときには、虎は既に跳びのいたあとだった。
「おいおい……なんつー速さだよ」
このままでは1体目を倒すまえに、抑えのこちらが倒されてしまうと焦りを見せる叶。
彼らは最初の連続攻撃以来、虎の速さに翻弄されっぱなしであった。
もう1体の虎の意識は、目の前の撃退士ではなく、束縛された仲間を集中攻撃している撃退士に向けられている。
「そう簡単にここは通さないわ!」
雪室は、その虎の前へと立ちはだかるが、予想以上の虎の強さに気迫をこめるだけでいっぱいいっぱいだ。
「あんたの相手はこっちだよ!」
ミリアムは、虎の意識が雪室へと向いた隙に、武器に溜めた渾身のエネルギーを光の衝撃波に変えて撃ちはなった。
それは、虎を横から薙ぎ払ったが、それでも虎の動きが鈍らない。
「マジでヤバいって」
ミリアムは冷や汗をながす。
その時、虎の足元に闇が現れ、そこから毒々しい巨大なムカデがあらわれ、虎を束縛した。
「くふふ、痛い? 苦しい? もっと縛ってあげるの♪」
狂気に満ちた表情を浮かべる。
「この子……おなかがすいてるの……。ごはんになってほしいの」
柏木のニタリとした笑みは、普段のおっとりとした彼女からは全く想像が出来ないほど禍々しいものだった。
「ご自慢の足も、其れでは使えませんわね!」
2体目の束縛を確認し、桜井は勝利を確信した。
それでも気を緩めることはなく、残りの1体を抑えている仲間へ意識を切りかえる。
「わたくし達が居る限り、皆を倒れさせたりはしませんわ! おーっほっほっほ♪」
抑えに回っている仲間のサポートに専念することを決め、高らかと笑い声をあげた。
「チャンスね! 今のうちに攻撃を!」
雪室は、目の前で拘束された虎の攻撃をくわえた。
雪室の剣先が虎の腹部をえぐる。
「ふふ、調教してあげようかしら?」
蒼波は、束縛された虎を見下ろし、目を細めた。
「この調子で2匹目もいくよ〜!」
滅炎は、生み出した火球で虎の足を焼く。
「サア、来なさい! その爪で、牙で、顎でもってして、私をねじ伏せてみなサイ!」
フィーネは、オーラを身にまといながらまだ拘束されていない虎に向かって言いはなった。
その姿を見た虎は、目つきをかえてフィーネを見据える。
虎は体からスパークを放たせ、雷撃の準備をはじめた。
虎が咆哮をあげた瞬間、
「……させるかよ!!」
叶は、虎とタイミングを合わせて射撃をおこない、雷撃の狙いをわずかにそらす。
フィーネは飛来する雷撃を、サイドステップで危なげなくかわした。
グランは、念のために束縛されている虎に攻撃をしかけている仲間と、まだ健在の虎との間にポイズンミストを壁のように展開させる。
「これでねこの行動をある程度は封じることが出来るはずです」
身動きが取れない虎は、最後の抵抗とばかりに雷撃を雪室に向かってはなった。
「ぐっ!」
雪室は回避が間に合わず、雷撃をまともにくらうが彼女の勢いは止まらない。
「魔法攻撃なんて卑怯よ! 男なら正々堂々と肉弾戦で戦いなさい」
拘束されている相手に無茶を言う。そもそも虎の性別だって定かじゃない。
だが、そんな事はお構いなしの雪室は、大剣を正眼に構えると、そのまま虎へ突進し、その切っ先を虎の喉元へ深々と突きさした。
「残り……1体なの」
柏木は禍々しい笑みを浮かべたまま、虎の足元へスキルの開放をおこなう。
足元の闇から現れた巨大なムカデが虎へ襲いかかるが、虎はそれを回避した。
蒼波と滅炎も、次々と同様のスキルを開放し、虎の拘束をこころみる。
虎はその全てを回避し、壁を蹴って撃退士の上空へと舞い上がった。
滞空中の虎の体が放電しはじめる。
ひときわ大きな咆哮とともに、雷が放射状に放たれた。
雷が雨のように撃退士たちへと降りそそぐ。
「やりますわね。でも、もはや多勢に無勢。あなたの敗北は決まったようなものですわ! おーっほっほっほ♪」
桜井は、特にダメージの蓄積が大きい仲間の回復にあたる。
エステルもまた、仲間の治療に奔走していた。
「生態も攻撃パターンも実に興味深いですよ」
グランは、滞空中の虎へ魔弾をはなつ。
魔弾を食らった虎は、バランスを崩して地面へ落ちた。
「いい加減、もう眠りなさい」
アウルの力が込められた、ミリアムの渾身の一撃が虎へ炸裂する。
「まだ倒れねえのか、しぶとい相手だぜ」
叶の双銃が火を噴き、虎の眉間を撃ちぬいた。
虎の白い毛は、自身の血で真っ赤に染まっている。
虎は、よろよろと起き上がった。
その姿は、もはや立っているのがやっとなのだと見てとれる。
「もう十分なデータは取れました。安らかに眠りなさい」
グランは、無機質な口調でそう言うと、魔弾をはなって虎に止めを刺した。
虎は断末魔の咆哮を上げ、そのまま仰け反るように倒れふす。
「いや〜、手ごわかったね! けどこれで全部倒したよね!」
明るく言った滅炎の服は、雷撃によって所々が焦げていた。
「毎度のことながら、戦いは厳しものね」
蒼波が言うように、今回は一歩間違えたらこちらが全滅していたかもしれない。
ミリアムは胸のポケットからタバコを取り出すと、1本加えて火をつけ、未成年の仲間に配慮して寂しげに仲間の輪から離れていった。
「疲れたの……もう帰るの……」
戦闘中に見せた禍々しさは、もう既に柏木から消えている。
撃退士たちは、戦いの余韻に浸りながら学園へと戻っていった。
後日、グランから『白虎型サーバントの習性』というレポートが提出されたことを付け加えておく。
(代筆:マメ柴ヤマト)