●はじまりはじまり
商店街のとある男が思いついた、逆転ジューンブライド企画。その企画を盛り上げる為、各々の衣装に身を包み参加した撃退士達であったが……中々に混沌とした光景が出来上がっていた。
タキシードを着込み、長い銀髪を後ろで結わえて、余裕を湛えた金瞳が観客の女性を流し目で見る。落ち着いた所作で紅茶を嗜み、薄く微笑む美少年。華奢な体躯といい、男にしては妙に色気のある仕草だが――それもその筈。『彼女』の名はアリーセ・ファウスト(
ja8008)。れっきとした女性なのである。
「ふふ……慣れない異性装に戸惑う子が大勢居るね。……ああ、なんなら紅茶くらいなら淹れてあげよう。なに、遠慮する事は無いよ。こういう場で振る舞うのも悪くない」
微笑み ながら紅茶やお菓子を振舞う姿は、完璧に紳士な花婿だ。アリーセは見事に花婿に成り切って、このカオスな変装パーティーを楽しんでいた。
無論、完璧な花婿になっているのは一人ではない。モーニングコートを羽織り、長い髪を後ろに高く纏めて、牧野 穂鳥(
ja2029)が観客の女性に微笑みかける。女性らしさを完全に消さず、逆にそれが中性的な魅力を醸し出して、観客の女性陣の頬が何か赤い。パンフレットを広げながら、観客の女性の頬に手を当てて、穂鳥は企画の本来の目的、『接客』を見事にこなす。
「式をお考えの際はぜひ、商店街に来てみてくださいね。大丈夫、貴女達なら誰もが羨む花嫁になれますよ」
囁くような穂鳥の言葉に、観客女性はメロメロだ。きゃーきゃー言われて大騒ぎになっている。あまりに効果がありすぎてカップルの一組が喧嘩を始めてるけど……まあまあまあ。喧嘩するほど仲が良いと言うし、然したる問題は無いだろう。多分。
しかし王子はまだまだ居る。それは民族衣装であるキルトを用意してきた一風変わった王 子様。けれどもオールバックにした長い黒髪や、上に着ている煌びやかな軍服が、彼女のレイラ(
ja0365)の姿を変わり者で終らせない。凛々しくも気高い花婿として、彼女は其処に存在していた。
「……少し胸がキツイのですけどね。しかしそこは我慢しませんと……ふむ、困っている男の子……ではなく花嫁が居たら手を貸そうかと思っていましたが……そもそも花嫁の姿が少ないような」
レイラはかなり苦しくなっている自身の胸を押さえながら、会場のある事実に気付く。
多くの者が本来の性別から変身を遂げているこのカフェテラス、というかコンテスト会場だが……花嫁の姿が意外と少ないのだ。美少年とか美青年――つまりまあ格好良い女性陣は多く居るが、花嫁さんは思っていたより少ない 。
勿論、居ない訳ではない。ちゃんと居る。居る事は間違いないが――イロモノが居たり。
例えばそう、フリル付きのドレス着込んだ挙句、厚化粧で裏声のアフロとか。
「あーあー……ごほん。……ウフフ、ご機嫌麗しゅう。あらどうしたの、変な顔しちゃって? 素敵な殿方にそんな顔されたらワタシ傷付いちゃうわ、ウフフ」
良くも悪くも目立ちまくりの田中 匡弘(
ja6801)である。すわ、新手の天魔かと身構えかねない怪しげな姿であるが、彼は物憂げな表情を浮かべて優雅に紅茶を飲み笑みを振る撒いている。
だがアフロで裏声。フリルドレスと妙な化学反応を起こして変人にしか見えない。
しかし、そんなアフロに一切に怯まず接触する益荒男というか女傑も居たり。
髪を後 ろで一括りし、ナチュラルメイクで花婿に変身したジーナ・アンドレーエフ(
ja7885)の姿が其処に。
「あぁ、可愛いな君のアフロ……もふもふしてもいいかい?」
「あら? いいけど優しく触ってね。このアフロ、大事だから」
「勿論だよ。ふふ。もこもこしてて素敵だね。ああ、でもメイクを極めればもっと素敵にアフロが映える筈……おいで、君のアフロはもっと輝けるはずだよ」
そう言って、ジーナはマイ化粧道具ズララララと広げる。花婿の手によって劇的に美しく変化する花嫁のアフロ。ああ、なんて素敵な光景。二人三脚とはこのことか。感涙もののシチュエーションである。
……まあ、実際に出来上がったブツがどうであったかは……言わぬが花ということで。
そして言わぬが花 というか、突っ込まないで! お願いだから突っ込まないで! 色々理由があるんだよ! お金が欲しくてやっただけなんだよ! ああ、そんな蔑んだ瞳で見ないで! 的な者は今現在ウェディングドレス姿で逃げていた。
ラグナ・グラウシード(
ja3538)である。開き直って、手鏡に向かって「私キレイ?」的な事をやって遊んでいた姿を弟のレグルス・グラウシード(
ja8064)と友人の姫路 ほむら(
ja5415)に発見されて、今に至るのだ。実際のところ、その二名も女装しているのだし、ラグナが逃げる必要性は無いと言えば無いのだが……そうもいかない男の純情なのである。
まあ、動き辛いドレス姿で逃げ切れる訳も無く、無惨にも捕まるのだが。
「わあ、すごいや!……兄さん、すっげえキレイだ! 何で 逃げるのさ! 逃げる必要無いだろう?」
「本当……うわぁ……すっごく綺麗! どうしてモテないんですか!? 不思議!!」
グサグサ突き刺さってくる二人の言葉。ラグナは「いっそ殺せ」と言わんばかりの瞳で、世の無情を嘆いている。大体、ほむらにしろレグルスにしろ、人の事を言える姿形ではない。装飾品で綺麗にあしらったドレス姿とか、気合入れすぎなのである。
「違うよほむら君、兄さんに釣り合うような女性がなかなかいないんだよ! 兄さんが周りの上を行っているだけなんだよ! 素人が誤解しちゃあいけない!!」
「釣り合う女性がいないのかー! じゃあ同居してる先輩もそうだったんだ! おかしいと思ってたんだー! 納得したよ! すごいね先輩!!」
笑顔で彼女の出来ない男達を、地獄に叩き落すほ むら。そんなほむらを、レグルスは怖い者を見る目で見つめた。
ちなみにほむらが傷付く事は無かった。可愛い顔して、恐ろしい男の娘である。
んで、致命傷を負ったグラウシード兄はさて置いて、そんなほむら同様に、どこからどうみても女の子だろうと言いたくなる容姿の少年が、ウェディングドレス姿で参加者に取材していた。
犬耳カチューシャつけた花嫁姿で、会場をちょこちょこ歩き回って、とても微笑ましく見守られているドラグレイ・ミストダスト(
ja0664)の姿。
「えへへ〜♪ ウエディングドレスは女の子の夢ですよね♪ そしてそんな夢を叶えてくれたこの企画ですが……皆さんはどうですかー? 誰か素敵な人は見つかりましたか?」
マイクを突きつけて、さあどうぞーと問 われる相手は白のタキシードでばっちり決めた九条 穂積(
ja0026)。結わいた長い黒髪と相成って、とても似合っている。見事な花婿だ。
「そうやな麗しい花嫁は大勢いたで。まあ麗しくないのも若干いたけど……けど、目の前にいるお嬢さんみたいに可愛い人も居るからな。こちらで一緒にお茶でもいかがですか?」
マイクを差し出してきたドラグレイの手を握って、お手製のお茶&スコーンを振舞う。
ドラグレイはそのお茶やスコーンを見て、わーい美味しそうー♪ と笑顔で食べ始め――すぐに顔色を変えた。土気色に変わっていき……うん。はっきり言って、美味しく無いのである。
「……わううぅ……せめて息絶える前に……私も恋人が……欲しかった……がくり」
「あれ? おかしいなぁ ……今回は塩と砂糖間違えへんかったはずやのに……まあええか。新しい犠牲者じゃなくて花嫁にも振る舞いにいかんとな」
そうして邪気も悪気も一切見せずに、穂積はその場を歩み去る。
残されたのはマイク片手に息絶えた(まだ死んでない)犬耳花嫁だけであった――。
●お茶会は楽しく
事前に用意されたお茶菓子をさる事ながら、撃退士達が持ち込んだお茶菓子には絶品のものが多かった。まあ中には、というかつい先程例外を食して、天に召された犬耳が居たのだが……それは本当に例外である。
多くの者は、お茶を片手に、お菓子を片手に、キャッキャウフフと談笑している――。
「最初は初めての男装で緊張してましたけど……ふふふ、選り取り見取りですね。これは食べ甲斐がありそうです!」
「ふふふ。おぬし、それはイカン、イカンぞ。これはいかにわし達が紳士的な花婿であるかを競うコンテストでもあるのだから……優雅に、たおやかにお茶を楽しもうではないか」
「……ああっ、そういえばそうでした! でもでも……うーっ! 目の前には 沢山のデザートが並んでいて全種制覇を狙えそうな出来栄えばかりですのにー……むむぅ」
「ふふふ……ふふふふふ……」
口惜しげに、けれども可愛らしく頬を膨らませる黒のタキシード姿の或瀬院 由真(
ja1687)。そんな彼女を制止して、何故だか引き攣った笑みを浮かべているのは純白のタキシードを見せ付ける叢雲 硯(
ja7735)。
何故、硯が由真がデザートを食べるのを静止したのか――それはまあ単純な理由で、硯も食べたいからである。食べたいのをぐっと我慢して、歯を食い縛って笑顔を浮かべていたからである。
ようするに……旅は道連れ。一人だけ美味しい思いはさせねぇー、の精神だ。
とは言え、全ての者の食欲を止める事など不可能。お菓子テロリストと化したスーツ姿のショ タっ子な鈴蘭(
ja5235)が、会場内のお菓子を掠め取って自ら胃袋に収めていく。ニコニコ笑いながら、会話と会話の隙に盗んでいく様はどこの泥棒かと疑ってしまうレベル。
で、スコーンとかケーキとかパイとか、沢山のお菓子を自由気ままに食べた鈴蘭は、現在カフェテラスの隅でお昼寝タイム。
「むー……満足なのだよー……お腹一杯でリリーは眠いのだよー……むにゃむにゃ……おやすみー」
そうして、すぴょすぴょ眠りにつく。報酬貰って菓子食って昼寝する。食っちゃ寝で金が貰えるとか、何だこの楽園のような仕事は。このような事ばかりしていて良いのだろうか――良くはないかもしれないが、今はいいのである。楽しんだもの勝ちだ。
そう。たまにはこんなお仕事があってもいい…… 普段と違う、こんな一時も。
「いつもと違いますけれど、これも経験、ですわね。さあ、こちらはお花をブレンドされたフレーバードティーですわ。薫りをお楽しみくださいませ」
タキシードを着込んだエミーリア・ヴァルツァー(
ja6869)が、丁寧な動作で紅茶を淹れる。一時の給仕として振舞う相手は仲間達。美味しい紅茶を嗜んで、出て来る話題と言えば――やはり今着ているこの衣装である。
特に女性陣ともなれば……その、あれだ。胸部に色んな格差があったり個人差があったりして。
(何故……こうも育った……胸が圧迫されてこれはかなり苦しいぞ……そして優。あまり恨めしそうにこちらを見るな……これはこれで辛いんだぞ……)
ぎゅうぎゅうに押し潰されている自分のバストに苦 しみながら、ファリス・メイヤー(
ja8033)は平静を装って紅茶を飲む。すぐ傍で、如月 優(
ja7990)が複雑な顔と、射殺せそうな瞳で、豊満な部位を睨みつけていて……そちらでも苦しい思いを味わっていたが。
(私は、苦しくない……皆は、黙っているけど苦しそう……なんで……神様、は……残酷……)
一割寄越せ、憎しみで胸が奪えたら――そんな暗く危険な考えを脳裏に浮ばせて、優は静かに紅茶を飲む。憎しみを引き摺っても良いことは無い。優は柳の心で、自ら内に生まれた負の感情を何とか消し去ろうとして――。
「わ〜皆胸おっきぃから大変そうだねー……んー? どしたの優、なんであたしをモノ言いたげな顔で見るの?」
おいこらやめろ。誰もがイリヤ・メフィス(
ja8533)の言った無邪気 な言葉に肝を冷やした。
だがイリヤは全然解ってない。きょとんとした顔で小首を傾げて、不思議そうな顔を見せるばかり。
このままではイケナイ。この楽しい企画が惨劇に様変わりしてしまう――そう悟ったアイリ・エルヴァスティ(
ja8206)は冷や汗を掻きながら話題の修正に乗り出す。
「え、えーと……そうそう、昨今の殿方はずいぶんと器量がいいのね。……うちの連中も混ざれば良かったのに。悲喜交々で面白かったと思うのよ」
露骨と言えば露骨だが、その話題は今集まっている女性陣全員が思っていた事であったらしく、すぐさま話題に飛びついた。アイリのファインプレーである。どうにかお茶菓子の代わりにV兵器が飛び交う事態を防げたようだ。
「そうですね。うちの義弟のドレ ス姿も見たかったですわね……ジーナは先程、アフロの方や他の花嫁の皆さんをメイクアップして、生き生きしてましたわ」
「他にもドレス姿が素敵な人大勢いましたしね……ところで、彼らの下着は男物なのか、女物なのか……気にならない?」
「見えない部分まではさすがに女性ものでは無いだろう。……むしろ『そう』だったら私にダメージがくる」
「でも、見間違うくらいに綺麗な人多いのは本当だよねー……ねぇねぇ、皆、好きな人とか出来た? すでにいる人はともかくとして、さ。実は、今回の花嫁の中にも良い雰囲気の人が居てさ。私たちも負けるわけにはいかないよー?」
わいわいきゃわきゃわとガールズトークで盛り上がる一同。
そんな皆の様子を、そして他のテーブルで楽 しむ友人の姿を見ながら優はくすりと微笑んだ。
「……平和が、一番、だ、な」
紅茶と共に、平和を満喫。そんな彼女の見つめる先では――。
●写真と思い出話と
「そこの君たちー、いい雰囲気だねー。せっかくなんで記念写真撮っちゃうよー。ほらほら、恥ずかしがってないで寄って寄ってー」
黄色の燕尾服というかなり派手な出で立ちの市川 聡美(
ja0304)がカメラ片手に花嫁と花婿を写真に収めていた。コンテスト開始から今に至るまで、もう花婿というより、むしろパパラッチである。美形の花嫁花婿を次から次に撮って行く聡美。その中には、何故か意気投合して肩を組んでピースサインをしたフリル満載のアフロと、化粧道具で近くの男の娘をメイクアップする色気満載な巨乳花婿が居たそうな。
そして聡美が狙いを定めた新たなる被写体は――四十宮 縁(
ja3294) 鳴上悠(
ja3452)の、実は兄妹な二人組である。
「えへへ、おにーち ゃんはとっても可愛いんだけど、縁の恋人じゃあないんだよー♪ このお兄ちゃんは、今日だけの花嫁さんー♪」
「いやいや、縁とこうして過ごす機会があるなんてね。……でもやっぱり恥ずかしいよ。俺がドレス姿で、縁がタキシードで……うんまあ、傍から見れば夫婦なのかな? でもやっぱり本来の姿で、実際の恋人と過ごしてみたいものだよね」
「あ、それは言えてるー♪ 逆転は面白いけど、こんな風に、お互いの大切な人とずっと一緒にいたいね!」
そうして二人は和やかに笑いながら、お茶を飲んでお菓子を食べる。変わった趣向でお茶会を楽しんでいるけれど――やはり本来の姿形で恋人と語り合いたいと願う。特に悠は切実に。着慣れないドレス姿は疲れるし、第三者の目からどう見え るのか、考えただけで胃が痛くなること請け合いだ。
けれどそんな事情はさて置いて、逆転した姿形は写真に収められていく。
ファインダーを切る者は一人だけではなく――嵯峨野 楓(
ja8257)もまた、白のタキシード姿で手持ちのカメラをパシャリと。
「コスプレしてお茶も楽しめるなんて、ふふっカメラが疼くぜ……! ほら楓ちゃん! お茶淹れも大事だけど、それだけじゃつまんないよ!? 折角美少年になってるんだから!」
「ええっ!? そう言っても、わたし達お仕事で来てる訳ですから……ああっ、写真撮りすぎですよ! そりゃあ手伝うとは言いましたけどー!」
パシャリパシャリと、男装姿を撮られていく山岸 楓(
ja4520)。ただでさえ人が多いところを必死に頑張っているのに 、そこをパシャパシャ何枚も撮られては堪らない。主にこう、山岸の羞恥心とかの面で。
「あはは! まあまあ、こういう時は楽しまなきゃ損だよ? それじゃ私は他の美少女美少年達をカメラに収めに行くから……おーい、そこのキミ! 今日という日の思い出に1枚、如何かなっ?」
そう言って、新たなる被写体に近づいていく嵯峨野。彼女の好奇心は、まだまだ治まる気配が無さそうであった。
「やれやれ、大変そうだな……受けた依頼は完遂しなくてはならないから止むを得ないか。……とはいえ、本当にやれやれという所ね……それにしても肩が凝るわね」
「あ、永月先輩……気合、入ってますね」
後ろからかけられた声に山岸が振り返れば、そこには化粧をばっちり決めた鮮やかなブ ルーのドレスの美女――永月 夜刀(
ja7001)が居た。
胸には詰め物まで入れて巨乳になってるし、声色も極力変えて立派な花嫁さんだ。ただ、その表情は諦観の境地に達している感があるが。
「まあ、これも一つの経験と思うことにしているわ。……折角会えたのだもの、何かお話しましょう。そうね、恋愛談義とか……」
そして二人は席に着いて、お茶を飲みながら、恋人とはー……と、談笑し始める。
途中から慣れてきたのか、夜刀が完全に女口調に変貌を遂げていたが……まあ後遺症はあるまい。コンテストが終れば元に戻るだろう。多分きっと。
あるところでは自ら進んで写真に写りに行く者も。タキシード姿でカメラマンの下へ突撃していくフェリス・マイヤー(
ja7872)と、そんな彼女を 見送るアストリット・シュリング(
ja7718)。
「やー、正式な正装で男装できる機会があるなんて、久遠ヶ原学園万歳なのっ……やん鳴上さんなのっ! 記念写真なのっ! 一緒に取るのー……ほら、アスも早く早くなのーっ!」
「やれやれ……まぁ、こういうのもたまには良かろう……それはそうと、久しいな、鳴上殿。その節は世話になった。こうして再び出会えたのも何かの縁だ。フェリもこう言っているし写真を撮ってやってはくれないか?」
突撃していく相方の行動に苦笑しつつ、三人は体を寄せ合って写真をパシャリ。かつての戦友と共に一風変わった記念写真が収められた――喩えではなく、女装花嫁に男装花婿という本当に変わった写真だが。
「うーん、他にも撮りたい人が一杯なの! エ ミリ達の所にも行きたいし……やーん! 使い捨てカメラだけじゃ全員撮れないのー!」
「欲張り過ぎた。先程見かけたジーナもそうだが、生き生きしすぎだぞ……まったく」
カメラ片手にぶーぶー不満を言うフェリスを見て、苦笑を浮かべるアストリット。
二人は自由気ままにこのお祭り騒ぎを満喫する。今だけは撃退士の事も忘れて。
写真撮影はまだまだ続いている。だが中には、撮影が終ったと同時にネクタイを緩めて、少し砕けた格好になる美青年の姿が。
「あー、写真撮ったし、ようやく緩められる……ホント礼装は苦しいんだよなぁ……」
気だるそうに礼装を緩めた、銅月 千重(
ja7829)の肌が少し露出する。細身でありながらも筋肉質な、形のいい鎖骨が見え隠れする。その、 僅かに見える色気に観客の女性陣がキャーキャー言っている事を千重は気付いていない。前髪を上げて整えた、その貌と相成って美貌の青年の出来上がりだ。
ただ彼女は、自分に向けられる視線よりも――着飾った花嫁達を気にする。
「しっかし可愛い子が多いなぁ……そこのあんたとか。いやぁ気合入れすぎじゃないか? どこからどう見ても女だぜ?」
「あら、当然よ。花嫁が女の子だけの夢だなんて思わないでちょうだい。今回は本気で楽しんでいるのだからね」
クラシックなプリンセスライン。男性特有の喉仏はチョーカーで綺麗に隠し、フリルを多めに使い広い肩幅も隠す。メイクは抑え目にし、純粋に美しく仕上げた――光藤 姫乃(
ja5394)。
千重の言うように、物凄い本気振りである 。姫乃は今、女装ではなく『女』として此処に立っている。それくらいの意気込みが見える、完璧な花嫁姿。
「ふふ。まあ、本気なのはあたしだけじゃ無いみたいだけどね。悩んでる男の子が居たら手伝おうとも思っていたけれど……必要無さそうじゃない」
くすりと微笑みながら、姫乃は会場内を見渡す。
彼の、いや、彼女の言うように、本気姿の者はまだまだ沢山居るのだった――。
●まだまだ続くお茶会と――
「はい、良かったらどうぞ♪ これ僕の手作りクッキーなんです。沢山作ってあるから皆さんも食べて下さいね♪」
「…………」
権現堂 幸桜(
ja3264)が笑顔で差し出すクッキーに、多くの者は言葉を失っていた。
いや、クッキーがどうのこうのではないのだ。このクッキーは美味しいし、非の付け所が無い。押し黙ってしまうのは――幸桜のあまりの嵌り振りにある。
(……このひとヤバイ。ホントに本当に男の子!? このクッキーも凄く美味しいし、凄く甲斐甲斐しいし……あー……なんだか自信喪失していく……)
六道 鈴音(
ja4192)は受け取ったクッキーをサクサク食べながら、急降下中の女の威厳を自覚していた。目の前でスレンダーなドレスを着こなしている幸桜は一体何なのだと、誰かに聞きたくて堪らない。パッドでも着用しているのか、胸も見事なものだし、こんなコンテストで無かったら確実に誰かが口説いているだろう。
(ふ、ふふふ……男の子に見えるどうか悩んでた自分が馬鹿らしくなってきたなぁ……ああ、あっちの人も綺麗だし、あの子も可愛いなぁ……本当になんでこんな男性陣ばっかり集まるんだろう)
虚ろな目で見渡す鈴音には、ある三人の花嫁花婿達が見える。あちらもあちらで、中々の美少女と美少年振りで。
「……まさか月島、か?」
「ん? その可愛い子、璃狗の知り合い? もしか して彼女?」
「……女装男装コンテストなのだから、本当に女の訳が無いだろう。れっきとした男の友人だ」
緋伝 瀬兎(
ja0009)、そして緋伝 璃狗(
ja0014)は会場内で、ドレス着込んで花嫁になっていた月島 祐希(
ja0829)とばったり遭遇する。ドレス姿も然る事ながら、赤面と涙目で睨む祐希の姿は普通に可愛らしい。瀬兎が性別を間違えてしまうのも、ある意味止むを得ない事である。
「好き勝手言いやがって……大体、お前ら姉弟も……というか、性別逆で生まれてきた方が良かったんじゃね?」
祐希は改めて、ジィと緋伝姉弟を見る。姉の方は紋付羽織袴を羽織り、長い黒髪を肩の辺りで結わいて、活発な印象を見せる美少年に。弟の方はカツラでも被っているのだろう。普段とは違う、黒く艶やか な長髪が腰まで伸びて、クールな大和撫子に。
正直、こちらもこちらで初見では本当の性別が解らない。
「あっははは! こんな格好だもんねぇ。ま、こうして出会えたんだ。あっちで一緒にお茶しようよ。うちの弟……今は妹だけど羊羹とか作ってきてるし」
「まあ、そうだな……しかし、やはり女装姿というのが何ともな……」
「……そういう企画だからな。うん、俺もみんなもちゃんと花嫁に見える……ハハッ……」
両手に花のつもりで陽気笑う瀬兎と、平和と思いつつ世の無情を感じる璃狗。そして死んだ魚、腐った鯖のような瞳で苦笑いを浮かべる祐希。
三者三様の光景を出しながら、今はお茶会へ。ちゃんと味わえるか否かは別としてだが。
他にもお茶会を楽しんでいる者は 居る。まあ、若干恨めしい瞳で、無言の抗議をしている者も居たりするが。
やたら似合っているドレス姿で、もきゅもきゅとクッキーを食べている如月 統真(
ja7484)等がその解りやすい一例。
「猫野先輩ぃ〜〜。酷いじゃないですかぁ、僕はお茶会をするとは聞いたけど、女装コンテストだなんて聞いてませんよ〜〜?」
「まあまあ、そんな顔しないで。十分似合ってるよ統真くん。何も気にする事ないって」
苦笑しながらお茶を飲むのは猫野・宮子(
ja0024)。彼女も今は黒のタキシードに身を包み、一人の花婿としてこの逆転企画を楽しんでいる。
というか――宮子自身、勘違いしてこの企画に参加していたのだ。募集項目で見た内容は花嫁と
花婿のお茶会、という部分だけだったのだろう。注 意事項の男装女装は見落としてしまっていた様子――まあ、そうそう着る機会もないのでノリノリなのだが。
「それに、参加した以上は楽しまないとだよ?」
「ううぅ、でもでも僕も其方の格好が良か――んむぐっ、むぅ〜」
「ほらほら、クッキーはまだまだあるから、もっと食べないと〜♪」
不平不満を言う統真の口に、ぽいぽいクッキーを放り込んでいく宮子。何だかんだ言って、二人とも楽しそうであった。変わった企画と言えど、少しずつ慣れてきてもいるのだろう。
「ふむ……私もですが、時間が経つにつれ、そして周囲の皆が異性の格好をすることで群集心理が働き、慣れが発生し羞恥心が薄れていっているようですね……これはレポートを取らないと」
白いウェディングドレスを 着た長身の美女――グラン(
ja1111)は、周囲の状況を観察していた。
彼が見る限り、多くの者がこの混沌とした環境に適応してきている。ドレス姿にも、タキシード姿にも抵抗感が殆ど無い。中には完全に女性に、男性に成り切っている者も居るし……中々興味深い光景だった。
「とはいえ、程々にしておきませんとね……私も段々抵抗無くなってますし、案外このお茶会は恐ろしい企画なのかもしれません……」
優雅にティーカップを傾けながら、何気に怖い想像を。
これを機に、女装男装が流行り出したら目も当てられない。観察もレポートもこの辺りで止めておくべきか……割と真剣に考え始めるグランであった。
「それにしても、皆色々楽しい事してますよね〜〜。面白そうな人達も大勢居 るし、しかも食事は美味しいし……この紅茶とかも。これ、普通の紅茶じゃないですよね?」
黒い和服姿で会場内を食べ歩き、面白そうな出来事を探していた風鳥 暦(
ja1672)、誰かが淹れた変わった紅茶に目を留めた。コーヒーの香りもするし、紅茶の香りもする。しかも色んな濃さがあって、参加者全員が楽しめるよう味わいを調節しているらしい。
「それは、珈琲と紅茶を別々に淹れてから混ぜたものですね。他にも練乳を混ぜた鴦走(ようざん)なんてものもありますよ? お一ついかがですか?」
「あ、面白いー! くださいください! それも美味しそうです!」
全身白で統一された男性用礼服で、美麗な給仕となった御堂・玲獅(
ja0388)。そんな彼女の振舞うお茶の数々が、随分とお茶会を 盛り上げた。女装するだけでなく、男装するだけでなく。こうしたお茶会も、この企画の見所の一つだ。美しい給仕にエスコートされ、性別問わず一時の安らぎを。
特に、この参加者ごとに違うブレンドで振舞う玲獅の心配りが、男女問わず人気であった。
エスコート姿も様になっており……素晴らしき花婿がまた一人此処に。
ただ――そんなお茶会の中、一際目立つ料理があった。
それは弁当。誰もが中身を見て、そして食して唸った、美味なる弁当。
和牛ステーキと焼き万願寺唐辛子、姫竹。鮪と伊勢海老の刺身。鱶鰭とすっぽんのスープ煮、早松茸添え。鴨ローストとシーザーサラダ。胡麻豆腐の湯葉包み上げ蟹餡かけ。サーモンとイクラの親子飯……この弁当を作ったのは誰だぁ! ? そう叫びたくなる程見事な松花堂弁当。
「これは……今日食べたものの中で最高よ。これだけの物を用意した人は誰……?」
白いタキシードに白薔薇のコサージュ。無表情で淡々と料理を食していた田村 ケイ(
ja0582)は、今この時だけその無表情に感情を浮ばせている。疑問を解こうとしている探求者の顔だ。
不思議な事に会場内で、この料理を作ったと名乗り上げる者は居ない。その為、推測だけが飛び交って謎がどんどん膨れ上がる。
だがそれも当然の事――この弁当を作成した者は今、観客席に居たのだから。
「……まさか一瞬でばれるとは思いませんでした……そしてその後の対応の迅速さ……このコンテストの警備員は何者ですか……?」
それは白無垢着て会場内に入ろうと していた水無月沙羅(
ja0670)。彼女は作った御弁当を白無垢姿で持ち込もうとしたところ、コンテストの警備員に「規則はお守りください」と言われ、あれよあれよと言う間に観客席まで護送されてしまったのだ。
正直、この企画の性質上、性別を見破る事は至難の業の筈なのに……恐るべきは警備員の目。
まあ、弁当自体はちゃんと振舞われていたので、ひとまず胸を撫で下ろす沙羅なのであった。
と、そんな料理人の憂鬱とは関係無い所で……一人の少女が、花婿衣装のままウッキウキのテンションで、お菓子を求めて歩いていた。
シルバーグレーのフロックコート、ベスト、立ち襟シャツ、水色ストライプ柄のアスコットタイにタイリング……この衣装を選んだ理由は? と彼女に聞けば、彼 女はこう答えるだろう。
お兄ちゃんに着て貰いたい衣装! と。
そんなブラコン気味な花婿さん、藤咲千尋(
ja8564)は、美味しいお菓子を求めてあちらをきょろきょろ、こちらをきょろきょろ。
その彼女の背後より……かなりの美女が、神楽坂 紫苑(
ja0526)が忍び寄る。ビスチェ型のドレスに身を包み、首に数本ネックレス重ねて、肘までのロング手袋で、スレンダ−ラインを出す。長い髪はアップに纏めて……慣れている風に見えるのは気の所為だろうか?
兎も角、そんな彼は後ろから、千尋の頬をツンツン、ぷにぷにと悪戯を。
「クスクス、油断大敵だぞ」
「……やってくれましたねー?」
「ん? ……お、おい!? 重いからよせ!? だぁ、やめろと――」
「花嫁姿は女の子の夢 ! お姫様だっこも女の子の夢!! あららー、いっぺんに二つも夢が叶っちゃいますねー!! うりゃあああ!!」
……と、返り討ちに合っていたりする。花嫁をお姫様抱っこするという、企画にぴったりの姿を見せつけられながら――。
「フフ、こういう場でぴったりの事してるじゃなーい。あの二人もいい格好してるし……フフ、観客の皆さんも参加したらどう? 結構楽しいわよ?」
くすくす微笑みながら、ヨナ(
ja8847)は観客に手を振り、企画の楽しさをアピールする。何気ないその仕草でも、観客達の興味は退き付けられる。大体、ヨナの今の姿は、全身が薔薇で包まれていると言っても間違いではない。青薔薇のピアスに、白いバラをいくつかあしらったマーメイドタイプのウェディングド レス。随分良いオネエだ。
「あなた達も随分いい格好してるけど……どう? いい人とか居たかしら?」
「お、俺ですか? そ、そうは言われても、男の子っぽく振舞うので精一杯で、なんとも……」
「焔寿もそういう話題はまだ早いですよー……あ、このお茶美味しいですっ。上手ですね。焔寿も手作りスコーン振舞いますっ。ささっ食べてくださいー」
「あ、ありがとう。お、俺にもお菓子頂戴! ……です」
ユイ・J・オルフェウス(
ja5137)、そして逸宮 焔寿(
ja2900)はお互いにお茶を、お菓子を振舞って、お茶会を満喫中。
どちらもタキシード姿で、中々可愛らしい美少年さを醸し出しているのだが……まだまだ幼さが抜けていない。焔寿のウサ耳付きのホワイトラビットは間違いなく可愛 いし、ユイの精一杯頑張っている男言葉は保護欲を刺激するレベルの代物なのだが……それは女の子さが抜けていない事を意味する。
「や、やっぱり恥ずかしいですから……」
「こういうのって、楽しんだ者勝ちなのですっ」
「フフ……二人とこういう話題で楽しむのは、もう少し後になりそうね。でも……それも楽しみよ」
クスクスと未来を思って笑う青薔薇様に、笑顔の白兎に、てれりこてれりこなユイ。
お茶会の終わりは、まだまだ先のようである。
「ああっと! 大丈夫? もし良ければあたいがエスコートしようか?」
「あ……ごめん助かった。こういうドレス姿はやっぱり慣れなくて……頼めるか?」
慣れない水色のドレスを着て歩き、転びそうになった木花 小鈴護(
ja7205) 。そんな彼を紳士的に受け止める雪室 チルル(
ja0220)。
「わかった! それじゃああたいに任せてね! ええと、じゃあどこかでお茶でも……」
「――はい。では、こちらのテーブルが空いてますよ、お二人様」
そこを恭しく一礼し、空いているテーブルまで案内する女性は綾川 沙都梨(
ja7877)。黒のミラーグラスをかけ、髪をオールバックに纏めた彼女は、クールに静かに花嫁を花婿を送る。
「どうぞ、綺麗な花嫁。美味しい紅茶ですよ」
「あ、ありがとう……というか、綺麗って……恥ずかしいんだけど」
「いえいえ、これもお仕事ですから……ね」
照れて若干涙目になっている小鈴護に、薄く微笑みながら対応する沙都梨。沙都梨も沙都梨で、エスコートする男性役を結構楽しんでいる ようである。
しかし、そうなると、最初にエスコートしていたチルルだって黙っていられない。
「おおっと! あたいもお茶くらい振舞えるよ! さあさあ、あたいのお茶も召し上がれー!」
――こうして、花嫁争奪戦も勃発する。まあ花嫁の数が、花婿より少ないのだから仕方ない事である。ある意味確定事項だ。
お茶会は続く――けれどこれはコンテスト。
終わりの時と、結果発表の時は、必然的に来るのである。
最後に、やたらテンションの高い主催者兼司会者が、祭りの幕を閉じる。
●六月の花嫁と花婿と
「それでは、結果を発表致します! まず六月の花嫁は、可愛らしい衣装が可愛い容姿に似合っていて、しかも笑顔で美味しいクッキーを振舞っていた、権現堂幸桜さんに決定だー!! 観客の男達、騙されるな! 確かに可愛らしいがアレは男だぞーー!!」
「あ、ありがとうございます! そ、そんなに似合ってますか? ……でも、なんで観客の男の方々は、そんなに驚いているんですか?」
「驚くに決まってるだろー!! と、続いては六月の花婿! これは給仕とエスコートでお茶会を盛り上げていた御堂玲獅さんだー! 解ってるねぇ彼女! そう! 花婿は花嫁達を目立たせる役目! 自分から目立っちゃあいけない! 自然な所作で皆を引き立てていた貴女に決定 だー!」
「あら? ありがとうございます。人生、何事も経験ですね」
「続いては特別賞ー!! なんだこの気合の入った弁当はー!? 趣旨を無視して白無垢で入場しようとしやがってー! だが美味い! 美味すぎる!! この味の前では、特別賞も仕方なし! そんなキミは六月の料理人! 水無月沙羅さんー! 貴女の弁当美味かったぞー!」
「まさか観客席から受賞するとは思いませんでした……でも、ありがとうございます。楽しんで貰えたのなら何よりです」
「これにてコンテストは終了だー……さあ、最後に記念写真でも撮るとしよう! さあ、そこのスモークピンクのタキシードのキミ! 締めの写真をよろしく頼むぜ!!」
「ほ、ほみゅ!? ボクが!? ど、どうしよう……」 突然指名された飯島 カイリ(
ja3746)は、当然の事ながら慌てふためいてオロオロしている。
最後の記念写真を撮りたいとは思っていたが、まさか主催者からお呼びが掛かるとは思っておらず、突然の事態に頭はパンク寸前だ。
そんな彼女をフォローするべく、日比野 亜絽波(
ja4259)が動き出す。ドレスやヴェールが長い者達は、移動するのも一苦労。そんな人達に、最後のエスコートを施して写真撮影の準備を進める。
「お手をどうぞ、花嫁さん……ほら、そこもう少し寄り添って。花婿さんは背筋伸ばしてね」
写真屋さんさながらに衣装の乱れも直したりして……そして最後には、カイリに向けてウインク一つ。最後の最後に、見事な花婿振りを披露した亜絽波であった。
そしてカイリも ……その間に準備は整えていた。慌てていた心も落ち着いて、後は写真を撮るだけ。
「よーし、それじゃ皆笑ってねー……それっ」
パシャリ。
そうして撮られた写真は、姿形性別、全て混沌としたかなり変わったものだったけれど。
間違いなく最高の記念写真になったのであった――。