●問題は強さではなく
アレと戦わねばならないのか――それが撃退士達全員の意見であった。
「一応、梅雨の風物詩ではあるけど。 さすがにあんなになると気持ち悪さしか感じないよねぇ……山本さんはどう思う?」
「……僕的には、何でこんなところで徘徊してるのかって事が疑問……巨大カタツムリが横断歩道渡ってどこ行くかは知らんが……信号くらいは守れ……」
「そうだね……」
神喰 茜(
ja0200)、そして山木 初尾(
ja8337)の両名はヌメヌメヌタヌタ這いずる巨大カタツムリを見つめて呆然としてしまう。いや、話は聞いてたけど実際に見ると、かなりのインパクトがあるのだ。カタツムリは元来の大きさだからこそ風情があるのだと、二人は心から悟った。
「うーん、一応ディアボロ? だし、退治しなくちゃね……? ちゃんとお仕事するよ!? 上にのって遊んでみたいとか思ってないからねっ!?」
竜宮 乙姫(
ja4316)が、何か恐ろしい事言っている。アレの上に乗って遊ぶだと? あの巨大軟体生物の上に跨る姿は、メルヘンを大きく通り越してホラーの領域だ。作り物の、デフォルメされたぬいぐるみ的なカタツムリなら兎も角、アレはリアルで大きいカタツムリなのだ。ちゃんとお仕事しないと駄目なのである。色んな意味で。
「すごくおっきいねー……エスカルゴのバター焼き、何人分になるんだろう……」
「……!?」
天月 楪(
ja4449)は更にとんでもない事をのたまっていた。食うのか。アレを食うつもりなのか? そりゃまあフランス料理にカタツムリというかエスカルゴを使用する事はあるが、アレとコレは別物だろうて。現に周囲の仲間達数名は、驚愕の眼差しで楪を見ている。
楪、恐ろしい子……ッ!
「……まあ、それはそうと、そろそろ奴等の駆除に行きますか……聞いた限りでも、遠目で見る限りでも弱そうな相手だが……油断はできないな」
若杉 英斗(
ja4230)は視線の先でヌメヌメしている敵を見つめながら、むぅと唸り声を上げる。
事前に聞いた情報でも、そして今見る限りでも敵の強さは然程でも無い。動きは遅いし、集った撃退士の数も多い。何とでもなりそうな相手だ。
だがしかし……ああ、嫌な予感が先程から消えやしない。
「マリオン先輩と一緒だから、情けない姿を見せないようにしないと。ううん。寧ろ、僕があの人を一生懸命補佐しないとだね……! よぉし、頑張るぞ! ……でもヌルヌルな先輩も見て――はっ!? い、いや、あの、マリオン先輩? 違いますからね!?」
「……いえ、大丈夫ですよ。むしろ私自身、あの敵に圧し掛かられて色々と大変な目に合う気がしないでもないですから……いざと言う時はお願いします統真様。手遅れになる前に」
「マリオン先輩ーー!?」
不吉な言葉を言うリネット・マリオン(
ja0184)を、如月 統真(
ja7484)が必死に押し留める。
一体リネットは何を想像し、どんな未来を思い描いてしまったのか。そして統真はリネットを悪夢の未来から救い出すことが出来るのか。答えはまだ解らない。全てはこれからだ。
「ではそろそろ参りましょう……皆さん、周囲の地図を用意しておきました。これで遠距離から攻撃しやすくなると思います。後は……各自、御武運を」
御堂・玲獅(
ja0388)が用意してきてくれた地図を手に取りながら、皆は覚悟を決める。
ここまで来たら、後はもうなるようにしかなるまいて。ここから先は実際に戦ってみなければ解らぬ事。
戦闘が始まる。ヌメヌメ蠢くでんでんむしとの、ヌメッた戦いが。
●まずは様子見?
下妻ユーカリ(
ja0593)。彼女の取った戦法は、詳細の解らないヌメヌメカタツムリに対して有効な戦法であったと言える。動きの遅い、近接攻撃だけの相手。黒百合クライミングと言う名の壁走りで車両用信号機の上に駆け上がり、カタツムリの上から苦無を投擲して攻撃する。
まさに完璧。これでヌメヌメされる事もない。にやりと笑みを浮かべたユーカリは勝利を確信する――が、すぐにその顔は引き攣った。
登ってきたのだ。物凄く遅い速度だが、ぬめりぬめりと巨大カタツムリが、苦無の攻撃を受けながらも信号機をつたって迫ってきたのだ。十分にホラーな光景である。
「あ、あわわわわ……礎くん! 礎くーん! たーすーけーてー!!」
むしろ逃げ場の無い信号機の上で戦々恐々なユーカリ。
もっとも礎 定俊(
ja1684)がその現場を黙って見ている筈は無く――すぐさまフォースを放ち、ホラー映画さながら迫っていたカタツムリを吹き飛ばしたが。
「いやいや、大丈夫ですか下妻さん? ……うーん、あのままだとどうなっていたのでしょうかね。……あの腹の下ですり潰されるのはゴメンこうむりたいですよね」
「怖い事言わないでよ!?」
考える定俊に、ぎゃあぎゃあとわめくユーカリ。だがしかし、敵であるカタツムリはまだまだやる気十分のようだ。ヌメヌメ動きながら再び距離を詰めてくる――。
そしてある場所では、カタツムリと言えば――的な代物を使って攻撃するものも。
食塩片手にいい笑顔をしているカーディス=キャットフィールド(
ja7927)だ。
「ヒャッハー汚物は消毒だー! ……と、そうですか効きませんか。おお、主よ食物を無駄にした私をお許しください……って、アッーー!?」
見た目は確かにカタツムリだが、実態はディアボロである。塩なんぞ効かねぇのである。
で、あるからして塩を塗布できる距離まで接近したカーディスの末路は言うまでもない。巨大カタツムリの下、現在進行形でもがいてる最中だ。既に右手しか見えていない。大ピンチだ。
楪がきゃわきゃわ騒ぎながら銃を撃ったりして、何とか救出しようと試みているが……まだ時間は掛かりそうだ。カーディスの無事を祈るばかりである。
そして、カタツムリの下敷きになっているのは一人だけではない。神月 熾弦(
ja0358)に迫るカタツムリの前で、どこかの映画の主人公のように、女性を護るヒーローのように立ち塞がった英斗なんかも現在潰され中だ。格好良かったのは颯爽と飛び出した所までである。その後は無惨。
「うんしょ、うんしょ……もう少し待っていてくださいね若杉さん。どうにかして引っ張り出しますからー」
カタツムリの殻を押したり、ハルバードを用いたテコの原理で救出しようとしていた熾弦は、最終的に英斗の足を引っ張って、何とか引き出している。現在、どうにかして英斗の下半身までは表に出た。後一歩だ、頑張れ熾弦!
無論、カタツムリの接近圧し掛かり攻撃を避けつつ、善戦している者達も居る。
茜と初尾のペアである。分身やサイドステップを駆使して、ヌメヌメ攻撃を避けながら着実にダメージを与えていた……うん。与えていた。それは間違いない。間違いないのだが。
「うわぁ……私の刀、ヌメヌメしてる……ああ、糸引いてるし、粘つくし……やだなぁ、大丈夫かなぁこれ……?」
「こっちもだ……何の為の仕込み刀だ……出て来るのが刀身じゃなくて粘液って、どんな悪夢だよ……」
愛用の、自らのV兵器のヌメヌメ具合を確認して、ものっそいしかめっ面の両名。
既に原型を失くすほどヌタヌタになった刀達。だが、もし相手の攻撃を受ければこのヌタヌタ具合が自ら体に刻まれてしまう。それを思うと背筋の凍る二人である。
そのようにどこもかしこも、ヌメヌメ地獄に苦労していた。
だが、時既に遅しというか――どっぷりヌメり過ぎてしまった者達の姿も。
●ヌメヌメする者達
「にゃぁ……服も体も、下着まで……全部ヌメヌメしてるよぉ……ふにゃあ……」
乙姫が、猫娘が、ちうがくいちねんせいの女子が、身体全体を粘液に塗れながら悩ましげな声を上げていた。顔もなんか火照ってるし、色んなところが糸引いてるし。
いかん。非常にいかん光景だ。こう、道徳的な意味合いで大変な騒ぎになりかねない。
「竜宮さん……大丈夫……ですか……? 大丈夫、でしたら……こちらの、援護、をぉ!?」
そんなヌメヌメ猫娘を護るべく、玲獅が盾構えて必死こいてカタツムリの圧し掛かりを抑えている。さしもの玲獅も、このカタツムリの巨体を盾で抑えるのは重労働すぎであるらしい。ふぬぬぬと可愛らしくも勇ましい声を上げながら、凄く頑張るアストラルヴァンガード。
他の場所では、リネットなんかが、そりゃあもう「良い子は見ちゃいけないよ?」な世界を作り上げている。カタツムリとのコラボレーションで、青少年の純情を爆発させかねない世界を!
「あぁん。駄目です統真様……そんなところを触っては……もっと優しくしてくださいぃ……」
「マ、ママママママリオン先輩!? 変な声出さないで下さいよ!? それに優しくって言われても、力入れなきゃ引っ張り出せませんよ! 少し我慢しててくださいー!!」
全身をヌメヌメさせながら、艶声あげるリネット。カタツムリに纏わりつかれて、非常に、非常に危険な状態だ。生命力の問題ではなく、もっと別な意味合いで。
事実、まだまだ若き男の子である統真は、リネットを救い出す際に軽い混乱状態になってる具合だ。まあ、刺激が強過ぎたのだろう。何の刺激が強いのかは、言わぬが花なのであるが。
「わ、若杉さん? 二人揃って潰されては、脱出するのも一苦労ですよぉ……」
「す、すいません神月さん! ……ええい、この! へばりつくなこいつ!! ってああ、ヌメヌメするぅ!?」
熾弦と英斗の二人も、現在密着状態でカタツムリの下敷きだ。
敵の攻撃力は高くなく、本当にヌメヌメしてるだけなのだが――これが大変よろしくない。武器もヌメルし体もヌメルし、二人揃ってヌメヌメしてるので抜け出すのも一苦労だし。
「おおお!? こ、これは想像以上のヌメリ具合! 満遍なく粘液を纏わりつかせるこの攻撃は、確かに不快指数が鰻上りに上昇して……というか離れなさい! はやくどかないとこの釘バッドで――ああっ、既に粘液バッドに!?」
定俊が何度も振り回していた釘バッドは、既にヌメヌメに塗れて見るも無惨な状態だ。勿論振り回す定俊自身も、全身を余す事無くヌーメヌメ。
「あああ、礎くんが大変な事に……でもでも、アレと真っ向からぶつかるのは嫌だし、私の今回の役目は距離を取って引っ掻き回す役だし……あああ、私はどうすれば!?」
苦無投げて援護を続けながら、ユーカリは割と真剣に思い悩む。年頃の女の子である以上、あのヌメリ地獄に突撃したいとは思えない。けれど仲間はピンチ? だし、このまま援護射撃に徹していていいものなのだろうかー、と。
まあ、そんなユーカリの悩みとは裏腹に、定俊はヌメリにも屈さず、粘液バッドを手にばっこんばっこん敵をブったたき中なのだが。
「……ふ……ふふふふふ……テメェ! いい度胸だ! 俺に喧嘩を売ったこと後悔させてヤンヨ!」
「ふみゃあっ!? カーディスおにぃさんの目付きがかわったー!? ああ、あのにょーんってのびたツノがメタメタにされていく!?」
散々ヌメヌメさせられて、遂に怒りが頂点に達したのか。カーディスがスタンプハンマーを両手で持って巨大カタツムリを押し潰していく。最早、血に飢えた暴徒にしか見えない。
そんな人の変わったカーディスを見て、プルプル震える楪。余程怖いのだろう。敵と味方、どっちが怖いのかはあえて言わないが。
そして戦闘は佳境へと。いかにヌメヌメが凄まじかろうと、敵の能力自体は弱い。
そうなればヌメヌメに慣れた――別に慣れたくはないのだろうが――慣れた撃退士達の敵ではない。
●勝利――けれど身も心もヌメヌメで。
「あ、あははは……やっぱり全部避けるのは無理だったかぁ。解ってはいたよ? 私はどちらかと言うと斬ったはったが専門の剣鬼だから……」
「あ、あの神喰さん? そのヌメったのは僕も同じだから。帰って風呂入れば、多分元通りだから……その、少し冷静に……」
「冷静だよ私。冷静に――あいつら斬り捨てに行くだけ」
随分怖い笑みを浮かべて、粘液塗れの茜が駆けた。初尾の静止も何するものぞ。一振りの刃と成りて、巨大カタツムリを一刀両断。その有様を見て、初尾は敵を少し憐れに思うのだった。
とは言っても口には出さず――そもそもこのヌメつきで気分が落ち込んでいるから、口に出す余裕が無かったのだが。
他の地点でも、順々にカタツムリ達は倒されていく。
山をも砕くリネットの破山が、カタツムリの殻諸共打ち砕く。
ヌメリながらも殴り倒した英斗が、額の汗を――粘液と共に拭う。
カーディスのハンマーがぺしゃんこに押し潰し、乙姫のエナジーアローが粘体を射抜く。
そして最後の一匹を定俊が殴り殺して……ヌメヌメの戦闘は、ようやく終わりを告げた。
だが、歓声は上がらない。勝ち鬨も無い。あるのは虚脱感だけである。
「……ヒール必要な方、いらっしゃいますか? まだ余裕ありますよ?」
「私もまだ何回か使えますからどうぞ……お風呂にも入りたいですけど」
玲獅と熾弦は、非常に疲れた様子で負傷者の確認を行った。
盾で何度も押しとめていた玲獅。そして仲間を助け出す際に、一緒に潰された熾弦。
どちらも魂が抜けたような顔になっている。女性陣、本当にご苦労様である。
「でんでんむしすごかったよねー……きっとあのでんでんむし六匹が一箇所に集まれば、合体して巨大化して、それはもう凄い強敵に……」
ユーカリはそこまで言って口を紡ぐ。自分で言った事ながら、とんでもない恐怖だ。
アレが更に巨大化するとか……悪夢にも程がある。
「何か……実際の負傷以上に、疲れた気が致します」
「しっかりして下さい。ええぇっと、タオルタオル……!」
唖然呆然としているリネットに、顔を赤らめながらもタオルを差し出す統真。
やはり今のこの状況は大変よろしくない。皆ヌメヌメ――特に女性陣の姿は、その、天下の往来で晒していいような状態ではない。タオルでふきふきして、少しはヌメリを取っているが、全体的にまだ粘ついたままだ。一刻も早く風呂に入らねば。
「みんなトラウマ間違いなしだよねぇ……私だって……うう、まだヌメってるよぉ……」
もじもじしながら、一体乙姫はどこがヌメっているのだろうか。猫耳か? しっぽか? それとも――否、それは考えてはならない。探ろうとしてはならない。禁断の領域なのだ。良い子は詮索してはいけないのである。
「地面、ぬるぬるしてますけど……どうしましょうか?」
「……掃除して帰る……余力は無いよな。皆もう、ボロボロだし」
楪が気持ち悪そうに地面を触っているのを見て、英斗が提案――しかけてやめる。
うん。無理。全員、早く風呂に入りたいのだ。このヌメヌメをどうにかしたいのだ。
ディアボロは倒したのだ。それでいいじゃないか……そうして、全員帰路に着いた。
ヌメヌメする体を引き摺って――ダメージは皆無に近いのに、疲労困憊の体を引き摺って。