●はとぽっぽ
公園内でうろついているその連中を見た時――撃退士達の第一印象は「大きい」の一言に尽きた。
大型犬程のサイズの鳩が、ぽっぽぽっぽと鳴きながら徘徊している。遠目から、本当に遠目から見れば平和そうな光景だが、それはまやかしであろう。当然の事ながら、あんな巨大な鳩が居る訳が無い。あれはただ、鳩に見えるだけの……天魔だ。
「公園でベンチに座って眺めているのは好きなのだがな……ふん、ここまで大きいとあまり愛着はもてんな?」
神谷・C・ウォーレン(
ja6775)は冷たく鳩ディアボロを一瞥し、そう言い捨てた。
眺めているだけなら平和の象徴。しかし、鳩が平和の象徴なのはあの見た目に加え、その大きさも含まれているのだと実感する。早い話、あそこまで大きいと別の生き物にしか見えない。
それに、平和の象徴だからと言って――それが何だと嗤う者達も居る。
「平和の象徴ねェ……ちょうどいいわァ、平和なんて叩き潰してやりたい所だからねェ……♪」
「そうよねぇ。平和の象徴である鳩を殺すだなんて……。あぁ、ゾクゾクしちゃう♪」
黒百合(
ja0422)、そして紅鬼 蓮華(
ja6298)の二人の乙女。共に恍惚とも言える表情で、大きな鳩を見つめて、にたぁと笑っている。
あれか。何か平和に恨みでもあるのか。お互いに大鎌やらハルバードを抱えてウフフウフフと笑っている。正直言って怖いこと限りなし。
そんな二人を横目に見ながら、フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)もまた戦意を高める。
「……うむ。隣の二人は若干怖いが、その意気や良しといったところだな。こちらは鴨撃ちならぬ鳩撃ちをしようとするところ。むしろ容赦が無い方が良いか……くく、元々天魔の分際で一丁前に縄張りなど笑止千万。身の程は死を以ってわからせるとしよう」
「とは言え、油断はなさらぬようにフィオナさん。奴等は空を飛ぶと聞いています。接近戦を仕掛けるには不利な相手です……飛ばせないよう戦いましょう。ここで対空戦を学んでおくのも一つの手です」
自信に満ち溢れたフィオナの横で、戸次 隆道(
ja0550)が冷静に敵を見ながら彼女を諌める。隆道の内にも戦闘時に燃える心はあるが……それはそれとして目的達成、依頼の遂行を常とする。地を駆ける者が翼を持つ者に勝負を仕掛けるには、それ相応の術理が必要となる。
猛るのは、心の内だけと戒めているのかもしれない。
「それにしても……やはり可愛げが無い。随分でかい、でかすぎます。……そしてあの巨体で突っついてくるのでしょう? 駄目ですねやはり」
「そうよね。誰がやったのかは知らないけど、趣味が悪いわね……見た目は可愛くてもディアボロはディアボロなのよねぇ。最初の予定通り、遠距離からの攻撃で包囲殲滅。早く倒してしまいましょう」
エリス・K・マクミラン(
ja0016)、インニェラ=F=エヌムクライル(
ja7000)の二人はこれ以上、あんなデカ鳩見ていられないと動き出す。まだ鳩はこちらに気付いておらず、呑気に散歩中。今の内に陣形を整えて、遠距離から先制攻撃してしまうに限る。
あんな巨体に突っつかれたら、間違いなく痛いのだろうし。
「ところであいつら豆食べるかなー、豆。いや、一応持ってきたんだけどね、ほら豆」
「……そんなものを放っている暇があったら攻撃していろ染」
「ちぇー。じゃあまずは先制で撃ってくれよー。そしたら斬りかかりに行くからさー」
豆の入ったポーチから手を離し、ハンドアックスを肩に担ぐ染 舘羽(
ja3692)。そんな舘羽のすぐ近くでは、影野 恭弥(
ja0018)がただただ冷静に銃口を鳩に向ける。
意気込みも性格も異なる言動と対応だが――目的は同じだ。目前のディアボロを討つ、ただそれだけの為に。
「チャンスが来るのを待つ……」
服部 真夜(
ja7529)は息を殺し、刃を振るうその瞬間を待つ。
その時は一瞬だ。戦いが始まるその刹那――先手を打つ、その一瞬。
●撃て撃て撃て
範囲に入った――その距離まで接近したとき、流石の鳩達も撃退士の存在に気付いていた。
呑気そうにぽっぽぽっぽ鳴きながら歩くのを止め、首を動かし撃退士達を見る。
だが、すでのその時、攻撃の手は襲い掛かる。
「アハハハハハァ、燃えろゥ、燃えろォォォォ、燃えて尽きて死ねぇェェェ!!」
「――焼き尽くせ」
黒百合が、アウルの力で呼び出した赤黒い炎。合わせて放たれた、恭弥の撃つナパーム弾の如き魔法。二種の炎は一直線に鳩達を襲う。獣を喰らうかのように、燃え盛り焼き尽くし、白き鳩の姿を朱と黒に染めていく。爆撃の焔が、炎の渦に包み込む。
先制攻撃。空を飛ぶ敵に対して、おそらく最初にして最大の好機。
他の撃退士達も続く。弓を番えて、銃を向けて、黒百合と恭弥の炎に続く。
「さあ、くるっぽ達が反撃する前に、一杯お見舞いするわよぉ♪ 矢だらけにしてあげる♪」
「まだ最初だけど……今が銀幕を降ろす絶好の時。蜂の巣になりなさい?」
蓮華の番えた長大な洋弓から矢の一閃が、インニェラの開いたスクロールから魔法の光球が。
巨大な鳩達を撃っていく。遠距離から連続して、その身体を穿つ。
そして穿つ者はまだまだ他にも。神谷の銃撃も、鳩の体に命中する。
だが――。
「ふん。銃の方は効果が薄いか。だが、ならば魔術に移るだけの話……こちらは甘くはないぞ。精々燃え尽きないようにな」
持ちし武器をマグナムから祈念珠に変え、新たに敵を見据える。銃撃だけが攻撃ではない。神谷の攻撃には魔法も残っている。銃が効かぬのなら効く技でやるまでだ。
それに、攻撃の手はまだまだ終らない。遠距離攻撃の流れに続き、舘羽が一気に距離を詰める。
「ほら行くよ……よーい、どん!!」
縮地。飛ぶ鳥を落とす前に、そもそも空を飛ぶ前に接敵し、勢い良く手斧で薙ぎ払う舘羽。
敵を自由になどさせはしない。空へ舞うというのなら、舞わせないまでの話。先手必勝。
それはエリスも理解していた。打撃が主の彼女にとって空を飛ぶ敵は相性が悪い。
故に――最初の好機は逃さない。
「一気に数を減らしてしまいましょう。……あまり突っつかれたくないですからね。ましてや手の届かぬ上空からなんて、想像したくもありません」
拳にアウルを集中させ、鳩の身体を殴る。衝撃は黒炎となり、一直線に突き抜ける。数匹の鳩ディアボロがその黒炎に巻き込まれ悲鳴を上げた。
撃退士達の怒涛の攻撃は、一気に敵を攻め立てる。遠距離から攻め、包囲し、一気に。
だが――敵とて柔ではない。動かぬ木石ではない。翼をはためかせ、空へ登り、怒りと共に急降下。鋭い嘴で攻め込んでくる。
フィオナがそれを迎え撃つ。防壁陣によって強化された鎧とぶつかり合い、敵の急降下を防ぐ事に成功する。反撃とばかりに大型剣で斬り返すが――フィオナの顔には若干の冷や汗が。
「――成る程。所詮は鳥獣の類と思っていたが、なかなかやるものだ。速く重い一撃。撃退士二人を返り討ちにした力は伊達ではなかったか……だが、な。盾となるのは我の仕事だ。同じ円卓……それも三席がいる手前、一席の我が無様は晒せんよ」
尚も迫ってくる鳩の嘴の前に立ち、後衛の仲間の盾となるフィオナ。防御の高い彼女故の、騎士たる心得を持つが故の行動。不退転の意思と共に、フィオナは敵の前に立ち塞がる。
そして彼女が盾になるなら、打って変わって剣になる男がそこに。
「……我が心に恐れなし。これが獅子の一撃だ!」
迫り来るディアボロの嘴から一歩も引かず、迎え撃つ隆道。空を舞う敵の横や背後に回り込むのは至難の業。空に居る以上、攻撃を当てるのも難しい。
ならばどうするか――降りて来る時を、攻撃してくる時を狙うより他にない。
紫焔が燃え上がり、目にも止まらぬ速度の蹴撃が嘴を突き出す鳩の体に抉り込む。
隆道の体にも嘴が当たり、顔を顰めるほどの痛みが襲ってきていたが――隆道の蹴りをまともに受けたディアボロはその程度では済まされない。一撃で、その命が絶たれていた。
最初に浴びせかけた遠距離攻撃で、かなり敵は弱っている。あとは敵の嘴攻撃に注意を払い、突っついて来た相手に攻撃をぶち当てるだけだ。弱った鳥はそれで落ちる。
再び空に舞い上がったとしても――問題は無い。空にも届く攻撃が撃退士にはある。
「逃がさんぞ」
飛ぶ鳥を落とすように、真夜の投げた影手裏剣が命中する。
空に居るだけでは敵に勝ち目は無い。降りて来いと、撃退士達は攻撃を持って誘う。
そうして鳩の群れが地上に舞い降りた時こそ――狙い時。
●しかして、敵の攻撃も中々鋭く
「ちぃ……そうだな。空を飛べるのだから、こちらに攻撃を届けるのも容易いか」
前衛を文字通り飛び越えて迫ってきた嘴を、ぎりぎりのところで、緊急障壁で防いだ神谷が冷や汗を垂らす。空を飛ぶ相手にとって、前衛後衛は殆ど距離の問題でしかない。前衛を守りを抜けて襲い掛かってくる事が多々あった。
「怖いわね。私が受けたら一撃であやういかもしれませんわ。できるだけ急いで苦しみから解放してあげないと……勿論、活動の停止、という意味でね?」
合間を縫って雷矢を撃つインニェラも、時折迫ってくる嘴に何度か肝を冷やしていた。
敵の攻撃方法は接近戦のみだが、敵の移動方法に関しては考えが甘かったのかもしれない。空に舞い上がり、そして降りて攻撃するを繰り返す巨大鳩。本当に可愛いのは見た目だけで、その強さは確かなものだった。
「けど……くるっぽの数もあと少しよぉ。ふふ、飛び回ったくるっぽには、少しきつめのお仕置きをしてあげないとねぇ♪」
くすくす笑みを零しながら、蓮華は上空にいる鳩に向かって矢を放つ。
確かに、既に残っているディアボロの数は少ない。中々厄介な相手ではあったが、鳩が接近するタイミングや、上空に居る際にも放てる攻撃の存在もあって、ディアボロ達は次第に弱っていったのだった。
そして弱った鳩を倒すのは簡単な作業。鳩の急降下攻撃を受けつつも、その銃口を押し当てて。
「さァ、脳髄ぶちまけ、はらわたを晒せェェェ♪」
零距離にてショットガンを放つ黒百合。至近距離から散弾を受け、また一匹鳩が沈む。
まだ飛ぶ鳥は居るが問題ない。冷静沈着に、恭弥の弾丸が撃っていく。
「……空にいるならそれでもいい。こちらからすれば的だからな」
弱ってる敵に狙いを定め、敵の数を着実に減らしていくその銃撃。言葉もいらず、ただ行動で己を雄弁に語りながら、宵闇に潜む射手の弾丸が鳩を穿っていく。
空にいるならば撃てばいい。その単純な答えに、多くの鳩は傷ついていく。
その様を眺めながら、舘羽は口笛一つ。
「ひゅう。豆は食わないけど、別の物は随分食ったみたいだねぇ……ほら、降りてきなよ。あたしの斧とか、まだまだ食べ足りないよね?」
空の上で苦しむ鳩を手招きする。戦闘の全てを楽しむためには、片方が空の上に居ては楽しみ足りない。こっちの攻撃が当る距離まで降りてくれなければ――。
そして、そんな挑発に釣られてか否かは解らないが、何度目かの突っつきを敢行するディアボロ。最早、本当に何度目なのか解らない。それだけ多くの攻撃を受け、あるいは避けていた。
「……正直そろそろ本気で鬱陶しくなってきました……! そんなに突っつきたいならパンでも突っついていてください! 私達は食べ物ではありませんよ!」
自身を突っつきに来た個体の横っ腹を、その拳で殴打するエリス。
可愛い外見の癖に厄介極まりなく、でかい体の癖に空を舞い、おまけに攻撃が痛い――あらゆる面で面倒な敵だった。エリスが攻撃と共に愚痴を零すのも致し方ない。
だがそれも、もう終る。最後の一匹が突貫し、その正真正銘最後の突撃をフィオナが受け止める。騎士の鎧と心得は、鳩の嘴程度で貫かれはしない。しっかり防ぎきったフィオナは隆道に目を向けて。
「さあ戸次。見せ場はくれてやる。鳥獣如きに後れは取るなよ?」
「取りたくても取れないな。この状況では、な」
好戦的な笑みを浮かべて、隆道が、獅子が吼える。
地にさえ降り立ってしまえば、獅子が鳥に負ける道理は無い。フィオナが受け止めたその隙を狙い、隆道の蹴りがディアボロを抉る。
激しく転がり、そして動かなくなるディアボロ。それが、敵の最後の姿だった。
●後始末
「好機を探すのが難しい相手だったな……」
全てが終った後、真夜は戦いを振り返りぽつりと呟いた。
空を舞う敵。攻撃のチャンスが限られており、中々に強敵であった。なんとか倒せたものの、もっと良い手があったのではないかと考えてもしまう。
とは言え、勝ちは勝ちだ。文句無しに勝利した。これで犠牲になった撃退士二人も浮ばれる。
「鳩恐怖症になってなければいいがな……私も今回何度か肝を冷やしたからな。実際に集中攻撃を受けて倒れた件の撃退士は、さぞ大変な目にあったのだろう」
神谷も先程の戦いを振り返り物思いにふける。空から強襲するあの嘴攻撃は、目にした者でしか解らない恐怖がある。何せでっかい鳥が嘴突っつきながら、空から接近してくるのだ。
正直、夢に出てきそうなのである。
「……こういう敵とは二度と戦いたくないですね。疲れました本当に」
はぁ、と心の底から溜息を吐くエリス。敵に可愛げは無いし厄介だし……本当溜息も出るってもんである。
「そう? 私はもっともぉっと殺したかったわよぉ♪ こう羽根をもぎ取り足を削いで……ふふ、うふふふふ……」
何だか怖い笑みを見せる蓮華。どうやら彼女的にはいたぶり足りなかったようである。倒れている鳩ディアボロの骸を見つめて、クスクス笑っている。まるで鬼のような暗い笑顔。
「……いずれにせよ。これで終わりだろう。戻って報告するぞ。もう此処に用は無い」
最初から最後まで終始冷静に――恭弥は冷めた眼差しで終った戦場を一瞥し、踵を返した。
仲間達もそれに続く。戦いの終ったこの場所に、もう用は無い。
「……これで終幕ね。おやすみなさい。もう幕を上げては駄目よ?」
鳩の骸に目を向けて、魔女が、インニェラが終焉の幕を降ろす。
大きな体で徘徊した、危険極まりない平和の象徴はこうして倒れた。
もう、おかしな劇の幕が上がる事は無いだろう――。