●子供の居場所は
「子供を助けたいなら落ち着いて教えてくれ……最後に一緒に居た場所、出来れば手を離す直前を思い出せないか? どんな些細な事でもいいんだ」
千葉 真一(
ja0070)は、半ば恐慌状態にある件の母親に対し、落ち着いた口調で問い掛けていた。ショッピングセンターに残された幼子二人。この二人を助け出す為には、撃退士の力以外の物も必要になる。情報と言う名の手助けが。
「わ、わたし、忘れ物があって……車に取りに戻ってて……それで、二階に子供達置いたままで……あ、ああああ!」
「大丈夫。大丈夫ですよ……二階、ですね。安心してください。貴女の子供達は、私達が助け出しますから」
御堂・玲獅(
ja0388)は震える母親に飲み物を与え、優しく背を撫で、落ち着かせる。結果的に子供を置き去りにしてしまった母親。その心境は言葉に出来ないほど荒れ狂っているのだろう。玲獅はそんな彼女を労わりつつ、得た情報を仲間達に知らせる。
「そうなると二階の捜索と誘導が重要になるな……もっとも、子供達が移動していた可能性もある。他所の捜索と誘導を疎かにする訳にはいかんが」
「どっちにしろ、時間との勝負ってことだな。よし、行くぞリョウ。二階の捜索は俺達だ。陽動班もそろそろ動き出す。遅れずに行こう」
「ああ……救い出す。必ず……!」
リョウ(
ja0563)、そして黒田 圭(
ja0935)はそれぞれ決意を新たにし、所定の位置へ向かう。
幸いにも、外部から通じる非常階段が使用可能であった。二人は今子供が一番居る可能性が高い二階へ向けて駆ける。情報を手に入れた以上、後はどれだけ早く動けるかが決め手となる。
ディアボロの魔の手が早いか、撃退士の救いの手が早いか。
一階非常口にスタンバイしている石田 神楽(
ja4485)と宇田川 千鶴(
ja1613)の両名も、息を整えて突入のタイミングを待つ。
捜索班が動き出すのは、陽動班が動き出した後。
早すぎても遅すぎても駄目。子供を救出し、尚且つディアボロを殲滅するには動き出すタイミングも計らねばならない。ともすれば今すぐにでも店内に駆け込みたいを衝動を抑えて。
既に子供達がディアボロに発見されている――その最悪の可能性だけは意図的に除外して。
「さて、間に合えばいいのですが……私達が突入するまで子供達は生きている。それだけを考えましょう。それだけを考えて、最善を――」
「そうやね、間に合わせんと……頑張ろうな。私らが足止めたら、それでお終いや。何があっても止まらんで……絶対に……」
脳裏に浮ぶは、既に犠牲となった逃げ遅れた人達の姿。
救えなかった命がある。間に合わなかった命がある。これ以上の被害を増やす訳にはいかない。
時は来る。突入する四人の誘導班。その仲間達の動きに続いて残りの六人が――小さな命を護る為、天魔が渦巻くショッピングセンターに足を踏み入れる。
●死地の中を
「さ〜て狼男さん達、鬼ごっこの時間だぜ! 鬼さんこちらだ! 全員来いってんだ!」
叶 心理(
ja0625)は銀と黒の二丁拳銃を操りながら、ディアボロが大量に徘徊するショッピングセンター内を、ひたすら目立つように「大暴れ」していた。
彼が受け持った範囲は一階。その決められた範囲、広い空間を、身を隠さずにあえて曝け出し敵の注意を惹く。危険すぎる行動だが、こうでもしない限り――無力な子供達を救う事は叶わない。
「あああああ!」
霧原 沙希(
ja3448)もまた、誘導班の務めを果たす為、全力で敵と対峙する。
獣の如き絶叫を上げながら、鉤爪と蹴撃が唸りを上げる。敵陣の真っ只中を突貫し暴れる。一匹一匹を倒す事に専念した戦い方ではない。己の身を敵の目に触れさせて、その脅威を一身に集める――数の差から考えれば、狂気にも等しい戦法。
二人とも、短い間に既に何度か傷を受けている。狼男と言っても過言ではない見た目のディアボロを十匹以上相手に、僅か二名で惹き付けているのだから。
「こいつは……結構やばいな。霧原〜大丈夫かぁ? まだいけるかぁ?」
「……私の事は気にしなくていいわよ。私が倒れたら、あなた一人で陽動を続けて」
共に背中合わせになりながら、荒い息を吐きながら視界に広がるディアボロの集団を見据える。
やはり数が多い。一階に徘徊するディアボロだけでもこの作戦に参加している撃退士十人を上回る数なのだ。二人だけでどうにか出来る数量ではない。
「馬鹿いうな……大体、俺一人でどうにか出来る数じゃないぜこれは。最後まで踏ん張れよ霧原。どっちか一人が倒れた時点で終わりだ」
「……少しでも長く、引き付ける為よ。それ以外に他意は無いわ。倒れられないのなら……最後まで倒れないまでよ」
例えその身が傷だらけになってでも――ある種、悲壮な決意を固めて誘導は続く。
心理の銃が再び敵を撃つ。沙希の四肢が再び敵を抉る。痛みも傷も流れる血も、その全てを振り切って、二人は戦場の真ん中でディアボロ相手に吼えて立ち向かう。
そんな沙希と心理目掛けて、多数のディアボロが一斉に襲い掛かった。
そして二階では――爆音が響いた。
月夜見 雛姫(
ja5241)が銃で撃ち貫いたカセットガスボンベがショッピングセンター内に轟音を齎す。
その爆発自体に天魔に対する威力は無い。だが、その音に誘われ、多数の――二階に徘徊していたほぼ全てのディアボロが集結しつつある。
(既に他の皆が救出を優先している。なら自分は敵を惹きつけ撃滅する事を優先にする――)
無表情に、冷静沈着に、迫るディアボロを撃っていく。ただただ敵の体を撃つ。接近しようと試みるディアボロを、自身の射程範囲に入るや否や拳銃の引き金を弾く。
そしてそれでも尚接近を果たしたディアボロには、もう一人の少女が、アレクシア・エンフィールド(
ja3291)が、大太刀を振るって暴風の騎士と成り迎え撃つ。
自在に動き回り、離脱しながら攻撃できたのは最初だけの話だ。既に二人とも傷だらけ。流れる血の量は多く、痛みは先程から消えはしない。一階の誘導班同様、やはり二人だけで相手取るには敵の数が多すぎる。
だが――店内に横たわる骸を見る度に、弱音など掻き消える。
興味は無い。死んだ者に興味は無い。既に潰えた命よりも、まだ残ってる小さな二つの命の方が大切なのは解っている。
けどそれとこれは――別物である。
「――貫け」
言い捨てて、アレクシアの手の中に黒き魔剣が生み出される。瞬時に射出。多数の剣群に貫かれるディアボロ達。減った敵の数は僅か――それでも彼女の戦意は衰えない。
傍では雛姫がディアボロに襲われ地面に押し倒されるが、雛姫自身がすぐさまディアボロの喉笛をナイフで掻き切り立ち上がる。ただ冷徹に敵を見ながら。
「……まいった。ディアボロ相手じゃ、死体なんて盾にもなりませんよ。撃滅して、生きて帰る事だけを考えてますけど……」
どこまで保つか、と呟く雛姫。どんなに善戦しようと、このまま二人で戦い続ければ勝敗の行方は明らかだ。圧倒的物量に押し潰される。
「……構わん。悪魔の眷属めらが何匹居ようと関係ない。どれだけの数で襲い掛かろうと我の成す事に変わりは無い。貴様等は今、此処で総て一掃してくれる。奪った命の代価、払わずに逃げれるなどと思うな――」
傷は深く勝ち目は薄い。けれども、その心は絶対不屈――。
●捜索
「もし俺が取り残されたこの状況で隠れるとしたら……くそっ、健太くん、あずさちゃん、どこだ!? 聴こえてたら返事してくれ!」
「……この付近に生命反応はありません。千葉さん、別の場所に急ぎましょう」
「そうだな……本当に二人とも居るのは二階か? どうする、一階に向かおうか……」
「……確かに、お母さんを待っている間に、玩具屋などがある一階に降りている可能性も高いですが、二階に留まっている可能性も同じようにあります。ですから……」
真一と玲獅。二人は二階の中でも、子供達が訪れそうな場所を中心に捜索を行っていた。母親が最後に別れたのは二階と聞いてはいたが、それはディアボロが出現する前の話だ。母親を待っている間に下の階に遊びに行っていた可能性も十分ある。
可能性としては二階のほうが大きいかも知れない。だが一階に居る可能性とてゼロでは無いのだ。
遠くからは、戦闘音も聴こえてきている。誘導班がそれこそ決死の覚悟でディアボロの注意を惹き付けている音だ。あの音が聴こえてくる度、二人の中に焦燥感が生まれてしまう。
「……頼むぜ。もう少し、もう少しだけ粘っててくれ……!」
「……行きましょう千葉さん。立ち止まる時間も惜しいです」
「ああ……!」
そして一階では千鶴と神楽が捜索を続けている。
子供の立ち寄りそうな玩具屋などは最初に探した地点だ。誘導班の動きが優秀だった分、敵の姿は見えない。死体だけが横たわる店内を、時には呼びかけて探す。
「健太ー、あずさー! ……あかんな。全然反応ないで。一階はハズレかもしれんな」
「可能性は高いですね。親とは二階で別れたと言っていましたし……場合によっては誘導班の援護も考えないと不味い状況ですよ。ここまでディアボロの注意を惹き付けることが出来たのは最高の結果ですが……裏を返せば、それだけ誘導班の危険が高くなっているという事です」
二人は言葉を交わしながら顔を顰める。
今の今まで千鶴も神楽も、ディアボロと遭遇していない。それつまり、全てのディアボロを、一階二階合わせて総数三十を超えるディアボロを、たった四人で惹き付けているということになる。
千鶴は床に倒れ伏している死体を見て、顔を歪める。ともすれば、仲間が今見ている死体と同じような形になってしまうかもしれない。いや、このまま子供達が見つからなければ、下手をすればその子供達まで――。
「……させんで。他に行こうや石田さん。これ以上犠牲者増やされたら堪らんわ」
「そうですね。これ以上日常が破壊されるのは私も我慢がなりませんから。次は――」
そして二人が新たな場所を捜索しようとした、刹那。
携帯が、鳴った。
「……よく頑張ったな。君達は強い子だ。さぁ、お母さんの所に行こう。俺達が必ず送り届ける」
「う……うぇぇぇぇぇん!」
リョウが、見つけ出した子供達と同じ目線にしゃがみ込み、その頭を撫でてやれば――子供達の瞳から、決壊したかのように大量の涙が流れた。
子供達の潜んでいた場所。それは――試着室であった。部屋という、個室の中。誰の目にも触れられず、何も見えなくなるその場所に子供達は身を潜めて、今の今まで震えていたのだ。
どれだけの恐怖の中に子供達が居たのかなど、考えるまでも無い。身も凍るような恐怖の中で息を殺していたのだ。叫びたくなるような絶望の中で声を殺し続けていたのだ。
ようやく差し伸ばされた救いの手に、涙が溢れるのは当然の事だった。
圭は、子供達を慰めるリョウを見ながら、仲間達に連絡を送る。これで捜索班の任務をほぼこなした。後は子供達を外まで送り届けて、ディアボロ達を叩きのめすのみ。
「リョウ。お前は子供達を抱えて脱出してくれ。俺はそこまでの道を切り開く」
「ああ、解っている。だが、一人で大丈夫か?」
「問題無いだろう。敵は殆ど誘導班が惹き付けてるんだ。下手すりゃ一匹も遭遇せずに逃げ出せる……それに、例え何匹立ち塞がっても変わらんよ」
圭はアサルトライフルをフルオートに切り替え、子供を抱えたリョウの前に立つ。
仮に今、全てのディアボロが立ち塞がろうと成すべき事は変わらない。子供達を待つ母親の元に連れて行くための道――その道を作り出すために戦うだけの話だ。
「さあ、行くぜリョウ。外まで一気に駆け抜けるぞ」
「解った――この子達を送り届けたらすぐに戻る。それまでは頼んだ」
●戦いの結末は
「汝はまだ……戦えるか?」
「戦えますよ……勝てそうにはありませんけど」
アレクシアと雛姫。二人の少女はズタズタの体で立ち上がり敵を見据える。長い時間惹き付けていたが、流石にもう限界だった。二人とも、ふらつく体と意識でどうにか務めを果たしているに過ぎない。
これ以上はどうにもならない――そう思った矢先、焔の翼を纏いし拳が敵を吹き飛ばし、ライトヒールの輝きが二人の傷を癒す。
「人々の幸せを脅かす貴様たちを、俺は許さん! ゴウライガの怒り、その身に受けろ!」
傷ついた二人に代わり、真一がその拳を振るって群がるディアボロを相手取る。傷ついているのは敵も同様だ。誘導班の決死の行動に、無傷で済んでいる筈が無い。
「遅くなって申し訳ありません。ですが子供は無事助け出せました……さあ、反撃開始と参りましょう」
玲獅が癒し、シールドを張り、反撃の態勢を整える。
柔らかく微笑む玲獅が、ひどく頼もしく見えた――。
「随分と好き勝手に暴れてくれましたね……次は、そちらが逃げ惑う番ですよ」
神楽の銃が火を吹いて、漆黒の大鎌が薙ぎ払う。捜索活動が終った以上、残る力は全て敵の殲滅に回される。今まで戦えなかった鬱憤を晴らすかのように、神楽は大鎌と銃を手に戦場を駆ける。
その姿を見て、全身傷だらけの心理は安堵の溜息を吐く。
「やば、かったぁ……本気で死ぬかと思ったぜ……でも、まだ終ってないんだよな。ああ、くそっ。ならもうちょっと頑張らなきゃなぁ!」
既に前衛に出れる力が残っていない心理は、せめて援護射撃だけでも成そうと銃を構える。
戦いはまだ終っていない。目の前には無数のディアボロがいる。
だから沙希も、まだ動く。荒い息のまま、傷だらけのまま――救い出されたという子供を脳裏に思い描いて。
(……きっと今頃、心配してくれる親の元で再会を喜んでいるのよね……醜い嫉妬。馬鹿みたい。そんなこと、考えてる場合じゃないのに)
浮んだ思いを隅に追いやって、彼女は再び鉤爪を振るう。体力は残り少なくとも、まだその威力は衰えない。
千鶴の動きも、沙希に何ら負けぬ勢いと移動力。白銀と黒が混じったオーラが足元を中心に吹き出し、戦場を駆け抜けて、直刀が敵を斬っていく。
「あんたらが殺した人の分、あんたら自身で償ってもらうで! 覚悟しときや!」
胸に疼く破壊衝動。その中にはきっと、理不尽を憎む仁の心も混ざっている――。
そして――逃げ遅れたディアボロを、圭のライフルが撃ち抜いた。
「……全部は倒せなかったか。けど、十分任務は果たせただろう……なぁ?」
「ああ、全てを塵に還せなかったのは残念だが……あの親子の笑顔は護り通せた」
圭が問い掛ける横で、リョウは武器を置き、送り届けた子供と母親の再会を思い出す。
不利を悟ったディアボロ達は壁を破壊し、外へと逃げ出してしまった。
それを思えば確かに残念だが――その残念を塗り潰すような、暖かな光景を護れたのは事実。
笑顔があった。涙交じりに、共に抱きながら、再び出会えた事に感謝する親子の笑顔が。