●柏餅作りの始まり始まり
さて――依頼を受け、件の定食屋に集まった撃退士一同。その数は二十五名。サクラとしては十分な数であり、今はまだ見た目だけの話であるが当初の目的は果たしたと言えるだろう。
これから、各々が定食屋のテーブルを使い、柏餅作りに励み、和気藹々とした空気を作り上げて客を呼ぶ……一同のやる気は十分であり、中には柏餅に入れる材料を独自に用意した者達の姿も。
具体例を挙げるならチーム「ロシアン」等と、何か不吉極まりない名称の五人衆。
ニタリ、と怪しげな笑みを浮かべる柊 夜鈴(
ja1014)とか。
「ふふふっ……覚悟しとくがいい。心配せずとも、これは調理次第ではあまぁい菓子ができる品……ふふふっ、まあ精々楽しみにしておくがいい さ」
「おおっ、ホンマか、よすずん? そりゃあ楽しみや。俺、柏餅作るん初めてやからな。頼りにしてるで!」
そして、ロシアンの事は承知しているものの、甘い菓子の言葉を真を受けて笑顔を浮かべる小野友真(
ja6901)。ああ、彼が後でロシアン柏餅を食べてヘタレないことを祈るばかりである。
「僕もお菓子作りは手伝った事あるけど、柏餅は初めてかも……焔くんに教えてもらうー♪ よろしくねー♪」
「ええ、いいですよ……昔を思い出しますね〜。こうして仲間内で柏餅作りをした経験があるので……それでは腕を振るわせてもらいましょう」
解らぬのなら知っている者に――そう、教えを請う紫ノ宮莉音(
ja6473)に、星杜 焔(
ja5378)は人当たりの良い笑みと紳士的な態度で受ける。餌付け 師と餌付けされる者の関係……ではない。これは一日限りの師弟関係なのである。多分。
「僕もホムラに教えて貰いながら作るとしようか……最近目玉焼きの作り方を教えてもらった程度だからなぁ。けど……折角の機会なんだ。ちゃんとした柏餅を作ってみせる」
ぐっと拳を握り、やる気はあります! と言わんばかりのNicolas huit(
ja2921)。蝶よ花よと箱入りに育てられた彼に、料理の経験なんざ全くと言っていいほどねぇのだが、決意は固い。
一体何が出来上がるのか。ロシアン要素も加わればナニが出てくるのか。興味は尽きぬ。
とまあ、そんな一抹の不安を感じさせるチームロシアンとは別に、平和そうな二人組みもいる。
幼さい容姿に満面の笑みを浮かべる清良 奈緒(
ja7916)と、そん な彼女をおっとりした人当たりの良い笑みで見守る桜木 真里(
ja5827)。
「お菓子♪ お菓子♪ 楽しみだな〜作り方はわかんないけど、おいしいの一杯いーっぱい作りたいねぇ♪」
「本当に楽しそうだな清良。上手く出来ると良いんだけど……まあ、そこは店長さんにでも聞くとするか」
楽しげにはしゃぐ奈緒を横目に、人が集まった事にうんうん頷いている店長を見やる真里。
店長も、十分な数の人数が集まってくれて嬉しいのだろう。作り方を聞けばすぐに教えてくれるに違いない。
だが、そんな店長に対し苦言を物申す女性も。雀原 麦子(
ja1553)である。
「損して得取れもいいんだけど、商売人として安易に損するのもどうかと思うわ♪」
「むぅ……しかしだな。このままでは材料が無駄になってしまうではないか」
「そんなことないわ♪ ほらもち粉は白玉にしてあんみつにすれば、どんな季節でもいけるデザートになるし、上新粉は細かく砕いたエビと混ぜて練って、油で揚げればエビせんべいに……これはお酒のおつまみにもなるわよ♪」
「おおお……な、ならば今すぐその方向性で……」
「だーめ♪ もう依頼は受領済みよ。私、柏餅食べに来たんだから、今回は諦めてねー♪」
笑顔で死刑宣告言い放って去っていく麦子。店長はやってしまたと、がっくり項垂れるのであった。
「おお……なんとも店長が無残な事にな っておるのう……だがしかし、全てはわし達にサクラを頼んだおぬしの過ち。残念だったな店長。おぬしの買い集めた材料は、全て餅となってわしの胃袋に収まることになるのじゃ……!」
そんな店長にトドメを刺して、自らも柏餅作りに乗り出す叢雲 硯(
ja7735)。
着物をたすきがけにして気合を入れて……一体どれだけ作り、そしてどれだけ食べるつもりなのか。今度通り、この店の在庫は全て食べ尽くされてしまうのか。答えはまだ解らない。
そして作り出すのは硯だけではない。皆、それぞれが、餅作りに赴き始めている。
そう、例えば上新粉を入れたボールに、笑顔で熱湯を少しずつ入れている黒百合(
ja0422)とか――。
「ふふゥ……美味しい、美味しい柏餅を食べさせて上げるからねェ 、あまりの衝撃に昇天する位のォ……♪ もう凄すぎてェ……意識が遠のいちゃうのよォ……♪」
……そう。笑顔である。なんというか、魔女の笑みというか、死神の破顔というか、不吉さ満載で、熱湯入れてるボールが地獄の釜に見えなくも無いが……黒百合は料理をしているのである。間違ったら駄目なのである。
「マキナ殿。私達もそろそろ作り始めようぞ」
「……鬼無里さんですか。いえ、私は一人で作っていますので……」
「確かに汝なら独りそつなくこなすだろうが……こんな時に独りでいても味気無いぞ? そら、あそこのテーブルが空いている。行くとしよう」
「あ、ちょ……」
独りで黙々と作る気だったのであろうマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)の背を、鬼無里 鴉鳥(
ja7179)がぐ いぐい押しながら作業台と称したテーブルに。
確かにこんな時はただ作るだけでは味気ない。なにより、一応は盛り上げるサクラとして来ているのだから。今回の彼等の仕事は――楽しく騒ぐ事である。
餅作りが始まる。さてさて、撃退士達は、どのように作り、どのように食すのであろうか。
●クッキングタイム
そんな訳で、現在多くの撃退士達が天魔では無く、餅捏ね作業に奮闘している。
先程まで粉相手に悪戦苦闘していたが、ここまで来れば、あとはしっかり練るだけだ。
ただ、先程までの粉との激闘の傷跡が残る者も、当然いる訳で――。
「……楓さん、真っ白です。ほらここ……くすっ、全然取れてませんよ」
「ん? ……あはははは! ホントだ。まだ粉塗れが取れてなかったよ。でも緋毬ちゃんだって、鼻の頭が白いままー!」
「え? ……あ、ホントですね」
市来 緋毬(
ja0164)と嵯峨野 楓(
ja8257)は、互いに粉に塗れた顔を見やって笑い合う。先程ボールに粉を投入した際に舞ったものが、顔の至る所に付着している。白粉でもあるまいし、不規則に粉塗れに なっている顔は、見ただけでお互いに笑みを零してしまう。
そのように笑い合う少女達が居れば――ふと、今回の件そのものに思うところがある者も。
ようするに、このような催しをする事態に陥った経緯について。
「ようするにここは修羅場になれなかったんですねぇ……知り合いの和菓子屋さんはGW修羅場だったそうですが……いやはや仕事があるのは良いことなんですよね」
贅沢な悩みというやつで――そんな事を呟きながらアーレイ・バーグ(
ja0276)は餅をしっかり捏ねて練る。柏餅の材料は日持ちのするものばかりなので、この大量の在庫を食べてお腹を壊すことはない。それを事前に聞いてきている彼女の手付きは軽やかなもの。少しずつだが確実に、餅は完成されていく。
桐原 雅(
ja1822)と犬乃 さんぽ(
ja1272)は、初めて柏餅作りに奮闘中だ。
雅は初体験で、海の向こうで暮らしていたさんぽは珍しい柏餅に夢中。
「これが作り終わったら店の表で腰掛けて食べたいね。可愛い女の子たちが美味しそうに食べてたら、それだけで集客効果抜群だもの」
「ああ、いいね……ってボクは男だよ!? 可愛いのは桐原ちゃんだけ!」
雅の台詞になにやら抗議中のさんぽだが、セーラー服着用でポニーテールな美少女的外見で言ってもあんまり説得力無いのである。とはいえ、楽しそうな事には変わりない。果たして二人は後でどのような会話を楽しむのであろうか。
「……それにしても、案は良いと思いますが、時期が遅すぎですね。これではいけません。安直な柏餅を作ってもお客 は呼べないでしょう。なので、私が持ち込んだこの佃煮を餡子の代わりに入れてですね……」
「……雫さんは一体何の佃煮を入れるつもりなのでしょうか……? 楽しみですね。変わった柏餅もいいと思いますし、こうして色んな具材を入れられるところが和菓子の奥深いところ。私もお料理修行と思って臨みます」
何やらこっそり投入を試みている雫(
ja1894)を横目に、氷雨 静(
ja4221)が気合を入れて餡子を入れていく。脳裏では皆さんの変わった柏餅楽しみにしていますわ、と期待しながら。
だが、雫の入れようとしている佃煮はそんな可愛いものではないのだ……! けどまあ、見た目を除けば桜海老みたいな食感で美味しいことを明記しておこう。
で、そんな二人の近くでは、夫婦が何か共同 作業していた。
鳳 静矢(
ja3856)と鳳 優希(
ja3762)の御両名である。幸せ空間なのである。
「優希は何を入れるんだ? 見た限りでは随分と美味そうな柏餅に仕上がっているが……」
「ふにゅう、秘密ですよ静矢さん。そっちこそ何か辛そうな匂いが漂ってきてるよぉ?」
「……なに。柏餅が甘味とは限らない、そういうことだぞ?」
共に単純に柏餅を美味しく頂くためのものと、ロシアン的要素を織り込んだ特別製を作成。
夫婦間であっても、この状況下で情けは無用。ハズレを引いて瀕死になっても止むを得ないことなのである。
そのように、様々な具材を投入する傍ら――柏餅の姿形に拘っている少女も居た。
彼女の名はリゼット・エトワール(
ja6638)。どうやら餅を猫の形にしよ うとしているらしい。
「むむむー……難しいです。くまさんにしかなりません。どんなにこねこねしても、いつのまにかくまさんに……でもでも、猫さんの形になるまで諦めませんからね! 頑張ります!」
そして再び張り切るリゼット。そんな彼女の後ろに麦子が近づき、リゼットの奮闘する可愛い姿に我慢できなくなって抱きついた訳だが……その衝撃で、餅は再びくまさんに。難儀な事である。
他にも、見た目に拘る者は居た。雨宮 キラ(
ja7600)は三色団子を作っている。
こちらはねこさん柏餅に比べて簡単に出来ていた。出来上がった彩り鮮やかな団子を前に、仕上げを一つ。
「おいしくな〜れ! ……とかいってみる。あ、うん。あんまり見ないで。言ってみただけだから。言ってみた だけだから!」
言った後でわたわたと照れ始めるキラ。照れるくらいなら言わなきゃいいのに――と、誰も言いはしない。ただただ、生暖かい視線を送るばかり。ますます照れるキラ。こちらも大変だ。
そして、柏餅作りは徐々に佳境に近づいていた。完成した者もちらほら出てきている。
「ふぅ。混ぜるのが中々うまくいかなかったが、何とかなるものだな。ジャムなども入れてみたが果たしてどうだろう……だが、他の者達を見る限り、もっと凄まじいを入れてるところが多々あったのは事実……ならば大丈夫か?」
アスハ=タツヒラ(
ja8432)は、少し冒険してジャムやチョコクリームを入れることにしたのだが……周囲を見る限り、それは可愛いものだと悟っていた。具体例を挙げれば虫に見え た佃煮とか、やけに辛そうなソースとか、キャンディーとか、ワサビとか……ジャムとか平気である。むしろ優しい部類である。世界は広い、そんなことを思うアスハであった。
で、無難に普通に安全に、作り方のレジュメ見ながら見本のような柏餅を作り終えた佐倉 哲平(
ja0650)は一息つく。和菓子作りが未経験な割に、良い出来栄えだ。ロシアン的柏餅を作る者が多いために、そう見えてしまうのかも知れないが。
「……時期は確かに外してるが、まあいいか……とりあえず美味けりゃ、文句はない。他の者も大体作り終えたようだしな……では、道具を片付けて食べ始めるとするか」
哲平が周囲を見渡すと、多くの者が調理器具を片付けて食べ始める準備に入っている。
クッキングタイムは終了だ。これからお待ち兼ねの実食の時間。
果たして、どんな柏餅が、どんな味が、口に広がるのか――。
●実食
お待ちかねの時間である。待ちに待った実食の時間である。皆、この為に作っていたといっても過言ではない。手作り柏餅を食すために、餅をこねこねしていたのである。
だが、妙に引け腰な集団も居た。周りで和気藹々食べている者達の笑い声を聴きながら、手が伸びない集団が。
チーム「ロシアン」の面子である。もうチーム名からして危険なのが丸解りなのである。
「ホムラに教えてもらいながら作っただけあって、どれも見た目は完璧だね。問題は中身だけど……ヨスズが良い笑み浮かべてるね」
「ふふふっ……ニコちゃん、遠慮せずに食べたらどうだ? なに。俺が最初に言った事は間違ってない。調理次第であまぁい菓子ができるものを入れた。それは本当だ」
「…… わかった! そこまでいうなら信じよう! 皆上手に出来てるしね! それじゃ早速……にゃーー!?」
そうしてニコラは、やたらと苦い柏餅を食しテーブルに突っ伏した。
そして良い笑みをますます深める夜鈴。どうやら彼の作ったカカオ入りの柏餅を食したようである。チョコレートではなくカカオ。確かにカカオはチョコの原材料だから、調理次第では甘い菓子になるのだが……それはあくまで、カカオに砂糖やらミルクやら混ぜた場合の話である。カカオだけ食べても甘くはねぇのである。
んで、ふふふを笑いながら夜鈴も柏餅に手を伸ばす。二コラを陥れた事で心に油断が生まれたのだろう。そりゃもう盛大に一口食べてしまった。結果は。
「水! 水! 水ぅ〜〜〜〜!? ごめん…… ほんとごめん……謝るから水を〜〜!」
とんでもない辛さ。しかも舌ではなく鼻にくる辛さ。
ワサビである。餡子の代わりに大量に入れられた、緑色のニクイ奴である。
「あ、ワサビは俺のや。よすずんすまんな、謝っとくで」
しれっと言う友真。どうも今回、彼は運が良いらしい。ヘタレな弄られポジになるんだろうなぁ、と内心思っていたようであるがそんなことは無い。
事実、彼が食べた柏餅には上品な甘さが。極上の漉し餡が舌を楽しませる。
「この見事な餡子は……ほむほむやな。流石や。上品で、えーと……めっちゃ美味しい」
あまりに見事で、他に言葉も出ない。他の面子のロシアン柏餅のアクが強すぎるだけなのかも知れないが。
にこりと笑顔を浮かべて、紳 士的に一礼をする焔。立ち振る舞いも上品である。
「ありがとう。さあ、他にもあるよ〜、風味豊か食感楽しめる粒餡からね」
変わらぬ笑顔で柏餅を差し出す焔。だが、彼もチーム「ロシアン」の一員。この中に、何かとんでもないものが入っていたとしても不思議ではない。
莉音はごくりと唾を飲む。先に息絶えた二人の様子からして、ハズレの攻撃力は凄まじい。紳士的な焔ならきっと大丈夫と思わなくも無いが、その笑顔が反転した場合どうなるのかを考えると恐怖が生まれる。しかし意を決して掴み、食す。
「もぐもぐもぐ……きゃあ!? なにこのパチパチする食感!? ……って皆を驚かす筈なのに、僕が自分で驚いちゃった。うう、残念」
自分で作ったサプライズを、自分で引い てしまった莉音。
まあ、ロシアンなのでこういうこともある。むしろ自作のものであっただけ幸運というべきだろう。量的にはまだまだ足りず、手を伸ばしたいところだが……果たして、残りには何が隠されているのか。はやくも戦々恐々なチーム「ロシアン」であった。
まあ、そんな怖いチームとは別に、ほのぼの平穏と食べる少女も居るが。
自分で煎れたお茶と共に、はもはもと柏餅を食べるアーレイ。ロシアン組みを見るだけに留めて、自身は自ら作った柏餅を口へと運ぶ。確実な方法だ。これなら死地に足を踏み入れる事も無い。
「柏餅はお茶と合いますよねぇ……私的には緑茶よりほうじ茶の方が好きですね。まあ他の皆さんはお茶とかどうとか言う前に、生きるか死ぬかの状況みたいで すが……」
ロシアン的盛り上がりを見せる面子を眺めながら、アーレイは再びお茶を一口。
何事も平和が一番。君子危うきに近寄らずとも言うし……彼女はまったりと平穏な一時を過ごしていた。
そして、アーレイが眺めていた集団はというと、鳳夫妻や雫と静が居るあたり。
あちらもあちらで、結構阿鼻叫喚な光景を作り出している。
「ふにゅ? これは意外な味なのですねぃ。食感がいいですし……これは佃煮なのですねぇ。中々美味しいですよぉ」
「あ、佃煮ですか? ならそれは私が作ったものですね」
「雫さんのですかぁ。一体何の佃煮? 興味あるのー☆」
「イナゴ」
「――ごはぁ」
と言った様子で、波乱万丈な状態。優希は雫の作った柏餅を食べて、最初はにこ にこ笑顔だったが中身を聞いて一気に蒼ざめる。まあイナゴの佃煮は、見た目まんまバッタさんであるしこのリアクションもしかたあるまいて。
無論、他の二名も結構デンジャラス。デスソース柏餅を引いた静は、皆に振舞った筈のお茶を凄い勢いで飲んで、何とか辛さを中和中。茶でも飲まないと食えたものじゃない。
「か、辛いです。というか痛いです! 何ですかこれ!? 個性があるにも程がありますよ!」
「すまないすまない。だがそれもれっきとした調味料。うん、辛いだけだ」
「その辛さが問題です!」
礼儀正しいメイドさんは思いの外、お冠なようである。ロシアンルーレット形式で食べる事を了承していたからこの程度済んでいるものの、無許可だったらどうなっていたか。氷 のような冷たいメイドさんが姿を現して、静矢を定食屋の人柱にしていた可能性もある。南無三。
「時に、桜餅の葉は食べられる様に加工してあるのに柏餅の葉は何故加工しないのでしょうね? 謎の一つであり、私はこれを究明したい所存で――」
「現実逃避するな雫。私達も食べるぞ。食べなければどうなるか解らん」
先にハズレを引いた優希と静が、緑茶を飲みながらいい笑顔で見つめてくる。死なば諸共なのか――覚悟を決めて柏餅を口へと運んだ。
「――チョコとカスタードですね。いやいや、甘くて美味しいですよ」
「がふっ……これは私が入れたデスソース……よもや自分で自分の首を絞めることになるとは……!」
自分の作った柏餅が好評なので笑顔を見せた優希と、先程地獄 を見せてくれた張本人が策士策に嵌ったのを見た静が、軽快にハイタッチ。こっちもこっちで随分楽しそうだ。ハズレを引いた時のダメージが半端無いのだが。
とまあ、恐怖のロシアン組みはさておいて――平和な者達は勿論居るのである。
純粋に、完成した柏餅を楽しむ者達が。
●平和な一時
マキナと鴉鳥は、完成した柏餅を並べ、静かに食していた。各々が作った餅を食し茶を飲んで、今この時は撃退士の務めも忘れ休息に浸る。
そんな中、マキナは鴉鳥が作った様々な種類の餅を見て、感心したように声を上げる。
「……柏餅だけでなく黄粉餅に団子、それにういろうですか……凄いですね鬼無里さん」
「なに、私から言わせれば店主の考えが足らぬのだ。餅として見たなら、消費の方法はいくらでもある」
「……ですが、柏の葉はどうします? これは縁起担ぎなので、使わないまま棄てるというのは……」
「……さて、如何したものかなぁ。何か食べる方法があれば話は別なのだが」
「……蒸せば、一応は柔らかくなりますよ? ですがやはり縁起担ぎなの で」
「むぅ。困ったものだなぁ」
何とも平和な悩みである。確かに種類を問わなければ、様々な種類の餅は出来上がる。だがその結果、そりゃもう大量の柏の葉がでてくる訳で……世の中上手くはいかない。
また、少し離れた場所では、少女が二人色んな柏餅を食べて舌鼓を打っている。
緋毬が並べるのは三色綺麗に完成された柏餅たち。南瓜、よもぎ。食紅で黄色、緑、ピンクを入れて彩りも見事なもの。
「はいどうぞー! 楓さんと一緒に作ったカスタード入りもありますし、思う存分楽しめますよ♪」
「おおっ凄い! うん、このカスタード入りが完成したのは緋毬ちゃんのアドバイスあってのものだからね。それじゃ早速……うんま! 幸せー!」
もう感無量と言った様子で、柏 餅を食べていく楓。自分で作ったカスタード入りも美味しいし、こんな幸せなお仕事あっていいのだろうかと思わなくも無い。
だが、実はまだこれで終わりではない。緋毬は更なる一品を作っていた。
「実はチーズも使って、ポン・デ・ケイジョなんかも作ってみました♪ 簡単なチーズパンですけどいかがですか?」
「きゃー素敵ー! それもお持ち帰るからねー!」
パクパク食べながら、タッパーの準備も怠らない楓。帰ってからも心行くまで甘味を楽しむつもりなのだろう。二人は美味しい美味しいいいながら、お餅の甘さを堪能するのであった。
奈緒と真里も平和でほのぼのとした空気を作り出している。
こちらはフルーツの柏餅を作って、いわゆるフルーツ大福を楽しんでいた。 作り方を店長に聞きながら作成していたこともあって、形は完璧。無論味も――文句なしだった。
「やっぱりお菓子最高〜♪ 形とか不安だったけど、店長さんのおかげだね〜。こんなに綺麗に出来たの〜♪」
「流石に星型やハート型は難しかったけどな……けどまあ、このフルーツ大福は予想以上に美味しいし、文句のつけどころはないな」
二人揃って苺やバナナを入れたフルーツ柏餅を食す。途中、奈緒の口元に食べていた柏餅の餡がついたのを見て、真里は微笑みながらそれを拭う。
「ほら、こっちを向け……楽しそうでなによりだが、もう少し落ち着いて食べろ。誰も取りはしないさ」
「にゅー……ん、ありがとねぇ桜木さん♪ でもでも、折角一杯作ったんだから、一杯食べたいのー♪」 そうして再びぱくぱく食べ始める満面の笑みの奈緒。それを真里は優しく見守りながらも――困ったように小さく苦笑するのだった。
また、あるところでは……お猫様が降臨していた。
柏の葉を服に見立てて包まれた愛らしい形のお猫様の――柏餅。苦労して作っただけあってリゼットの顔付きは一仕事終えた職人のようなものになっている。何度くまさんにメタモルフォーゼしたのか覚えていない。苦労の果てに出来上がった、ねこさん型柏餅である。
「出来ました。仕上がりました。物凄く苦労しましたけど、立派な猫さんです……でもでも、これを食べるのは少し忍びないような。ああっ、手塩を掛けて育てただけに、こう愛情といいますか親しみといいますか、切り離せないものが私の中に ……」
どうしましょうどうしましょうと悩むリゼット。頑張った先の思わぬ落とし穴――だがしかし、そう悩む必要はない。この猫さん餅は元々誰かに食べさせてあげるつもりで作ったもの。そしてその誰かは、虎視眈々と狙いを定めてリゼットに近づいていたのだから。
「リゼットちゃーん♪ 猫さん出来たー?」
「きゃうん!? ……あ、雀原さん。はい、この通り完成ですよ。立派な猫さんです」
後ろから抱き着いてきた麦子に、完成した猫さん柏餅を差し出すリゼット。
麦子はそれを見て、おおーと歓声を上げた後……一口でぱくりと。猫さんが食べられてしまった。
ああっ猫さん……! と思わず悲しむリゼットだが、そんなことは露知らない麦子は美味しそうにはむはむはむは む。どうやら猫さん柏餅は見た目だけでなく中身も秀逸な一品であったようだ。
そして麦子の新たなる標的は――キラの作った三色のお団子たち。普通の柏餅も綺麗に仕上がっているが、あの三食団子はとても目に付く。
視線に気付いたキラは笑いながら手招き。どうやら食べさせてくれるらしい。
「はい、あ〜ん……どう? 美味しい?」
「うんうん! キラちゃんの美味しいねぇ。ほらほらキラちゃんも……あ〜ん♪」
そうしてキラも、麦子の手にある柏餅をぱくりと。互いの顔に生まれるのは笑顔以外にない。
楽しく、そして美味しく。それをモットーに作っていたキラにとって、美味しく食べている人の笑顔はそれだけで十分すぎる報酬なのだ。
となればだ、他の皆にもこの美 味しさを知ってもらわねば。
「さぁて。他にも食べてくれる人は居るかなー? ……お、あそこで盛大に食べてる叢雲ちゃんとか一杯食べてくれるかも。おーい」
一言声をかけて、三色団子片手に着物姿の少女の傍まで歩み寄っていく。多くの柏餅を作り、多くの柏餅に囲まれ、多くの柏餅を食する。この楽しい催しはまだ終らない。
その終らない光景を見ながら、哲平は茶を一口。自分で作った柏餅は勿論食べたが、どうやら他の皆の柏餅まで食べるのか迷っている様子。
「美味そうに食ってみせるのが一番の宣伝だ、なんて聞いた覚えもあるしな……皆のものを食べる事も一つの手だろう。だが……危険も高いのが難点だ。見事な出来栄えもあるが、見る限り危険な品もある……」
哲平が危 惧するのは主に、というか殆どロシアン組みの柏餅についてだろう。あれを食すことになったら一大事だ。撃退士と言えど、違う世界が垣間見えてしまうかもしれない。
故に、そう簡単に手を伸ばすわけにもいかない――例えば、いつの間にか傍に置かれている正体不明の柏餅とか。きっと誰かがすれ違いざまに置いたのであろうが、形が特徴的ですぐに解る。
これは危ういと……哲平はその危険度の高い柏餅をそっと脇に置いて、自分で作った柏餅を食べ始めた。命は大事に、だ。
そしてアスハは困惑していた。自分の作った柏餅を食べて困惑していた。
ちょっとした冒険心で作った、チョコや苺ジャム入りの柏餅。きっと可も無く不可も無く――それくらいの味だろうと思っていたが、意外と 美味い。普通に美味い。好みの問題もあるだろうが、こっちの方が美味いという人も居る、そう思ってしまうくらいに美味い。
「……不思議なものだな……ただ面白そうから作っただけなんだが……」
「のう、おぬし。中々に美味なる柏餅を食べているようではないか。どれ、わしにもひとつ頂けぬかのう?」
そんなアスハの様子を見て、硯が近づいてくる。お持ち帰り用のパックまで手に持っているし、皆の柏餅を色々頂戴する気なのだろう。彼女の赤い瞳は爛々と輝いている。
「僕ので良ければ構わないが……叢雲は随分多く作ったんだな。そしてそのパック……はちきれそうだぞ? 大丈夫なのか?」
「なになに、限界ギリギリまで入れるつもりじゃよ。このパックもわしの胃袋もな……ふむ 。ジャムやチョコレートも美味よのう……おや? そちらの形の違う柏餅はなんじゃ? どれ」
そう言って、硯は、何か怪しげな形の柏餅に手を伸ばす。アスハは、見覚えの無い柏餅に首を傾げていたが――時は既に遅し。その柏餅は硯の口の中に放り込まれていた。
瞬間、盛大にむせた。
「――かはっ、かはっ! な、なんじゃ!? どこの誰じゃ!? こんなにわさび入れおってからに! うぬぬ……許せんぞぉ!!」
がー、と怒髪天を突かんばかりに憤る硯。そんな彼女を……遠くから黒百合がにやりと笑って見据えている。まるっきり悪役の笑みである。どこの魔女だあなたは。
「……撃墜ィ……戦果1確定ェ……♪ ……そして普通に作った柏餅は美味しいわねェ……いくらでも食べ れちゃうわァ……♪」
で、黒百合自身はもっきゅもっきゅと極々普通に作成した柏餅をぱくつく。
これは酷い。爆弾設置しておきながら、自分は安全な場所で、安全な餅食ってやがるのだ。爆弾魔とて、もう少し思慮深く爆弾を設置するのではなかろうか。
そんな黒百合だが――ふと、店の外に視線を向ける。戸が閉められていてよくは解らないが、なんというか少し異変が起きているような。
「……人が集まって来たのかしらねェ……それじゃ爆弾は回収しないといけないわァ……」
●看板娘
店の前に縁台を用意して、そこで柏餅を食していた美少女二人(一名男)は恋バナに夢中であった。この年頃特有の、盛り上がる話題である。
「誰かを好きになるって、楽しいけど難しいよね、なかなか気付いて貰えないとか……ねぇ、桐原ちゃんって誰か好きな人いる?」
「……自分なりに色々とアプローチはしてるんだよ。でもボク、恋愛経験って全然無いから色々不安なんだ……どうしたら良い、かな?」
雅の悩みは中々難しい。想いを伝えたい。けれどどう伝えればいいのかよく解らない。解らないが故に不安になる……恋の悩みは、まるで難解な迷路のようで。
「無理しても駄目だと思うし、自然な気持ちで真っ直ぐ、少しでも側に長く居る、そして存在を感じて貰うようにしたらいいんじゃないかな……桐原ちゃん素敵だし、絶対気付いて貰えるって思うんだ」
さんぽは言う。無理をする必要なんて無いのだと。ただ、傍に居て自分を表現してればそれでいいのだと。元より、想いはそう簡単に伝わるものではない。だからこそ、表現するものは自分自身だ。そうして人は、他人を見るようになる。
「……ありがとう。元気、でたよ」
思わず微笑んだ雅。それは彼女にしては滅多に見せない珍 しい笑みで――そんな笑みを浮かべた雅の頭を、突然後ろから誰かが撫でた。
驚いて振り返れば、そこには笑顔の麦子が。
「いやぁ、いいよねぇ美少女の恋バナ姿は……本当効果抜群みたい。ほら、周り見てみなよ。お客さん沢山集まってるよ♪」
そして、いつの間にか看板娘と化していた二人が視線を巡らせると、そりゃもう一杯客が。
男が多いのは何故だろう。美少女に釣られたのか。
で、その現状に気付いた看板娘二人は――照れ隠しと評して、ケラケラ笑う麦子の口に、柏餅を押し込むのであった。