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 翌朝。
 久遠ヶ原の撃退士たちは帰りの飛行機に乗り込んでいた。

 機内には朗らかな感情が溢れていた。
 南の島の情景を思い返し、語らいの花を咲かせる者。
 心地よい遊びの疲れが未だ抜けず、健やかな寝息を上げる者。
 互いの想いを伝えあい、確かめ合い、噛み締めるように寄り添う者。
 一部、トラウマにも似た思い出に身を震わせている者もいたが、その丸まった背中は笑う仲間が叩き、慰めていた。

 やがて流ちょうなアナウンスが響き渡り、大袈裟な振動が訪れる。
 それが治まる頃には、窓の外には雲海が広がっていた。




「アレですかね?」
「うん、アレじゃないかな」

 沖縄リゾートゾーンの従業員らは額に手を添えて日差しを遮り、小さくなっていく旅客機を眺めていた。

「? ……なんか、揺れてません?」
「気流でも乱れてるんじゃないかな? そういえば、空を飛んでる撃退士さんもいたね」
「ならだいじょう……ぶ……? あ、もしかして飛行機の中でも鬼ごっこしてたりして」
「はは、まさか――いや、ひょっとしたらそうかもね」
「……夕べ、金属バットを引きずる音が夢に出てきましたよ……」
「ああ、判る判る。俺もだったから」

 振り返る。
 8つのエリアからなる遊園地は、昨日までとは打って変わって、鳥の鳴き声が聞こえるほど静まり返っていた。

「パレードもかなり盛り上がってましたね。見ました? ケルベロスの着ぐるみを3人で着てましたよ」
「見た見た。アルコールもかなり進んだみたい。ランチ食べたら業者さんのところに行かないと」
「業者といえば、ビュッフェと屋台、酒場も大盛況でしたね。料理と人員を増やしたいって要望が上がってます」
「新しいレーシングコースとモンスターも作りたいね。できれば、かなり歯ごたえのあるやつを」
「あ、いいですね。予算余ったら花火とイルミネーションも派手にしましょうよ」

 海に程よく冷やされた風が吹き込んだ。
 揺れる髪を抑え、従業員は目を細める。

「……嵐のような方々でしたね」
「うん。目が回るくらい忙しかったね」
「でも、私、楽しかったです」
「俺もだよ。撃退士さんたちも楽しんでくれたならいいんだけど」

 波の音が聞こえた。
 寄せては返すその音は、遠のいていく旅客機を呼び止めるように続いている。

「……なんか、寂しくなっちゃいましたね」
「ウチが始まって以来の動員数だったからね」
 笑みが漏れた。
「一層頑張らないとね。あの手この手を使って、あんなに大勢の方たちに来てもらえたんだ。
 不名誉な都市伝説はこれでお終い。これからOrzは、日本一、世界一の遊園地を目指そう」
「もちろんですよ。もしまた次に来てくれた時、もっと面白くしておかないとガッカリさせちゃいますもんね」
「これから忙しくなるよ。動画のお陰で前売り券が飛ぶように売れてるらしいんだ。
 さっそく新しいアトラクション、グッズ、それに企画も考えないと」

「それについては、さっそくなンスけど提案があるッス」

 2人からやや離れたところで、両脇に松葉杖を挟んだ従業員が手を挙げた。


「……――黒子役、持ち回りの交代制にしません?」


「しません」
「しないね」
「なーんでですかー!? せめてエリアごとに分担しましょうよ!!」
「園内を巡回する黒子の妨害を阻止するのはOrzの目玉イベントじゃないか。根底だし前提だよ」
「そうですよ。今までそこまでぼーっこぼこにされることなかったじゃないですか。たまたまですよ、たまたま」
「たまたまでもあるのが問題なンスよ!! じ、じゃあせめて交代制に――」
「タフネスさ、リアクションの質、そして演技力。君以外の逸材なんていないよ」
「パンツまで持ってかれるなんて聞いてないですよ!!」
「まあまあ、落ち着いて。ランチ奢るから」
 言いながら従業員は黒子役の背中に手を添え、Orzへ向かって歩いていく。

「(あんなに背中を丸めて。本当に『Orz』みたい)」

 こっそり微笑み、空を仰ぐ。
 長く白い尾を引いた飛行機は、青空の果てで星の様に小さくなってしまった。

 きっと彼らは、息をつく暇もない日常に戻っていくのだろう。
 その最中で、ほんの時々でもいい、Orzでの出来事を思い出してくれたなら、どんなに有難いことだろう。
 この場所での笑顔がほんの僅かにでも支えになったのなら、どんなに誇らしいことだろう。
 厚かましいとは判っていても、祈らずにはいられない。


 ――いつか、また来てくださいね。もっともっと面白い遊園地にしておきますから


 頭の上で手を二度振り、従業員は踵を返す。
 視界に広がるのは自慢の職場、沖縄リゾートゾーン。

 青と緑の間、遊園地は胸を張り、開園の時を今か今かと待ちわびていた。

エピローグ 担当マスター:十三番








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