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●幻燈の夜

 昼のうちは喧騒に包まれていた迷宮の入口へ、夕暮れと共に恋人たちが集いはじめる。
 アトラクションとしての顔以外に、ここにはもう一つの非日常が存在していた。

 迷宮の中は夕暮れを境に生まれ変わる。罠の起動装置と照明が落とされ、迷路は仄暗い闇にのまれる。
 足元と天井だけは輝く光に彩られ、まさに幻燈の趣。
 決められた2つのルートからそれぞれ1つ選び、出口で恋人と合流することが目的だ。
 鍵は、時間感覚の共有。
 待たれても待たせても駄目。
 ラグ無しにゴールで合流できたら、二人は幸せになれるという。

「じゃあ、また後でね」
「ん、ちゃんと見つけてよね?」
 必ずだと笑い合い、入口で分かれた桜木 真里(ja5827)と嵯峨野 楓(ja8257)。
 中世風に造られた迷宮内部の装飾は、蝋燭の灯りを模した橙色の光にぼやりと照らし出されている。
(綺麗だなー…ゆっくりしたいような、早くクリアしたいような)
 幻想的にライトアップされた架空の街並みは、けれど美しさと同時に漠然とした寂しさも孕んでいた。
(すぐに合流できるって分かってるけど、ちょっとだけ寂しいな)
 楓はちらりと、手にしたスマフォに視線を向ける。
 ――その刹那。
(あっ、着信…?)
 見慣れてしまった名前を確認すれば、自然と頬が緩んでしまう。
「はいはい、どしたの?」
 そう訊くけど本当は知っていた。きっと、同じことを考えていてくれたんだ、と。

 足を踏み入れてすぐは、驚きに紛れ気にならなかった。
 暗闇に慣れた目に映る色鮮やかな光の演出。ほんの少し胸を高鳴らせたけれど、それもやがて消えていく。
 美しい風景であればあるほど、隣に彼女がいない淋しさが際立つような気がして。
 歩みを止め、徐ろに通話ボタンを押し。間をおかず聞こえてきた愛しい声に、真里は人知れず笑みを浮かべる。
「…ごめんね。声、聞きたくなって」
『ふふ、もーしょうがないなぁ』
 自分が寂しさを感じたのだ。彼女もきっと、同じ気持ちを抱いているだろう。
 本当は一時たりとも寂しがらせたくなどない。だからせめて、声だけでも寄り添いたい。
「暗いから足元、気をつけて」
 出来ることならこの景色を共有したかったけれど――再会した瞬間の幸せを想像すれば頑張れる。
 耳元の声。もっと近くに感じたい。仄かな焦燥に駆られ、急ぎ足で先へ向かう。

 雨鵜 伊月(jb4335)も今は迷宮の中。菊開 すみれ(ja6392)を、いつもより少し強引に誘ってきたのだ。
 普段は、あまり格好いいところを見せられずにいるけれど。たまには見栄を張ってもいいだろう?
「…そろそろ合流地点のはず、だけど」
 薄闇に目が慣れたとはいっても、近くのものや足元が最低限わかるだけなのに変わりはなく。
 遠く先の方からやって来るであろう、すみれの姿は確認できない。
 先に見つけて驚かせてやろうと思っていたのに、中々上手くいかないものだと肩を落とす。
 ――と、その時。
「いっくん見ーつけた!」
 がばっと背後から抱きついてきた何者かに驚いて、伊月は反射的に身体を強ばらせた。
「うわっ!」
 犯人の特定は容易だった。その声で、いっくん、と呼ばれるのは伊月にとって嬉しい事。分からない訳が無い。
 振り向けばすみれは、いつもの笑顔を向けてくれていた。
「何考えてたか知らないけど、わたし暗い所も得意だし?」
「…ほんと、敵わないなあ」
 結局今日も格好はつかなかったけれど、それでも愛しいのだから仕方ない。
 今はただ、微笑みを返すだけだ。


●ハンドルを握るとそこは修羅の国でした

 夜の高速道路。その言葉に浪曼を感じるのは珍しくもないだろう。
「うわぁ、夜風が気持ちいいよ!」
 紅葉 虎葵(ja0059)もご多分に漏れず、ドライブを全身で楽しんでいた。
「…紅葉くん、その、あまり乗り出すと危ないぞ」
 だがやんわり静止されても、楽しさには勝てないのか。
「えー、折角のオープンカーなのにもったいないよ? この位なら大丈夫っ! ねっシュー兄!」
 更に乗り出す虎葵。その反動か、車体はぐわんと大きく揺れた。
「気持ちは分かるがあまり飛び跳ねないでくれ…!」
 懇願するフント・C・千代子(ja0021)は、心なしか顔色が悪い。早くも車酔いの様相か。
 そんな状況で、後部座席の状況が気にならない訳もない。
 最初は黙殺していた玖神 周太郎(ja0374)も、ちらちらと室内鏡を気にしはじめる。
 僅かに蛇行する車体。事故が起きるほどではないにしろ、車酔いには最悪だ。
「しゅ、周太郎さん…よそ見しないで安全運転で頼むよ…」
「…大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫だからあまりスピードを出さないでくれ」
 割と、切実に。

 同刻、高速上の別の場所では七種 戒(ja1267)が文字通り暴走していた。
 助手席にミハイル・チョウ(jz0025)を乗せ、後部座席にはキャロライン・ベルナール(jb3415)とランベルセ(jb3553)の姿もある。
 …やけに、静かだ。そして、皆真顔だ。
「ふはははアクセル全壊じゃあああ!」
 全壊なのはむしろ…いや、やめておこう。

 そもそもこんな事態になった発端は何か。
 初めは普通に楽しくドライブしていた筈だが、途中、どうも運転手の中で何かが弾けたらしい。
 オープンカー。隣にはイケダンディ。浪漫あふれる夜!
 ここで速度を出さねば男が廃る!(※女子です)
「ベルナール氏、しっかり掴まれな、ちょと飛ばすぜー!」
「? わかっ…」
 言い終わる前に、戒はアクセルをふかし加速する。
「静かに。舌を噛むぞ」
 やんわり注意を促すランベルゼは、知っていた。一度火のついた戒を止めることは難しい。
 今回、ミハイル氏を誘うと決めた時だってそうだった。
 彼女は飛ばすと言ったら飛ばす。その熱が収まるまで口を閉ざして静かに耐えるのが、考えうる限り最善の策だ。

 キャロラインは人知れず、出発前のやりとりを思い出していた。
『運転については保証はせぬけどもな…!』
 今になって理解する。
(…これが噂に聞く『フラグ』か…恐るべし)
 とはいえ、共に過ごす仲間として受け入れてくれた彼女に感謝しているのは確かで。
 これもまた一つの想い出かと、妙に和やかな気持ちで。
「沖縄の夜も中々刺激的だな」
 ミハイルも小さく呟いた。刺激的で片付けていい問題かは疑問が残るが、確かに――退屈はしなさそうだ。

 同刻。手を繋いで迷宮を後にする石動 雷蔵(jb1198)と沙夜(jb4635)の姿が見えた。
 彼らもまた、これから車に向かおうとしてるようだ。
「やっぱり一人は苦手です。不安になって、歌でも歌っていないと不安になってしまって…」
「ああ成程、それで歌を…」
 その歌声のお陰で、すぐに彼女を見つけることができた。それは偶然か、或いは必然だったのか。
 声をかけた瞬間に幸せそうな笑みを浮かべ、抱きついてきた彼女の姿を雷蔵は密かに思い出す。
「うふふ。これで私達、ずっと一緒ですね?」
「ああ…伝説が現実になればいいな」
 そう言い、雷蔵は沙夜の手をぎゅっと握る。
「――いや。現実に、しよう」
 一緒に。
「はい」
 いつもより少しだけ可愛い服。大人な髪型。沙夜が選んだそれらは全て、雷蔵の為だけに。
 この幸せがいつまでも続きますようにと、互いに祈りながら。夜は更けていく。


●舞い上がれ夜の華

 高速道路を抜けて、花火の見える場所へ。
 車を降りて天を見上げれば、そこは満開の花畑だった。

「…どうだ、見栄えは」
 訊ねる周太郎に答える虎葵は、目を輝かせ空を見上げていた。
「わー…! 綺麗だよ、綺麗だよ!」
「ふむ、これは中々悪くないな」
 最初は乗り気ではなかった千代子も、いざ花火を目にすれば表情を明るくする。

 その間にも、花火は派手さを増していく。
 徐々に賑やかになる演出は、それらを見る観客の気持ちを代弁しているかのようだった。

 ひゅう、ぱららら…ばん。
 空に咲く儚い華に、釘付けになる。

「お、おおー! 今のでかくなかったか!? 綺麗だな!」
「うん…皆にも見せてあげたいなあ」
 はしゃぐ2人の姿を後ろから見つめ、車に背中を預けたまま周太郎は呟いた。
「…まあ…お前らが楽しんでいるなら、俺は何でも構わん」
 その言葉が聞こえたのか、或いは偶然か。
 興奮した様子の千代子が言う。
「もうちょっと見通しのいいところにいこう! よし、行こう!」
「シュー兄お願い!」
 これには虎葵も便乗し。周太郎は小さく息を吐き、仕方ないと頷いた。
「まあいい…時間はある、走ってみるとしよう」

 周太郎の視界には、花火に照らし出された恋人たち――雷蔵と沙夜の姿が映りこんでいた。
 二人の影が重なる気配を感じ、目を逸らした。
 邪魔をするのは無粋というものだろう。
 はしゃぎながら空を見る虎葵と千代子を乗せ、ゆるりと車を発進させる。

 花火に満足した後は浜辺へ行ってみよう。
 土産のひとつも見つけられれば、それでいい。


●塔の上の物語

 恋の迷路を抜けた先には、まるで二人の永遠を祝福するかのように、高い塔がそびえ立っていた。
 昼は難攻不落のダンジョンだが、夜は再会できた2人が一緒に登り、恋人同士で美しい夜景と花火を見る場所。

「花火、ここからが一番綺麗に見えるらしいよ」
 高樹 朔也(ja4881)は微笑を浮かべ、松永 聖(ja4988)の手を引いた。
 昔はよくこうして手を繋いだな、と懐かしく思う反面。
 今、彼女の手を取る意味は、ほんの少しだけ変わっている。
 そしてこれから、もっと変わっていくのだろう。

 下調べは充分とは言えないけれど、エスコートの準備だけはできている。
 …口から心臓が飛び出てしまいそうなぐらい、緊張しているけれど。

 最後の階段を上り終え、塔の一番高いところへ。
 つい今しがた、最大の見せ場『大花火』の始まりを告げるアナウンスが流れていた。
 それはきっと絶好のタイミングで。

「――わぁ」

 視界一杯に広がる空を見上げ、聖は感嘆の声をもらした。

 最初にこの場所の話を聞いたときは、別にそんな関係でもないし、と意地を張っていた。
 一番見晴らしがいい場所だと聞いたから仕方なくやってきた。自分はあくまで花火が見たいだけ。
 そう、聖は思っていたけれど。
「こうして…昔は一緒に花火見たっけ…」
「僕も今、セイちゃんと同じこと考えてた」
「…綺麗だね」
 朔也は呟いた。本当は、花火どころじゃないけれど。
「うん、すごく」
 握られた手をぎゅっと握り返す。心臓が高鳴るのは花火の迫力ゆえだと、自分に言い聞かせながら。

 どん、ひゅう。

「ずっと。一緒に居て、ね…」

 花が咲く。
 夜空に、満開の花が。

「…いつか、言うから。ボクが、ボクに自信を持てたら」

 聞かないでほしい。けれど、聞こえていて欲しい。
 複雑な想いを孕んだ互いの声は花火にかき消され、結局相手には届かなかったけれど。
 繋いだ手の温度だけは確かに伝わっていた。

「わぁ! 上がった…っ!!」

 花火の光が、笑顔を照らし出す。


 同じ頃。伊月はやはり、すみれに振り回されていた。
「待ってすーちゃん、やめようよ危ないって」
 不安になるのも仕方のないことだろう。今、彼らは展望台の更に上を目指し――塔の先端によじ登ろうとしていた。
「だって思ったより人が多いから…ほら、いっくんもおいでよ! こっちの方が良く見えるって!」
 その間にも、花火は次々と打ち上げられる。
 すみれが花火に気を取られていると、追いかけてきた伊月が突然悲鳴にも似た声をあげた。
「いっくん?」
 視線を向けると、真っ赤な顔が目に入る。
 顔をそらしながら、いいから早く上がれと手を振る彼の姿に、すみれはようやく悟る。
(…スカート!)
 楽しすぎて、色々疎かになっていた。
 だが真っ赤になって目を背ける彼の姿は、やはり信頼に値するものだなと謎の感動を得る。
 伊月は男らしさを切望しているようだけれど、そんな事より小さな気遣いが嬉しかったりもして。
 こうなったら早く登ってしまおう。
 そして沢山彼に甘えたい。人が多いところでは恥ずかしいけれど、この先ならきっと大丈夫。

 少し遅れて出発・合流した真里と楓も、展望台へ辿り着いていた。
 手を握り指を絡め、僅かに朱に染めたまま夜空の下で言葉を交わす。
「…やっぱり傍にいる方が良いね」
「うん。けど、一旦離れたからこそそう思えるのかも」
 離れてみなければ分からないこともある。それに最後はこうして2人で過ごせるのだ、それでいい。
「花火も綺麗だけど、きっとこれ星空も綺麗に見えるよね!」
「そうだね。…花火が終わるまで、ここで見ていようか」
「…うん!」
 空に近い場所だからこそ、分かる。
 花火と明かりが消えた折には、素晴らしい景色が見えるはずだと。

 そんな2人の様子を遠巻きに見つめ、白蛇(jb0889)は人知れず微笑んだ。
(特等席は惜しいが…まあ、良いじゃろう。邪魔をするのは無粋というものじゃ)
 恋人達の逢瀬に水を差すのは、信念に反する行為だ。
 それに自分には、更なる特等席が存在する。
 展望台からふわりと飛び上がり、白蛇は空を舞いながら下界の様子を見つめた。
(大勢が上を見上げておる。…まあ当然じゃな、これほど美しい華は中々見られるものでもない)
 つられるように空を見上げた。花火はフィナーレを迎え、ひときわ大きな連続花火が打ち上げられる。
(雨の多い季節じゃろうに、よく晴れてくれたのう。天に感謝せねばなるまいな)
 大迫力のパノラマに気分を良くしながら、飲み物を取り出した。盃を傾けつつ、その終焉を見届ける為。


●満天の星空の下

「ランゼ知ってるか、流れ星が落ちたら島になるんだぜ」
 人界の知識が未だ不十分な彼に、嘘を教えてからかってやろうとしたのだが。
「なるほど、それで陸に落ちると山が出来るのか。そんなわけがないな?」
 真顔でそう返されれば、さすがの戒も笑顔を貼り付けたまま黙るしかなかった。
「流星は吉兆であり凶兆でもある。よばひ星ともいうが何を呼ぶのだと思う?」
「夜這い…? 私はかわいこちゃん呼んでハーレムしたい」
「…そう邪念ばかりでは、そのうち良からぬものを喚びそうだな」

「ミハイル殿、菓子はいかがだ? よかったら小腹がすいた時にでも食べてくれ」
 キャロラインが差し出したサータアンダギーを、ミハイルは微笑し受け取った。
「かたじけない。有り難くいただくとしよう」
 車を停め、星空を見る。
「皆と共に過ごせる日を増やせるよう、これからも頑張っていきたいな」
「うむ、…精進したまえ」

「星を墜とせたらモテるかな」
「届くといいな」
「…ランゼ、バカにしてるだろ」
「いや? 微笑ましいとは思うがな」

 軽口を叩きながら、戒は空へ向けて弾丸を放つ。
 それは、その日打ち上げられた最後の花火。星の煌きを纏った無尽光の一撃。

 平和と幸福を願う人々の想いを乗せ、空へ消えていく。

【東】地区 担当マスター:クロカミマヤ








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