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 夜の帳がゆっくりと降り始める頃、遊園地はもう一つの顔を覗かせる。
 鼻腔を擽る匂いに、ルーファ・ファーレンハイト(jb5888)はその元を振り返った。
「これなに?食べれる?」
「小龍包ですね。食べられますよ」
 興味津々で屋台の籠に顔を近づけるルーファに、丁度通りかかった御堂・玲獅(ja0388)が答えた。
「ふぅん?」
「もうすぐ船が出港しますが、あちらには行かれないのですか?」
「あ。出ちゃう?」
 二人の遣り取りに店の主人が笑う。
「ほれ、持って行きな」
 小龍包を渡され、二人は礼を言って駆け出す。その先には幾つものカンテラで照らされた南欧の気配
漂う建物群。
「そろそろ出航だそうだ」
 ラフテーを平らげた天ヶ瀬 焔(ja0449)が指についたタレを舐めて言う。駿河紗雪(ja7147)は微笑ん
だ。
「では、向かいましょうか、焔…さん」
 何故か一度言葉をつかえさせ、紗雪はふわりと頬を染める。その手を取って走る焔の向かう方向、空
にぽんぽんと上がる小さな花火。
 ナイトクルージングが始まろうとしていた。






「美味しーい♪」
 一口頬張った肉の旨味に、蓮城 真緋呂(jb6120)は顔を蕩けさせた。その様に水瀬・凛(jb5875)は口
元を綻ばせる。
「本当に美味しそうに食べるわね」
「ふふー♪あ、水瀬先輩のも美味しそう。一口もらっていい?」
「いいわよ」
 凛の皿に盛られたスカンビ・アッラ・グリッリアをお裾分けしてもらい、真緋呂はたちまち頬を弛緩
させる。
「海老美味しいーっ」
「こっちのペスカトーラも美味しいわよ」
「んふふ。幸せv はい、私のもあげる」
「あら。ふふ…ありがとう」
 ビュッフェの醍醐味を満喫しつつ、二人は互いに取ってきた料理をつつきあう。
(私も食べる方だけど、蓮城さんには負けるかな)
 料理に舌鼓を打つ二人の隣では、車椅子を揺れにくいよう固定して、島津・陸刀(ja0031)が御幸浜 霧
(ja0751)の傍らに席を設ける。真向いに座らないのは、何かあった時すぐに手を貸せるようにだ。
(恋人としての初めての逢瀬)
 次々と前に並べられる料理を見つめつつ、霧は胸を満たすその事実にはにかむ。
(大事にしたいですね)
「こんなもんか。……どうした?」
 テキパキと料理を揃えた陸刀は霧を見つめる。はたと気づき、霧は首をふるふると横に振った。
「いえ…その、島津様のお召し物、素敵だと思いまして。珍しい姿ですけれど」
 今日の陸刀は臙脂色の着流し姿だ。
「なァに、たまにゃおめェに合わせてみンのも悪かねェと思ってな」
「よくお似合いです」
「おう」
 嬉しげに微笑まれれば、これ以上嬉しいものはない。
「冷めると勿体ねェからな」
「はい。……これは何でしょう? ご飯…?」
「パエリアだ。スペインじゃそこらのオバちゃんでも作れる家庭料理なんだと」
「初めて食べますが、面白い味ですね」
 そんな二人の向こう側、『桃儀楼』で少々ご馳走になってきていた三ツ矢 つづり(jz0156)は、訪れ
たビュッフェの様子に今にも口笛を吹きそうな顔で呟く。
「へぇ……おっ洒落ぇ」
 五所川原 合歓(jz0157)に至ってはすでに料理をガン見なぅ。その胃袋具合を通達されているのか、
料理を運ぶ水兵役従業員が物凄い警戒の表情で彼女を見つめていた。
「よーう、二人とも幸運だな!このイケメン先輩とばったり出くわすだなんて!」
 さて味見でもしようか、と手を伸ばした直後に聞こえた声に、つづりは振り返って軽く目を瞠る。
「あれ。豆腐先輩じゃん。……なに、ぼっち?」
「るっ、るせーなっ!……今の俺は、孤独を愛するイケメンなんだ。孤独を愛するロンリーウルフ。何
かちょっと格好よくね」
 顎下に指をあて、キラーン☆な赤坂白秋(ja7030)に合歓は料理を見つめたままぽそり。
「……豆腐? ……友達…いなく……なった?」
「ちっげーよっ!」
 おお白秋よ。残念だが今の合歓の頭の中には子羊のローストしか入る余地は無いようだ。
 にやにやしてるつづりと料理に目が釘付けな合歓に、白秋はフッと肩の力を抜いた。
(なんだ)
 本当は探していた。近頃あまり顔を合わせなかった二人が――特に参が――気がかりで、様子を確か
めたかったから。
(元気そうじゃねえか)
「ま、楽しそうだな。……よーし、それじゃ食うぞ二人ともー」
「ざんねーん。さんにーん」
「うぉ!?」
 突然つづりと合歓の間にニョキッと現れた少女に、白秋は目を丸くした。
「あれ。何時の間に」
 目をぱちくりさせるつづりに神喰 茜(ja0200)は笑んでみせる。
「しばらくしたら、大花火でしょ? 静かにゆっくり観る花火もいいけど、みんなでわいわい観る花火
もいいものだよね」
「ま。そーだな」
「花より料理になりがちだけど」
 言って見やる相手は勿論、合歓。その手にはすでに山盛りの料理。
「テーブル一個じゃ足りねえな?」
 二人の苦笑につづりは頭を抱える。その様に茜は軽やかに笑った。
「久しぶりにいい息抜きになったねぇ。そういえばそっちは一日何してたの?」


「昼間の私掠船の成果がこれらの食材ってイメージなのかな」
 取り易いよう配慮して並べられた料理の数々に、龍崎海(ja0565)は首を傾げながら舌鼓を打っていた

(船のイベントにいた一般客にあったらどう対応すればいいのかな。また、望まれれば聖なる刻印とか
付与してあげるとか?)
 照明器具そのものも古めかしいカンテラに限定しているせいか、船の上は危険が無い程度にほんのり
と薄暗い。賑わいと同時に落ち着いた雰囲気が漂うのもそのためだろう。
(杞憂だったかな?)
 イベント中と違い、専用の衣装を着ていないことも大きな理由だろう。逆に、そういった意味で今も
衆目を集めている人物が一人。
「では、あなたも拳闘の嗜みが?」
「ふむん。拳で語らうのもまた、天使の嗜みよ」
 本格的なドレスに身をつつんだ長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)と、そのエスコートをするマク
セル・オールウェル(jb2672)―フォーマル姿!―である。
 きとんとしたみずほのパーティドレスは実家から取り寄せた典雅なもの。完璧なテーブルマナーで食
べる姿はまさに優雅そのものだ。
(それにしてもマクセルさんは天使に対するイメージが変わる方ですわね…)
「地中海料理とはオリーブ油でギトギトのイメージがあったであるが…偏見だったのであるなぁ…」
 しばし料理を堪能してマクセルは唸った。みずほが笑む。
「お気に召しまして?」
「うむ。ワインと魚介の相性も良い。いくらでも食べられそうなのである。長谷川殿の健啖ぶりも心地
よい物であるな」
「美味しい食事というものは、ついつい食べ過ぎてしまうものですわ。…明日からは減量しなくてはい
けませんわね」
「我慢は身を損ねる。健康こそ全ての源。偶には良いと思うのである」
 カロリーの少なそうな料理を渡しながら、マクセルは快活に笑ってみせた。
 その笑い声を聞くともなく聞きながら、久遠 仁刀(ja2464)はひっそりと思案する。
(さて、土産屋でプレゼント買ったが、いつ渡そうか…)
 渡しあぐねているうちに買い物→出航→食事(今ココ)となってしまった。このままでは花火が終わ
っても渡せれないとかになりかねない。
(なんとか機会を)
「?」
 そんな仁刀の気配に桐原 雅(ja1822)は首を傾げる。
(先輩、どうしたのかな? まさか、前に負傷したところが痛くなった、とか…)
 どこか深刻な眼差しに雅が大変綺麗な誤解をする。
(だ、だったら、お肉切り分けるとか、辛いよね。ふぉろー、するんだよっ)
 頬が熱くなるのを感じながら、雅は鮮やかなナイフ捌きで分厚い肉を切り分ける。フォークで刺して
決死の覚悟で声をかけた。
「せ、先輩」
「あ、あぁ…わる・ぃ」
 呼びかけに顔を上げて言葉を飲み込んだ。
 視線そらし気味の恥ずかしげな顔。ふるふる震えている差し出されたフォークに刺さる肉。
「あ…『あーん』…」

 ――時が止まったような気がした。



 それぞれが好きな料理を皿に盛る傍ら、伊那 璃音(ja0686)はドリンクバーを覗いていた。
「ノンアルコールカクテルとか…あるかな?」
「野菜ジュースのカクテルとかあるみたいだぞ」
 水杜 岳(ja2713)の声に璃音は目を輝かす。
「璃音は甘いもの好きだし、ドルチェも持って行こうか」
 浅間・咲耶(ja0247)はティラミスを皿に乗せていた。その様子に岳が目を丸くする。
「早くもデザートかよ? てか、なぁ、璃音、そんなに盛って一人で食うのか?」
「だからタケ君私大食いじゃないのっ」
「毎回取りに動くのも…ね」
 顔を赤くする璃音と笑う咲耶に、岳も「ふーむ」と考える。
「まぁ花火見る時に料理取りに行くのも勿体無いからな」
 じゃあとばかりにデザートを持って即席のパフェを作ってみたり。
「お料理はまずはサラダと、シーフードマリネにアサリのパスタに…水兵さんお勧めは何ですか?」
「あーこれ美味しそうだな貝殻に入ったシーフードグラタン」
 一層賑やかになった二人を咲耶は穏やかに見守る。すでに修学旅行的なノリだ。岳に至っては水兵と
並んで記念撮影を撮ってもらっている。
「遊園地、楽しかったね」
「ねー。またあるといいのにね!」
「シマリスの璃音は可愛かったよ」
「へー」
「ちょっとタケ君、『へー』って何!?」
 互いに参加したアトラクションの話をしつつ、テーブルに所狭しと料理を並べる。
「ちょ、持って来すぎ!」
「入らない入らない。食べちゃってーっ」
「あはは」
 それぞれ片手に料理皿を一個持ったままの状態で、それでも笑いつつグラスを掲げた。
「「「乾杯!」」」


 笑いさざめく人々の中、あちこちでフラッシュがたかれるのはご愛敬。
「相当力を入れてるな。料理の解説だけでページが埋まりそうだ」
 愛用のデジカメ片手に、食事そっちのけで店内や料理を撮影する影がここにも一つ。小田切ルビィ
(ja0841)の声に、巫 聖羅(ja3916)は嘆息をついた。
「…全く。こんな時位、お客として楽しめば良いのに」
 手の込んだ料理も古めかしい光と闇が織りなす雰囲気も、彼にとっては『被写体』にしかならなかっ
た模様。優雅に食事を続けつつ、聖羅は呆れながらも相手の分の料理を取り分ける。
(別にルビィの為じゃないし)
 心の中でぶつぶつ言いつつ、盛り付けは大変丁寧だ。
「昼は賑やか、夜は花火の連発…か」
 聖羅の気遣いなど露知らず、ルビィは細かなタイムスケジュールまで書き始める。花火のクライマッ
クスまでは、まだ少しある。今のうちに食事に専念しておくべきだろう。そう思いつつテーブルに置か
れた自分用の取り分(聖羅作)も撮影。
「次の新聞に紹介する『オススメのデートスポット』はコレで決まりだな」
 そのまま食べずに店員へ取材に向かうルビィの首根っこを、凄まじい速度で伸びた聖羅の手が引っ掴
んだ。
「いぎっ」
「食事は、ちゃんと、とりなさいっ」
「く、首絞まっ…」
「料理の味を確かめるのも、立派な取材でしょっ」
 シスターはマザーにクラスチェンジしたようです。


 色んな意味で賑やかな卓の隣では、ひたすら食べに食べる少女の姿。
「食ってる時も可愛いな。子リスみたいだ」
 空腹を満たすのに集中している機嶋 結(ja0725)に、郷田 英雄(ja0378)が真顔で言う。至って本気
の言葉だったのだが、結、食事に集中しすぎていた。
「よく食うよな。どこにそんな入るんだ」
「むぐ…。入っては、すぐ消化して…?」
 大きな肉の塊を飲み込み、いつもと変わらぬ表情で言う結に、英雄は闊達に笑ってみせた。
 結の『高身長苦手を克服する為』という名目でデートに誘った英雄だったが、結の方は年齢差もあっ
てデートの認識は全くない。年の離れた戦友と食事目的に訪れた、という認識だ。
(まぁ、無理に克服させるというより、楽しませてやりたいってのが大きいんだがな)
 英雄としては結の気も惹きたいところだが、かといって何かアプローチするわけでもなかった。この
あたり実に大人である。それよりも今日を楽しみたい、楽しませたいという思いが強いためだろう。
 大人として扱うので犯罪者とか言われても動じないめげない泣かない、と心に決めている姿はMSが
涙と共にMVP進呈しそうになったほどである。
「花火……か」
「最後の大花火までに…んぐ…沢山、食べましょう」
「……まだ食べるのか?」
 すでに積み上がった皿がタワーになっている。
 それを眺めつつ、英雄はふと花火のことを思った。
(きっと機嶋が花火を見れないぐらいの人混みが出来てるんだろう。となると肩車か。――いいぞもっ
と黒子を呼べ)
 よぉーし、ひーろー、後で教育指導室なv(ほえみ)





「ん。これ、すごくジューシーですね」
 屋台で頬張った餃子に、神月 熾弦(ja0358)は驚きの声をあげた。皮が弾けると同時に広がる旨味に
、思わず感嘆の声が零れる。
「沖縄、中国、台湾……本当にアジア圏の料理が一杯ですね」
 その熾弦の傍ら、ゴイクォンを包んでもらいながらファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)は額に張
り付く髪を横に逃がす。
「アジア料理なら香辛料が効いたものが多そうですが、暑くないです?」
「さっきのトムヤムガイが効いてますね……ありがとうございます」
 そっと額の汗を拭ってくれる熾弦に、ファティナが嬉しげに微笑む。
「あそこの北京ダックと子豚の丸焼きがとても気になりますが……」
「今の手持ちで足りるか……ですね」
 美味しそうな匂いだが、先に散財してしまった身には少々きつい。
 とはいえ、散財の原因は彼女等自身には無かった。船の出航前、出会ったつづりと合歓にご馳走した
結果、財布が七割軽くなるという事態と相成ったのだ。
「喜んで貰えてたから本望です…ぐす」
 ひっそり涙目で鼻をすするファティナに、熾弦は「まぁまぁ」と慰める。無論、散財を半分こした熾
弦の財布も七割減である。
「元気な方達でしたね……ファティナさんは少し大変そうでしたけど」
「ええ……本当に。今頃は船の上でしょうね。ビュッフェのお料理、食べ尽くしていないといいのです
が」
 二人は思わず力ない笑みを見交わす。その目がふと屋台に置かれた棒状の食べ物を捉えた。
「? これは何でしょう? パン?」
「くるくる丸めたクレープみたいですね……」
 やや黒っぽいそれはチンビン。聞けば沖縄のクレープだ。ファティナは店の説明に感心した様に頷き
、小さく千切って熾弦を見た。
「はい。あーん♪」
 熾弦が僅かに頬を染める。
(……厚意は無駄に出来ません、よね?)
「ぁ……ぁーん……」
 ちょっと恥ずかしそうに開かれた口に、柔らかいチンビンをぽふっと入れる。にこにこ微笑んでいる
ファティナに、おかえしとばかりに熾弦は自分のチンビンを千切って言った。
「ではこちらも……『あーん』?」


 麗しい美女二人が目に嬉しい光景を繰り広げる向こうでは、楽しげに片っ端から食べ歩く二人の姿。
「これっ、美味しいですよ!」
 袋井 雅人(jb1469)の声に、月乃宮 恋音(jb1221)は桃饅を手に微笑む。
「……あたたかい、ですねぇ……」
「作りたてだそうです」
「……こちらも、美味しい、ですよぉ……」
「ありがとうございますっ」
 恋音が渡したのは月餅。二人、すでにデザートコースだ。
「……ルーファさん、今頃船……ですかねぇ……」
「海の花火も見たいと言ってましたからね」
 出発の十分前に別れたルーファは、今も船の上を飛んでいる。
「お昼も楽しかったですが、夜も色々あって面白いですね」
「……イベントがあったみたいですねぇ……」
「今度は二人で参加してみませんか? 大丈夫! 月乃宮さんは僕が守ります!」
 雅人の声に、恋音は嬉しそうに笑う。
「……楽しみですよぉ……」
 光の洪水のように鮮やかに明るい屋台の中、いつしかはぐれないように手を握りながら、二人は歩み
続ける。
 その二人が通過した屋台の一つでは、ミズカ・カゲツ(jb5543)が嬉しげに深森 木葉(jb1711)の服の
裾を引いていた。
「わぁ〜、色々あるねぇ〜」
 目を輝かせているミズカに、木葉は微笑む。
「ええ。一言にアジア系と言えど、色々な種類がありますね」
 ミズカの前の屋台は中華系。木葉の前の屋台は沖縄料理だ。
「木葉は何が食べたいですか?」
「えっとね、あたしは“さーたーあんだーぎー”ってのを食べてみたいのぉ〜。ミズカちゃんはどれに
する?」
「ふむ。では木葉と同じものを」
 ころころとした揚げ菓子はいかにも食べごたえがありそうだ。
「うん、甘くておいしい〜」
 早速頬張っているミズカは幸せそうな顔。
「日が落ちると灯籠で幻想的な雰囲気になりましたね」
「きれいだねぇ〜」
 屋台が密集しているエリアは明るすぎるほどに明るいが、それから逸れる形で少し歩けば、そこには
夢幻の園が広がっている。
「此の中を歩くのも中々に楽しそうです」
「あ、でもみんないるね!」
 見渡せば、屋台の賑わいから離れて散策する人々の姿。大きな道に沿って歩く先にあるのは、おそら
くパンフレットにも載っていた廟だろう。
「行ってみますか?」
「うん!」


 どこか日本とは異なる光景の中、妙に違和感なく溶け込んでいる悪魔がふたり。それもそのはず、ふ
たり揃ってチャイナ服である。
「色々あるね。これだけ沢山作って、全部味わうのかな」
「一度に全部は無理やろうけど、ちょっとずつならいけるんやないかな。……横、ついとるで」
 不思議そうに料理を食べる七ツ狩 ヨル(jb2630)に、微笑みながら蛇蝎神 黒龍(jb3200)は手を伸ば
す。頬の横についた小籠飯の粒を摘み取ると、そのままぺろっと食べた。
「? あげるのに」
「ん? 米一粒に七人の神様がおる言うてな?」
「ふぅん?」
 不思議そうに首を傾げる相手に、黒龍は笑う。どこか楽しげな笑みに、じゃあはい、とヨルは残った
小籠飯の握りを半分こ。
「たぶん……二百人ぐらい」
「ぎょうさんやな」
 分け合い、嬉しげに笑って黒龍はそれをぺろりと平らげる。マイペースにゆっくり食べるヨルの手に
は、まだ割った飯が半分以上残っていた。
「バラバラにならんように手繋ごか」
「……ん」
 身長が違えば、踏み出す足の長さも違う。けれど速度が同じなのは、相手が自分にあわせて歩いてく
れているからと知っている。
 『どうして?』の答えは、知らないけれど。
「ここやとなんや忙しないな。あっちのほうがゆっくりできそうや」
 指が示す方向は、屋台から離れた散策エリア。
「もう花火が始まってる頃や思やし。綺麗に見えるトコ探そか」
 手を引かれて、ヨルはほてほてとついて歩く。引っ張るほどには強くなく、だから無理のない歩調で
ついていける。
 ぽつぽつと、何かを待ちわびるようにして、周囲の明かりが少しだけ光を落としはじめていた。





「食べきれないほどの種類ですね」
「パークの本気が伺えるね」
 玲獅の声に、同じくお腹いっぱいになってきた海が苦笑する。
「本気と言えば、噂で聞いたのだけど、キング黒子がOrzってなっているらしいけど、俺らのせいじゃな
いよね」
 ちなみに動画等の影響か、翌日以降の前売りパーク券は月単位で完売しているとの噂である。真偽は
不明。
「あー、ほら、笑って笑って」
「待ってって。口拭いてからっ」
「いいじゃんトマトで口紅みたくなってて。撮るよー」
 賑やかな声は岳達の卓から。笑う咲耶と慌てる璃音を写真に収め、岳は笑う。
 そんな賑わいの中、ふと霧はそれに気づいた。
「ん?」
 ふいに伸びてきた手に陸刀が目を丸くしていると、白い指が口の横に触れて離れる。
「ふふっ。お弁当が付いておりますよ?」
 柔らかく微笑む霧に、陸刀は笑った。


「しっかし、伍は相変わらずいい食べっぷり」
「下手したら食べつくすんじゃね?」
「怖いこと言うなーっ」
 白秋の背中を軽く叩き、つづりは慌てて合歓へストップを試みる。
 それらを見下ろす船尾楼の上では、簡易椅子に座った紗雪が焔の帰りを待っていた。
(今日こそは!……呼び捨てを、するのです……!)
 熱意を燃やす紗雪の頭上、その上空を飛ぶ影。
「風、きもちいい」
 昔、人を探し飛び続けた空。今でもその時の名残のように、飛ぶことが習慣化されてしまっているけ
れど。
(飛ぶのは、好き)
(星も、下も、綺麗)
 空に輝くは満天の星。地上に煌めくは人々の明かり。
 目を細め舞うその横顔が、鮮やかな光に照らされる。

「あ」

 視線を向ければ大きく鮮やかな天の華。まるで星と戯れるような。
「水上で花火を眺めながら帆船でディナーってのも、ムードがあって良いモンだよな」
 カメラを向けつつ、ルビィは呟いた。
「――凄く綺麗」
 聖羅は空に咲く華に魅入り、目を細める。
「また来れると良いな…」
 撃退士にとって“明日”ほど曖昧な物は無いから。
「綺麗だね。あは、ようやく見れた」
 カンテラよりも遥かに激しく、人々を照らす光に咲耶は笑む。船上から見る花火は水面に映り、いっ
そう人々の目を奪う。
「綺麗ね」
 隣の璃音が微笑みながら、キラキラ輝くノンアルコールカクテルを花火に翳す。ひっそりと馳せる思
いを知るのは彼女だけだ。
「うん。流石綺麗だな。来て良かったよ」
「記念撮影しようか。三人で」
「撮るぜ?」
「それはさっきもいっぱい撮ってたよね。三人で撮ろう」
 岳の声に笑って、咲耶は周囲の人にカメラを頼む。笑って頷き、玲獅は楽しげな三人と花火を綺麗に
フレームに収めた。
「あ! 私達も! せっかくだから記念に写真撮ろう写真。ほらほら参も伍も」
 その様子に茜達もカメラを手に走る。
「船の上で花火も見れるなんて洒落てるわよね」
「綺麗ね」
 思わず食べる手を止め、凛と真緋呂はその様に魅入る。花火が終わる頃にはクルージングも終わる。
凛は真緋呂にそっと告げた。
「今日はありがとう。おかげで楽しかったわ」
 笑顔の握手と共に。


 花火に見惚れていた仁刀は、ふと手に感じた温もりに目を瞠った。
「雅?」
 視線の先、仁刀の手を握った雅の顔は少し拗ねたような表情で。
「先輩はいつも無茶な事ばかりしてて」
 ぽつりと、いつもより通る声が胸を打つ。
「あんな風に弾けちゃうんじゃないかって――」
「お、おい……今はせっかくの花火なんだから、そっちを……」
「――いつも心配なんだからね」
 空で弾ける花火を観ていたら、彼の事を連想してしまった。
 鮮やかに夜空を照らす光。その様は美しいだろう。鮮やかだろう。だけど、だけれども、

 大切だから。

「だから1人で無茶しないで……ボクも隣にいさせて欲しい」
 言った雅の顔は、少しだけ微笑んでいた。柔らかく、どこか清らかな笑み。何もかもを受け入れ、前
へ進もうとするような。
「無茶するのが先輩だし、止めようが無いのは分かってるから……せめてそれだけは約束して」
「……わかった」
 その眼差しに、仁刀も眦を下げた。
「少なくとも、危ない時にわざと遠ざけるようなことは、しないでおく」
「ん。約束」
(勿論、そうじゃない時もずっと一緒に……)
 心の中でだけ呟いて、指切りをする。
 そうして、二人同時にそそくさと袋を取り出した。
「「これ」」
 あまりのハモリ具合に二人して言葉を失う。視線を落とせば、二人とも同じような袋。
「プレゼント、なんだよ」
「雅も買ってたのか」
 思わず苦笑して交換したそれを開ける。思わず顔を再度見合わせた。
 互いの袋から出てきたのは『黒子の携帯ストラップ』。示し合わせたわけでもないのに、全く同じ品

 驚き、目を丸くし、次いで二人は笑った。
「まあこういうことも、あるか」


 空から花火と煌びやかな甲板を眺め、ルーファは目を細めた。
「空もきらきら、下もきらきら」
 それはまるで無限の宝石箱。様々な色を宿して煌めいている。
「夜空に映える花火も実に美しいのである…。ところで長谷川殿、ここはダンス会場ではないが…一曲
頼めぬであるか?」
 花火をバックに、けれど今も音楽は成り続けているから。
「そうですわね。せっかく素晴らしいBGMも流れていますし」
 差し出された手に手を重ねて、席の片付けられた広めの場所へと進み出る。気づき、音楽が変わるの
に人々から歓声があがる。
「素敵ね」
「『天ヶ瀬さん』」
 踊り出した人々を見やって、紗雪は微笑んだ。後ろからかけられた声に、焔と同じ姓の人が居るんだ
な、と思いつつ。
「『天ヶ瀬さん』」
「……ぇ、あ!そ、そうでした、私も天ヶ瀬です」
「苗字変わったのに、もうちょっと馴れないとな」
「きゃっ」
 首筋にあたったボトルに小さな悲鳴をある。声色を変えられていたから気づかなかったが、そこにい
るのは悪戯な笑みを浮かべた夫の焔だ。
「あ、ありがとうございます。焔…さん」
「?」
 時々つっかえる紗雪に焔は首を傾げる。
「な、なんでもないのです、焔さん!…あ、ぃえ、その、焔…さん…」
「??」
 そういうところも可愛いと思いながら焔はシャンパンを注ぐ。
「じゃぁ…二人の未来に…」
「はい…」
 キン、と小さく華奢な音が響く。それは花火の音に比べ、あまりにも小さなものだったけれども。そ
れでも、見つめる眼差しがあるだけで、胸に響く音だったから。
「これからも、ずっとよろしくな、紗雪。愛してるよ」
「焔…これからもずっと大好きです」
 優しいキスの後、するりと出た言葉に焔が微笑み、紗雪が目を大きく見開く。
「あ!やっと言えました!」
「えっ わっ!?」
 喜びの声と同時、胸に飛び込んでこられた理由を知るのは、そのすぐ後のことである。


(打ち上げ花火…いつ以来でしょうか)
 大気を震わす音と光。見上げながら、結が思い出すのは両親の顔。
 ――幸せだった頃の。
(……)
 感傷を振り切り、結は花火を見やる。けれど同じく花火を観る人々で視界がずんずん狭められてしま
って。
(……っ)
 見えるよう、ぴょんぴょん飛んでみたりした瞬間、ふわっと体が浮き上がった。
「!?」
「行儀は悪いが、まぁ、勘弁してもらおうぜ」
「見れなくて…いいですから」
 強張った体を精神力でいつもと同じ状態に戻し、結は空を見上げる。
「綺麗だな」
 そう、告げられた声に、ただ頷いた。
 空に咲く花々は、確かに今も昔と変わらず美しいままだったから。
 眺め、結は呟くようにぽつりと告げる。
「今日はお付き合い…ありがとうございました」


「うっわぁ、綺麗だねっ」
 空に煌めく光に、木葉は歓声をあげた。
「見事ですね」
「ねー。でもって、これに誓いを書けばいいんだねぇ〜」
 二人が訪れているのは桃型の素焼きに誓いを書き入れる廟。すでに沢山の人々が真剣な表情で書き入
れている。
「所で、木葉はどの様な誓いを?」
「えっ…、あの…、その……」
 問われ、木葉はおずおずと素焼きを差し出した。拙い字で書かれた文字は『ミズカちゃんと、ずっと
いっしょに…』。
「ふふ、其れなら私と同じですね」
 微笑み、ミズカは素焼きを見せた。
『これからも大切な人と共に歩む事、其の誓いを此処に』


 頬に触れた柔らかさに、キスをされたのだと分かった。
「(誰も見てないならええよね?)」
 微笑む黒龍に、ヨルはきょとんとした目を向ける。好意は分かっても、キスの意味はまだ分からない

「綺麗な、綺麗な花火やね」
「……うん」
「さっきの素焼き、なんて書いたん?」
「黒は?」
「<共生共有>」
 ――朋に生き朋に全てを共有する。
 全ての思い出が、彼にとって良いものであってほしいと願うから。
「ヨル君は?」
「ん。『生き延びる』」
「シンプルやな」
 真顔の黒龍に、ヨルはこっくりと頷く。
 生きて、いろんな場所に行きたい。この綺麗な世界をもっと見たい。
 世界にはまだ、不思議なものが満ちているから。
 歩き出すヨルに続きながら、黒はふと自分がヨルに手を引かれていることに気づく。それは何気なく
て、彼等以外には気づかないものだろうけれど。
「…その時は、黒も一緒だよ」


 巡航を終え、港に還った船から人々は降りる。
 その順番が来るまでの一時を甲板で過ごしていた霧は、突然姫抱きされて陸刀に抱きついた。
「人も少ねェし、恥じるコトもあるめェ?」
「し、島津様」
「見てェやつにゃ見せてやりゃイイ―おめェが俺の女だとな」
「ひ、人前でこのような、はしたない……」
 頬を染め、驚きを抑えつつ、霧はそっと体の力を抜く。
「……でも、嫌ではありません」


「よし」
 渾身の文字を書き入れた雅人は、それを廟に奉る。見えた文字は『これからの人生を恋音と添い遂げ
る!』の達筆。
「月乃宮さんは二つですか?」
 チラと見えた一つは『皆で、幸せな時を』。恋音らしいなと思いつつ、隠されたもう一つが少し気に
なるが。
「……秘密、ですよぉ……」
 と言われれば無理に見ることも出来ない。文字が誰にも見えないように方向を調整し、恋音はその素
焼きを雅人の素焼きの横に置く。隣で支えるかのように。


「こいつに書き入れるってわけね」
「書くのに腕まくりかよ」
「こういうのは気合いじゃん」
 わりと意気揚々と書き込もうとするつづりに、白秋は軽く笑う。
「なに書こうとしてんだか」
「そっちは何よ」
「うわ見るなよ! こういうのは誰にも見せずにやるもんだろ!?」
「マジかよー。どこの乙女よー。大雪のBDの仕返しに投げ飛ばせるよう願掛けしてやろーかな」
「それ誓いじゃねえよな!?」
 賑やかな遣り取りの後、白秋はそっと素焼きを廟に奉じる。
 素焼きに記す誓いを知る者は――彼以外、誰もいない。


「桜も素敵ですがこちらもなかなか…」
 ファティナの声に、熾弦も頷く。
「綺麗、ですね……お誘い頂いて、感謝します」
「また行きましょうね。あ、せっかくですからあれしませんか? 桃園の誓い」
 それは素焼きに書き記すのでは無く、指切りで。

「「生まれた時は違えども、死すべき時は同じと誓う」」

 微笑み、ファティナは心の中で重ねて誓った。
 そしていかなる時も貴女を支え護ると、重ねて誓います――と。



 最後に訪れた玲獅は、丁寧な字で文字を書き記した。廟の中、その素焼きは最前列で次に訪れる人々
を待つ。



『この遊園地を訪れた人達がまたここに来て楽しむ事ができますように』

【西】地区 担当マスター:九三壱八








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