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 鉛色の空だ。
 血濡れの大翼を持つ小柄な天使が、漆黒の大鎌を構えて舞っている。
 左右に踊るのは黄金の焔を纏った竜。地にひしめくのは狼頭の獣人達。腐身を黒襤褸で包む男女は死神の鎌を振るい、青十字の戦化粧をした白い巨人達が咆吼をあげている。その数は南部隊だけでも百を超えていた。強敵である。救いなのは、周囲には友軍も展開しており、自分達が実質的に相手取るのはそのうち中央の大道上の二十体程度だという事だ。
「ここが正念場だが……どう転ぶかな」
 天風 静流(ja0373)は黒髪を風に流しながら、北方より迫り来る敵群を見やり呟いた。
「無茶や無謀でも応えるのが騎士のお仕事だね」
 青白いオーラと共に円形盾を出現させて童顔の少年が言った。キイ・ローランド(jb5908)である。
「兄さんが言ってた、リカって使徒は居ないのね?」
 茶色のツインテールを揺らして巫 聖羅(ja3916)が首を傾げた。
「ああ、姿が見えねーな」
 小田切ルビィ(ja0841)は赤瞳を細めて視線を走らせつつ答える。
「前の戦いで深手を与えましたからね。満足に戦える程にまだ回復していないのかもしれません」
 エイルズレトラ マステリオ(ja2224)が言った。
「ふぅん、なるほどね」と頷いて聖羅。
 戦神剣を持つ水兵少女が前線にいないというのも有利な点だった。
「ですが、サリエルは単体でも強力です。特に範囲攻撃に注意を」
 エイルズはサリエルの各種の技とその対策について周囲へと説明する。
(撃退士成り立ての頃 遠くで生徒会長と戦っていたサリエル……)
 機嶋 結(ja0725)は説明を受けつつ昔日を思い出していた。感慨深かった。あの頃は戦神剣も狙撃銃すらも持っていないリカと二十人がかりで戦っていた。大天使のサリエルなど圧倒的な化け物でしかなかった。
 それを今、正面から相手取ろうとしている。
(彼女が、傷を増やす前に……)
 速やかに地に堕とす。そう、少女は決意を固めた。
「皆が笑顔でいられるために、可愛い天使様もわんたちがやっつける! きっと、なんくるないさ〜」
 那覇出身の黒髪の少女が笑って言った。天海キッカ(jb5681)である。天魔に家族を害されることを悪夢に見るほどに恐れている。そうならないよう撃退士として強くあろうと日々努力を怠らずにきた。天が自らを助ける者を助けるならば、きっと上手くいく筈だ。
「イスカリオテ何某に重体にさせられた落とし前は、上司の身体にて晴らせていただきましょう」
 紫色のオーラを立ち上らせている黒髪の娘もまたサリエルを睨んでそう言った。御幸浜 霧(ja0751)である。緒戦で黒外套の天使に良い一撃を貰ったらしく、その雪辱に燃えているようだ。
 彼我の距離が詰まり、彼方で天使が叫んでいる。撃退長からの無線も聞こえた。
(山県さんは……他についてるのかな?)
 周囲を見回して小首を傾げているのはRobin redbreast(jb2203)だ。DOGの長は無線から声はすれど姿は見当たらない。他で戦っているらしい。
(サリエル・レシュ……)
 日下部 司(jb5638)は響く言葉を耳にしつつ、空舞う赤翼の少女をじっと見据えていた。
「相手が悪魔だろうと天使だろうと、俺は俺。人として人間の未来を守るだけだ」
 後藤知也(jb6379)は虹色の光を帯びる霊符を手に大道の左右に並ぶ家々の屋上を跳び駆けてゆく。
(自分の失敗は自分で補う)
 大炊御門 菫(ja0436)はアスファルトの路上を駆けつつ管槍を出現させる。
「行くぞ!」
 サーバントの群れが南下し、撃退士達が北上してゆく。
 戦いが、始まった。


 サリエルは大鎌を手に己の周囲に橙色の光球を三つ展開させつつ南下、サーバント達もまた吼え声をあげて一斉に南下。
 最前例最左の天風、周囲の様子を見つつ前進、周囲と足並みを揃えんとする。
 天風より四メートル程右隣を駆けているのは鈴代 征治(ja1305)、移動に集中して加速をつけている。一応、抑え気味ではあるがこちらは突出する形になりそうか。
 鈴代の右隣に機嶋結が進み、少女の右手より久遠 仁刀(ja2464)が前進。左翼としては久遠が最も右端だ。機嶋、周囲と足並みを揃えたい、が、左手側の鈴代と右手側の久遠とでかなり前進速度に差がでている。間に立っているがどうしたものか、肩越しに背後を振り返る。
 久遠の後ろよりはルビィと聖羅が進んでいる。こちらの二人も機嶋と同じく周囲と足並みを揃えたい。
 その小田切達の左をゆくのは左翼班の、キッカ、Robin、陸、天羽 伊都(jb2199)の四名、揃って通常移動中。
 機嶋、ルビィ、聖羅は鈴代と後続達の間を取る事とした。天風と並走する程度の速度まで移動に集中し加速し北上する。後続のキッカはヘルゴートを発動、アスファルトの大道を駆けつつその身に冥府の風を纏う。
「ボクは空を飛べないのであ〜いう類のはお願いするっす」
 大剣を手に駆ける黒甲冑の少年が口調は軽いながらも油断無く敵味方へと視線を走らせつつ言った。天羽伊都だ。その全身に黒光を纏っている。射手の陸を守るべく並走しつつ直衛の態勢を見せている。かなりの攻撃力と装甲を誇る戦士だが、慎重な構えである。負けるのは御免だ。
「了解、巨人を片付けたら、竜を狙うよ」
 同学年の御守 陸(ja6074)は感情を抑えた冷徹な表情と声音で答えた。戦士の顔だ。陸自らが北上し、巨人も地を揺るがしながら南下しているのですぐに射程に入るか。事前に専門知識でアウルの力を効率化させている。少年戦士は駆けながら狙撃銃を無造作に構えた。
「風神の力を御覧あれ、ってね」
 中央、ブラウンの髪の遊び人的雰囲気の青年陰陽師がアウルを解放した。藤井 雪彦(jb4731)である。タレ目の青年を中心に風が逆巻き、自身を含め、キイ、エイルズ、御幸浜、各務 与一(jb2342)の風神の加護が宿りその足運びを軽やかにさせる。
「前に出るよ」
 蒼白い光を纏い雰囲気を変貌させているキイ・ローランド、左翼最右の久遠から東へとおよそ四メートル程間をあけた位置より北上を開始している。少年は盾を構え周囲と足並みを揃えつつ北へと真っ直ぐに前進。
 キイの右隣にエイルズ、飛び出しすぎないように速度を抑えてキイに並走している。その後方に与一が続き、エイルズの右隣を御幸浜霧が駆けている。
 キイ、エイルズ、御幸浜、与一の四名は雪彦の韋駄天で加速がついているので動きが軽快だ。天風ルビィ聖羅らと並行する速度に合わせて北上する。雪彦も早いが次に黒百合(ja0422)へと四神結界を張りたいのでそちらの動きを見ながら前進速度を抑えている。
「私はただの『城壁』として、荒れ狂う力から総てを護るだけです」
 出発前に神埼 煉(ja8082)はそう言っていた。右翼に位置取る青年はその言葉を実行すべく北上を開始している。
 中央最右の御幸浜と、右翼最左の神埼の位置関係は横だけを見ておよそ八メートル程の距離だ。中央班と右翼班とで機動力に差があるので、距離が徐々に開いていっている。
 神埼の右方に菫、菫の右方に日下部司が戦列を合わせて北上している。
「サーバント達を後ろへは抜かせない、私達で止めるぞ」
 菫は鏡花水月を発動しつつ前進、声をあげて士気を高め、自身と神埼、司に鉄壁を付与する。
「了解、この身を盾にして止めますよ」
 司は左隣を駆ける年上の娘へと返答しつつさらに臨戦を発動、アウルを解放して攻防の力を上昇させてゆく。
「ふむ、頼もしいね。淑女的に頼りにさせてもらうよ」
 前衛達の後ろから進むアイリス・レイバルド(jb1510)が人形のような無表情のまま言って光を解き放った。金髪の小柄な少女を中心に霊気の波が広がり、それはヴェールとなって、神埼、菫、司、狩野 峰雪(ja0345)、御鑑、ナナシ(jb3008)を包み込んで防御の加護を与えてゆく。
 ただでさえ硬かったりタフだったりする前衛の三人の防御性能が物魔双方において上昇してゆく。このラインは頑強だ。
(小田切君は左か)
 狩野、小田切の支援的に動こうと思っていたが、互いの位置が右翼と左翼で別れており、間の距離的に難しい。少し考えたが、初老の男は神埼の後ろに続く形で右翼の面子と共に前進する。金焔竜のブレスに備える者が一人は必要だろう。
 鑑夜 翠月(jb0681)もまた右班として行動中。
「サリエルさんの動きも気になりますけど、まずは厄介な金焔竜と十字巨人の撃破に注力しますね」
 少年は言いつつ、後衛として前を援護すべくアイリスや狩野と並走する速度で北上する。
 右班の最右に位置取っているのは後藤知也、高さ六メートル程度の家屋の屋上を跳び移りながら北上中。
 菫の4メートル程後方に位置するナナシは、背から漆黒の翼を出現させると前進しつつ地上の敵の攻撃範囲外まで上昇せんとする。
(こうして改めて見ると巨人てやっぱり大きいわね)
 地上の敵の攻撃範囲外、巨人の身長は五メートル、大剣の刃渡りを四メートル見て、腕の長さを二メートル半、頭頂から肩までの長さを八頭身で63センチとし、跳躍力が二メートルと予測するなら、大体、十五メートルも高度を取れば良いだろうか? あるいは、もっと跳ぶかもしれない、が、距離を取っていればダッシュして来るのを見てから対応できるだろう。ナナシはまず高度をあげてゆく。
 一方、ナナシの右隣上空、事前に空にあがっていた黒百合はサリエルの正面へと向かうべく、その前進速度を測りつつ西北西へと向かって飛んでいる。
 そのように各員移動を開始し、最も最初に射程に入ったのは左翼の御守陸だった。少年は足を止め南下してくる巨人の額へと狙いを定める。
 覗きこむスコープの彼方、レティクルは青く十字型に戦化粧された猛々しい顔立ちの巨人の、その額に埋め込まれた青い宝石を捉えた。人間の握り拳程度の大きさ。青い戦化粧と同色であり、見分けがなかなかつけづらい、が、注視すれば陸にはそれははっきりと解った。
 いきなり額の宝石狙い、的は小さく、素早く動かす事が出来る部分、普通は容易く中てられる箇所ではない。
「――陸くん、いけそう?」
 直衛についてる天羽が声を投げてきた。
「大丈夫、中てます」
 巨人はその攻撃力と引き換えに動きが鈍い。初手から狙う。全身を巡るアウルを解放、黒い霧をスナイパーライフルの銃身へと纏わりつかせてゆく。相手の移動速度と方向、弾速、距離を計算に入れて狙いを微修正、滑らかに引き金を絞る。発砲。
 瞬間、レート差を炸裂させて撃ち放たれた一発の弾丸は黒い閃光の如く、一瞬で四十メートルの距離を制圧した。唸りをあげて飛んだライフル弾は音速を超え、巨人の回避反応よりも先に、吸い込まれるようにその額の青い宝石へと飛び込んでいった。
 次の刹那、巨人の宝石が砕け散り、その奥の頭蓋へと突き刺さり、盛大に鮮血を噴出させた。駆ける巨人は額を抑え、苦悶の咆吼をあげる。御守陸、凄まじい技量だ。
 撃退士達の先頭を駆ける鈴代、このままの速度で駆けると巨人の大剣の射程まで飛び込みそうな予感がしたので、挑発の射程に入った段階で足を止めた。
「普通の撃退士が参上です。白い巨人さん、まさか怖気づいたりはしませんよね?」
 鈴代は薙刀の切っ先を向けて叫ぶ。巨人は鮮血に塗れた手を額からどかすと、怒りに燃えた眼光で青年を射抜いた。
 青十字の巨人が鈴代へと注意を向けている間に久遠仁刀、長大な斬馬刀を構える。白虹、届くか? もう届く。二十四メートル先まで伸びる。射程が長い。
「行くぞ」
 斬馬刀より月白のオーラを立ち昇らせると気合と共に一閃、爆発的に噴出した光がつるぎの延長として伸び、空間を薙ぎ払って巨人へと迫る。巨人が振り向いた瞬間には、オーラの刃は既にその巨体を叩き斬って抜けていた。霧虹の如き残滓を残して光刃が消える。直後、巨人の身より猛烈な勢いで血霧が噴出した。
「態勢は悪いが――」
 ルビィは駆けながら大型のクロスボウを出現させると狙いを定め、鮮血を噴出しその巨体を揺るがしている巨人へとすかさずクォーレルを発射。矢は鋭い音をあげて宙を飛び、巨人の皮膚と筋肉を貫いて深々とその鏃を突き立てる。
「……射撃を開始します」
 機嶋もまた駆けながらロザリオを掲げると、無数の光矢を生み出して嵐の如くにコボールトへと向けて撃ち放った。獣人は前進しながら小刻みに身を揺らし、襲い来る光の矢を次々に掻い潜ってゆく。獣は牙を剥いて咆吼をあげた。機嶋の態勢が悪いというのもあるが、獣人はかなりのレベルで俊敏だった。
 他方、スナイパーライフルの射程内に踏み込んだ黒百合、サリエルの光球を狙って狙撃銃で弾丸を放っている。唸りをあげて飛んだ弾丸は、三つあるうちの一つへと直撃、光球は風船のように破裂して消えていった。
 サリエル隊の最右翼を固めるのは、最強の幻獣と一部では名高いドラゴンの一族に名を連ねる存在だった。翼開十メートル、竜としては、あるいはさほど巨大ではないかもしれないが、人の身からすれば圧倒的な巨体を眩いばかりの黄金の焔で包んでいる。ゴールデンファイアドラゴンだ。
 最右翼の金焔竜は、聞くもの魂を揺さぶるような竜の咆吼を轟かせながら南下している。巨人へと向かって薙刀を向けている鈴代征治を、その縦に瞳孔が走る爬虫類の金瞳に捉えていた。
 ドラゴンは鰐がするようにその巨大な顎を限界まで上下に開くと、口蓋の奥から赤い色を膨れ上がらせた。火炎だ。生ある者どもを瞬く間に融解させるドラゴンのブレス、黄金の焔。
 次の瞬間、太陽が二つに増えたが如き眩く灼熱する巨大な火球が竜の顎より勢い良く噴出され、天空から地上へと向かって撃ち降ろされた。
 北西上空から高速で迫り来た爆熱の塊を視界の端に捉えた鈴代、咄嗟に気付く。アウルを解放しながら対魔のバクラーを瞬間的に出現させると、空へと向かって素早く翳さんとする。唸りをあげて高速で飛来した火球は、しかし盾が展開するよりも一瞬早くに青年に爆裂し、猛烈な熱波の嵐を轟音と共に巻き起こした。大爆発。凄まじいまでの爆圧と火炎が、鈴代の身を呑み込み猛烈に焼き焦がしてゆく。熱いというよりも刺すような激しい痛み。鈴代の目の前が赤が混じった黄金色に染まり、呼吸が苦しくなる。負傷率九割。いきなり三途の川が見えてきた。渡ってしまえば涼しい所。
 中央を駆けるエイルズ、サリエルの動きを警戒している。その動きが止まった時、微かに蒼白い線が空へと向かって一瞬だけ走ったのに気づいた。
「空、来ますよ!」
 反応が速い。少年は中央班の進路の上空に巨大な魔法陣が出現した瞬間に叫び、方向を転じた。与一またそれに気づき注意の声を発している。空に魔法陣が出現した瞬間、全速で駆け出す。
 エイルズの声を受けてキイは退避せんとしたが通常移動では間に合わないと見て空に円形盾を翳し、御幸浜もまた声を受けて気づき空を仰ぎ見、それに気づくと、紫光を発しながら楕円型の盾を頭上へと向けた。
 光が魔法陣へと急速に収束してゆき、次の刹那、耳をつんざく爆音と共に、直径十メートルにも及ぶ、白く眩く輝く巨大な稲妻が地へと向かって撃ち放たれた。
 エイルズ、元々の機動力が高い上にさらに雪彦の韋駄天で加速し即応している。間一髪で通常機動で範囲内より脱出、与一もまた全速で駆けて脱出を成功させている。
 稲妻はキイと御幸浜の二人を呑み込んで、その凶悪な破壊力を爆裂させ、アスファルトの大地を砕いて土砂を噴出させた。凶悪な破壊力が少年と少女の身へと炸裂し、巨人に鉄塊で殴りつけられたかの如き衝撃と竜焔にも勝る熱を与えて灼き焦がしてゆく。
 土埃が舞う中、キイと御幸浜は爆圧に片膝をついていたが盾を構えた姿勢のまま意識を保っている。
 キイ、負傷率二割四分、凄まじく硬い。御幸浜、負傷率七割九分、倒れない、こちらも頑丈だ。天雷が強いのは、足場より三十メートルの高空、視界外から不意打ちに繰り出されるからだ。事前に気付いて防御態勢を整えておければ、頑強な者達ならば耐えられる。もっとも、それでも装甲の薄い者は負傷二十割レベルで吹き飛ばされる威力ではあったが。畢竟、足が早いか頑丈か、どちらかがあれば、対策を解ってさえいれば凌げる。
 が、死天使はそう容易い相手でもない。天雷が撃ち放たれた瞬間、サリエルは間髪入れず、範囲外へと飛び退いた与一へと大鎌を振り回して赤い斬風の嵐を放っていた。高所からの撃ち降ろし。
 与一、サリエルの動きには注意を払っていたが、全力移動中で態勢が崩れている。
(――避けられない)
 青年が悟った瞬間、唸りをあげて赤刃の嵐がその身に炸裂し、滅多斬りに斬り刻んで抜けていった。刹那、鮮血が与一の全身から盛大に噴出し、焼けつくように熱くなる。負傷率十二割六分、深手だ。激痛に意識が遠退いてゆく中、だがしかし、その瞬間に御幸浜から紫色の光が放たれ、与一の身を包み込んだ。微弱な雷が与一の全身に流れ、同時に暖柔の風がその身を包み込み全身の傷を急速に癒してゆく。
 負傷率十割まで回復。なんとか踏みとどまる。
「……負けるわけにはいかない。死ぬわけにはいかない」
 血塗れの与一は足を止めると火事場の馬鹿力を発動。両方やらなきゃならないのが兄貴の辛い所だ。
「勝って帰る為に最後までこの弓は折れないよ」
 青年は古の武者の如くに、大弓を頭上に掲げて矢を番えると、引き降ろしながら月が満ちるように限界まで引き絞る。射法八節、弓持つ左手が伸ばす人差し指の先、黒襤褸を纏い迫る死神へと狙いを定めると、裂帛の呼気と共に向かって矢を放った。
 鋭い音を鳴らし旋状に錐揉むように鏃を回転させて一矢が飛び、閃光の如くに黒い死神の腐身を撃ち抜いた。渾身の一矢を受けた骸の兵は、独楽のように勢い良く回転してよろめき崩れ落ちる。筋肉が剥き出しのその手から緑色に鈍く輝く大鎌が零れ落ち、アスファルトの通路上に転がってゆく。撃破。
 他方、膝をついた御幸浜へと白く眩く光る槍を構えコボールトが猛然と突っ込んでゆく。天雷をかわしたエイルズレトラは移動の方向を切り返すと、そのコボールトへと横合いから踏み込み手甲を振りかざした。瞬間、手甲より刃が飛び出し、刃光一閃、狼人の頬を切り裂き血飛沫が舞う。
 獣の怒号が炸裂した。狼は足を止めて振り向き様に牙を剥き、槍の持ち手を滑らせて長さを調節すると、風車の如くに旋回させエイルズの足元を薙ぎ払う。穂先に宿る白炎が噴火する火山のそれの如く勢い良く燃え上がった。
 エイルズレトラ=マステリオ、閃光の槍が振るわれるよりも一瞬前に、攻撃のその軌跡を空間に浮かぶ線として幻視している。
 唸りをあげて弧を描いた白光を、少年は後転跳びして鮮やかにかわし、エイルズは間合いを取ると手甲から刃を消して構え直す。
「遅いですね?」
 俊敏な筈のコボールトは振り抜いた槍を頭上で風車の如くに旋回させると姿勢を低く中段に構え直し、エイルズを睨んで唸り声をあげた。
 他方、同時にもう一体のコボールトもまた、キイへと殺意を込めて狼そのものの吼え声をあげて威嚇しながら、まさに獣の如き速度で風を巻きながら突撃している。
 狼頭の獣人は長槍の穂先に白く激しく燃え盛る焔を宿すと、立ち上がった少年の足元を薙ぐ様に竜巻の如くに槍を払う。が、
「吹き飛べ!」
 その一撃が届くよりも一瞬早く、キイは盾にアウルを込めて突き出しその力を解放していた。全長六十センチ程度の円形盾が光輝き、次の刹那、爆音と共に逆巻く光の波動が勢い良く噴出する。フォース。カウンターの形で放たれた無尽光の波動が獣人の身に炸裂し、強烈な衝撃力を巻き起こして、獣人の身を後方へと吹き飛ばしてゆく。吹き飛んだ獣人は、宙で脚を振り回して身体を回転させると、足から着地した。槍を低く構えて牙を剥き、怒りの唸り声をあげる。
 その攻防へと御幸浜は視線を走らせつつ癒しの風を発動、己とキイの間を中心として光の柔風を逆巻かせる。光が二人の身体を包み込んで痛みを取り除き、傷を癒してゆく。キイ、一気に全快まで回復する。御幸浜、負傷率二割四分まで回復。
 地上で激しい攻防が行われる中、空でも攻撃が仕掛けられていた。
「リカちゃんだっけェ? あの子は美味しかったわァ……貴女を堕とした後、あの子は私の餌かしらァ!」
 半悪魔の女は舌舐めずりして狙撃銃で射撃しながら彼方へと向かって叫んだ。距離があり地上で天雷が爆裂してその爆音などが轟いている最中だったが、大天使は目と耳が良い、攻撃も受けているので流石に気づいたか。
「こ……この下種めぇっ!!!!」
 サリエルがはっきりと顔色を変えた。過去に行われた事と、言葉の不穏さがその未来を想像させたのだろう。幼天使は御幸浜に向けていた視線を黒百合へと移し激しく睨みつける。
「アタシは死なないッ!! お前達を皆殺しにして絶対に生きて帰るッ!!!!」
 死の天使の全身から激しく稲妻が爆裂した。戦意が激しく燃え盛っている。サリエル怒らせたら黒百合の右に出る者はいないらしい。
(……黒百合ちゃん、あんなに怒らせちゃって大丈夫かな?)
 地上、空のやりとりを見上げる雪彦、胸中を一抹の不安が過ぎる。怒らせれば、確かにその動向をコントロールしやすくなるし、隙も多くなるので、怒った所で普通は戦闘能力が上がる訳ではない――が、アウルが蔓延るこの世界、士気が上昇すると往々にして破壊力が増大する連中も多い。最大で二割増しだと学園の教官が言っていたような気もする。死天使の怒りは文字通り稲妻と化して、その全身から立ち登っている。
 どう考えてもMAX。
 雪彦は駆け跳躍すると宙にてアウルを解放、青龍、朱雀、白虎、玄武の四神の加護を四方へと飛ばし、結界を張って黒百合を援護する。
 他方、右翼方面。
 空よりViena・S・Tola(jb2720)が戦場に到着している。アイリスはアウルの衣を黒の障壁へと入れ替えて活性化。
 右翼班へと向かってくるのはコボールト三体、巨人一体、ドラゴン一体の計五体か。
 最右の家々の屋上を駆ける後藤、南進するコボールトをその射程に捉える。
「攻撃を開始する」
 元自衛官の若者は、虹色の光を帯びる霊符を翳すとアウルを開放、高所よりアウルで形成された桜の花弁を撃ち降ろす。路上を走る獣人は、予想外からの位置からの攻撃に不意を打たれたか、回避動作が一瞬遅れた。花弁は鋭く飛んでその身に突き刺さり、獣人が呻き声をあげる。
 司が北上し、コボールト達が南下する、槍の間合い、入った。
(――来るか?)
 しかし日下部司、敵のスキルに備えて先手を出さずに動きを見据える。狼頭の獣人が咆哮をあげた。八双に掲げた長槍の穂先から爆音と共に白焔を噴出し、次の瞬間、身を捻り様、低く竜巻の如くに薙ぎ払いを繰り出して来る。
 風を斬り裂き唸りをあげて一閃された白火の刃は、司の足元へと直撃し、強烈な衝撃力を発生させて、青年の身を風車の如くに縦に回転させ路上に叩きつける。しかし司、足払いが来るのは読んでいる。叩きつけられた瞬間に受身を取り、その勢いのままに一回転すると起き上がりざまに神速の騎槍を繰り出した。
 ディバインランスが閃光の如くに伸びて獣人の胴に直撃し、獣人の口から血反吐が吐き出される。強烈な一撃。司は負傷率二分。
「打ち払います」
 神埼煉は接近してくるコボールトを認めると、白銀の篭手を鈍く輝かせ拳を固めて踏み込む。対する狼頭の獣人はやはり穂先に白焔を宿らせて迎え撃った。
 鋼の拳対長槍。リーチは槍の方が有利。
 先手を取ったのはコボールトだった。身ごと横へと一回転捻りざま槍を旋回させ、そのまま低く踏み込んで白い稲妻の如くに青年の足元を薙ぎ払う。風と焔を巻いて偃月に一閃された槍の穂先は、神埼の足首に炸裂し、その両足を痛烈に刈り取って、男の身を一瞬の滞空の後に大地に叩きつけた。転倒。
 北方より大岩を崖上から一気に突き転がしたかの如く、重く低い咆哮が轟く。
 全長五メートルの巨大な鋼の剣を構える巨人がすかさず地を揺るがせながら神崎へと突進してきていた。
「させるものか」
 菫が管槍を構えるとその進路上に割って入る。が、その側面、三匹目のコボールトが疾風の如くに駆けて菫の右手側へと回りこんだ。当然の如く、殺意に瞳を輝かせながら、掲げる長槍から白い焔を眩いばかりに噴出させている。サイドアタック。獣人は姿勢を低く踏み込むと、地を這うように白火の槍を一閃させた。
 しかし、菫もまた即応している。持ち手を滑らせると身体の右側面を守るように槍を勢い良く回転させ、管槍の石突を白火の槍の穂先に激突させる。強烈な衝撃と共に甲高い音が響き渡り、打ち負けたコボルトが身を横に泳がせて大きく態勢を崩す。
 生じた絶好の隙に隙を狙っている狩野峰雪、獣人の頭蓋に一発クイックいけそうだったが、
(空が来ているね)
 前衛のサーバント達その背後上空から迫って来ている竜が気になる。撃ちたい所だが竜に備えて自重する。
 アスファルトが砕け散り、鈍い音が響き渡った。
 巨人が大剣を振り上げながら道路を蹴って、コボールトと打ち合う菫へと一気に踏み込んだのだ。鈍く輝く両刃の巨大剣で、雷霆の如くに打ち込みを仕掛ける。
 文字通り見上げる程の高さより爆風を巻き起こして迫る鉄塊に対し、これは直撃すると不味いと判断したアイリス、
「菫!」
 咄嗟に黒の障壁を発動する。粘性の強い黒色粒子を巨人の大剣へと絡みつかせてゆき、菫はコボールトの槍を打ち払った槍を身を捻り様に引き戻し、前へと踏み込みつつ斬り上げて迎え撃った。雷霆の如き剛剣と五尺三寸一分の和槍とが激突し、流石に重い、態勢が悪い以前に横へと流すならまだしも真っ向から弾こうとするにはさしもの菫にも巨人は分が悪い相手だ。菫の腕に凄まじい圧力が伝わり、圧倒的な質量が槍ごと女の身を叩き潰した。菫が片膝をつき、剣と大地に挟まれて、乗っているアスファルトが陥没し石片が吹き上がる。黒粒子のおかげで切れ地は多少鈍っていたが痛烈な破壊力。菫、負傷率二割六分。相変わらず硬い。
 上空を取っているナナシ、足の止まった巨人の額へと巨大な魔導銃を構えすかさず発砲、狙い済まされた撃ち降ろされた弾丸は閃光と化して飛び、レート差を爆裂させて巨人の額に突き刺さった。
「暴れられると困るから、速攻で退場して貰うわ」
 宝石が一瞬で粉々に粉砕されその周辺までも陥没し血飛沫が盛大に吹き上がる。左翼も右翼も狙撃者達の精度がおかしい。だがまだ巨人は倒れない。
 前衛達が固まった所で、黄金の焔を纏い巨大な翼を広げて飛翔するゴールデンファイアドラゴン、顎を大きく開いて燃え盛る巨大な火球を宿すと、菫、神埼、司の背後を爆心地として狙い猛然と撃ち降ろす。瞬間、狩野は目にも止まらぬ速度で銃口を向けるとその顎へと目掛けて発砲した。クイックショット。火球が吐き出され、直後に火球へと弾丸が直撃し、紅蓮の炎は膨れ上がって大爆発が巻き起こる。
 荒れ狂う爆圧にドラゴンの鱗が吹き飛ばされ焼き焦されてゆく。良い威力だ、と狩野は思った。
 学園側にも範囲攻撃の使い手はいる。鑑夜翠月、極限まで鍛え抜かれた灰燼の書を掲げると、こちらも前衛達と打ち合い密集したサーバント達へと向かって今必殺のファイアワークス、次の瞬間、赤、青、緑、黄、白、紫、色とりどりに鮮やかな爆炎が、空間を打ち揺るがす程の爆圧を伴って炸裂した。冥魔の負の火炎が、天に属する者どもを呑み込んで、菫と相対していたコボールトが消し飛び、神埼へと槍を振り上げているコボールトが消し飛び、司と相対していた瀕死のコボールトが当然の如くに消し飛び、重症を負っていた巨人もまた爆破の嵐に呑み込まれて大地に崩れ落ちた。可愛い顔したあいつは戦略兵器。圧倒的なまでの殲滅力。
 Vienaは祝詞をあげて魔法攻撃力を高めつつ、全速で司の上方まで飛行する。
 左翼。久遠の白虹が再度唸りをあげて巨人へと襲い掛かって薙ぎ払い、態勢を崩した所へ陸、再度黒い霧を纏わせて巨人の頭部へと弾丸を放つ、ヘッドショット。頭部をぶち抜かれた巨人は赤い色を撒き散らしながら、ついぞ一太刀も振るうことなく地響きをあげながら前のめりに倒れる。
 機嶋、全力移動後だが距離が開いている、西の家屋の方向へと駆けながらコボールトへと向かって光矢を乱射する。先よりも鋭さを増して飛んだ光嵐に獣人は捉えられ、次々にその身に矢を突き立てられてゆく。
 甲高い咆哮が轟く。空舞う竜は大翼を広げて旋回しながら、鈴代へと向かってさらに爆裂する火球を撃ち降ろす。広範囲を巻き込んでのトドメの一撃。
「させないわ!」
 聖羅は前進しつつロータスワンドの先を竜へと向けアウルを解放した。逆巻く風の渦が勢いよく天へと向かって解き放たれ、撃ち降ろしの大火球と空中で激突した。風と炎は接触すると大爆発を巻き起こして、爆風と熱波を撒き散らしながら空に鮮やかな炎の華を咲かせる。
「まだまだ……!」
 炎が天で燃え盛る中、鈴代は歯を喰いしばりながら光の槍を出現させて換装すると剣魂を発動、満身創痍の身を急速に癒してゆく。負傷率五割三分まで回復。なんとかいけるか?
 しかし敵も甘くは無い。コボールトは機嶋から光矢を受けつつも獣の速度で鈴代へと槍を手に突進し襲い掛かる。獣人が掲げる穂先に眩く燃える白炎が宿り、旋風の如くに一閃された。
 鈴代はシールドを発動、迫る槍を受け止めんと槍を翳す、が、獣人は手前で踊るように身を一回転させながら低く沈ませると、防御の槍を掻い潜って鈴代のその足元を薙ぎ払った。螺旋の一撃に青年の身が車に撥ね飛ばされたように回転し宙に舞う。一瞬の浮遊の後、大地に仰向けに叩きつけられ、すかさず巨人、はもう倒れている、が、駆けて来た黒襤褸の腐人が、緑色に輝く大鎌を振り上げて鈴代へと踏み込んだ。意識を刈り取る猛毒の塗られた刃が不気味に緑色の鈍光を放つ。
 転倒している鈴代、無表情ながらもその表情に微かに戦慄を走らせつつ咄嗟にシールドを発動、横転しながら槍を一閃させた。鈍い金属音をあげながら大鎌と槍とが激突し、大鎌の軌道が逸れ、鋭い刃先がアスファルトに突き立つ。鈴代、負傷率六割二分。
 他方、最左を北上する天風はもまた吼え声をあげながら南下してきた獣人へと激突している。
 天風は正面から牙を剥き咆吼をあげて迫る獣人の姿を認めると十字斬りを発動、手に持つ大薙刀に怨念を纏ったか如き青褪めた刃を形成して踏み込んだ。
 間合い、240センチの柄の先端にプラスして刃がついている大薙刀、一般に薙刀の刃は一尺から二尺程度、およそ三メートル、それに対する獣人が構えるのは長槍、こちらも全長およそ三メートル程度。得物の長さ的にはほぼ互角、両者突きでなく薙ぎの態勢。
 技量と速度の勝負。
 薙刀が刃光が十文字に走り抜け、白火が宿った槍が宙に白弧を描き、両者が交差した次の瞬間、コボールトの身が二つに断たれて鮮やかに赤色をぶちまけながら吹き飛んだ。圧倒的な攻撃性能。真っ向から一対一では勝負にならない。
 が、その奥よりさらに健在な獣人が一匹、槍を携えて走りこんで来ている。薙刀を振り抜いた直後の女へと向かって獣人は素早く踏み込むと、竜巻の如くに白炎の槍を振るった。天風は咄嗟にかわさんと飛び退き、レート差が乗った一撃は鋭く唸って伸び、その足元を逃さず薙ぎ払った。女の身が弾き飛ばされ、勢い良く回転して大地に叩きつけられる。天風、負傷率一割四分。
 北上するキッカはルキフグス書を掲げ、ようと思ったが手の中にあるのはパンデモニウムだ。が、役割的には問題ない、そのままゆく。負の風を纏う赤眼の娘は、悪魔の書を開くと、一振りの刃を出現させた。
「いっけー!」
 歪に捩れた螺旋の剣は、術者の意を受けて宙を駆けると、鈴代の足を払った獣人へと襲い掛かった。獣人は咄嗟に身をかわさんとしたが、ヘルゴートとレート差で精度を増している一撃はコボールトに喰らいついて逃さず、鋭くその身を貫いた。強烈な破壊力が炸裂し、断末魔の悲鳴をあげてコボールトが倒れる。
 キッカと並走するRobin、少女もまた閃光の魔法書を掲げると、アウルを解放して光の弾丸を出現させた。なかなかに素早い獣人や竜はきつそうだが、動きの鈍い腐人ならなんとなるか? 少女は意識を絞って狙いを凶緑の大鎌を持つ黒の死神へと定める。
「中てる」
 光の弾丸がレート差を爆裂させて勢い良く放たれ、黒腐骸兵の身に突き刺さってふっとばし路上に沈めた。また一つ大鎌が黒腐骸兵の手から滑り落ちて乾いた音を立てる。
 天羽、大剣を構えて最後尾の陸の直衛についている、が、今の所、攻撃は飛んでこない。味方の前線は押しているらしい。
「攻めます」
 魔具魔装には余裕があるので、大剣を消しスナイパーライフルを出現させて攻撃に移行する。天風へと槍を振るったコボールトへと狙いをつけて発砲、唸りをあげて飛んだライフル弾は、獣人の革鎧を貫通してその奥の身までをぶち抜いた。獣人の口から血反吐が吐き出される。
「――いけるか?」
 ルビィは竜へと向かって駆けるとクロスボウを空へと向け一矢を放った。狙いは翼。下方より撃ち上げられた矢が唸りをあげて迫り、竜は錐揉むようにローリングしながら急旋回、クォーレルは翼の端をかすめて虚空を貫いて抜けてゆく。外れた。
 コボールトは口から鮮血を吐き出しながらも唸り声と共に、地に倒れている黒髪の娘へと向かって渾身の槍撃を繰り出し、天風は目を細めると素早く立ち上がりながら長柄を振り上げた。
 青褪めた大薙刀が再度二連の刀閃を巻き起こし、コボールトの股下から脳天まで赤い線が浮かび上がり、胴にも横一文字に赤い線が浮き上がった。次の瞬間、十字状に鮮血を激しく噴出しながら四つに断ち切られた獣人がバラバラと路上に崩れ落ちてゆく。撃破。
「簡単にはやられませんよ」
 鈴代は再度剣魂を発動、みるみるうちに傷を癒してゆく。負傷率二割四分まで回復。伊達に先陣は切っていない。驚異的な回復力だ。
 御守、旋回する竜の喉が見えたタイミングでダークショット、喉狙い、竜は素早く首を捻り、弾丸は喉の鱗をかすめて空を貫いてゆく。避けられた。巨人とは一味速さが違うようだ。
 最右翼の竜は旋回しつつ大きく息を吸い込むと顎を開き、今度は火球ではなく、燃え盛る火炎をバーナー状に吐き出した。狙いは聖羅。
 聖羅は再度マジックスクリューを放って迎撃を試みる。魔力の旋風は炎のブレスに激突すると一瞬で吹き散らしたが、同様に一瞬で抜けていった。長時間空間を抑えられないと一瞬で炸裂するナパームブレスは迎撃できてもファイアブレスは迎撃不能だ。風が抜けていった後に再び炎は火勢を増し、少女へと襲い掛かる。
 炎に巻かれて負傷率十四割二分、意識が千切れそうだが、気力で立っている。
「ここで墜とす」
 久遠仁刀、翼開長十メートルの空のドラゴンを睨むと本日三度目、斬馬刀に月白のオーラを纏わせて爆発的に光の刃を放ち、小田切ルビィもまた大型のクロスボウに三度クォーレルを装填するとその翼を狙って引き金を絞る。
 唸りを上げて伸びるオーラの刃が空間を貫き、旋回する竜の片翼に襲い掛かって貫通し一撃で斬り飛ばした。態勢が崩れた所へもう片方の翼骨へと太矢が突き刺さり強烈な貫通力を発揮してぶち抜いて圧し折る。両翼を破壊され、制御を失った竜は錐揉みながら落下し、地響きをあげアスファルトの道を粉砕しながら大地に降り立った。
 天羽、竜へと狙撃銃の銃口を合わせている、地に落ちた瞬間にすかさず発砲、ライフル弾を撃ち込み血飛沫を吹き上がらせる。
 西の家屋に登っていた機嶋、全力で駆けるとその屋上から宙へと身を躍らせている。ロザリオを消し、両手持ちの大剣を光と共にその手に出現させる。
 振り上げたツヴァイハンダーを回転させると左の逆手に持ち右手で剣の柄頭を抑え、弓矢を引くように引き絞り、落下の勢いと自重を乗せてその切っ先を竜の背目掛けて突き降ろした。
 凄まじい衝撃と共に、鋭い切っ先が竜の鱗を貫いて深々と突き刺さり血飛沫を吹き上げる。痛烈な一撃。竜の背の上に乗った機嶋は半ば以上まで竜の身に喰いこんだ刃を抜かんと刃を捻ってかき回しながら引く、が、竜の強靭な筋肉が締まっておりなかなか抜けない。
 ドラゴンは背より血飛沫をあげながら凄まじい咆吼をあげて身を捩り機嶋を振り落とさんと激しく暴れ回る。その様は、消えゆく蝋燭の火が最後に一際強く輝くような激しさだった。
 咆吼を上げる竜へとキッカとRobinが距離を詰め、射程に捉えるとそれぞれ魔法書を掲げた。パンデモニウムより歪な刃が飛び出し、唸りをあげて竜へと襲い掛かる。無我夢中の竜は道を粉砕しながらその強靭な脚で大地を蹴り横へと跳ねとんだ。負の刃は、竜の胴を掠めながら空間を貫き抜け、路上へと突き刺さってアスファルトの道を爆砕し、Robin、土砂が吹き上がる中、竜が飛んだ先へと精神を研ぎ澄ませて狙いを合わせている。解き放たれた負の閃光は、竜の眉間に直撃し、そのレート差の破壊力を解き放って赤色を宙へと撒き散らした。
 竜の瞳から光が消え、暴れまわっていたその勢いのまま横倒しに倒れる。撃破。その勢いで剣が抜けて宙へと放りだされた機嶋は、器用に小柄な身を一回転させて着地する。
 他方中央、やや北の空を舞うサリエル・レシュ、裂帛の気合を込めて大鎌を旋風の如くに振り回しブラッド・ガデスを南空を舞う黒百合へと連続して放つ。
「お、ち、ろぉおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
「あははははははははははははははははッ!!」
 黒百合、空間を制圧し視界を埋め尽くす量で遅い来る赤い斬風の嵐を空蝉でかわしてかわす。
「お前だけはここで殺す!」
「無・駄・よぉ!」
 妖艶に笑う半魔の少女が反撃に構える狙撃銃、スコープのレティクルに光球を捉え引き金を絞る。撃ち放たれたライフル弾は、旋状に回転しながら真っ直ぐに飛び、サリエルの周囲を浮遊していた最後の橙色の光球に直撃する。射抜かれた光は宙に淡い色を散らしながら破裂し、消滅した。
「天使を堕とすのは悪魔の御仕事よねェ……♪」
 幼天使を守っていた光球が全て消え失せる。
「……こいつっ、人間辞めたのか!」
 サリエルの碧眼が驚きに見開かれる。
「かかってこいっ!」
 中央地上。キイ・ローランドはフォースをタウントに入れ替えて活性化、スキルはまだ発動されていないが盾を掲げて挑発する。先にキイのフォースで吹き飛ばされたコボールトは再度キイへと向かい咆吼をあげながら踏み込んで、長槍の穂先に皓く燃え盛る光を宿すと、旋風の如くに低く薙いだ。
 キイは盾で止めんとし、しかし穂先は盾の下を掻い潜って、少年の足へと直撃した。右から入ってそのまま左へと左足も払って抜けてゆく。少年の身が弾かれて勢い良く回転し大地に叩きつけられる。
 北から踏み込んで来た黒襤褸の死神は倒れたキイへと向かって緑色に輝く大鎌を勢い良く振り下ろした。風を巻いて遅い来る凶刃にキイは横転しながら盾を翳す。
 刃と盾が激突し、大鎌は火花を巻き起こしながらその表面を掻いて逸れてゆく。
 さらに後続の黒腐骸兵達が中央へと突撃してゆき、漆黒の翼で右翼の空を舞うViena・S・Tola、その白い手に氷雪の霊符を出現させると黒い襤褸を纏う死神へと向けた。
「やらせません」
 煌く氷の刃が勢い良く噴出し、空から地上へと向かって光の軌跡を描きながら撃ち降ろされる。
 腐人は咄嗟に空を見上げ、迎撃せんと大鎌を振り上げたが、氷の刃は鎌を掻い潜って、黒腐骸兵の身へと炸裂した。レート差を乗せて空より放たれた刃は、強烈な威力を発揮して黒の死神の身を吹き飛ばした。大鎌がアスファルトの路上に音を立てて転がり、倒れた骸兵はそれきり動かなくなる。撃破。
 キィの負傷率は一割四分。
 与一は己の傷口へと手を当ててアウルを放出し傷を癒してゆく。負傷率八割まで回復。
 中央右サイド。
 茶髪の少年と立ち会っている狼の獣人は裂帛の咆吼をあげると、槍の穂先に白炎を宿して閃光の如くに一閃させた。
 エイルズレトラは跳躍すると下段の槍撃をかわし、宙で身を捻りざまに手甲を袈裟に振るう。手甲より刃が瞬間的に出現し、肩口から入って革鎧を斬り裂きながら脇腹へと抜けてゆく。
 鮮血が散り獣人が苦悶の声をあげ、その左右、黒襤褸を纏った腐身の死神が大鎌を振り上げながら同時に踏み込んだ。包囲攻撃。左右から死線が伸びて来る。
 着地の瞬間を狙って放たれた攻撃に対し、少年は上体を素早く沈めて左の一撃をかわし、右の大鎌の振り下ろしをその刃の側面に手甲をぶつけて弾いてかわす。見える。
 エイルズには敵の攻撃の一瞬前にはっきりと線が幻視出来ていた。
(大丈夫、いける)
 三対一でも問題ない。
 御幸浜は刀を片手に周囲を見回しつつ、手近な箇所では最も負傷の深そうな与一を認めると、紫色のアウルを手へと集中させ青年へと向けて放った。
 青年の全身が紫光に包まれ、ほっとするような温かさが身に染みこみ、痛みが急速に引いてゆく。与一、三割四分まで回復。
「ほんと走り回る日だね、今日は」
 雪彦はアスファルトの路上を駆けて中央へと辿り着くと両手を打ち合わせアウルを解放、四方へと四神の結界を張る。
 キィ、与一、エイルズ、御幸浜が結界の防御効果を受け始めた。雪彦の四神結界はこれで打ち止めだ。
 他方、右翼サイド。
 黄金の焔を纏い飛行するドラゴンは鑑夜へとその顎を開くと燃え盛る火炎を吐き出した。天より地へと炎の舌が高速で伸びてゆく。
 鑑夜、オフェンスは強いがディフェンスは回避も防御も脆弱だ。反応できない。
「くっ!」
 神埼煉、庇護の翼を発動、横合いから咄嗟に割って入りその身を壁としてドラゴンブレスを受け止める。猛烈な熱波が青年の身を焼き焦がしてゆく。負傷率七割一分、焔が過ぎ去った後、全身から白煙が吹き上がっているが立っている。鑑夜は無傷。
「竜を!」
 司はジュノンの紋章を掲げるとドラゴンへと向けてアウルを解放する。孔雀の羽が無数に出現し、地上へと空へと向かって嵐の如くに吹き上がってゆく。
「任せて!」
 セフィロトの樹の形状の巨大な魔導銃を手に高空のナナシ、孔雀羽に追われる竜の回避先へと照準を合わせると素早く発砲。轟音と共に撃ち放たれた弾丸が翼の付け根へと突き刺さり、壮絶な破壊力を炸裂させて一撃で骨を粉砕し圧し折った。
 竜が悲鳴をあげて鮮血を撒き散らしながら地上へと落ちてゆく。
 鑑夜は全身から闇を噴出させて身に纏うと、漆黒の弾丸を堕ちゆく竜へと向けて撃ち放った。闇の弾丸がドラゴンの身に命中すると、竜の鱗と肉が盛大に爆ぜ飛び滝のように鮮血を噴出させながらドラゴンは大地に叩きつけられると激しくのたうちまわる。
「今、楽にしてやる」
 菫はもがく竜へと駆け寄ると態勢低く顎下へと肉薄し伸び上がり様に突き上げるように管槍を繰り出した。
 筒状の握りで支えられ、高速で捻りが加えられながら鋭く放たれた穂先は、竜の顎下へと突き刺さり、次の瞬間、その脳天までを貫いて抜けた。フルメタルインパクト。赤い雨が降り、竜の瞳から光が消え、動きが止まる。
 女が素早く槍を引き抜くと、竜は糸が切れた人形のようにアスファルトの路上へと崩れ落ちた。撃破。
 竜が倒れたのを見た狩野は中央へと視線を移すと、エイルズの攻撃を受けてよろめいているコボールトを認めると、すかさず速射して撃ち抜いた。側頭部を射抜かれた獣人は呻き声すらあげずに斃れる。撃破。
 アイリスは黒色障壁を祝福へと切り替えて活性化している。
「手当てしよう」
 後藤は右翼の一同を見渡し、特に負傷が重そうなのは神埼であると判断すると、アウルを手の平に集中させて青年へと放った。光が神埼の身を包み込んで痛みを引かせ、失われた細胞を急速に再生させてゆく。神埼、負傷率四割二分まで回復。
 サリエルと真っ向から撃ち合いを続ける黒百合、少女のその赤い翼へと狙いを定めるとレート差を爆裂させ黒い雷光の如くに弾丸を放つ。正面から単騎で大天使へと部位狙い、いけるか?
 弾丸は稲妻の如くに血で濡れたかの如き羽へと迫り、次の瞬間、その進路上からふっと羽が掻き消えた。虚空を貫いて彼方へと抜けてゆく。黒百合、強烈な精度だったが、流石に大天使も伊達ではない。
 サリエルが空中で身を捻って大鎌を振り上げていた。蒼い瞳が殺意を以ってギラギラと輝き黒百合を激しく睨みつけている。
 次の瞬間、サリエルが旋風の如くに大鎌を振り回し、赤い斬風が南の空へと向かって放たれる。目の前が赤色で一瞬で埋め尽くされた。ブラッド・ガデス。
「悪魔に魂を売り渡した人間を裁くのは天使の仕事だぁッ!!!!」
 それでも半悪魔の少女は空蝉で一波をかわしたが、ついに空蝉が切れる。回避先へと向かって迫り来た赤い斬風は、凄まじいまでのレート差によって破壊力と精度を激増させて、黒百合を飲み込んだ。四神結界の加護が一瞬で突き破られて全身を滅多斬りに切り刻まれる。空中から様々なものを撒き散らしながら黒百合は大地へと落下していった。空より重力に従って徐々に加速して、アスファルトの路上に激しくその身を叩き付けられて少女が転がる。ぴくりとも動かず、みるみるうちに血の海を広げていった。負傷率四十一割三分。意識は既に消えていた。
(あいつ……)
 雪彦は表情を消して空の死天使を睨みつける。仲間が(特に女の子が)傷つくのは堪える。守れなかった存在を思い出すからだ。青年は四神結界から風妖精の嫉妬へと活性化を入れ替える。
 地上。
「くっ!」
 キィは膝立ちになりながらタウントを発動、コボールトと黒腐骸兵の槍と大鎌が襲い掛かり、少年は大鎌を盾で受け止めつつ、身を捻って槍を装甲の厚い部分で受ける。負傷率三割四分、硬い。
 与一は弓に矢を番えると引き絞りはっしと放った。矢は鋭い音を立てて飛び、コボールトの脇下に横から突き刺さる。獣人は口からを血を溢れさせながら身をよろけさせ、そのままどぅと倒れる。撃破。
 エイルズは左右に立つ二体の黒襤褸骸兵の大鎌を上体を逸らしてかわし、一歩後退してかわす。
 直後、左手側の骸兵はVienaが氷刃を撃ち降ろして撃破し、右手側の骸兵へと狩野が弾丸を撃ち込んで、よろめいた所へエイルズはすかさず踏み込み手甲の刃を一閃させて斬り倒した。
 御幸浜はキィへと斬りつけている黒腐骸兵へと踏み込むと抜刀様に惟定を一閃させる。美しい波紋を持つ日本刀が弧を描いて翻り、黒襤褸と共にその奥の腐身を斬り裂いた。黒い襤褸布の切れ端が宙に散る。
 天風、鈴代、機嶋、久遠、Robin、キッカ、ルビィ、天羽、陸、聖羅、菫、司、後藤、ナナシ、アイリス、鑑夜、神埼はサリエルへと向かう。
 久遠は駆けつつ蝕を、陸はストライクショットを活性化、天羽は御幸浜の斬撃を受けた黒腐骸兵へと照準を合わせ発砲、遠方より飛来したライフル弾は唸りをあげて黒腐骸兵へと直撃し、その身を吹き飛ばして撃ち倒した。
 神埼は後衛を守れるように移動。菫は白虹貫月を活性化。アイリスは祝福を鑑夜へとかけ、魔眼と加護の力を与えた。鑑夜の魔法の精度と防御力が増してゆく。
 中央、黒百合を撃墜したサリエル、ふと気付くと24対1になっている。どういう事だ。
 並の撃退士なら二十四人くらいはサリエル一柱で蹴散らせるが、どうやら敵の一団は並ではないらしい。サリエル隊が悉く屠られたにも関わらず、一人の敵も倒せてない。せめて固まって向かって来るなら天雷やガデスでまとめて薙ぎ払えるが、きっちり対策が叩き込まれているのか散開されている。
 サリエルの肌はピリピリと危険を伝えていた、彼女の冷静な部分が即座に後退するべきだと叫んでいる。しかし、この一団をこのまま北へやってしまう訳にはいかなかった。せめて、多少なりともここで戦力を削っておかなければ、他ではガブリエルや配下のサーバント達が戦っている、そして彼女の背後、中央には手負いの使徒達や無防備となっているイスカリオテがいる。共に戦っている仲間達が危機に晒されてしまう。
「……きゃは! 良いさ、面白いネ、アタシが総大将だッ!! やってやるよぉッ!!!!」
 サリエルは大鎌を旋回させると撃退士達へと突っ込んでゆく。遠間から攻撃しても回復されてしまう。いちかばちか、最大火力の技で一気に潰す。
「特攻? どんなに強くても、貴方はザインエルほどでは無いわ! 落ちなさい!!」
 空のナナシ、彼方へと叫ぶとセフィロトの魔導銃で猛射。強引にサリエルの翼を狙いにいく。壮絶な精度で弾丸が飛び、サリエルは飛翔しながら素早く身を回転させる。弾丸が翼の端を掠めて赤い羽根を宙に散らせる。
「きゃははははははははッ!!」
 ドス黒い隈に縁取られた碧眼をギラギラと輝かせながら、けたたましい笑い声をあげて死天使が高速で飛来してくる。
「サリエル!」
 司は駆けつつ空の天使へと向かって言葉を投げかけた。
「――人と共に歩むことは無理なのか?」
「……アハ、お兄さん、それ本気で言ってるの?!」
 天羽は護衛がヘイトを稼いで護衛対象を範囲攻撃に巻き込む危険性を嫌い、再び大剣を抜き放ち慎重に陸の直衛についている。陸は南下してくるサリエルを射程に捉えると生じた隙を狙いストライクショットを発動、鋭く弾丸を飛ばし、その胴体にライフル弾を叩き込む。命中。
「――ぐっ! 本気そうだから答えるけれど、じゃあお兄さんアタシの軍に来る?」
 与一は弓矢を引き絞ると空舞う大天使へと向かって撃ちあげる。サリエルは前進しながらローリングしてかわした。
「――自分の意思で仲間の背中を攻撃してくれる?」
 キィはシールドバッシュを活性化。
「出来ないだろ!! アタシだって同じだッ!!!!」
 サリエルの叫びが響く中、南西より射程に入った聖羅、烈風の忍術書に持ち替えて空へと掲げる。
「そうね、赤い翼の天使様――ならせめて人間の手強さを見せてあげるわ……!!」
 未来位置を予測しその翼へと偏差で狙いを定めて空へと向かって一閃の雷光を放つ。一瞬で空間を制圧して稲妻が飛び、大天使は素早く身を捻り、雷は羽先をかすめて虚空を貫いて抜けてゆく。外れた。
「それは解ってるんだよぉっ! きゃはははは!!」
 死天使が身を捻って回転しながら飛行し、エイルズ、現在空へと届く武装が無い。サリエルへと注意を向けて天雷等の警戒に専念する。菫も空へ手が届く武器が無いので落とされるのを待つ。少し離れた位置で天風は薙刀を手に黄泉を発動、蒼白い光の粒子が次々に体内へと吸い込まれるように消えてゆく。Vienaは祝詞を発動。
 キッカはナイトアンセムからハイドアンドシークへとスキル活性化を入れ替え、久遠は回り込みながら隙を窺っている。
 機嶋もまた回り込みながらロザリオで空へと向かって無数の光矢を飛ばし、鈴代は自動式拳銃で射撃し、狩野がタイミングを合わせて散弾を放ち、Robinも回り込みながらゴーストアローを発射、鑑夜は炎の剣を出現させて撃ち放つ。雪彦も至近距離まで詰めたいが、空は飛べないので同様に隙を窺いつつ炎の剣を出現させて撃ち放つ。
 サリエルは光矢と弾丸の嵐をかわすも、回避先へと飛んだ不可視の闇矢がその気配を悟らせずに突き刺さり、さらに鑑夜の炎の剣が多大なレート差によって攻性を増し魔眼で精度が増強されて鋭く飛んだ。燃え盛る剣が大天使の白ドレスを裂いてその奥の身へと深々と突き刺さり、態勢が崩れた所へ雪彦が放った炎剣もまた連続して突き刺さる。サリエルの肺から苦悶の息が漏れた。
「こっ、のぉおっ!!」
 猛撃を受けつつもサリエルが飛んだ先は――御幸浜霧。黒髪の少女の真上へと辿り着いたサリエルは身を大地に対して水平になるように回転させるとその手の平を地上へと向ける。一瞬の溜めの後、眩く輝く蒼い巨大な稲妻の帯が、その小さな手の平より勢い良く噴出する。ケルビムの火。
「今度は上司自らですか!」
 回復手はタフでなければ務まらない。御幸浜は撃ち降ろされた爆雷の槍に対し、咄嗟に紫光を発しながら楕円の盾を向ける。
 紫光の盾と稲妻の槍とが激突して爆ぜ、壮絶な破壊力が荒れ狂った。上から叩きつけるかの如く爆圧に少女の膝が落ち、アスファルトの道路が破砕されてゆく。
 御幸浜、負傷率十五割四分。
 意識が消し飛びそうになった瞬間に、その身に稲妻が走り、紫の光が勢いを増してゆく。散りそうになる意識を必死に掻き集めて繋ぐ。堪えた。紫光がその身を癒してゆく。負傷率十二割七分まで回復。
 後藤は御幸浜へとすかさず光を飛ばす、ライトヒール。少女の身がさらに癒えてゆく。
「っ――! 良いから、寝ててッ!!」
 まさか耐えられるとは思っていなかったらしいサリエルは、それでも歯を喰いしばり間髪入れずに二発目の稲妻の槍を撃ち降ろす。御幸浜は、激痛に霞みそうになる意識の中、再び盾を掲げたが、二度目の大爆発が巻き起こると、視界から全ての色が消えた。負傷率二十一割五分。荒れ狂う蒼雷の爆発に黒髪の少女が吹き飛んで路上に転がる。昏倒した。
「ふむ」
 アイリスはナナシの真下へと駆けつつ跳躍し、空へと手を伸ばして祝福を放った。空の悪魔に魔眼と加護が宿り、その防御と特に精度が増大してゆく。凶悪な存在がさらに凶悪になる。
 路上を駆けるルビィはゼルクを出現させると空を見上げる。相手の高さ、届くか? 勢いをつけて跳躍し、サリエルの真下から真上に向かって鋼線を放つ。
「うわっ?!」
 サリエルは多少驚いた様子だったが、地上へと攻撃を仕掛けているので視界は下へと向いている。身を傾けながら急旋回して下より伸び上がってきた糸をかわした。
「こっの、沈めぇッ!」
 サリエルは東の鑑夜へと高速で旋回しながら蒼い稲妻を手の平から放つ。だが蒼雷が鑑夜に炸裂するより早く、神埼がその前に割って入った。男は割って入りながら手甲翳して天空からの稲妻を受け止めんとし、鑑夜は身を伏せる。次の瞬間、稲妻が男の手を掻い潜ってその肩部に炸裂し、大爆発を巻き起こした。猛烈な爆圧に神埼が吹き飛び、路上に叩き付けられて転がる。負傷率十七割九分。昏倒した。
「粘りますね……!」
 Vienaは属性攻撃を活性化。キッカはデビルブリンガーに持ち替えるとハイアンドシークを発動させてその気配を薄くする。アイリスは原初の調を活性化。
 鈴代、機嶋、Robin、陸、聖羅、与一、雪彦、翼を狙ってイチイバルを出現させたキイ、ダークショットを発動させた狩野、生き延びた鑑夜、地上の撃退士達から矢と弾丸と稲妻と炎の剣、飛び道具の嵐が雨あられと撃ち上げられてゆく。空からはナナシが弾丸を飛ばした。
 サリエルも翼を狙われるのは解っているので、翼狙いの一撃だけは必死にかわさんとするが、多人数による多方向からの攻撃を回避しきるのは流石に無理だった。その身に光矢や弾丸、炎の剣が次々に突き刺さって態勢が崩れ、旋回の軌道を予測して放った聖羅の稲妻と、仲間達の射撃に動きが鈍った瞬間を狙ったナナシの弾丸がついに赤い翼に炸裂しその両翼を吹き飛ばす。
 壮絶な猛撃に翼だけでなくその身全身を真っ赤に染め上げた大天使は旋回の勢いのままに錐揉みながら勢い良く落下していく。
 翼を折られた天使は東の家屋の壁に激突して路上に転げ落ちた。サリエルは息を乱しつつ、よろよろとよろめきながら起き上がる。
「――リカへの遺言があるなら……聞くぜ!」
 ルビィは鋼線を手に落下してゆくサリエルを追いかけていた。満身創痍で虚ろになった蒼瞳を向ける死天使を見据えて叫ぶ。同様に、力を溜めていた天風は薙刀を手に肆式「虹」を発動させて突進し、久遠が蝕を解放させて黒いオーラを纏った斬馬刀を手に駆け、気配を消しているキッカがサイドからデビルブリンガーを手に迫り、他にもエイルズ、菫、雪彦、機嶋、鈴代、接近戦を狙う撃退士達がサリエルを追って猛然と突進している。その一団が今まさに解き放とうとしている総攻撃力の凄まじさ。勝機と見た天羽はすかさず大剣を消して狙撃銃を出現させ弾丸を撃ち放った。
「アタシは……」
 サリエル、その全身から稲妻を爆裂させ、激しく放電を開始した。ハイ・ボルテージ、サリエルの切り札、死天使の能力が全開になる。唸りをあげて飛んだ弾丸が、少女が纏う雷に速度を減衰させながらも、赤く染まったドレスを貫いてその身に突き刺さり、新たな血飛沫を噴出させ、しかし大天使は急速にその全身の傷を癒してゆく。
「アタシはリカを残して死なないッ!!!!」
 大天使は血を吐き出しながらも鬼気迫る表情で叫ぶと、撃退士達に背中を見せ家屋の窓硝子を体当たりして割ってその中へと飛び込んだ。
「待て! 死天使ともあろう者が背中を見せて逃げるのか!!」
 菫が叫んだが返答は無く、先頭を駆けるエイルズが家屋へと飛び込み、残された血痕を追って家を抜けた時には、サリエルは裏路地の彼方を駆けており、直後に曲がり角を曲ってその姿を消した。
「相変わらず、地味に足が速いですねサリエルは」
 前回の戦いでの最後の攻防を思い出しエイルズは顔を顰めて呟く。あの時のエイルズで倍以上に速かった。今のエイルズ比だとおよそ1.5倍強だろうか。超速の撃退士や天魔よりは遅いが、並よりは随分と速い。
 あれを逃さず息の根を止めるには、相応の作戦が必要なように思われた。
「……まぁとりあえず、借りは返せましたかね?」
「そうだな。出来れば、ここで仕留めておきたかったが」
 無念そうに菫はエイルズへと答え、石突で路地裏の道を叩いた。
 あの赤い天使は死の天使、神の威光を守る者、回復すれば再びまた人々を殺めるだろう。




 ともあれ大勝利である。
 サリエルの首は逃したが、深手を与えサーバントを殲滅し自軍の損害は軽微、圧勝であった。
「死天使はお姫様……リカの事が、よっぽど大事なんだな」
 追い詰めた時の剣幕と、泥中を這うような逃げっぷりを見せた背中を思い出しルビィはそう胸中で一人ごちた。主を失った使徒の末路は大体悲惨だ。
 廃街でルビィ達がリカと戦ってから、およそ二年の歳月が流れている。
「また会ってみたいもんだ」
 青年は水兵服の少女の無表情な顔を思い出しつつ、態勢を整え直した一同と共に北へと向かった。
 南部隊はその後、戦線を突破し、中央へと強襲を仕掛ける事となる。


 了


【静岡攻守分水界・南】 担当マスター:望月誠司








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