●
並はずれたサーバントの巨体は、遠く離れた場所からも良く見えた。
「……でけぇな」
嶺 光太郎(jb8405)が思わずそう呟いた程だった。
やや前方、左右に一体ずつ。そしてひと際大きな一体が最後方に控えている。
十文字の戦化粧、燃えるような赤い長髪。ドンナーは筋肉の盛り上がる白い肩をいからせ、耳をつんざくような咆哮を上げていた。
その姿に、フレイヤ(ja0715)が目を見張る。
「くっ、筋骨逞しい巨人と争う事になるだなんて……! なんて、なんて……!」
可憐な唇が微かに震える。
「筋肉パラダイス……!!」
というより筋肉カーニバルか。どちらにせよ、眺めて嬉しいかどうかは人によるだろうが。
「赤髪ロングのドンナーさんって、萌え度中々高いわ……写メっとこ!」
戦闘開始前の時間を利用し、フレイヤはスマホを取り出し撮影。近付き過ぎると収まらない大きさなので、その意味でも正解だったかもしれない。
君田 夢野(ja0561)は事実上逃亡したに等しい企業撃退士の後ろ姿に、鼻を鳴らす。
「何だ、天使かと思ったらサーバント風情か。ヨユーじゃん」
アスハ・ロットハール(ja8432)が傍らに立ち、展開する敵の位置を確かめる。
「それでは、戦場音楽といこう、か、ユメノ?」
先の戦いに参加している夢野だから、奴らの特徴も把握しているのだろう。
確かに、このエリアには天使も使徒もいない。
だがその分、ここは確実に攻め落とし、先へと進まねばならないのだ。
「ここが正念場ってやつね! さっさと片付けて他の助けに回ろう!」
「何としても勝ち星を上げたいですね」
雪室 チルル(ja0220)が念を押すのに、海城 阿野(jb1043)も穏やかに、だが強い口調で同意する。
戦力をなるべく温存し、サーバントを完全に駆逐すること。自分達に『失敗』は許されない。
「安全に、そして確実に行きたいところですからね」
イアン・J・アルビス(ja0084)が楯を具現化した。
安全とは自分達が手を抜くという意味ではない。効率よく進軍することを、他エリアより一層強く求められるという意味だ。
敵からも既にこちらが集まっているのは見えているだろう。
だが、出方を窺っているのか、巨人もその近くのサーバント達も動く気配はない。何らかの意図を持って布陣している以上、先に動く理はないということか。
ならば。
「……戦闘開始。排除しますの」
それぞれが持ち場についたのを確認し、橋場 アトリアーナ(ja1403)がバンカーを手に飛び出す。
目指すは敵の右翼。そこを狙って突き崩し、そのまま左へと進み殲滅する作戦だ。
まずは前衛、中衛、後衛と、得意分野に応じて攻撃をしかける。
もし先鋒が飛び出し過ぎると、囲まれて撃破されてしまうだろう。各自の移動可能なスピードにも差がある。
一般人にとっては一瞬、しかし撃退士にとっては長い時間。距離を詰めるその間、およそ二十秒。
駆けながらチルルは氷の粒子で身を守り、光太郎は遁甲の術で気配を消す。
一団の上空から、ジェイク・コールドウェル(jb8371)が通信機で呼びかけた。
「空から援護させてもらうのですよー! 皆さん、ちゃんときこえてますかにゃー?」
少し後方から全体を見渡し、連絡するのがジェイクの役目だ。
「敵右翼、前方にコボルト二体。クルセイドジャイアントの脇に黒腐骸兵二体が居ますにゃー!」
姫路 神楽(jb0862)が淡々と呟く。
「さぁ、partyを始めましょう? 最高のパーティーを♪」
その頬にほんのかすかな笑みが浮かんでいることを、本人は気付いていない。
●
飛び込んで来た撃退士達に、右翼の守りであるクルセイドジャイアントが咆哮を上げた。
耳をつんざくその声は、サーバント達を叱咤激励するかのようだ。
それだけではなく、大剣を一度振り抜くと、地響きを立てて進み出て来る。
槍を構えた狼頭のコボルトが前方から迫りつつあった。
月丘 結希(jb1914)はその速度から、接敵までの時間を読む。
「結構速いのね」
空中に光の文字が奔流となって流れ出した。
「完全に無効化ってトコまではいかないけど、多少は無茶が利くハズよ」
仲間を守る術。先へ行く仲間の負傷をたとえ僅かでも軽減する為に。
「……行きますの」
アトリアーナが真っ先に突っ込んだ。
腕を覆う薄青色の魔具から光の拳が生み出され、出会い頭にコボルトを吹き飛ばす。
「まずは一体……ですの」
あっさり討ち取ったと思ったのもつかの間。
残る一体のコボルトと二体の黒腐骸兵が、倒れたコボルトの穴を埋めるように動く。
「こちらは押さえます」
イアンが前に回り込みタウントを使うと、コボルトは進む向きを変えた。
狼の牙の隙間から唸り声が漏れる。手にした槍の穂先が白く輝くと、身構えるイアンに向かって鋭い切先が繰り出された。
イアンは足を踏ん張り、楯を構える。もとより後ろに行かせるつもりもなく、避ける気はない。
だが腕に伝わる衝撃は真正面からのものではなかった。大したことのないかすり傷だが、ぐらり、と景色が揺れる。
「な……?」
思わずイアンが片膝をつく。コボルトは小柄な身体を屈め、こちらの足元を狙って来たのだ。
「あたいに任せて!」
駆け寄って来たチルルが、振りかぶった巨大な剣をコボルト目がけて振り下ろす。
だがコボルトは槍を器用に操って剣筋を逸らし、致命傷を避けた。
「生意気ねっ!」
不満げに鼻を鳴らすチルル。チルルも速いが、コボルトの動きは際立って俊敏だった。
だが、その動きを生かす暇は与えられなかった。
「前衛がぶつかった敵を排除ってのは、わかりやすくてええね」
やや後方、中衛にいた亀山 淳紅(ja2261)の身体の周りを無数の光の音符が踊る。
良く通る声が紡ぎだすのは、戦意高揚の歌。
「思い切り、ジュンちゃんの思う通りに歌ってください。守りは任せてくださいなのですよー!」
傍らのRehni Nam(ja5283)が楯を握る手にぐっと力を籠めた。
「ありがとな! ほんならいっちょ歌いましょかぁ!」
身につけた宝珠から紅蓮の炎が燃え上がり、傷ついたコボルトを包み込んだ。
そこに響き渡る咆哮。
目前のジャイアントのそれをかき消すような、凄まじい声。
このエリアのボスともいえるドンナーの声だった。
「簡単には討たせて貰えそうもないですね」
阿野が僅かに目を細めた。
叩きつけられたのは、声だけではない。光り輝く巨大な鎚が出現すると、撃退士目がけて落下してきた。
敵はこれが届く範囲を基準として布陣していたのだ。
踏み込んでいたイアン、そしてチルルに、頭上から光鎚が叩きつけられる。
「なんの……!」
「あたいは、これぐらいじゃやられないんだから!」
タフな二人を狙ったのは、ドンナーにとって大きな誤算だったかもしれない。
流石に無傷というわけにはいかなかったが、二人は充分耐えた。
「少しだけ下がってください!」
Rehniが二人を光鎚の範囲外へ誘導する。必要があれば傷を癒さねばならないからだ。
「ここは任せておけ」
月詠 神削(ja5265)が開いた穴を埋めるべく進み出た。
襤褸を纏った影が追いすがり振り回す大鎌を、大剣を翳してひたすら受け止める。
「先へは行かせませんよ」
そこに敵を挟む形で阿野と夢野が回りこんだ。阿野は『氷の夜想曲』で骸兵の動きを止めると、すぐに下がる。先の長い闘いでは、無理は禁物だ。
夢野が輝くギターを思い切りかき鳴らした。
「お前等の思い通りには踊らせないぜ!」
音の衝撃波が動きを止めた骸兵をいとも容易く引き裂く。
「レクイエムには派手かもしれないがな!」
その間に光太郎は、残る最右翼の黒腐骸兵に接近。戦闘の中、潜行して近付く光太郎に敵は気付かない。
「貰った!」
鋭い蹴りが骸兵の横腹を抉った。思わずよろめくサーバントを後に、光太郎はすぐさま離脱する。
潜行は攻撃を仕掛けるまでは有効だが、仕掛けた以上、敵の目を欺き続けることはできない。
だが、離脱する光太郎の姿を追った骸兵には迫るアスハが見えていなかった。
「……ガラ空き、だな」
重い一撃をもろに食らい、鎌を構える暇もなく骸兵は本当に動かぬ骸となる。
ほぼ同時に、空を切る鋭い音がアスハの耳を打つ。
「なん……だと……」
咄嗟に身体を捻ったアスハを、クルセイドジャイアントの長大な剣が切り裂こうとする。
すんでの所でかわせたのは、最後衛で全体を見ていた田村 ケイ(ja0582)の回避射撃のお陰だった。
「良かった、間に合いましたね」
ほっと息をつく。
そのとき、各人の通信機にジェイクの声が届いた。
『敵の情報ですよー。中央からコボルトが二体接近してます。それと左翼の敵が移動してますー』
右翼を守るべく敵が移動を開始したのだ。
ケイは、スコープ越しに改めて中央から左翼の敵の動きを確認した。
幸い、射線を遮る味方はいない。中央から移動しつつあるコボルトの一体に狙いを定める。
「行かせませんよ」
狙いは過たず、見事コボルトの一体の片腕が吹き飛ぶ。
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)はジェイクの示す方へと銃口を向けた。
「甘いわ。そう簡単に抜ける思うなや!」
抜け出そうとする残り一体が、腰を撃ち抜かれ膝をついた。
避けたかった混戦。事態はそちらへと突き進みつつあった。
「だが、あながち悪いだけの状況ではないな」
夢野が食いしばった歯の間から呟く。
「よし、両翼のジャイアントを一斉に叩くぞ。対巨人戦、用意――奴の十字模様に、俺達の刃を刻み込む!」
最初の思惑通りとは言い難いが、敵が近付いて来たのなら迎え撃つまでだ。
●
神楽は左翼の一団を見据えつつ、川澄文歌(jb7507)の様子を気遣う。
「大丈夫?」
文歌は少し驚いたように神楽を振り向くが、精一杯の笑顔を向けた。
「はい、大丈夫です。ここで私達が負けるわけにはいきませんから」
いついかなる時でも、笑顔を忘れず。それが彼女が目指す道には必須なのだから。
「うん、頑張ろう♪」
神楽も笑顔を向けた。だが敵に戻った視線は、すぐに鋭いものになる。
「いいね。なんだかゾクゾクしちゃう……♪」
次の瞬間、放たれた矢が、黒腐骸兵を射抜いた。
だが骸兵は倒れることなく、突き進む。
「あれ、残念」
後衛で出番を待っていた宮鷺カヅキ(ja1962)も、狙いを左翼集団に変えた。
「この戦況です、一瞬たりとも無駄にはできません」
手数を打っている暇はない。一発の精度が、戦況を変えると言っても良いだろう。
神楽に撃たれ動きの鈍った骸兵を確実に仕留める。
「ま、デカブツ相手は、先輩に任せるとして」
風羽 千尋(ja8222)がショートボウを引き絞る。
「先輩たちには遠く及ばなくても、チリも積もれば……ってな」
可能な限り距離を取り、後方からの支援に徹することに決めた。
足手まといになっては元も子もない。そして何より、先輩達を信じている。
例え当たらなくとも、射かけられれば敵の動きは鈍るはずだ。
次第に大きく視界を占める白い巨人の姿に、リコリス=ワグテール(jb4194)が唇を引き結んだ。
「……アレ、ですね。撃ちましょう」
アサルトライフルを構えて、リコリスは巨人の額に輝く青い宝玉を狙う。
これまでの記録によるとあの宝玉を壊さない限り、巨人は驚異的な再生力で傷口を塞いでしまうという。
だが重いライフルを構えたリコリスは、極端に打たれ弱くなるのだ。
祁答院 久慈(jb1068)がリコリスの前に進み出た。
「巨人は任せたよ」
その代わりに、他のサーバントは食い止めて絶対に通さない。その覚悟の下に。
千尋が呆れたような声を上げた。
「あーもう、なんだってそんな無茶すんだよ!」
「……意地と、勝利の為だよ」
久慈は千尋に小さく笑って見せた。
リコリスが無茶をするのは、食い止めてくれる仲間を信じているから。ならば、その信頼に応えぬわけにはいかない。
「当てて見せます……!」
リコリスのライフルが吠えた。
見事宝玉が砕け散り、怨嗟の咆哮が辺りに響き渡る。
その声に、サーバント達が身震いしたかに見えた。
巨人も長大な剣を振り回し、リコリス目がけて真っ直ぐ突き進んでくる。
「させねーよ!」
千尋の矢が先陣を切って来るコボルトを狙って放たれた。だが、小さく動きの速いコボルトには全く当たらない。
コボルトの槍先が白く輝く。
「うわ……っ!」
繰り出された槍を千尋が避け切れずに痛手を追う。
「……無理をしないでください、ひとまず下がって」
カヅキがコボルトの鼻先に銃弾を撃ち込み、千尋が離脱する隙を作る。
「守りは私達に任せてください」
文歌の澄んだ声が響き渡った。
乾坤網で可能な限り、仲間をカバーする。
ここで私達が倒れたら、ゲートが開いてしまう……!
巨人の宝玉は破壊した。だが、まだ再生能力を奪ったに過ぎない。
額から血は流れているが、巨人は致命傷を負っている訳ではなかった。
その猛進に、生命力に、アダム(jb2614)は暫し見とれる。
「大きいな……天界であんなやつ、いたっけな」
天界も広い。アダムがかつてそこにいたとはいえ、全てのサーバントを見知っていた訳ではない。
勿論、いつまでもそうしている訳にも行かなかった。
愛用の弓を取り出し、矢を番える。
(あいつをこれ以上進ませるわけには……!)
ここを破られれば、右翼に進軍している味方は正面と横から敵に迫られることになる。そしてまだ強力なドンナーが無傷で残っているのだ。
『ちゃんと狙えよ』
クリフ・ロジャーズ(jb2560)の通信機越しの声がどこか心配そうだったので、アダムはむっとした顔になる。
「わかってるよ! 気が散るだろ!」
クリフはやや離れた位置で、巨人が射程内に入るのを待ち構えている。
相手は大きい。そしてタフだ。回復はできないとしても、倒すまでには相応の手間を要するだろう。
「よし、今だ」
クリフは待ち望んだタイミングで、ファイアワークスを放った。
巨人と、一体の黒腐骸兵が、花火の様に飛び散る炎に巻き込まれた。
「やった! ……クリフ!?」
痛撃を与えられた巨人の剣先が、クリフを狙いつつあった。
アダムは急いで矢を番え、相手の目を狙って射かける。
当たろうと当たるまいと、どうでもいい。クリフを。クリフを守らなければ……!
その執念の一本が、見事巨人の目元に突き立つ。
巨人にとっては大いに不愉快な攻撃だったのだろう。剣を振りかざし一気に距離を詰めて来る。巨体に似合わぬスピードだった。
剛腕が振り下ろした剣がアダムの身体を切り裂いた。
片目を潰されていた分狙いが逸れ、真っ二つにならずに済んだのがせめてもの幸運といえるだろう。
「アダム――!!!」
鮮血を撒き散らし倒れ込むアダムに、クリフは身を低くして突進する。
「援護いたします、急いで離脱を」
アダムとクリフが巨人を引きつけている間にサーバントを攻撃していたリコリスだったが、すぐに支援攻撃に移る。
「……どこを、見ているのかな」
久慈も巨人の追撃を阻もうと、敵の大剣を握る腕に攻撃を集中する。
「有難う、すまない!」
その間に、クリフはアダムを抱えて離脱した。
「もう少しです、手を緩めずに行きましょう」
カヅキの口ぶりは淡々と、その代わりに銃口は雄弁に。
さしもの巨人も片目が潰れ、腕をもがれては、充分に戦うことはできなかった。
やがて白い身体をとめどなく流れる血で濡らし、ジャイアントは大地に倒れ伏した。
●
ドンナーが赤い髪を振り乱し、ひと際大きく吠えた。
両翼のクルセイドジャイアントが失われ、守りが厳しくなったことを悟ったかのように。
だがその頃には、撃退士の側にもそれなりの負傷者が出ていた。
回復の追いつかない者は、後方に下がらせるしかない。
だが、撃退士達は決して悲観していた訳ではない。
残るサーバントはドンナーと、コボルト三体、そして黒腐骸兵二体なのだ。
「あんなデケェ奴相手にできるか。雑魚で手一杯だ。任せるぜ」
光太郎はそう言い放つと、コボルトを引きつけるべく躍り出た。
「あはー対地攻撃っていいですにゃー」
ジェイクが長い射程を生かし、上空から光太郎を支援する。
思うように動けないよう銃撃してやれば、その分光太郎は攻撃も回避もし易くなる。
「無理は禁物ですよ。安全第一ですからね」
自力で回復したイアンが戦線に復帰し、再びタウントで手近の黒腐骸兵を引きつける。
「人の地を踏みにじる……その行為を私は許さない……てね☆」
体勢を整え、神楽が小さく不敵に笑う。
「良い夢見ちゃってくれないかな♪」
真っ先に突進すると、奇門遁甲を仕掛けた。だが流石はサーバントのボス格、簡単にはかかってくれない。
が、それはそれで構わなかった。
ドンナーの視線が即座に離脱する神楽を追い、それにつれて身体の向きが変わる。
その瞬間をフレイヤが待ち構えていたのだ。
「萌えるハート、受け取ってー♪」
軽い調子と裏腹の、凄まじい雷撃がドンナーの額を襲う。宝玉は見事に砕け散った。
「身悶えする筋肉もなんだか素敵よっ!」
フレイヤの声が聞こえたかどうかはともかく、ドンナーは怒り狂っていた。
「……ちょっと動かないでもらえると助かるのだけど」
ケイがドンナーを視認できる位置に移動し、その足の付け根を狙撃する。相手が大きい分、味方の頭越しに狙いがつけられたのも幸いした。血を噴き出すドンナーの巨体が、僅かにバランスを崩す。
「今や! 痛い痛い攻撃いくで!」
淳紅がアーススピアでドンナーの足元の地面を針のように隆起させる。だがタフな巨人はそれを踏みしだき、尚も踏ん張った。
「まだだ、俺たちだってまだやれる!」
夢野の大剣に、力が籠る。天界に属する物を打ちのめす重低音に、そこだけ空間が歪むようだ。
「受けてみろ、この想いを!!」
ケイが撃ち込んだ銃弾で傷ついた側の足を狙って、斬撃を叩きこむ。
ついに巨人が片膝を折った。
だがそれでも尚、己を傷つけた相手を唸り声と共に睨みつける。
屈みこんだまま片手を上げると、現れた光の鎚が宙を飛び、淳紅に、続いて夢野に叩きつけられた。
「くそっ、まだまだ! ……と言いたいところだが、一度離脱するか」
夢野は自力で離脱できるだけの余力があった。しかし。
「ジュンちゃん!」
淳紅が倒れるのを見て、Rehniの悲鳴のような声が響いた。だが次の瞬間には、毅然とした表情で素早く駆け寄る。
「あー、ドジ踏んでもうたな……!」
「そんな事言ってる場合じゃないのですよ!? 急いで離脱します!」
続けてチルルが飛び出した。
「今度はあたいが相手してあげるわ!」
挑発でドンナーの意識を自分に集め、攻撃を一手に引き受ける。
その上で、温存しておいた強力なスキルをぶつけるのだ。剣先から荒れ狂う吹雪。巨人の赤い髪が煽られ、燃え上がるように広がった。
隆々たる筋肉に幾筋も走る血の筋を見て、アスハがアトリアーナに声をかける。
「このタイミングなら……アトリ!」
「あわせますの、アスハ!」
ドンナーは狂ったように吠え、チルルに向け大剣を大きく振りかぶっていた。
「ないよりマシだと思うわ。……頼むわね」
結希が短く言った。危険に飛び込む仲間が、少しでも怪我が軽くなるように。温存していた加護のスキルを使う。
アスハとアトリアーナは頷き合うと、それぞれ左右に分かれ大きく迂回。そして急角度で突進した。
「……これがボクの切り札ですの!」
アトリアーナのバンカーを覆う白い光が刃となり、炎を上げた。
アスハの右目が赤い炎を宿し、燃え上がる。
呼吸を合わせ左右からほぼ同時に撃ち込まれたバンカーを、ドンナーは避けることができなかった。
めきり。
いかつい体躯の両脇に、バンカーがめり込む。
それでも尚、ドンナーは咄嗟に脇を締め、クロスした大剣の根元でアトリアーナとアスハを一度に薙ぎ払った。
その痛撃に小柄なアトリアーナは鮮血を撒き散らしながら軽く吹き飛ばされ、アスハはもんどりうって倒れる。赤く染まる視界の中、ドンナーの白い巨躯がぼやけて行った。
「こいつには挑発があんまり効かないのね!」
チルルが口惜しそうに呟いた。
クルセイドジャイアントも、その上位サーバントのドンナーも、特殊抵抗力が相当高いようだった。
その間にも、チルルの脇をすり抜けていく者がいる。神削だ。
「切れ目なく攻撃するんだ、相手は不死身じゃない」
サーバントには大きな痛手となるだろう、極端に冥魔の気に振り切った一撃。
もしも返す刀を浴びれば、神削自身が危険だ。それでも。
「タダではやらせん」
神削の纏う紫色の光がひと際明るく輝いた。
その一撃は巨人の片腕を奪い、代わりに残る腕に握られた剣が神削の肩を切り裂いた。
ドンナーは、その瞬間僅かに気を抜いたのかもしれない。
あるいは幾度となく撃ち込まれる斬撃に、ついには集中力が途切れたのかもしれない。
どちらにせよ、気配を隠し接近する阿野の存在に全く気付くことはなかった。
(一発勝負になりますね……)
気付かれ、剣を振るわれたら最後、恐らく阿野も沈む。
だから一撃に全てを賭ける。
「当たるとかなり痛いですよ」
鋭い剣先に宿る、全てを凍てつかせる冷気。
ドンナーの喉元に、それは深く深く突き立った。
「すぐ離れるんや! 後は任せとけ!」
闘気を溜め、ゼロが突っ込む。
「堕ちろ。この一撃で!」
元々大きく冥魔に傾いたゼロのカオスレートを、一層強めたまさに鬼神の一撃。
半ば頭を吹き飛ばされ雷に打たれたように硬直したドンナーは、そのままゆっくりと仰向けに倒れ込んで行った。
大きく息をつき、ゼロは傲然と顔を上げる。
「雷神? 残念やったな。俺は『神に死を与える者』や」
「雷神、恐るるに足らず! 真に恐るるべきはこの地を天使に渡す事だ!」
夢野が傷を負ったとは思わせない、力強い声で味方を鼓舞する。
「天命に唾を吐け、未来は人の手で切り拓け! このままゲートをぶち抜くぞッ!」
見渡すと、残っていたコボルトと骸兵も既に狩り尽くされた後だった。
撃退士達はこのエリアの敵を掃討することに成功したのだ。
だが、負傷者も多かった。
強力な攻撃スキルを使い尽くした者、怪我の度合いの酷い者のことを考えれば、中央を攻めうる戦力は当初の半分を保っているかどうかというところか。
彼らの闘う場はここだった。だが、ここだけではないのだった。
ドンナーは強敵だが、最後の、そして最強の敵ではない。
先に待ち受けているのはドンナーが及びもつかないようなシュトラッサーや天使だ。
重体者、怪我の度合いが大きく復帰に多くの治癒術を使わねばならない者は、残念ながらここで離脱。後方に引くことになる。
それでも、まだ半分の戦力があるならば。
「あと少しです。頑張りましょう!」
文歌が治癒術を使いながら、敢えて明るい声で呼びかけた。
口ずさむのは、応援歌。皆の心が前向きになるようにと、祈りを籠めて。
――各部隊へ報告。
西部隊はドンナー部隊と交戦し、これを殲滅。
戦力を再構成した後、これより中央へと進軍する。
以上。
<了>
【静岡攻守分水界・西】 担当マスター:樹シロカ