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 曇天とアスファルト。
 冷ややかな鈍色に挟まれ、ガブリエル軍は布陣していた。
 地上のクルセイドジャイアント、天空のゴールデンファイアドラゴンの咆哮は絶えず周囲を威嚇し、鼓舞し、応じるようにブロンズソルジャーやシルバーナイトは槍を剣を掲げる。
 隙の無い陣形、その最奥には真白の翼を持つ金髪のアークエンジェルが舞うがごとく青龍偃月刀を振るって見せた。

 倒すことが、できるか?
 この軍勢全てを。
 進むことが、できるか?
 死闘の果てに、尚。





「武士の心得ひとつ、武士は同じ失敗をしてはならない」
「酒井さんは、防御を疎かにし過ぎますから……」
「な、な……っ」
 ピンと張りつめた緊張の糸、決意を固める酒井・瑞樹(ja0375)へ、友人の村上 友里恵(ja7260)がヤンワリ笑顔で言葉を挟む。
 思い出すのは、夏の戦い。
 四方を敵に囲まれた、絶対の死地。
 季節は巡り、悔しさを越えて、成長した今なら――
「今度こそ、村上さんを護るのだ」
 少女たちは肩に入りすぎた力を抜き、顔を見合わせて頷き合う。
 進もう。前へ。今度こそ。


「ドラゴンに巨人にアークエンジェルと……すごい布陣だね。……天使の陣営も本気ってことかな?」
 陰影の翼を広げ、東端後方に位置どる鳳 覚羅(ja0562)が呟く。
 本気? そうだろう。ゲート持ちの大天使二柱が、遊び半分で自身のゲートを空けて進軍する理由などない。
 対する撃退士部隊は、広い道路の西側へ一塊となり守りを固めていた。
 一兵たりとも抜かせない意思を感じさせる天界軍に対し、こちらは部隊そのものが弾丸であるように。
 強固な前衛、鋭い後衛で、瞬発力のある敵へ対応しようという策だ。
「この前注目されたから、まずアスヴァンを狙ってくると思う」
 その前衛陣、中央で警戒を促すのは龍崎海(ja0565)。
 先の戦いで、ガブリエル・ヘルヴォルを間近にしている。
「攻撃目標を戦況に応じ、柔軟に変える戦巧者…… そう、私は信じています」
 戦場を見据え、御堂・玲獅(ja0388)は凛と咲く花の如く横顔で。
 彼女も海と同じくした戦場で、ガブリエルの刃を直接受け止めている。
 大天使が具体的な能力を知ったわけではないだろうが、【神の兵士】により撃退士たちが崩れることなく戦線を守る姿を目の当たりにし、真っ直ぐに玲獅を斬りつけてきたのだ。
「護りきる……。この土地も、仲間も……」
 海を挟み玲獅と逆隣で盾を担う強羅 龍仁(ja8161)もまた、変わることなく揺らぐことのない思いを抱き、ここに立っていた。
「使徒は魔法特化型だったから、天使は魔法が苦手なのかもな。……憶測にしかすぎんが」
「守りも攻撃も、アキ、がんばるのですよ!」
 ぽそりと漏らす龍仁の言葉に鳳 蒼姫(ja3762)は息巻いて、
「初撃を守り切れば、機は必ず来るだろう。味方へ刃が届かぬようにするのが私の役目、だな」
 妻と肩を並べる鳳 静矢(ja3856)は、顎に手を当て小さく頷く。
 ダアトとはいえ、蒼姫の守備能力は特化している。過信は禁物だが、信頼して戦うことができる。
「……軍師。すぐ後ろには俺がいるんですよ?」
「もちろん、頼りにしているさ」
 静かな気配で闘志を燃やす翡翠 龍斗(ja7594)へ向けて、静矢は少しだけ表情を緩める。
「お義兄様、お義姉様…… わたくしもお連れ下さいまし……」
「うちらが崩れると、一気に瓦解だからね! がんばろうね、英蓮」
 鳳夫妻、龍斗のその後ろから、そっと支倉 英蓮(jb7524)が呼びかけ、そして蒼姫が応じる。
 広い道路の片隅へと固まった結果、側面が大きく空いている。
 覚羅は上空からドラゴンへの警戒を、そして地上では静矢たちが、兵士や騎士の突撃から部隊を守る壁となっていた。
 ここを突き崩されると、痛い。
 それだけに、連携や警戒が強く必要とされているポイントであった。

 部隊後方では、ストレイシオンとスレイプニル、二体のセフィラ・ビーストが喚び出されていた。
「大天使を撃破し、そして門を閉ざす……。難儀と言えば難儀じゃが、まあ、いつもの事じゃな」
 白蛇(jb0889)の多重召喚術だ。
 ストレイシオンには防護を指示、白蛇自身はスレイプニルへ騎乗する。
 高度限界まで飛翔するスレイプニルの上からは、戦場がよく見えた。
(気負いは必要じゃが、気負いすぎずに行くとするかの)
 弓を構え、白蛇が見据えるは金焔竜。
 上手く牽制できれば、地上の者たちが落とすだろう。無論、自分が落としたって構わない。
「ふむ。激戦となるのは免れませんか……。全力を尽くしましょう」
 部隊の中衛に付き、敵の前線を見渡すのはミズカ・カゲツ(jb5543)。
 ミズカの火力は、カオスレートの後押しを受けての危うさがある。
 強力な一撃を誇ると同時に、万が一、敵の刃を受けることがあるならば自身が一撃で落ちかねない。
 懐へ隠す刃のように今は息を潜め、能力を高め、じっと機を待った。
「……開幕と同時に猛攻を仕掛けて来る、ということはありませんか」
 結城 馨(ja0037)は敵味方双方を視界に納められる位置につき、管制役を担った。
 ヘッドセットから、覚羅からの報告が細やかに入ってきた。


 一歩、踏み込んだのなら敵の間合い。
 しかし、一歩だけで全ての敵が同時に飛び込んでくるわけではない。
 東のサーバントが微かに距離を詰め始めるのを確認し、ミリオール=アステローザ(jb2746)は自慢の翼を広げて前衛陣の上空へと移動した。
 これで、東の対空担当は覚羅と二人になる。
(指揮を優先して行動するなら、付け入る隙もあるはずですワ♪)
 ナパームブレスを警戒しインフィルトレイターの援護を考えれば、陣からあまり離れることは上手くなく、かといってそれでは自分たちの翼も意義を持たない。
 長射程の武器を持つ覚羅と対照的に、ミリオールは自身の機動力で金焔竜へと挑む心算である。

「それじゃ、みんな仲良く進みましょうかぁ。これがピクニックなら楽しかったのにねぇ〜」

 いずれ睨み合いを続けても、撃退士側に勝利はないだろう。
 敵を倒したその先に、崩さねばならない敵の本懐があるのだから。
 妖艶な笑みを浮かべ、Erie Schwagerin(ja9642)は前進を促した。
 白蛇のスレイプニルが力強い咆哮を上げ、周囲に力を与えた。
「風の加護を。うら若き乙女ですもの、不要な傷は作らないに限りますわ」
 シェリア・ロウ・ド・ロンド(jb3671)が、前衛を担うユウ(jb5639)へウィンドウォールを掛ける。
 防御より回避に比重を置くユウへ、心強いサポートだ。
「……京都での借りを、天使共に返してやる!」
 熱く叫ぶのは若杉 英斗(ja4230)。
 京都では、巨大なゲート展開を許してしまった。
 しかし、それも今は奪還した。……尊い命を、犠牲にして。そのことが、今も英斗の心に影を落とす。

 ならば今度は―― 開かれる前に、閉ざしてみせよう。





「……見覚えのある顔も、ありますのね」
 真白の翼を打ち付け、ガブリエル・ヘルヴォルは上空より撃退士の布陣を確認する。
 先日、撃退士の一団により使徒を重傷へ追い込まれている。
 牙の生えた羊―― 餌である『ニンゲン』の中の『異端』であるという、撃退士への認識は多少なりとも書き換えねばならないだろう。
 中には、天界・冥魔界からの『はぐれ』も紛れ込んでいた。
 加減したとはいえ、自身の刃を受け止められたことも事実。
(慎重に、かつ大胆に、場を運ぶことが肝要ですわね)
「この道。決して通しは致しませんわ。苦しむ暇もなく、落としてあげましてよ」
 配下のサーバントのほとんどが、瞬発力に特化した近接系。
 そして知能ある使徒と違い『加減』を知らない。生半可な攻撃などいらない。
 蒼い双眸、その温度を一段と冷ややかなものにし、大天使は『攻撃』の指示を下した。





 敵前衛に動き有り―― 馨の声が行き渡るより早く、チャージによる猛攻撃が撃退士たちへ襲い掛かった。
「――ッ、遅い!」
 首の皮一枚というところで、ユウはシルバーナイトの特攻を回避する。
「天使でも悪魔でも、奪いに来るなら守るだけ。他に言えることなんて…… ありはしない!」
 後ろに控えていた山里赤薔薇(jb4090)が、すかさずスタンエッジで鋭い一撃を、
「山里さん、ボクから離れないで!」
 そして、赤薔薇とは絆で結ばれた桐ケ作真亜子(jb7709)の放つ炎陣球が続いて炸裂した。
「山里さんには、指一本触れさせない!」
「マアちゃん、無理しちゃダメだよ!」
「ええ、一人が無理をする必要はありません」
 いつでも広げられるよう備えていた闇の翼を広げ、ユウがシルバーナイトの背後を取った。
 強力な盾のない背面から、ランスが胴体を貫く。
(……硬い!)
 盾による防御が無くても、痺れるような衝撃がユウの手に跳ね返った。
「私たち、全員で戦うのだ!!」
 瑞樹が飛び出し、真亜子を狙うブロンズソルジャーの攻撃を受け止める。
「ぐっ……」
「ひとつ、貸しにしておきますね♪」
 じり、力に押され、崩れそうになる足元に、友里恵が【神の兵士】を発動する。
 その横を、シェリアのマジックスクリューが駆け抜けた。
「足が泳いでいましてよ木偶の坊さん? 皆さん、動けない今のうちにやっちゃってください!」
 シェリアの叫びへ呼応するように、小さな影が飛び出した。
 雫(ja1894)だ。
 他よりワンテンポ遅れての到着となったが、その機敏な動きはタイムロスを感じさせない。
 鉄塊の如き、しかし何より手に馴染んだ大剣で、破壊の一刀両断。
 目の前の障害すべてを打ち砕く力強さがあった。
「……行きましょう」
 第二波がすぐに来るであろうと読み、振り返ることなく雫は告げた。

(マーク、されているのでしょうか……)
 一定の距離を置き、近づく気配のない金焔竜を玲獅は警戒する。
 てっきり得意の範囲攻撃を仕掛けて来るかと思ったが、今のところ気配はない。
(或いは、咆哮によるサーバント全体の底上げに徹している……?)
 指揮自体はガブリエルが執っているのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
 じっくりと思考する暇もなく、隣で光が弾けた。
 気配遮断により前線に居ながら潜行状態を維持していたリョウ(ja0563)の、その後ろに居るミズカへとブロンズソルジャーたちは狙いを定め、結果的に通過点に居る彼の姿は看破されてしまう。
「ちっ」
 指揮官の補助を受けている敵を、立て続けに相手取るには分が悪い。
 リョウは連続の空蝉でやり過ごし、そのままの動きで痛烈な一打を与える。
「この辺りは、学習しないのかしら!?」
 駆けつけた御堂 龍太(jb0849)が呪縛陣でソルジャーたちに足止めを。
 龍太は先の戦いで、上位であるシルバーナイトの束縛にも成功している。自身を持って当たることができた。
「美味しいトコロは任せたわよっ」
「遠慮なく、斬らせていただきます」
 ミズカの抜く真白の刀身が、キラリと輝く。愛刀・鋭雪の一振りで、ソルジャーの一体を斬り伏せた。
「囲みさえできれば、倒せない敵ではありませんね」
 じっくりとした進軍を、敵が許すのであれば勝機はある―― 果たしてそれは、勝機と呼べるのか。
 確実な手ごたえと、微かな不安がミズカの心を過った。
「そのためにも、ギュッと防御は固めないと、よ」
 龍太は続けて、四神結界を発動した。
「バックなら安心して任せて、前に集中して頂戴!」





「蒼姫ッッ!!」
 動きに警戒していたシルバーナイトのチャージを確認するなり、静矢はその進路へと飛び出して受け止める。
「――ぐ……」
 鋭い一撃だが、なんとか踏みとどまる―― その横を。
「ここは、絶対に崩れさせないのですっ」
 ほぼ同時に駆けてきたブロンズソルジャーの攻撃を、蒼姫は蒼の【歌鵺守陣】によって初撃、防ぐ。
 しかし間髪入れずに畳みかけてきた二体目の槍が、蒼姫の肩口を貫いた。初撃のダメージが残ったままの追撃は、気絶の域を通り越して一撃で意識を攫う。
「絶対に…… 崩れない……」
 掠れた声で、蒼姫は倒れた。最後に放とうとしたファイヤーブレイクの、指先からも力が失われる。
「……!! お義姉様!」
 英蓮が叫ぶ。
 信じられない。信じたくない。涙で視界が歪む。
 すぐにでも駆けつけて抱き上げたいだろうに、静矢はシルバーナイトを食い止めることで精いっぱいだ。
 指揮官級サーバントから能力上昇補助を受けての攻撃は、単独のそれとは比べられないほどに、重い。
「奪わせません!」
「ここで、止めてみせる!」
 英蓮の放つ矢、龍斗のアウル弾が続けてブロンズソルジャーへ襲い掛かる。
 しかし、撃退士側が様子を伺う間に、そして片側へ陣を寄せていたことにより、ソルジャーたちは東側面を半包囲状態に詰めていた。
 チャージによる瞬間加速能力をもってすれば、完全に包囲するまでもなく全てが間合いの内だ。
 綻び一つから、ソルジャーが波状攻撃を開始する。
「……まずいな」
 地上の乱戦――瓦解寸前の一角に、金焔竜を牽制していた覚羅は援護せんと構えた銃口の向きを変える。
「目を離してはいけませんワ!!」
「ブレスがきます!」
 ミリオールが叫ぶ。
 距離を保っていたかに思えた金焔竜が滑るように接近し、覚羅に向けて炎の息を吐きだした!
 森田良助(ja9460)が回避射撃で援護をするも、強烈なブレスは覚羅を飲み込んだ。
「な、射程、は……」
 充分に、見極めていたつもりだ。
 しかしそれは『覚羅の』射程だ。
 数歩でも間合いへ踏み込めば、容易く範囲に入るのは同条件。
 空中において死角を作ることも見出すことも難しく、地上における戦闘状況の見極めもチャージ能力を発揮されては読み切れない部分が大きい。
(くそ…… くそ……!!)
 普段は穏やかな口調の覚羅らしからぬ、心の叫びだった。
 ――天使の陣営も、本気
 わかっていた。わかっていた、なのに。
 焼かれ、覚羅が失墜する。
「鳳さん!!」
「ゆっくりも、していられませんワ!」
 一滴の血と、アウルの力。ミリオールは【深淵女王】を発動し、良助がストライクショットで渾身の一撃を。
 翼を折られ、ドラゴンもまた巨体を地へ落した。
 間合いを見極めるべくの睨み合い、均衡が崩れてしまえばそこからはあっという間であった。

「突っ込んで来たら、ワイヤーで処理してあげようと思ったのに! 槍で突進だなんて残念〜」
 雨野 挫斬(ja0919)は口ではそう言いながら、目を爛々と輝かせてソルジャーを撃ち崩す。
「あなたたちを倒さないと、ガブリエルには辿りつけないんだよね〜!」
 挫斬は、目にしてしまったのだ。先の戦いでの、あの大天使の力を。強さを。
 サーバントなんかじゃ、彼女の心は満たせない。
「差し詰め、月へ延びる梯子と言ったところかな」
 直近を挫斬が、離れた間合いで静矢のフォローをインレ(jb3056)が担う。
「出し惜しみは無しよぉ……」
 瓦解しかけた東側の部隊へ、エリーが加勢に回る。
 最前線で体を張る静矢を、全力で後衛がフォローに回った。
「……また奪われて、なるものか」
 口の中で呟き、正面からの攻撃を受け止めていた龍仁は機を見て静矢へヒールを掛けた。
「大丈夫か!」
「これ以上は、奪わせません」
 静矢にとって、大切な家族たちが次々と倒れていった。
 彼らは一対一の尋常な勝負であれば、負けはしないだろう。
 しかし、今は状況が違った。敵の行動基準が違った。庇う手立ても隙も無く波状で攻めたてられ沈んでいくのを、ほんの一瞬の出来事を、静矢はスローモーションのように見届けるしかできなかった。
 大太刀を構えなおす静矢の心中を案じ、肩を並べる龍仁が呼びかける。
「回復と盾は任せろ。だから」
「ええ。刃の務め、果たして見せます」
 家族。護りたいもの。
 その気持ちは龍仁にもわかる。自身が護れなかった過去に重なる。
 護りたい思いと比例して、過去への想いが重くのしかかる。
(この力が、あの時あれば俺は…… いや、今は集中しよう)
 今、手元にある力を、最大限に生かす為。
 仲間たちを、生かす為に。





(……消耗が激しいな)
 神凪 宗(ja0435)は影手裏剣・烈で前線が受け止めたソルジャーたちを撃ち落とし、左右へ視線を走らせる。
 【神の兵士】による回復も追いつかないほどの連撃ダメージで、既に倒れている者も居る。
 前線で盾を担う者たちも、それぞれの回復魔法で持ちこたえているが―― この先にはまだ、大天使がいるのだ。
 そして更に突き進み、ゲート展開を阻止するところまでが全体の方針である。
 力の出し惜しみは出来ないが、ここで使い果たすようであれば最終目標を達成できるかどうか危うい。
「つまり、あの美女をナンパすりゃいいわけだな!」
 苦境をものともせず、赤坂白秋(ja7030)は言い放った。
 金髪碧眼・しなやかな肢体の美女は未だ遠い。
 シンプルな言動に、宗は少しだけ危機感を薄れさせた。――大丈夫、まだ行ける、そう考えなおす。
「薔薇の花束の代わりに、デカブツ散らしてデートを申し込むぜ!!」
 口の端を歪め、ずっとこちらを警戒している金焔竜に照準を合わせる。東の竜と異なり、近づく分だけ間合いを取るように飛翔している個体だった。
「愛の告白、自粛中ってのも気の毒だな」
 間合いを取ってのナパームブレスも、幾度となく回避射撃をぶつけることで無効化してきた。
 上空では、高低差なしの距離で白蛇が矢を放ち威嚇している。
「――が、ここでサヨナラだ、シャイボーイ」
 白秋の目配せを受け、英斗が前線から飛び出す。竜のブレスを誘い込む。
 突出した一人の撃退士。
 さぞ、格好の獲物に映るだろう。
「その男、俺が知る中でも相当な熱血だ。ブレスの一つや二つより、よっぽど熱い。焼き尽そうったって易かないぜ」
「やだな、俺はクールなモテ系ディバですよ!」
 キリッと返し、英斗は光盾を展開した。魔法防御をダウンさせるほどの業火であっても、防ぎきるほどの鉄壁を誇る。
 その炎を潜るように、白秋がダークショットを撃ち込んだ。
 闇を纏うアウル弾はうねり、咆哮する竜の口から胴体へと貫く。
「はっはー! 高火力の敵の懐はモロいってのが、定石だよな」
「段取りまで、ちょっと時間がかかりましたが…… 何よりです」
「愛の障害が一つ減りましたね、赤坂さん!」
 馨が笑顔でその背に声を掛け、白秋は咽こんだ。
「残るはクルセイドジャイアントのみ、と言いたいところですが」
 本命であるガブリエル撃破に向けて能力を温存しながら、マキナ・ベルヴェルク(ja0067)は大天使へ従い続けるソルジャーたちを警戒する。
 一撃ならば、耐えられる。しかし二撃立て続けに受け止められる者は限られており、彼らを標的にするとは考えにくかった。
「それよりも」
 盾を持つ手に力を籠め、玲獅が口を開く。緊張で、少しだけ声が引き攣っていた。
「もう…… 『彼女』の、間合いです」





 鈍色のアスファルトに、いくつもの血だまりが出来ている。
 サーバントの骸が転がっている。
 冬の、冷たい風が吹く。
 そして、金色の大天使が巻き起こす一陣の風が。
 圧倒的な暴力となり、襲い掛かった。

「花と散りなさい。美しく、その血で飾って差し上げますわ!」





 誰よりもガブリエルに対し警戒していた玲獅が、初太刀で崩された。
「ふふ……。またお会いしましたわね、レイシ。もう、夢の中かしら」
 血の付いた刃を振り払い、ガブリエルはすぐさま上空へと逃れる。
(太刀筋が……違った?)
 通常の攻撃より重さを乗せた斬撃だったと、倒れる玲獅を受け止めながら海は判断する。
(……前回見せた能力が、全てではなかったということか?)
 それでも、範囲攻撃や長射程攻撃を所有しているのなら、そちらを優先的に使うだろう、と考える。
 わざわざ、撃退士の陣へ直接切り込んでくる理由が見当たらない。
 確かに消耗はしているが、前回、海たちが直接対決した時よりも多くの撃退士がいるのだ。
「なるほど。超火力特化……ですか。空へ逃げるということは、護りに自信はないのでしょうか」
 ――黒夜天・偽神変生。能力を開放し、マキナは金の瞳で大天使を睨み上げる。
 金の髪の天使は笑う。優雅であり、冷淡に。

「そうですわね。この肌に、傷一つつけたくありませんの」

 返答と同時に、残りのソルジャーが突進してきた。光速の陰でクルセイドジャイアントもまた進撃を開始している。
「くっ、……遠い、か!」
 踏み込めば、紫鳳翔はガブリエルに届くかもしれない。しかし今は、前線を死守することが静矢には重要だった。
 重体で倒れている仲間たちが、万が一でも追撃を受けることがあれば―― それだけは、避けなければいけない。
 ならばせめて、ガブリエルへ向かう者たちが、真っ直ぐに進めるよう、道を作ろう。
 迫りくるクルセイドジャイアントに向けて、温存していた紫鳳翔を放った。
「うふふふ……。後ろの正面、だぁ〜れ?」
 乱戦に乗じ、エリーが更に背後へと瞬間移動をする。
「誰もが誰も、大将首狙いではないわぁ。それだけが重要じゃないって、わかっているものぉ〜」
「そろそろ、その咆哮も止めて頂きましょうか」
 タイミングを合わせ、ミズカが属性攻撃をぶつけた!
 ――どっ、
 巨体が一つ、崩れ落ちる。

 他方のクルセイドジャイアントが、海に向けて巨大な剣を打ち下ろした。
「ガブリエルの攻撃に比べれば、全然ぬるいよ」
 シールドスキルで受け止められ、逸れた刃はそのまま地表を割る。
「あれはボクらじゃ無理! 他の人に任せよう!」
 その威力を目の当たりにした真亜子は赤薔薇を促し、地上の兵士対応へ専念することを選ぶ。
「狙い打つ!」
 一方マグナムへと持ち替えた雫は、精神を集中させてクルセイドジャイアントの額にはめこまれた青い宝玉ごと撃ち抜いた。
「雫!!」
 彼女を狙い、ソルジャーがチャージを仕掛けるのを見て、龍仁がとっさに飛び出す。
 雫が外見にそぐわぬ、強力な撃退士であることは承知している。
 しかし、龍仁にしてみれば彼女も『子供』だ、眼前で襲われるのを看過などできなかった。
 乱戦により乱れた陣形で生まれた隙、しかしそれすら埋めて見せる。

 受け切り、体勢を立て直そうとしたところへ、金色の風が吹き抜けた。

「――――っ」
 喉が詰まって、声が出ない。その代り、大量の血を吐きだした。
(ガブリエル……!!)
 視界の端に、薄布がひらめいていた。花弁のように、それは揺らぐ。
 そのまま、龍仁の意識は途切れた。
「……此処で堕ちなさい!」
 雫が叫ぶ。飛来したガブリエルへ乱れ雪月花を繰り出すが、青龍偃月刀に絡め取られ弾かれた。

「ふふふ、見ぃーつけた。さぁ、アタシと一緒に死にましょう! キャハハハ!」

 死活を発動し、挫斬が追う。ワイヤーで捉えようと、その白い羽を狙うが、するりと避けられた。
「カーテンコールまで付き合ってくれるのでしょう? ――ガブリエル・ヘルヴォル……!」
 上空への一撃離脱を許さぬタイミングで、マキナが追いすがる。
「その傲慢、穿たせてもらう―― この地は絶対に渡さない!!」
 リョウの放つ黒雷槍は、しかし空へ消えてゆく。
(影渡しさえ、できれば……)
 宗は機を狙うが、大天使相手には適わなかった。
 並外れた機動力の敵へ、翼を持たぬ者たちが強烈な一撃を与えることができるとするなら有効な手立ての一つだ。
 しかし、それがままならない状況に歯噛みする。
(相対するのは初だ、撃退する事に集中だな)
 模索しながらでも、他に見つけることが出来れば。
 宗は切り替え、エネルギーブレードを握り直した。

「ふ、ふん。少し身体付きが良いからって、婦女子としての品格が問われるかは別ですわ!」
「ああ、少しキャラ被ってますよね、シェリアさん」
「それとこれとは別ですわ!!」
 馨の鋭い分析を振り払うように、シェリアは射程を延ばした魔法攻撃を仕掛ける。
「身体付きが良いってのは、それだけで品格に値すると俺は思うぜ」
「その話題は、やめませんこと!!?」
 そして今の攻撃は外れたんじゃない、外されたのだ。
 シェリアは、真顔で頷く白秋へ噛みついた。




「空を駆り、機動力に長けるのが専売特許だと思わないでくださいね」
 ……ふわり
 距離を取るガブリエルへ、縮地を発動させたユウが追いついた。
「!!」
「月に手を伸ばしに来たぞ、ガブリエル!」
 地上には、インレの姿。

 さあ。
 どちらを選ぶ。
 どれを選ぶ。
 何を選ぶ?

 上空のユウが、鬼神一閃を繰り出す。
 柄で受け止めるガブリエルの表情が、微か、揺らぐ。
 そのまま捻るように流し、逃れるように――

 再び地上へ降りる。
 一人でも多く、脅威となりうる撃退士を倒すことを、ガブリエルは選択した。
「やらせるか!」
 高速で振り降ろされる刃を、英斗が光盾で受け止める。
(綺麗なお姉さんからの攻撃は、ご褒美だぁー!)
「あ! ずれえ!!」
 英斗の心を読んだかのように白秋が叫ぶが、それは風に消える。
「若杉さん…… もうひと頑張り、なのです!」
「え、モテ期!?」
 玲獅をも沈めた痛打に意識が飛びそうになるのを、友里恵の【神の兵士】が繋ぎとめる。
「くっ」
 ガブリエルはインレの攻撃を振り払い、挫斬を斬りつけ、マキナの攻撃を幾度となく弾く。
「どういう……回避能力ですか。まさか無限ではありませんよね」
 渾身の一撃だったというのに。マキナは微かに、表情へ焦りを浮かべる。
(いえ…… 動きに、違いは確かに)
 攻撃を無為にすると言っても、武器で受け流すか、それすらもせず身をかわすか……
 そこに違いを見出せば、あとは手数で追い詰めることは出来そうだ。


 尊いものがある。
 それは人の子の命であったり、心であったり、自身の中に住まうものであったり。
 それを。
(奪うのならば。散るを美しいと言うならば。我が黒鋼の刃はその柔肌を――)
 斬撃を受けて倒れ、微動だにしなかったインレの指先が、微か、動く。
「──蹂躙するぞ」
 それは、闇の底から響くかのような声。
 知られぬよう、そっと仕込んだ属性攻撃を乗せた【絶招・禍断】!
 硬気功で鋼と化した躰から放たれる、斬撃。

(僕1人では届かない。だが僕は1人ではなく、そして僕でなくても良い……!)

 届かず、今度こそ倒れ伏すインレの攻撃を継ぐように、大天使へ襲い掛かる紅い影があった。


「さぁ! 一緒に死にましょう! アハハ!」


 それは、人間が持つ能力。底力。
 立っているのが不思議なほどの手傷を負い、それで尚――挫斬は命を燃やし、最後の最後の攻撃を放った。





 冬の冷たい風に混じり、春の花を思わせる柔らかな香りが広がった。
 ガブリエル・ヘルヴォルの纏う薄布から、淡い光が生み出される。


「……嘘だろ」
 呟いたのは、誰か。
 波打つ金の髪から、ゆらりと青い瞳が覗く。
「決して、甘く見ていたわけではありませんが」
 露出した腕に、腿に、確かに傷はあれど流れる血は止まっていた。
 ――自己回復スキル。
 ここまで、ようやく、追い込んで。追い込んだのに。
 撃退士たちの表情が青ざめる。


 しかし、能力は決して無限ではない。
 ガブリエル・ヘルヴォルにとって、切り札を使ってしまった以上、ここで判断を下す必要があった。
(選ばなくては…… なりませんのね)
 信頼と。
 誇りと。
 自身の命と。
(サリエル・レシュ…… そちらは上手く、やっていまして?)
『戦の腕は期待してる。割とガチでね』
 嗚呼。
『万一の際にはお願いね』
 ゲートを開く術者を守るのは、手負いの使徒たちだ。
 彼らをそこに置き、自分たちがこちらに回る。その意味を、重さを、承知していたはずなのに。
 耳をすませば、周囲ではまだ戦闘が続いている。
 全てが瓦解したわけではない。
 対峙する撃退士たちも、見る限りは前衛の消耗が激しく、軽症の後衛陣だけで先を進めるかといえば容易ではない。
(……ここ、ですわね)

 息を呑む撃退士たちへ、黄金天使ガブリエル・ヘルヴォルは努めて優雅に微笑んで見せた。

「まだ、ここは入り口に過ぎませんわ。――その残された力で、何処まで戦うおつもり?
引き返す選択権を、差し上げます。小さな命の燃やしどころを、考えなさいな」


 上から目線を崩すことなく、追撃を許さぬ威圧でもって、大天使は告げた。
 回復する以前より鋭さを増した所作で武具を振るい、空気を割いて見せる。
 それが虚勢なのか、更なる奥の手を潜ませているのか、撃退士たちには判断ができない。

 ――残された力で

 その問いかけだけが、自分たちの中にある真実であった。
「答えは、何処までも……だ! 逃がすものか!!」
 駆けこんでいたリョウが今再び、黒雷槍を放つ。
 だが、まるで後ろに目でもついているかのように体半分で回避されてしまう。
 笑い声を残し、大天使は彼方へ向け飛翔していった。



「……残された力、というのは……どちらに対してだったのでしょうか」
 馨が呟く。
 ガブリエルにとってもまた、自己回復は最後のブーストだったのかもしれない。
 仮にそうだとして、やはり追い続けることは難しかった。
 ブーストに任せ、果てるまで暴れなかったことを、幸運と思うしかないのだろうか。
 残されたのは、血だまりと、その中で確かに呼吸をしている仲間たち。
 周囲ではまだ、激しい戦いが続いている。
 しかし、程なく北部隊の指揮官であるガブリエルの撤退は知れ渡るはずだ。
 態勢を立て直し、編成を組み直し、ゲート展開阻止の為、進撃は再開されるだろう。


【静岡攻守分水界・北】 担当マスター:佐嶋ちよみ








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