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●エピローグ

 戦闘はどれだけ続いたのだろうか。
 雪が降る程に冷えていた空気はいつの間にか和らぎ、雲間からは陽がこぼれ落ちている。

 流された血で大地は赤く染まり、嗅覚はすでにその匂いに麻痺している。
 流れが変わるのか。戦場に走った激震は如何程のものだったろう。
「援護を!」
 だがそんな戦場に鋭い声が響いた。アイリとニオが次々に負傷者の救助に回り、
「これより先、俺達が相手だ」
「及ばずながら加勢させていただきますわ」
 カエトラを掲げた慎吾、胡蝶を浮かべ微笑むディアドラなど北東から転戦した【堅盾隊】のメンバーが騎士達へとその刃を向ける。
 背後を見ればヘルマンが静かに銃口を向け、遠く中央研究棟を見れば静矢を筆頭とした【転戦隊】が今正に駆けつけんとする所で。
 誰しもが激戦区と認めた北戦域に、最も早く戦闘を終えた北東を始め他所から多くの援軍が訪れようとしている。

 ――ここまでか。

 ゴライアスは苦笑した。年をとったと感じるのは久しぶりだ。だが、
「飛べるか、バルシーク」
「……不甲斐ない姿で迎えるわけにはいかないからな」
 親友の肩を借りてバルシークも何とか立ち上がり、空へと舞い上がる。浮かべるのはやはり苦笑。
 大天使二人の様子に違和感を覚えた一同は気づいた――光指す天上を悠々と飛翔するそれの姿に。
「あれは‥‥!」
 窮地を救う援軍。それは決して撃退士達だけではない。
 ――時間稼ぎってトコか?
 そう言った時、ゴライアスは確かに笑った。ルビィはそれを思い出し、内心で毒づく。
(これが待ち合わせの相手ってことかい、シビれるねェ‥‥!)

 空に在りしは白銀の老将軍。
 左手には、かつて撃退士が唯一取りこぼした七色に輝く宝石『ヒュアデスの雫』を。
 右手には、真紅の焔を内包した『焔宿・レーヴァティン』を携え。
 ただひとつの兵卒すら伴っては居ないというのに、感じる威圧はまるで――まるで焔そのもののように勁烈。

「れ、連絡を」
 Rehniと英蓮から、南で情報統制をしている【目】へ。瞬く間に全域へと連絡が回る。

 《北に焔現る》――と。



「我らがここまで消耗させられたのはいつ以来かの」
 血斑に染まった羽でオグンの傍らへと控える偉丈夫二人に、焔劫の騎士団・団長オグンは微かに笑む。
「団長が前線に来るのも、いつ以来でしょうな」
「まだまだ若く青いが、それゆえの勢いが侮れんわい! 遂にじーさんまで引っ張りだしてしまうとはなぁ」
「貸しは酒の一つで手を打とう」
 深いボルドーの外套を翻し、そして茜色に燃える瞳でゆっくりと撃退士たちを見渡した。
「さて、軽口はここまでだ。‥‥敬意を持って敵対させてもらおう、人間たちよ」

 まっすぐに振り上げられた剣が一層強く発光しただろうか。
 紅く、白く、濃縮された灼熱の焔が、熱波が、細身の刃に留まりきれずに雲を紅く照らして。
 ちりちりと膨れる焔はやがて形を成し、まるで精霊のようにオグンを取り巻いていく。
「攻撃、来ます!」
 誰かが叫ぶ。
 ある者は愛する者を庇い、ある者は発動を妨害しようと天を駆け。祈り、抗い、覚悟、ゆっくりと振り下ろされていく、刃。


 ――‥‥ッ


 音もなく放たれた火精達は、オグンの遥か前方――駐車場Cに大きな火の楔を穿った。
 その距離凡そ500m。しかし、天魔戦争の為に生み出された焔の刃は、これだけでは終わらない。

 楔から伸びる焔の鎖で、北防衛線はおろか中央研究棟までも覆う広い範囲を切り取りにかかる火精達。まずは逃げ場を奪う心算だろう。
 その範囲、楔を中心に半径400m――焔による大きな鳥籠が、大地に形成されようとしていた。

 だが人は、ただ天の暴威を受けいれるだけの存在ではない。

「そうは、させるもんかぁぁぁああ!!」
 知らせを聞いて中央研究棟から駆け出した【氷宿隊】の挫斬と秀一が、フロスヒルデを高く掲げた。



 最初に響いたのは、感心の響き。
「――なるほど、この短時間で盾の調整をやってのけたか」

 凄まじい勢いで火精を取り込み相殺していく冷気の衝動――人間により氷精が動くようになるとは、想定していなかった事だ。
 火精をかき消されたオグンは微かにうなずくと、目元の皺を濃くし。
「だが、その盾は完全ではない‥‥これがこちらにある以上はな」
 そこに含まれるのは、完全な拮抗ではないと言う牽制。
 事実、火精こそ消えたが初撃の楔は未だ唸る焔を上げているし、運悪く中心地に居た撃退士は大きな傷を負っている。

 オグンは血に染まる騎士二人をちらりと見やり。
 そしてどこか満足げにアトリアーナを、白秋を、マキナを、現を――駆けつけた淳紅を、ファラを、蒼姫を、感慨深げに撃退士達の顔を見る。
「認めるしかあるまいな。貴公らは、我らと肩を並べたと」
 サリエル殿が討たれる訳だ、と内心で納得しつつ。撃退士へと告げた。

「これ以上はお互い益も薄い。我々は撤退させてもらおう」
「待――ッ! その剣はもう使えない、こちらはまだ盾がある。みすみす逃すと――‥‥」
 思わず声を上げた海に、オグンは焔を失ったレーヴァティンの切っ先を向ける。
「分があるのは、本当にそちらかな? 我々は引こうといっているのだ。だが戦えないと言っているわけでは、ないのだぞ」
 立ち上る焔の如き殺意。
 向かうならば斬る。そう言外に、だがストレートに伝える言葉だ。
「‥‥理解したようだな。では嘆称すべき誇りある人類の戦士達よ、貴公らと再び剣を交える時を楽しみにしている」



 雪と共に現れた騎士団の包囲劇は、ようやくの終焉を迎える。
 低く垂れこめた雲の切れ間から差し込んだ光は暖かく、生きている心地が、胸の奥からじわりと滲み出していく。
 忘れられない犠牲もあった。完全な勝利ではないかもしれない。
 だが、全ての脅威に抗う事が出来た。


 そう、人が天に――抗したのだ。


エピローグノベル  担当マスター:由貴 珪花








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