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「数の暴力だなこれは……」
 多数の兵士霊やプチコアトルを前にして、早見 慎吾(jb1186)は呟いた。
「騎士団の本気……か」
 だが撃退士とて、それに負けぬ程強い覚悟と絆を持っていた。
 であるなら、臆する必要は無い。やるべきことは分かり切っている。

 仲間を信じ、
 全力で挑み、

 そして殺す。

「やってやんよー!」
「いやだわ。血が滾るわね」
 ファラ・エルフィリア(jb3154)は叫び、アイリ・エルヴァスティ(ja8206)は嬉しげに口角を上げる。
「あらあら。ずいぶん剛毅な方々だこと」
 そんな彼らの言動に、ディアドラ(jb7283)は頼もし気に目を細めた。
「例え貴殿等の者であろうとも、人の子の護りとなるのならば。奪わせていただきます」
 老紳士ヘルマン・S・ウォルター(jb5517)も、その顔に微笑みを浮かばせながら今はまだ後方に控えているであろう天使へ決意の言葉を投げかける。
「まずは数を減らす事を考えたいね」
 Rehni Nam(ja5283)達は生命探知で伏兵への警戒を強めながら、東門へ急行する。
「そうっすね!」
 ニオ・ハスラー(ja9093)、亀山 淳紅(ja2261)も彼女達と共に東門へ。
 彼ら八人は【堅盾隊】。しかしその初撃は、名に反してもっとも鋭かった。

「コメット!」

 誰ともつかぬ叫びと共に、敵頭上に無数の隕石が出現する。
 それは通常のコメットの二倍。三倍。……いや、四倍!
 Rehni、アイリ、ニオ、早見の力によって降り注ぐ隕石が、兵士霊やプチコアトルを襲う。
 だがしかし、それだけでない。
 ファラの炎陣球が兵士霊を撃ち抜き、ディアドラの炸裂陣が雷鳥を弾き飛ばし、亀山のアーススピアが彼らの足元から突き刺して行く。
 そして最後にはヘルマンの封砲が、その漆黒のエネルギーを敵陣に貫かせてゆく。
「……道が空きましたな」
 連続の範囲攻撃で弱った敵前衛が、左右に切り分けられる。
 残った両翼分の敵兵も、コメットの影響か動きが遅い。

 四国。研究所攻防戦。その北東部。
 焔揺らめく天との戦いの幕がまた一つ、過激な幕開けを迎えた。
 


「敵は……最前線にスケルトンとプチコアトルだらけですっ! 戦乙女は……っ」
 屋上から、青鹿 うみ(ja1298)が見え得る限りの情報を【星黒結】に伝えて行く。
 敵の主要な兵はスケルトンとプチコアトルで、その中に戦乙女やリネリアの上位サーバントらしき姿も見える。
 戦乙女は、ほぼ均等に左右中央の三つにばらけている。白虎や朱雀も、大体戦乙女との間をとったくらいの位置だろう。先程の【堅盾隊】の攻撃の後、多くの撃退士達はそれらの各個撃破に向かっている。
『天使の姿は確認出来ますか?』
「いえ、今の所はっ……見つかったら連絡しますっ」
【星黒結】の統制係、結城 馨(ja0037)に問われ、青鹿は答える。必死に目を凝らすが、それらしい姿は目立たない。
 恐らくは何処かにいると思うのだが……
(でも、リネリアは来てなさそうです)
 青鹿はそう思いながら、ふっと西の空に目をやる。
 彼女は今、何をしているのだろう。


 戦場右翼。
「うちの蝶々に、見とれてみぃひん?」
 九条 白藤(jb7977)達【九条屋】が、左陣の戦乙女を相手取っていた。
 戦乙女は槍を回し、周辺の妖蝶を減らす。
 そして攻撃を受けながらも、白藤へ突進していく。
「あぁ怖い。せっかちは嫌われてまうで?」
 にこり。浮かべた笑みは、何処までも妖しく戦乙女を惑わせる。
『……!』
 ぶんっ! 槍を突き刺してから、彼女は己の攻撃した相手が味方の兵士霊だと気付く。
 まんまと術に掛けられた戦乙女は白藤に敵意を向けるが、九条 静真(jb7992)が刀を構え手招きするのを見て、標的を変える。
「……っ!」
 ガギンっ! 静真は小太刀で槍を受けるが、切っ先がその皮膚を裂き、痛みに顔を歪める。
「ウチんとこの子に何してくれとん?」
 と、横から九条 泉(jb7993)が声に怒りを滲ませつつ、飛燕を放つ。
『っ!』
 ヴァルキリーは槍で受けつつ、僅かに後退。
「うちの大切な人等、傷付けさせへんでっ……!」
 その側面に、志摩 陸(jb8138)のファイアワークスが飛ぶ。弾ける焔が戦乙女に痛烈なダメージを与えると共に、傍らの紫焔蝶を焼き尽くす。
【九条屋】は、それぞれがお互いを強く想い合って行動していた。それが、時として実力を超えた力も発揮させる。
 だが、しかし。
「あかん、堪忍やで……!」
 白藤が泉を突き飛ばす。瞬間、プチコアトルの一撃が泉の身体を掠める。
「っ……!」
 白藤の御蔭で、直撃は避けることが出来た。
 しかしその一撃で、泉の身に麻痺毒が回って行くのが分かった。
『ッッ!』
 戦乙女は、動けなくなった泉を狙い槍を構える。
(あかんっ……!)
 何とか少しは身体を動かせる。だがこの槍を、避け切る自身は無い。
「……ッッ!」
 ばっ。静真は慌てて泉と戦乙女の間に割り込む。

 柔らかな音。

 それが槍の突き刺さった音と気付くのには、誰しもが数拍の間を要した。
 ぎり、と静真は唇を噛む。痛みに堪え、それでも膝をつかない。
 むしろ全力の闘気を奮い立たせ、彼は目前の戦乙女に、渾身の斬撃を喰らわせた。
『ッッ――!』
 声にならない叫びを上げて、戦乙女は倒れる。
「……あんた等、ホンマにウチんとこの子に何してくれとん?」
 深呼吸。麻痺が取れて来た泉は、怒りに満ちた声で静かに呟いた。
 そして静真に追撃せんとする兵士霊の一体へ、山をも砕くような飛び蹴りを喰らわせる。
「汚い手ぇで触ろうとしてんちゃうで?」
 震えていた。拳が。声が。そして気持ちが。
「静真、あとで消毒な、死んだら許さんから」
 白藤は周囲の敵を鋭く睨みつけながら、有無を言わさぬ雰囲気で告げる。
 静真は軽く腕を上げ、それに答えた。
 痛みに引き攣りながらも、後悔した様子は微塵も感じ取れない。
 そして敵に向けては、不敵に笑いかけながら小太刀を握る。
「無理しなんや……。これ以上、前出たらあかんよ」
 けれどそんな彼を、志摩ははっきりと止める。
 これ以上戦えば……下手をすれば命に関わる。そんなこと、させるわけにいかなかった。

●左戦乙女戦
 同刻、戦場左翼。
「やれやれ、初陣がとんでもない所にきちゃったな」
 両儀・煉(jb8828)は敵味方の攻撃が飛び交う中、そんなことを思う
「といっても仕方ないか。できることをしよう」
 まだ自分が出来る事は多くない。それでも、自分にやれることはある。無理はしないように、そのやれるだけのことをやればいい。
 目前では、仲間達が戦乙女の一体と戦っていた。
 両儀は掛けていた眼鏡を外すと、ポケットに仕舞う。

「けっ! 俺がぶんなぐってやるぜぇ!」

 ……彼、眼鏡外すと豹変するタイプだった。
 先程とは打って変わって凶暴な表情を浮かべるようになった両儀は、『陰影の翼』で飛行しながら戦乙女の付近まで接近する。
 戦乙女は上空。紫の蝶と、多数のプチコアトルもそこには飛んでいる。
 そしてその回りには、二人の仲間の姿。
「張り付いてるだけが能の張りぼてか? 来いよ。煙の蛇が相手してやんぜ?」
 空中の一人、コルアト・アルケーツ(jb5851)は煙草の煙をふかしながら戦乙女に挑発的な笑みを向ける。
『……』
 戦乙女は答えない。だが代わりに手にした槍を握りしめ、グンッと彼の胴体めがけ突撃。
 コルアトはそれを寸での所で回避すると、無数の蝶を出現させ、ヴァルキリーを狙わせる。
 忍法、『胡蝶』だ。
『!!』
 ヴァルキリーは槍で周辺の蝶を何体か打ち払うが、落とし切れなかった蝶がその肉体を襲う。
 ふらり。戦乙女の身から力が抜け、揺らいだ。
 それをカバーするようにプチコアトルが動こうとするが、瞬間その身に銃弾を受け、向きを変える。
「こっちだよー」
 くすり。空中のもう一人、相模 遊(jb8887)は笑いながら、ズラトロクH49を構えた。
 地上からは、月臣 朔羅(ja0820)が戦乙女を狙い、『虚格牢月』を発動する。
 戦乙女めがけて放たれた黒い弾は、幾何学的に伸びて周囲を切り裂く。
 ……そして、その一筋が、紫焔蝶の小さな身体を裂く事に成功した。
「これで少しは援軍が減らせるわよね」
 月臣はそれを確認すると、辺りをちらと見回してから敵の少ない箇所へ身を置く。
 この技は天界の者へ強い効果を発揮するが、しかしその分天使達の力に弱くなる。
 地上の彼女めがけ、兵士霊がその剣を振るわんとする。が。
「加勢しますっ」
 佐藤 七佳(ja0030)が駆けつけ、巨大な改造銃にてその兵士霊を吹き飛ばす。
 それから間もなく、【星黒結】の三人もその場に合流した。
「私達も加勢させていただきます」
 ガトリング砲で低空のプチコアトルを落としながら、只野黒子(ja0049)が言う。
「見た所遠距離持ちの兵士霊は少ないですね。それより麻痺が厄介ですし、プチコアトルを最優先です」
 結城はざっと戦場を見渡し、その数と予想される性質を把握する。
「わかりました!」
 ヴェス・ペーラ(jb2743)もその情報に従い、ダークショットでプチコアトルを撃ち落としていく。
「っしゃあ!」
 両儀も気合いを入れ、戦乙女の死角に入り込む事を意識しながら、矢を放つ。
 月臣の虚格牢月も合わせ、隙の少ない攻撃で確実に相手を削り取って行った。
 
 ――と。

 バシュン!
 前触れ無く、魔力の矢が彼らの戦場へと飛来し……コルアトの肩口に突き刺さる。
「っ……!?」
 射線を遡ると、僅かに空色の髪の天使が彼の視界に入った。
「ったく、翼撃ち抜くぞ、お前さん」
 コルアトは呟くが、しかし天使に構っている暇も無い。戦乙女を見据えながら、天使の居たと思われる方向から距離を置く。
「あの弓使いちょーウザイ!」
 相模も同じように距離を取りながら、顔をしかめる。いつ撃たれるか分からない状況というのは気分の良いものではない。
 半ばその鬱憤を晴らすように、相模は只野達の切り開いた道を飛び、戦乙女へ力強い太刀のスマッシュを叩き込む。
『ッ……!』
 痛烈な一撃を受けた戦乙女。僅かに高度を落とすも、落下させるには至らなかった。
 また、この一撃で戦乙女は朦朧としていた意識を取り戻したらしく、槍を再度握りしめて相模を睨みつける。
「……今だっ!」
 戦乙女の様子を観察していた両儀は、その瞬間飛び出した。
『!?』
 ハイドアンドシークによって気配を消し、戦乙女の背後から羽交い締めにしたのだ。
「このままボコボコにしてやるぜぇ!」
 両儀は聖紐符を戦乙女の身体に張り付け、アウルを込める。符からゼロ距離で発生した刃が、戦乙女の身体をズタズタに引き裂いて行く。
『っ!!』
 ぶんっ! 戦乙女は思い切り身を振り、両儀を振りほどくと返す刀に槍を突き刺す。
「ぐっ……!」
 さくり。脇腹に槍は突き刺さる。
『……』
 とはいえ、戦乙女の方も、撃退士達の連続攻撃に体力を消耗したらしい。そのまま地に落下し、動かなくなった。
「……もうここは大丈夫みたいですね」
 佐藤は周りを見渡す。雑魚もあらかた片付いていた。
「次に行きましょう」
 結城はきっぱりと言う。「戦乙女は未知数な分、早めに落としておきたいですしね」


 時は僅かに遡り、中央。
「さて、やれるだけやる、だけだな」
 相馬 晴日呼(ja9234)は銃を構えながら小さく呟く。
 共に戦うのは、月詠 神削(ja5265)と深森 木葉(jb1711)。
 だがすぐに倒そう、とは相馬や月詠は考えていなかった。左右の戦乙女が倒されれば、救援が来る。それまで持たせれば良いのだから。

 ただ、その思考を除いて……本気で戦乙女を倒そうと仕掛けても、結果は同じようなものだったのかもしれない。

 ふわり、宙を舞うヴァルキリーを見上げながら、月詠ははぁぁと吐息を吐く。
 吐息は霧状となって直線上に舞い上がり、戦乙女を吹き抜けて行く。
 月詠がその霧に剣で一撃を加えると――
『……っ!?』
 霧は、次々に誘爆。戦乙女を巻き込んでいく。
(紫焔蝶には当たらなかったか……)
 未だ顕在の蝶を見上げ、月詠は思う。角度は調整したつもりだったが。
 次に深森が、『闘刃武舞』を発動。無数の剣で戦乙女を攻撃。
 戦乙女はしかし、この剣をある程度槍で弾き飛ばす。
 相馬もその最中、ストライクショットやダークショットを交互に用いて戦乙女を狙い、三人の攻撃は彼女の体力を地道に削れてはいただろう。
 ただ……飛行する相手に、若干厳しかったのは否めない。
「雑魚の相手も楽じゃないよなっ……」
『ドレスミスト』を用い、月詠は兵士霊達の攻撃を躱す。
 注意はしていたものの、戦乙女の周辺には奴らやプチコアトルもいるのだ。何もなく済むわけでなく。大剣で兵士霊を薙ぎ払いながら、月詠は増援を待つ。
「後ろ、危ないですよぅ!」
 深森に言われ、相馬は振り向く。敵との距離は取ろうと心がけているが、混戦状態だと上手くいかない。
 ……と。ガトリング砲が火を吹く音が、三人の元に近づいて来る。

「……来たか」

 他の隊の救援である。
「雑魚はお任せ下さい」
 ガトリングの主は、【星黒結】の只野。
 空中には、偽翼〔煌炎〕を展開した佐藤と、闇の翼を広げる【星黒結】のヴェスが到着。
 只野はガトリングで地上から敵を蹴散らし、ヴェスもそれに続く。
「では、私はこいつを落としますねっ……」
 一方の佐藤は、偽翼の術式〔葬花〕と光纏式戦闘術「光翼」の合わせ技により、縦横無尽に宙を舞い、高速の刀で戦乙女に連斬撃を加える。
『っ……!』
 戦乙女はそれを受けようとするも、佐藤のスピード故か一撃二撃取りこぼす。
 ざくり、ざくりと二筋の大きな傷を受けた戦乙女は、よろよろと地上に降下。
「チャンスか」
 すかさず月詠は忍法『髪芝居』で戦乙女の動きを止める。
「今なら出来そうですぅっ」
 深森は、スキルを入れ替えると『蟲毒』により蛇の幻影を生み出し、戦乙女に噛み付かせる。
『ッッ』
 びくんっ。戦乙女は苦しげに身を捩らせた。
「おっと、アレも忘れないようにしないとな」
 相馬は未だ上空に滞在していた蝶を見とめると、ストライクショットで撃ち抜いた。

「これで戦乙女に付いている蝶は全部落ちたんですか?」
『みたいですねっ。あとはリネリアのサーバントの二体だけが確認されてますっ』
 結城が青鹿に確認を入れると、現在の状況が簡潔に返ってくる。
『白虎と朱雀についても、今担当の班が接触するとこですっ。でも兵士霊やプチコアトルはそれ以上にたくさん残っていますっ』
 大型エネミーは一息ついたが、敵の総量はまだ三分の一といったところらしい。

 それでも北東の流れは、確実に撃退士に向いていた。


「さぁさぁ寄ってらっしゃい聞いてらっしゃい! ほらほら遠慮は要らないっての!」
 研究所東面でも、君田 夢野(ja0561)と鈴代 征治(ja1305)の二人が戦っていた。
「こっちです!」
 鈴代が挑発によっておびき寄せた兵士霊を、君田がトリオ・ハーモナイズで蹴散らす。
 音の刃が止んだ後には、鈴代の槍が光のように兵士霊達に突き刺さる。『翔閃』の一撃だ。
 そして彼らの攻撃で薄くなった敵陣の向こうに白虎サーバント……ふーちゃんの姿が見えた。
「いました! 白虎です!」
 白虎の方も、前線の敵である鈴代達に鋭い眼光を向け牙を剥く。
「防御はこちらで。攻撃は頼みます」
 楯清十郎(ja2990)は、自分の後ろに控える紅葉 公(ja2931)へ声をかける。
「はい。よろしくお願いします」
 紅葉はこくりと頷く。これ以上、サーバント達を先に進ませるわけにはいかない。
 その為には、今出来ることをやるだけである。
 白虎は鋭い爪で地面を蹴り、鈴代に飛びかかって行く。鈴代はそれをシールドで受け止めると、僅かに後方へ下がる。
 見た目通りの力をこの白虎が持っているなら、あまり近接攻撃を受けたくはない。
 だがしかし、自分が狙われている間なら……。ちらと、彼は白虎付近に漂う紫の蝶を見る。
 これまでの戦闘の経緯から、この蝶が援軍を呼ぶ役割を持つことは察しがついていた。
「必ず、白虎の動きを止めてみせます」
 また、上位サーバントを前に紅葉達は一つ戦い方を練って来ていた。
「作戦通りに、タイミングお任せしますよ」
 楯はそう言いながら、白虎の攻撃を鈴代と共に受ける。
 その横から、君田が接近した。その手には、赤い蠍のようなライフル。
 ドンッ! 彼が白虎を狙撃するのに合わせ、紅葉は動いた。
「うまく当たってください!」
 激しい風の渦が白虎を襲う。『マジックスクリュー』。これは命中した相手と使用者の魔法力がぶつかり合うスキルでもある。もし、使用者の力が勝てば……

 ――がくり。白虎の足元から僅かに力が抜け、彼は巨体をよろめかせる。

 朦朧の効果だ。その機を狙い、楯はエメラルドスラッシュで白虎の足を切り払う。
 白虎は苦しげに呻きながら、しかし攻撃を止めはしない。君田は白虎からの反撃を受けながら、銃を朱塗りの大剣へ持ち替える。
 そして再び、『トリオ・ハーモナイズ』。剣から放たれた音の刃が、白虎の身を切り裂く。
 これを好機と見た鈴代も、ルーンスピアを強く握り締め、体重を深く掛けながら敵の腹部に突き刺した。
 虎は深く唸る。片方の前足が他と比べて傷ついていた。……紫焔蝶を、君田の攻撃から庇った為だ。
「仲間の為、ですか」
 鈴代は呟く。虎の瞳には、強い覚悟にも似た光が感じ取れた。
 だが、撃退士達にも強い想いはあるのだ。
「一般人に死なれたら夢見が悪くなるからな。悪いが、お前達の決意は踏み躙らせてもらうぞ」
 君田は告げると、蝶に目線を移す。
 白虎は再度それを妨げようとしたが、紅葉は雷帝霊符の雷で君田を補助する。
「ステージ袖に隠れてないで、皆纏めて聴いていきなさいよ、っとォ!」
 ぶんっ! 力強く振り抜いた一閃が、紫焔蝶の脆い身体に触れ、それを砕いた。
 揺らめく儚い火は、白虎の身に触れた途端消えてなくなる。
 白虎はその火が消える一瞬を見守ってから……正面の、楯へ飛びかかった。
 楯は一見、無防備に見えたから。しかしそれは違った。
「かかりましたね」
 楯は、虎との攻防の合間……そして虎が蝶に視線を向けていた僅かな間も使って、地面にシルヴァラを這わせていた。
 彼は白虎が飛びかかると同時にその糸を引き寄せ……不意を打たれた白虎は、その動きを止める。
「さぁて“死ぬほど”ヘヴィなビートだ――ぶっ飛びな!」
 君田が叫ぶ。朱色の剣に、歪みと重低音が纏われる。それは君田の死人への想い。
 振り下ろされた剣が、白虎の胴体に突き刺さる。刹那、その衝撃は周囲に音となって響き渡った。
 共に鳴らされるのは、白虎の狂おしい叫び声。二つの音は鼓膜だけでなく、大地さえ振るわせる。

 ――けれど、そんな音も永久には響かず。

 やがて君田の一撃か、白虎の雄叫びか……或いは両方同時にか。音は小さくなり、消える。
 後に残ったのは、胴を大きく切り裂かれた白虎サーバント……ふーちゃんの、亡骸のみであった。



(騎士か……男でも「エロ同人みたいに!」って叫んでくれるんだろうか……)
 戦場の一角でそんな不純なことを考えていたのは、因幡 良子(ja8039)。だが。
(ハイすみません真面目にやります)
 すぐに兵士霊の攻撃を受け、気を取り直す。
 北東に来た騎士は叫ばなそう、と知った時彼女はどんな顔をするのであろうか。というか何をする前提なのか。
 そしてそんな彼女のいる戦場は……朱雀サーバント、チュエさんとの戦いの真最中であった。
 朱雀は上空にてその焔の翼を羽ばたかせ、その下方には数体のプチコアトルが飛んでいる。
 だが何より気にするべきなのは、朱雀の付近に舞う紫の蝶だろう。
「長く残しておきたくないね。撃ち落とさせてもらうよ」
 ソフィア・ヴァレッティ(ja1133)は、杖のように改造した銃を構え、紫の蝶に狙いを付ける。
 けれど朱雀は甲高い声を一声上げると、プチコアトル達が彼女を狙い始めた。
「僕の領域で、仲間達を傷つけさせはしない!」
 清純 ひかる(jb8844)は高らかに叫ぶと、斧槍を構える。清らかな空気が辺りを吹き抜けた。
 そして彼はプチコアトルの雷をそのアルデバランで受け止める。
 清純のサポートを受けたソフィアは、気兼ねなく蝶へ狙いを定め……撃つ。
 はらり。真っ直ぐに放たれた弾丸を蝶は避ける事も出来ず、儚く散った。
「これで援軍は潰せたかな」
 清純の生み出した爽やかな空気の中、ソフィアは顔をほころばせる。しかし次の瞬間には、清らかな空気は赤い熱気に変化した。朱雀が炎の羽根と共に吹き付けたのだ。
「おっと、そう簡単にはやらせないぜ」
 ミハイル・エッカート(jb0544)は、その羽根を回避射撃で撃ち抜く。
「これは早いとこ押し切った方がいいんじゃないか?」
 蝶は早めに撃てた。雑魚はまだまだ。一々相手するより、回復役兼指令等を落とすのが先決だ。
 ミハイルは言うと、構えたアサルトライフルからイカロスバレットを撃つ。
 狙い済まされた弾丸は、朱雀の翼を撃ち抜いた。甲高い叫び声と共に、朱雀が降下する。
「みんな今だっ!」
 清純は叫ぶと、陽光の翼で一息に朱雀の上空を陣取る。
 そして落下する朱雀に、鳳・美空(ja2032)はソニックブームの追撃を与える。身を切るような鋭い風が、朱雀の身体からたくさんの火の粉を舞い上がらせた。
 殆ど同時に、因幡もまた彼の横から虹色の刃で切り裂く。朱雀の身体から、炎のような血が吹き出る。
 しかし朱雀もやられるばかりでなく、燃えさかる隕石を呼び出し、地上の撃退士へ降り注がせた!
「わっ……!」
 ソフィア、鳳の二人が、この隕石に衝突。炎が二人の身体に温度障害を与える。
 そして再度上空へ戻ろうとしたが、清純が真上に立ちふさがる。
「逃がしはしない。ここも僕の領域だ」
 ひらりひらりとマントを旗めかせる清純。それを見上げる朱雀は、一声鳴く。
 プチコアトルが清純を襲い、兵士霊が地上の撃退士達に斬り掛かる。
「そうはさせないよっ」
 因幡は、ソフィアや鳳の前に出来るだけ割り込み、敵兵の攻撃を肩代わりする。
「ありがとうございます」
 鳳も、ミハイルの援護射撃等と併用しながら出来るだけ後退し、敵攻撃を回避。
 堅い者が多いとも言えない中、状況は膠着気味であった。方や指揮能力のある回復手。方や相手の飛行に対抗出来る遠距離持ちの多い撃退士。
 ただ、一撃を喰らった場合のリスクはこちらの方が高かった。
 ミハイルは可能な限り朱雀を早く殲滅したかったが、こう雑魚を出されてはそれも上手く行かない。
 蝶を倒し、朱雀を落とすまでは上手く進んだものの……そこから、もう一歩が足りなかった。

 しかし。突如として、付近の兵士霊達がバタバタと眠りにつき始めた。
「眠った個体は後回しにしてな!」
 亀山が付近の味方にそう告げる。これは彼の放ったスリープミストの効果である。
【堅盾隊】が、合流したのだ。
「盾役は任せてくれ」
 男口調のRehniが、パルテノンを構え頼もしく名乗り出る。
「それから雑魚も任せてくれて構わないっすよ!」
 だから朱雀に専念して大丈夫だと、ニオ達は伝える。
「すまない、助かった」
 ミハイルは礼を言うと、撃ち終わったイカロスバレットをダークショットに切り替える。
 その間にも、朱雀は甲高い声をあげながら地上に降りて来る。何故か。
「仲間思いのお前さんなら来ると思ったぜ。そいつらと一緒に仲良く逝っちまえよ」
 朱雀はきっと、弱った味方がいれば回復させに来る。もしイカロスショットが切れて再び朱雀が上空に戻ったら、ミハイルはそうしておびき寄せるつもりだった。
 そしてミハイルは、仲間の回復をする朱雀をダークショットで撃ち抜いた。短い悲鳴のような声が朱雀の嘴から漏れる。
「朱雀には自己蘇生能力があるみたいだからね。出来れば封じている間に倒したいな」
 Rehniが言うと、「だったらこれだねっ!」と因幡は自身を中心に巨大な魔法陣を展開。
「これで勝てればっ……!」
 シールゾーン。魔法攻撃同士の対抗で勝てれば、相手のスキルを封印する事が出来るスキル。
「僕も一緒にやっておこう」
 Rehniも彼女と一緒にシールゾーンを発動させる。彼女も魔攻はちょっとしたものである。可能性は多い方が良い。

 そして、二つの魔法陣が朱雀に止めを差す。

 ――不死鳥が蘇ることは、無かった。


「どうやら、この辺りに伏兵の姿は無さそうですね」
 御堂・玲獅(ja0388)は、探索の成果を青鹿に伝える。
 それと共に、彼女は研究所の建物の傍で、時折戦場から零れ出るサーバントの相手をしていた。
 兵士霊の放つ矢をシールドで受け、こちらからはガトリング砲で殲滅する。
 あまり数は多くないが、たまに出る以上誰かが処理しなければならないだろう。
 ただ、戦いが進み敵の数が減るにつけ、そういった者も減って来た。御堂は探索を打ち切り、回復役として前線へ向かうつもりだった。
『わかりましたっ! この分だと北東は勝てそうですねっ!』
「えぇ。大きな怪我をしていそうな人はいますか?」
『若干いますけど……この規模だと、むしろかなり少ない方でしょうっ。……あれ?』
 と。スマホの向こう側で、青鹿が素頓狂な声を上げる。
「どうかなさいましたか?」
『えっと……全体に緊急連絡です! 手伝って下さいっ! 文面はですね――』
 何処か慌てたような声。何か大きなことが起ったのか。御堂は耳を澄ませ、彼女の次の言葉を持った。


「……マズいか、これは」
 敵軍後方。騎士団員の一人、ハントレイは苦い顔を浮かべていた。
 既に彼の元の戦力は半分以上が落ちている。その上、主要な紫焔蝶も全て倒されてしまっていた。
 つまり、増援は見込めない。
 自分一人で多くの人間を相手取れるか、と問われれば……流石にそこで頷ける程自惚れていない。
「……ならば」
 引くべきか。ハントレイは考えるも、心が納得しない。
 そんな風に、考え込んでいたからだろうか。『彼』に気付かなかったのは。

 突如、ハントレイは傍らのプチコアトルと共に冥府の狐火に包まれた。

「ぐっ……!? この感覚……冥魔か!」
「受け切ったら私を殺してどうぞ……? 余裕があればですがね」
 にや、と不敵に微笑みながら、饗(jb2588)は慇懃な口調でハントレイにそう語りかける。
 この焔は、彼の術によるものだ。咄嗟にハントレイは理解し、焔を弓で切り払いながら響に狙いを定める。
「言われなくとも……!」
 バシュン! 放たれた矢は、饗の腹部に深く突き刺さる。
 冥魔の力は、ハントレイのように天界から力を得る物にはとても有効である。……逆もまた、然り。
「あぁ、やられてしまいましたね……」
 血を流しながらも、饗は満更でも無さそうな表情を見せる。
 饗にとっては、このスリルがあれば良かった。命のギリギリで行われるやり取りこそ、彼にとって至上の悦びであったから。
「……あまり、関心は出来ないが……」
 ハントレイは頭を振ると、深呼吸を一つ。
「俺が……負けたくないから、だろうな」

「今度こそ捕捉した。ハントレイだ」
 幾多もの戦果が上げられる中、戸蔵 悠市(jb5251)は静かに己の部隊に連絡を入れる。
 彼のヒリュウが、饗と戦う騎士団員ハントレイを発見したのだ。
 既に何度か目視は出来ていたものの、すぐ敵軍の中に消えていた。だが饗の攻撃が目印となり、再度の発見に至った。
 敵も減った今なら、見逃す筈も無く。
 そして、戸蔵の連絡を受けた部隊【B.G】は動き出す。

「我はフィオナ・ボールドウィン。王の星の下に生まれし、今生の円卓の主! この名、忘れたとは言わせん。姿を見せろ、ハントレイ!」

 堂々と名乗りを上げたのは、フィオナ・ボールドウィン(ja2611)。
 張り上げた声は戦場を駆け抜ける。――そして。
「知った気配は感じていた。……やはり来ていたか」
 バシュン!
 応える声と共に、一筋の矢が放たれた。
 フィオナは防壁陣を展開し、その矢をガードしながら上空を睨みつける。
 ハントレイはそこにいた。淡く輝く光の翼で、低空から弓を構えている。
「やっぱり出て来るのね」
「そうでなければ騎士としての誇りを疑う。そうだろう?」
 ハントレイの返答に、暮居 凪(ja0503)は苦笑する。
 以前はそれで引きつけられ、結果として苦い思いをしただろうに。
 だがあの時と違い、ハントレイは笑みを見せない。集中しているというより、何処か余裕の無い顔に見える。
「ここが正念場ってやつね! あたいたちが相手だ!」
 雪室 チルル(ja0220)は大剣を構え、ハントレイを挑発する。
「……良いだろう」
 ハントレイは短く頷くと、彼女へ向けて矢を放つ。
 雪室は氷の大剣でそれを受ける。彼女の剣を覆う氷結晶が、ぱきんと軽い音を立ててひび割れた。
「流石に強いわね! でも!」
 受け切れないレベルではない。ハントレイにもそれは分かっているのか、彼は黙って眉をひそめる。
「ならば何度でも放つのみだ」
 そして彼は、手の中に魔力の矢を生み出す。先程より矢じりが大きく、丸い。
 だが彼がそれを放つ前に……後方から、ルドルフ・ストゥルルソン(ja0051)が跳んだ。
「……二度目、だ」
 ハントレイは咄嗟に振り返る。ガィン! ルドルフの刀とハントレイの弓が重たい金属音を響かせた。
「お前の気配も覚えている。不意を打ったつもり――かっ……!?」
 言いかけながら、ハントレイはバランスを崩す。攻撃を受けた腕から振動が伝わり、彼の頭をふらつかせたのだ。
「成る、程……これが狙いかっ……!」
 ハントレイは頭部を抑えながら苦々しく吐き捨てる。
「いや、もう一つだ」
 しかし攻撃はそれだけではない。
 突如としてハントレイの目の前にスレイプニルが飛び込み、辺りを薙ぎ払う。
「ぐぅっ……!」
 ハントレイはこれも弓で受けるが、地表へ向けて高度を落とされる。
 すかさずアクセル・ランパート(jb2482)が真紅の翼でハントレイより高い位置を確保し、稲妻の矢でハントレイを牽制。
 そしてハントレイが飛ばされた先には、円卓の主たるフィオナ。
「円卓の武威、受けてみよ!」
 フィオナの傍ら、紅に光る球体から、無数の剣が射出される。
「ちっ……!」
 ハントレイは弓を構えるも、それらを全て受ける事が出来るわけではない。
 幾本かが彼の防御から外れ、その身を斬りつける。
「……朦朧の身でそこまで受けるか」
 フィオナは笑うが、ハントレイは笑わない。
「囲まれた、というわけか」
「その通りだ。我々円卓の力を見くびるなよ?」
「……そんなつもりは、ない」
 はぁ、とハントレイは溜め息を吐く。
「お前達、人間が……決して弱いだけの生き物ではないというのは、既に理解した」
 それは以前の雫の争奪戦で。
 自分を含め、多くの騎士団員が敗走した。それは決して偶然ではない。人間が……撃退士が、いずれ自分達とも並び得る力を持っているからだとハントレイは考えていた。
「……現に今も、な……」
 ぽつり。付け足した言葉は、【B.G】に聞こえたかどうかわからないが。
「このまま一気に行かせてもらうわ!」
 雪室は一時的に動きを止めたハントレイに、ここぞとばかりに大剣を振りかざす。
 暮居も武器をソウルイーターに持ち替え、ハントレイを削りに掛かる。
 ハントレイはそれら一撃一撃を何とか弓で受けるが、やはり精細さに欠ける部分があることは間違いない。
(兜割りは効く、ってことだよね)
 ルドルフは確信し、再びハントレイの頭を狙う。出来ればこのまま封殺したかった。
 だが。
 ひゅ。小さく風を切る音と共に、一体のプチコアトルがハントレイとルドルフの間に立ち塞がる。
「!!」
 制空権はアクセルが奪取していた。ハントレイを囲う陣の中に、それはもういなかった筈。
 では、どこから。
 付近の……別の部隊からだ。そこで倒し漏らしていた者が、急にこの場に飛び出して来た。
 そして、その機を逃す騎士ではない。
 ハントレイは再び空中へ飛び、弓を構える。
 だがその広い視界から戦場を見渡した時……理解出来ない程、ハントレイは愚かではないだろう。
「……このままやって勝てるとは思えないけど?」
 彼女達がハントレイと戦う間にも、他の隊が敵戦力を削り続けている。
【B.G】がハントレイまで辿り着いた頃には、もう半分以上の敵が倒されていたのだから……
「……そう、かもしれんな」
 暮居の言葉に、ハントレイは肩で息をしながらそう応える。
 既に彼の肉体には相当なダメージが溜まっているのでは、と暮居は判断する。
 ハントレイ自身にもそれは分かっていた。縦しんば今ここでフィオナ達を倒せたとして、他の撃退士に勝てる見込みも無い。
 それに。
(さっきのサーバントは……リネリアの仕業だろうな……)
 ハントレイは察する。リネリアが、プチコアトルに自分を護るよう言っておいたのだろう。
(……無茶するな、って言いたいのか)
 内心苦笑した。見透かされているというか、何というか。
「……。ちっ」
 舌打ちする。分かってしまったからだ。今自分が戦っても……勝てないばかりか、仲間を無駄に悲しませるだけだということに。
 けれど、気持ちが治まらないのも事実で。

「……『次は』、勝つ。必ずだ」

 ハントレイはキッとフィオナ達を睨みつけると、そのまま飛び去って行った。
「待っ……!」
 追いかけようとするルドルフだが、刹那、彼の携帯が鳴動し動きを止める。
 いや、彼だけでない。【目】や【黒結星】を通じ、北東戦域の殆ど全員にその情報が伝えられたのだ。



「北の空より、焔が来る」

 簡潔なその文面を見た者は脳裏に『それ』を思い浮かべる。
 動けるものは北へ。
 そう、誰もが走り出した。


【北東】東門内部  担当マスター:螺子巻ゼンマイ








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