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●そろそろ決着をつけようじゃないか

 夏至を過ぎても炎天下。
 陽炎に揺らぐトラックのスタートラインに、新たな集団がスタンバイしている。
 紅組8名、白組8名。
 奇しくも同数となったアンカーチームは各軍の期待を背負い、歓声に包まれながらスタートの時を待った。

「さぁさぁ行くよっ! 今のうちにしっかり差をつけないとね!」
 サッカーで再びリードを奪った白組のソフィア・ヴァレッティ(ja1133)は誰よりも早くスタートを切った。
 小麦色の肌をじりじりと刺す日差しに晒し、天色の空へ弾ける様に駆けていく。
「よーっし、アンカーだし気合入れていこー! いってきまーす!」
 白組サッカー班のマオに手を振り応えながら、ソフィアの小さな背を追って嵯峨野 楓(ja8257)達も後に続いた。

 遅れる事ほんの僅か。
 白組集団の背を睨みつつ駆け出す、紅組テニス班のアスハ=タツヒラ(ja8432)とメフィス・エナ(ja7041)。
「ふむ‥‥少々出遅れた、な。僕達も、急ぐとする、か」
「そうだね、私達もがんばろアスハ!」
 僅かに遅れてスタートの合図が競技場に鳴り響き、応援席がわぁっと沸く。
「ここで私が活躍して逆転すれば、ツインテの素晴らしさも注目赤丸急上昇!! 頑張りますよー!」
 二階堂 かざね(ja0536)は舵天照チョコを口に入れ、エンジン全開で走りだす。
 銀糸のツインテールが一条の‥‥いや二条の光を夏の空に描いた。

 選手を見送った観客の視線は特設モニターに注がれる。
 さぁ、決戦は間近だ。



●開戦

 がしゃん! と大きな音を立ててテニスコートに飛び込む16名。
 全員が手早く進行係員からボールとラケットをうけとり、左右のコートに散っていく。
「まずは私達に任せてもらおうか!!」
 と、ラグナ・グラウシード(ja3538)とソフィアがBコートの奥へと走る。白組はまずダブルスで安定して回数を重ねる狙い。
 その相手となるのは星杜 焔(ja5378)と雪成 藤花(ja0292)のペアだ。
「頑張りましょうね、先輩!」
「藤花ちゃんも、怪我したり倒れたりしないようにね〜?」
 といってもアストラルヴァンガードとディバインナイトのペアである。多少の怪我はなんのその。
「じゃ、いくよー!」
 と、声をあげたソフィアがアンダーサーブで球を送る。
 この課題はラリー勝負。つまりネットの向こう側も味方であり、敵ではない。
 取りやすい球が絶対条件という事は、ツイス○サーブだのスカoドサーブだのはお呼びじゃない訳だ。つまらん。
「――はい、ラグナさん!」
 ベースラインの藤花が声を上げて返球する。ラグナから今度は焔へ、焔からソフィアへ、ソフィアから藤花へ――。
 まったりとしたラリーの一方、紅組のAコートからはタタン、タタンと小気味いいリズムが会場を包む。
「要はテンポとタイミング‥‥リズムに乗りましょうっ♪ わたし達なら、できますっ!」
 優しげな黄水晶の瞳に浅縹の光を灯し、氷月 はくあ(ja0811)はコートの向こう側へと強めのフラットショットを打った。
 ――緑火眼。改良に改良を重ねた彼女のそれは、まるで時が止まるが如く動体視力を有していた。
 ネットの向こうで待ち受けるは犬乃 さんぽ(ja1272)。
 お世辞にも打ち易い球とはいえないはくあの球だったが、そこは溢れるニンジャ力が本気だす。
「唸れボクのニンジャ力っ!」
 脚がふわりと光るが早いか、驚異的な踏み切りでコートの端から端を飛ぶ様に駆けるさんぽ。
 ――迅雷。書いて字の如く、雷の疾さを脚に宿して爆発的な加速を得て、コート全域をカバーして余りある。
 ラインインした球にもアクロバティックに食らいつくさんぽ。弾ける汗が宙を舞った。
「大丈夫だよ氷月ちゃん、僕を信じて思いっきり打ってきて! 共にエースを目指すんだ!」
 テニヌかと思ったらお蝶夫人の方だったでござる。



●解き放て、非リアの

 さて順調にラリーを重ねる両チーム。
 集中力を切らさない様にと100球ずつ交代する作戦の紅チームの次鋒はアスハとメフィス。
 さんぽらの球を引き継ぎコートに入った2人は、先鋒組とは変わってゆるめのラリーだ。
「いっくよー!」
 ラケットをふわりと振りぬき、高くロブを上げるメフィス。球を目で追い空を仰ぐアスハの視界に映ったものは。
 此処は久遠ヶ原、撃退士の学び舎。あらゆる非常識は常識。
 そして何より、アリスの仕掛けたゲームなのだから――安穏と終わる訳がない。
「ふはーっはっはぁ! 大人しくラリーしてるだけと思ったか――!」
 Bコートでダブルスをやっていた筈のラグナが、眩い太陽を背に空高く舞い上がってるではないか。
 まずいボールを取られる、と思ったその次の瞬間。
「リア充共め、私の輝きに言葉を失うがいい!!」
 ズキュウウゥゥゥン☆
 ちょっとイラッとするウィンク&ポージングと共に黄金聖闘○の如き金色の光を放つ――!
「くっ‥‥なんだ、あの光、は――」
 非リア属性対リア充属性で、こうかはばつぐんだ!
 ていうか何故2人が恋人と分かったし。非モテセンサー歪みないさすが非モテ!
 太陽の逆光+憐れみの涙で景色が霞む非モテオーラ。悔しい、でも見ちゃうっ!(タウント的な意味で)
 空を舞うラグナから目を離せないアスハ。ボールが見えない。逆光が目に痛い。
 アスハはどこかで、たーん、とテニスボールがコートを跳ねる音を聞いた。
 次にそれが落下した時、それはラリーの失敗を意味する――。
 止めとばかりに、ラグナがコートに向かって輝くラケットを振り下ろしたその時。
「ふふふ、ラリー断ち切れたrふぐぉっふ」
 Aコートサイドから弾丸の様に放たれたボールがラグナの脳天を直撃。
 視界が戻ったアスハはヘッドスライディングで返球に成功した。妨害対策に余裕を作っていたのが功を奏したようだ。
 憎きリア充討伐成る事なく地面に突き刺さるラグナに、美しい黒髪の少女が近づきしゃがみこむ。
「邪魔しては駄目、です‥‥」
 九条 朔(ja8694)、恐ろしい子‥‥!

「ちょ‥‥、ラグナさん撃沈しちゃった」
「あらら、助けに行かないとだね〜」
 ラグナが妨害に出てから、一人で奮闘するソフィアはふんだり蹴ったりである。一人ダブルスを、強いられてるんだッ!
 とはいえ、辛いのはコートの広さではない。辛いのは、休む時間が無い事。
「焔先輩有難うございました、次は先輩が休んで下さいね」
 焔と藤花はお互い休憩時間を作る事で水分補給や汗を拭う時間があるが、彼女にはそんな暇はない。
 できるだけ動かなくて済むよう焔や藤花は丁寧な返球をするが、炎天下のコートにいるだけでも体力は消費するもの。
 滴る汗と一緒に体力が流れでる感覚。焔の球を打ち返そうとするソフィアの足元が、ふらりと蹌踉めいた。
「あ――」
 取れない。
 そう思った、瞬間。
「その球を取ればイケメンとの出会いがある――!!」
 と叫ぶ楓。ソフィアの視界の端で、ギラッと何かが光った気がした。
 翡翠の髪をふわりと踊らせ、避暑地のテニスコートを思わせる様な優雅な所作で。
「イケメンゲット――!」
 しかし紅玉の目に肉食の光を宿したポラリス(ja8467)の、強烈なリターンが対面エンドラインを襲う。
 大人しそう(過去形)で可愛らしかった(過去形)彼女の、あまりの変貌に呆然とする焔と藤花。
 そんな2人の背後から、楓が颯爽と打ち返し微笑む。
「さ、私達に任せてキミ達は休憩しててよ! あとラグナどうs‥‥先輩の救助を手厚くよろしく!」
 ――ブルータス、お前も非モテか。



●或いは、フラグの為の

 課題は中盤へ差し掛かる。凡そどちらのチームもラリー500本を超え、折り返しを迎えたその頃。
「そういえば‥‥今更だけどテニスとか超久しぶりですの」
 紅組は十八 九十七(ja4233)とかざね組へと交代し、白に負けじとラリーを繰り広げる。
 が、久しぶりという言葉の通り、時折強打が出たりスポットを外したブレ球が出たりと賑やかな様子。
「あれですね、優雅な私達にぴったりですよねテニス!」
「その通りですの」
 ツインテールをくるくるぴょこぴょこと揺らしながら、九十七の球に追いつくかざね。
 可愛らしいのはいいが、君達は取り敢えず辞書で優雅って単語を引いてみては如何かと思う‥‥!

 さてそんな優雅()な方々の横で、可憐に微笑む小さな影――はくあ。
「ふとした弾みで落ちるかもしれないのですっ!」
 彼女が楽しそうに語る物、それは白組陣取るBコートの上空に現れた剣を模した紅炎である。
 ロブをあげたら最後、衝撃で落ちるかもしれないというプレッシャー。
 ――まぁはくあの狙いはコート外の妨害要員達への牽制だったのだが。
「うわぁ、なんかヤバそーなの来たよー?」
「もー、私達かよわいんだからそういうのやめてよねー」
 あははうふふと楽しくラリーをしていた楓とポラリスも、流石にこれは無視できない。
 君たちも取り敢えず辞書でかよわいって単語を(略)
「まぁ今まで通り、落ち着いて慎重に続けるしかないね」
 ポラリスの言葉に、頷く楓。プレッシャーは感じつつも、2人は低めの緩い球で対応していく。
 しかし、ただでさえ残暑の日差しが暑いというのに、炎が加わり倍率ドン。
 じりじり、いらいら。じりじり、いらいら。我慢ゲージが振りきれたポラリスが、叫んだ。
「ああもうっ! 今年は絶対に焼かないって決めてるのにー!!」
 ――今ですっ!
 はくあの目配せに、さんぽが漆黒の魔法札を翳す。
「裏忍法影呪印・フェイル☆カース!! ‥‥なんちゃって☆」
 ぶわぁ、と札から巻き起こる黒い闇がBコートを包む。楓とポラリスの体にじっとりと絡みついてやけに重い。
 既にお分かりかと思うが、さんぽが使用したのは失敗の呪い札。
 それは体は勿論の事、意識にまで作用しかよわい()彼女達を襲う――!
「どうせイケメンとの出会いなんて幻想よね‥‥美白にコスメに女子力修行なんて会えければ徒労に浪費じゃない」
「‥‥二次元ならイケメン一杯いるよポラリスちゃん。もう帰って新作ゲームしたいなー‥‥」
 どよよん、と擬音が聞こえるレベルの絶望に打ちひしがれる二人。
 マイナス思考がスパイラルとなり、2人のテンションは今やストップ安。急落ぶりがナイアガラである。
 テニスというか最早等身大ピンポンと化したやる気のないラリーは、遂にその時を迎える。
 楓が力なく振ったラケットは大きく上を向き、ボールが飛んだ先にははくあの火剣――。
「「あ。」」
 どーーーん!
 膨れ上がった炎がどす黒い闇を裂いて落下し、本当に落とす気はなかったのにな、とてへぺろ☆するはくあ。
 楓とポラリスは火傷と擦り傷満載でコートに倒れこんだ。
「もう、何もかもい゛や゛ぁ〜〜‥‥」


●攻防

 白組のラリーが途切れた事で大きくリードを得た紅組。
 はくあらの妨害の最中で九十七とかざねは今が稼ぎ時と順調にラリーを続けていた。
「もうちょっとで交代ですかねぃ。白がチキ‥‥妨害が御座いません故、順調で何よりですの」
 その発言は押すなよ、絶対に(略)ということですね?
 人はそれをフラグと言います。
「Fiamma Solare!」
 それは小さな太陽かと思うほどの光を凝縮した、火球。
 ソフィアの創りだした光はAコート上空に燦爛と輝き、かざねと九十七は思わず開いた手を翳した。
「うわわわ、眩しいですよ!?」
 しかしラグナのそれとは違い、ただ眩しいだけと判断したかざねは左手で光を遮り、なんとかラリーを続けている。
 ドタバタ系ツインテ娘は意外と冷静。だが冷静さを一瞬で失った者もいて。
「九十七ちゃんの優雅なラリーを妨害たァ覚悟できてンだろうなァ! 汚ェ■■ぶち撒けて■ぬかこの■■■がァァ!」
 おい沸点低いなおい! しかし切れたはいいがお得意の武器は持ち込み禁止である!
 ここにはC4もクレイモアもトレンチガンもない! どうする九十七! まて次号!!
「ッざけンなァァァ待つ訳ねェに決まってンだろがああァァハッハァァッ!! 九十七ちゃンの正義執ッッッッ行で悪は滅滅滅滅■ねアァァ!! つーか妨害させてンじゃねェこのエ■■ッドファ■■ンキ■■■マスタァァがよォォォお!!」
 すんませんでした!(土下座)
 銃火器がない以上は己の体で戦うのみ‥‥と思ったらいい武器があるじゃないですか、手元に。
 九十七はラリー用のボールを高いロブで打ち返し、自分に配布されたフリーのボールを手に取った。
「悪いね、こっちも負けたくないからさ」
「謝っても無駄無駄無駄ヒィヒヒイヤァアハハァッッッ!! 腐れ■■■が■■るほど派手に打ち割ってヤるゥァアあ!」
 放たれた球‥‥いや最早『弾』だろうか。
 強烈なスピンサーブが術者であるソフィアに向けて放たれた凶弾は勢いを増し、彼女の左肩を激しく強打した。
「ッ痛‥‥この――!」
 いっそ火球を炸裂させてやろうかと手を翳すソフィアに、Bコートから声がかかる。
「やめといた方がいいんじゃないかなぁ? 十八はそうなったら引かないしねぇ」
 声を上げたのは、ロリポップキャンディを咥えながらコートに入る雨宮 歩(ja3810)。
 九十七とは知らぬ仲でもなく、そしてそのぶっ飛び具合もよく知ったもの。
「やるからには勝ちたいところだしねぇ。乱闘騒ぎで没収試合なんてつまらないだろぉ?」
「それは、そうね‥‥」
 と、ソフィアは今だ牙を剥いて威嚇する九十七を見やり、その小さな太陽を花火の様に打ち上げ、消した。
「まだ追いつけない訳じゃないし‥‥ってー訳で、頑張るとしようか。ミスんなよぉアラン」
 黒い靄が消えた矢先、まるで試合さながらのサーブを打つ歩と、ラケットを構えて走るアラン・カートライト(ja8773)。
 男同士だからこそできる、体力勝負のハイスピードラリー。既に劣勢な白は、失敗上等攻める方針だ。
「テニスといえばウィンブルドン有するイングランドのお家芸だ。ラリーを仕損じる筈ねえだろ」
 お家芸かどうかは定かではないが、長身を活かしたアランのカバー力は確か。
 相手への配慮が無い訳ではないけれど、ある程度の悪送球も信頼の内。
「太珀を爆発させる訳にはいかねぇから、なっ!」
 パァン、と小気味いい音と共にテニスボールが宙を駆ける。
 劣勢だというのにアランの表情は――にやりと不遜に笑うのだった。

 一歩も引かぬ、寸分も譲らぬ戦い。
 かざねと九十七は100本ラリーを終え、森田良助(ja9460)・朔組へと入れ替わる。
「よーっし、朔ちゃん頑張ろうね! ぬふふ、息ぴったりな所みせてやろう!」
「うん‥‥頑張りましょう」
 以前使っていたという白いテニスウェアをひらつかせ、朔は高いロブで引き渡された球に鋭くラケットを振りぬいた。
 跳ね上がるリズム。
 それまで緩やかで確実なラリー運びをしていた紅組の中で、彼女達だけが早さに重きをおいていた。
 対する良助はやんちゃ盛りの有り余る元気でそれを受け止める――どころか、ストライクショットで高速返球。
(――朔ちゃんなら、取れる!)
 良助の予想どおりといった所か、朔は黒曜石の髪を翻し悠々と対応するのだった。
「オッケーオッケー! がんがんいこう!」
「このまま‥‥一気に差をつけます」

 妨害要員は撃退され、ラリーも途切れ大幅に出遅れる形となった白組の運命や如何に――。



●転機

「はぁっ、はぁっ、は――‥‥」
「流石に、疲れた、ぜ‥‥っ」
 朔と良助のスピードラリーに張り合う様にペースを上げ、遂には300本で交代したアランと歩。
 流石の男性ペアといえど、全力ショットの応酬はそう楽なものではない。
「名前のセンスはともかく、味は案外悪くないなぁ。効果の方は、どうかなぁ?」
 『爆裂元気エリュシオンZ』と派手なシールが貼られた瓶を傾け、一息ついた歩はやたら賑やかなBコートを眺めた。

 事の発端は、交代から数十本のラリーが過ぎた頃。
「ただラリーするだけじゃつまらないし、賭けでもしようよ」
 ぱぁん。
「ほんとしょーもない事はよく思いつくのね‥‥で、何?」
 ぽーん。
 始めこそ淡々と打ち合っていた楓達だったが、モチベーションという壁を感じていた。
 そんな折に舞い込んだ提案に、溜息をつきながらも反応して見せるポラリス。
 ふふふ、と楓は含み笑いをし――彼女史上最大級のドヤ顔を決める。
「落とした方は永遠に非リア‥‥どーよっ!」
「そ、そのウザ顔うざっ! まあいいわ、望む所よ!」
 ――それからというもの――。
「この球を拾ったら王子様が迎えに来る――!!」
「なんのッ! これを打ち返したら高収入男子との出会える筈!」
「まだまだ!! 高身長高学歴高収入のイケメン王子様は渡さないわ!」
「オタ趣味オッケーで優しい家事全般オールマイティー男子いただき!」
 これ何の戦いでしたっけ‥‥?
 言えば言うほど非リアを主張しているかの様な争いは誰の介入も許さぬ迫力で続くのだった。女子力()

 そして賑やかな白組とは対照的に、静かにラストスパートをかける紅組のメフィスとアスハ。
「残り100本‥‥!」
 調子は上々。ラグナ、ソフィアと続いた妨害も鳴りを潜め、紅組は残り100本を達成すれば無事終了。
 そううまく行くだろうか――行かねぇよな、行かねぇよ。
「まぁそう急ぐなよアスハ。俺がたっぷり可愛がってやるからゆっくりしてけって」
 ふーっと煙草で一服しながらAコートに歩み寄るアラン。コート内禁煙だけどな。
「残念ながら、そっちに興味はない、な。僕には、メフィスがいる」
「おいおい、紳士なめんなよ? メフィスも纏めて朝まで愛してやんぜ」
「では、夜の間に、寝首でもかくとする、か?」
「そういうプレイか、まぁ嫌いじゃねぇな」
 軽口で喧嘩するいつもの光景、だが目的もなくAコートに来る訳がない。
 そう――メフィスはアランの胸元に隠されたそれに、いち早く気がついた。
「誰か、命中の札を!!」
 そしてアランの右手がその『札』にかかる。同時にメフィスの目に蛍石の輝きが灯り、世界はスローモーションとなった。

 どちらが速かっただろう。と言えば、それを翳す前に的確に手と札を弾いたメフィスの方が疾かった。
 どちらが上手だっただろう。と言えば、2度の妨害対策から防御策を練ったアランの方が、一枚上――。

「お転婆レディ、いい狙いだったが‥‥悪ィな、太珀の為にもこれだけは譲れねぇ」
 アランの体を庇護するは、焔の煌めく光の翼羽。
 手から弾かれた『黒い札』をキャッチし、高々と翳すのは、藤花。
「すみません‥‥でも、白組は負けません――!!」

 テニスコートに、再び漆黒の闇が落ちる。



●今、全ての想いを込めて走ります

「ふぅ‥‥ありがとう皆、さぁ、最後はしっかり決めておいで!」
 ミリサを開放した白組一同は、ゴールへ向かって一斉に走り出す。
「負けるな紅組〜〜! まだまだいけるぞぉ〜!」
 片や、つばさを救出した紅組も、負けじとその足をゴールへと向けた。


 失敗の札によりラリーを切らした紅組のカウントは、その時点で486本。対して白は750本に迫ろうとしていた。
 メフィス・アスハが提案した強攻策、『2ペア同時クロスラリー』で猛然とリカバリーを図るが、あまりに厳しい。
 その間にもラグナやソフィアは妨害に来るし、逆に紅組の妨害は尽く焔と藤花が防いでみせた。
「気力満タンのツインテスマッシュが防がれるなんて‥‥っ!」
 ツインテールの無駄遣い的なかざねの声。
「よくも朔ちゃんを――野郎!ぶっ飛ばしてやる!!」
「予想より痛む‥‥けど、大丈夫‥‥」
 仲間を思う良助の声、妨害に怯まず戦い続ける朔の声。
「ピンチの時のニンジャだもん、絶対紅組が逆転勝利するんだから――!!」
 最後まで力を振り絞るさんぽの声――。
 だが勝負は無情にもどちらか一方に栄光を与える。
 最後はダブルス組で1000本目を迎えた白組はラケットを放り出し、一目散にコートを飛び出した。
 僅かに15秒遅れて、紅組がその背を追う。

 ああ、勝ったのだ――。
 1000m走の前に『回復の光』で体力も傷も全てを癒し、万全の形で。
 例え1000m走で妨害があっても、超瞬発の札を使おうと、逃げ切れる距離。
 共に助けあい、手を引いて。深まる絆、芽生える友情。
 ああ、ゴールはもうすぐ。

 これで、全ての戦いが終わる――――――。



 ――と、思っていた時期が私にもありました。






 ちゅどおおおおおおおおぉぉぉんっっっ!!!





「にゅわああああっっ!!」
「ぐあああああっっっ!!!」

「――え。えっ、‥‥え??」
 ゴールテープを切った瞬間、トラック中央で巻き起こる爆音と吹き上がるキノコ雲。
 数秒遅れてゴールした紅組も唖然とするより他にない。
 どうしてこうなった。どうしてこうなった。しまいにゃ踊るぞこんちくしょう。
「ちょっ‥‥おい、白が勝ったのに何故太珀殿まで爆破されている!?」
 ラグナの憤りは尤もだ。それには深い訳がある。海より深く、重大な理由。
 それは――。
「あぁ、それはな。総経過時間を過ぎたんだよ。誰もあまり気にしてなかっただろう?」 
 そーいや…10分で爆発するとかしないとか、あったねぇ。
「とはいえ、途中で爆破して終わりなんてつまらないからな。ちょっと細工をさせてもらった」
 ささやかな両成敗という奴だよと、これ以上ない微笑みで答える紫蝶の言葉を、何故か誰も否定できない。
 いや、決して彼女が怖いとかそういアレじゃない。
 少なからずこの騒動に振り回されてる感は誰もが持っていたし――
 そういえば誰かがリレーの開始前に、彼らは一度爆ぜろと思っていなかったかしら? 他にも何人か。
(進行用の資料にゲームのチラシがあったわ‥‥余程鬱憤が溜まってたのねぇ)
 その様子を眺めていた一葉は、そっと苦笑した。彼女だけが知っている。それは紫蝶の仕業だったのだと。
「さぁ、白組は最後の責任BOXを、魔女殿にプレゼントしてやるといい」
 そして黒き女教師は告げるのだ。
 更なる報復。偶然にも最後に残った、最大級の『責任』。
「残ったのは『ん』、だねぇ‥‥」
 チャチな装飾の箱を歩がそっと持ち上げ、焔と藤花が覗きこんだ。
「紙束、ですか‥‥?」
「えーと‥‥『始末書』、だね〜」
「し、始末書ぢゃとおおお!?」
 これだけ大規模な破茶目茶騒ぎの始末書ともなれば50枚はゆうに超える。
 普段の素行が悪いアリスならば尚の事、苦行と言って差し支えないレベルになることは間違いない。
 ヘタしたら顛末書とかついてきたりなんかして。
「ふん、自業自得だな。自分で広げた騒動だ、謹んで受け取ってこい小娘!」
「嫌ぢゃああ、それだけは嫌ぢゃゾぉぉぉおお!!!」
 顔を振りながら、椅子に縛り付けられた体をがったんがったん揺らすアリス。
 だが、現実はいつも優しくはしてくれない。
 ソフィアとアランが焼け焦げた太珀を開放し、残ったアリスにポラリスと楓がにやりと笑いながら詰め寄る。
 その手には勿論、始末書を抱えて。
「「いっせーのー‥‥でっ!」」



 どこまでもどこまでも澄んだ天色の空の下、始末書の紙吹雪が宙を舞う。
 笑顔も、痛みも、喜びも、悔しさも、全てを飲み込んで、舞い上がる。

「白組の、勝ち――!」

 嵐の様な歓声と拍手が競技場を揺るがした。


 此処に今、爆裂★究極・球技大会が漸く終わりを告げる―――。

テニス 担当マスター:由貴珪花








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