●
――ただいま
ディメンションサークルから京の街へ到着し、黒夜(jb0668)は故郷の空気を吸い込んだ。
危急の事態に、けれどここは『京都』なのだと強く感じる。
(嫌な、思い出ばっかでも……)
黒夜が『黒夜』として踏み出すきっかけとなった事件が『封都』だった。
今を思えば、皮肉交じりに制圧した天界勢へ感謝の弁がないでもない、が。
「……なんだかんだで、京都が好きなんだ。だから、取り戻す」
●屍を、越えて
城門を越えるなり、生ぬるい風に鉄の匂いが漂う。
敵の仕掛けたトラップ、事前情報にあった『穴』――そこからは、呻き声ひとつ聞こえやしない。
尊大な天界軍らしからぬ、ということだったが、守りを預かるのが『元・人間』の使徒であるのなら不自然は無いだろう。
それまでは、大天使ダレス・エルサメクが睨みを効かせていた南大収容所。
今、留守を預かっているのは『封都』より京から離れることのなかった米倉 創平、そして『天魔大戦』にも姿を見せた中倉 洋平の使徒たちだ。
双方、主である天使から並外れた能力を与えられているという、が。
(……神器争奪戦で言ったこと、憶えているか?)
先頭を駆ける月詠 神削(ja5265)の瞳に、仄暗い光が灯る。
あの時、果たせなかった宣言を。今度こそ。
「正義を名乗ってやる事は、人々を捕え苦しめることか……。滑稽だな」
前線の右側面を固める君田 夢野(ja0561)が吐き捨てた。
正義。
中倉が事あるごとに声高に掲げる言葉によって、心を揺さぶられる撃退士は少なくない。
それまで幾度か撃退士たちの前に姿を見せた、時には刃を交えた使徒たちが、この先に居る。
伝えたい言葉、聞き出したい言葉、ぶつけたい力。様々な思惑を抱きながら、撃退士たちは仲間の屍を越え、戦場を目指す。
(北東要塞では)
収容所にそびえる監視塔を見上げ、鑑夜 翠月(jb0681)は一度だけの交戦を思い出す。
(米倉さんに、近づくことすらできませんでしたね)
押せば下がる。下がりながら遠く蒼雷を放つ。
当たりさえしたのなら、恐らく痛手を負わせられたに違いない翠月の、その攻撃を届けられなかった。
――今回は。翠月にも考えが、ある。一人では為せない、策だ。
「思うところは、色々あるんだけど」
長い髪を後ろへ流し、惨状から目を逸らさないのは常木 黎(ja0718)。
「勝利することが任務、これが……最優先だね」
黎と共に後衛を固める鳳 静矢(ja3856)が頷きを返した。
「行くぞ、ゼノ。ここが奴等の墓場だ。さっさと殲滅するぞ」
「あぁ。……そういえば、一緒に戦うのは何年振りだろうな、氷」
咲村 氷雅(jb0731)は旧友であるZenobia Ackerson(jb6752)を横目に認め。
微かに口の端を上げ、ゼノヴィアが応じる。
「村上さん、氷月さん、後衛は私が護ろう。一体でも多く、敵を倒そう」
「少しでも、お力になれれば……」
左側面後方を位置取りながら、酒井・瑞樹(ja0375)は村上 友里恵(ja7260) と氷月 はくあ(ja0811)へ呼びかける。
「今年初めの誓いを果たす為にも、負けられません!」
瑞樹の直ぐ前、はくあを護るように並走する楯清十郎(ja2990)もまた、力強く応じた。
(魔法が封じられている間は……)
隊列の内側に位置どる山里赤薔薇(jb4090)は、ファイアレーベンが掃討されてからが力の見せ所となる。
長距離射程による物理攻撃の用意もしてあるが、自身の本領発揮はその後だ。
息を潜め、戦いに臨む。
(突撃、したいけど……。範囲攻撃されるの苦手! だから、こそこそする!)
好戦的な会話を後ろに聞きながら、ピアレーチェ・ヴィヴァーチェ(jb2565)は極力目立たないように行動していた。
いかに目立たないようにしたとして、見えるものは見えるし自由に動き回れるようなフィールドではないのだが。
(逃げきれば終わりなら、楽でいいのですがのう)
冗談でも、そんな言葉は口に出せない空気の中、虎綱・ガーフィールド(ja3547)は肩に力が入り過ぎないよう努める。
――こちらから攻め込んで敵を全滅させて生きて帰る。
与えられたミッションの難しさは、咽かえるような血の匂いが物語っていた。
今回、南収容所へ参戦した撃退士は38名。
それが多いか、少ないか――測る術はない。
「勝っても負けても、終わりじゃない」
前を見据える紫ノ宮莉音(ja6473)が、静かに言葉を落とした。
この戦いは、『京に封じられた人々を奪還する』口火に過ぎない。
「やっと、繋がった……。ここが、『最善』戦!」
故郷を奪われ、取り戻すために莉音はずっと戦い続けてきた。細い細い糸を繋いできた。
今回の戦いに、それまで肩を並べてきた仲間もいる。
ここで死ぬわけにはいかない。
ここで死なせるわけにはいかない。
これ以上、好きにさせたりなんか、しない。
「ここは人の世界……。天使も悪魔もいらないんだよ、本当は」
「ヨル君?」
友人である七ツ狩 ヨル(jb2630)の言葉に、莉音はハッとして右手を振り返る。
「俺は、本来の姿の京都が見たい。……そこにいる人達の笑顔が見たい」
はぐれ悪魔は、常と変らぬ表情で莉音を見詰める。
「その為にならいくらでも力を貸すし、戦うよ」
「見よう。一緒に、見よう、ヨル君。紅葉も、雪景色も、桜も、送り火も…… 地元の人はもちろんやけど、観光のお客さんも、いっぱい来るよ」
人の世界を選んだヨルの、けれど心の奥が見えなくなって、慌てて莉音はその手首を掴んだ。
●
「わかっているだろうな」
「わかっているさ」
宝剣に付いた血を振り払い、赤髪の使徒が応じる。
地下へ通じる階段を背に、距離を取って使徒たちは撃退士を待ち受ける。
「僕は正義の在処を証明する。それだけだ」
「おしゃべりは、少なめに頼む」
黒髪の使徒が眉根を寄せる、その意を赤髪の使徒は汲み取れず、微かに首を傾げた。
「全力を奴等に見せてやれ――ダレス様は、そう仰った」
「そうだな」
「『頼んだ』とも」
「…………」
赤髪の使徒の、金色の瞳が微かに揺らぐ。
大天使が、いくら強大な力を与えられているとはいえ、主君のそれとはいえ、使徒を相手に『頼む』などと。平常時であれば、考えられないことだ。
その言葉の重さを、米倉が誰よりも強く感じていた。
感傷に浸るわけではないが、昨秋の会戦では米倉の進言はにべもなく却下された。
しかし――しかし。ダレスは変わった。撃退士を軽んじることを止めた。この世界に生きる使徒の言葉に耳を傾けるようになった。
それは、流石にザインエルの代将を務めるだけの器であると、そういうことなのだろう。
なればこそ。
「全力でもって、殲滅することが要だ。徹底的に、ここで、撃退士を叩く。心まで折る。中倉、お前の掲げる『正義』の言葉を、奴等が吐けないほどに」
黒髪の使徒は冷淡な紫の瞳を細め、そう告げた。
そういうことなら。赤髪の使徒も、頷きを返した。
●死地にて
パシャン
中庭へ踏み込むと、夥しく地表へ広がる血が跳ねる。
――南大収容所攻略部隊、先陣、全滅。
乾ききらないそれは、奮闘の痕跡だった。避けて通ることのできない、味方の死という現実だった。
「これ以上、旧都を血で染めるんじゃないわよっ」
「落ち着け嬢ちゃん、突っ込み過ぎだ!」
足元を仲間である撃退士の血に濡らし、久原 梓(jb6465)は叫んだ。
その首元を、アカーシャ・ネメセイア(jb6043)が慌てて掴む。
恐らくは地下に人々が捕えられ、使徒たちが守りを固めているという中庭の、中央にそびえる塔の入り口はそう広くなく、突入するにも隊列が重要になる。
感情に流され乱されては、作戦そのものが成り立たない。
「だって、だってこんな……」
「怒りはわかる。……けどな、勇気と無謀は違う。一人だけで戦ってるんじゃないんだ」
「……ふんっ」
じ、っと緑の瞳が静かに訴えかけ、梓は顔を逸らす。冷静さを取り戻し、自身の立ち位置へと戻る。
「危なっかしい嬢ちゃんだぜ」
苦笑い一つ、アカーシャは梓を密かに守ろうと胸の内で零した。
「……全く、愉快な戦場だ!!」
収容所ホールへ踏み込んだ赤坂白秋(ja7030)は、銀の髪の隙間から猛獣の如き瞳を覗かせ吼えた。
正面には挑発するように赤髪の使徒。両側面に整然と武者姿のサーバントが居並び、魔封じの大鴉がその上を羽ばたいている。
全員がホール内へ入る前に、中庭後方から挟むようにサーバントたちが姿を見せた。
完全に、挟まれた。囲まれた。ご丁寧に待ちかまえられていた。
囚われの人々へ続く地下への路の前には、強力な使徒。
三方は、統率されたサーバント。
どうする?
どんな作戦が有効だ?
迷う時間など、一秒たりとも存在しない。
「さぁ、喰わせろッ!」
ホールへ入るなり、革帯 暴食(ja7850)が狂気を纏い、狂喜により力を増幅させる。
前衛の背中をすり抜け、彼女の視線が獲物と定めるは使徒・中倉ただ一人。
(まずは、気配を消して…… 猛攻は、それからです)
カーディス=キャットフィールド(ja7927)は遁甲の術を発動、密集した周囲の中で自身の存在を出来るだけ薄いものとする。
「天の王、陽を滅して月に眠る…… 飛べ、イセリアルクロウ!」
最速で攻撃を切り込んだのは、はくあ。
放つアウルの弾丸が白銀の大鴉を形取り、ファイアレーベンへ向かい翼を広げる。
魔封じの能力を持つサーバントが真っ先に狙われるのは、敵にとっても想定内であった。
「!!? これで、だめなの!?」
渾身の初手を外し、はくあが目を見開く。
無論、想定にあると言って高技量の射手による攻撃を回避することは容易ではなく、確率の問題だったのかもしれない。
(後方を、信じるだけだ――)
振り返ることなく、最前衛の神削は中倉に向けて強く踏み込む。
「遅いね」
「!!」
温度を下げた中倉の瞳が、真っ向勝負を挑む神削に対し先制権を奪う。巨大な宝剣が唸りを上げて振り下ろされた。
咄嗟にシールドを発動し、神削は初撃を防ぐ。
「――殺す」
防いだと言っても、体がバラバラになりそうな衝撃だ。神削は歯を食いしばり、腹の底から低い声を絞り出す。
伝える言葉は、それだけで充分だった。
(周囲の敵を殲滅させるまでは、その首、繋げておいてやる……)
引き付けて、耐える。神削の考えは、間髪入れずに繰り出された二撃目によって文字通り吹き飛ばされた。
「月詠さん!!?」
血を吐きだし床へ落ちた仲間の名を、たった今まで肩を並べていた若杉 英斗(ja4230)が信じられない思いで呼んだ。
激しく床へ叩きつけられた神削の体は、一、二度震え、そして動かなくなった。
能力上昇を図る者、潜行スキルを発動する者、それぞれの少しだけの行動が、結果的に致命的な隙を生じさせた。
全ては。
ホール内にある程度の戦力が纏まり、各々が作戦通りに自身へ面したサーバントの殲滅を優先しようと動き出した矢先の、ほんの数秒。
使徒たちが、先制権を握る。
中倉の宝剣は撃退士の血で彩られ、米倉が軽く床を蹴った。
「米倉創平、少しの時間お付き合い願います」
上空を駆けるユウ(jb5639) が、中倉をも飛び越え、使徒の攻撃を阻止せんと向かう、が――
「人は、過ちを繰り返すものだが」
米倉はユウの牽制を、攻撃を、意に介さず手元に収束していた雷を放つ。
跳躍したと言っても、その場から大きく移動するほどではなかった。ある程度の高さを押さえられても、彼の目的に支障は与えることはなかった。
上空を取られることを厭うことなく、彼が狙う先は――ホール入口。
痛覚を麻痺させたばかりの暴食へ蒼雷の刃が着弾する。
雷撃の嵐が周辺で荒れ狂い、密集していた撃退士たちを容赦なく薙ぎ払った。
潜行による行動を考えていた者も関係なく巻き込まれる。
予期していなかったその攻撃に、ほとんどの撃退士が倒れ、微動だにしなくなる。
お節介焼きの、赤い髪の天使が梓の足元に倒れ込んだ。
「……うそ」
うそだ、そんな、なんで、さっきまで
奇跡的に雷光波を回避していた梓は、アカーシャの安否を確認する。鼓動は、打っている…… 生きている。
倒れた仲間たちも意識を失ってはいるが、ここへ来るまでに目にしてきた絶望の結果とは至っていない。
「先の部隊は、この程度は予測していたぞ?」
使徒が落胆を露わにし、鼻を鳴らす。
米倉の武器は、『距離』そのものだ。
最前線に中倉を置き、側面をサーバントで固めている以上、彼はその武器を如何なく発揮できる状態にある。
高く跳ばずとも、敢えて撃退士たちへ接近せずとも、彼には距離という武器がある。
その威力は、余所見をしていて受け止めきれるものではない。
前線が使徒を押さえ、後方の左右二班で壁側のサーバントを殲滅する。
ホール内を3つに分けての戦闘、他班が危険な状態であればフォローに。
全体作戦としては穴が無いように思えたが……
無いように思えたからこそ、二重三重の腹案はなかった。
しかし。
順序良くサーバントを倒されるまで、使徒がお行儀良く静観しているわけがないのだ。
一人や二人が抑えに回ったところでその行動を止められようが、なかった。
多少の攻撃では足を止めない程度に、向こうも本気なのだから。
どうする?
どんな作戦が有効だ?
迷う時間など、一秒たりとも存在しない。
作戦の立て直しを叫ぶ撃退士は、一人としていなかった。
●活路と退路
「素早く片付けて、中の援護に向かおう」
あと少し、後ろに陣取っていたら自分たちも巻き込まれていた―― あるいは固まっていたのなら、狙われたのはこちらだったのかもしれない。
ゾワリと背筋が粟立つのを感じながら、静矢は自身の戦いに集中する。
最後方の敵を請け負うつもりで隊列の後ろについていたが――雷光波により、ゼノヴィアと組んでいた氷雅は背後から大ダメージを受け、既に沈んでいた。
「……『標的』を撃つのに、殺意は要らないさ」
平常心を取り戻し、黎は銃口をファイアレーベンへ向ける。
集中して放つイカロスバレットは、しかし空を切る。
「チッ!!」
次弾の準備をする間に、静矢が角度を変えての紫鳳翔を放った。
「連携でようやくか」
「時間、あんまり掛けてられないよね」
まともに喰らえば、その一撃だけで崩れ落ちるだけの攻撃を有した使徒が、二人もホールの奥に居る状況で。
「かといって、挟撃の状況をそのままにしておくわけにはいかないな」
最悪のケースを想定した時、この中庭が『撤退』への路になる。
撃退士たちにとっての生き延びるための路を、とにかく確保しなければならない。
中庭の敵は、確実に撃破しておく必要があった。
(まずは、レーベンの撃破が最優先ですね)
中庭での戦闘の、もう片翼を受け持つアステリア・ヴェルトール(jb3216)は、眼下で起きた雷の惨状から意識を切り替え翼に力を込める。
ファイアレーベンよりも高く飛翔し、弓を引く。
生き残っている自分たちにできることを、確実に遂げていくだけだ。
「ここから、なら――」
「サポートします!」
呼吸を合わせ、地上からは黒井 明斗(jb0525)が矢を放った。
左右の仲間が、それぞれファイアレーベンへ立ち向かうのとタイミングを同じくして、ゼノヴィアは曲刀を手に飛び出していた。
突撃や長射程の矢を、食い止められるよう。
「正面は、任せろ」
雷撃に倒れた相棒を背に、ゼノヴィアの瞳に決意が宿る。
突出せずに、とラインを合わせる余裕のない状況となっていた。
(集中攻撃を受けたら、終わりだな)
どこか、頭の冷えた部分で他人事のように考えながら武器を構え、地を蹴る。
懐に飛び込んでしまえば、アシガルチャリオッツによる突撃もできまい。そんな思惑もあった。
「防御力を半減させるというのも、『鎧』の効果なのだろう? 隙間の向こうならどうだ」
ゼノヴィアは、曲刀の先をサブラヒナイトの鎧のつなぎ目を狙って差し向け、痛打を与える!
確かな手ごたえが、柄から伝わった。
左右に展開するファイアレーベンそれぞれが地へ落ちて。天羽 伊都(jb2199)は自身が向かうべき敵を見定めようと身を翻す、刹那。
「!」
その頬を掠め、サブラヒナイトの魔法矢が後方へ抜けてゆく。
「しまった!」
ゼノヴィアが叫ぶ。
鎧の間を狙い刃を突き立て、そうして敵は引き付けられると思っていた。けれど。それを振り払い、サブラヒナイトは僅かに踏み出し弓を構えた。
ファイアレーベンへの対応に集中していたアステリアの、完全に虚をついて放たれた攻撃は、容易く彼女を地に落とした。
明斗が駆け寄り、彼女を抱き起す。
カオスレートの差があまりにも開いていて、互いの攻撃があまりにも強く響きあう中、アステリアは単身で『的』となる動きを取ってしまった。
近く対峙しているゼノヴィアより、遠く上空を飛翔しているアステリアの方が確実に倒せると、使徒の指揮下にあるサーバントは優先順位を決めたのだろう。
「呼吸は、しています…… 良かった」
直撃を受け、どうなるかと思ったが――。
サブラヒナイトの動きに続くように、アシガルチャリオッツたちも駆けだす。
長槍を構え、一斉に動く彼らを止める術を、ゼノヴィアは持たない。叫び、危険を促すのが精いっぱいだ。
「来たか」
黎を庇う立ち位置を取り、静矢はアシガルチャリオッツによる突撃に応じる。
護法を発動し、鉄の如き硬さで槍の突撃を受け止める。
「鳳さん!!」
伊都が素早く助太刀に入る。標的を静矢に狙うというのなら、都合よく固まってくれるというわけだ。そこを側面から翔閃で一網打尽に――
「……嘘でしょう」
「静矢君……?」
敵を打ち払った伊都の声が、回避射撃での援護をしていた黎の声が、重なって震えた。
長槍二本が静矢の身体を貫通し、皮肉にもそれにより静矢は『立って』いるだけだった。
防御力を犠牲にして、上昇させた攻撃力―― それが、どれほどのものか。
そして、統率する存在があるサーバントの動きが、どれほどのものか。
それを、知らしめるように。
●
中倉の破壊力、米倉の予想外の狙いにより、ホール内は騒然としていた。
「雑魚は消え失せろ!」
中津 謳華(ja4212)が放つ矢を回避し、ファイアレーベンは強く羽ばたいた。
「ちっ、でかい的の割りに……」
(これが、きっと最後の好機……!!)
大鴉を撃ち落とさんと、青空・アルベール(ja0732)が謳華へ続くべくイカロスバレットを放つのと入れ違いに、上空から巨大な火球が落とされた。
背後での爆発炎上に、夢野が吃驚して振り返る。
密集地帯を狙って落としたのだろう火球は、潜行状態で察知されてはいなかったはずのカーディスまで容赦なく巻き込み、爆発する。
範囲攻撃は、米倉だけの能力ではない。まともに喰らえば、カオスレートの諸刃の剣を背負う者には致命傷となりうる。
このホールへ踏み込んだ段階で、油断している撃退士など一人もいないだろうとしても、だ。
刺し違えるように放たれた青空の弾丸により、火球を放った直後のファイアレーベンも地に落ちた。
(中倉へ、言ってやりたいことはあるが)
次々と倒れてゆく仲間の姿に、夢野は私情を押し殺した。
――ザコ敵。
使徒以外のサーバントを、そう見做した段階で、作戦を読み違えたか?
北東要塞で、夢野は米倉の率いるサーバントとも対峙している。
その時の手ごたえと―― 今と。
比べること自体が、そもそも間違いだったのだろうか。
何故なら、今は、『天界軍にとっても後がない』状況で、『尊大な天界軍らしからぬ』トラップを用意してまで『撃退士を殲滅しに』掛かっているのだ。
半数近くの要塞を順調に落としてきた――それ自体が、肉を切らせる策だった? それは、解らない。けれど。
(落ち着け)
トントン、胸を叩き、剣を構える。
「道を、拓く―― 今は、それが重要だ」
意識を切り替え、脚を踏み込む。
音の刃を乗せたトリオ・ハーモナイズで、アシガルチャリオッツ達の出鼻を挫く。
流石に物理半減の鎧を着こんだサブラヒナイトまでは倒せなかったが、2体を突撃させる前に沈め――
「!?」
違和感が、脇腹に。
ゆっくりと、視線を降ろす。
長い槍が突き刺さっていた。
「――な」
道は、未だ、これから、なのに
前方へ集中したその隙へ、他方からアシガルが突撃を掛けていた。
敵へ攻撃を仕掛けた時点で、翠月に掛けてもらった『潜行』は無効も同然だ、目立つ行動を取っているのだから。
敵に感づかれ、集中攻撃を受ける可能性は……計算していなかった。
ゆっくりと揺らぐ夢野の視界、途切れる寸前に、同じように倒れ込む謳華の姿があった。
その背には、サブラヒナイトのものだろう、矢が深々と突き刺さっている。
(背に――? だって)
サブラヒナイトは、眼前に――眼前のサブラヒナイト、は。
「……この逆境でも、負ける訳にはいかない」
左側面で戦う橋場 アトリアーナ(ja1403)は、不撓不屈で気力を振り絞り奮戦していた。
赤き戦斧を振り回し、眼前のアシガルを打ち倒す。
眼前に集中するしかなかった。手の届く距離の敵を倒さなければ、その先へ進めない――。
「武士の心得ひとつ、武士は体面よりも仲間を守らねばならない!」
瑞樹が声を上げ、アトリアーナと肩を並べる。
(守ると、そう約束したはずの友を守れなかった……!)
雷光波に巻き込まれる友里恵へ、手を差し伸べることもできなかった。
しかし今は、悔しさをへ変えるしかできない。
残された仲間たちで乗り切り、そして皆で生きて帰るのだ。
瑞樹の放つ封砲が、上空を羽ばたくファイアレーベンの翼を掠めるのと入れ違いに、サブラヒナイトが矢を放った――真正面へ向けて。
そこは。それは――
予想外の軌跡に、思わずアトリアーナが振り返る。
米倉の雷光波により、ホール内の撃退士たちの内側は倒れた撃退士が多く、射線を取りやすい状況にあった。
魔法矢は真っ直ぐに、謳華を背面から貫いた。
振り返ることなくそのまま倒れた阿修羅に、アトリアーナは目を見開く。
(向こうの敵からも…… こちらは、射程圏内ですの……?)
前を向いているだけでは駄目なのだということ、それでは、どうすれば――……
予測していない攻撃を回避することなんてできなかった。
反対方向に位置するサブラヒナイトの魔法矢を、アトリアーナもまた、その背へ受ける。
最初から計算された挟撃という状況。
前へ進めば、背から襲われる。
フィールドは、敵の手の内だということを、まざまざと見せつけられた。
「橋場さん!!」
瑞樹の悲痛な声が混戦のホールに響き、彼女もまたアシガルの槍に貫かれた。
どれだけ絶望的な状況下でも、諦めるわけにはいかない。
立ち続け、機を見出さなければ全てが無駄になってしまう。
(まだ、終わりじゃないんだ)
戦闘不能者たちを極力安全な場所へ運ぼうと、後藤知也(jb6379)は血の海から一人一人を引き上げ、背負う。
殲滅すると、使徒は言った。
強大な範囲攻撃で再び攻撃を受けたなら、倒れた仲間たちは本当に本当に死んでしまう。それだけは避けなければならない。
(見知らぬ誰かを守るのが、いつだって俺の役目だ)
今回の戦いで初めて行動を共にする撃退士も多い。
ここへたどり着くまでに果てた、名さえ知らない撃退士もいる。
無駄にはしない。自身がどれだけ傷ついても、立っている限り仲間たちの助けとなるよう、命を繋ぐよう。
「危ない! そっちは!!」
側面から、声が響いた。マキナ(ja7016)だ。
顔を向ける知也の視界に、突撃するアシガルが入る―― それを追う、鬼気迫る表情のマキナと。
貫かれ、倒れる知也からワンテンポ遅れ、背後から斬りつけられたアシガルもまた崩れる。
機動力の差が、響く。
電撃戦においての、その重さが、ずしりとマキナの腕に伸し掛かった。
「先ずは周囲の敵から!」
集中を切らさないよう。雫(ja1894)が鼓舞するように叫んだ。
死地において、何より必要とされるのは勇敢に戦うこと。力を尽くすこと。
「こんな、卑怯な真似…… それでも日本人なの!?」
梓が感情の昂ぶりに任せ、柳一文字を手に中倉を目がけて突進する。
こんな時、きっと彼女を止めてくれたであろうアカーシャは既に倒れ、そのことが彼女の暴走に拍車を掛けていた。
「思ったほど強そうではありませんねえ。……ああ、別にあなたを責めてるわけではないですよ。主である天使の力量の問題でしょう」
精いっぱいの弁舌で、エイルズレトラ マステリオ(ja2224)は梓の動きを遮るようにクラブのAで中倉の行動を束縛しようと試みる。
(そう、容易くは止められません、か)
アウルで作り出した無数のカードが中倉を襲うが、その頬を軽く傷つける程度だった。
(しかし…… 通ります、ね)
攻撃は、少なからずとも。
掠り傷だとしても、全く手が届かない相手ではないことが、唯一のリターンだろうか。
エイルズレトラの攻撃を片手で往なし、中倉は一瞥するだけであった。
この局面で、さすがに口先の挑発に乗ることは無い、か。
その、後方で。
飛び回るファイアレーベンを倒しきれないうちに撃退士たちは頭上を越えられ、隊列内部に巨大な火球を落とされる。
「しまっ……」
上空を取られた 笹鳴 十一(ja0101)が、短く叫んだ。
能力上昇スキルに時間を割くことなく行動する、サーバントのシンプルさが閉所での混戦で優位に立つなんて。
歩を止めていた梓もまた、巻き込まれる。彼女が踏み出したのを見て、狙いを定めたのかも知れなかった。
炎の爆ぜる音、血の焼き付く匂いがホール内に充満する。
キイ・ローランド(jb5908)は微かに顔をしかめ、それでも防戦に徹する。
(直ぐに倒せなくても、足止めさえ――)
タウントで引きつけたアシガルの突撃を何とか受け止めきる。
「ありがとう。……もらうよ」
脚の止まったアシガルへ、すかさず黒夜がダークブロウで襲い掛かった。
「まだ魔法を使えないのは面倒だけど」
対応ができないわけじゃない。やれることに尽力するだけ。
その彼女の肩を、サブラヒナイトの矢が貫く。ホール正面、使徒たちのサイドを固めるサーバントによる攻撃だ。
撃退士側で分班したことが、結果的に『意識の隙』を作り出したともいえる。
「っ、かは……」
神の兵士による効果も及ばないダメージを受け、既に血の海と化している床へと黒夜は沈んだ。
「悪いけど、時間一杯まで付き合ってもらうよ!」
日下部 司(jb5638)は前へ踏み込み、黒夜を襲ったサブラヒナイトをウェポンバッシュで吹き飛ばした。
「……まさか、コイツとサシでやることになるとはね」
反対側のサブラヒナイトには、英斗が当たる。
弓ではなく太刀を選ばせ、長距離攻撃をさせない狙いだ。
完全に防御に徹すれば、幾らかは耐えきれるだろう。
中倉の抑えを担当していた神削が倒れ、しかし今はエイルズレトラが引きつけている。
状況次第でスイッチする必要があるだろうが…… 英斗はタイミングを計りかねていた。
●
「初手から詰んでました、なんてナシだぜ!!」
打開策が浮かばない。浮かばない?
苛立ちを押し隠し、白秋は振り向きざまに左側面部隊を襲っていたファイアレーベンを撃ち落とす。
「不意打ちには不意打ちを、だ……」
(なんとか、行けるか?)
その眼前を、再びの雷光が駆け抜けた。
その軌跡は真っ直ぐに―― 中庭へと続く。
「うそだろ」
喉の奥が、引き攣れた。
だって なんで あそこは
『まさか米倉が中庭まで攻撃を仕掛けるわけがない』そう、思い込んでいなかっただろうか。
しかし、少しでも踏み込めば、そこすら米倉の攻撃の射程圏内であることに、誰か気づいていただろうか。
上空からユウが、地上では龍崎海(ja0565)が、米倉の行動を押さえ込もうとするも隙を突いて振り切られる。
彼らの攻撃に対して米倉は電磁障壁を使うでなく、撃退士たちへの攻撃に専念していた。
「これでも、止まらないというのですか!」
ユウの行動よりも早く、手を休めることなく攻撃を放つ米倉を、押さえるのは至難だ。
(それでしたら!)
愛用のランスを旋回し、ユウは鬼神一閃を繰り出す。
雷を纏う片腕が受け止める、手ごたえは感じる。
「枝将の前田に、勝負で勝ったことがあるんだ。逆に殲滅しかえしてやる」
地上での接近戦を試みる海は、挑発的な言葉を発するけれど。
それでも、米倉の視線は多く残る撃退士たちの部隊へと向けられていた。
(移動を止めるだけじゃ駄目なのか……)
この場に米倉を縫いとめても、遠距離攻撃は後ろの仲間たちへ届く。
それを見越して、米倉は足止めに来る二人を相手取らずに遠方へ強大な攻撃を放つことに集中しているのだろう。
(それなら、それで)
こちらの攻撃を侮り、いくらでもダメージを蓄積させればいい。
(奥の手を、放ちやすくなるはず)
海は、味方の奮戦を信じた。
「邪魔なんだ」
言葉は短く、中倉は宝剣でエイルズレトラを切りつけた。
「おや。大事な大事なご主人様を貶められても、怒らないんですか?」
空蝉を使うなら、大ダメージを受けてから……それまでは、自身の回避能力に全てを賭けて。
頭の中でイメージを組み立て、エイルズレトラは立ち回る。
一撃目。
(……行けますね)
轟音とともに襲う風圧が、エイルズレトラの鼻先を過ぎる。
先ほどは、微かなりとも攻撃を当てることもできた。
反撃の糸口は、そこに――
そこで、彼の意識は途絶えた。
軌跡を変えての神速の刃によって。
その巨大さ、中倉の体格からは想像がつかないほどに、剣撃は素早い。
「ひとつずつ確実に……潰す。未来へなど、進ませない」
全てが倒れるまで、何度でも振るおう。
中倉が次に備え、剣を構えなおす――そこへ、暴食が飛びかかった。
「死ぬのは恐ぇか売国奴ッ。うちは恐ぇよ、だから一緒ん死んでランデブーと洒落込もうぜぇッ!? ケラケラケラケラ!」
飢餓なる人狼と化し、口を大きく開く。喰らうように。飲み込むように。そうして胃袋で愛するように。
その牙は剣によって遮られ、開けた斜線から中庭のサブラヒナイトより背後を魔法矢によって貫かれるも、今の暴食には痛みを感じることが無い。
無策とも無謀とも取れる捨て身の攻撃は、結果的に中倉の足を止めるに成功していた。
そして中庭のサブラヒナイトも、程なく伊都の追撃により首を落とされる。
「地獄の底へ、獅子がお迎えに上がるよ〜」
明るい声が、ホールへと向けられた。
中庭に詰めていた敵は倒した――とはいえ、撃退士で立っているのは伊都ひとり。
使徒の攻撃力に竦む心を、必死で奮い立たせる。
自嘲できるくらいで上々だろう、そう思う。
●
「今回こそ、倒させていただきます」
「此処で貴方を倒せば、かなりの痛手となるはず」
翠月、雫、マキナに白秋。右側面のサーバントを殲滅し、対使徒へと照準を変える。
――【砲華】
相手が距離を武器とするのなら、こちらもまた遠距離での攻撃を――。長射程武器で一斉に、米倉を狙う。
電磁障壁を発動しダメージを軽減させながらも、米倉は一定の距離を保ち、そして反撃を繰り出す。
刺し違えるように雷の嵐が襲い掛かり、撃退士たちを打ち払った。
暴食の攻撃を舌打ちひとつで押し返した中倉はキイへと対象を変えるが、護りを本分とするキイは凌ぎ切る。
「重い……っ」
じり、微かに後ずさりながら、至近距離の金色の瞳を睨み返す。
次も耐えきれるかは難しい。
(一度きり……かもしれなくても、今は!)
その横をすり抜け、三度の雷光が駆けてゆく。
はくあ、清十郎らが飲み込まれる。
しかし敵の攻撃とて、無尽蔵ではないはずだ。
乱発させ、枯渇を――狙う余裕が、こちら側にないくらい、明白だった。
(蹂躙されるしかないなんて、そんなわけないよね)
そんなわけがないのだと、キイは信じたかった。
リジェネレーションで自己回復をし、体勢を整える――全開までとは持って行けなかった体力へ、再度、剣が下ろされた。
中倉は身を翻し、米倉の足止めをしていた海に斬りかかる、生じた隙に、米倉が後ろへ跳躍し、
四度目の爆雷がホール内に炸裂した。
●救い
パシャン
赤髪の使徒が、足を踏み出す。ホール内に夥しく広がる血が跳ねる。
彼の足元には、痛覚の反動により動くことのままならない撃退士の姿がある。
黒髪の使徒が、戦意を解くことなく未だ立ち続ける二人の撃退士、それぞれへ視線を流した。
気配は静かだが、その手には雷が纏わりついている。いつでも雷槍を放てる状態にあった。
不気味な静寂だった。
英斗と伊都は、互いに距離を取りながら使徒と向き合う。
赤髪の使徒は、手傷らしい手傷を負っていない。
黒髪の使徒は、対して大小問わず怪我が散見された。
多少の攻撃を受けようとも防御より攻撃を優先した結果であり、その結果が現状を雄弁に語っていた。
敵が、何を考え、重要視し、この収容所の守備に就いているか―― それは、見えた。
強大な力を与えられた使徒とはいえ、こちらの攻撃が通らないわけではない。それも、見えた。
二人の撃退士と二人の使徒は、言葉なく睨み合う。
退路なら、開いている。
中庭の敵勢は、後衛部隊が殲滅してくれている。
しかし―― このまま情報を持ち帰り撤退できるかといえば、否であった。
重体を負っている者、気絶している者、彼らをそのままに走ることは出来ない。全てを抱えることも、もちろんできない。
「行くぞ」
沈黙を破ったのは、米倉だった。
わざとらしく宣言する――と、同時に。
遠く、突貫の声が響いた。
●南大収容所においての攻防の結末
突入隊が壊滅した時、その窮地を報せられた鬼島は、最後の予備戦力である本陣を動かした。
自ら親衛隊員達を率いて塔へと突貫、使徒達の攻撃を防ぎつつ倒れ伏している撃退士達の救出にあたった。
結果。
親衛隊員達は辛くも突入隊メンバーの救出を成功させる。だが、負傷が激しい者達の身代わりとなる形で二十八名が死亡した。
これは、南部隊の残存していた総戦力の人数と等しい。
つまり、意識不明者を車両に乗せ比較的軽傷の者にその運転を頼み、その間の護衛と追撃を阻むべく使徒達の前に立ちはだかった南部隊戦力は一人残らず殺戮された。
南部隊の消滅である。
死亡名簿の中には京都奪還部隊司令にして学園生徒会副会長、鬼島武(jz0031)の名もあった。
旧学校時代の軍事教育を受けつつもアウルの力を減衰させず、大惨事も生き延びた経験豊かな撃退士を久遠ヶ原学園はこの日、失った。
久遠ヶ原が新制度下に移行してより精鋭として名を馳せていた、鬼島武を中心とした親衛隊の中核は完全に壊滅した。
緊急措置として大塔寺源九郎が京都奪還部隊長、奪還部隊参謀長、生徒会暫定副会長、書記長、親衛隊隊長、の五つの役割を兼ねる事となる。
役割は順次、適任者に移管されてゆく事となると予想されるが、現在をそれで十全に凌ぎきれる訳もなく、久遠ヶ原島より応援が到着するまで、京都奪還部隊の機能は大幅に麻痺する事となる。
了
【南】南大収容所 担当マスター:佐嶋ちよみ
●南大収容所においての攻防の結末 担当マスター:望月誠司