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 皓く燃える太陽が、澄み切った蒼空より激しく光を放っている。
 大気は熱を孕んで灼けつき、夏の熱風は砂埃を巻き起こして、更地と化した京の北の大地を撫でるように吹き抜けてゆく。
 災厄の天使達、青い鎧に身を包んだ大天使と炎纏の凶鳥が空を舞い、地を亡者の兵と地獄の番犬が群れを成して駆ける。猛然と南下するダレス・エルサメクの部隊に背後を突かれる態勢となった北要塞攻略部隊は、至急隊を分け後方を反転させてダレス隊へとあたらせんとした。北部部隊長を任された大塔寺源九郎はこれまで常に戦術的優位を確保し続けてきたが、今回ばかりは場当たり的と断じて違いがなかった。完全に不意を突かれていた。
「ここを抜かせるわけにはいかせませんねー?」
 北へと移動する一団、緑髪長身の青年がニコニコと笑いながら言った。櫟 諏訪(ja1215)だ。
 こんな状況でも笑顔を忘れない。戦の如き非日常においても、みんなが笑顔であるようにと願っている。その手に持つのは武骨なアサルトライフル。皆の笑顔のその為に力を尽くそうと決意している。笑顔を失わせない為に殺るべき諸々。男はそれを知っている。世界の何処かに楽園があるのだとしても、今の京都のこの街は、そういう秋(とき)だ。力の裏付けの無い理論は通じない。
「ここまで京都奪還の道を切り開いた光達の思い、無駄にさせる訳にはいかない」
 静謐に、しかし鋭い決意を瞳に宿して黒髪赤瞳の少女が言った。水無月 神奈(ja0914)だ。京都で剣道場を開く傍ら古くから魔を祓ってきたとされる水無月家が三男三女兄妹の次女。御影光には亡き妹の面影が見えた。彼女は京都を解放せんと戦い続けてきた――今はここにはいない。だが、だからこそ。これなかった彼女の分まで。
 天にとって、人の心は焚き木だ。戦火にとっても同じ。投げ込まれる魂を喰らって炎は膨れ上がり燃え盛ってゆく。
 それでも、
「詰めが甘ければ今までが水泡に帰す……か、負けられんな」
 天風 静流(ja0373)が黒髪を風に流しながら呟いた。
 負ければ総てが終わりだ。
 今まで多くの人々が積み上げて来た成果もまた総てが崩れ落ちる。そう――多くの人の手によって、築かれてきたものがある。戦いが不毛だろうがなんだろうが、負ける訳にはいかない。滅びの意味を知ってるか。知っている。その光景を見たくは無い。
「ようやく掴んだ京都の人達の救出の機会、それを潰させる訳にはいきませんね」
 ファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)が頭をあげて毅然と言い放った。繋がれてきた道を潰させなどしない。黄昏に堕ちゆく街の中でも希望は繋がれてきた。闇に閉ざされた街でも、夜を抜ければ朝日は昇る。希望はあるのだと信じる。その為に。
「出来る事を精一杯、がんばるよ!!」
 藤咲千尋(ja8564)が声を張り上げて言った。既に鞘から刃は放たれた。やれる事をどれだけ積み上げて鋭く研ぎ澄ませられるかが勝負だ。可能を積み上げて不可能と思える壁を突き破る。
「射抜いて奪い返す、簡単だな」
 総髪の壮年の男もまた頷く。矢野 古代(jb1679)だ。
(……為すは難しいが)
 後半の思いは雰囲気を察し胸中に飲み込む。痩せても枯れても敵は大天使、猛将として鳴らしたダレス・エルサメクとそれが率いる部隊だ。易い相手ではない。力も知恵も無ければ死ぬしかない。凡人を自認する男は思う。だが、そんな事は皆、知っているのだろう。それでも彼等は此処に立っている。
「……だいじょぶ。撃ち落す。全て」
 そんな胸中を読んだか、淡桃色の髪の中等部生が長大なスナイパーライフルを担ぎ直しつつ、男を見上げて言った。古代の義娘、矢野 胡桃(ja2617)である。
「……そうだな。やってみせようか」
 義父は頷く。無理の一つや二つぶち抜いてこそ親父の甲斐性というもの、と古代が思ったかどうかは定かではないが、男は安心させるように娘に言葉を返しつつ、ヘッドセットから流れてきた舞鶴 鞠萌(jb5724)の声に従い西へと展開する。
 撃退士達、やれるか、否か。結果は鉄と血が裁く。
 ともすれば窮地とも言える状況だったが、撃退士達の士気は高いようだった。離散や混乱などは見られる事なく迎撃の為に城門の北方へと横陣に布陣してゆく。
 イシュタル(jb2619)、ナナシ(jb3008)、宗方 露姫(jb3641)、舞鶴の天魔の娘達はそれぞれ光と闇の翼を発動、宙空へと飛翔してゆく。
 ファティナはミラージュトリックを発動。
 Rehni Nam(ja5283)はメンバーが布陣してゆく中、ダレス対応の中央メンバーを集めんとした。機嶋 結(ja0725)、宗方、御幸浜 霧(ja0751)、ナナシはやや西寄りなので東に寄るRehniからは少し遠い、マキナ・ベルヴェルク(ja0067)、カタリナ(ja5119)、久遠 仁刀(ja2464)、桐原 雅(ja1822)、大炊御門 菫(ja0436)の五人を集合させて癒しの光を発動、アウルの光に溢れた柔らかな風が五人を包み込んだ。五人の生命力が回復してゆくと共に加護がその身を包み込む。
「ダレス……ここで何としても倒しておきたい相手ではあるわね」
 中央やや東寄りに飛行するイシュタルが北を睨んで呟いた。既に目の良い撃退士なら表情すら見える距離。
 地上、敵の右翼には陣羽織姿の木乃伊戦士が五体、中央には木乃伊武者が六体と赤いケルベロスが二体、左翼に着流し姿の木乃伊戦士が五体だ。空には炎纏の大鴉が二体舞い、そして中央には大剣を担ぎ蒼鎧に身を包んだ大天使ダレス・エルサメクが低い位置で飛行し、天界軍の部隊は押し寄せる津波の如くに南下してきている。
「大天使、か」
 他方、西側後列に立つ白蛇(jb0889)はセフィラ・ビーストを召還、現れたストレイシオン、権能:堅鱗壁に防御効果を発動させつつ、彼女もまた呟いていた。
「難物じゃが、確かに討取る好機でもあるの」
 京都代将ダレス・エルサメクは今、拠点から出撃してきて目の前にいる。ここで敵の総大将を討ち取れれば、一気に京都を取り返せる可能性もある。負ければ後が無いのはむしろ敵の方だ。
「随分と凶暴そうな天使様だが……俺だって悪魔の端くれなんだ、一太刀ぐらい食らわせて箔付けてやんぜ!」
 中央やや西寄りの空で龍娘、宗方露姫が翼を羽ばたかせながら息巻いている。アークエンジェルとデビルのナイトウォーカーの間のレート差は大きい。攻撃が大幅に研ぎ澄まされるだけに、攻撃偏重のジョブだけに、ともすれば首さえも獲れる目はある。逆を言うなら、危険も比類ない程に増大しているが。
 撃退士側の布陣は大まかに三列。
 一列目、最西より東へと雨下 鄭理(ja4779)、黒百合(ja0422)と隣接して並び、東に三メートル程度空けて櫟。
 櫟からさらに東へ七メートル程度に狩野 峰雪(ja0345)、そこから機嶋、宗方、御幸浜、と並んでゆく。マキナ、位置の希望は特にないがダレスの対応を重視するなら、ダレスの正面近辺が自然か。御幸浜から三メートル程東にマキナ・ベルヴェルク、ここが中央だ。ダレスの正面。
 マキナから東へカタリナ、仁刀、桐原、菫、イシュタル、藤咲、鳳 覚羅(ja0562)、久遠 栄(ja2400)の順に並んでゆき、五メートル程空けてリョウ(ja0563)となっている。
 二列目、雨下の後ろの位置から水無月、天風、五メートル程東に矢野古代、三メートル程度東に矢野胡桃、胡桃から二十一メートル程度大きく空いて右翼側、Rehni。七メートル程空けて舞鶴。
 三列目、天風の東南の位置に白蛇、白蛇から五メートル程東に権能:堅鱗壁、十一メートル程空いて中央にナナシ、御幸浜の後方の位置。
 グレイシア・明守華=ピークス(jb5092)、己を回復専任とし仲間の殆どを回復効果射程内に留まれる様に立ち回りたい。最も広域をカバー出来る位置はどこか。西に寄れば駆けても東が届かず、東に寄れば駆けても西が届かない、全軍を支えんとするなら、中央を基点に状況に応じて前後左右に動くのが、もっとも手の届く範囲が広くなる。グレイシアは戦列中央の三列目、マキナの三メートル程後方に位置取った。
 グレイシアから東へ九メートル程空けてファティナ。三メートル程度東にソフィア・ヴァレッティ(ja1133)、さらに九メートル程東に石田 神楽(ja4485)だ。
 以上、二十九名がダレス迎撃部隊の陣容である。
 距離が詰まる。
 天界軍が加速する。
「来ますよ!」
 空より敵陣を見渡しながら舞鶴は光信機を片手に言った。
「後衛部隊、ダレス部隊と交戦に入ります」
 生き残るのは人か魔か、それとも天使か、最後まで立っているのは天界側か人類側かどちらか。
 京都の命運を大きく左右させる事になる戦いが今、始まった。


 開幕。白蛇のセフィラ・ビーストが咆哮をあげた。権能:堅鱗壁より直径およそ四十m以内、十七名の撃退士達の身が次々に青い燐光に包まれてゆく。防御結界が力を発揮し始めたのだ。
 左翼、蒼い光を纏った桃色の髪の少女は、カスタムされた全長990mmのスナイパーライフルを構え、強弾【Eroica】を発動、およそ四十メートル彼方の木乃伊戦士へと狙いをつける。ライフルの名は『line』、意味は大切な家族との絆。英雄の弾丸は精神の抜け殻から創られた者どもを撃ち抜けるか。
 リアンが光を増して輝き全アウルが集中されてゆく、覗き込むスコープのレティクルその先、駆ける敵の未来位置を予測に入れて引き金を絞る。発砲。小細工抜きに真っ向勝負。
 弾丸が空を切り裂き一瞬で木乃伊戦士の元まで届く。地を駆ける陣羽織姿の木乃伊の身が即座に素早く捻られる。弾丸が胴服を貫き、木乃伊の胸の表面を切り裂きながら、しかし、その干乾びた肉体そのものには突き刺さらず、かすめて後方へと抜けてゆく。かわされた。
(……速い?)
 少女は淡々と敵の能力の把握に努める。胡桃の射撃精度は流石の高さだったが、敵の反応も速い。五分五分か。木乃伊戦士達は咆哮をあげながら五体揃って突進してくる。
 右翼。石田、対物ライフルの銃口を空舞うファイアレーベンへと向ける。
 レティクルの彼方の炎纏の大鴉。赤い炎を散らしながら、夏の風を裂いて高速で飛んでいる。
 まだ遠い。水平なら十分だが、高さがある。
 味方が張り上げる声が聞こえた。炎纏の大鴉が近づいてくる。すぐに射程に入った。部位狙い、頭部を狙う。発砲。重く猛烈な反動を巻き起こしながら弾丸が飛び出す。銃床内の衝撃緩和装置が肩に当たる勢いを和らげた。
 ライフル弾は夏の大気を切り裂きながら唸りをあげて飛び、ファイアレーベンへと襲いかかる。炎纏の大鴉は即座に反応を見せスライドしながら首を捻る。弾丸が鴉の首の脇をかすめて虚空へと消えてゆく。外れた。
「……中りませんか」
 忌々しい鴉だ。黒髪の青年は冷静に現実を把握する。
 石田の腕は驚異的と言って良い。だが相手もまたトップクラスの回避性能を誇るファイアレーベンだ。回避だけなら大天使のダレスより高い。そのダレス部隊のレーベンを相手に単騎で真っ向から頭部狙いは流石に中りそうになかった。
 舞鶴は光の翼で上昇しつつ敵の動きを把握中。
(えぇと……)
 全体的に平均以上だが、レーベンが特に加速が良い。二番手はダレス、次に真紅の巨獣ケルベロス、右翼と左翼の木乃伊戦士達、最後にサブラヒナイト。
 各動き。
 中央、機嶋、カタリナ、菫の三人は迫り来るダレス目掛けて猛然と前進。囮だ。ダレスの切り札、脅威的な破壊力を誇る雷竜に対して、ディバインナイトの娘三人はその盾にかけて耐え切る覚悟のようだ。誰かが正面張らなければいけない以上、神聖騎士は妥当な面子だが、さて、耐えられるか。
 ナナシ、雷竜の予測範囲のぎりぎり端をなぞるように飛翔前進。仁刀はダレスとの間合いがおよそ十三メートルより詰まらないように注意を払いつつゆっくりと前進。アークエンジェルはかなり速い。桐原も仁刀に合わせて前進。この三人も囮。雷竜に対して我に策有りな面々。
 イシュタルは空中から前進中、雷竜は防御で凌ぐ予定、こちらも真っ向勝負。宗方も空中を進んでいるが分散気味に雷竜を警戒して距離を取っている。はぐれ悪魔のナイトウォーカーが中ったら消し飛ぶ。流石に慎重な動き。
 マキナ・ベルヴェルクもまたダレス目掛けて前進する。
 戦場中央をひたむきに駆ける黒服の少女は思う。
(勝てるとは思っていない――独りならば)
 そもマキナは勝利など求めていない。
(私の渇望は終焉――ただ、終わらせたいだけだ。この戦場を、血に塗れた戦いを……!)
 銀髪の少女はアウルを集中させると次の瞬間、黒夜天を発動させた。解放されたアウルが理を具現し身体能力を増強してゆく。強烈な力だ。その一撃が炸裂すれば、大天使ダレスとて痛手は免れえない。
 御幸浜はダレスの進路を予想しそれを塞ぐように中央へと移動。後列のグレイシアも味方が前進している為、合わせて前進。
 他方、左翼。
「あはははァ、強敵がいっぱいィ……喰らい切れるかしらァ……♪」
 何処か禍々しくも艶然として金瞳の少女が笑った。黒百合だ。少女は戦場を一瞥すると、脚部に力を込めて飛び出した。全力移動。戦場の西側面に回り込むべく疾風の如く駆けてゆく。水無月もまた側面から死角を突くべく大きく回りこむ軌道。
 天風は迎撃態勢、その場で外式「黄泉」を発動。気を練り上げてゆく。
 雨下、黒髪黒瞳の暗殺者、青年は北へと駆けながら遁甲の術を発動する。その姿が揺らぐが如く、気配が薄くなってゆく。
 櫟、突出しないように周囲の状況を見ながら分散前進中。狩野も射程を測りながら移動。古代もまた慎重に距離を測りながら移動中。潜入者の男達三人、慎重な立ち回り。
 他方、右翼。
 栄、藤咲、ファティナ、三者共に距離に注意を払いながら前進。ソフィアもその後に続く。
(――流石に、速いね)
 藤咲、前進するダレスを視界に入れている。雷龍の範囲を予測。敢えてギリギリへと踏み込む軌道、こちらも囮か。雷竜発動時には、すぐ範囲外へと退避&回避射撃で軌道逸らす心算。インフィルトレイターの防御性能で度胸が良い。確かに出来る限りだ。身体を張っている。
 鳳はストームハヤトを目掛けて前進、リョウもまた周囲と歩調を合わせながら前進中。Rehniは鳳の後方からついてゆく形で前進。
 彼我の距離がみるみるうちに詰まってゆく。
 久遠栄、癖の強い黒髪の青年、その茶色の双眸に見詰めるのは炎纏の大鴉。
「長音一回、短音三回目で一斉射撃だ」
 青年は駆けながら再度、手筈を周囲の味方に確認の為に飛ばす。ファイアレーベンは単騎で落とすには至難な手合い。一斉に射撃して潰す。
 全長180cmの長大な和弓に矢を番え空へ向ける。ぎりぎりと音を立て、月が満ちるかの如くに弓が引き絞られてゆく。タイミングを測る。間合い――今か? 決断を下し、定められた合図を鳴らす。瞬後、勢い良く矢が撃ち放たれた。ロングレンジショット。合図に合わせてファティナ、藤咲、ソフィアの三名もまた射撃態勢に入っている。銀髪の娘は魔法書を掲げるとライトニングを発動、大鴉の頭部へと目掛けて紫雷を解き放つ。黒髪の娘は鳥の紋様の描かれた大弓を引き絞りロングレンジショットを発動、こちらも栄えと同様に引き絞った弓から勢い良く矢を放った。
 完璧に同時、栄、藤咲、ファティナの三名から二本の矢と一条の雷撃が空へと撃ち上げられ猛然と飛んだ。炎纏の大鴉は発射に即応して身をバンクさせ急旋回する。顔面へと向けて放たれた稲妻は素早く首を捻った鴉の首筋を擦過して抜け、二連の矢が黒翼を掠めて虚空を貫いてゆく。全弾外れた。直後、レーベンの回避先の空間へと猛烈な爆雷が襲い掛かった。波状攻撃。ソフィア・ヴァレッティがワンテンポ遅らせ偏差射撃でライトニングを放っている。空を灼き焦がして飛んだ稲妻は、吸い込まれるように炎纏の大鴉の身に突き刺ささり痛烈な爆裂を巻き起こした。黒羽を宙へと散らし断末魔の悲鳴をあげながら大鴉が落下してゆく。撃墜。
 西側、櫟諏訪、こちらも合図に合わせてファイアレーベンへと一斉射撃したい、が、西側レーベンを狙う射手が櫟一人しかいない。仕方が無いので単騎で撃つ。
「やるしかないって奴ですね〜……!」
 空舞う炎の大鴉を睨みつけロングレンジショットを発動、アサルトライフルを天へと向け三点バースト射撃。連射。火線の嵐が空へと放たれてゆく。鋭く襲い掛かる弾幕を、ファイアレーベンは旋回しながらローリングし鮮やかにかわしてゆく。単騎では中る気がしない。恐ろしく速い。
 西と東の射手がファイアレーベンと攻防を繰り広げている時、中央、久遠仁刀は低空を飛ぶダレスへと向かって声を張り上げていた。
「今度は腕じゃなく首を落とされにきたか。お前の剣じゃ俺を殺せなかったな!」
 響き渡る大声に対し、ダレス・エルサメクは刹那のうちに考えた。
 あの赤髪の言葉は明らかな挑発だろう。見るからに距離を測っている動き方。本気で侮ってる奴がこんな慎重な間合いの取り方をするものか。加えて、他の者達も何人か、どうも動きが妙だ。そして、撃退士どもはこちらの切り札の事は知っている筈。
 ならば。
――誘っているのか?
 その事実が意味する事は、つまり。
(……狙われても防げると思っているのか? 避けられると思っているのか? 対決してみせる自信があるというのか? このダレス・エルサメクの全力の一撃と!)
 猛将は思った。
(面白い)
 ダレスは己の切り札に絶対の自信を持っている。
「良い度胸だ貴様らぁあああああああッ!!!!」
 凌げるものなら凌いでみせろ。
「今こそここで消し飛ばしてやるわッ!!!!」
 壮絶な爆音が轟き、大天使の身より蒼白いオーラが爆発的に噴出した。全身からうねる蛇の如くに雷が迸って逆巻き、掲げる大剣に猛烈な勢いで収束されてゆく。
 雷竜だ。
「……来ますよ!」
 機嶋が即座に叫んだ。
 西要塞戦で並み居る親衛隊員達を一発でまとめて沈め、南大収容所戦でも数十人を消し飛ばした一撃が来る。
 仁刀は即座に桐原を抱かかえるとアウルを爆発させて全力で後方へと跳躍。古代と狩野もまた即応。古代、ブーストショットを発動、闇色の天叢雲へと極限までアウルを集中させると雷が収束している大剣を支える大天使のその腕へと破壊力を増大させた一撃を撃ち放つ。狩野、クイックショットを発動、突撃銃の銃口を向けざまに大天使の眉間へと狙いを定めて発砲した。
 布陣前、初老の男は言っていた。
「ダレスの雷竜使用タイミングとしては、最初に飛行して来て使うか、もしくは前回のように天使勢が全滅してダレスの周囲に人間が集合している時に使うか、二つに一つ。
 ダレスは溜めやモーションの大きい技が多い。雷竜は剣に光を収束させる時間が要る。ならその隙に、技を使われるより先に仕留めてしまえば被害は減る。
 物理半減鎧を着ていても、目は露出しているだろう。大技で動きが止まった瞬間にそこを狙う。
 相手が強いからと逃げ腰でいるより、攻めていくことも時には必要だよね」
 狩野峰雪、気鋭の若者達よりも純粋な精度やパワーでは二枚も三枚も落ちるが、最も嫌なタイミングで、最も嫌な箇所を突いて来た。腕はまだ装甲で防げても、眉間に装甲は無い。
(――小癪な!)
 ダレス、流石に眉間に貰う訳にはいかないので、倒れこむように身を捻って射線上から身を逸らす。
 レーベンに対応していた為、一瞬遅れたが櫟もまた回避射撃を発動、アサルトライフルで弾幕を張る。藤咲も回避射撃を発動、後方へと飛び退きながら矢を放つ。栄もまた回避射撃を発動、矢を放った。東西からの十字砲火。
 ダレス、弾丸と矢を浴びながらも雷は既に収束している。態勢を大きく崩し地へと落下してゆきながらも、雄叫びと共に強引に大剣を振り抜いた。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!』
 爆音が轟き、龍の如き超巨大な稲妻の奔流が放たれた。不完全ながらも巨大な蒼雷は身をくねらせながら巨大な顎を開き、大気を焼き焦がす雷鳴の咆哮をあげて、恐ろしい速度で逆巻き圧倒的な広範囲を呑み込んでゆく。
 マキナ・ベルヴェルク、咄嗟に腕を翳す。稲妻の巨竜が吼えた。呑み込まれる。蒼い爆雷が全身を呑み込んで荒れ狂い、壮絶な電撃と爆圧が叩きつけられる。権能:堅鱗壁の防御結界が破壊の嵐を一瞬食い止めるも、抗しきれずに突き破られる。負傷率二十六割。一瞬で視界が白く消し飛んだ。
 御幸浜から神の兵の力が及んでいるが、それでも耐えるには届かない。声すらもあげられず、灼き焦がされたマキナの身が大地に倒れ転がる。
(せめ、て、一撃……)
 一撃入れられれば、皆の助けになれる。それだけの力がマキナにはある。だが、接近できなければどうしようもない。その強烈な破壊力を解き放つ前に、黒服の少女の意識は掻き消えた。
「ああああああああああああっ!!」
 グレイシア、雷の竜に呑み込まれ猛烈な爆雷の嵐に晒されている。全身を滅多刺しに刺されているかの如き激痛と熱さ。
(こ、ここであたしが倒れてちゃ……!)
 貴重な回復手だ。その立ち回りは戦局を左右する。御幸浜の神の兵の力が意識を繋ぎとめんとするが、しかし衝撃に耐え切れず意識が吹き飛び、視界が真っ白になって、やがて真っ黒になった。負傷率十九割二分。昏倒した。
「このっ!」
 イシュタル、乾坤網を発動、自らの身をアウルの網で包み込んで防御する。だが蒼い稲妻の竜は光の網を易々と喰い破りイシュタルの身を焼き焦がしてゆく。負傷率十六割七分。爆雷による激痛に視界が白く染まり、意識が遠退く。爆雷に打たれながら堕天使の身が落下してゆく。だが、御幸浜の神の兵士が効果を発揮していた。アウルがその全身に注ぎ込まれ、イシュタル、歯を喰いしばって意識を覚醒させる。宙で光の翼をはためかせ、かろうじて態勢を立て直す。神兵の力を受けて紙一重でこらえた。治癒効果が働いて傷が癒えてゆく。負傷率十四割一分まで回復。
 迫り来る巨大な蒼雷竜の正面に立つ御幸浜霧、紫色のオーラを纏い、長い黒髪を爆風に流しながら激しく明滅し牙を剥く稲妻の巨竜へと鉄灰色の盾を構えた。アウルが集中し盾に紫色に輝き始める。
 轟音と共に激突。
「くっ……!」
 巨大な稲妻と紫色の盾が激しく鬩ぎあい蒼と紫の粒子が飛散してゆく。一瞬の間、光は拮抗したが、やがて爆音と共に雷が勢いを増して盾ごと少女を呑み込んだ。壮絶な爆雷が御幸浜の身を滅多打ちにしてゆく。負傷率十三割。意識が薄れかけたが歯を喰いしばって耐える。倒れない。神の兵士の治癒効果が働き傷が塞がってゆく。負傷率十割五分まで回復。
「さて、勝負ですね」
 中央やや西方を駆ける機嶋結、機械の如く淡々と呟き、迫る巨大竜に向かって両手剣をかざしアウルを全開に解放する。掲げた刀身を中心に銀色の霊光が障壁と化して爆発的に展開した。銀の盾。蒼い稲妻と銀色の霊光が轟音を轟かせながら激突する。押し合い。歯を喰いしばって力を集中させる。轟音と共に蒼竜が勢いを増し、稲妻の嵐と化して少女の身を呑み込んでゆく。爆発する稲妻の束が次々に身を打ち灼き焦がす。脳髄を焼くような激痛に眩暈がするが負傷率七割九分。浅くはないが一撃で沈む痛手でもない。こらえた。非常に硬くてタフだ。少女はアウルを集中してリジェネレーションを発動、肉体を活性化させて負傷率六割六分まで回復。
「これだけは、耐えきります……!」
 中央を駆けるカタリナ、青髪の女騎士は迫る蒼の巨竜へと向けて聖銀の槍をかざす。アウルを全開に銀の霊光障壁を展開。こちらも銀の盾。光が槍を中心に一瞬で広がり壁と化して稲妻の巨竜を迎え撃つ。激突。耳をつんざく咆哮をあげながら蒼い巨竜が爆裂し、障壁ごと女を呑み込んでゆく。荒れ狂う爆雷の嵐の中で身を灼かれつつもカタリナ、倒れない。負傷率七割五分。恐ろしいまでに硬い。アウルを集中させ肉体を活性化してゆく、リジェネレーションを発動、五割七分まで回復。
 巨大な蒼竜は渦を巻いて逆巻き、広範囲を縦横無尽に呑み込んでゆき、中央やや東を駆ける黒髪の少女へも襲いかかる。
「来い!」
 大炊御門菫、迫り来る蒼の巨竜へ闘志を秘めて猛然と突っ込んでゆく。短槍の先端より燃え盛る焔が爆発的に噴出し長大な刃を形成、牙を剥いて迫る竜へと一閃させた。斬り払い。紅蓮の焔と蒼い稲妻が激突し竜の身がかち割られて裂けてゆく、次の瞬間、左右に分かれた竜身が爆ぜ、猛烈な爆裂が巻き起こった。蒼の爆雷は広がる靄の中の少女の身を猛烈に灼き焦がしてゆく。が、菫、さらに硬い。迸る余波に身を灼かれつつ負傷率七割一分。
「この程度!」
 剄吹を発動、呼吸を整え急速にその身を回復させてゆく。負傷率四割まで回復。人間か? 撃退士はここまで頑丈になれるらしい。
 女騎士三人、稲妻の嵐を突き破って抜けてゆく。
 他方。
 仁刀と彼に抱えられる桐原、雷竜が放たれる直前、ダレスが準備モーションに入った瞬間に全力跳躍で後方へと跳んでいる。反応は速い。が、立ち位置が深かった。逆巻きながら一瞬で広がった稲妻の竜は、途中で無数の稲妻の帯に裂かれながらも再び一本の巨大な稲妻に収束して巨竜と化し、二人を追いかけてくる。
「くっ――!」
 仁刀は空中で桐原の身を庇いつつ剣を翳す。激突する直前、蒼の巨竜は進路を転じて曲がった。狩野等の射撃で雷竜の発動が遅れていた為、間一髪、範囲外までの脱出が成功したのだ。かわした。
 宗方、雷竜が撃ち放たれんとした瞬間に全力で西に飛行している。発動してからだと稲妻が広がる速度は速い。
「うぉおおおおおおおっ?!」
 が、警戒して慎重に動いていた為、立ち位置は浅い。あわや追いつかれそうになったが、こちらも狩野等射手達の射撃により発動が遅れた為、範囲外への退避を成功させている。ちなみに中っていたら六十四割コース。慎重さは撃退士生命を救う。
 藤咲、こちらも立ち位置が浅い。
「――っと!」
 射撃妨害が稼いだ時間の間に範囲外へと飛び退く事に成功している。無傷。一歩手前、眼前を巨大な稲妻の帯が一瞬で抜けてゆく。
「予測通りね!」
 ナナシ、範囲ギリギリを飛翔している。耳をつんざく轟音と共に迫り来た雷の巨竜に対し空蝉を発動、スクールジャケットを身代わりに危なげなく回避。
 御幸浜、癒しの風を発動、グレイシアと自身の傷を癒す。グレイシア負傷率十三割三分、御幸浜七割四分。
 中央で雷が荒れ狂っている一方、右翼方面。
 黒髪の少年、鳳覚羅が北上している。黒尽くめの男と共に地を駆けつつ白光の太刀を振り上げ極限までアウルを収束させてゆく。
「ボクは天魔屠る剣……例え相手が強大であっても全身全霊を持って立ち向かうのみ!」
 裂帛の気合と共に刃を一閃。その軌跡から黒い光が衝撃波と化して飛び、唸りをあげて着流しの木乃伊戦士へと迫る。ストームハヤトは駆けつつ咄嗟に身を捻り、しかし巨大な黒光の波動は木乃伊戦士の半身を貫いた。木乃伊戦士に強烈な衝撃が炸裂しその身を吹き飛ばしながら抜けてゆく。ストームハヤトはもんどりを打って回転し地に落ちたきり動かなくなる。撃破。
 並走するリョウもまたストームハヤト達への距離を詰めると黒棘槍を発動させた。
「遅い」
 駆けるストームハヤト達の周辺空間にアウルが満ち、次の瞬間、虚空から無数の黒槍が一斉に出現した。
 多大なレート差が乗り精度と破壊力が増された無数の黒い槍が着流し姿の木乃伊達に迫る。直撃、直撃、直撃、避けられない直撃、ストームの回避は並だ、全弾命中。
 ルロウニウォリアーを超えアシガルウォリアーを超え完全版雷竜クラスの破壊力とそれ以上の精度を誇る凶悪な剣技を持つ木乃伊戦士達だったが、接近できなければ自慢の剣も振るいようがない。
 槍が消えた次の瞬間、四体の木乃伊戦士達は、ガトリング砲の前に薙ぎ払われた幕末武士達の如くに次々に前のめりに倒れていった。力を発揮出来ぬまま成す術なく散り、全滅。誰も嵐の桜花。
「速いっ?! 目標を変更するのですよ」
 コメットを発動せんとしていたアップフェルラント出身の少女はその左方、北西方向へと視線を走らせた。赤いケルベロスが猛然と南下してきている。アウルで光を生み出し黒爪の切っ先を向ける。光は彗星と化して雨あられと赤い巨獣へと降り注いだ。ヴァンガードだがRehni、カオスレートが負だ。レート差によって研ぎ澄まされた彗星雨は唸りをあげてケルベロスを打ち据え破壊を巻き起こしてゆく。
 飛行する悪魔の童女ナナシ、雷竜をかわした後、間髪入れずにミーミルの書を掲げアウルを集中させてゆく。西より三番目、中央左のサブラヒナイトの頭部へと狙いをつけてアウルを解放、多大なレート差によって凶悪な威力と精度に増幅された水の刃が、空から地上へと向かって撃ち降ろされる。天空より唸りをあげて迫る水刃に対し、木乃伊武者は空を見上げ咄嗟にかわさんと首を振った、が、避けきれない。偃月状の刃は、木乃伊の顔の半ばを断ち切って抜け、そのまま大地に突き刺さって爆砕した。木乃伊武者が倒れる。撃破。
 最西の木乃伊武者は、その間に踏み込んで鬼火の弓を構え、仇討ちとばかりに空の悪魔に蒼炎矢を放つ。勢い良く飛んだ焔の矢がナナシをぶち抜――いたかに見えたが射抜かれたのはスクールジャケット、空蝉。
 西より二番目と四番目のサブラヒナイト達は鬼火の弓を大きく引き絞り、南へと向けてはっしと放つ。唸りあげて弓矢が飛ぶ先は――御幸浜霧、回復手から潰しに来た。
「くっ!」
 黒髪の少女は盾の術を発動、雷竜に打たれた身の痛みをこらえてシルバータージェを翳す。一発の矢を受け止めるが、一発が盾をかいくぐってその身に突き刺さる。さらなる苦痛に息が漏れた。負傷率十割五分。神の兵士が効果を発揮、負傷率八割二分まで回復、傷を癒してゆく。倒れない。星幽の先導者も非常に固い。
 東側のサブラヒナイト二体、ストームハヤトを大量に沈めてくれたリョウへと向かって怨讐のダブルショット。鬼火の弓から二本の蒼焔矢が唸りをあげ連携して放たれる。一本目、多大なレート差が乗って精度を増した焔の矢が黒尽くめの男の身を貫いた。負傷率六割四分。ちょっと不味いか。
「む……!」
 衝撃に態勢が崩れたところへさらにもう一本が飛来し、男の身をぶち抜く。が、今度は次の瞬間に姿がスクールジャケットに入れ替わった。空蝉。
「皆の者、気張るのじゃ!」
 白蛇、前進しつつブレイブロア、力強い咆哮を発し味方を鼓舞してゆく。天風、櫟、古代、狩野等、周囲の味方の攻撃力が増幅される。
 宗方はハイアンドシークを発動している。イシュタルは祝詞を発動、霊力を上げつつ彼女もまた敵味方の動きを見つつダレスとの距離を測る。
 激突開始より五秒程度経過。
 北へと駆ける雨下、土精之猛槌の発動、掲げた両腕にアウルを集中させると固形化、瞬く間にして岩で作られたかの如き武骨な戦槌が出現する。
(正面は自分一人……いけるか?)
 敵味方の動き方的にこの間合いの詰め方は不味いような気もするが、ここまで来たら行くしかない。覚悟を決め突っ込む。乗るか反るか。五体並んで突撃してくるルロウニウォリアーの中央手前へと猛然と飛び込むと大地へと向かってハンマーを叩きつけた。インパクトの瞬間、負のレートが乗った強烈な衝撃が発生し周囲へと広がってゆく。
 発生した衝撃に対し、三体のルロウニウォリアーは突進しながら身を捻りつつ、小さく跳躍して回避、回避、回避、真っ向から単騎でその精度は中らん。敵が速い。
 櫟は味方が狙うものとは別のウォリアーへと狙いをつけている。ロングレンジショットを発動、雨下の攻撃を受けなかった最右のルロウニウォリアーへと狙いをつけて発砲。陣羽織姿の木乃伊は突進しながら横っ飛びに跳び退いた。弾丸が翻る陣羽織の端を貫いて抜けてゆく。こちらも外れ。
 矢野古代、味方の攻撃に重ねて狙いをつけている。ヘッドセットから舞鶴の声が聞こえているが、まずこちらだ。雨下の一撃を跳躍して回避した陣羽織武者の着地先、地に足がつく瞬間を狙って発砲。ブーストされた弾丸が唸りをあげて飛んだ。避けられるタイミングではない。闇色の銃から放たれた一発の弾丸がルロウニウォリアーの胸元に命中し、そのままぶち抜く。木乃伊武者の身が回転し地に仰向けに倒れた。撃破。中れば紙だ。
 しかし、ウォリアーは後四体いる。雨下は気配を薄くさせているが、黒百合と水無月は西側に回り込んでいて、天風が前進してきているがまだ後方、ウォリアーの正面近距離にいるのは雨下一人。気配が薄かろうが真正面に一人だけだ、さらに攻撃を仕掛けてもいる、当然の如くに生き残りの四体の木乃伊戦士は雨下目掛けて猛然と殺到してゆく。
「させない……!」
 矢野胡桃、ライフルを持つ手に力が籠もる。アウルを全開に極限まで集中させてゆく。味方の被弾は少しでも減らしたい。雨下へと踏み込むウォリアーの斜め側面、全霊を研ぎ澄ませて引き金を引く。発砲。放たれたライフル弾は距離を一瞬で制圧し、刀を霞みに上げた陣羽織木乃伊の身を貫いて、その奥へと抜けていった。木乃伊武者の身が衝撃に吹き飛ばされ地に倒れる。撃破。 
 雨下鄭理VSルロウニウォリアー、一対三、凌げるか?
 まず雨下の左手側から生き残り最西のルロウニウォリアーが加速して迫ってきた。剣の間合い。身は半身、顔前水平に太刀構え、滑るように踏み込んで来る。稲妻の如くに太刀が放たれた。腹を狙った平突き。
 雨下、咄嗟に身を左へと捌く。が、ただでさえ鋭いのにレート差でさらに加速している。古代、意識を研ぎ澄ませて射術三式・軌曲を発動発砲、唸りをあげて飛んだライフル弾が刀身に命中、甲高い音と共に剣先が逸れ、雨下、間一髪でかわす。即座に次が来る。三段突きだ。二段目、再び腹。
 やはり避けきれない。腹に一発もらった。真紅の鎧が貫通を防ぐも強烈な衝撃が抜けてくる。負傷率八割三分。衝撃に態勢が崩れ、揺れる視界の中、木乃伊戦士より閃光三段目。喉。
 刹那、青年の喉から鮮血が噴水の如くに噴出した。赤色をぶちまけながら雨下が倒れてゆく。急所に入って負傷率二十七割九分。昏倒した。
 その雨下へと剣を繰り出した態勢のルロウニウォリアーの背後、水無月が迫って来ている。バックアタック。足にアウルを集中させて爆発的に加速して踏み込み、木乃伊武者のがら空きの延髄を狙い白刃一閃。
 鮮やかな弧の刀線を描きながら奔った負の大太刀が、木乃伊戦士の首の右から入って左へと稲妻の如くに抜けた。一撃必殺。首が刎ねられて宙を舞い、頭部を失った胴体が崩れ落ちるように大地に倒れる。撃破。
 隙を逃さず屠った水無月だったが、しかし攻撃を受けなかった他の二体の木乃伊武者達が素早く反応し、飛び込んできた水無月の北側と南側へと回り込まんと駆けている。
 水無月、ヒット&アウェイを心がけている。刀を振り抜くと同時、即座に後方へと飛び退く。
 直後、南側の木乃伊から放たれた突きが一瞬前まで水無月がいた地点を閃光の如くに貫いて抜けてゆく。かわした。
 が、当然、水無月が着地した地点へと北側の木乃伊が合わせて踏み込んでいる。稲妻の如くに腹目掛けて刺突が伸びて来る。避けられるタイミングではない。稲妻の如くに伸びた切っ先が戦女神の鎧を強打、レート差の乗った破壊力を炸裂させる。負傷率三割。
 水無月、衝撃に息を詰まらせつつも、右から迫る殺気を感じて身を後ろに傾がせる。直後、喉の前へ白刃が抜けてゆく。避ける。首の左側に違和感。
――首に深く、刃が刺さっている。
 引き抜かれる。夥しい量の血が勢い良く溢れでた。
 目が回る、首が猛烈に熱くなり、脳髄を貫く激痛に天地が霞む。さらに凶刃二連。頭部が左右からぶち抜かれて負傷率三十五割。既に意識は無かった。赤色を宙に、凄惨なまでに鮮やかに撒き散らしながら少女が血河に沈んでゆく。
 天風が北上して来ている。南側の斜め後ろ、背後を捉えた。さらに一歩踏み込んで南北二体の側面と正面を同時に射程に収める、薙刀の間合い、アウルを全力に解放、時雨。
 瞬間、女の身から光が爆発し全長240cmもの蒼白い大薙刀が目にも止まらぬ速度で旋風の如くに振り回される。外式「黄泉」で増強され、さらに負のレートを乗せて放たれた怨念の刃は、木乃伊戦士の脇腹から入って、その陣羽織と肉を裂き骨を砕いて抜け爆砕した。南側の木乃伊戦士がひしゃげながら宙を舞う。痛烈な破壊力。北側の木乃伊戦士はしかし、一閃された刃を素早く後方に飛び退いてかわした。獣の如き動き。速い。
 宙を舞った木乃伊戦士の身が地に落ちて転がり、最後の陣羽織木乃伊と天風が鋭く視線を交錯させる中、その左手側、西方より禍々しい眼つきをした女が突進してきている。黒百合だ。サイドアタック。
 迫る気配に木乃伊戦士が振り向いた時には、既に黒百合は至近まで踏み込み、両手に無数の影の刃を出現させていた。
「あははははははははははははははははははははっ!」
 縦横無尽に両手を振るい、嵐の如くに影の刃を投擲してゆく。影手裏剣・烈。木乃伊戦士は咄嗟に即応して飛び退いたが、範囲が広い。極限のレート−5から放たれた凄絶な破壊力を秘めた影刃の嵐は、木乃伊戦士を逃さず喰らいついて滅多刺しにしてゆく。全身より影の刃を生やした最後の陣羽織姿の木乃伊は、数歩たたらを踏むようによろめき、やがて仰向けに倒れた。完膚なきまでに撃破。ルロウニウォリアー、全滅。
 他方、最西の攻防が一段落間にも、他の方面も同時に動いていた。
 西側のファイアレーベンは妨害を受ける事もなく猛然と中央を目掛けて飛んでゆく。軌道の予測先は、御幸浜等の位置だ。
 最西のサブラヒは空を旋回中のナナシへと向けて焔の矢、ついに悪魔の少女をぶち抜いた。かに見えたがやっぱり次の瞬間にスクールジャケット。空蝉何回使えるのだ、とサブラヒナイト達が疑問に思ったかどうかは定かではない。
 対するナナシ、ミーミルで西より二番手のサブラヒを撃ち抜きたいが移動中のレーベンが邪魔だ。魔法が撃てない。どう動くべきか。範囲外まで一旦距離を離すか?
 他方、東側。空から偵察している舞鶴、ハヤトを速攻で壊滅させたので東方面は撃退士側が押せそうだ。西側へと目を向ける。
 ちょうど雨下等が激突している頃、いけるだろうか? 敵味方の移動の軌道的に雨下が危なそうに見えたが、相手が光信機を所持していてかつ繋げていなければ注意すらも飛ばしようがない。直接の肉声はこの騒音入り乱れる戦場で四十メートル以上も彼方となると難しい。笛を鳴らそうにも雨下だけに聞かせる事は出来ず、どういう意味なのかも伝えられない、周囲を混乱させるだけの恐れがある。
 つまり、あちらへと出来る事は――祈る事だけ。
 無事に切り抜けてくれるようにと。
 少女は我知らず手に持つ光信機を強く握り締めていた。
 出来る事をやる。
 目立つのは炎を纏い空を舞うファイアレーベン、完全にフリーだ。止まりそうにない。
「西側のファイアレーベンが抜けてきます!」
 周囲へと叫びつつ、藤咲と古代へと光信機で注意を飛ばす。
「了解したよ!」
 藤咲は舞鶴に対応する言葉を返しつつ西へと走る。栄とソフィアがそれに続いた。声を拾った石田もまた西へと走る。古代はちょうどルロウニへと発砲している所。
 中央西寄り機嶋、再生によって傷が癒えてゆく。負傷率五割六分まで回復。サブラヒナイトが味方を射撃しているので、マモンの紋章を叩き込んで妨害しておこうかと思ったが、
(……む)
 紋章が無い。予定通りダレス包囲に向かわんとする。大剣を消し一メートル程度のサイズの炎象の杖を出現させる。仁刀と桐原、雷龍をかわす為に後ろに全力跳躍したので距離が開いている。ダレスを目指して北へと駆けている。機嶋、予定ではダレス包囲。ダレスの正面を味方が抑えている間にその背後に回り込みたいが――何気に、正面から勝負しようという味方がこの段階だと仁刀しかいない。そして彼は随分後ろだ。彼我の動きを見据えつつ距離を測る。
 カタリナ、こちらも再生して四割七分まで回復。西のレッドケルベロス目掛けて走る。
 菫、呼吸法で体内の力を呼び起こして負傷率三割まで回復。東のレッドケルベロスへと駆けている。
 西より二番目と四番目のサブラヒナイト、御幸浜をなんとか落とそうと猛射、猛射。御幸浜は後退しながらシルバータージェで防がんとする。鬼火の矢は唸りをあげて飛来し、盾の脇を縫って肩と腹に突き立ち負傷率十一割五分。少女は連続して遅い来る激痛に意識が消えそうになるが歯を喰いしばって堪える。神の兵士の力が働いてまた再生、倒れない。しぶといというレベルではない。
「お、お礼なんて言わないんだからね!」
 地に伏せていたグレイシアが意識を取り戻し起き上がっている。癒しの風を発動、御幸浜と己をアウルの風で包み込んで癒してゆく。
「押し返しましょう」
 御幸浜も癒しの風を発動、己とグレイシアを重ねて癒す。グレイシア、負傷率七割一分まで回復、御幸浜、負傷率三割まで回復。
 リョウ、気配遮断を発動、気配を薄くしながら駆ける。
「ボクが相手だ!」
 鳳、黄昏珠を出現させると注意を惹き隙を作るべく東のサブラヒナイトへと向ける。黄光の矢が出現し、閃光と化して放たれた。光の矢は一瞬で空間を制圧し、木乃伊武者の胴を撃ち抜く。射抜かれた木乃伊武者は一歩たたらを踏んで後退したが、怒りの咆哮をあげて少年へと蒼焔の矢を撃ち返さんと鬼火の弓を引き絞り、爆裂する雷に頭部を吹っ飛ばされた。
 何が起こった。
 南方でファティナが雷霆の書を掲げている。ライトニングによる狙撃だ。ヘッドショット。
「こちらなら中るみたいですね」
 銀髪の女が呟き、頭蓋を撃たれた木乃伊武者はそのまま崩れ落ちるように倒れる。撃破。
 もう一体のサブラヒナイトはリョウから標的を変更しファティナへと鬼火の弓を向ける。サブラヒナイトを視界に入れていたファティナは己へと蒼い輝きが向けられるのを察知すると射撃に備える。矢が飛び、女は素早く跳び退く。矢が脇腹をかすめて虚空を貫いてゆく。かわした。
「ゆくのですよ!」
 他方、Rehni、爪を消してミカエルの翼を出現させる。レートが中立に変化、速度を減じさせつつもそれでもかなりの速度で突っ込んで来るレッドケルベロスへと扇を飛ばす。光を纏った扇子は風を巻いてブーメランのように飛び、ケルベロスへと襲いかかる。三つ首の巨獣は突進しながら斜め前方へと跳躍、扇子が何もない空間を貫いてゆく。外れた。
 赤い巨獣の首の一つが大きく顎を開き、その口蓋から燃え盛る爆熱の火炎を吐き出す。銀髪の少女は咄嗟に地を蹴って横っ飛びに跳躍。間一髪、一瞬前にRehniがいた位置を炎が焼き焦がしてゆく。かわした。
 肩から地面に落ちて勢いで一回転しつつ起き上がり、戻ってきた扇を掴み取る。ケルベロスが迫る。みるみると距離が詰まり爪の間合い。赤い巨獣は咆哮をあげて豪腕を振り上げ、その鋭い爪を振り下ろした。
「くぅっ……!」
 Rehni、後退しながらかわそうとするが敵の方が速い。今度は避けきれずに肩口から脇腹までを豪爪に薙がれる。頑丈なローブが切り裂かれるのは防いだが、衝撃は抜けて来る。負傷率三割二分。一撃に少女がよろめいた所へケルベロスが牙を剥いて飛び掛る。顔面を噛み砕かんと迫る牙に対して首をふって急所はかろうじて外すも肩口から噛みつかれ牙を打ち立てられた。猛烈な顎の力が上下から挟み込んで装甲を貫き肉を刺し骨がバキバキと悲鳴をあげ脳髄を貫くような激痛が走る。だが、まだ倒れない、負傷率九割六分。Rehni、華奢な外見だがなかなか頑強だ。
「その子を放せ!」
 猛然と駆けて来た菫、少女へと噛み付いている赤い巨獣のその上牙へと狙いを定めると突進ざまに真紅の槍を繰り出した。穂先から噴出した焔が刃と化し、ケルベロスの牙にぶちあたる。焔刃が硬質の牙を貫いて砕き、かみ締めていた牙が折れる。Rehniはその隙に身をよじると顎から脱出して後退した。
「正念場、ですかね」
 石田神楽、全長1810mmの大型対物ライフルを空へと向けて構える。覗くスコープの先に映るは炎纏の大鴉ファイアレーベン。敵の耐久力と速度を勘案し、今度は狙いを胴体に定める。
 相対距離五〇、黒鋼なら届く。
 敵の軌道の未来位置を予測し、滑らかに引き金を絞る。発砲。旋条によって旋回運動の加わった弾丸が、空気を切り裂きながら真っ直ぐに大鴉へとゆっくりと伸びてゆく。実際の時間はコンマ秒以下。刹那、大鴉の羽が舞い散り真紅の血飛沫があがった。赤色を鮮やかに撒き散らしながら、信じられないといったような断末魔の悲鳴をあげてファイアレーベンが墜落してゆく。ぶち抜いた。
「秋の紅葉を見る為にも、退場して貰いますよ」
 石田の腕なら中る。撃墜。
 魔封じが消える。即座にナナシが水刃を放ってサブラヒナイトの頭部を吹っ飛ばした。
 栄、藤咲、ソフィア、レーベンが消えたので標的を変更、栄と藤咲は菫、Rehni等と格闘している東ケルベロスへと狙いを定め、重籐の弓に矢を番え引き絞り放つ。二連の矢が唸りを上げて飛び、栄の矢が赤巨獣の胴に突き立ち、衝撃に揺らいだ所へさらに藤咲の矢が突き刺さる。獣は怒りの咆哮をあげた。
 他方、西のケルベロス、接近してくるカタリナへと向けて猛然と火炎を吐き出した。
 青髪の娘は槍を翳し銀の盾を発動、ファイアブレスが直撃する寸前に間一髪で銀光の障壁を展開し炎を吹き散らす。紅蓮の海を切り裂いて神聖騎士が突進してゆく。火炎を抜けたカタリナ、無傷。
 距離が詰まる。
 真紅の巨獣は耳をつんざく咆哮をあげつつ剛爪を振るう。カタリナは左手にワイヤーを出現させ、再度銀光の障壁を張る。今度は反応が速い。光鋼糸の障壁と爪とが激突し、剛爪が力負けしたように弾き飛ばされる。完全に防いだ。無傷。赤巨獣は苛立ったような唸り声をあげ牙を剥いて飛び掛る。
 カタリナ、避けずに逆に前に踏み込んだ。
 裂帛の気合と共に低い姿勢から伸び上がりざまに猛然と槍を繰り出す。カウンター。魔力で形成された金色の刃が、ケルベロスの牙と牙の間に深々と突き刺さりぶち抜いた。痛烈な一撃。鈍い音が盛大に轟くと同時、重量に身が後方へと押され、踏みしめる大地が抉れてゆく。ケルベロスの上顎から鮮血が噴出してゆく。カタリナはそのまま槍を捻って牙を圧し折ろうとするが、テコの原理を使うには双方の勢いで槍が深く突き刺さり過ぎている――というか上顎を貫通している。魔獣は激痛に激怒の唸り声を発しながら顎を開きつつ一旦飛び退いて突き刺さった穂先を強引に外す。
 中央、飛行するダレスが南下し、仁刀がダレスを迎え撃つべく北へと駆ける。桐原は横槍を防ぐべくケルベロスを討ちに北東へ。
 距離が詰まる。
「賢しい小細工を、だが所詮は無駄な足掻き。以前のように剣で大地を這わせてやる。今度は全身を爆砕して確実に殺す!」
 空のダレスの言葉に対し仁刀は駆けつつ、白い陽炎を立ち昇らせる剛刀を構えた。
「殺すと言って実際に俺を殺せた奴は一人もいない。飛び道具も剣も同じ結果だな」
「ほざけッ!!」
 ダレスは急降下して迫りつつ、巨大剣を八双に大きく後ろに振りかぶり、
(やはり予備動作が大きい)
 狩野峰雪、狙いを定めている。猛将と剣士が激突せんとするまさにその瞬間、横合いから発砲。唸りをあげて大天士の頭部めがけてライフル弾が飛ぶ。次の刹那、甲高い音が鳴り響いて弾丸が弾き飛ばされた。ダレス、右手を柄から外して手甲をかざしている。
(二度目は読むか。けれど、片手は封じた)
 その隙を狙い、仁刀が太刀を振り上げ猛然と跳躍し幻氷を放たんとする。ダレス、構え直していては間に合わない、左手一本のまま強引に振り抜いた。
 久遠仁刀の太刀は全長100cm、ダレスの大剣は身の丈程、身長手足の差を比べるまでもなくリーチに差がある。ダレスの剣の方が先に届く。カウンター。片手打ちながらも風を巻いて竜巻の如くに剛剣が振り下ろされ、その刀身へと櫟が狙いをつけ発砲している、回避射撃、ライフル弾が横合いから大剣を撃ち抜きその軌道を逸らす。
 仁刀、宙で身を捻りつつ弧光を発動、剛剣を受け流さんと太刀を掲げる。大剣と太刀が激突して轟音と共に火花が散り、壮絶な衝撃が巻き起こる。瞬間、赤髪の男の身が大砲で撃ち出されたかの如くに南方へと吹っ飛ばされてゆく。が、ダメージを大幅に流す事には成功している、負傷率一割八分。軽い。
 地上に降り立ったダレス、間髪入れずに蒼光剣を発動、剣へと光を収束させて、翼に光を集め爆発的に前方に飛び出し追撃に移らんとする。が、周囲の撃退士達も一連の攻防が高速とはいえ棒立ちで見ている訳ではないので、その背後に機嶋結が詰めていた。
(――此処ですね)
 淀んだ瞳に必討の意志を宿し、亡霊を小さな身に纏い、手に持つ炎の杖には眩く輝く神輝の光を収束させてゆく。アウルを爆発させて猛烈な勢いで迫る。神輝掌、バックアタック。がら空きの背に光の杖が叩きつけられ痛烈な衝撃が巻き起こる。手応え有り。完璧に入った。
「死ぬかあっ!!」
 ダレスが猛然と振り向いた。蒼白い光を爆発的に発し収束させた大剣で振り向きざまに一閃させる。巨大な閃光が奔り、機嶋は咄嗟に銀の障壁を展開せんとしたが、それが展開しきる前に防御に掲げた杖をごとぶち破って蒼光刃が少女の身に炸裂した。
 痛みは特に感じなかった。閃光が奔り抜けた次の瞬間、戦闘服が斬り裂かれ鮮血が勢い良く噴出した。身体が猛烈に熱くなり、意識が遠退き、身から力が抜けてゆく。負傷率十四割五分、赤色をぶちまけながら機嶋が倒れる。昏倒した。
 だが、同時にイシュタルが上空から急降下し猛然と仕掛けている。剣を振り抜いた直後のダレスへと迫り、天雷の如くに聖槍を突き降ろす。急降下突撃。ダレスは咄嗟に振り向き見上げ、突如、その横手から光り輝く火球が炸裂して爆裂を巻き起こした。他方向からの痛烈な一撃。密かに距離を詰めていたソフィア・ヴァレッティのUna Scintilla di Soleだ。強烈な熱波が大天使の身を焼き焦がし障害を引き起こしてゆく。
 ダレスは爆裂と障害に態勢を崩す。鈍った剣の間を縫って、降下したイシュタルの魔法の槍刃が大天使の鎧をぶち抜き、その身を穿つ。
「……これでも堕天してから少しは実力を付けたつもり。貴方相手に何処までできるのか、試させてもらうわ」
 女天使は言いつつ槍を捻りながら引き抜くと再び上空へと舞い上がる。
 白蛇は中央へと移動しつつ権能:堅鱗壁を再召喚、結界の準備に入る。
 吹っ飛ばされた仁刀は着地すると再び北へと向かっているが全力跳躍が響いていて剣の間合いまで戻れない。
 宗方は激闘を繰り広げている中央の様子を見ながら円を描くように回り込みつつナイトアンセムを活性化させる。
 十秒程度経過。
 権能:堅鱗壁の結界が効力を発動、中央で戦う撃退士達の身を蒼白い燐光が包み込みその防御力をあげてゆく。
 ダレス、イシュタルを見上げながら大きく大剣を振りかぶる。
「はっ! 裏切り者の堕天使か! 良――」
 言葉の途中だが狩野、ダレスの眉間へと狙いをつけて発砲、発砲、発砲。胡桃は避弾【La Campanella】を活性化してダレスへと猛射し、櫟もまた回避射撃を発動して弾幕をフルバースト。
 猛烈な射撃の嵐を受けながらもイシュタルへと向かってダレスは飛翔し斬りかからんとするも、猛然と駆け込んできた仁刀が横手より跳躍ざまにウェポンバッシュ、幻氷。
 白い陽炎の軌跡を残し半月の弧を描きながら一閃された峰が大天使の脇腹に直撃する。アウルが打撃点に収束した次の瞬間、周囲の空間を歪めながら壮絶な衝撃波が巻き起こった。ダレスの身が砲弾の如くに勢い良く吹っ飛ばされてゆく。竜巻斬の始動を潰した。
 ソフィア、すかさず追撃のUna Scintilla di Soleを発動。『太陽の火花』のその名の如く光輝く火球は、火の粉を散らしつつ空を切り、吹っ飛んでいる態勢のダレスに喰らいついて猛烈な爆発を巻き起こした。炎の牙が大天使に再度障害を巻き起こしてゆく。
 タコ殴りとはこの事だ。一人一人順番に真正面から来るならやりようはあるが、このレベルの撃退士達が一斉に正面、横、後ろなど他方向から攻撃直後の隙なども逃さず突いてくる。大天使のダレスは並のデビルエンジェル、使徒ヴァニタスより高能力だが、流石にきつい。戦いは数だよ、を体現したような四方八方からの猛攻撃。
 ぶっ飛ばされたダレスは爆破されながらも翼を羽ばたかせて後方宙返りするように一回転し姿勢を制御すると、翼から後方へと光の粒子を爆発的に噴出させて南方へと飛び出す。ストームハヤトなら一体何度死んでるか解らないレベルの猛攻撃だが流石の頑強さ。
「貴様等ぁあああああああああッ!!!!」
 激怒の咆哮と共に振り上げた剣に蒼光が収束されてゆく。ソフィアへと視線が向いたが、しかし魔女は既に踵を返して全速で離脱に入っていた、大天使が接近してくるまで待っててやる義理は無い、一撃離脱だ。
「狙われると危ないからね。距離を取らせてもらうよ」
 近接でヒット&アウェイはなかなか難しいが敵より長いレンジがあれば造作も無い。
「チィッ!」
 ダレス、届きそうにないので舌打ちすると仁刀へと標的を移す。
 低空を加速しながら大天使は稲妻の如くに迫り、蒼光の剛剣を一閃させる。仁刀は後退しながら受け流さんと防御に太刀を掲げる、が、軌道が予想より逸れ、速い。弧を描くように放たれた神速剣に太刀を掻い潜られて脇腹を掠め斬られる。蒼光の結界がダメージを軽減し負傷率十割四分。銀狼のローブが斬り裂かれて盛大に血飛沫が吹き上がる。激痛に意識が千切れ飛びそうになるが根性を発動、北上してきている御幸浜の神兵も効力を発揮している、倒れない。五割八分まで回復。
 両者の激突と同時、イシュタルがダレスの横手上方より迫って白銀の長槍を再び繰り出している。唸りをあげて振り下ろされた穂先がダレスの肩口に炸裂、強烈な衝撃を貫通させてゆく。
 宗方、ダレスの背後に回りこんでいる。アウルを全開にナイトアンセムを発動、漆黒の闇を大天使へと解き放つ。
「これでも、喰らいやがれ!」
 多大なレート差によって精度が研ぎ澄まされた闇がダレスの身に纏わりついてゆく。濃密な暗黒が大天使の身を包み込みその視界を塞いだ。
「先程の返礼に参りました」
 紫光を纏う御幸浜霧、ダレスへと駆け迫りつつ白鞘から美麗な波紋を持つ白刃を抜き放つ。惟定の銘の愛刀だ。
「釣りはいりませんよ!」
 裂帛の気合と共に剣の間合いへと踏み込むと一閃。弧を描いて放たれた斬撃は、雷光を発しながら闇の中の大天使を捉えた。手応え有り。さらに中央に到着した舞鶴が上空からダレスへと向かって黄光の矢を撃ち降ろしてゆく。
 気配を遮断してダレスの背後へと回りこんだリョウ、改造強化されたアウロラを出現させる。密やかに、精密に、意識を極限まで研ぎ澄ましてアウルを集中、漆黒の槍を形成し狙いをつける。
 投擲。
 黒い閃光と化して撃ち放たれた槍は雷を纏って空を一瞬で翔け抜け、闇に囚われている大天使の背中をぶち抜いた。意識外からのバックアタック、負のレート攻撃。多大なレート差によって壮絶な破壊力が荒れ狂い、大天使の喉から苦悶の声があがる。
「癒してあげるからさっさと起きなさい! こんな所で寝てて良いの?!」
 グレイシア、声をあげつつ機嶋へとヒールを放つ。傷つけられた心身が癒えてゆき負傷率十割八分まで回復。
 ナナシ、西より四番手のサブラヒへと迫り今必殺の水刃波。唸りをあげて高所より撃ち降ろされる水の刃をサブラヒナイトは必死にかわさんとするが、レート差が爆裂している一撃はそれを逃がさない。頑強無比を誇る木乃伊武者が紙切れのように頭部をぶっ飛ばされて倒れてゆく。空の悪魔が止まらない。誰も止めないなら俺が止めるッ! とばかりに最西の木乃伊武者が裂帛の気合と共に再びブルーフレアショット。多大なレート差が乗った怨讐の蒼焔矢がナナシの身をぶち抜き――やっぱりジャケットが後に残される。現実は非情である。単騎で中てて来るか。
 古代、その最西のサブラヒナイトの射撃中の隙を狙い発砲。ライフル弾が空間を切り裂いて飛び、木乃伊武者の胴に直撃した。弾丸は強烈な衝撃を巻き起こし、対物理障壁が展開している。サブラヒナイトの鎧が少し凹んだ。が、それだけだった。あと十三発も撃ちこめば順調にいけば倒せるんじゃないかな、という程度の手応え。
「……マジか」
 木乃伊武者は、最近撃退士達にコツを掴まれたのか物凄い勢いで倒されているが、物理でまともに撃ち合ってしまうと厄介な手合いだ。インフィルは高回避紙防御には強いが低回避高防御には基本的には相性が悪い。
 鳳、西より四番手のサブラヒナイトへと向かって踏み込むと鋼糸を放つ。解き放たれた糸がサブラヒナイトが咄嗟に防御に掲げた弓ごとその身を絡め、動きを制限する。木乃伊武者は弓を消すと腰から太刀を抜刀し、奇声を発しながら少年へと斬りかかった。狙いをつけて待ち構えていたファティナは偏差でライトニングを撃ち放つ。宙を灼き焦がして飛んだ紫雷は、木乃伊武者の頭部を捉えると爆ぜ、その頭蓋を吹き飛ばした。急所狙いの一撃必殺。撃破。
 他方、東のケルベロス、咆哮を轟かせながら菫へと向かって飛びかかる。藤咲がダークショットを発動している、弓をぎりぎりと引き絞り番えた矢に黒霧を凝縮させて狙いをつけている。放つ。レート差により破壊力と精度が増幅された矢は唸りをあげて飛び、跳躍したケルベロスの肩口に鋭く突き立った。
 菫は呼吸法で体力を回復させながら、矢を受けて鈍りつつも風を巻いて振り下ろされる剛爪を冷静に見据え、稲妻の如くに槍を突き出す。カウンター。爪と爪の狭間に槍が入って深々と突き刺さる。血飛沫が吹き上がり、真紅の巨獣が激怒の咆哮をあげた。栄、援護すべく弓を引き絞り放つ。矢が風を裂いて飛び、巨獣の脇腹に突き立つ。菫はそのまま槍を横に捻り爪を圧し折ろうとするが、折れない。巨獣は爪を引き、三つの頭部のうち一つが大きく息を吸い込んだ。
 瞬間、遠来より飛来した弾丸がその頭部の眉間をぶち抜いた。壮絶な一撃。南方の彼方で石田が対物ライフルを構えている。狙撃。ヘッドショット。
 巨獣の眉間から鮮血が勢い良く噴出してゆく。眉間を抜かれた頭の一つが力を失くし、衝撃にケルベロスの動きが止まった所へ黒髪の少女が疾風の如くに駆け込んで来た。桐原雅だ。
 羽状の燐光を舞わせながら流れるようにステップインすると、身を捻りざまに高々と脚を振り上げ軸足、腰、蹴膝等間接を連動させて足先を加速させ鞭の如くに振り下ろした。
「ふっ!」
 鋭い呼気と共に閃光の如くに放たれた脚が巨獣の横腹に炸裂し轟音が轟く。薙ぎ払い。突き抜ける衝撃に巨獣の意識が揺さぶられその四つの瞳が次々に白目を剥いてゆく。スタン、入った。
 Rehni Nam、癒しの光を発動、光輝く柔らかな風を巻き起こし、菫と自らの傷を一気に癒してゆく。菫、全快、Rehni、負傷一割まで回復。非常に強力な癒し手だ。
 西方。
 怒りに燃える真紅の巨獣と対峙するカタリナ、その身を徐々に再生させてゆき負傷率三割七分まで回復。
 咆哮と共に獣は剛爪を振るい、古代、射術三式・軌曲、振るわれる爪を弾丸で撃ち抜いて軌道を逸らす。カタリナは身を捌きながら防壁陣を発動、ワイヤーを放って爪を絡めとらんとする。巨獣は糸に絡まれながらも、腕力と自重に物を言わせて血飛沫をあげながらも押し切った。剛爪が女の身に炸裂して衝撃を巻き起こす。間髪入れずに火炎が襲い掛かり焔に呑まれる。ケルベロスは焔に包まれているカタリナを噛み砕かんと顎を開いて突進し、焔の中から白銀の槍が飛びし、ケルベロスは咄嗟に横っ飛びに跳んでカウンターを回避した。カタリナ、一連の攻防で負傷率四割九分、真紅の巨獣のパワーは凄まじいものがあるが、防いでいる、頑丈な娘だ。
「援護しますよー!」
 ダレスへと回避の弾幕を張っていた櫟、標的を切り替えるとケルベロスへ向けてロングレンジショットを発動、バースト。猛烈な勢いで嵐の如くにライフル弾を撃ち放ちケルベロスを蜂の巣にしてゆく。ブレイブロアで破壊力が増大している。血飛沫が次々にあがった。
「さて、次ねぇ……♪」
 ルロウニを片付けた黒百合は最西のサブラヒナイトへ向かって疾風の駆けると、凝縮した影の刃を無数に生み出し嵐の如くに投擲した。負の極大レートから繰り出される影刃は恐ろしい程の破壊力で次々にサブラヒナイトを穿ち、その鎧を粉砕してゆき、一気に半壊させる。
 天風は本日二度目、外式「黄泉」を発動、力を練り上げてゆく。
 白蛇は権能:堅鱗壁を再召喚、防御効果を指示し結界の維持に努めている。
 十五秒程度経過。
 黒百合からの壮絶な攻撃に一気に瀕死まで追い込まれつつも木乃伊武者は鬼火の弓を猛然と女へと向けるが、黒百合、反応が凄まじく速い。サブラヒが矢を番えるよりも前に影刃をガトリング砲の如き勢いで雨あられと撃ち放つ。
 飛来する無数の影刃の嵐にサブラヒナイトは全身を穿たれ、襤褸雑巾のようになりながら倒れた。撃破。
 他方、中央。
 ダレス・エルサメクの身から光が爆発した。纏わりついていた闇を吹き飛ばしながら大天使は真っ直ぐに飛翔してゆく。イシュタルの上に出た。
「おおおおおおおおおおおッ!!!!」
 ダレス、櫟、胡桃から射撃の嵐を受けつつも、翼より光の粒子を爆発的に噴出させイシュタルへと突撃してゆく、竜巻斬の構えではない。堕天使の女は迎え討つべく天を見上げて聖槍を構える。空中戦。仁刀、御幸浜、横を突くべく激突点を予測して跳躍する。仁刀は幻氷を発動して始動を潰さんとしたが、地上からの跳躍の時間分、飛行するダレスの剣がイシュタルに届く方が速い。
 大天使は流星の如くに迫り、屋根の構えより唐竹割りに一閃。堅鱗壁の結界を受けて蒼い燐光を纏っているイシュタル、乾坤網を発動、重ねて光の防護網を展開する。剛剣と防護網が激突し、激しい光を撒き散らしながら貫通し、蒼燐の障壁もぶち抜いて、女天使の身に刃が喰いこんだ。そのまま光輝の鎧を粉砕しドレスと骨肉をぶった斬って抜けてゆく。痛烈な破壊力。負傷率十八割一分、神兵の補助があっても耐え切れない、昏倒した。鮮血を撒き散らしながらイシュタルが地へと堕ちてゆく。
 宙を舞う大天使は跳びあがってきた仁刀の一撃を身を捌いてかわし、御幸浜の剣も宙返ってかわす。空中では分が悪い。
 ソフィア、La Pallottola di Soleを発動、ダレスの回避先へと太陽のように輝く魔弾を撃ち放つ。大天使の剣より爆発的に光が噴出した。ダレスは振り向きざまに大剣を一閃、魔弾を真っ二つに斬り裂いて消し飛ばす。斬り払い。
 リョウ、ダレスの後方へと駆けると黒雷槍を再度発動、宙舞う天使へと向かって投擲する。瞬間、ダレスの身が横に流れる。意識がリョウに向けられている。が、レート差で精度が増しているそれを避け切れない、黒雷が脇腹を抉って抜けてゆく。
 大天使は身を捻りざま宙返りし翼から光を爆発的に噴出させてリョウへと向かって弾丸の如くに加速する。大剣に蒼光が収束してゆく。ファティナ、魔法書を向けてライトニングを発動、猛然と急降下する大天使へと紫雷を解き放つ。狩野もまたライフルを発砲。強烈な電撃がダレスの脇腹に突き刺さって爆裂が巻き起こり、大天使の側頭部に弾丸が突き刺さった。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
 宙で態勢を崩し頭部から鮮血を流し、度重なる猛撃に鎧の破片を撒き散らしつつも、しかしダレスは止まらずリョウへと猛進する。稲妻の如き速度で颶風を巻き起こし巨大剣が迫る。
 多大なレート差が乗った大天使渾身の一閃は、爆裂する烈光と共にリョウの身を真っ二つに両断して抜けた。勢い余った剣はそのまま大地を爆砕し土砂を盛大に噴き上げる。
 吹き上がる土砂と共に舞っているのは、斬り裂かれたスクールジャケット、空蝉。
「残念だったな」
 黒の忍軍が一歩離れた位置に出現する。かわした。
「つ……」
 先にヒールを受けた機嶋が意識を取り戻している、周囲を見渡して戦況を確認する。
 過去、未来、胸に抱く思いがある。先へ進むためにも、ここで倒れている訳にはいかない。激痛の走る心身に活を入れて立ち上がり、炎の杖を手に大天使へと駆ける。
 宗方はクロスグラビティを活性化。
「もう一押しよ! 気張りなさいっ!」
 グレイシアは癒しの風を発動、イシュタル、御幸浜、仁刀を回復してゆく。負傷率、十五割六分、全快、三割まで回復。
 舞鶴、鳳、黄光の矢を出現させて愕然としている様子のダレスへと光矢を直撃させてゆく。衝撃に身を揺らがせた大天使へ突撃してきた機嶋が炎の斬撃を浴びせた。
 ナナシ、中央へと飛行しつつ属性攻撃を発動、対天の凄まじいまでの破壊の力を魔法書に凝縮してゆく。
「倒せるぞ皆の者! 奴の息があがってきておる!」
 白蛇、ブレイブロアを発動、リョウ、仁刀、ナナシ、御幸浜、機嶋、舞鶴等の攻撃力を増加させてゆく。
 西。
 櫟と古代は火線を合わせてケルベロスへと弾丸を叩き込んでゆく。真紅の巨獣は血飛沫を噴き上げながらも剛爪を振るって青髪の娘を斬り裂き、カタリナは傷を再生させつつカウンターの槍撃を叩き込む。負傷率五割。
 西方より、激しい攻防を繰り広げている巨獣目掛けて黒髪の女が薙刀を構えて突っ込んでゆく。天風静流、肆式「虹」を発動、リミットを外す。
 巨獣の頭部の一つが振り向き、天風は薙刀の間合いに入ると光を爆発させた。刹那、虹色の刃風が一刹那のうちに嵐の如くに巻き起こる。怒涛の四回攻撃。煌きの閃光が走り抜けた後、斬り刻まれたケルベロスの全身より血飛沫が盛大に吹き上がり、その六つの瞳から光が消えてゆく。巨体は赤色を噴き上げながらゆっくりと横倒しに倒れた。撃破。
 東のケルベロスと格闘する菫と桐原。
 桐原はアウルを全開に解放しつつ閃光の如くに再度蹴りを繰り出す。薙ぎ払い。意識が飛んでいるケルベロスに避けようもなく、猛烈な一撃が直撃する。再び意識が吹き飛ばされる。スタン、嵌め殺し。
 石田、外す訳がない。対物ライフルを構え、スタン中のケルベロスへと発砲、雷霆の如きライフル弾が二つ目の頭をぶち抜く。
「今、楽にしてやる」
 菫が言って槍を繰り出し、栄が矢を、Rehniが扇を、藤咲が黒霧の矢を叩き込む。一斉攻撃が次々に直撃し東のケルベロスは意識を取り戻す事なく、そのまま絶命した。
 ケルベロスを片付けた東西の撃退士達はそれぞれ中央へと向かう。
 二十秒程度経過。
 中央。
 黒尽くめの男が言った。
「奪われたこの都を取り戻す――邪魔はさせない。ここで討たせてもらう!」
 言葉と共に本日三度目、黒雷の槍を出現させる。ダレスもまた射撃の嵐を受けながらも大剣を振り上げて猛然と踏み込む。
「舐めるなよニンゲンッ!!」
 裂帛の気合と共に大剣が繰り出され、奪還の闘志と共に槍が放たれる。黒と蒼が交差した。
 忍軍から放たれた黒雷の槍が大天使の身を貫き、大天使の蒼光の剣が忍軍を貫いた。胴をぶち抜かれた黒の青年は鮮血を吐き出しながら崩れ落ちる。互いにレート差が爆裂している壮絶な一撃が炸裂した。
 猛将は、立っている。
 満身創痍で息を激しく荒げさせながらも撃退士達へと振り向き血塗れた大剣を構え直す。奪還など決してさせないという意志が蒼光のオーラと化して立ち昇っていた。
 舞鶴鞠萌は、大天使のその様を見下ろしながら、静かな怒りを込めて言った。
「私は、あるべき場所をあるべきモノへ返す……ただそれだけです。"あなた達"にはそれが解らないのですか?」
「……堕天使ッ! 裏切り者が夢想事を!! 解らないかだと?」
 ダレスが舞鶴を睨み、息を荒げつつ叫んだ。
「解らないかだと? 資源の確保は天界の支えだ。それを放棄せよと、衰え滅び悪魔どもに天は支配されよと天使である貴様が言うのか? なら貴様に故郷に帰する資格は無いッ!!」
 天将は堕天使達を睥睨して言う。
「万に一つ、天魔両軍がこの星より退いた時、貴様ら裏切り者どもの居場所が人間の世界に残されているかどうか見ものだな!」
 事が終われば、走狗は煮られるものだ。歴史の必然。
 舞鶴はダレスを睨み返し、駆けつけてきた菫が叫んだ。
「身勝手な理屈を……! 人の心を見くびるな、彼女達は私達の仲間だ!!」
 少女は紅蓮に眩く燦然と燃える槍を構えて言う。
「そして京都は私の故郷……いや、私達の街だ。返してもらうぞッ!!」
「身勝手結構、正義も悪も俺の知った事ではない、自ら達の世界を自らの手で守れぬ者どもの、言葉だけの要求など聞く気も起きんわッ!! その手に剣持つ人間の戦士ども、貴様らは違うか?」
 ダレスは言った。
「だが、ザインエル様は神の剣、そして俺はザインエル様の剣だ! 我が主の大望を阻まんとする者どもは、百億の悪魔だろうが背約者どもだろうが人間だろうがこのダレス・エルサメクが全て叩き潰すッ!!!!」
 猛将は全身からオーラを爆発させ大剣へと蒼光を収束させてゆく。
 しかし、
「無理ね」
 ナナシが静謐に言った。
「少なくとも貴方は私達を全滅させる事は出来ない。大勢は決した。勇猛なる天使の将よ。貴方の屍を踏み越えて、私達は未来(さき)に進むわ!!」
 会話で稼いだ時の間に、東西のサーバントを片付けた撃退士達が集結してきていた。
 ダレスは完全に包囲されていた。例え背を向けて飛翔したとしても、逃げられもしないだろう、背中を撃たれて落とされる。
 しかし、血塗れの大天使は牙を剥き獰猛に笑った。
「笑わせるなよ背約者……ッ! 俺はまだ立っているぞッ!! サーバントが全滅しようが! この鎧が割れようが! 俺という剣が砕けぬ限り!! 貴様等に未来など無いわッ!!!!」
 叫び、雄叫びをあげて、背の光の翼より粒子を噴出して爆発的に加速飛翔、撃退士達へと突撃してゆく。
 胡桃、古代、櫟、狩野、宗方、ナナシ、舞鶴、ソフィア、鳳、ファティナ、石田、藤咲、栄、Rehni、一斉に射撃を開始した。
 弾丸が矢が雷が刃が雨あられとダレスへと降り注ぎ呑み込んでゆく。

――ザインエル様、どうやら、俺は、ここまでのようです。信任戴いた御役目を果たせず、無念、です。

 地へと勢い良く墜落した猛将へと、黒百合、カタリナ、機嶋、御幸浜、仁刀、桐原、菫が殺到してゆく。
 激突。
 ダレスはそれでも咆哮をあげ正面の御幸浜へと剣を繰り出したが、盾で受け止められ、次の瞬間に撃退士達の攻撃がその身を次々に貫いた。
 男は口から鮮血を吐き出した。

「……よね、くら……あとは、あと、は、たのん、だ、ぞ……! ザイン、エル、軍に、栄光、あれ……!」

 最期に、そう搾り出すように呟き、倒れた。陣営を変えたという一点で、堕天使やはぐれ悪魔を嫌った少年天使が最後に呼んだのは、元人間の使徒だった。
 本人がその事に気付いていたのかどうかは、今となっては、誰にも解らない。
 撃破。

――大天使ダレス、討ち取った!

 その声に、歓声が爆発した。
 砂埃舞う程に風が強い、夏の暑い日の事だった。


「――驚いた。有難うございます」
 古代が光信機でダレス部隊を殲滅した旨を北の部隊長へと伝えると男は流石に驚愕しているようだった。
「予想外の事ばかり起こりますね。こりゃあ僕もいよいよ錆付いてきたって奴なのかな。解りました。南には僕から伝えておきます。きっと向こうの士気もあがるでしょう。それと」
 源九郎は言った。
「お疲れ様でした、と言いたい所なんですが、余裕があったらこっちの援護を頼めませんかね。何気に負けそうです」
 人遣いの荒い部隊長である。
「オッサンをあまり酷使するなよ、と言いたいが了解だ。すぐに向かう。それまでくたばるなよ」
 敵の総大将を屠るという大戦果をあげた北の後衛隊だったが、休む間もなく今度は要塞戦へと突入していった。
 劣勢に陥っていた源九郎達だったが、ダレスを撃破した後衛部隊が応援に駆けつけると戦局はまたも逆転、久遠ヶ原の北方部隊は敵の北守備隊を撃破し、ついに北要塞を陥落せしめた。
 ザインエル軍の旗は降ろされ、塔の上には久遠ヶ原学園の学園旗が翻るのだった。




 了


【北】北要塞 担当マスター:望月誠司








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