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どうしてまた現れるの?
私たちが餌をかるのはあたりまえの話じゃない。

イメージノベル

 日本国が東北地方。
 その街は、全てが死に絶えていた。
 風さえも凍てつき、街は瓦礫の山と化している。大地に走る深く巨大な傷跡は、冥府の悪魔どもが暴れまわった跡だった。
 今にも崩れそうなビルの屋上に、黒衣に身を包みモノクルをかけた老人が立っている。
 顔には深く年齢が刻まれ、瞳は灰色にくすんでいる。そこに湛える眼光には知性の輝きと、そして昏い狂気があった。

「……家畜は全て、狩り尽くしたか」

 黒衣の老人の口から、重く低い嗄声が発せられる。聞く者に不吉を感じさせる響きだった。

「はい博士殿っ、本ゲートの支配領域内の原住民は全て死に絶えたようです!」

 頭に白布を巻き、白ベストとズボン姿の少年がへらっと笑って言った。腰の左右に曲刀を二本佩いている。ベストの布地は少なく、白い肌も露わだが、この気温の中でも寒がったりそぶりはとんと見せない。彼もまた、既に人ではなかった。
 少年の報告に老人は笑いもせずに頷いた。冥魔の子爵であり悪魔博士と呼ばれるザハーク・オルスは、破壊するという事にかけて半端は好まなかった。やるのならば、徹底的に滅びをもたらさねばならぬ、そう信じている。半端に終わらせるのは、美しくないからだ。

「ではハリドゥーン君……次の計画に移ろうか」

 黒衣の老人はゆっくりと振り向いた。

「次……というと、あれをお使いに?」
「左様。その為に開発したのだからな、あの新型ディアボロは」

 ザハーク・オルスは伊達で悪魔博士と呼ばれている訳ではなかった。
 ザハーク子爵は魔道具や術式の作成改造の権化の一人だった。ディアボロの研究開発にも長けている。
 子爵が今回開発したのはデビルキャリアーと命名された大型のディアボロだ。

 その容姿は「八本の蜘蛛足の生えた巨大イソギンチャク」とでも形容すべきものだった。
 円柱型の胴体は高さ5メートル、直径は10mを超え、その登頂部分には大きな口のような裂け目があり、また無数の触手を備えている。
 胴体下部から生える巨大な足は、先端は鋭く細く硬質で、もっとも太い箇所では直径1mを超える太さを誇る。
 これが八本、まさに蜘蛛のように高速で動き、大地を破砕しながら駆け抜けてゆく。そして人間に向かって触手を伸ばし片っ端から捕えてゆくのだ。
 捕えた人間は、頭頂部の隙間から体内へと収容される。
 デビルキャリアーの体内は大きな袋のようになっており、中は体液で満たされている。この体液は生物を眠らせると共に、最低限の生命活動を維持させる働きを持っていた。
 故に、収容時に多少乱雑にあつかって重傷を負わせても――身体を多少『折りたたんで』押しこんだりしても――数ヶ月以上は強制的に生存させる事が可能となっていた。

「この結界内の家畜は全て喰い潰したからな。既にこの地からの収穫は一片も望めん。ならば、外へと捕獲しにゆく必要があるだろう?」
「デビルキャリアーは素晴らしい性能です! 何より大量生産が容易な事が素晴らしい! この捕獲用ディアボロによって、原住民を素早く大量に捕獲し、かつ大量に輸送する事が可能となりましたっ」

 ハリドゥーン少年がそう述べた。

「しかし、しかし! 博士殿、博士殿! この結界内のニンゲン達が全て狩り尽くされてしまったように、この素晴らしきデビルキャリアーをフル活用してしまいますと、すぐに周辺も知的生命は悉く死に絶えた不毛の地と化す事になりはしませんか?」

 少年はぐるぐると二つの瞳の黒目を左右ばらばらに回転させながら言う。

「冥魔の――忌々しき天界すらのも――その方針としては、ニンゲンどもを生かさず殺さず、反抗を許さず、かつ絶滅させないようにコントロールして、一定の数を繁殖させながら、収穫を行う、となっております。これはその、一定数を繁殖させる、という上層部の方針に背きはいたしませぬか?
 これが大量に世に放たれれば残される物は焦土ですっ焦土ですっ焦土です!
 あくまで養殖場であるべきでは? あくまだけに悪魔と申しますが、滅びを撒き散らすのみでは世界を喰い潰すだけでありましょう!」

 独特の早口でヴァニタス・ハリドゥーンはまくしたてる。
 その言葉を聞いた老人は大きく肩を震わせた。口を大きく裂かせ、ぎょろりと灰色の眼を見開いて――笑った。

「ヒャハハハハハハハっ! そうとも! 儂らは悪魔! 悪魔だぞハリドゥーン君ッ!!」

 堪え切れぬ、といった調子で狂笑する。
 老人の口からヘビの様に長い舌が伸びて、白い吐息が洩れた。

「我ら神に逆らい天より冥の底に墜ちし者どもの末裔! 光を喰らう、地獄の悪魔よ! 悪魔たる者、意に添わぬ命令など聞く訳なかろうがッ!! キミは何を当然の事を言う? 天地を喰うなと禁じられれば、これを嗤い喰らうのだ!」

 ザハークは長い舌を納め、笑いも納めると、また巌のような無表情に戻り、モノクルに指をあてて位置を直す。

「なぁに、ハリドゥーン君、そう心配する事もあるまいて。この地球という惑星上にはまだまだ家畜は大量におる。四国の連中も気張っておるようだし、我々も負ける訳にはいかぬとな? 大量に魂を収穫して上に納めねばならぬ。研究には色々物が必要だしのぅ。利益をあげれば、上にとっても、悪い話ではなかろうよ」

 老人は何気ない調子で言った。

「――ふむ、それとも君、キミは私の助手だと思ったが、誰ぞから儂の研究活動を邪魔するように言われておるのかな?」

 少年はあからさまに慌てた調子で両手を横に忙しなく振った。

「いえいえ、いえいえ! そのような事は! このハリドゥーン・ナーガはザハーク悪魔博士の忠実な助手ですとも!」

 老人は瞳を松明の火のように輝かせ、細く長い舌を伸ばした。
 笑う。

「蛇の道は蛇という。よろしくご協力頼むぞいハリドゥーン君? 儂は既に生き飽いた。唯一の楽しみは研究と断末魔の叫びを聞く事くらいよ。百億の絶望と共に滅びゆく者こそが美しい。最高の劇を観にゆこうではないか」


 北海道、洞爺湖、ゲート最奥の玉座の間。

「邪蛇のザハークの領域に潜り込ませているヴァニタスからの報せです」

 漆黒のゴシックドレスに身を包んだ、豊満な肉体を持つ女悪魔が言った。
 冥界からの目付けにしてルシフェルの副官を務めるレヴィアタンだ。

「自ゲート内を喰い潰したザハーク子爵は、上層部の方針に逆らい、デビルキャリアーなる物を開発して周辺のニンゲンの大量捕獲を目論んでいるとの事です」
「デビルキャリアーねぇ〜……」

 玉座に片胡坐をかいて座る金髪碧眼の男は、耳を小指でほじくりながら報告に大儀そうに応える。
 地球に派遣された冥魔連合軍の総大将、魔界宰相のルシフェルだ。

「……なるほど、似たような発想はあちこちで見られたが、ここまで大容量かつ、大量に揃えるのに成功したのは邪蛇の爺さんが初めてだな。亀の甲より歳の甲か」
「如何いたしましょう? このままでは、一時的には収穫高はあがるでしょうが、一気に喰い潰されてしまっては長期的にはうまくありません。
 それにザハークの領域付近には天界ゲートもあります。
 いたずらに刺激して緊張を高めれば、またアドヴェンティの時のように天魔で激突する危険性が飛躍的に高まってしまいます」

 副官の懸念に対し冥魔の総大将は言った。

「捨て置け」
「……はっ?」

 女悪魔は愕然とした顔をする。

「まぁ、心配ならハリドゥーンを囮にもう二、三の影を送り込んでおけ。やりすぎるようなら、止めろ」
「ザハーク子爵は上層部の方針に逆らっているのは明白ですが、これの行動を許すと?」
「許すたぁ言ってねぇ」

 面倒くさそうにルシフェルは腕をふった。

「ただ、あんまり締めつけても我の強い悪魔どもがマトモに働く訳ねぇだろ。利益がでるなら、多少は見なかった事にしてやる、という寸法だな」
「……利益にならなかったら?」
「説明が必要か?」

 女悪魔は沈黙した。逆らった上に失敗に終わったらその時は殺すだけだ。

「あの爺さんだってそれくらいは解かってやってるだろ。そうでない馬鹿はとっくに死んでる。まぁ進んで死にたいってんなら、どうなるか解からんがな。されど俺達ゃ悪魔、それもまた一興」

 ルシフェルは口端を歪め吊り上げた。

「野暮な事は言わねぇ。死にたい奴は死ねば良い」

●魔軍の蠢動
 轟音と共にアスファルトの道が破砕されてゆく。
 破砕するのは剛脚、大蜘蛛の脚、だがそれが支えるのは蜘蛛の胴ではなく、無数の触手を生やした円筒状の肉塊だった。
 そのおぞましさに、街には悲鳴が渦を巻いて広がってゆく。
 息を切らし必死の形相で駆け逃げる人々の背へと、八本の蜘蛛脚がうごめいて高速で肉塊が迫り、触手を伸ばして逃げる人々へと襲いかかり、絡みつき、巻き、捕獲してゆく。
 人間の街へと進撃したデビルキャリアーの群れが猛威を振るっていた。

「悪魔めぇっ!!」
「市民が体内に囚われているッ! 脚だ! 脚を狙ぇぇええ!!」

 町の撃退署の撃退士達が、リボルバーを手に猛射する。弾丸が嵐の如くにデビルキャリアーの脚へと命中し、その皮膚を突き破って体液を噴出させてゆく。四本の脚が折れたデビルキャリアーはバランスを崩して前のめりになり、その前進が止まった。

「やったか?!」
「攻撃は十分通る。いけるぞ!」

 撃退署の撃退士達が歓声をあげる。

「キャハハハハ! だーめだめっ!!」

 不意に、空から甲高い笑い声が響いた。
 ビルの屋上より漆黒の翼を広げて少年が跳び、二本の曲刀を抜き放って地上の撃退士達を見下ろす。

「だって君等、ここで死ぬから!!」

 ハリドゥーン・ナーガは全身から赤紫色の光を立ち昇らせると、クロスさせた二刀に収束、踊るように無数の剣閃を繰り出した。
 刃の軌跡から三日月状の光刃が飛び出し、雨の如くに地上へと降り注いでゆく。
 地上から断末魔の悲鳴が次々にあがり、真っ赤な血の華が咲き、光刃波の直撃を受けて両断された撃退士達の死体がアスファルト上に転がってゆく。

「ヒャハハハハハ! 反抗なぞ無駄無駄無駄無駄ァッ!! 我等こそがザハーク蛇魔軍! 征けよデビルキャリアー! この地の人間どもを狩り尽くせッ!!」

 少年の声に応えるようにデビルキャリアー達が津波の如く進撃してゆく。
 その日、街が一つ悪魔の群れに呑まれた。
 悪魔子爵ザハーク・オルスは、ヴァニタスのハリドゥーン・ナーガの他にも八体の有力な悪魔を各地へと放ち進撃させていた。
 東北地方はさながら地獄の蓋を開いたかの如く、破壊と死が荒れ狂い始めていたのだった。


執筆 : 望月誠司







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