2011文化祭 3-B マスター:由貴珪花
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「こんにちわだぜ。‥‥あ、和君レビュー持って来てくれたのかい?」
小さな図書館の前に置かれた長机。文化祭という空気の中では少し物寂しさを感じるような。そんな、印象。
ここは【相互扶助部】。『スタンプラリー本部』となっている。
相楽和(ja0806)は、長机に座って本部対応をする彼にレビュー用紙を手渡した。
「はい。僭越ながら自分のレビューがお役に立てばいいなと思いまして」
すると、本部対応をしていた御伽 炯々(ja1693)は、早速レビューを貼り付けながらにこっと笑った。
「おーありがと。このレビューが誰かの縁を繋ぐかもしれないのだぜ」
縁。
それはとても大事なものだ。
そして、これはその縁を紡いでいく企画。
「うん‥‥そうですね、頑張ります!」
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学園の一角に佇む、甘い香りとお洒落な店構えの【CAFE CLOVER&UVA】。
和洋スイーツが取り揃えられており、最近流行りの『女子会』なるものの人気スポットなのだとか。
しかし巷で人気のカフェもお祭り仕様。いつもの落ち着きはどこへやら。
「おめでとうございますですっ♪」
店の前に設営された『ダーツ』エリアが、わぁっと沸いた。挑戦者の羊山ユキ(ja0322)が何かを当てたようだ。
‥‥投げられた櫛がダーツ盤に刺さってるが。ここでは何を投げてもいいらしい。
「景品はシュークリームなのですっ♪」
順番待ちの列で生クリーム派とカスタード派で論争が始まる中、シエラ・フルフレンド(ja0894)がにこやかに景品を手渡し、
羨望の眼差しを一身に受けたユキはシュークリームにかぶりつく。
「んー、おいしい〜♪」
「あ、スタンプを探しているんですけど」
高野 晃司(ja2733)の声に、優雅な所作で振り返ったラピス・ヴェーラ(ja0986)は、あぁ、と一声。
「当店では店員が押させて頂いておりますわ。よろしければ、私が」
にこ、と微笑むラピス。そして、可愛い紅茶のポット型のスタンプが押印された。
「ご来店有難う御座います。また、お待ちしてますわ」
一つ目のスタンプ。一つ目の縁。
スタンプノートを眺めると、なんだか嬉しい、かもしれない。
―――よし、『スタンプ台』を回って行こう!
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割れんばかりの、大きな歓声。人垣の中央には涼しい顔をした、少年の姿。
力への飽くなき挑戦を続ける彼を見て、ルーネ(ja3012)は、先ほど聞いた話を思い返した。
「日本警察のシンボルは、旭日章‥でしょ。『桜の代紋』とも‥言う、から。‥だから、桜、なんだ」
桜の印は、彼そのものなのかもしれない。
古今東西、お化け屋敷は出店の鉄板。‥‥だがここは一味どころか五味くらい違う。
お化け退治の挑戦を終えた葦原 志奈(ja1094)はスタンプの日付を確認して、ぺたんと押した。
味気のない、極めて実務的な宿直室の使用許可印。
百鬼夜行が憑いてくるという警告を他所に、スタンプ帳に押された印ににんまりとするのだった。
松茸。それは秋の味覚。
その堂々たる風格と芳醇な香りに誘われ、訪れる者は少なくない。
佐藤 としお(ja2489)もその一人。高嶺の花ならぬ高値の茸をを食べて、松茸の印をぺたっと押して。
「明日起きたら僕は松茸になっているんじゃないだろうか? …ま、いっか」
ご機嫌で去っていった。
そしてこちらは冬の味覚。
ソフィア 白百合(ja0379)が経営する【雪見草】の入り口には『休憩所兼おでん』という看板がぶら下がっている。
しかし、おでんはおでんでも――。
「‥‥誰だい? 大福を入れたのは。何故これを入れようと思ったのか15文字以内で説明したまえ」
闇おでん。今正に、鈴森 なずな(ja0367)が犠牲者になっていた。
入れる物は客に任せてある以上、まぁ、予想通りで予定通り。
「あらら‥‥緑茶置いておきますね」
ソフィアは苦笑しながら、お茶を差し出した。
入り口に置いたスタンプ台もまばらだが人が訪れており、おでんも具がカオスになる程度に盛況。
涙目な、なずなの苦悩をよそに、ソフィアは満足気に微笑んだ。
増える印、増える縁。
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「こんにちわー! レビュー書きにきましたー!」
小さな図書館に響く大きな声。ルーネは手にしたレビュー用紙にペンを走らせ、楽しそうに話を始めた。
「やー、出店多くて大変ですねー。今回回ってきたのは――」
ミカンのスタンプを眺めて思い出す。
深い井戸。傍らに置かれた古いコタツは部活の「ぐだ」を表すイドか。
やけにリアルなカエルのスタンプを眺めて思い出す。
柄もリアルならスタンプ事態もリアル。正にカエルを捕まえる様に掴んで印を押すのに躊躇いを感じた。
『ラノベ』と書かれた古印体のスタンプを眺めて思い出す。
出店を回ってやってきたと思ったら、更にノルマが追加という事件が起きた。まさかのトラップ。
「あとはー‥‥ああ、山に登ってきましたよ! なんか神様がいるとかいないとかで。
御朱印と一緒にヒマそーな神様が占ってくれましたよー♪ …ま、まぁ結果は……残念でしたけど」
レビューを貼り付けながら、炯々は知り合いの顔を思い浮かべ、申し訳なさそうに笑う。
「あぁ、裏山にもいったのだね。あそこの神様は適当だから、あんま気を落とさないでいいんだぜ」
ルーネはハテナ顔で首を傾げた。
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暴れまわる案山子を相手に、エイルズレトラ マステリオ(ja2224)は這々の体で逃げ出した。
冗談じゃない。既に筋肉痛なのに、これ以上運動なんて要らない。
さっさと挨拶してスタンプを押して帰ろう。と、スタンプ台に向かうと
目の前には看板娘…いや看板男の娘がオムライス柄のスタンプを構え、笑顔で仁王立ちしていたのだった。
電車型のお菓子、駅弁のようなお弁当、冷凍みかん。そして、よく駅に置いてあるような大きな風景スタンプ。
少しだけ【いつもとちがうお茶会】に、椎野 つばさ(ja0567)は胸を躍らせていた。
色んな人と鉄道談義が出来る。ただそれだけで、こんなにも楽しくなるのだ。
ふらりと訪れた沙耶(ja0630)は、差し出された栗ごはん弁当を賞味しつつ鉄道を眺める。
普段の自分なら触れる機会のないだろう世界。これも文化祭のお陰か。と、つばさが語る話に耳を傾けた。
「これから一緒に冒険の旅に出るにゃ! よろしくにゃ、栗太郎♪」
心の友、というのは必ずしも生物ではない。
栗と思しき人形を抱いた猫矢 御井子(ja2522)は上機嫌でスタンプ台に向かった。
――彼女のスタンプラリーという名の冒険は、その人形と共に一歩を踏み出すのだ。
にゃーん。にゃおん。みゃー。
スタンプを押すと猫の鳴き声が聞こえるという、怪奇めいたスタンプ台。
藤堂 瑠奈(ja2173)がスタンプを手に取ると、威嚇のような声がした。
そっと印を押すと、にゃおーん、と気持ちよさそうな声が聞こえてきた。
安堵に胸を撫で下ろした瑠奈だったが、鳴き声の真相は闇の中。
そして猫といえばこちら、平和的に悪を企てる組織にて。
「ぷにゅっとな♪ ぷにゅっとなー♪」
山本 詠美(ja3571)は猫のような雰囲気の少女‥‥ではなく、彼女が手に持ったスタンプに目が釘付けになった。
嬉々として押される印の柄は、部活のシンボルともいうべき猫。の、肉球型。
ピンク色のインクで押されたそれは、まるで本物のそれのような温かみだった。
焼却炉。こんな所まで文化祭の波が及んでいるのかと思うと驚きだが、需要があるのが更に驚きだ。
取り揃えられたスタンプの柄を見比べて、飛成 風鈷(ja0434)はノートに一つぺたりと押し当てる。
「‥‥うん。大事な心でござるね」
にまっと微笑んだ彼女の手元には、『ゴミ箱にゴミを捨てる人のマーク』がきらりと輝いていた。
埋まっていくスタンプ帳は、文化祭を楽しんだ証。
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ぱたぱたぱた‥‥。
「御伽くーん、レビュー書くよー!」
周囲に花を撒き散らしながら、少女のような何かが駆けてくる。
少女の様な何か。獅子堂虎鉄(ja1375)――今は『てとら』というべきか。
どうみても男の娘な何かは、まくし立てるように炯々に話しかけた。
温泉‥‥じゃない、クラゲのスタンプを見て思い出す。
そして特典として貰ったチケットを思い出す。‥‥このキクラゲトッピング券はどうしろというのか。
ト音記号のスタンプを見て思い出す。
洒落たピアノのキーホルダー。祭の記念として手元に残る物は中々少ない、貴重な思い出になるだろう。
扇のスタンプを見て思い出す。
音楽と舞、生徒達による熱いセッション。つい体がリズムを刻む、湧き上がる臨場感。
とあるFM局のロゴスタンプを見て思い出す。
スタンプと一緒に自己紹介。その位、局長たる自分には朝飯前。しっかりドヤ顔決めてきた。
『大好きご主人様☆』と書かれたハートのスタンプを見て思い出す。
‥‥割と異世界だ、あれは。何か色んな耐性がないと平然と入ることは出来ないだろう。
「あっ。‥‥全部、虎兄ぃの話なんだけどね?」
楽しそう語る各出店の感想は、本人の体験ならではの物ばかりだが――。
知ってか知らずか、炯々は「そうなんだ」と笑顔返すのみだった。
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そこで金鞍 馬頭鬼(ja2735)が貰ったのは、スタンプだけじゃなく何故かサイン付き。
むしろメインだ、と言わんばかりに綴られたサインを見るとA・c・t‥‥? と書かれていた。
赤いコートを纏った彼は次々とサインとスタンプを押し、必要以上に爽やかな笑みで客達を見送っている。
「これからも精進したまえ! 我々は君達を歓迎しているぞ!」
『マイク型でマイクマーク』な不思議なスタンプが置かれている。
それも、通常通りマイクとして使用することもできる、こだわりの一品。
気まぐれなダイスの女神に弄ばれる生徒達を横目に、木鳴史善(ja3392)は手早くスタンプを押し、去っていった。
爆弾解体及びマゾゲー及びビブリオクイズ及び回転及び歌謡当て及び休憩所。‥‥略して『気紛れの店』。
【全部】。‥‥何を言っているか解らない?「全」部なのだ。
何の店だろう。と、久遠 栄(ja2400)は入り口の張り紙に従ってダイスを振った。
‥‥ガラッ!
「よく来たな。2を出した貴様はこのゲームをするがいい」
物凄い勢いで入り口が開き、鷺谷 明(ja0776)が携帯型ゲームを差し出しているが、明らかにマゾゲーである。
まるで死亡フラグを手渡されたみたいな。しかも難易度半端ないみたいな。
早々に撃墜された栄は、とぼとぼと部室を後にした。
「む‥‥奴はスタンプ目的じゃなかったのか。‥‥おや、また客か?」
軽く落胆をする暇もなく次の客――数分後には目出度く、鷺谷謹製の芋版がぺたりと押された。
「‥‥うむ、やはり芋版はよい物だ」
クリス・クリス(ja2083)は緊張いていた。自分には少し不慣れな静かな茶室。
ここは【茶道部】の『御点前体験会』。
「お茶碗は‥ あ‥これかな? い、良い仕事してますなー♪」
よし、作法通り。次は――粉!
ばさっ! ‥‥こぽこぽこぽ。
電気ポットのお湯を注ぎ、‥‥一口。
「にっがー!!!」
可愛らしい少女が悶絶する様子をみて、くすりと部屋の隅から笑みがこぼれる。
「『濃茶点前』と『拝見』まで進まれるとは、玄人好みな」
「これは茶道の才をお持ちなのかもしれませんね」
部員の響 彼方(ja0584)と綾咲結衣(ja0117)は、優雅に微笑みあった。
本当に褒めているかはさておき、決して相手を下げず。『おもてなし』の心極まれり、だ。
最中で口直ししたクリスは、とスタンプを押してにっこり笑った。
「わぁい☆褒められたー! えへへ、楽しく体験させてもらいましたー♪」
ひとつ。ふたつ。結ばれていく縁。
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ピンと張った空気。静謐さを感じる澄んだ空間。‥‥通常営業の場合は、だが。
ここで用意されたのは、霞的に矢が刺さったような図柄――有体に言うなら宝くじマーク。
小さなスタンプを押した綾瀬 歩(ja2274)は、押した印を確認し会場を立ち去った。
「今、瞬間のエナジー 積み重ねたメモリー 抱きしめて明日へ立ち向かう‥‥♪」
音楽室で歌うといえば合唱かクラシックか、と考える所だが、久遠ヶ原の【声楽部】はどうやら近代志向。
ピロピロピロ‥‥ジャン!
やけに古臭い機械が点数をはじき出し、高得点に観客席が沸いた。
ここは『のど自慢』の会場。いつもは歌う側の亀山 淳紅(ja2261)も、今日は客の声に耳を傾けご満悦。
「皆凄いなぁ!色んな曲聴けて楽しいわー、こっからもまだまだ楽しみやでぇ!」
「ブラーヴァ! ‥‥うう、観客席で聞きたいなぁ」
一方スタンプ係として対応していたレギス(ja2302)は、自分も歌いたくてうずうずとしていた。
きゃあきゃあとはしゃぐ子供達。
ハイティーンズが多い久遠ヶ原では珍しい、和やかな風景――【青い空のむこう】は、初等部の部活。
海原 満月(ja1372)は、来場者に『フォーチュンクッキー』を配って回っている。
「どうぞなのです。ボク達の手作りなのですよ」
拙いながらも、しっかりと香ばしく焼けたクッキーは中々食欲をそそる出来だ。
安曇秋霖(ja3537)は手渡されたそれを一口。‥‥勢いよく食べた所為で中の御神籤が千切れてしまった。
「ん、末吉。ヘイヘイぼんぼーん、と」
良くも悪くもない生活。それは意外と大事な事だ。
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「レビュー、随分増えましたね」
大量のレビュー用紙を提出した和は、他の人の記事を眺め始めた。
文化祭終了後の図書館。開始当初は寂しかった掲示板も、今は沢山のレビューが貼られている。
「うん、有難い事なのだよ。‥‥和くんも楽しい所に巡り合えたようで何よりだよ」
バスケットボールのスタンプを見て思い出す。
あとちょっと。埋まっていくスタンプ帳が嬉しくて、つい急ぎ足になる。
『交流』と大きく書かれたスタンプを見て思い出す。
パーティーとはいえ、あんな格好するんじゃなかった‥‥。動きにくい恥ずかしいで大変だった。
ユルい武士のスタンプを見て思い出す。
勢いよく押したら、枠からはみ出した‥‥元々スタンプが大きすぎてはみ出す気がするけど。
5つの星が並んだ徽章のスタンプを見て思い出す。
見た事のない沢山のモデルガン。‥‥もう一つの出店は、見なかった事にした。
「スタンプラリー、頑張ってよかったです。先輩もお疲れ様でした」
「そっちも沢山回ってくれてお疲れなんだぜ」
縁とは奇なり。
当たり前に過ごしていた毎日に、まだ沢山の縁が隠れている。
それを拾い集めて、繋ぎ合わせる。
スタンプラリー――出店間の助け合いと縁を繋ぐ、まさに相互扶助。
沢山の縁をかみ締めながら、2人は部員達と後片付けを始めた。
