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文化祭ノベル マスター:八神太陽

 二千十一年十月、久遠ケ原学園では文化祭が開催された。

 営業間際の出店の奥、【華賀流忍道研究会】の部長である飛成 風鈷(ja0434)は足湯に両足を浸し湯加減の調整に当たっていた。
「‥‥うむむ。やはり、ちょうど良い塩梅にするのが難しいでござるな‥‥」
 初めてのお客様に緊張で間違って以来、飛成は自分達が出展している『お試し! 香の足湯』の温度調整に時間をかけるようになっていた。たまに高温になるためである。
 だが飛成自身はそこまで落ち込んでいるわけでもない。『手裏剣射的』の的にもなっているプリンを食べられるからである。
「今日も手裏剣射的第一投をやってきました!」
 太刀花 壱心(ja2027)が足湯場へとプリン持参で顔を出す。そしてプリンを一個飛成へと差し出す。
「あとは忍者めしの準備だけでござるな」
 『忍者めし屋台』も華賀流忍道研究会が出している出店の一つだった。
「そういえば今日は新聞部が取材に来るとか情報が入っていたでござるな」
「あくまで噂ですけどね! でも皇さんにも連絡しておきました!」
 皇 誠(ja0456)は華賀流忍道研究会の副会長を務めている。飛成不在時に研究会をまとめてくれる貴重な存在だった。
「それはご苦労でござる。これを食べ終えたら私も忍者めしに取り掛かるでござる」
 飛成はプリンを受け取り皿に移し変え、満足そうな笑顔を浮かべていた。


 『待合所』は伝言や荷物の預かり、人の待ち合わせをするための場所として【学園向上会】部長の巌瀬 紘司(ja0207)が提案した出店である。快適に過ごしてもらうためにお茶や煎餅と言ったお菓子類を幾つかと伝言板としてコルクボードを一つ準備していた。
 小さなコルクボードだった。貼られた紙は二枚、一つは特殊公安部の宣伝、もう一つは生徒から預かった手荷物票だった。
「お邪魔するよ」
 一人の生徒が待合室に顔を出す。片手に飴、片手に栞を抱えている。特殊公安部所属の姫川 翔(ja0277)である。コルクボードに宣伝を残したの生徒だった。
「‥‥文化祭も、もうすぐ終わり‥‥だ、ね。何だか、あっと言う間‥‥だった、な」
 寂しそうに呟きながら姫川は室内を見回す。悟ったように巌瀬が緑茶をマグカップに入れて手渡すと、姫川は小さく笑いながらそれを受け取った。
「‥‥何となく。紘司って、緑茶が似合う‥‥よね。お茶、ありがとう‥‥ね。頂き、ます」
 手近なソファーに座り、姫川は栞をテーブルに置いた。そして巌瀬の方へと差し出す。
「‥‥ああ、読書クラブで、栞も作ってきたんだ。二つ作ったから‥‥ひとつ、紘司にあげる、ね?」
「‥‥ありがとう」
「それと有り難いことに‥‥早速、ひとり。女の子が、公安に入ってくれた‥‥よ。‥‥これで、僕を含めて‥‥18人に、なった」
「文化祭効果、でもあるのだろうな。何にせよ喜ばしいことだ。俺も、後で挨拶に向かわなければな」
 二人は二人なりの文化祭を楽しんでいた。


 白木 粋也(ja2255)は部室の中で今日も忙しく動いていた。室内には家具が山のように積まれている。全て部活の出店である『体験入居』の備品だった。
 【学生寮 『My Place』】の出店である体験入居は知る人ぞ知る店になっていた。その中には【相互扶助会】との連携企画である『スタンプ台』で回って来た客も存在する。
「スタンプラリーめぐりです」
 相楽和(ja0806)が寮の扉を叩く。
「三LDK、家具は最低限のものがあればいいので‥‥うん、これならトレーニング用品も少しはいれられそうですね」
 相楽は室内をゆっくりと見回し物色する。
「でも、ちょっと一人で過ごすとなると寂しいので、お友達を招待したいところです」
 部屋の使い方を考えながら相楽は寮を後にする。
 白木が片付けを終えた頃合を見計らうように次の客である零崎闇織(ja2018)が来訪する。零崎も要望も同じく三LDK、更に大富豪の品だという。
「何かすごいなぁ‥‥あ、コンポとか音楽系のものも置きたいね‥‥」
 壁を叩きながら厚みを確認する。
「‥‥何気防音設備だぁ‥‥いいなこの部屋‥‥声量を押さえれば歌えそうだし‥‥‥‥ちょっと本格的に入寮してみようか‥‥」
 こうして『My Place』の入寮希望者は増えて言った。


 【学生寮「桜寮」】では体操服に着替えた弥生 景(ja0078)が出店でもある風呂場の掃除を行っていた。『桜寮浴場』のためである。
 文化祭ということで浴場を開放、風呂上りのドリンクもサービスで付けてみた。その効果もあってか、利用者はそこそこの盛況を見せている。
「ofuro! お風呂♪ 出店でヒカちゃん見かけたしっ!せっかくだからお邪魔しますだし〜っ!」
 ミシェル・ギルバート(ja0205)は服を脱ぐや否や浴場へとダイビング、そして風呂上りの一本として栄養ドリンクを選ぶ。
「アタシこれ飲んで、もっと頑張って遊ぼうと思うし!」
 意味不明な意気込みの残しミシェルは栄養ドリンクを一気に飲み干す。
「また入りにくるしーっ」
 弥生に大きく手を振り、ミシェルは桜寮の浴場を後にする。その背中を見送って弥生は体操服に着替えた。浴場掃除をするためである。
「‥‥あれ、文化祭っていつまでだっけ?」
 ふとそんな疑問が頭を過ぎる。弥生にとって管理を行っている弥生としてはそれ程変わった事をしているわけでもない。いつの間にか月日の感覚さえも失いかけていた。
「景、お疲れ様だ。文化祭は‥‥4日までだったかな?」
 いつしか寮に戻ってきていた大炊御門 菫(ja0436)が労いの言葉をかける。
「それなりに忙しそうね」
「それなりだけどね」
 持っていたデッキブラシを立てかける。
「見事に女湯に客が集中しているな。少し休憩していくか」
 桜寮では文化祭期間中も普段と変わらぬ時間が流れていた。


 【学生寮「和荘」】でも浴場の開放が行われていた。『休憩温泉「和(男湯)」』『休憩温泉「和(女湯)」』である。男湯と女湯が隣接、しかも間には竹垣があるだけという一部の人にはありがたい構造になっている。
 部長、又の名を若女将で呼ばれる佐藤 七佳(ja0030)も構造上の欠点は十分に理解はしていた。だが掃除が楽になるという利点もあった。
「時々見に来ないといけないけど、私もどこか出店みてこようかな?」
 文化祭の出店者ではあるが、他の店の様子も見たい。そのためにも覗き等迷惑行為は無い方が好ましい。だがそんな彼女の思惑とは裏腹に一部の男性陣は活動を開始していた。
「体が冷えてきたし‥‥おとなしく湯につかってるか」
 アレックス(ja3296)は何気ない様子を装いながら女湯の方向を気にしていた。だが佐藤はそれを発見、桶を置くを振りをしながら男湯へと侵入する。
「こっちにも桶とか用意しないと‥‥うん、目隠ししていけば大丈夫ですよね」 邪魔にならないようにと佐藤は目隠しをしての侵入だった。だがその目隠しが問題だった。
「‥‥わきゃー!?」
 前が見えない事で佐藤は盛大に転倒する。アレックスとたまたま居合わせた玖堂 戒(ja2015)が急いで介抱にかかる。
「佐藤後輩、大丈夫か!?」
「男子の浴場の準備とかは男子の自分らでやるので指示だけお願いします」
 二人に抱えられて立ち上がる佐藤、だがしばらく歩いて再び盛大に転倒する。「和荘」の出店は七転び八起きだった。


 『優秀な人材の分野は多岐に渡る。優秀なメイドを教育する場も必要だ』
 【学立セントメイド育成会】では部長である浅間 琳子(ja2012)を中心にメイドの中のメイド、セントメイドを目指していた。そして今回の文化祭においては『セントメイドカフェ』にて日頃の訓練の結果を発揮し育成会として経験値を獲得するという目標がある。また同時に育英会の地名度を上げて新人メイドを探すという目標も存在していた。
「あ、浅間さんまだお客さ‥‥ご主人様も戻られないし折角だからあたしとも勝負しましょうよ!」
 他部活でも駄メイドの嫌疑を掛けられている卯月 瑞花(ja0623)が浅間に勝負を申し込む。今回育英会で待機しているメイドの一人だった。
「ええ、だいたいこんな感じです。やり方は工夫していただいても構いません。では予行演習として、やってみましょうか」
 セントメイドカフェでは客とメイドがダイスを振り合い、客が勝てばメイドに対しポーズを要求できるというミニゲームが予定されている。問題はダイス勝負ということだった。
 ダイスにイカサマは一切仕込まれていない。つまり勝率が計算できないということだった。
「あなたのハートを狙い撃ちっ♪」
 勝負に負けた卯月が五割増の可愛さで決めポーズを構える。だが余りの恥ずかしさに震えてしまう。
 これからは負けないと心に誓う卯月ではあったが、負け越しのまま文化祭は進むのだった。
 
 
 【奇食探求クラブ】の部室前では部長である下條 兵輔(ja0764)が一人火の番を務めていた。竃の上には鍋が一つ置かれており、中では形容しがたい色の液体とも固体とも言えない物体が茹でられている。それが奇食探求クラブが文化祭のために準備した『奇食だらけの闇鍋大会!』と『闇鍋リスト』のメイン料理だった。
「こんちはー!道に生えてたキノコ持ってきたぜー!入れといて!」
「んじゃ、早速闇鍋をいただくかーダイスコロコロー」
「おおう、なんかスイカ出てきた。もぐもぐ。」
 焼き秋刀魚を持ってきた七種 戒(ja1267)に下條が身振り手振りで説明する。そして焼いたはずの秋刀魚を鍋に投下、その後はタランチュラ、チョコ、幼虫と食べられるのか不明な食材が続いていく。
 そして焼き秋刀魚を引いたのは二上 春彦(ja1805)だった。
「これは‥‥秋刀魚ですか。なる程、鍋に入れることで皮のパリパリ感がなくなり、その上出汁に油が浮いてしまってますね‥‥そしてそこはかとなくチョコレートの味‥‥うん、しかしまあ食べれない事はありませんね」
 料理番組のような真面目なコメントと新たな食材「臭豆腐」を置いて二上は去っていく。
 その後カタツムリっぽい生き物、冷蔵庫にずっとあった危ない油揚げ、せんべい汁用の南部せんべい、甘口ししとう、激辛青唐辛子と続く。
 渡されるものをとりあえず鍋に入れまくる下條であったが、文化祭後の残飯処理をどうするのかは当時一切考えていなかった。

 
 ダンボールに風呂敷にミキサー、型落ちしたパソコンに穴の開いたジャケットにおどろおどろしい文字で書かれた札を首に下げた日本人形、全く整合性のないものばかりが持ち寄られ集められ放置された部室、それこそが【気まぐれ同好会】の部室だった。
「とりあえず面白ければいいんじゃない?」
 部長である鎭守 刹那(ja0257)が考えたのが中身に適当なものを詰めた『気まぐれまん販売』、ゴミ置き場と化した部室から宝物(自称)を探す『物品山すもぐりツアー』、部員ですら不法投棄場と称する『簡易休憩所』の三つだった。
 気まぐれまんとすもぐりツアーがそれなりの盛況を見せる中で、鎭守は一人出店を取り仕切る。一方で休憩所の方は他とは違う雰囲気に包まれていた。
「おう、整理整頓ならいつでもやるぞ? 高火力で一気に燃やせば有毒ガスの排出は押さえられるという噂だ」
 レディ・クアトロ(ja2795)は持参した茶菓子を食べながら持論を展開する。
「クアトロ先輩がまともなこと言ってる!? とか慄然としたら、後半本音が駄々漏れじゃないですかー」
 鎭守が抑えに入ると、レディは何を思ったか言葉を改める。
「それにしても‥‥お前は物分りが良くて助かる。自然と苦労人ポジションに収まっているあたり、余人になかなか出来ることではないな。文化祭期間の活動、心の底から礼を言おう」
 明日は槍が降るのかと心配しながら、鎭守は文化祭中に耳にした廃品回収してくれる部活の存在を心に刻んでいた。


 『出張版「猫の家」』、それは部活動の一環として【喫茶店「猫の家」】を営む部長の白鷺 瞬(ja0412)が発案して運営されていた。本来は猫を愛でるための出店であったが、文化祭中は異なる空気が流れていた。その名も猫ウェーブ、市来 緋毬(ja0164)によって持ち込まれたエノコログサと猫の遊ぶ姿から発せられる強力で慈愛に満ち溢れた怪電波だった。
「エノコログサ‥‥ねこじゃらしか。猫たちの簡易おもちゃになりそう‥‥かな?」
 当初白鷺は猫ウェーブの存在を甘く見ていた。猫ウェーブに飲まれたがる人を今まで見た事が無かったためである。しかし予想は白鷺を遥かに上回る展開を見せる。窒息死する危険性さえ見せ始めたのだ。
「とりあえずえのころには近づかないようにするか‥‥猫ウェーブだと猫全部を相手にできないし猫に埋もれて窒息とかはさすがに‥‥やっぱり数匹ずつでいいな」
 南雲 輝瑠(ja1738)は自分の無用心な態度を反省していた。そしてその南雲からエノコログサを渡された月島 祐希(ja0829)は
「えのころ‥‥? ああ、猫じゃらしか。小さい頃道端に生えてるのをむしってノラと遊ぼうとするも逃げられまくったのは良い思いd」
 という言葉を残し、しばらくの間猫ウェーブに飲み込まれている。
「川の向こうで父さんと母さんが手を振ってる白昼夢を‥‥見た気がした‥‥」
 復活後も月島の言葉は猫ウェーブの危険性を示す証言として、これからも「猫の家」で語り継がれる事になるだろう。


 【喫茶部【N.e.B】】は部長であるジネット・ブランシャール(ja0119)が趣味で焼いたお菓子でお茶を楽しむ部活である。そんな喫茶部が出店として考えたのはフォーチュンクッキーを提供する『灰色猫より幸運を』だった。
「お茶しながらの話題にも良いし、フラっと立ち寄ってもらえるだけでも良いしね」
 気軽な店にしたい、ジネットはそんな事を考えていた。だが実際に出来たクッキーをかじってみると、ジネット自身も占いに一喜一憂することになった。
「総合運、きっと良い事あるよ‥‥か。自分で書いた結果を見るのって思ったより違和感あるね」
「【友情運】この調子で行けば大丈夫‥‥か。ホント? ホントに大丈夫なの?」
 自分自身で占いに疑問を感じてきたのか、他の人にも感染し始める。
「金銭運? きっと良い事あるよ。? 良い事、良い事、、金銭運で良い事。。」
 藤堂 瑠奈(ja2173)は占いの結果に悩んだ。
「恋愛‥‥好きな相手などできていないというかできるのか怪しいくらいなのだがな‥‥この調子なら大丈夫と言われても‥‥まず興味がないのはいかんともし難い」
 恋愛に興味の無い天沢 紗莉奈(ja0912)は占いの結果を否定する。
 その反面で否定的な占いはよく当たっていた。
「んー、すっかり外のお客さんが来なくなっちゃったね」
 愚痴を零しながら食べたクッキーでマスタードを引き当てる。ネガティブな思考は良くないと身を持って知ったジネットだった。

 各所で様々な事が起こりながらも、久遠ケ原学園文化祭は無事終わったのであった。







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