文化祭ノベル マスター:越山樹
普段から活気に溢れる久遠ヶ原。
だが、文化祭の熱気はそれとは一線を画すものだったようだ。
●開店の一幕
「いらっしゃーい! お待たせしたよ、お茶入りましたー!」
明るい笑顔で客たちの間を縫うように席を回り、お茶を配る天河アシュリ(ja0397)。
『和風オープンカフェ』の看板通り、和服にエプロンを付けて高槻 ゆな(ja0198)と共にウェイトレスを担当している。
「てか何このアバウトな指示。何を準備すればいいんだか……」
「テンチョー!!」
頭を抱えるゆなと、思わずこの場にいない店長役の部長ことオリオン・E・綾河(ja0051)を呼ぶアシュリ。
オリオンの意向により、この出店には特定のメニューが存在しない。客がオーダーすれば、それがメニューとなる。
と言うことは、オーダーが来るまで何を出すか判らないということでもある。
「おいコラ」
思わずぼやきながらも、カルム・カーセス(ja0429)は取り敢えず仕込みを始める。
「えっと……お邪魔しても大丈夫なのです?」
店長不在の慌ただしい様子に、思わず入り口から覗き込むエヴェリーン・フォングラネルト(ja1165)。
「はいどーも店長でっす! 今召還されましたー!」
エヴェリーンが「取り敢えず、お茶くださいですー」と店内に入った辺りで、ようやくオリオンが駆けつける。
一悶着ありながらも始まった出店は、和服と甘味の組み合わせからか、開店直後から賑わっていた。
●ゲームは人生だ!
「人生って長い訳で、普通に生きてりゃ大変な事も沢山ある訳で。そんな中、辛い事大変な事を忘れられる趣味の存在って大事だと思うのよね。あたしにとっては、それがゲームだったって訳で」
うーん、と唸るように語るのは、市川 聡美(ja0304)。彼女が部長を務める【アーケードゲーム同好会】の出店は『ゲームについて語ろう!』と題し、数人の生徒達が思い思いにゲームへの思い入れや思い出を語っていた。
所謂サイコロトークである。聡美が転がしたダイスは、『これだけは負けないゲーム自慢!』の目で止まった。
「ただの一度も攻略本に頼ったことはないんだ! 頼れるのは己の感とテクニックのみ! どかんとハダカでぶつかるんだ!」
胸を張る大隈 瀬良太(ja2363)。常に上半身裸の彼が言うと、その説得力は凄まじい。
「最近の……というか初期を知らんが」
『ゲームでほんわかした話』を『ゲんばな』と略す地領院 徒歩(ja0689)である。
「最近のゲームはマスコットキャラとか小動物系のキャラが居て和むな。凄いシリアスなゲームでも、ああいうのが居ると緩急がついていい」
うんうんと頷く一同。
「……どダークなゲームだと小動物、たまに死ぬが」
一斉に俯いた。
●MPが回復するかどうかは定かではない
「本当にドラム缶です!?」
『更衣室』でピンクの水玉の水着に着替え、出てきた鈴木 花蓮(ja0929)が驚く。
昔懐かしか、それとも野性味溢れるアウトドア風味か。【エーテル研究会】の出店は、部室裏にどんと置かれたドラム缶に、なみなみと湯を張ったドラム缶風呂である。しかもその湯は何かキラキラ輝いている。名付けて『エーテル風呂』とは、部長の深鏡竜子(ja0204)の弁だ。
物珍しさか、多くの生徒が集まっているのだが……布地の少ない白い三角ビキニを着た森浦 萌々佳(ja0835)を始め、部員・客の区別なくスタイルの良い女性が多いようにも見える。しかも、そういう女性に限って微妙に際どい水着を着用している。
……彼女達の名誉の為に述べておくと、水着は彼女達の私物ではなく、入浴用に貸し出された物である。なのだが、何故か種類が妙な方向に偏って豊富なようで、ドラム缶風呂の周囲は女子生徒の艶姿の見本市のような様相であった。
「……でも似合ってるから凄い」
部員のユウ(ja0591)が思わずこぼす。
勿論、男子生徒も居ないわけではない。
「なんか僕物凄い変態っぽくない!? 面積は大きいのに変態っぽくない!?」
「ご丁寧に頭の皿まで用意してあるとは……」
女子用スクール水着を着る羽目になってしまい「ひぎゃー!」と泣き喚く新宮陽人(ja0157)や、微妙に本格的な河童のスーツを律儀に着込んだ天上院 理人(ja3053)のような、いろいろな意味で不運な生徒もいたりしたのだが。訪れる度にスリングショットや牧野 穂鳥(ja2029)と共に人魚のコスプレ、果てはペンギンの着ぐるみとマトモな水着を着れなかった斐川幽夜(ja1965)に至っては、毎回更衣室で悲鳴を上げていた。
また、更衣室やドラム缶風呂(混浴)を避け、『足湯』も設置されていた。
こちらもドラム缶風呂の熱気に当てられた頭を冷やす穂鳥やドラム缶風呂の様相に近づけない兜みさお(ja2835)、身体の都合でこちらを選んだ藤堂 瑠奈(ja2173)、「今度はこちらに」と顔を出した二階堂 かざね(ja0536)など、多くの生徒で賑わっている。
風呂よりは落ち着いた雰囲気で、各自サーバーから飲み物を取って寛いでいた。
「……で、エーテルって何? ポーション的な何か?」
「……水・地・火・空の四元素に続く、自然界を構成する5番目のエレメントで……天体を構成するもの、その属性は回転……だったかな?」
平然とマイクロビキニを着た風雪 和奏(ja0866)の疑問に答えたユウ(ja0591)だが、どうやら知識があやふやなようだった。
「効能は? 読めないけど……」
「……多分疲労回復とか、スタイル良くなるとか、頭がよくなるとか、恋愛成就とか、そんな感じ」
……前言撤回。適当言ってるだけのようだ。
「エーテルとは宇宙が真空であるとされる前まで、そして相対性理論が発表されるまで、『光を伝播し全宇宙に存在する液体、のようなもの』とされていた空想上の物質なんです。その存在自体は否定されたんですけどね」
竜子が湯を掬いながら、笑顔を浮かべる。
「でもエーテルを名付けるとしたら『光子』。ここは、満天の星空なので、ほら。まるで空の星をこの手に掬えるような感じがしませんか?」
そう言って、竜子はその手を大きく広げる。
彼女の手から離れた湯は空に広げられ、光を反射しキラキラ煌めいた。
●結果には個人差があります
【Mystic Shooters】の出店に、人だかりができていた。
「魔法の素質、か」
文月野花(ja0151)の呟きと、何よりも『あなたの魔法の素質は?』という店名通り、この出店は簡易的な検査で魔法の素質を検査する、と言う代物であった。
「炎が苦手…まーそーだよな。丸焼きは勘弁だ」
そう言って頷く梅ヶ枝 寿(ja2303)。自分が行使する力なので、丸焼きにはならないだろうが。
「魔法学校とか昔は憧れたりしたものね」
エシュリー アロール(ja0387)は薄く笑みを浮かべる。
「えーと……光属性が不得意です、かしら。他の属性がどうなのか、気になりますね」
篠宮さくら(ja0966)は小首を傾げた。
部長の小柏 奈々(ja3277)の「精度が今ひとつだから目安程度に」と言う言葉もあってか、軽い占い気分に賑わったようである。
「ボクもチェックさせて貰うね」
犬乃 さんぽ(ja1272)もそんな一人だったのだが。
「……わわわ、何か凄い結果に!?」
「ついに現れました! 100年に一人の逸材!」
さんぽの叩き出した結果に、奈々が「入部しませんか」と詰め寄る。思わず一歩引きながらも、さんぽは「もう少し色々な所見て回ってそれで決めようと思うから」と回答を保留した。
文化祭の出店は、部員獲得の好機でもあるようだ。
●音の洪水の中で
ヤナギ・エリューナク(ja0006)がベースを弾く。その低音に合わせ、鷺坂 雪羅(ja0303)がサックスを吹く。
「お、おお! 凄いな、これ! 服もみんな格好いいし!」
軽音部【Crimson Red】の『ハードロック喫茶』を訪れた太刀花 壱心(ja2027)が目を輝かせた。
グレーのシャツにブラックのベストとループタイを付けたケイ・リヒャルト(ja0004)が、壱心を席に案内する。水無月沙羅(ja0670)や徳川 夢々(ja3288)のようなロックに馴染みの薄い客も、演奏を聞き入っているようだった。
ブルースハープの陽波 透次(ja0280)やギターの鈴木悠司(ja0226)、シンセサイザーの祐里・イェーガー(ja0120)も加わり、更に演奏は盛り上がる。
一度バックに下がっていたケイが再び姿を現した。先程と打って変わって黒いゴシック衣装に身を包んだ彼女は、一度くるりと辺りを見渡し、静かに瞳を閉じ歌い出した。
客席の喧騒は止み、自然と一同の耳は彼女に傾けられる。
「うわ、これ、凄い歌……!」
神林 智(ja0459)が目を丸くする。
「音楽も盛り上がってきて、いいですねー!」
かざねが笑顔を浮かべる。まだまだ、演奏は始まったばかりだ。
●石榴割れ 赤き軒下に 雨の降る
「他意はありません」
やたら不穏な句を詠んだのは藪木広彦(ja0169)である。
【エクストリーム新聞部】部長の下妻笹緒(ja0544)曰く、
「新時代の文化的スポーツ。それが『バンジー俳句』だ」
確かに俳句は文化的であろう。バンジージャンプもその起源はともかく、スポーツとしては確かに新しい。新時代と言えば新時代だが、混ぜるな危険。
とは言え、大盛況である。皆、決死の表情で一句詠みながら飛んでいる。
「パンダ部長 中の人など いないはず 背中のチャックは 開かずの扉あっぁぁぁぁぁあ!!」
うっかり短歌を詠みながら飛び込む寺生 丁花(ja0974)。
「ぱんださんー もふもふしても いいですかっあぁあああ」
やみつきになりつつある沙 月子(ja1773)。
「皆もね 食べて良いのよ タガメtぇぇええぁあああ眼鏡ぇえええ!」
勢い余って眼鏡を落とし割ってしまった二上 春彦(ja1805)。
他にも回転を加えるかざねや羽鳴 鈴音(ja1950)のような猛者もいる。
そんな彼らの奮闘を採点するのはパンダマシーンだ。
「……いや、ほら、これは逆にすごいと思うんだよ。1って素晴らしいじゃん。一等賞の1だよ。なあ。なあそう思うだろ部長さんよお」
部長似のパンダマシーンに必至に弁解する園崎 ランス(ja2208)の姿が、一同の涙を誘った。
●出てくる料理は運否天賦
「天沢さんがドリンクの3と軽食の7。南雲さんがドリンクの4と軽食の8になりますね。少々お待ちください」
メイド服を着た【KMR久遠ヶ原ミステリー調査班】部長、鏡極 芽衣(ja1524)が、注文替わりにダイスを転がした天沢 紗莉奈(ja0912)と南雲 輝瑠(ja1738)に一礼する。
ややあって二人の前に、こちらもメイド服の真行寺 翡翠(ja1322)がお盆を持って現れた。
「紗莉奈様がオレンジジュースと巻き寿司、輝瑠様がメロンソーダとおにぎりでございますね。お待たせ致しました、どうぞお召し上がり下さいませ」
二人の前に対応した料理が並べられた。
ここは『ミステリー喫茶』。客の振ったダイスの目に応じてメニューが決まるのだが、その内訳は届くまで明かされない。
「おにぎりが出てきたと思ったらミートスパになった……これはミステリー!」
眼の前で起こった突然変化に、七瀬有香(ja2013)は思わず声を上げる。
実際は南村角 晃(ja2538)がメニューを間違えて、萩山 楓(ja1536)が正しいメニューに差し替えたのだった。
●勇気、繋がり、願い
「代わり映えのしない日々 それは儚くて ふとした拍子に小さな 亀裂が走る」
「例えば些細な出来事 生まれる亀裂 変わる日常」
御琴 涼(ja0301)が紡ぎ出すフレーズに、ルーネ(ja3012)が続く。
音楽バンド【Graceful coward】は『リレーライブ』として、訪れた者たちの歌詞を繋げて曲を作る企画を行っていた。
「どうして? 大切なもの 指のスキマからこぼれおちてく」
「全て消えたと思い 泣き崩れる私を 抱きしめてくれたのは 君だった」
宇佐美明吉(jz0014)がフレーズを繋ぐ。思わず暗い内容になりかけたところを、田村 ケイ(ja0582)がカバーする。
「君の優しい腕 あたたかい胸が 私に駆け出す勇気をくれる」
「勢いよく過ぎてく いつもの通学路 色んな変化に 満ち溢れながらも 変わらずに そこにある」
集まっていくフレーズ。何人もの想いが繋がり、一つの曲を描き出す。
「……協力してくれた奴らにゃあ、本当に感謝、だぜ」
出来上がった歌詞に、涼は静かに微笑んだ。
●賑わいを電波に乗せて
「クリスティーナ・カーティス(jz0032)ファンクラブについて、彼女は軒先に唐辛子と餡蜜が置いてあるとよってくるかもしれない、という噂ですっ」
シエラ・フルフレンド(ja0894)の投書を、祐里が読み上げる。
【FM STAR RISE】は『久遠ヶ原の日常』と題し、街の情報を発信するラジオ放送を行っていた。
祐里は続いて、明吉の投書を読み上げる。
「明日、スーパー「げんごろう」で玉子の特売がある。なんと1パック50円だが、夕方5時から6時までの時限販売だ。 戦いに行く奴は、それなりの覚悟で臨め。俺も、抜かりのないよう準備していくつもりだ」
特売情報であった。その投書の内容を受けて、栗原 ひなこ(ja3001)が玉子の調理方法を投書する。
「常温の玉子を茹でてタイマーをセットして沸騰してから、3分30秒で止めて水に晒すと黄身だけがとろっと半熟なゆで卵が出来ちゃうんだ! お店の玉子みたいでびっくりな美味しさ。つい手が伸びちゃうよ〜♪」
読み上げながら、祐里は思わず腹をさすった。空腹が刺激される投書である。
集まる投書の内容は街のお得情報だけには留まらない。文化祭での様々な出来事も集まっていた。
「迷宮脱出ゲームで1週間さまよった挙句やっと脱出の見込みがたちましたー」
「でんげきぶの隈取りが凄いってことかな! 友達が挑戦してたけど、ことごとく楽しい姿の写真を休憩室に飾られてて……」
どうやら皆、それぞれ文化祭を楽しんでいたようである。
文化祭も終わり際になると、放送は『文化祭での出来事』として思い出の話題へ移っていく。
「思い出深いのは凄い匂いのスパゲティと、チョコレートと海産物の入った鍋を食べさせられたことかな」
とは、食べ物に釣られたフント・C・千代子(ja0021)。ちなみに、海鮮チョコ鍋はその後更に食べさせられたらしい。
「来年があるのなら、その時はもっと沢山のものが見てみたいですね」
春彦のしみじみとした投書で、文化祭の放送は締めくくられた。
祭はやがて終わっていく。
だが、生徒達……撃退士の活躍は、これから始まる。
