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文化祭ノベル マスター:黒川うみ

青春の1ページコラム

 久遠ヶ原学園の文化祭、第一回の記念としてこの記録を残す。あるがままをあるがままに、或いは伝統のひとつとして次の世代へ伝えるために。
 【執事部】で文化祭出店となれば選択肢はただひとつ、『執事喫茶』しかあるまい。とでもいうかのように少女は執事部に入ってくるなり元気良く口を開いた。
「しっつじーしっつじー♪ かざね(ja0536)お嬢様がきましたよー。執事さんおもてなししてくださーい! 甘いお菓子くださーい! おいしい紅茶くださーい! 髪の毛きれいに整えてくださーい!」
 なんとも我儘な注文に、しかし執事部の方も抜かりなく喫茶の準備を整えていた。
「いらっしゃいませ、かざねお嬢様。こちらの席へどうぞ」
 そして柔らかい微笑みを浮かべながらチョコレートケーキを運び、慣れた手つきでダージリンティーをカップに注ぎ入れる。次々と訪れるお嬢さまや旦那様が、
「レモンバームはあるでしょうか?」
「勿論です」
「オススメのパスタとかはあるかい?」
「ナポリタンはいかがでしょう?」
 不意打ちともいえる注文をしても見事に笑顔でリクエストに応えていった。緋湧(ja1022)と守屋(ja1067)はたった二人の部員で、二人だけの執事にも関わらず文化祭をなんとか乗り切ったのだった。
 【慧心バスケ部】では好きなスポーツについて語り合っていたのだが、
「テニスなら経験あります」
「あたしは、卓球を推すかな? 見てても楽しいし、やっても楽しい」
「サッカーは良くスタジアムに観戦に行ってました」
 と、てんでバラバラの主張がなされていて、最終的には『スポーツランキング』を作る予定だったがうやむやになってしまったようだ。人の数だけ好きなものがある、ということだろうか。
『夢が叶う? 健康お料理!』
 そんな看板が出された【健康増進部☆ミ】の部室では部長の藺草(ja1793)が文化祭初日来客者ゼロで涙していたものの、翌日からは口コミで評判が広がり、果てには馬に乗ったままで飛(ja0338)まで訪れるという異例の盛況ぶりを見せたのだった。
 【高等部2年9組】では1人エルレーン(ja0889)が『うらないのやかた』を出して頑張っていた。ラッキーアイテムがすべて猫に関するものというのはどういう基準なのか、知るのは占い師本人のみである。
 【高等部3年6組】の教室を覗くと何やら楽しそうに男女がサイコロを振っている。
「ぐっはあ! ああ、やられた。結局進んだのは1マスか…」
「やったー♪ 宿屋ですよ♪ もちろん泊まらせて貰いますね♪」
「モンスターがあらわれた。……負けちゃいました。3回ふったから今日は終わりですね」
 どうやら『すごろく場』で遊んでいるらしい。かなりの白熱ぶりを見せているものの、ゴールした者だけが進める賞品提供所の『食い放題コーナー』には誰もいなかった。花より団子ならぬ、食い放題よりみんなですごろくが1番のようだ。楽しければそれでよし、参加者たちの顔にはそんな表情が浮かんでいたのだった。
 一方、『休息所と悩み相談所』は緊迫した雰囲気に包まれていた。
「ダイス運の悪さに悩んでます」
「そいつはな……運だ。どうしようもならない時もある、そんな時はな、受け入れろ」
 もっともその横では、
「お肉料理以外で明日の献立を悩んでるですっ」
「和か洋の料理どちらが作りたいかだな。さらに、魚がいいのか、あるいは野菜を摂りたいのか、それでも返答は変わるな」
 シエラ(ja0894)と有田(ja0647)による気軽な相談もなされていたのだが。
 場所が変われば話の内容も変わる。【剣術部】では部員一同頭を抱えていた。
「…で。文化祭どうする?」
「……あのね。料理は今年は難しそうだし…考えたんだけど」
 不参加だけは避けたい、だが出し物を出すこと自体が難しい。部員数の兼ね合いや日程でどうにもならないこともある。部長の礼野(ja0418)は沈痛な面持ちで呟いた。
「『フリーマーケット』の場所だけ提供したらどうかしら?」
 結局ブルーシート1枚分のスペースが用意されただけとなった。元より来客がないことを覚悟していたが、文化祭終了後、なぜかそこにはエスプレッソと飴が置かれていたという。
「叩いてかぶってじゃんけんぽーん!」
「………完敗だ。……ジャンケンにも負け……攻撃も貰った。畜生! 覚えてろ!」
「叩いてかぶってじゃんけんぽーん!」
「…やった、勝ちましたよっ」
「あー…ジャンケンにも負け…防御にも失敗した俺。イイ所なしじゃんかよー!」
 じゃんけんぽーんじゃんけんぽーんじゃんけんぽーん……。
 ひたすら同じ単語が叫ばれている【古式寮棟「錬心館」】では、誰でも楽しめるゲームを開催していた。単純なだけにハマってしまう。そんな誘惑に負けた者が次々と『反射神経勝負?』に現れたのだった。
 文化祭の一角に、人は溜まらないが次々と訪れては去っていくという謎の場所があった。そこに置かれたノートには『新商品サミット!』と銘打たれており、購買に置いて欲しいものを書き込んでまとめて要望してみようという企画のようだ。設置したのはどうやら【購買部新商品導入推進委員会】のようだ。
 開いてみれば、ノートパソコン、タイヤキ、ガントレット、巫女服、シスター服、忍装束、牛乳、コロッケパン、釘バット、髪留め、ネコ缶、ドッグフード、紅茶、緑茶、メイド服、バイク、自転車、学生鞄……記入した人それぞれの欲望が渦巻いているのがかいま見える混沌ノートであることは一目瞭然だった。否、書いた人は真剣である。今後の購買部に期待するしかないだろう。
 【黒魔術探究部】の『限定解放、禁書資料室』では何やら甲高い悲鳴が次々と上がっていた。
「うわぁっ!? いいい、いきなり何ッ!? 騒がしい幽霊ーッ!?」
「ヒッ! ギャアア!!!! ヒャァァアア出た――!!」
「な、なんだ……うぅっ、何だか寒気がする」
 これは一体何事かと覗いてみれば、本棚がひとりでにガタゴト揺れたり、透けている白い人影がよぎったり、いきなり空中で魔方陣が輝きだしたり、本が飛んでいたりと実に忙しない怪奇現象が相次いでいた。
 逃げる者もいたがその場で失神する者も数多く、部長蒼波(ja1159)の淹れたハーブティなどのもてなしを平然と受け止められたのは、肝の据わった極少数に限られている様子だった。
「そんなに怖かった? うちの部活はこういうところだから勘弁してね」
 さすがは黒魔術研究部……と、恐れられたり尊敬されたりされたそうな。
 歩くのにも疲れが出てきた頃、立ち寄るのは喫茶店か、自販機が置かれたベンチか、そんなところだろう。ここでは三者三様な自販機を紹介する。
 まずは、【古書古物蒐集部】が設置したごく平凡な『普通自販機』。
 何やら挑戦心溢れる久遠ヶ原の学生には不人気なようだが、きちんと利用している人はいるのだ。押せば普通の飲み物が出てくるのだが、つい押し間違えた男が1人。
「果汁100%オレンジジュース…。うーん…今は甘い物を飲みたい気分ではないんだよな」
 蓋を開けずにベンチに座って休んでいると、1人の少女がやってきて飲み物を購入した。だが、出てきた商品を見て顔をくもらせている。どうやら苦手な飲み物がでてきてしまったらしい。
「コーラ…炭酸は苦手なのよね…」
 困り果てた聖礼院(ja0766)に、彼は親切に申し出た。
「甘くないものが飲みたかったんですが、これが出てしまいまして…。宜しければ差し上げますよ」
「わぁ、ほんとに? ありがと〜♪ …と。こっちも甘いかもしれないけど…交換ですっ」
「ありがとうございます。折角交換していただいたものですし、コーラいただきますね」
 やはり普通の自販機だけあって、トラブルが起きても普通に解決されてしまうようだ。平和が何よりという人には、文化祭の活気からは少々遠ざかるがここをお勧めする。
 次に紹介するのは、『特別な自販機だ』。特別というのは美味しいという意味ではなく、ちょっと飲むのはつらい……という系統のものが出てくる罰ゲーム的な要素を含んでいるという意味だ。事実、なぜか挑戦者は多いものの飲み切った者は少ない様子だ。
「うわっ!? 明らかにジュースの出てくる落下音じゃない音がっ」
「……白衣着用者御用達と言うあれか。初めて飲むな」
「あああああああああっ!? あっ、あっ、あああ! あーっ! あーっ! あァーっ!」
 絶叫と共に側のゴミ箱が埋まっていく。
「……あっはっは、海の幸海の幸。わー、まったりともったりと、イカスミの風味が……」
「おー、なんだか懐かしい。このわざとらしいまでの青色! ……ゥワー、マズーイ………」
 切ないほどの好評ぶりは、いかがなものだろうか。設置した藤春(ja0589)だけの責任ではないだろう。この程度の自販機に挑戦する勇気がないと久遠ヶ原ではやっていけないということなのか。どうかそうではないことを祈りたい。
 最後に紹介するのは【自販機コーナー】の『らんだむ自販機』だ。奇怪なことにこの自販機は普段から押したものとはまったく違うものが出てくるという話だ。メーカーに何度も問い合わせているのに何故か音沙汰なしというのが大変気になる。だがしかし、この三台の自販機の中で一番人気というから、学生の心は不思議なものである。そんな彼らの声に耳を傾けてみるとしよう。
「紅茶のボタンを押したのに…」
「…おかしい、な。僕、コーヒーを押した筈なんだけれど…」
「あったか〜い、水。…水も温かいのがあるのですね…凄く微妙ですが」
 この辺りはまだまだ序の口、運の良かった者たちだ。
「温かい青汁…だと?」
「…ぬるいコーラ…。なんという悲劇でしょうか…。炭酸が抜けていてどうしようもないとは…」
「あつっ、おでん缶……だとっ …俺、喉かわいてんだけど……汁を飲めとでも……」
「あったかいプロテインドリンク……?」
 そして、悲劇は起こってしまった。
「あったか〜い、コーラ!? コーラを温めたら爆発しないですかね…ま…いいですが…」
 全然良くない。だが田中裕介(ja0917)はパンドラの蓋を開けてしまう。そう……プルトップを押し上げた瞬間、炭酸が吹き出して全身がびしょ濡れになってしまったのだ。ブシュウと勢いよく吹き上げたコーラは顔面直撃、べこりと凹んだ缶は虚しく地面に落ちたのだった。
 ところでこのらんだむ自販機の側に休憩所が設けられているのに気付いた方はいるだろうか? そこではやはり、挑戦的な食べ物が売られていた。その名も『ロシンアンシュークリーム』。説明不要とはこのことか。部長柳津(ja0535)お手製のシュークリームに何か入っているらしい。もっともハズレてもあんこやわさび、梅干しというメジャーなものなので自販機の方がタチは悪そうだ。しめ鯖入りシュークリームがあったという噂は、きっと噂なのだろう。
 【古流剣術研究会】では文化祭の最後までルールの議論交わされていた。研究会というのは伊達ではないらしい。
 さて、最後に紹介するのは【執事喫茶「Campanula」】だ。空き教室を改造して作られた喫茶は普段から執事喫茶として営業しており、文化祭では特別メニューが味わえるらしい。落ち着いた雰囲気で、カップルで訪れてもまったく問題はなさそうだ。
 部長兼店長兼コックを務める二上(ja1805)の料理と、ホールを仕切る鈴代(ja1305)のコンビネーションは抜群で、飛び入り参加でいつの間にか従業員と化していたアンナスル(ja0617)や桐江(jz0045)の接客で数多くの客が満足して帰っていったという。その感想の一部を挙げてみよう。
「はわわ…トウガラシが乗ってます……あれ? 美味しい…辛みもそんなに気にならない……はっ! 気が付けば完食してました! 久しぶりに甘いもの以外を食べた気がします〜。大変美味しかったでっす♪ ご馳走様でした〜」
「まずは一口。……。旨かった! グルメじゃないんで言葉にし難いけど、マジで旨かった。ご馳走様っ!!」
「お、おおおおおおおいしい〜〜〜〜〜〜!! わぁ〜い!カボチャの甘みが口に広がる絶品ベーグルですね〜!! こんな素晴らしいものを作れるなんて…作った方を尊敬します〜!!」
「甘いものきたー! しかもやっぱりちょう美味しい!! ……フルーツ入ってるなんだろ。手が込んでるし、春彦ほんとなんでも上手いね。ん、ごちそうさま!」
「生クリームの甘さもほど良く、田舎町のような素朴なチョコレートソースの甘さ、そしてサクサクのフレークが町並みを賑わす…! 何を言ってるのか分からないかもしれないけど、ごめん結構適当なこと言ったかも! うう、このおいしさどう伝えれば…。くっ、私がもっと国語を勉強していれば…!」
 これだけの感想はそう出てこない。ただ時折、
「虫は見るだけでも嫌なんだーー!!」
「食品サンプルじゃーねーか」
 という苦情が聞こえてきたそうだが、真実かどうかは定かではない。
 ただ店長の知り合いらしき人物・下條(ja0764)はこう言い残していったという。
「折角の喫茶店なのに、失敗とか微妙とか、何故に奇食テイストを混ぜたんだ、春彦…」
 この喫茶の片隅には文化祭で友達を作ることが目的の『特設掲示板』が設置されており、百々(ja3082)、五辻 (ja2214)、如月(ja3192)、九十九(ja1149)等様々な名前が並んでいた。
 文化祭というのは大人になっても忘れられない青春の1ページである。このような活気溢れる久遠ヶ原学園の生徒の将来は非常に楽しみだと言わざるを得ない。苛酷な任務を背負う君たちの素顔にほんの少しでも触れられたことを喜ばしく思い、このレポートを終えるとしよう。楽しい思い出をありがとう。







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