文化祭ノベル マスター:小鳥遊美空
●天高く馬肥ゆる秋
灯火親しむ文化の秋。
ここ、久遠ヶ原学園もその例外に漏れず、今、まさに文化祭の活況の最中であり、精彩を放っていた。
【久遠ヶ原報道同好会】のドラグレイ・ミストダスト(ja0664)はいそいそと部内の『出店突撃取材掲示板』に各出店のインタビューレポートを貼り付けていた。
見た目はどうみても少女の其れだが、侮るなかれ。
彼の取材で得られた情報量は膨大であり、データベースとしては驚異的なものと言えた。
あの新聞同好会会長たる中山寧々美(jz0020)に『好敵手』と言わしめる程に。
また、エシュリー アロール(ja0387)も学園の有名人の目撃情報を集めては、逐一知らせに訪れるのだった。
広大な学園の膨大な数の出店に迷い子となるものも多い。
そんな訪問客達に鮮度がよく、質のいい情報を届けていく。
その情報を元に、迷い子達は各々気になった出店へと旅立っていくのだった。
食欲の秋、とはよく言ったもので、学園祭ともなれば様々な食べ物が一堂に会し、腹ぺこの学生達の胃袋を満たす。
食堂のオバちゃん(ja1114)が運営する【久遠ヶ原非公認学食】の『出店』には多くの学生達が押し寄せていた。
たこ焼き、焼きトウモロコシ、りんご飴、およそ考えうる限りの祭の出店に並んでいるであろう品々が揃っているのだ。
残念ながら訪れた客達に自由に品を選ぶ権利は無く、全ては輪投げの結果という運命の女神の採択によるものだったが。
それでも挑戦者達の足は途絶えず、日々、盛況であった。
「輪投げか……忍びとしては外せないな。いくぜ! わたあめ、外さない」
そう意気込んで藤堂 流(ja1163)が投げた輪は虚しく焼き鳥を射止めた。
だが、目当て以外に当たったとしても、どれも出来たてほやほやの美味なものばかりで、皆、満足して帰っていくのだった。
そんな中、特に異彩を放っていたのは一等の『フォアグラのキャビアのせステーキ』であると言えよう。
それ故に倍率も高く、これを食すにはかなりの狭き門をかいくぐる必要があった。
物欲センサーのなせる業か、狙えば狙う程に目当ての品は当たらない。
「おじゃましまっす。今日はサンドウィッチお願いします」
しかし、運命の女神は皮肉なモノで、求めていない者には容赦なく押しつけていくのだ。
サンドイッチを求めてやってきた桐生 直哉(ja3043)が何気なく投げた輪は、見事誰も為し得なかった一等を撃ち落としたのだ。
さらに言えば、山盛りのてんこ盛り。
壮絶なボリュームのステーキが食卓に出され、オバちゃん(男)のならす鐘が祝福する中、直哉は呆然としながらもその山の攻略に乗り出すのだった。
学園祭の催しの定番、と言えばやはり喫茶店もその候補として上がるだろう。
ここ、【久遠ヶ原学園文芸部】が催す喫茶店『四季』もその内の一つ。
「いらっしゃいませ……、紅茶お持ちしました」
制服を僅かに着崩したウェイター、佐倉 哲平(ja0650)が几帳面な仕草で給仕するその店は、本に囲まれたとても静かな所だ。
「遅くなってごめんね? いま厨房で料理をしてくるわ」
給仕が物静かな少年であれば、厨房スタッフも静謐な雰囲気を纏った少女、蒼波セツナ(ja1159)が取り仕切っていた。
静穏な空気と書架に囲まれた部屋に併設された喫茶店には、同じような属性を持つ客達が集まる。
「朝なので、フレンチトーストとミルク……、いただけますか……?」
青玉と琥珀色のオッドアイを持つ子猫のような少女、藤堂 瑠奈(ja2173)が礼儀正しくやってきて注文を告げる。
ともすれば、新雪の様な美しい白銀の長い髪を、ツインテールに結った少女、更科 雪(ja0636)が持参のホワイトボードに可愛らしく文字を書き、それを見せて注文した。
「ごゆっくりどうぞ。本棚の本も、ご自由に手に取っていただいて大丈夫ですので」
そんな少女達に柔らかな笑顔を向けつつ、瑠璃堂 藍(ja0632)が制服の上からエプロンをつけながらやってきた。
彼女達の静かな文化祭はゆったりとした時の流れのままで過ぎていった。
一方、その頃【久遠ヶ原戦術部】が提供する『休憩処・簡易喫茶』は対極の賑わいを見せていた。
水面に震える銀月の如き見事なシルバーアッシュの髪を揺らしながら、黒の軍服に身を包んだマキナ・ベルヴェルク(ja0067)が忙しなく働いている。
この喫茶店では、賽を用いた出目当てによる催しが行われており、当たれば無料、という事もあって、皆、とりあえずは挑戦していく。
見事なあほ毛を右に左に揺らしながらやってきた地領院 徒歩(ja0689)は自信満々に賽を振ると、出目を見て無料を引き当てたと喜びながら注文した。
しかし、大炊御門 菫(ja0436)の冷静なツッコミにより己が早とちりによるルール誤認を悟ると、恥ずかしさに顔を赤らめながら次の賽を振るのだった。
「既にこれが恥ずかしい過去の失敗談!」
しかも出した目が宣言通りの数から大きく外れ、さらに恥ずかしい失敗を語らされるという二重の赤っ恥を強要される。
「……子供のころ、『据え膳食わぬは〜』という言葉は『お残しは許しません』と同義だと思っていてな……。やたら多用していた。女子の前で使ったのが一番致命傷」
薄く頬を染めながら、肩を落として語り終えた徒歩にマキナの微妙にずれた返答が投げられる。
「ふむ……つまり男子たる者、食事は残すべきではないと。……違うのですか? 文字通りには間違っていないと思うのですが……」
どこか浮き世離れした感のあるこの少女は、どうやらかなり純粋な乙女のようだった。
そんなほのぼのとした会話が繰り広げられる文化祭の午後のひとときが過ぎていった。
所変わって部室のテラスを開放して敷設された【久遠ヶ原野鳥の会】の『カフェテラス「鳥の森」』は、祭りの喧噪から離れて静寂を保った隠れ家的喫茶店として機能していた。
冬の凍てついた湖のような髪の色をした神月 熾弦(ja0358)がほわんとした表情で迎えるその店は、店主の性格をそのまま現したかのようなのほほんとした雰囲気があった。
「ここはゆったりとしていて、気分が落ち着きますね」
ふらり、と立ち寄った青年、戸次 隆道(ja0550)は穏やかな表情で午後のティータイムを楽しむ。
「あまり騒がしいと動物達も逃げてしまいますから、静かなところを選んだというのもありますし……こうやってゆっくりしているのがいいのかもしれません」
熾弦が耳を澄ませれば、野鳥の愛らしい囀りと、時折、秋風にそよぐ木の葉の音が心地よく語りかける。
そんな穏やかなひとときに誘われるように、野鳥の会の部員、文月野花(ja0151)はやってくると、その愛らしい笑顔と、部長の方がお上手ですけど、と注釈つきのお茶で訪れた客をもてなした。
「こんにちは、はじめまして。大学部の方ですか、ということは先輩ですね! ゆっくりしていってくださいね」
熾弦とは対照的に、秋の瑞穂の様な黄金色したゆるく波打つ髪を、片方三つ編みにしたお洒落な少女だ。
「先輩と言ってもそんな大したことはないので、気軽に話しましょう。紅茶、美味しいですよ。神月さんとはまた違った美味しさがありますね」
そう言って野花がいれた紅茶を味わいながら褒める隆道は、どこかしら英国紳士と呼べそうな風格さえ漂っている。
少女二人と青年と動物達の優雅なお茶会は続く。
その話題は尽きる事無く、お菓子や紅茶、恋の話など、緩やかに続いていくのだった。
●爽籟響く文化の秋
文化祭で賑わうのは、何も屋台や喫茶店だけではない。
ここ、【久遠ヶ原神社】で催されている『ゆくえまくるえま』と『おまつりおみくじ』にも多数の参拝客が詰めかけていた。
「あの、片思いの彼とうまくいくかどうか占ってください〜」
はにかんだ笑顔を見せながら、森浦 萌々佳(ja0835)が引いたおみくじは『凶』。
さっと血の気が引いたような表情でがっくりと項垂れる萌々佳。
「あなたの持ってるこころの片道切符。まずはゆっくり往復切符にしましょう。道はとだえていませんよ」
そんな萌々佳を励ますように、おかっぱ頭の巫女、蜜珠 三言(ja0185)が凶つ運を避ける為の霊験あらたかなお告げを託すのだった。
「えーとじゃあ、……片思いの子との相性、占ってみようかな〜……」
しょぼくれて帰路につく萌々佳の後ろ姿を見ながら、彼女は何を占ってもらったのだろう? などと思いつつ、青空・アルベール(ja0732)もくじを引いた。
しかしそれは『大凶』だ。
「うわ、これはひどい……。引かなきゃよかった!」
ぷるぷると震えながら、己が不幸を呪う青空にも三言のありがたいお告げがくだされる。
「相性よし、ただし態度あし。あなたが変われば運もかわります。おまえがわるいといわれないようにしましょう……どういう意味だろうこれ」
しかし、どう聞いても抜粋だ。
どうやら言ってる本人にも意味がわからないものがあるらしい。
そんなありがたいおみくじに、迷える生徒達が次々と訪れるのだった。
慌ただしく、古河純忠(ja0837)が趣味で撮影した星々の写真が貼られていく。
秋の星月夜は空気が冷たく澄む分、夏のそれよりも尚、綺麗に夜空の黒に映えて輝く。
それら一つ一つを、大切に切り取って収めた写真はどれも美麗で、宝石を鏤めた白絹のような運河を映し出していた。
隅っこの方には犬乃 さんぽ(ja1272)が少し失敗しながらも撮影したらしい一枚も、誇らしげに飾られている。
そんな文化祭らしい出し物を取り扱った【久遠ヶ原天文部】は『星空写真展』の他に『プラネタリウム』を開催するに至った。
暗幕を張られた部屋に、佐倉 哲平(ja0650)が操作する機械より、星空の映像が投影された。
九曜 昴(ja0586)の澄んだ声が室内に響き、映し出された映像を丁寧に解説していく。
その解説に合わせて、哲平が機械を操作し、星を拡大したり、注釈をつけたり、と縁の下の力持ちとして働いていた。
室内に敷かれたマットの上では、来訪客達が静かに寝そべり、星合の空を眺めている。
星空で繰り広げられる神話世界の登場人物達による物語に思いを馳せつつ、未知なる宇宙を旅する時間は過ぎていくのだった。
「何やら賑わっているな。並ぶほど好評ということか。ならば僕も記念に一枚描いてもらおうじゃないか」
天上院 理人(ja3053)がその盛況ぶりに感嘆しながらやってきたのは【久遠ヶ原学園漫画研究会】の出店『似顔絵描きます』である。
よくある催しなのだが、ここの出店では、賽の目に応じて絵柄が変わる。
「……できました。『ふんぐるむグるいアいあすとらまいあいあすとらま……』はっ、僕はなにを……。それでも、観ます?」
と、描いた伊藤 毅(ja0144)本人が謎の言語を発してしまうような名状し難き何かになる事もある。
「それでは一枚お願いします」
と、斐川幽夜(ja1965)がお願いしたときは、
「はい、完成しました。絵柄の関係上、若干増量されてますが……」
のように、アメコミよろしくばいんばいんになる事もあった。
「素敵な似顔絵を描いてもらえると聞いて来たのだが……順番待ちだろうか」
と、竹林 二太郎(ja2389)が頼んだ時は驚きの萌え絵柄である。
「うーむ、野郎の萌え絵化は……どこぞのギャルゲーの主人公ですねえ。ええ、十分主人公やっていけるスペックだと思いますよ?」
などと、漫研部長のお墨付きがつく程度には主人公だったらしい。
「噂を聞いておじゃましま〜す。あたしにも似顔絵描いて欲しいな♪」
栗原 ひなこ(ja3001)が来店時に頼んだ絵は、
「うーん、写実的な技法で描いたから、ちょっと大人びてるかな、大学入学ぐらいのイメージで見るとちょうどいいかもしれません」
と、ちょっぴり模写的な絵は苦手そうな件が露呈した。
なんだかんだ言って、皆ノリノリである。
伊藤 毅が筆を置いて休めるのはもう少し先になりそうだ。
スパンッ、と小気味良い音がしたかと思うと、真っ二つに切り裂かれた藁人形が、鋭角な断面を見せながら崩れ落ちた。
佐竹 顕理(ja0843)が切れ長の瞳を僅かに細め、無表情のままでその様子を座視しながら、流麗な動作で納刀していく。
残心――、電撃が走るようなちりちりとした瞬間が暫し訪れ、固唾を飲んで見守る面々。
ここは【居合部】主催の『居合演習会』、今まさに一通りの演舞を終えた所である。
「ありがとうございました」
顕理は深々と一礼すると、相好を崩し笑みをみせた。
「こちらこそ、おおきにな。ええもの見せて貰ったわ」
藤村 纏(ja2034)は演舞を見せた剣士にお茶を勧めると、いそいそと次の藁人形を用意しにかかる。
食欲の秋、読書の秋、芸術の秋、とくれば運動の秋だろう。
ここには、そんな腕に覚えのある猛者達が集まってくるのだった。
学園祭と一言でいっても色々あるが、やはり一大イベントと言えばコンサートが思い浮かべられる。
音楽に興味を持つ者としては、【空きホール音楽部】のイベントである『学園コンサート』は気になる所だろう。
誰もいない音楽ホールに志藤 天郎(ja0007)が奏でるピアノの調べが響き渡る。
「……ん? ピアノの音がする……、せっかくやし、ちょっと聞かせてもらおかな……」
ふらりと迷い込んだ亀山 淳紅(ja2261)は、その旋律に耳を傾けた。
静聴する内に琴線に触れられたのか、天郎の演奏が終わると舞台に上がり、『サンタルチア』を熱唱。
そんな二人に触発されてか、君田 夢野(ja0561)もベートーヴェンの『月光』を弾くべく、鍵盤へと指を走らせる。
やはり音楽を趣味に持つ者同士、惹かれ合うものがあるのだろう。
皆の発表を静かに聞いていた天郎は最後に壇上に上がると、『ラ・カンパネラ』を演奏し始めた。
静かな旋律がホール内に響き、会場の閉幕を告げる。
その音色は暫く消える事無く、訪れた人々の胸で響き続けるのだった。
陽の傾きと共に、徐々に吹く風に冷たさを感じるようになる。
気がつけば、そこかしこから、哀愁を誘う秋虫達の歌声が時雨のように鳴り響いていた。
撃退士とは、生と死の狭間に立ち、熾烈な運命を戦う者達だ。
何気ない日常という平和を知るからこそ、その一瞬を大切に噛み締め、生き足掻く事ができる。
行く道は未だ暗く、待ち受けているモノは計り知れない。
それでも彼らは行くのだろう、確かにあった大切な思い出を胸に。
