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文化祭ノベル マスター:think

 文化祭開催期間の久遠ヶ原学園は、お祭りムード一色に染まっている。右を見ても出店、左を見ても出店、どこもかしこも賑わいが過熱しており、チラシ片手に歩く学生達は皆一様に浮き足立っている。
 とにもかくにも、魅力的な出店が多すぎるのだ。



●撃て! 叫べ! ストレス発散!
 手始めに覗いた【闘劇部】には、一種異様な空気が漂っていた。設置された昔ながらの古いパンチングマシン。画面に映し出されているのは、屈強そうな角刈りの大男だ。見るからに某世紀末覇者を彷彿とさせる漢を倒す方法はただ一つ。己の拳を唸らせるしかない。そんな出店『激打!世紀末パンチャー』を打破するべく、我こそはと名を挙げた猛者達は、長蛇の列を作って闘志を漲らせている。
「ひーひー言わせてやる!! ぅおりゃっ!!!!」
 進み出たチャレンジャーの一人、神宮司 千隼(ja0219)が気合いを込めて拳を突き出す。だが次の瞬間、パンチを受け止めたマシンがボコッと妙な音を立て、飛び出す打撃面が顔面ヒット。ひでぶっ?! と叫んだ少年は大きくよろめく。
「んだよ!!急に飛び出してくるとか、ちょー不意打ちだよ! もう一回だ! 」
 諦めずにもう一撃。が、更に故障が連続。飛び出るマシン、滅多打ちにされる神宮司、驚異的な運の悪さ――これには順番待ちをする周囲の生徒も半笑いになり、竹林 二太郎(ja2389)に至っては抑えきれずに噴き出す程だ。
「神宮司、なんとオイシ……いや、不憫な奴」
「もうなんなの?! これ飛び出してくるの仕様なの?!」
「……何というか、」
 と、そんな神宮司の敗者っぷりをジッと傍らで見守っていた部長、玄武院 拳士狼(ja0053)が見かねたように踏み出す。
「運が悪い以上に何かに憑かれていそうだな……。お祓いして貰った方が良いんじゃないだろうか……」
 見た目にそぐわぬ優しい声を出し、項垂れた少年の肩をぽむとする。そうしてキッとマシンに向き直るなり、
「受けてみよ…我が全霊の拳を! ハァァァァァ……!!!」
 まるで、手本のように力強い一撃を喰らわせる。
「ホォォォッォアッタァァァァ!!」
 ガァン、と揺れた機械が導き出した結果は、なんと98点。周囲がワッと沸き、部内の熱気は益々高まって行く。
「おーおー、大盛況みてえじゃねえか」
 見物していた青龍堂 夜炉(ja0351)が気怠げに笑う。
「わー、なんだか面白そう♪」
「折角だからボクもやってみる!」
 佐竹 紬(ja0048)は目を輝かせ、新庄 イヴ(ja1229)が力強く意気込む。
 満点を目指すチャレンジは、まだ始まったばかりだ。



●ある意味「伝説」?
「さーて、だっれかあっそびにきってくれるっかなー」
 呼び声に釣られて覗いてみた教室の一つ――では無く、体育館のようなだだっ広い空間の端で、神宮 陽人(ja0157)はうきうきと呟いた。パイプ椅子に腰を据えた完全な店番姿勢で、近場に組まれた簡易な雛壇をちらりと見る。そこには駄菓子や各種ソフトドリンク、ぬいぐるみや書籍といった景品がずらりと陳列している。そう、【2年2組(高等部)】の出し物は射的だった。正式には『伝説の射的』という、無駄に格好いい名前が付いてもいる。
「神宮くーーん!!」
 と、何の前触れもなく部長を呼ぶ声。神宮はパッと顔を上げるなり、目を輝かせて入り口を見るが、
「いらっしゃーい……ってあああああ!」
 既にそこに人影は無く、パパパパパッ! と炸裂するBB弾があからさまに神宮を狙う。青ざめた少年は慌てて仰け反り、大袈裟な横っ飛びという会心の避けをかます。
「うわああああ何するんだよおおお!」
 謎のヒーローっぽい格好をした赤毛ゴーグル、相楽 空斗(ja0104)が嗤いながら駆け去って行く。
「アクト! 僕の顔狙ったよね!? 狙ったでしょ!?」
 それと入れ違うようにぞろぞろとやって来る青空・アルベール(ja0732)や森浦 萌々佳(ja0835)を始めとした生徒達も、次々と射撃のポーズを取る。
「遊びに来たよ〜! ぬいぐるみがあるー欲しいなー欲しいなー!」
 満面の笑みで照準を合わせる青空は、言葉でこそ猫を求めた――が。
「ひぎゃー!」
「あっごめーんはるりんに当たっちゃったー☆」
 次の瞬間、弾が神宮の額にクリーンヒットした。痛みの余りよろめいた挙句、半泣きで周囲を見渡す。
「痛! だれ、誰撃ったの誰ー!?」
「すごいアルくん〜! 一発ではるりに命中だなんて〜」
 森浦は飛び上がって拍手喝采。愛らしい微笑みを湛えるまま、やがて実に不穏な言葉を発した。
「じゃぁ、あたしももう一回狙ってみようかな〜……」
「えっ!」
 わらわらと集う生徒達が一人、また一人と銃を構える。
「撃ちますよー。覚悟は良いですかー?」
 にこやかに微笑む奉丈 遮那(ja1001)。
 窓の外では、柊木要(ja1354)がこそこそと狙撃の用意をしている。――雛壇の上に並ぶ景品より、部長を狙う鬼畜が明らかに多い。
 ある意味「伝説」になりそうな射的は、まだまだ終わる気配を見せないのであった。



●真剣勝負で手に入れろ!
 そんな危険な2年2組を離れ、辿り着いた道場の扉を潜り抜けると、行き交う人々の声や気配が遠ざかり、漂う空気が少しばかり色を変える。四方をぐるりと取り囲むように佇む見物人達が一様に視線を注ぐ先では今、道着を着込んだ二人の男が対峙している。
「いざ、尋常に……!」
 郷田 英雄(ja0378)が声高に叫び、竹刀を振りかぶる。それを認めた香坂 瑞(ja0450)はスッと目を細め、
「では受けて立つ」
 落ち着き払った声を流し、素早く足を摺らせて踏み込んだ。上段の構えから振り下ろし、重い一撃を受け止める。
「……っ!」
「引き分けだ」
 途端に生じる拍手喝采。【第一剣道部】の出店の一つ、『一本勝負!!』は現在最高潮を迎えていた。まったなし防御なしの一瞬勝負で奪い合うのは、休憩処での一本うどん無料引換券である。珍しい形をした、けれどその味に定評のある券を巡り、熱い争いが繰り広げられている。
「一本勝負か、面白そう」
 犬乃 さんぽ(ja1272)は、手にした得物を満面の笑みで構えるなり叫ぶ。
「確か日本じゃこう言う時、こう言うんだよね。たのもー!」
「では自分が受けます」
 すかさずスッと踏み出す相楽和(ja0806)が、力強い犬乃の一撃を躱す。部員の威厳を見せ付けるようにそのまま竹刀をたたき込む。
「面!」
「おっと、気が付きゃ大盛況!」
 他の部活に顔を出していたらしき部員の一人、獅子堂虎鉄(ja1375)は会場に踏み込んだ矢先に目を丸くする。同意するように豪快な笑い声を上げた部長の香坂 杏(ja0210)は、勝ち気な表情を緩めて腕を組む。
「おう、満員御礼だなっ! あんま待たすのもアレだし、もうまとめてオレが相手してやんよ!」
 すると、人混みの中からぴょこりと姫川 翔(ja0277)が顔を出す。
「ん……杏。指名させて頂く…よ。いっちょ揉んで、くれない……か、な」
「よーし、来いやっ!! ニンジャフォース!!」
 徐々に道場中が真剣勝負一色に染まって行く。
「見切ったっす! 静心流、地砲分剣!」
 竹刀を下から弾き上げるように振るう深草 雛璃(ja0850)。
「メェェェーン! ……って、あちゃー、あんたの足捌き、見事だな!」
「よし、よし、ようやく勝てた。お相手感謝どうも、虎鉄くん」
 気迫たっぷりの突進を避けられ、顔を顰める獅子堂にニヤつくジェーン・ドゥ(ja1442)。
 果たして挑戦者の中の何人が勝利を、否、うどんを手にする事が出来たのか。結果は後のお楽しみである。



●地下の射撃場
「勘が鈍っていなければいいが」
 呟きの直後、激しい銃声が轟く。立ち上る硝煙を縫うように目を細めたヴィンセント・マイヤー(ja0055)は、自らの放った弾丸の行く先を見届けて一息吐く。――何気無く踏み込んだ扉の向こう側にはなぜかエレベーターが存在し、下りた先には広大な地下空間があった。一瞬学園の敷地内である事実を忘れてしまう程だが、ここは紛れもなく【Beowulf】の部室であり、文化祭中は『射的!』の会場となっている。
 客にはヴィンセントや沙耶(ja0630)を始めとした、どこかクールな人物が多い。MSG90を手に取り、しげしげと観察する石動 陣(ja3720)。迷わずXM110を選択するリチャード・ジョンソン(ja2594)。
「わふ、いらっしゃいませですっ!」
 黙々と弾倉を交換しては的に向けて照準を定める人々の横で、また一人訪れた学生に向け、部長シルヴィア(ja0285)は喜々として飛び跳ねてみせる。
「パーツも弾も沢山仕入れましたから、自由に撃ってくださいですねー!」
 実に本格的な射撃――否、射的場を一目見たがる客足は、途絶えることが無かったという。



●君は探偵になれるか?
 ところ変わって、【BFO探偵部】も密やかな盛り上がりを見せていた。部室の様子は一見いつも通りに感じられる。それなりの広さを持つ室内に設置された最新型ノートPC、多彩な調理器具、なぜだか放置されている藁人形――けれど、見る者が見れば分かる筈だ。文化祭中は『ゲーム喫茶』と化しているこの部屋のどこかには、今、「ある物」が隠されている。
「いっししし! 見ぃ〜つけたっ!」
 テーブルの下をごそごそと弄っていた大狗 のとう(ja3056)が、不意に歓喜の声を上げた。
「虫が2個と、箱が1個なのな〜……あり? 一個足りないのか?」
 その手に握られているのは盗聴器のレプリカだ。形状にはボックス型と虫型の2種類があるらしく、やたらと凝った造りをしている。ちょっとした探偵気分を味わえる上に喫茶店なので、終わった後にはドリンク類を口にする事も出来る。一度で二度美味しい。真剣に部屋中を探し回る探偵達を眺めながら、部長の荘崎 六助(ja0195)はまったりと呟いた。
「つーか、予想してたよりも人が結構来てることに驚きだわ」
 彼の視線の先では、アップルパイを喜々として頬張る大狗に嬉しげに話し掛ける部員、夜舞 ちあき(ja0265)の姿がある。
「アップルパイも盗聴器も、わが部の部長が頑張って作ったんですよ!」
「うまうまなのな〜!」
 実に幸せそうな大狗。
「……いやいや、アップルパイ以外も頑張ったんだぜ?」
 だが、すかさず荘崎のツッコミが入る。
「つーか最後の2日間限定のメニュー考えんの手伝ってくれよー」
「えー考えるのいやですー、私怪人二十面相だったら小林君ポジションですしー」
 じゃれるように夜舞の肘を突く少年と、ぷいっとそっぽを向く少女――流石というべきか、どうやらこの先の限定メニューは探偵部「らしい」凝った一品になりそうだ。



●夢幻の世界へようこそ
 微かに聞こえるヴァイオリンの音色に惹かれて【Pleasant Chat】の扉を潜ると――そこは別世界と化していた。常の教室の面影はまるで無く、頭上にはシャンデリア。壁にはぐるりと張り巡らされた暗幕。設置された色とりどりのキャンドルライト。揺らめく炎が、室内を幻想的に浮かび上がらせている。BGMはクラシック。深紅のドレスを着込んで愛器を鳴かせる部員、藤堂 瑠奈(ja2173)は、甘く微笑んでみせる。
「何かリクエストがあればお弾き致しますのでどうぞ」
 神秘的なムード漂う『ハロウィン仮装パーティー』。会場は、今や個性的なコスチュームを纏う学生達で溢れかえっている。
「仮装パーティーやってまーす! お土産もありますよ〜♪」
 呼び込みに勤しむ真島 薫(ja0097)の頭上では、どういう仕組みかピコピコと狼耳が揺れている。踊ったり話したり食べたりを愉しむ人々の間を忙しく駆け回る彼は、時折カメラを構えてシャッターチャンスを狙う。
「穢先輩、ぴっ子ヤギ、沙ネコちゃん、エイルズランタンこっちむいてー! あっ、かぼちゃのヘルメットお似合いですよシエラさん♪」
 パシャ、パシャ、パシャとフラッシュが連続で焚かれ、被写体達は驚いたように振り向く。だが、すぐに嬉しそうな顔になった。
「しゃしーんしゃしーんのー♪」
「写真ありがとう。へーえ、いろんな人と映ってる……」
 早速写真を受け取ったぴっこ(ja0236)は小さな両手をぱたぱたさせ、穢(ja2372)は興味深げに顎を擦る。ただ、シエラ・フルフレンド(ja0894)だけは焦ったように顔を覆い、
「写真は命を奪われるので危ないですっ」
 サッと反対方向に身体を向ける始末だ。その方向にはちょうどテーブルが設置されており、上には多種多様な料理が並んでいる。どうやら立食パーティ形式を取っているようで、舌鼓を打ちながら談笑を愉しむ人々も多い。
「皆仮装似合ってるぜ」
 盛況振りを喜ぶ部長、鞍馬 真治(ja0015)もヴァンパイアのコスプレが決まっている。フルーツサンドを頬張り、満足げに頬を崩す。
「ああ、随分と賑やかな夜になってきたな。それじゃご期待にこたえて、いっちょ踊ってみますかねっと!」
 ジャックランタンの仮装をした東陽 散葉(ja0331)は笑い、リズミカルなステップを踏み始める。踊る最中に擦れ違うのは、情熱のタンゴを刻む辻村ティーナ(jz0044)と牧野 穂鳥(ja2029)だ。牧野の方はダンスに慣れていないのかどことなくやけくそに動いているが、それを辻村が華麗にリードしている。
 くるくると回る多彩な影。止まぬ歓声――実にお祭り騒ぎに相応しい光景が、そこにあった。


 ――愉快な文化祭の催しは、夜が更けるまで続いたという。







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