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文化祭ノベル マスター:Yeti

 響き渡る花火の音、色取り取りの飾り付けやちらし、呼び込みの声。久遠ヶ原学園の敷地内は、活気で満ちていた。年に一度の文化祭が、始まったのだ。

 文化祭では、学園の生徒達が所属するクラブ単位でそれぞれ趣向を凝らした店を出している。そのうちのひとつは、文化系のクラブが集まる部室棟の一角に存在した。


 室内に、ひたすら響くカリカリ音。机の代わりに設えられた低い台、その台に群がって四角く平べったい敵を睨む挑戦者たち。手にはそれぞれ画鋲やら楊枝やらの武器を持ち、脆く壊れやすい菓子を型から抜こうと試みる――そう、クラブ【ソーサレスガーデン】の出し物は、縁日でお馴染みの『型抜き遊び』だ。

「マクミランさんこんにちはー! 遊びにきました!」
 部員である相馬 遥(ja0132)が、弾んだ声で挨拶を投げる。普段はフードを目深に被っている部長のエリス・K・マクミラン(ja0016)は、文化祭のために晒した素顔に微笑みを浮かべて、遥を出迎えた。
「こんにちは。ゆっくり遊んでいってくださいね」
「ありがとうございます! うわぁ……」
 型抜きに興じる客たちの姿を見回して、遥が感嘆の声を上げる。
「なつかしー! 子供の時ハマったなぁ。ふっふっふっ、皆さん意外と不器用ですね、ここは私が型抜きのなんたるかをお手本に、いざっ!」

 遥が型抜きを始めると、今度は部員の諸葛 翔(ja0352)がやって来た。
「おー、エリスは面白そうなモン始めたな。どれ、オレもやってみるかな」
「あっ!」
 遥が声を上げる。1つ目は綺麗に型からくり抜くことが出来たが、2つ目で失敗してしまったようだ。
「……コレはなかった事に、は無理ですよね……」
「ふっふっふ、オレの器用さをなめてはいけない」

 がっくりと肩を落とす遥、得意げに言って型に向かう翔。遊びに来てくれた客や、後からやって来た九曜 昴(ja0586)ら親しい部員たちの楽しそうな姿を眺めるエリスの頬は、自然と緩んでいた。


 ところ変わって、体育会系の部室棟。
 薄型テレビに繋がれたノートPC。そのPCに繋がれた、やたら手作り感の溢れる十字キー付きマットの上には、ポンポンを手に踊る人の姿が――最後の一拍、音楽に合わせてポーズを決めると、テレビ画面に点数が表示される。
「まぁこんなものか…ふがいないな」
 73点、というそこそこ良い点数であるにも拘わらず、挑戦者アレックス(ja3296)は浮かない顔で溜め息を吐いた。
「70点台が出せれば十分だと思いますよ、ゲームですしっ」
 アレックスに慰めの言葉をかけた或瀬院 由真(ja1687)は、このゲーム――『CRR』を設置した【チアリーディング部】の部長である。由真はアレックスからポンポンを受け取り、立ち去る背中を見送った。

「部の一員として私も…と、言っても…マットは踏めないので…ポンポン重視で♪」
 次に現れた挑戦者は、部員の藤堂 瑠奈(ja2173)だ。車椅子で生活する彼女は、マットの点数を諦めポンポンだけで挑戦を始めた。そんな瑠奈の踊る姿を、由真は離れた場所で見守っている。
「ふゎぁ〜…結構大変ですね…もう少し、練習頑張らなくてはなのですよ〜」
 由真は自分の点数を見て気合いを入れる瑠奈に歩み寄り、画面を覗いて感嘆の声を上げた。
「むむむ、ポンポンだけでこの得点…。瑠奈さんにはポンポンマスターとしての才能がありそうですー。これからも一緒に頑張りましょうっ」
 ぐっと拳を握り微笑み合う二人のもとに、新たな挑戦者がやって来た。これまでの記録が書かれたホワイトボードを見て、素っ頓狂に叫ぶ。
「ひよこ強えぇ!?」
 挑戦者――地領院 徒歩(ja0689)の声が耳にはいると、彼を出迎えるため二人は元気よく振り返った。


「わたしは穴掘りとコタツが大好きだー!!!」

 叫び声が響き渡ると同時、ゴゴゴゴ……と音を立てて何かが沈んだ。いや、沈んだというよりは、掘り下げられた、というのが正しい。この世には、科学では説明できない不可思議な力や現象が、確かに存在するのだ。
「おつかれさまなんだぜシロ部長!」
 先ほど井戸に向かって叫んだ声の主――犬廻 シロ(ja2184)の背後から、部員である七種 戒(ja1267)が労いの言葉をかける。自身も井戸へ歩み寄り中を覗き込むと、半ばはネタだが半ばは本音でもある叫びを口にした。

「……リア充ばくはつしろぉぉぉ!!!」

 轟音と共に、再び何かが掘り進む。――それは、井戸だ。魔法の井戸。本能の叫び――『イド』を糧に、井戸はどんどん深くなっていく。【ディぐだ部】の用意した文化祭の出し物は、この『イドで掘る井戸』なのだ。
 シロと戒は互いに目配せすると、井戸から離れた木の陰に、そっと身を隠して誰かが来るのを待った。

「すでに転落したら危険な深さになっているな」
 ほどなくしてやって来たもう一人の部員、楯清十郎(ja2990)が笑いながら井戸の中を眺め遣る。暗闇に紛れ、底は全く目に見えず。清十郎は、何故か唐突に自身の恥ずかしい思い出を叫ばねばならないような気持ちに捕らわれ、ついつい井戸に向かって黒歴史をぶちまけた。

「自分は風を操って魔球を投げられると信じてたんだよおぉぉぉ!」

 煩悶、悶絶。周囲に人が見当たらないとはいえ、どうしてこんな忘れたい過去をわざわざ口に出してしまったのか。井戸にかけられた魔法の力なのか、それとも自分がどエムなだけか。真っ赤になって叫んだ清十郎は、脱兎のごとく逃げていった。仲間の恥ずかしい秘密を知った二人は、清十郎の消えた方角に視線を投げ、合掌。
 黒歴史は、スタッフが責任を持って美味しくいただきます。


 一方その頃。
 【トレジャーハンター部】の部室として使われている倉庫の中には、松茸の馨しい香りが漂っていた。ここの出し物はズバリ、『秋のお宝!松茸づくし店』。学園の敷地内で採れた新鮮な松茸を、様々な調理法で提供してくれるという夢のような出店である。ただし、そこには落とし穴が――

「……まつたけ……」

 悲しそうに呟いたのは、お客として来店していた綾瀬 歩(ja2274)だ。松茸ホットサンドという彼女的には微妙なメニュー、そしてもっと残念なその味に、切ない気持ちばかりが込み上げる。これを松茸といっては、他のまともな松茸に失礼というものである。

 期待を裏切られ哀愁漂わせて去っていく歩とは裏腹に、部員の佐治 軒人(ja2480)は満足げだ。
「うん、うめえ。さすがマツタケ、俺が普段食ってるもんとは大違いだ」
 軒人の箸は止まらない。彼の後を追うように松茸メニューに挑戦する他の部員たちも、舌鼓を打って料理を頬張っている。
「ん〜、美味いな!」
「うん! 普通においしい! なんだか懐かしい味がする! ……初めて食べたけどね!」
 獅子堂虎鉄(ja1375)は歩と同じくホットサンド、ノワール・パフトラル(ja0783)は松茸ご飯。それぞれメニューは違うが、味に文句を言う者は皆無だ。歩は運が悪かった、としか言いようがない。

 部長の神鷹 鹿時(ja0217)は調理の手を休め、松茸にありつく人間たちの悲喜交々を眺めて呟く。
「何か美味い不味いのバランスが極端な気がするぜ! さすが学園産マツタケ! …出来れば美味いマツタケを出したいんだがな〜。見た目じゃ全然わかんねぇんだぜ…。…言って置くが、俺の料理の腕が極端なわけじゃねぇからな!!」
 誰にともなく弁解すると、鹿時は再び中華鍋に向かった。松茸を求めて跡を絶たないお客たちの、期待に応えるために。


『えっーと……、宝物は……ポペーーーー』
 高等部の校舎内、スピーカーから流れる声とハウリング音。
 祐里・イェーガー(ja0120)は【なんでも放送部】の部室内で、マイクの調子を確かめるように声を出した。
『えー、テステス…俺の宝物は、兄弟と譲り受けた放送局です』
 その声が、再び校舎内のスピーカーから流れ出す。『学園へいこう! 祭の主張』と題した出店の企画内容は、参加者によるサイコロトークの放送なのだ。祐里のお題は、『あなたの宝物』。
『一応養う立場であるのでも有りますが、ですが、二人の為なら何でもしてやりたい。平凡な生活は、無理かも知れない…でも、出来る限り家族の時間を大切にしたいです。まぁ、そう上手くは行ってないですが…』
 祐里がマイクのスイッチを切ると、音声入力が別のマイクに切り替わった。部長の栗原ひなこ(ja3001)が、祐里の放送を受けてパーソナリティとしてコメントを放送する。
『う゛〜っ、イイ話じゃないですかぁ〜。お兄ちゃん頑張る的な!! これからも家族の絆、大切にしてくださ〜い!
 さて、次のコーナーは…『求む! あの人の目撃情報』だよ! 大盛況な文化祭、みんなも楽しんでるかな? 出店を巡っているときに、噂のあの人達には遭遇した? このコーナーでは、そんな有名人達の目撃情報を語ってもらいます。それでは羽吹さん君田さん、どうぞー!』
 再びマイクが切り替わり、静かな女生徒の声が流れ始めた。中等部1年の、羽吹 由縁(ja3127)だ。

『私が所属している食品研究会の出店にミリサ・ラングナー先生がいらっしゃいましたので、こちらの出店を紹介しておきました』
 由縁が淡々と語り終えると、君田 夢野(ja0561)の柔らかな声がそれに続く。
『ふと気が付くと、俺が部長を務めている夢見幻想音楽部の楽器体験会に貴布禰紫が来てたよ。……ええと、演奏には言及しない』

 放送が終わり、音声は再びひなこに戻った。
『羽吹さん君田さん、貴重な情報ありがとうございましたー! まだまだ噂の目撃情報はあるはずっ! みんなの情報まってるよっ!! 』


 校内放送も聞こえないほど賑わっているのは、【でんげき部】の部室だ。部員の梅ヶ枝 寿(ja2303)が、町娘の服装――つまり女装で呼び込みをしているその周辺は、『歌舞伎隈取&写真撮影』コーナー。部のもうひとつの出し物、『和風格闘ゲーム』で負けた人間や自ら志願した人間に、歌舞伎のメイクである隈取りを施してしまおうという出店である。
「記念に隈取りはいかが? 梅ヶ枝ことぶ子でぇす☆ 和風格闘ゲームに負けたら、もれなく罰ゲームとして強制体験。自ら志願もモチロン大歓迎。文化祭だもの、弾けちゃえばいいじゃない!」
「部員は隈取お断りって、張り紙してなかったっけか。つっても言ったからにはやらなけりゃ、アズ助六にしばかれる。さぁこい!! ことぶ子!!」
 同じく部員の鬼定 璃遊(ja0537)が、ゲームコーナーからやって来てメイク用の椅子にどっかと腰を下ろした。彼女は文化祭の準備段階で隈取りメイクすることが決まっていたのだが、そのメイクを今やってやろうということらしい。
「ゲームの合間にメイクとは勇者だな、りゅー。隈取のままゲームして、相手を動揺させる作戦か! 勇者にふさわしいメイクを施してしんぜよう。いざ!」
 寿はしゅぴーん、と効果音の聞こえそうな勢いで、璃遊の顔に白粉を塗りたくり筆を走らせる。メイクの完成した璃遊の顔は――
「…できた。できちゃった……。俺の才能が怖い……!」
 名付けて、純白ピュア肌アホ殿メイク。…そう、テレビでお笑い芸人が扮している、あのアホ殿そっくりになっていた。続いて、写真担当の部員不知火 まなり(ja1147)が、手にしたデジカメでその勇姿を激写する。ただし、上手く撮れるかどうかは彼女にも解らない。
「マナ子さんじょーッス!! ぶっとんじゃうぐれーなメイクッスね、リュー先輩。カッコイーッス!! いー写真を残してあげるッスよー!! 一族の宝にしてくだせーッス!! 撮るッスよー!!」

 ……こうして、『メンチ切ってるガチ怖アホ殿メイク』写真が完成した。

 撮った写真は、これまたでんげき部の出店である休憩所の、写真ボードに張り出されることになっている。休憩所では、部長である相楽井 亜綾(ja0665)、部員の関 アズサ(ja1550)、江口 いをな(ja1303)、時坐 まつり(ja0646)らが接客をしていた。
「外出から戻ってみれば。想像以上に盛況だな」
「本当に、予想外だな。軽食は鬼定が食べ尽くして終わり、みたいな事を想像してたけど」
 客の注文を取りながら、あずさとまつりが賑わいの感想を述べる。任意のメニューや数量を注文することが出来ないという何とも博打打ちなシステムがウケたのか、用意した席には空きが見当たらない。
 この状態は、彼女たちにとっては嬉しい誤算だった。テーブルからは楽しげな話し声が聞こえ、写真ボードの前にも人だかりが出来ている。
「写真がたくさん! 私もお仕事しないとね」
 いつの間にか増えていた隈取り写真を目にして、いをなが焦り気味な声を出した。店を開けた当初は客も少なくのんびりとしていただけに、彼女にとってもこの賑わいは思いも寄らないものだったのだ。
 そんないをなの緊張を解すように、亜綾は笑って彼女の肩を叩いた。――大丈夫、気楽にいこ。

「いらっしゃいまっせー★ ゆっくりしてってくださいねー★」


 何処かで笑い声が起こる。誰かと繋がり、友情が生まれ、かけがえのない絆が結ばれる。今日の思い出は色褪せることなく各々の胸に大切にしまわれ、文化祭のざわめきは秋の美しい青空に吸い込まれていった。







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