●長閑な昼下がり
全体的にカオス感溢れるOrzの中でも、ここ田園エリアは別の意味で異彩を放っていた。
とっても長閑である。平和である……。
「沖縄は前回のOrzぶりだね」
田園の片隅に置かれたベンチで、星杜 焔(
ja5378)は、二年前の光景を思い出すように目を細めた。
「沖縄といえばシーサー。
もふらさまってシーサーに似てるよね」
言われてみれば、と、肯くのは、彼の妻である星杜 藤花(
ja0292)。その片手は、養子である息子の小さな手をベンチから落ちないように優しく握っていた。
焔の弁は続く。
「という訳でもふらさまが南国リゾートを満喫しているイメージでキャラ弁つくってみたよ」
そう言いつつ、ベンチの上でキャラ弁を広げ――家族揃って、キャラ弁を堪能する。
「もふらさまって可愛いですよね……」
藤花は言う。息子も好きなキャラだった。
腹ごしらえが済んだ後は、穏やかなエリアを歩きがてら願いが叶うと言われている鐘があるスポットへと向かった。
いくつか別れた道のうち1本を選び進み、行き着いた先は家族用の鐘。
(これからもこんな時間がずっと過ごせるといいな)
焔は思う。
天と冥と人が手を取り合って平和に暮らせる未来になりますように――。
一方で藤花の願いも、皆の幸せという意味では焔と共通していたけれど、加えてもう一つ。
今は亡い夫の縁者の幸いも、同様に願った。
各種鐘への分岐路で夫妻とすれ違い、そのままお二人様用の鐘へとやってきたのは、ギィ・ダインスレイフ(
jb2636)と陽向 木綿子(
jb7926)である。
「遊園地って割に、随分と長閑だな。
……まぁ、変にうるせぇよりはいい」
周囲の静かな光景を一瞥しながら、ギィはそんな感想を漏らす。
一方で木綿子は、鐘を鳴らす前から隣を歩くギィを見てはドギマギしていた。
憧れの先輩と公園デート!
……なのはいいのだけれども、問題は最近急に胸が育ってしまって服がきつくなってしまったことだ。
結局新しい白ワンピにしたけれども、かっこいいギィに釣り合うだろうかとそこはかとない不安は募っていた。
「願いが叶うそうなんでギィ先輩も何かお願いごとしましょ!」
と、その不安を振り払うようにテンション高めでギィにそう語る木綿子。
「願い事? ん……改めて言われると出てこない、が」
「ご飯がいっぱい食べたいとか何でもいいんですよ!」
等と言っている間に、二人揃って鐘の前に着いてしまった。
まず木綿子が鐘を鳴らし、それから手を合わせ瞑目する。ギィもそれに倣った。
少ししてギィが閉じていた目を開くと、木綿子が顔を覗き込んできていた。
「先輩、何をお願いしたんですか」
「……秘密、だ」
人差し指を口に当てながらも、いつもの気だるげな無表情でギィはそう言った。
二人とは入れ違いに、今度は天宮 佳槻(
jb1989)がお一人様用の鐘へと向かう。
すれ違いざまにギィたちのことを勿論視界には捉えたけれど、その関係性がどうとかというところは佳槻にとっては実にどうでもいいところだった。
他者とは適度に距離を置きたいのだ。まして彼女なんて、「欲しい」と思うよりも「面倒くさい」が先に立ってしまうのである。
そんな彼にも、悩みがある。
しかも切実ではあるけれど、正直周囲にはあまり知られたくない類の願いだ。
ガラガラと鐘を鳴らし、手を合わせると――
(あと5センチ身長が欲しい……)
もう少し、せめて次の誕生日までには、と強く願う。もっと言えば進級するまでに伸びて欲しいものだけれども……。
何だかハーフに覚醒してからは、身長も伸び悩んでいる気がするのだ。
二年前までは平均身長だったのに、今は低身長の部類である。
男の娘でもない限り(勿論そんなつもりもないし)、男の低身長はあまり得しない、と彼は考えていた。
だから――贅沢は言わないから、せめて170は越えたい……。
ある意味縋るような願い事だったけれども、それくらい今の彼にとっては大事なのだった。
他にも何やら色々願ったらしい佳槻と、今度は逢見仙也(
jc1616)が入れ違ってお一人様用の鐘へと到着する。
予め、願いが叶うというスポットの場所やお参りの仕方なぞは調べておいた。これもご利益の為である。
だからたとえ天魔ハーフ一人の行動といえど、今更人類の文化やしきたりに戸惑うことはなく、しっかりとした所作でお参りをする。
『学園での目標全てを早く達成できる様に』
――というのが彼の願い事だけれども。
学業も、撃退士としてのアレコレも含め、今ある目標を達したらそれに伴って新しい目標がきっと出来る。
それもそれで早く達成する、というのも、この願いには含まれているかもしれないけれど。
仙也が鐘のあるスポットを出、歩いていたところ、軽食も食べられる休憩所の横を通りすがる。
彼はそのまま気ままに通過していったけれど、その休憩所には既に何人かの撃退士が滞在していた。
「お前……相変わらずよく食べるな……」
玖神 周太郎(
ja0374)はフント・C・千代子(
ja0021)の食べっぷりを見て半ば呆れたような声を上げた。なお、千代子はこれまでにも既にホットスナックなどをいくつも食べてきている。
千代子が中身は子供なのも、勿論わかっている。だから同席する紅葉 虎葵(
ja0059)やノルトリーゼ・ノルトハウゼン(
ja0069)も、その様子に苦笑するしかなかった。
休憩所にはおみやげも売っていた。
少し後ろで三人の背中を見守るノルトリーゼの更に後方――つまりは先程仙也が通り過ぎた道を、今度は七ツ狩 ヨル(
jb2630)と蛇蝎神 黒龍(
jb3200)が横切っていく。
やがて二人は、レースコースのようになったレーンの並ぶコーヒーカップの前に辿り着く。
先にコーヒーカップの中に入ったのは、黒龍。
「黒は悪魔だし、強いから大丈夫だよね」
「うん。本気出していい」
カップを押す構えに入りつつ謎の信頼感を見せるヨルに、黒龍も小さく肯く。
勢い良く押し出されるカップ。カーブでものすごい勢いでカップが回転し中の人(じゃないけれど)がいつもより多く回っても、ヨルはひたすらに全力で押していく。
疲れたところで、黒龍に交代。
撃退士としては黒龍の方がヨルよりは鍛えている。
「景色がぐるぐるしてる……」
加速が半端ない故に、視界に捉えきれない速度で景色が移り変わっていく。正直目が回りそうだけれど、ヨルは何だかそれが心なしか楽しい。
何だかんだでかなりガチな二人は、かなりハイレベルなレコードを叩きだしたのだった。
●光り煌めくゴンドラの中
沖縄の夜がやってくる。
空に輝く幾千の星の下、夜のOrzを彩る一光景として、色とりどりのLED装飾を纏いながら観覧車は回る。
辺りは夕暮れから少しずつ、夜の闇に包まれていく。
「……ね、ジュンちゃん。
この遊園地、夜の観覧車が一番お勧めなんだそうです」
Rehni Nam(
ja5283)は、そう言ってベンチに並んで座っていた亀山 淳紅(
ja2261)の顔を横から覗きこむ。
淳紅は遠くからでもよく見える観覧車の方を見遣った。
「夜の観覧車かぁ。
てっぺんに行ったとき夜景が綺麗そうやね」
「最後に残しておいた観覧車……そろそろ行きませんか?」
その誘いを断る理由は、もちろん淳紅にはない。
「うん、いこか」
二人きりの時間を大切にするかのように、二人は手を繋ぎながら観覧車へと近づいていく。
(こういうの、最近あまりしてへんかったな)
繋いだ手をちらりと一瞥しながら、淳紅は思う。
最近はなかなか時間が合わず、淳紅自身、学外で仕事をしていることが多く彼女と会う時間があまり取れずにいた。
だからこんな時は、レフニーを全てにおいても優先して過ごそうと考えていた。
「ふわぁ……」
レフニーがそんな感嘆の声を上げ、淳紅は彼女の視線を追って上を見上げる。
考え事をしている間に、観覧車の前に到着していた。
「下から見上げても、ライトアップも装飾も素敵ですね」
すっかり暗くなった空の下を照らすきらびやかな光が、二人を明るく照らす。
パンフレットの「貴方も壮大な夜景の一部に」という謳い文句は正直大げさだろう、とレフニーは思っていたのだけれども、そんなことはなかった。
こうして見ているだけでもすごいのに、上からの眺めは一体どんなものだろう?
楽しみになってしまうと、一刻も早く乗り込みたかった。
「っと、そんなに引っ張らんでも観覧車は逃げへんよ!」
、苦笑交じりの淳紅の言葉にも歩みを止めず、ほら早く、と言わんばかりに、恋人の手を引っ張って観覧車の搭乗口へと進んでいった。
ゴンドラに乗り込んだ後も、二人は手を繋いでいた。
恋人同士、二人きりの空間。
最近自分の身の回りに起こったことなど、他愛のない話を静かにしていても、どことなくちょっといつもと違う雰囲気が漂う。
静かに夜景を見ていたりする時間にもそれは漂ったけれども――ゴンドラが高度を上げてくると、そうでもなくなってきた。
「わぁ……!」
徐々に遠くまで広がりを見せだしたOrzの夜景を目にし、レフニーのテンションが上がってきたのである。
はしゃぎだしたら止まらなかった。
「あっち、すごいですよ!」
レフニーが淳紅側の窓を指し示した際に、テンションが上がりすぎてゴンドラがちょっとばかり揺れた。
「わ」
座席が傾いて淳紅の姿勢が下がる。一方でレフニーはその彼氏の上に覆い被さるような態勢になった。
そのままの姿勢で夜景に目を奪われていたレフニーだったけれど、少しして自らの状況に気がついた。
「ジュンちゃん、大丈夫ですか?」
「かまへんよ」
レフニーが変な態勢で転んだりしてしまわないように、淳紅は結構ギリギリの姿勢で耐えていたりはしたのだけれど、それはそれとして。
「まだまだ子供やなー」
そう言って笑うと、レフニーは少し恥ずかしそうにしながら身体を引っ込めたのだった。
周太郎、千代子、虎葵、そしてノルトリーゼは一台のゴンドラに四人で乗り込んでいた。
最初のうちは四人それぞれ静かに時を過ごしていたけれども、高度が上がるにつれてそうでもなくなってきた。
「おい、見てみろ! 外が綺麗だぞ!」
フランクフルト片手に外を見ていた千代子が、窓の外に広がる夜景を見てテンションが上がり、ゴンドラを揺さぶる勢いで窓に張り付いたのである。
「ダメだってば〜も〜」
ゴンドラが揺れる原因にすぐに気づいた虎葵が逆に千代子の身体を揺さぶるも、体格の差もあって千代子の落ち着きは取り戻されない。
「……おい、辞めろ、お前の図体でその勢いで暴れたら落ちる」
やれやれとばかりに周太郎が千代子の服の裾を掴む。
まだ千代子のそのすぐ隣に座ろうと、ノルトリーゼが少しずつ少しずつ、彼との距離を詰めつつあった。
なかなか伝えられない気持ちを示すかのように、近づけば近づくほどに、その速度は緩んでいくけれど。
「……がんばれ」
小さくかけられた虎葵の声が、背中を押した。
ちょうどゴンドラの高度が頂点に達した時、揺れる観覧車の中、周太郎の、千代子の服の裾を引っ張る手とは反対の腕に思い切り抱きつく。
豊かな胸が、周太郎の腕に強く強く当てられる。
虎葵や周太郎は相変わらず千代子を抑えようとしていたけれど、ノルトリーゼとしてはむしろもっと揺れろとさえ思っていた。
すぐにではなくても、これが少しでも、何かが変わる切っ掛けになるのなら――。
高度がある程度下がったところでやっと千代子も落ち着いたけれど、腰を落ち着けた周太郎はその後も、ノルトリーゼの秘めたる想いには気づいたような様子もなく。
観覧車を降りる少し手前で、名残惜しそうに腕を離す。
「また乗りに来るか」
観覧車乗り場を出た周太郎は、三人に向かってそう口にする。独りを好む彼にしては珍しい発言だったけれど、それだけ楽しんだということだろう。
少し後ろに立っていたノルトリーゼは、そんな彼の後ろ姿を柔らかな笑顔で見つめていた。
そんな四人が観覧車の下を去った頃、宇田川 千鶴(
ja1613)と石田 神楽(
ja4485)の乗ったゴンドラはまだ高度を上げている最中だった。
「黒子は元気やったなぁ」
「何だかもうゾンビに近い気がしますね〜」
千鶴が昼間の光景を思い出して遠い目をすると、神楽も笑いながらそう付け足す。
Orz全体に現れるという黒子は、当然このエリアにも現れた。
このエリアに限った話ではないだろうけど、色々な意味で空気の読めない黒子たちはバッタバッタと伸されていったものだった。
「まぁ、アトラクションに欠かせやん要素なんやろな、此処特有やろうけれど」
「しかし毎回思いますがこの遊園地、名前で損してますよね」
こう思うのは自分だけではないはずだ、と、にこにこといつも通りの笑みを湛えながら、神楽は窓の外の光景を見て言う。
千鶴はそんな私見を聴いて、うーん、と僅かに首を傾げる。
「まぁ、この名前でインパンクト出してるのもあるし、案外損やないかもな」
面白い思い出もあれば消したい思い出もある気がするけれど、そこはお互い触れないつもりである。
「……たまにはええんちゃうかな、こういうのも」
ほんの少しの沈黙を遮って、千鶴がぽつりと呟く。
神楽は
「ようやくの日常ですか」
単語の意味を噛みしめるように、ゆっくりと言っては小さく肯いた。
こうしてのんびりするのも、実に久しぶりなのである。
恋人であり、親友であり、戦友である。
だからずっと、二人肩を並べ、時には背中を預け合い、戦場を駆け抜けていた。その様を思い出すと我苦笑してしまう。
だからこそ、だろうか。
ようやく訪れたこんな時間が、愛おしい。大切にしたい。楽しみたい。
気づけば神楽は、千鶴の頭を撫でていた。
千鶴は暫くおとなしく撫でられていたけれど、やがて、
「時々思うんやが、神楽さんは私の頭を撫でるのが好きよな」
と、尋ねるように呟いた。
「そうですかね」
「撫でたからってマイナスイオンが出る訳でもないのに、もの好きやなぁ」
確かにその通りではあるのだけれども、これも神楽にとっては大切な、日常成分の補給なのである。
「というか撫でてばかりおらんと夜景見なや、綺麗やで?」
千鶴がそう言って視線で示す先の光景に、神楽もまた顔を向ける。
ちょうど観覧車の最高到達点に達したゴンドラから見る景色は、他のエリアの賑やかさも相まってとても華やかだった。
「まぁ、また来年もこんな風にのんびり話出来てるとえぇな」
その千鶴の言葉には、神楽は何も口にはせず。ただいつも通りに笑んだままに肯いたのだった。
ギィと木綿子も、ゴンドラの中で二人の時間を過ごしていた。
「綺麗ですねー。地上に星があるみたい」
Orzが夜も賑やかな空間であることを示すかのように、今もなお無数の照明が瞬いていたり、煌々と照らされている。その様を見下ろしながら、木綿子はほう、と息をついた。
(地上に星、か)
ギィもまた木綿子の言葉につられ、眼下の景色を見下ろす。
情景に価値を見出すのは人間特有の感性なのだろう。悪魔である自分には完全には理解し難いものではあったけれど――ただ一つ言えることは、
「この景色は、俺も嫌いじゃ、ない」
そう口に出してみると、木綿子の表情が先程よりも――先程までもずっと楽しそうではあったけれど――更に明るくなる。
しかしながらその表情はころころと変わる。今度は少し俯き加減になり、ギィの表情を窺うように視線だけを彼の方に向けた。
「……ギィ先輩、昼間は何をお願いしたんですか?」
「あー……」
そういえば昼間は結局秘密にしておいたのだった。
ギィは木綿子の顔から少し視線を外し、
「『ユーコの作る食べ物を、もっといっぱい食べたい』って、願っておいた」
と、ここは素直に答える。
それから彼女の色素の薄い髪を梳くように触れ、木綿子もまたくすぐったそうに目を細める。
何だか少し良い雰囲気になりかけたけれど――ぐぅ、と鳴いたギィの腹の虫がそれを壊してしまった。
「……ユーコ、何か食うもの、あるか?」
「あ、先輩お腹空いちゃいました? お菓子持ってますよ」
そう言って紙包みのお菓子をギィに差し出す木綿子。
ゴンドラの中でお菓子をつまむギィの表情を見、
「……私は、ギィ先輩が幸せでありますようにって願ったんですよ」
彼に聴こえるかどうか微妙なくらいの声の大きさで、呟いた。
ヨルと黒龍が観覧車へやってきたのは、日が暮れてから大分経った頃だった。
「……ここだけ、外とは違う空間みたい」
高度を上げていくゴンドラ。その中から周りの景色を見下ろしながら、ヨルは呟く。
二人だけがいる小さな世界から、広い人の世界をこっそり覗き見しているような気分だった。
それが楽しくもあり、それでいて隔離されているようで少し寂しくもある。そんな複雑な気持ちを抱え、ヨルは目を細めた。
ヨルの言葉に、黒龍は僅かに笑った。
「ホテルから眺めても良かったんやけど、今、観覧車を見て思い出とする人らがおるなら、ボクらも思い出の一部になれたんやろかな?」
二人だけの小さな世界は視点を変えてみると、壮大な夜景の一部としての観覧車の中の、更に一部なのである。なれば、黒龍の考えもあながち間違ってはいない。
これだけ光っていたら、遠くからゴンドラの中は見えないだろうけれど――、
「別に見えても問題ないな」
そう言いながら、黒龍はそっとヨルへ口づけをした。
ちなみにこの観覧車。
ゴンドラの高度が最高点に達した時に下を見ると、遊園地の一部の装飾によって『Orz』の文字が浮かび上がっているのだけれども、それを知っているのは実物を見た者たちだけである。
●静かに過ごす夜
観覧車からも暫く歩き、エリアの一番外れに近いところにそのホテルはあった。
レンガ造りの、五階建てのホテル。
その中にも、何人かの撃退士が滞在していた。
ホテル内でも観覧車を含めた夜景を一番まるごと楽しめるのは、レストランだった。
沖縄料理には普段夫妻揃ってあまり馴染みがない。
そういった料理を食べるのが藤花にとっては純粋に楽しく、料理好きな焔にとっては色々味を覚えて帰りたいところだった。
沖縄伝統の豚角煮、ラフテーが口の中でとろけていくのも覚えておきたいし、泡盛は研究の為に買って帰りたいくらいだ。
「こういう料理、もっとみんなで食べたいですよね」
という藤花の感想には、もっとも、とばかりに焔も肯く。
その為にも、もっと色々な料理を覚えたい、とも考える焔だった。
十分に食べた後は、レストランの中でも窓際にあるスペースに並んで座ってゆっくりと夜景を堪能する。
幸せすぎる一時は、時にいつの間にか眠気を誘ってしまう。
不意に焔の肩に藤花の身体が寄りかかった時には、既に彼女は穏やかに転寝していた。
同じくホテルの夜景が見えるスペースには、神宮陽人(
ja0157)もいた。
今日は終始、彼は独りで行動していた。大勢で騒ぐのは嫌いではないけれど、今日はそんな気分じゃなかったのだ。
特に遊びの目的を持っていたわけではなく、たまには何の心配もなく過ごしたかっただけ。
狙い通り、ふらふらとエリア内を平和に見て回った先に辿り着いたのが、このホテルだった。
夜景を眺めている最中、昼間に鐘のところに行けば良かったかな、なんて今更ながら思ったりもしたけれど。
その代わりになるかは分からないとしても、彼は両親へ向け手紙を認めていた。
喧嘩別れ中だけれども、学園で様々な戦いを経て少しだけ丸くなった、と我ながら思う。
だからこそ、「沖縄はとても良い所だから、2人も遊びに来たらどうかな」なんてことが書けたのだ、と。
天魔のいない世界を、自分はよく知らないけれど。
この平穏が全国に取り戻されればいい――なんてことを、ただ静かに思った。
客室の一つでは仙也が酒を飲みながらゆっくりしていたけれど。
どこに置いてきたのか、ドライヤーガンがない。
ホテルに着くまでは他の荷物と一緒にあったはずなので、大浴場等に置いてきてしまったか。
でもまぁ、まあ間違っても具現化して使う人いないだろうし。
「どうでもいいや、寝よ」
気にしたってしょうがない。今はこの酒の入ったいい気分のままベッドに入るのがベストだろう――。
後日、何も知らない一般人がホテルに泊まって大浴場の更衣室で首を傾げ。
紆余曲折あって学園に戻っていた彼の手元にドライヤーガンが戻ってくることになるのだけれども、それはまた別の話である。
「昼はどこも賑やかだったな。随分歩いたけど、疲れてないか……?」
「大丈夫よ? ドニーがちゃんと合わせてくれたし……大好きな人と一緒なら、ね」
そんなやり取りを交わしながら、ドニー・レイド(
ja0470)とカルラ=空木=クローシェ(
ja0471)はホテルの一室で共に静かに時間を過ごしている。
昼間は遊園地内の各エリアを散策していた。賑やかなのもいいけれども、こうして過ごす二人の時間が、今はとても心地よかった。
中学時代からの仲ではあった。けれども、当時からドニーへ想いを寄せていたカルラに対し、ドニーは恋心に気づくのが多少遅れた。
いまはお互い恋人として、相手と過ごす幸せな日々を全力で満喫している。揃って成績が下がり気味だけれども、今の二人には些細な問題だった。
柔らかなソファーに腰掛け、二人寄り添う。目の前のショートテーブルには、少量の酒。
やや露出度の高いワンピースドレスに身を包んだカルラの細い左手の指が、ドニーの右手の指と強く絡みあう。
カルラが自分の肩に寄りかかり、未だ残るシャンプーの香りがドニーの鼻腔をくすぐった。
つられるように、それまで夜景に向けていた視線を彼女の顔へと向ける。
すると、ちょうどグラスに口をつけていた彼女と目が合った。
「……しかし、こうしてると……高校生とは、違うな」
静かな空間、適度に薄暗い照明。そして、少しばかり成長した二人。
そう、ほんの少し歳を重ねただけなのに。
「ふふ、ほんとね……私も少しは、大人に……綺麗になれたかしら?」
カルラが問う。
その質問に対する答えは、考えるまでもなかった。
ドニーは左手で傾けていたグラスをそっとテーブルの上に置くと、その手でカルラを抱き寄せる。
「あぁ、とても綺麗だ。……去年よりずっと」
抱き寄せられたカルラは、
「……っ、あ…も、もう。いきなりなんだから…っ」
僅かの間だけ驚きとともに顔を紅潮させ――その色が残ったまま顔を上げると、ドニーと唇を重ねた。
本当なら、そんなに短い期間で人が劇的に大人になる――ということはないのだろう。
そうさせるものがあるとするならば、それはきっと何よりも大切な人の存在なのだと。
そうしてまた一つ大人としての時間を刻んでいく二人を――今宵は、月だけが見ていた。
華やかさも、やがてはお開き。
平穏に包まれた一日は、こうして終わりを告げていく――。
【田園】田園に広がるデート・スポット 担当マスター:津山 佑弥