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 蒼空に、黒い翼を広げて飛ぶ。ああ、この空を飛ぶのは何が為か。黄金の火が彼方に燃えている。
「あの子の形見だから、って躊躇はしないわァ……来なさいリカァ……!」
 陰影の翼で空を舞う半魔の少女――黒百合(ja0422)は迫る黄金の光達を睨んで言った。あの子というのは、サリエル・レシュ、赤い天使、前の死天使、リカの主にして先の大戦で討たれた大天使。黒百合はサリエルが好きだった。リカはそのサリエルが家族のように愛した娘。
 自分があの時、好きだと告げなければ、もしかしたらサリエルは死ななかったのではないかと、黒百合は思っていた。赤い天使の死は少女の心に傷を残している。
 同様に陽波 透次(ja0280)もまた塹壕の中より顔を出し、じっと彼方の黄金の光を見つめていた。透次はサリエルに惚れていた。視線の先にはそのサリエルが残したリカがいる。直接黒髪の使徒と相見えたのは昨年暮れの高速付近での一戦、死天の大規模戦での一戦、伊豆半島に戦いの舞台を移してからの紅蓮の森での一戦、これで四度目か。過去の情景や交わした言葉が脳裏に甦る。
 サリエルに愛されていた君が羨ましいと透次は言って、確かに自分は幸せだったとリカは答えた。
 サリエルが死んだ後の初めの一戦、あの時、森は燃えていた。あの時、リカは微笑んで、透次に――
「気負うんじゃないわよ」
 不意に、背後より声が響いた。塹壕の中、透次の左隣後方で赤髪の娘が身を潜めている。陽波 飛鳥(ja3599)だ。
 飛鳥は、透次からいつの間にか追い越されてて、置いて行かれるような焦りと寂しさを感じていた。
(……見てなさいよ、私だって出来る!)
 透次と同じように黄金の火を睨む。彼の視線を釘付けにしているリカへの嫉妬で戦意は高い。
 透次は肩越しに振り返ってそんな様子の飛鳥に微笑すると、
「姉さんもね……気をつけて」
 そう言った。透次が撃退士になったのは、大切な姉を支える為だ。
 躊躇わない。
 己が守るべきものは何か。
 それを見失いはしない。
 男は思う。
――けれど、
(友達になりたかった)
 透次とリカは気は、合うのだろう。リカはきっと透次が嫌いではない。多分、好きだ。何を重んずるのか、似ている部分がある。けれど、だからこそ対決は避けられない。己の情のみを以って守るべきものを違えない二人が、守るべきと定めたものは、真っ向から対立している。だから透次とリカは共に同じ天は戴けない。どちらも退けず――人間なんて殺されても構わない、サーバントなんて殺されても構わない、なんて事はお互い言えずに――相見えるなら、どちらかが滅びるまで戦うしかない。
(リカちゃん……)
 フレイヤ(ja0715)もまた彼方の使徒を見詰めていた。
 フレイヤは戦争なんて大嫌いだ。
 勝っても負けても誰かが傷付いて、泣いて、笑顔が遠退く。
(……そんなの私は望んじゃいない)
 胸中で呟き、魔女の箒の柄を握り締める。何故、戦うのか。解っている。血を流さなくてもどうにかなる事なら、そもそも初めから戦いなんて起こっていない。
 だが、大嫌いだ。大嫌いだ。大嫌いだ。
 けれど、戦争は感情を剥き出しにするから、笑わないリカの感情を見る事が出来るから――
(あの子を理解する為にも私は)
 やってきた。
 ここが戦場だ。
 他方。
「ギメルのオッサンか……久々じゃネーの」
 狗月 暁良(ja8545)、日露の混血、ブロンドの長身の娘が帽子の唾を少しあげて彼方を見やって呟いた。ギメルの使徒――この場にはいない少女、千本麻美だ――を巡った時など、過去に数度対峙している。あれから月日は流れた。色々なものは、変わったのだろうか。
 そのブロンド美女の傍らで、
(僕だって、意地がある)
 剣を携えギメルを見据えているのは紫髪赤眼の少年、永連 璃遠(ja2142)だ。こちらはつい先日の駐屯所での戦いでギメルと対峙した。その際には遅れを取ってしまった。
 思う。
 自分ではチャンスは数えるほどもないかもしれない。
 けれど一閃――この剣で一閃を……少年にも意地があるのだ。
(ギメル・ツァダイか)
 同じように爆炎の巨漢を見据えるのは緋伝 璃狗(ja0014)だ。青年もまた暁良と同様、過去にギメルと対峙していた。
 璃狗としては何度か面識を持つ為ギメルが気になる。
 だが、
(……俺の今の力で挑んでも足手纏いになるだけ、か)
 きっと地力が足りない。その自覚はあった。
 ならば、自分に出来る事をする。
 そして、せめてその行く末を……結末を見届ける事が出来れば、それで良い。
 青年はそう思いを固めていた。
 他方、神喰 朔桜(ja2099)もまた彼方のギメルを見詰めていた。
 彼とは知らない仲じゃない。寧ろ良く知っている。神喰朔桜はそう思う。彼女も璃狗や久遠 仁刀(ja2464)等と共に旭川でギメルと戦った、千本麻美を巡ってはさらに暁良や機嶋 結(ja0725)等とも共に何度もギメルと対峙した。街で、病院で、授業参観(あの天使は割りとフリーダムだ)で、京都でも。
 暫く逢えなかった分――
(私なりの友愛を示させて貰うよ)
 そう、決意していた。
 他方。
「先の失態を挽回したい所じゃが……」
 小田切 翠蓮(jb2728)が呟いた。彼もまた璃遠と同じく先の駐屯所での一戦に参加していた。あの時に肩を並べた仲間としては璃遠の他に日下部 司(jb5638)、水枷ユウ(ja0591)、機嶋結、がいて彼等彼女等もこの戦いに参陣しているようだった。また空を担当していたナナシ(jb3008)と狩野 峰雪(ja0345)もいる。改めて確認してみるとほとんど全員だ。各々、今度は負けない、という思いは強い。
 が、
「――敵もそう易々とは行かせてはくれぬ模様じゃな」
 隻眼のはぐれ悪魔は迫り来る敵を睨む。空には竜と竜に騎乗しているリカ、地上には青銅兵と銀騎士、そして中央にギメル・ツァダイ、なかなか威圧感のある布陣だ。味方側は干上がった川を挟んで川岸にバリケードを築き、斜面に塹壕を掘って構えている。
「なんとも難しい詰め将棋だな」
 下妻笹緒(ja0544)が呟いた。
 今回の作戦の肝は、いかにバリケードの内側に敵騎兵を入れないか。これに掛かっていると男は考えていた。故に敵の飛車角たるギメルと竜、そして香車である兵士たちを連携させない事を第一目標として動く心算である。
――具体的な撃退士達の布陣。
 担当領域の最も西北の宙に黒百合、その東隣の地上に北条 秀一(ja4438)、その前方十六メートル程前、バリケードの手前に鈴代 征治(ja1305)、東に四mほどゆきさらに前、バリケードの陰に水枷ユウだ。
 ユウの一つ東隣後方に日下部司、司の一つ東隣後方に黒夜。黒夜より十二メートル程後方、横一線の塹壕地帯に距離を取って神喰 朔桜(ja2099)、その東隣後方にナナシである。
 ナナシの一つ東に行って、そこより前方に十六メートル程、バリケードの手前に元冥界兵士の夜姫(jb2550)、その東隣に天風 静流(ja0373)、四メートル程東への地点に機嶋結、機嶋より八メートル程後方、斜めに走る塹壕地帯に御幸浜 霧(ja0751)、機嶋結の東隣に佐藤 としお(ja2489)、としおの東隣に永連璃遠、璃遠の東隣に緋伝璃狗、位置が被っていたので璃狗の一つ後ろに狗月暁良。
 暁良の東隣に草摩 京(jb9670)、京の一つ後ろの塹壕に斉凛(ja6571)、京の一つ前に下妻笹緒、笹緒の前、バリケードの陰にエイルズレトラ マステリオ(ja2224)だ。
 草摩京の東隣の塹壕内に狩野峰雪、狩野の後方4メートル程の塹壕内に小田切翠蓮。狩野より一つ東隣後方に陽波透次、透次よりさらに一つ東隣後方に陽波飛鳥。狩野より一つ東隣前方に久遠仁刀、仁刀の東隣に桐原 雅(ja1822)、雅より十四メートル程後方にいって横一線に走っている塹壕地帯に天野 天魔(jb5560)、天野より東に二メートル、南に四メートル程前に出た所にフレイヤである。
 としおは思う。
(お互いに守らなきゃならないモノがあって……どうしても戦わなきゃならないなら、自分の手の届く範囲の仲間は絶対に守って見せる!)
 銃を手に男は言った。
「戦いを終わらせましょう!!」
「ええ、勝利を!」
 隣に立つ璃遠が頷く。ギメルをリカをサーバント達を撃破し、勝って伊豆半島の戦いを終わらせる。平和を築く。
 ギメルが裁きの口上をあげながら駆け、サーバント達もまたそれに応えて咆吼をあげながら北上する。
 戦いが、始まった。


 両軍の間合いが接近し、飛び道具を持つ者達が一斉に射撃を開始する。中でも最も速くに反応したのは戦域の東側に陣取る赤髪の青年、久遠仁刀だった。
 脇に構えた曲刀は、鞘に収められたまま月白のオーラを立ち昇らせている。極限まで練り上げられたアウルの集中。見上げる初夏の空の蒼、風は緩く吹いている、蒼に浮かび上がる黄金の火が、青年の間合いに入るその瞬間、
「行くぞ」
 仁刀は白虹を発動、抜刀と共に白刃一閃。振り抜かれた刃が霧虹の如くゆらめく残光で軌跡を描き、放たれた月白の光が爆発的に空へと伸びてゆく。光の咆吼。蒼空を一直線に薙ぎ払いながら光の刃が、リカと彼女が騎乗する巨竜へと襲い掛かった。
 ドラゴンロードは咄嗟にかわさんと身を傾け、しかし光の斬撃は逃さず、その巨体を騎乗しているリカもろともに斬り裂いて抜けた。命中。強烈な破壊力が竜鱗と使徒の水兵服を裂いて血飛沫を噴出させてゆく。
 他方、戦域の西側、黒い翼を広げて宙を舞う黒百合もまた大鎌を消して狙撃銃を出現させ、その銃口をもう一体のドラゴンロードへと向けている。
 金色に輝く瞳の少女は、小柄な身に噴出した昏い闇を纏い、覗くスコープの彼方、レティクルを正面より北上して来る金焔竜へと合わせる。さらに狙いを絞る。狙うのは、その頭部。正面からならば偏差射撃は必要ない、が、頭部を抜くとなるとやはり難易度は高い。いけるか。
 次の瞬間、極限まで練り篭められた負の魔弾が黒い稲妻と化して、およそ三十メートルの距離を一気に制圧した。絶大の精度を以って放たれた一撃は、吸い込まれるように金焔の竜の眉間に突き刺さり、泥の如くに強靭な鱗をぶち抜き、その奥の骨肉をも貫いて後方へと抜ける。
 赤い飛沫が勢い良く噴出し竜の瞳から光が消えてその巨体が傾ぎ、強大な力を誇るドラゴンロードが、その火力を発揮する前に、断末魔の悲鳴さえあげず墜落してゆく。そして、そのまま大地に激突し動かなくなった。撃破。
 一発で仕留めた。
 竜を仕留めた黒百合はリカに対応すべく東へと移動を開始し、黒百合について北条秀一も東へと向かう。
 中央やや東、佐藤としお、バリケード越しに狙撃銃を構える。覗くスコープに映り蠢いているのは、手に槍を持ち薄汚れた兜と胸当てを身につけたのっぺらぼうの異形、青銅兵だ。
 こちらも狙うは頭部、そして真正面、が、斜面による高低差の分があるので、狙いを微調整しつつレティクルを合わせる。
「まずはご挨拶代りに♪」
 言葉と共に引き金を滑らかに絞る。鈍い銃声と共に旋状の回転が加わっているライフル弾は真っ直ぐに宙を裂いて飛んでゆき、狙い違わず青銅兵の顔面に炸裂した。ヘッドショット。駆けていた兵士は弾丸の衝撃力に大型車にでも激突したかの如く吹き飛び、もんどりを打って回転しながら大地に叩きつけられる。そのまま動かない。撃破。鮮烈な一撃。軽い調子とは裏腹に重く痛烈な挨拶である。
 陰影の翼を広げて舞っている桐原雅は、赤髪の青年の付近の宙で接近する竜を睨んで身構えている。先輩、久遠仁刀が十全に動けるように、その傍らでサポートしたい。淡々とした立ち振る舞いの雅だが、内面は普通の少女であり、そんな雅は仁刀が大好きだ。範囲攻撃以外はガードに入る予定であるから、あまり高く飛びすぎても咄嗟に間に入れないので、浮かぶ高さは五、六メートル程度か。
 ブロンドの少女、フレイヤはリカと対する者達を付近の者から援護して回る予定である。少女は魔女の箒を手にアウルを練り上げると、風を集め、塹壕内の陽波飛鳥へと放った。
 アウルで生み出された風は、軽やかに、赤毛の少女の身を鎧うように逆巻いて収束してゆく。ウインドウォール。風の防壁だ。刃矢を逸らす助けとなる。飛鳥は攻撃は得意とする所だが、防御においては脆いので、この援護がどう影響するか。
 緋伝璃狗は絶気闇炎、闇色の炎を纏って気配を殺しバリケードの陰で戦場の様子を窺っている。璃狗の防御能力であると、迂闊に飛び出して強打や集中攻撃を受けた場合、何も出来ずに瞬殺される恐れもあったから、まずは様子を窺って隙を見定める所存だろうか。手持ちの札が強力でなくても、成果を残す強かさを発揮できるかどうかは、立ち回りかかっている所。
 中央の夜姫もまたギメルを睨んでバリケードの陰で待機中。
(噂に聞く爆炎の天使ギメル・ツァダイ)
 少女は胸中で呟いた。
 思う。
――己の剣は通用するだろうか。
 予定としては、心臓や首、翼といった重要箇所を攻撃して警戒させ、隙を見て指輪もしくは指輪を填めた腕を狙う、そういう手筈だった。結界を張るという指輪はなんとかしたい所。その為にもまず、ギメルが渡河してくるまでバリケードの陰で待機する心算である。
 その夜姫の隣、ギメル・ツァダイの真正面に陣取る天風静流。
 艶やかな黒髪を初夏の熱い風に流す娘は、大型の複合弓を出現させると矢を番え、鍛えられた動作で滑らかに引き絞る。弓身は音を立てながら満月の如くに撓み、鏃が向けられる先、それは正面、中央を前進中の巨漢の天使ギメル・ツァダイだった。
 階級以上の実力を持つという爆炎の天使。いけるか? 攻撃において、静流の実力は既に並ではない。
 長身の娘は息を吐き呼吸を止めると、はっしと矢を放した。撓められていた弓身が反動でその蓄えられていた力を爆発させ、矢が豪速で射出される。凶悪に研ぎ澄まされ、さらに多大なカオスレート差が乗った一撃は、爆風を巻いて閃光の如くに飛び、軌跡に蒼白光を尾を曳くように煌かせながら、壮絶な破壊力を秘めて剃髪の天使へと襲いかかる。
 対する爆炎天使は、剛矢が放たれた瞬間、前進しながら身を稲妻の如くに半身に捌いた。蒼白い閃光の矢が先程までギメル・ツァダイの胴があった空間、残像を貫いて後方へと抜け、凶悪な破壊力を解き放って大地を爆砕し深く突き刺さる。速い。敵も尋常な技量ではないようだ。先の駐屯所の戦いでは撃退士達の攻撃の悉くをかわし、捌いてみせたのは偶然ではないらしい。
 他方、回避においてはそのギメルすらも凌ぐと目される男、戦域東部に位置するエイルズレトラは、備えられている台座を蹴って東南方向へと高々と跳躍し、板状部分一メートル、鉄線部分三メートルで合計の高さ四メートルにもなるバリケードを飛び越えていた。戦域を東側へと時計回りに回りこまんとする動きである。
 同様に西側、水枷ユウもまた戦闘開始と共に即座に台座を蹴って跳躍し鉄線を飛び越えている。こちらは真っ直ぐに南へと跳んだ。
 落下中、銀髪の少女は財宝の在り処を示すという魔本をその手に出現させる。
「ぬぅん!」
 他方、回避と共に一歩を踏み込んだギメルは、錫杖を振り上げて火球を発射した。それに狩野が素早く反応する。初老の男は稲妻の如くに狙撃銃の銃口を向けると、火球を迎撃すべく弾丸を撃ち放った。
 錐揉むように回転するライフル弾は、空を切り裂きながら真っ直ぐに飛んで火球へと突き刺さり――そしてそのまま呑みこまれた。米倉の雷光波、金焔竜のナパームブレス、いずれも撃墜できる、できたという報告がすぐにあがっていた。が、ギメルが人類の前に姿を現してからそれなりに長く、撃退士達は幾度となく刃を交えているが、その炎弾を撃墜できたという報告はこれまでに無い。ギメル・ツァダイの技には隙が無い。火球は何事もなかったかの如くに突き進む。
 紅蓮の火球は真っ直ぐに飛び、静流の眼前のバリケード、その上部、鉄線の部分に炸裂し大爆発を巻き起こした。
 静流、夜姫、璃狗、機嶋はバリケードの陰に咄嗟に身を伏せてかわさんとする。だが、巨漢が振りかざした錫杖より真っ直ぐに射出された火球が炸裂した鉄線部分は、地上よりおよそ二メートルと五〇センチ程度の高さがある。必然、火球はその高さで爆発し、爆発点より熱波は全方向へと向かう事になる。
 つまり、爆裂する熱波は上から来た。
 轟音と共に大気が灼熱し、視界が真っ赤に染まり、膨張する猛烈な熱波に呑み込まれた。バリケードだけで防げる方向の攻撃ではない。事前情報にあったように、爆炎相手の効果が確実に見込めるのは深く掘られた塹壕であって、バリケードは塹壕と違って爆炎に強いという事は無い。青銅兵や銀騎士達の突撃に対する防壁としては大いに役に立っても熱波に対する盾とするにはそれだけでは難しい。
 発射時に範囲内に存在したのは、ユウ、司、黒夜、夜姫、静流、機嶋、御幸浜、としお、璃遠、暁良、笹緒、凛、京、狩野、エイルズの十五名。
 ユウ、負傷率一割五分、ちょっと熱い程度。荒れ狂う熱波の中、着地した冬の少女はアウルを練り上げ僅かに東にずらして前方へと禍夢風を発動する。良い角度。
 司、バリケードだけでは防げないが、一方向を鋼で覆えば熱波の進行方向を絞る助けにはなる。鋼板に密着しつつさらにシールドを発動し、熱波に対して巨大剣を翳してガードする。バリケードを上手く使った。負傷率一割三分、軽い。
 黒夜、着弾点を予想した瞬間に斜面に築かれた塹壕内へと向かって飛び込んでいる。悔しくなるのはもう嫌だ、死力を尽くして立ち回る。荒れ狂う熱波はそれでも塹壕内へと侵入して来るが、威力は大幅に減衰されている。多大なカオスレート差も爆裂しているが、それでも負傷率一割八分。まだまだ余裕。
 夜姫、多大なカオスレート差で威力が増大された熱波がストレートに爆裂し、負傷率十八割九分。激痛に一瞬で意識が吹き飛び、御幸浜から紫電の縄張の援護が入るがそれでも耐えられない。倒れた。
 静流、同様に熱波が爆裂して負傷率八割四分。こちらもレート差が爆裂し、防御は苦手分野だが、流石に並の阿修羅ではないか、防御もそれなりに備えている。なんとか堪える。
 機嶋、かわさんとするも直撃して焼き焦がされるが負傷率四割一分、さすがにディバインナイト、タフである。
 御幸浜、塹壕内に構え大幅に威力を殺し、さらに本人も頑強だ。負傷率二分。かすり傷、もといかすり火傷。
 としお、猛烈な熱波が直撃し負傷率十三割六分。激痛に意識が薄れてゆき、しかし御幸浜から紫色の光が飛んで包まれ、雷の力が注ぎこまれてゆく。消えかけた意識を電撃の気付けでなんとか繋いで踏みとどまる。柔らかな風に包まれて痛みが和らげられ、傷が癒されてゆき負傷率九割五分まで回復。
 璃遠、負傷率十一割八分、レート差が爆裂しやはり爆熱に焼き焦がされて意識が消し飛びかける。が、御幸浜の紫電の縄張が発動し、同じく柔らかく癒す風に包まれて九割六分まで回復。
 璃狗、やはりバリケードではかわせず、レート差が爆裂して負傷率十五割五分。激痛に意識が急速に闇に落ちてゆくが、黒髪の娘から紫光が飛んで覚醒する。負傷率十二割二分まで回復。
 暁良、こちらも紅蓮の爆発に焼き焦がされて負傷率十一割六分。意識を振り絞って昏倒を堪え、御幸浜の紫光によって回復し負傷率九割四分まで回復。
 笹緒、負傷率四割七分、まだいける。熱波が荒れ狂う中、法具を手に前方にアウルを解き放ち、無数の彩色紙本を出現させた。和紙に岩絵の具等で彩色された日本画。金銀の切箔や銀砂子で彩られた本が、渦を巻くように円を描き乱舞し、やがて溶けるように崩れ消え濃密な霧と化してゆく。寝覚物語絵巻、下妻笹緒の眠りの秘術である。
 範囲ぎりぎりの斉凛は塹壕深くにひょいと素早く潜る。かわした。狩野もまた塹壕深くに入って回避。
 凛の前に構える草摩京は片膝立てて座り、盾を地面に突き刺して防御態勢を固めている。さらに防壁陣を展開して熱波に頑強に対抗し負傷率八分、上手く防いでいる。
 エイルズは東南方向へと跳んで範囲内より脱出しかわす。
 炎弾は撃退士達に多大な被害を発生させ、そして範囲内のバリケードもまた爆圧によってひしゃげさせた。バリケードはしかしまだ、かろうじて機能を残して建っている。
 ギメルが放った猛烈な熱波が未だ収まりきらぬ中、青銅兵と銀騎士達が次々に突撃を開始していた。
 西側の二体の銀騎士と四体の青銅兵、そして東側最西の青銅兵の合計七体が、それぞれ銀と黄金のオーラを噴出しながら爆発的に加速してユウとバリケード目掛けて突っ込んでゆく。東側の二体の銀騎士と二体の青銅兵、合計四体のサーバントもまたバリケードと、それを跳び越えてきたエイルズレトラ目掛けて突撃してゆく。
 その光景はさながら金と銀の無数の流星群のようだった。
 地を奔る星々。
 西側、鈴代がアサルトライフルを構えて待機している。秒速五〇メートル、時速一八〇キロ、野球の剛速球以上の速度で突っ込んで来る青銅兵へと、コンマ秒以下の刹那の拍に男は銃口を合わせる。
 既に狙いを定めていれば後はタイミングの問題だが、多少角度がついている、いけるか? 男は意識を研ぎ澄ませて引き金を絞る。
 轟く銃声と共にフルバーストで放たれたライフル弾の弾幕が、チャージする青銅兵をカウンターで捉えて次々に突き刺さってゆく。薄汚れた黄金の胸当てが粉砕され、その奥の肉体へと破壊が巻き起こった。
 燃え盛る星が砕け散る。
 血飛沫を噴出しながら青銅兵が態勢を崩し、宙に赤を引きながら前のめりにぬかるんだ川底に勢い良く倒れ転がってゆく。それきり動かない。泥に沈んだ。撃破。
 残りの青銅兵と銀騎士は閃光の矢の如くに突撃し、しかしユウとバリケードに迫るその手前、アウルの風が逆巻く領域に足を踏み入れると突如として勢い良く転倒した。
 睡眠だ。禍の夢風は意識を刈り取る。
 金銀に燃えるサーバント達が次々に泥濘に倒れ込んでゆく。
 しかし銀騎士の一体は禍夢風に呑まれても意識を失わなかった。抵抗に成功したのだ。騎士は銀髪の少女へと猛然と迫り、チャージの勢いを乗せて稲妻の如くに諸手突きに長剣を繰り出す。
 ユウ、咄嗟にかわさんと身を捌くが泥濘の川は足場が悪い。川内に踏み込んで来た相手も条件は同じだが、元々ユウは避けるのが得意ではない。
 疾風の突撃からの刺突はまさに彗星の如く、風を裂く鋭音を立てながら銀髪の少女へと迫り、その華奢な身に突き立ち鎧ごとその奥までをぶち抜いた。凶悪な破壊力。視界を揺るがす程の衝撃と灼熱感がユウを襲い、次の刹那、剣が捻られながら引き抜かれて身が抉られ激痛と共に血飛沫が吹き上がる。負傷率八割七分。
 並なら昏倒しているが、倒れない。ユウはダアトだが物理においても非常に頑強だ。しかし三途の川はすぐそこだ。銀騎士の突撃は一発の単純火力ならギメルの炎弾を上回る。
 東側でも青銅兵と銀騎士が猛然と突っ込んでいた。こちらには下妻笹緒が寝覚物語絵巻を展開・設置している。二体の青銅兵が霧状地帯に足を踏み入れた瞬間に勢い良く倒れた。睡眠。霊験なる絵巻の霧に飲まれ、こちらも意識を失い眠りに落ちる。
 だが二体のシルバーナイトは銀の焔を纏い猛然と、霧に抵抗して突き進んで来た。かつて煌いていた銀鎧は、長いゲリラ生活で薄汚れ輝きを失くしているが、しかしその身に纏う焔光と繰り出す刃の輝きは曇る事は無く、むしろ以前よりも鋭さを研ぎ澄まし、天空を裂く稲妻の如くに伸びる。
 光が向かう先は、エイルズレトラ=マステリオ。
 事前に水上歩行の術を発動させていた茶髪の少年は、ぬかるみに足を取られる事なく構えると、生じた死線を見切って半身に身を捌く。光が突き抜け――空間だけを貫いた。
 一撃をすり抜けるようにかわした少年は、続く銀の閃光に対しても残像すら発生させる速度で身を沈める。銀の光が空だけを貫く。掠りもしない。人外魔境に速い、だけでなく、さらに地形を上手く使って有利もつけている。これは強い。
 狩野は塹壕から上体を覗かせるとすかさず狙撃銃の銃口を倒れ伏した青銅兵の頭部へと向けた。銃声と共にライフル弾が飛び出し、無防備になっている青銅兵の頭部を狙い違わず撃ち抜く。攻撃を受けても眠りについていた青銅兵は動かない。永眠した。
 璃遠もまた自動式拳銃を出現させると倒れ伏しているもう一体の青銅兵へと銃口を向け発砲。轟く銃声と共にレート差が炸裂している弾丸が無防備な青銅兵の身に突き刺さりその鎧ごと爆砕した。撃破。
 暁良はマシンガンを構えると牽制すべくシルバーナイトへと向かって銃口を向ける。激しいマズルフラッシュと共に暴風雨の如き弾丸の嵐が騎士に襲いかかる。レート差を乗せて猛烈な破壊力を宿した弾幕に対し、騎士は左の凧型盾を素早く翳し、銀色の光を解き放った。光の障壁と弾丸が激突して轟音と共に烈光の瞬きを巻き起こしてゆく。
「流石に硬いですね。しかし騎士よ兵よ、ここが貴方達の墓場です。突撃だけでは破れぬ壁があると知れ」
 エイルズレトラはさらに東へと飛び退くと、両手から夥しい量のカードを滑り落とした。カード達はまるで命が宿ったかの如くに宙を飛んで逆巻き、反応して盾を翳した銀騎士達を防御の上から纏わりつき縛り上げてゆく。束縛。大陰陽師たる、少年の祖父の奥義の模倣技、タップダンスだ。騎士達の足を止めた。
 他方、
「やっ、御久し振りだね天使様!」
 神喰朔桜はバリケードより後方、斜面上、かなりの高台となっている地点より、三十メートル程度彼方の爆炎天使を笑みを浮かべて見下ろし、親しげな調子で声を投げていた。
「麻美ちゃん連れてないんだ。過保護にしちゃ駄目だよー?!」
 彼方のギメルはその声に気付いたようで、飛来する射撃をかわしつつ朔桜の方を見上げた。巨漢は口端を引き野太い笑みを浮かべると錫杖の石突で大地を叩いて構え直し言う。
「ふ――あやつはあやつが在るべき場所で果たすべき役目を果たしておる。過保護には既に遠い!」
 同時、中央バリケード前、機嶋結、川岸まで前進してきた天使を鋭く睨みつけ向けロザリオを翳す。
「……中てます」
 銀髪の少女は前回の雪辱を果たす事を心に期していた。
 相手が憎い訳ではない。
(私が仕事を完遂できなかった、プライドの問題)
 誇りを賭して高揚している闘志を燃やし、無数の光矢を宙に出現させると嵐の如くにギメル・ツァダイへと向かって常よりも鋭さを増した攻撃を降り注がせてゆく。
 が、
 剃髪の天使は朔桜へと言葉を発しながらも、巨体に見合わぬ俊敏さで上体を逸らし、体を横に捌き次々に光矢の嵐をかわしてゆく。それでもかわしきれぬ分は錫杖を風車の如くに旋回させて叩き落した。速いんだこの男。
「ふぅん、そうなんだ――」
 黄金の焔を纏う少女は、己の周囲に黒焔を伴う五つの黒い雷槍を出現させた。
「――それじゃ、行くよ!」
 声と共に爆音を轟かせ、一斉に射出した。黒い雷はまさに閃光の如く、精度を研ぎ澄まして爆炎天使へと襲い掛かる。
「ふん!」
 ギメル・ツァダイは身を沈めながら前方に踏み込んで一斉に多角度から襲い掛かってきた四本の黒雷槍をかわし、錫杖を一閃して一本の黒雷を叩き落して、朔桜の黒雷すらもあっさりと捌いてかわす。
 ばらばらにかかってどうにか出来る相手ではない。普通は。
 他方、爆炎を凌いだ黒夜は、南方へと駆け台座を蹴りバリケードを越えて跳躍していた。泥濘の川に着地すると足を取られつつも素早く駆ける。左手側に眠りに落ちている四体の青銅兵、銀騎士が見える。出来る限り多くを巻き込みたい。騎士達は西側に寄っている、狙うなら青銅兵達か。
「行くよ」
 左目に布を巻いた黒髪の少女は、ユウの禍夢風地帯東側の川底へと踏み込むと、小柄な身より無数の漆黒の影の刃を爆発的に周囲へと噴出した。オンスロート。
 夥しい数の影刃が、空間を滅多斬りにしながら荒れ狂い、地に倒れ伏している青銅兵達を斬り刻んだ。鮮やかに赤色が舞い、意識を失っている青銅兵達は、無防備に攻撃を受けて刹那の間に次々に絶命してゆく。一気に四体撃破。
 一方、黒夜と同様に、日下部司がバリケードを越えて南方へと跳躍していた。こちらはユウの禍夢風の西側の縁をなぞるように南下し、銀騎士達の背後へと出ている。
「もらった!」
 青年は大剣に極限までアウルを収束させると裂帛の気合と共に一閃させた。荒れ狂う漆黒光の衝撃波が、眠りに落ちて無防備となっている銀騎士を一撃で消し飛ばし、ユウへと突きかかっていた銀騎士も背からまとめて貫いた。バックアタック。
 壮絶な破壊力が炸裂し、銀騎士の薄汚れた鎧を砕いて、その奥の身をもぶち破って抜ける。騎士が宙に赤を撒き散らしながら前のめりに倒れ、泥濘の川に沈んでゆく。頑強無比の銀騎士を二体まとめて撃破。
 他方、ナナシ、事前に遁甲の術を発動して気配を殺していた童女は、ギメルに居場所がバレないよう慎重に塹壕に隠れていた。
 炎弾が炸裂した瞬間に飛び出し、竜――は既に黒百合が撃ち落していたので西側の銀騎士達へと向かっていた――が、それらも黒夜と司が一瞬で殲滅したので再びターゲットを移し、狙いをギメルへと定める。
 四〇メートルの彼方より、巨大な魔導銃を構え闇を纏い、超レベルの破壊力と精度へと高め、さらに壮絶な負の力を凝縮し、天空より川岸の天使へと銃口を向ける。照準を合わせ呼吸を止め、滑らかに引き金を絞る。発射。
 爆音と共に巨大な闇の魔弾が爆風を巻き唸りをあげて斜上空よりギメルへと撃ち降ろされた。直前でそれに気付いた天使は、これまで回避に頼っていたが、瞬時に防御に切り替え左腕を翳した。
「ぬぅ?!」
 黒と白の入り混じる光の結界が発生して、壮絶な闇の魔弾が激突し、激しく鬩ぎあう。次の刹那、光闇の結界すらも貫いてギメルの背の白翼に突き刺さり、鮮血を噴出させた。普通じゃない。あれは空飛ぶ破壊の悪魔。
 他方、戦域東端。
(止める)
 青年――陽波透次はPDWを構え、スコープ越しに黄金の火を睨む。金色の光を纏う竜の首元に騎乗している水兵服姿の使徒の姿が見えた。仁刀の一撃を受けてもそのまま突き進んで来ている。
 透次は絆・連想撃を発動、アウルを開放しつつトリガーを引き絞る。銃口より猛弾幕が解き放たれ、翼を広げる竜騎兵は斜めに巨体を傾けると弧を描き、初夏の蒼空を滑るように旋回してゆく。弾幕はそれを追うが虚空を貫いてゆく。ドラゴンロードはかなり速い。
 透次の傍ら、同じく絆・連想撃を発動し狙撃銃を構えている陽波飛鳥。赤髪の娘はアウルを銃へと集中させ、銃の各部より紅蓮の炎が噴出させている。
(ここ)
 旋回する竜の回避先、飛鳥は軌道を予測するように照準を合わせ発砲。ライフル弾が勢い良く撃ち放たれ空を裂いて閃光の如くにはしる。
 竜の首元のリカは、地上からの閃光に反応し左腕を翳した。
 刹那、白と黒の入り混じった光が出現し球形を象って竜をリカごと包み込む。
 光闇の結界。
 結界と凶悪な破壊力を秘めた弾丸が激突して鬩ぎ合う。だが次の瞬間、旋状に回転するライフル弾は結界を裂き貫き、竜の強靭な鱗を突き破って鮮血を噴出させた。一撃が重い。
 態勢を崩した竜へと透次は再度バーストで射撃し猛弾幕を叩き込んでゆく。が、こちらの弾丸は竜の鱗を強打し衝撃を与えはするものの次々に弾かれてゆく。火力に優れる姉は装甲を貫通させているが竜公の鱗はさすがの強靭さである。
 竜は再度切り返して旋回、飛鳥もまた再度弾丸を撃ち放ち、リカが再び結界を張って、今度は光闇の結界が飛鳥の弾丸を猛然と弾き飛ばす。
 リカと飛鳥の視線が合って、空中で激突し火花が散った――ように透次には見えた。
 リカは己を睨む飛鳥へと空中から狙撃銃のスコープ越しに睨み返すと、その照準を眉間へと合わせた。頭蓋砕。彼方より聞き覚えのある声――フレイヤ――が、いつかも聞いたような質問を叫んでいるのを聞いて、あの人は相変わらずだな、と心の何処かで苦笑しつつも、表情は動かず集中も揺るがない。決死だ。
 しかし、

――葉斯波優奈は病死し、葉斯波彩花は葉斯波翔悟を殺す為に悪魔と契約した。

 不意にリカ――葉斯波理花の脳裏に声が響いた。
 天野天魔の意思疎通だ。

――俺は君と失踪した葉斯波琉花の関係と優奈の母が発狂した理由を知りたい。

 理花は――しかし脳内に響く声に構わず引き金を絞り、飛鳥へと向かって弾丸を猛然と撃ち降ろした。
 竜騎兵の少女から放たれた弾丸は落雷の如く、赤毛の少女の頭部へと向かって伸び、飛鳥は慌てて塹壕の内部へと身を引っ込めた。
 フレイヤが張った風の障壁に弾丸が中って僅かに速度が落ち、間一髪で飛鳥の頭部をかすめて背後へと抜け、塹壕の内部に突き刺さって爆砕する。かわした。
 掠った際に千切れた赤髪が数本宙に舞う。

――罠を疑っているだろうが俺は好奇心を満たしたいだけだ。

 後方の斜面上、高い位置より空を眺める天野天魔は、意思疎通で言葉を投げかけ続ける。

――教えてくれれば対価として愚かで哀れな親子の物語の続きを語ろう。

 返事は無かった。
 考える。
 もしもリカが件の葉斯波一家と関係があり、彼女が未だ家族を愛しているとする。
 その場合、家族の事を知りたいという自身の欲求よりも家族の暮らしの安寧を優先して考えるのではないだろうか。
 彼女は既に人外、人類を敵に回している使徒だ。
 そして使徒を出した一家が人類社会からどのような目で見られるかは想像に難くない。
 だから、愛しているなら、砂漠で水を渇望するかの如くに知りたいだろうが――故にこそ、自身と家族が関係があるとは認める訳がない。家族に累が及ぶから。
 もしも使徒が家族を愛していない、もしくは本当に無関係であるなら、決死の戦の最中だ。無関係な事に思考や行動を割く余力は無い。
 理花が琉花等と関係があるのか無いのか、いずれにせよ、返事が来る可能性は低い。
 天野にしては珍しい、分の悪い賭けだった。
 だが、知りたかったのだ。
 男の見詰める先で返事をかえさぬ少女とドラゴンは、動作を澱まさずに空を猛然と突き進んでゆく。
「十時から十一時」
 草摩京は盾を構えて竜の動きを観測しつつ塹壕内の凛へと伝える。どこぞの戦場でも渡り歩いてきたのかと思わせる手馴れた役割分担だ。
 塹壕内の凛は一歩を移動すると塹壕から顔を覗かせ狙撃銃を構えた。覗くスコープの彼方、金焔の巨竜の大翼、少女は精神を研ぎ澄ますと空へと向けて銃弾を撃ち放つ。
 唸りをあげて飛んだ弾丸は稲妻の如くに竜の翼に命中し皮膜を突き破ってそのまま後方へと抜ける。強烈な破壊力。イカロスバレットだ。だが、竜は落下しなかった。どうやら金焔のドラゴンロードの方が凛よりもかなり熟練であるらしい。
 しかし、バリケードの地点まで北上した竜騎兵はそこで不意に急降下し地上へと降り立った。開かれた顎の奥では黄金の火が燃えている。竜は長い首を巡らし西方を睨んだ。

 バリケード手前、横一線。

 刹那、巨大な黄金の炎が霊山から噴出する炎の如く、猛烈な勢いで噴出して伸び空間を埋め尽くしてゆく。三〇メートル直線上を薙ぎ払うドラゴンロードのファイアブレス。
 その範囲上に立っていたのは、仁刀、笹緒、璃狗、璃遠、としお、機嶋、静流の七名。
 黄金の火は光と熱を閃かせ、居並ぶ人を呑み込み焼き焦がしてゆく。
 としお、ブレスに呑み込まれ負傷率二十四割一分。痛みすらも感じずに視界が黄金の火に埋め尽くされ、次の瞬間、真っ黒になった。燃やされながら倒れる。
 璃遠、レート差が乗ったドラゴンブレスが直撃し負傷率十八割八分。紫髪の少年が炎に巻かれながら焼き焦がされ倒れる。昏倒した。
 静流、レート差が乗った火炎を避け切れずに呑まれ負傷率十六割二分。不撓不屈を発動し気力を振り絞るが届かない。倒れた。
 笹緒、パンダの毛皮が燃えている、負傷率十三割二分、爆熱に消し飛ばされそうになった意識を気力を振り絞って堪える。パンダ装甲は伊達じゃ――伊達の塊だった。炎の前に半減はされるものの笹緒自身の素の魔法防御が高い。
 機嶋、銀髪の少女もまた炎に巻かれて負傷率九割五分。金焔のドラゴンブレスは装甲が十全に力を発揮しないのできつい。危険だ。
 仁刀、弧光を発動して防御態勢、負傷率三割四分。装甲半減された上でもまだまだ余裕。
 璃狗、周囲へと視線を配っていた男は急降下に即応して飛び退いた。黄金の火が眼前を焼き焦がしながら通り抜けてゆく。間一髪、かわした。
 宙を舞って炎の範囲外だった雅は、眼前に降下してきた竜に対し蒼海布槍に水を纏わせ槍の如くに突き出した。ドラゴンロードは素早く後退して一撃をかわす。
 小田切翠蓮、バリケードを突破してきた銀騎士と青銅兵を狙う心算だったが、バリケードはいまだ健在だ。ひとまず交響珠を翳すと音符を出現させて銀騎士へと目掛けて撃ち放つ。京もまた和弓に矢を番えると銀騎士へと狙いを定めてはっしと放った。
 エイルズのカードに束縛されている銀騎士だったが、それでも即応して盾を翳し音符と矢を弾き飛ばす。
 御幸浜、回復の優先基準は、攻防において戦線を支える柱石となっている者、特に負傷の激しい者だ。動きが良く攻防の地力も高く戦線を支えているといえる者達のうち負傷の激しい者は西の水枷ユウか。黒髪の少女は西へと駆けつつユウへとライトヒールを飛ばし回復させる、負傷率三割九分まで回復。


 東側。
 仁刀、バリケードが破壊されたらその穴を埋めにゆくつもりだが、まだバリケードは何処も破壊されていない。眼前に飛来してきたドラゴンを迎撃すべく抜刀・煌華を一閃、太陽光色の光の刃を飛ばす。宙を疾走し迫り来る太陽刃を黄金の光を纏う巨竜は地を蹴り爆砕し、弾丸の如き勢いで空へと跳躍してかわす。光の刃は竜の尾をかすめ、虚空を貫いて抜けていった。
 フレイヤはウインドウォールを発動し透次へと付与。
 援護の風を送りながらブロンドの娘はふと脳裏に言葉をよぎらせる。

――リカちゃんの感情って本当は烈しいんじゃないかしら。

 人形の如くに整った無表情や口調にではなく、行動を見てそう思う。無感動の者が身命を賭して戦い続けたりは普通しない。あれは己の身を焼いても燃える事を止めない猛火だ。定めた目的を果たすか、燃え尽きるまで駆け続ける。
 雅は仁刀が放った光刃を追いかけるように、翼をはためかせて飛翔、追撃に移っている。飛鳥、連想撃を再度発動、飛翔する竜の頭を抑えるように偏差射撃で発砲、発砲、連射。
 凶悪な破壊力を秘めたライフル弾が唸りをあげて飛び、リカは手を翳して結界を展開する。
 二連の弾丸と光闇の結界が再度激突し、しかし今度は狙い澄まされた弾丸は、白黒の光障壁を突き破って抜け竜の身に突き刺さった。その痛烈な破壊力が解き放たれ、次々に血飛沫が噴出する。
 塹壕の中よりすかさず斉凛、狙撃銃の銃口を向けイカロスバレッド発動、アウルを全開に解き放ちながら発砲。空に対して破壊力を激増させる魔弾は、地上より稲妻の如くに空へと向かって伸び、竜の翼を支える骨を捉え、旋状に回転するその身を突き立て抉り打ち砕いた。弾丸は竜の骨肉を破ってそのまま後方へと抜けてゆく。竜の咆哮が轟き、片翼が圧し折れ、赤色を宙に撒き散らしながらドラゴンロードが地へと落下してゆく。飛行能力を奪った。
 さらに隙を見て取った透次はアウルを練り上げると紅の爪と化して撃ち放った。無数の鎖付きの爪が竜の身に喰いこみ、鎖が巻きついて縛り上げてゆく。
 竜の身に絡みついた爪と鎖が緋色に煌いた。束縛。
 緋色に煌きながら堕ちてゆく金焔の竜へと桐原雅が猛然と迫り、しかし冷静に蒼海布槍を一閃させた。一撃が唸りをあげて竜の首元に突き立ち、血飛沫があがって竜の瞳から光が消える。
 竜の身はそのまま大地に叩き付けられて動かなくなり、その首元から投げ出されたリカは、転げ落ちるように一回転して大地に着地した。
 相棒の死を悟った少女は溢れ出る思いをしかし顧みず――互いに万一の際の覚悟は決めてきた。覚悟というのはそういうものだ――狙撃銃を消して薙刀を出現させ北西へと駆ける。人形の如き無表情の娘は光の塗り潰された瞳の奥に、明日への祈りを見据えて薙刀より光を爆裂、咆吼させ収束させてゆく。リカより五メートル程度離れた位置に、光の帯が出現した。
「巴です!」
 陽波透次が塹壕から飛び出しながら注意の声を叫び、飛鳥もまた塹壕から北へと飛び出して離脱に移る。光の帯が弧を描いて宙を走り円を描く中、狩野、塹壕より顔を出しクイックショットを発動、リカが天へと向けた薙刀目掛けて弾丸を叩き込む。鈍い音と共に銃弾が弾かれ、帯の展開が一瞬止まる。仁刀と雅は弧光とシールドを発動して防御を固めた。一瞬止まった光の帯だったが、次の瞬間には再び動いてリカを中心に直径十メートル程度の光の法陣が完成する。
 刹那、耳をつんざく爆音を轟かせながら白光が噴出した。純白の光は法陣より円柱のように天空へと向かって伸び、そして下方にも放たれて、塹壕ごと大地を爆砕する。
 透次と飛鳥は離脱してかわし、狩野峰雪は潜む塹壕ごと爆砕された。負傷率十七割四分、初老の男が意識を手放し沈む。
 仁刀、負傷率四割七分、雅、負傷率二割二分。硬い。
「貴方達に恨みは無いわ。けど、私は人と共に生きる者として、貴方達を討つ!!」
 中央、ナナシ、一歩を踏み込んだギメルに合わせて後退しながら大口径の魔導銃でさらに射撃。漆黒の咆吼。闇が逆巻き凶悪な魔弾が空より地に向かって撃ち降ろされる。
 敵が退けば前に出て、敵が前に出れば退く、間合いを保って撃ちまくる構え。徹底的にアウトレンジ。
「ぬうううぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
 ギメル・ツァダイはナナシを追うのを一旦諦め川岸で停止し結界を展開する。白黒の光の障壁が壮絶無比の魔弾と激突し、空間を震わせる轟音と共に激しく明滅して光を散らす。
「流石だね天使様! でもいつまで捌き続けられるかな?!」
 朔桜、黒髪の少女は再度師より賜った「秘術」を用いて魔力を紡いでゆく。黒焔を伴う五つの黒い雷槍は少女の意に従って動き合わさり、一条の巨大な雷槍と化した。
 焔を噴出する巨大な雷槍は空間を焼き焦がしながら、まさしく黒き天雷の如く高台より撃ち放たれ、足を止めた剃髪の天使の身に炸裂する。剛雷が爆ぜ、圧殺するかの如くに絡み付いてその破壊力を解き放ってゆく。
 が、
「主らが地に倒れ伏すまでよ!!」
 ギメル・ツァダイは腕を一振りすると己の身に纏わりついた雷電を消し飛ばす。少し焦げた程度。流石の頑強さ。
 しかしその隙をさらに黒百合が狙っている――ハーフデビルの少女は狙撃銃で発砲、壮絶な破壊力と精度の弾丸は閃光と化して一瞬で空間を貫いた。ギメルはそれにも即応して腕を翳し白と黒の光がまじった結界を展開する。光壁と弾丸が激突して激しく鬩ぎあい、しかし咄嗟の事で展開強度が十分でなかったか、弾丸は結界を貫き、ギメルの翼に突き刺さり血飛沫を噴出させた。こっちも普通じゃない。
 他方、その傍ら、北条秀一はいつでも黒百合をガード出来るように彼女について動いている。可能なら攻撃にも加わりたい所だったが、最後方であり、秀一の手持ちの魔具のうち最も射程が長いのは、深紅のルーンの十メートルなので、射程内に敵がおらず攻撃出来ない。
 機嶋はリジェネレーションを発動している。急速に細胞を再生させ負傷率七割三分まで回復。
 司と鈴代は西側から背後へと回り込むようにギメルへと向かって駆け、ユウ、禍夢風を雷刃鳥へと活性化を入れ替えつつ、耐性が高いので自らが生み出した禍夢風地帯を直進で突っ切ってギメルへと向かって駆け出してゆく。
(ギメルのオッサンが近接の構えに入るまでは我慢だ、我慢)
 暁良はバリケードの陰より銀騎士へと引き続きマシンガンで猛射、京もまた弓に矢を番えて放つ。銀騎士は盾で弾幕と矢を防ぎ、その銀騎士に向かってエイルズが踏み込んだ。
 少年は素早く腕を振るい、瞬間、手甲から透明な刃が飛び出して銀騎士へと襲い掛かった。盾が塞がっている銀騎士の胴に透刃が直撃する、が、火花と共に硬い音を響かせ、刃は頑強な甲冑に弾かれる。エイルズはパワーもなかなかあるが、相手が硬い。
 カードによって束縛され移動を封じられている騎士は、動きを鈍らせつつも、それでも執念を宿してエイルズへと反撃の刃を一閃する。エイルズは斬線を見切って上体をスウェー。鈍ってなお凶悪な破壊力を宿している銀剣が眼前を通り抜けてゆく。かわした。
 翠蓮は待っていても銀騎士は奥まで侵入してこなさそうだと判断すると、狩野がいた塹壕まで前進。
「戦神の刃を照覧あれ」
 隻眼の悪魔は透明な青の斧槍を旋回させるとアウルを開放、闘刃武舞を発動させる。
 次の刹那、虚空より無数の戦神の剣が招来され、演舞を舞うように荒れ狂った。レート差が乗って凶悪な破壊力となった刃の群れが、銀騎士達へと襲いかかってゆく

 騎士達は束縛された身ながらも即応して盾を翳し、刃と銀光の盾が激突して轟音と共に火花を巻き起こしてゆく。
(好機)
 気配を殺し銀騎士達の西側よりバリケードを跳躍して飛び越えていた璃狗は、銀騎士達の背後に回ると、毒手――を撃つ為に踏み込むと、笹緒の絵巻で自分が寝そうなので、遠い間合いから風刃を放った。
 潜行状態で不意打ちに背後から繰り出された風の刃は、エイルズと格闘している銀騎士の装甲の隙間を縫って、その延髄に炸裂した。血飛沫が盛大にあがり騎士は崩れ落ちる。撃破。
「東、撃つよ」
 さらに、西から東へと距離を詰めてきていた黒夜は、銀騎士を射程に捉えると閃火霊符を掲げアウルを全開に解き放った。刹那、赤、青、黄、緑、色とりどりの爆華が銀騎士の背後より咲き乱れ襲い掛かってゆく。ファイアワークスだ。レート差が乗った凶悪な破壊力が爆裂し、鎧ごと爆砕されて崩れ落ちる。撃破。
「滅せよ! 滅せよ! 滅せよ!」
 ギメル、錫杖に紅蓮の火球を宿すと北東へと向けて撃ち放つ。璃遠の前のバリケード地点を中心とし、直径三〇メートルの範囲で紅蓮の大爆発が再び巻き起こった。
 再度の爆炎を受けたバリケードが堪えきれず勢い良く吹き飛んでゆく。
 黒夜、今度は近くに塹壕が無い。熱波が直撃し、負傷率十三割八分。炎に意識を灼き切られて少女が倒れる。
 璃狗が爆炎に薙ぎ払われ負傷率二十七割四分。紅蓮の中に男は沈んだ。
 暁良もまた爆熱に吹き飛ばされて負傷率二十四割三分。接近戦を待ったが、それに突入する前に倒れた。
 夜姫、静流、としお、璃遠、意識を失って倒れている四名、無防備となっている所へ、範囲で広がる爆炎が巻き込む形で襲い掛かり、さらに焼かれて凄惨な状態へと変わってゆく。塹壕の底の狩野も意識不明で倒れているが、こちらは塹壕によって大幅に負傷が軽減されている。
 機嶋、炎に呑まれ負傷率十一割二分。ふらつく身体を気力を振り絞って支え、御幸浜の紫電の縄張りによって力を注がれ、負傷率九割五分まで回復。
 仁刀、背後から爆炎が迫り来る。バックアタック。破壊力が増大した一撃が炸裂し負傷率九割六分、倒れない。
 雅、同じく背後から紅蓮の爆熱に呑まれ、負傷率七割一分。こちらもタフだ。
 草摩京、庇護の翼を発動、塹壕内へと飛び込むと凛に覆いかぶさりつつ盾を翳した。荒れ狂う熱波から少女を守っているので被害が増しているが、塹壕で威力が大幅に軽減されている。負傷率二割。まだまだいける。
 翠蓮、すかさず塹壕内に退避する。強烈なレート差が爆裂しているが、塹壕によって大幅に炎の威力が減衰され負傷率四割八分、軽くはないが耐えられない範囲では無い。
 飛鳥、こちらも再び塹壕内へとダイブしている。出たり入ったり忙しいが、効果的ではある。破壊力が大幅に減衰されて負傷率、十三割三分――元がちょっと華奢過ぎる。消し飛びそうになった意識を気合で繋ぎ止め、御幸浜より紫光が飛んで負傷率七割三分まで回復。
 透次も同様に塹壕内へとダイブしている。こちらは抜群に速い。青年は深さ六メートルの塹壕の底まで一気に転がる。熱波は大幅に弱りつつも追って来たが、先にフレイヤが付与した風の障壁が逆巻いて熱波を吹き散らす。完璧にかわした。
 エイルズレトラは咄嗟に後方に跳んで範囲の縁まで後退すると、トランプマンを発動、人形を身代わりにして回避。
 笹緒は丁度、瞬間移動を発動せんとしていた。空間を跳躍してギメルの後方彼方まで跳び、爆炎を回避。
 熱波吹き荒れる中、御幸浜は斜めに走る塹壕内を通って東へと向かい、仁刀へとライトヒールを飛ばす。光に包まれた男の身より痛みが和らぎ、傷が塞がってゆく。負傷率五割三分まで回復。
 他方、天野天魔は、

――連絡先を教える。方法は君が決めてくれ。俺は従う。君が死ねば謎は永遠に謎のまま。そうならない事を祈っている。

 引き続きリカへと意思疎通で語り掛けつつ、全力移動で駆け黒焦げになっている璃遠と暁良を掴むと、そのまま後方へと駆けてゆく。死亡、ないし再起不能者を出さない為に気絶者達が範囲攻撃で追撃を受けない位置まで運ぶ心算。
 ギメルの後方へと回り込まんと駆けている日下部司、なかなか足が速い。
(――取る!)
 青年は一気にギメルの背後まで到達すると、大剣を振り上げて稲妻の如くに斬りかかった。バックアタック。
 ギメル・ツァダイは振り返らず――しかし、前方を向いたまま錫杖を背に負うように斜めに翳した。背中に目でもついているのかの如く翳された錫杖と大剣が激突し、火花を巻き起こしながら刃が滑り流されてゆく。流された。百戦練磨の技だ。


 黒百合は遁甲の術を発動、気配を薄くさせる。機嶋、リジネレーションの再生効果で生命力を回復させている。
 ギメルの正面の三者、ナナシ、三度闇影陣を発動、ギメルの胴を狙って魔弾を撃ち放ち、朔桜、五連の黒雷槍を撃ち放ち、機嶋がロザリオを再度掲げて光矢の嵐を飛ばす。ギメルは東へと駆けながら結界を張ってナナシの射撃を防御し、朔桜の雷槍を身を捌いて掻い潜り、機嶋の光矢の嵐を高速で横に跳んでかわす。脅威的な体捌き。
 だが、そのギメルの進路を塞ぐように駆けているのは日下部司。青年は精神を研ぎ澄ませると、身の丈を超える氷の刃を持つ巨大剣を振り上げ、白い冷気を噴出しながら再度斬りかかった。吹き荒れるダイヤモンドダストは吹雪の如く、氷煌の刃が唸りをあげて天使の脇腹に炸裂する。直撃。それでも進んで来る巨漢の身に体をぶちあてる。
「貴様……ッ!」
 ギメルが日下部を振り向き睨みつける。日下部はギメルの移動先を塞いでいた。軽快にかわし続けていた天使の足が止まる。
「こないだのお返しに来た」
 足が止まったギメルに対し、西側から挟み込むように水枷ユウが一気に飛び込んだ。射撃と近接による包囲挟撃。冬色の少女は魔本を掲げると天空より轟音と共に雷光の槍を招来する。稲妻がギメル・ツァダイの巨体に突き立った。刺さった槍は、甲高く鳥が鳴くかの如き音を巻き起こしながら、藍光を激しく明滅させて弾け飛び、爆炎の天使を電撃の嵐で包み込んでゆく。
「ウォオオオオオオオオオオオッ?!」
 精度はとても及ばないが、一発の破壊力においてユウの魔力はギメルのそれに勝る。雷縫鳥はギメルの魔力抵抗を打ち破り、猛烈な稲妻の嵐に打たれたギメル・ツァダイは、苦悶の雄叫びをあげながら白目を剥いた。
 何を叩き込んでもそう簡単には倒れない巨漢の、その膝が崩れ落ちる。スタンだ。意識が消し飛んでゆく。
 続いて駆けていた鈴代征治は、金色に輝く光の槍を手に猛然と突撃し、膝を折ったギメル・ツァダイへと迫る。
「初めまして、ギメル! そしてお疲れ様!」
 男は裂帛の気合と共に踏み込み穂先を捻りながら突き出した。風を巻いて閃光の如くに繰り出された穂先は、意識を失い無防備となっているギメル・ツァダイの背に突き刺さり、その分厚い筋肉をぶち抜いた。壮絶な破壊力。深々と刺さった穂先を捻りながら引き抜けば鮮血が噴水の如くにほとばしる。手応えあり。
「好機ですね」
 同様に東側からも駆けて来ていたエイルズレトラもまた、ギメルに向かって駆けより無防備なギメルへとスネークファングを一閃して叩き斬る。破壊力が増された刃が入って盛大に血飛沫が吹き上がる。
 ギメルの体躯が真っ赤に染まってゆく。
 他方。
 透次は塹壕から飛び出すと古刀を手に疾風の如くにリカへと迫った。リカは迫る透次に対し、刀の間合いに入られる前に、身を捻りざま遠心力を乗せて先端を加速させ、閃光の如くに透次の額目掛けて薙ぎを放つ。
 迫る白刃に対し透次は絆・連想撃を発動、古刀を一閃して刃を上に跳ね上げ掻い潜る。
「陽波透次」
 青年は返す刀で刃を振り下ろし、リカは後方に飛び退って斬撃を回避する。
「君は名乗ったのに僕は名乗ってない。だから」
 リカの黒瞳が透次を見て、青年はそれを見据え返した。リカの回避先、絆・連想撃を発動した飛鳥が狙撃銃を向け連続して発砲している。
「……そう」
 閃光の如くに迫るライフル弾に対し、リカは呟きつつ白と黒の入り混じった光の結界を展開して受け止める。
 さらに仁刀が放った抜刀・煌華の刃が唸りをあげてリカへと飛び、リカは薙刀を掲げて柄で飛刃を受け止める。同時、横手に回った雅が蒼海布槍を突き出しリカの脇腹を抉った。
 凛は態勢を崩したリカへとマーキングを発動して撃ち込み、京は弓に矢を番えて撃ち放つ。マーキングを受けつつもリカは矢を飛び退いてかわし、翠蓮は青のハルバードを出現させて踏み込むと八双から水平に薙ぎ払った。水刃を纏う斧槍が渦潮の如くに弧を描いて振るわれ、リカはニュートラライズを発動して薙刀の柄で受け流す。
 フレイヤは雅へとウインドウォールを発動、風の障壁を展開させてゆく。
 天野はストレイシオンを召喚してリカと戦闘中の撃退士達へと防御結界を展開させつつ、再び全力移動で静流と夜姫を掴むと後方へと下げてゆく。
 御幸浜は天野がまとめた凄惨な状態と化している昏倒者達へと癒しの風を放って回復させている。応急処置が早ければ再起不能にはならずに済むだろう。
 笹緒は慈照寺銀閣の術式を発動、チャージを開始している。


「小癪なっ!」
 スタンから回復したギメル・ツァダイは自己回復術を発動、傷を癒しつつ再び雷槍を繰り出して来るユウへと向き直る。稲妻が再び放たれ、ギメル・ツァダイは回復した翼を広げて跳躍、空に逃れて余裕を持ってこれを回避。
 さらに側面からのナナシからの射撃を結界で防ぎ、だが背後からの日下部の大剣がギメルの背を強打し、崩れた所へ跳躍した鈴代の光槍が脇腹を突き刺し、エイルズの手甲刃が斬り裂き、朔桜の五連の黒雷槍が次々に直撃して爆裂し、さらに機嶋からの光矢が嵐の如くに叩き込まれてゆく。飽和攻撃、タコ殴りである。
 不意に、北東から一発の弾丸が飛来してギメルの付近で爆ぜた。白煙が爆発的に広がり周囲を白く、視界を閉ざしてゆく。
『ギメル様……有難うございました……皆をまとめて退いてください』
 ギメルの耳元に使徒の少女の声が聞こえた。
――ここまでか。
 ギメル・ツァダイは肩を上下させつつ瞑目――はせず、目を見開いたまま、荒い息を吐き出した。
 あの娘は、きっと、仲間の撤退までの時間を僅かでも稼ぐ為に、退かぬのだろう。
 故にこそ、ギメルは高空へと向かって飛翔してゆく。無駄にする訳にはいかない。
 が、
「厄介な王将を逃がす訳には――」
 下妻笹緒、彼の国宝魔術のうち最大級の破壊力を誇る『慈照寺銀閣』のチャージが完了していた。
 焼け焦げているジャイアントパンダの周辺に、枯淡の造作を持った塔頭寺院が現出し、さらにその周囲を取り囲むように草木と池の幻影が浮かび上がってゆく。男は言葉と共に黒い手を振るった。
「いかんのだよ」
 瞬間、凶悪な破壊力を誇る巨大な白銀色の波動が空へと向かって放たれ、煙中のギメル・ツァダイへと怒涛の爆音と共に襲い掛かった。
 他方。
 リカが薙刀から狙撃銃に持ち替えた瞬間に、陽波透次は一気にその懐へと飛び込んでいた。アウルを開放し紅爪を発動させる。至近から放たれた無数の鎖付きの鉤爪がリカの身に撃ち込まれ、鎖が絡みついて束縛してゆく。捕えた。
 足の止まったリカへと飛鳥からライフル弾が、仁刀から太陽色に煌く光刃が、京から弓矢が一斉に飛び、雅の布槍と翠蓮の斧槍が猛然と襲い掛かってゆく。リカは光闇の結界を張って受け止めんとしたが、途中でそれは尽き、次々に直撃して血飛沫が吹き上がり、リカの膝が地に落ちる。凛は陽光の翼を活性化している。
 その時、
「来なさいリカァ! あの子が死んだ原因は此処にいるわァ、私を撃ち落してあの子の手向けの花になさいなァ!!」
 影分身を発動し北から接近する黒百合の声が響いた。
 リカは黒百合へと視線を向けると、柔らかく目を細めて言った。
「……貴方を殺しても、きっと赤い天使様は喜ばない。私も嬉しく無い。貴方だけが原因ではないわ」
 リカは見ていて聞いている。彼女の主はあの時、躊躇った。愛した主が憎からず思った相手なら、リカとしても進んで傷つけたい相手ではない。もしもリカが怒りを以って黒百合を撃つならば、あの時のサリエルへの言葉が偽りだった時だが、リカには黒百合が嘘を言っていたようには見えなかった。ある意味、信じていた。だから。
 それでも、戦いの勝敗を――皆の未来を――争う時なら、撃つが、形勢ここに至っては、既にその意味も薄い。
「それに、もう、身体が動かない……」
 満身創痍で膝をつき、緋色に煌く爪と鎖に束縛された血塗れの少女は、光の塗り潰された黒瞳で透次を見上げていった。
「私は、幸せ者。殺されるなら、貴方が良い」
「――さよなら」
 白い光が閃いた。
 青年がその手に握る鈍く光を放つ古刀の鋭い切っ先は、吸い込まれるようにリカの身に突き刺さり、手応えと共に心臓を貫いて、背を破り奥まで抜けた。使徒の少女の身が一度大きく痙攣して、そして止まった。
 刃が引き抜かれて鮮血が迸り、使徒の少女の身が大地に倒れる。もう動かない。撃破。
 フレイヤは空を仰いだ。
 初夏の蒼穹は、どこまでも蒼かった。
 言葉を思い出す。
 以前、フレイヤにリカは言った――何故、貴方は互いの事を知ろうとするのかと。戦うしか術が無い者同士なら、苦しくなるだけなのに、と。
 けれども、フレイヤは思う。他ならぬリカが最期の時に、己を幸せ者だと言えたのは、僅かなりであっても、眼前の相手の生き様を知れたからではないだろうか、と。
 青い春の日、今は夏の日、蒼空を渡る夏の風は熱く、砂埃が目に染みた。





 後、笹緒の白銀波動を煙中でかわしたギメル・ツァダイは、そのまま自己回復術を用いて続く撃退士達の攻撃も耐え、あるいはかわし、高空へと登っていった。
「ギメル・ツァダイ……」
 機嶋は天空へと登ってゆく爆炎の天使を見上げて呟いた。
「ギメルは退いたか」
 使徒の撃破を確認した仁刀が中央へと移動してきて言って、機嶋が頷く。
「ま、簡単でなくてもやられる天使様じゃないでしょ」
 朔桜がやはり常の不敵な笑みを浮かべながら言った。
 ギメルの指示により周囲の戦域の生き残りの金焔竜達が一斉に咆吼をあげ、サーバント達は雪崩を打って撤退を開始した。
 歴史書は赤い文字で綴られ、平和は鉄と骨の上に築かれる。
 撃退士達は再度山野へと逃げ込まんとするサーバント達を追撃、途中東を破ったカラスの別働隊が迫るなどといった場面もあったが、西園寺顕家の中央本陣が動いてカラス部隊を迎撃。
 南部隊はギメルは討てなかったが、伊豆ゲリラ本隊のサーバント達を一体残らず殲滅する事に成功する。
 南方面、紛れも無い、勝利であった。
 静岡に、平和の足音が未だ遠くなれども聞こえてくる。平和はただでは無い。それを築き守らんとする多くの人々の叫びの上に成り立っている。
 その貴重さと尊さを讃えよう。




 了

【願い達の血路・南】 担当マスター:望月誠司








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