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 翼の如く左右へ広がった陣の中央、上空に黒い影。
 それが東南戦線の将・カラスだ。
 絶えず咆哮する二体のドラゴンの他に、空に在るのは彼一人。無防備のようにも、空中という名の盾を構えているようにも見える。


「相手の布陣が偏っているな……。何か仕掛けて来るつもりか?」
 南北に広がるバリケード、北側に位置し敵の接近の様子を確認していたリョウ(ja0563)が呟く。
 緩やかにV字を描く横広がりではあるが、片方は少数精鋭とでも呼ぶべきかベテラン・シルバーナイト数体とゴールデンドラゴンロードのみ、もう片翼はベテラン・ブロンズソルジャーが列をなし、その後方にドラゴンが控えている。
(早めに叩く必要があるか)
 対応する学園生たちは北・中央・南へと部隊を分けており、南には長距離射手が揃っていた。
 今までの戦いから、銀騎士へは遠距離攻撃が通りにくいことは知れている。
 ゆえに、北方には自然と近距離戦を意識したメンバーが集う。
「隠れ蓑にしてしまうけど…… そこは許してね」
 リョウと肩を並べ、バリケードに身を潜めるエルネスタ・ミルドレッド(jb6035)が蜃気楼を発動し、姿を消す。
「仔細ない。効率よく倒し、南方と合流を急ごう」
「あ、それから――」
 姿を消したまま、赤き女騎士がリョウへ告げる。
「ドラゴンのブレスに、以前お世話になったわ。度がすぎるくらい、用心して悪くないと思う」
 彼女は、この伊豆半島での残存勢力とも交戦している。その時のことだ。
「ブレスか……威力は健在のままに、撃ち方が変化している、という情報だったな」
 周囲へ堅実防御による守りの力を与える一方で、リョウは考え込む。
 堅実防御は青銅兵や銀騎士の突撃には効果を現すだろう。だが、物理攻撃のみ上昇する堅実防御は魔法属性のブレスに対しては意味を為さない。
「高度の変化には要注意、か……。『釣り』で、銀騎士たちを引き寄せられれば対応も楽になるかと思う、が」
 ブレスを放つ直前に急降下や急上昇をする能力を身に着けているという話だが、何処まで察知できるか。
 ――賭けだな。
 言葉を挟むアスハ・ロットハール(ja8432)の、その表情はどこか楽しげだ。
「共に前進と行きたいところだが、こちらの『釣り』は、僕が引き受けよう」
 男は黒色の霧を自身の周囲に発動させながら、戦場へと挑む。
 うっすらと同色の羽根を伴う靄には、物理攻撃からの回避をアシストする能力がある。来ると予測できる銀騎士の直線攻撃であれば躱すこともできるだろう。
 その拳には黒焔を立ちのぼらせ。魔術師は機を伺うよう、敵陣を見据えた。

 アスハたちから、やや中央寄りに白銀の戦斧を担いだマキナ(ja7016) 、双銃を手にする只野黒子(ja0049)が配置についている。
「チャージ前兆を、観測できればいいんですけどね」
 初手で黒子が敢えて射撃武器を装備し、銀騎士の『釣り』をする計画だ。
 耐えきり、モーションが読めれば道は拓けるだろう。一度きりのチャージを使わせてしまうことも、この先において有効だ。
 突っ込んでくる歩兵へカウンターを決めることが出来れば理想的。
 問題は、敵は一秒で50mを駆け抜ける。それ以下の間合いならば一秒以下の世界だ。
 だから数十メートル彼方の『敵のモーションに即座に気付けるか、気づいてからの行動』で間に合うかどうか、ここが争点になる。
 少しでも遅れればカウンターを放つ前に貫かれる未来が訪れるだろう。
 それは本当にコンマ秒を争う。
「……戦争の始まりですね」
 口元に笑みを浮かべる黒子の言葉は、微風に吹かれ、流れていった。




 近づく地響き。青銅兵たちの足音だ。
 ぬかるむ川の手前に築かれたバリケード越しにも伝わってくる。
 敵の布陣、撃退士の布陣双方がもっとも厚いのが、ここ南部隊だ。


(護る……。仲間も、土地も……)
 守り切れない過去があった。
 強羅 龍仁(ja8161)にとって、この土地は戦いは『他人事』ではなくなっている。
 他戦域で戦うDOG撃退士たち、本来ならば他にもそこへ立っているべき者もいたはずなのだ。
 龍仁は今度こそ、倒れぬ盾として。護り手として。この地を蹂躙する敵を、跳ね除けられるよう気持を固める。
「頼りにしてんぜ、強羅」
 力みを取るように、『いつもの調子』で後方から呼びかけるのは加倉 一臣(ja5823)だった。
 本職は射手だが、敵の地上兵が遠距離武器を優先して狙うことからカモフラージュに刀を手にしている。
「カラスが撤退したなるよう、打ちのめしてやらんとなー」
 並ぶ小野友真(ja6901)も同様に、煌めく日本刀を構えていた。
「あーの綺麗な澄まし顔は、崩してやりたいやつな」
 バリケードの後方にはスナイパーライフルを装備した超長距離射手が控えているが、前線の細やかなアシストは自分たちに懸ってくる。
 真っ先に見破られ狙われてしまっては適わないし、庇護の翼を持つディバインナイトへ大きな負担をかけてばかりもいられない。

 15対22。

 純粋な全体数では、このフィールドでは撃退士が優る。
 しかし、敵サーバントはパワーアップしているというし交戦データが皆無に近い天使も居る。
 『ビジネスライク』という情報を頼りにするならば、圧倒的不利な状況に追い込んで、お帰り願いたいところ。
「この戦線、守りぬきます。自分もいますからね!」
 怒涛のように押し寄せる兵士の姿に威圧されてなるものか。若杉 英斗(ja4230)は周囲を鼓舞するように。
 一人で戦っているわけじゃない、一人で全てを背負うわけじゃない。
「少しくらいの傷なら、私にも癒せるわぁ〜? 気負いすぎないで行きましょう?」
 妖艶に笑む紅蓮の魔女は、Erie Schwagerin(ja9642)は、そう言って片目を瞑ってみせる。
 自分に出来ることを――最大限に力を活かせる場所を。
 そう考え南部隊へ身を投じているが、意識の片隅では北方に居る姉・エルネスタや友人のアスハが気にならないと言えば嘘になる。
「黒き使い魔の名……ですか……」
 ふわり、闇の翼を広げ、Viena・S・Tola(jb2720)は遠く遠くに居る天使を視認する。
 それは真の名ではなく、彼が好んで自称しているのだという。
 階級序列を重んじるという天界に属する彼が、何を思ってそれを名乗るかはわからない、が。
 いずれ、止めなくてはならない存在だ。
(地上の兵士は……翼を持たない……。どれだけ……数があろうとも……その槍は……空へは届かない……)
 遮るもののない空で、ヴィエナはターゲットを定める。
 状況次第では天使とぶつかることもあるだろうけれど、その前に。

「ふっふっふ。ついに来たわね、私のスナイパーライフルが火を噴く時が!」
 銃を構える亜麻色の髪の美少女――ええ美少女です見た目は完璧に――アルベルト・レベッカ・ベッカー(jb9518)がテンション高めにターゲットをスコープから覗く。
 ……敵が彼女の射程に入るまで、あと少し。もう数歩と言ったところだろうか。
 接近して殴り合わなければどうしようもないのが、向こうのサーバントだ。
 一度限りの技として瞬間秒速50mで突撃するというが、つまりは『接近』だ。
 こちらはほぼ同射程の数値で弾丸を放つことが可能。
 敵の速度を以ってすれば、一瞬でも目を離せば瞬く間に零と化す距離だが、逆を言えば離さなければ確実に先手を取れる。
 この違いは、非常に大きい。
 アルベルトと程よく間隔を取り、同様にスナイパーライフルを構える狙撃手がいる。
(……俺は、俺の仕事をするまでだ)
 牙撃鉄鳴(jb5667)は銀の髪から赤い瞳を覗かせ、自身のリミットを外していく。狙撃に全ての神経を注ぐ。
(バリケードを越えていかないと交戦できないけど…… 皆で一度に越えると危険よね)
 進撃のタイミングをずらすべく、後方配置につくのは菊開 すみれ(ja6392)。
 敵は、一気に間合いを詰めて来るか?
 それとも、こちらの様子を見て行動を変えるか?
 状況次第で、一塊になることが危険へ結びつくこともあるだろう。
 戦闘任務時はちょっとだけセクシー路線。
 『仕事のデキる女』をイメージした衣装の丈を少しだけ気にしつつ、すみれは出来る限り視野を広く取った。
 気心の知れた仲間たちの頼もしい背中、そしてその向こうへと。




 中央部隊。
 南北の布陣を視界に納めつつ、暮居 凪(ja0503)は正面上空を睨んだ。
 視線の先では、闇風の天使が翼を打ち付けている。
 『何か』が起こる時、指揮官たる彼が動きを見せるはずだ。
 中央は、上空の指揮官・カラスの下に、熟練の名を冠する銀騎士と青銅兵が各2体、サイドを固めるように配置されている。
 向かって左手の銀騎士が、北と中央の間から進む黒子の『釣り』に引きずられたとしたら相当な手薄になるだろう。
 凪は中央に在り、その異変を南北各部隊へ伝達する役目を担う。
 彼女以外に、南北を繋ぐ存在はいない。
 他方がアクシデントに巻き込まれたとして、誰かが駆けつける―― そういったフォローは全体作戦に盛り込まれていない。

 各部隊が、それぞれの為すべきことを果たす。
 危うい部分もあるかもしれないが、割り切って専念すべき場面であるとも言えよう。
 どちらかが瓦解しても、どちらかが持ちこたえれば逃げ込む場所となる。そういうことだ。

(力自体は他より弱い、か)
 事前情報を反芻しながら、天宮 佳槻(jb1989)は少し前に参加した任務を重ねていた。
 カラス自身による、DOG支部の強襲。
 その時、佳槻は彼の天使と直接対峙はしていない。しかし、遺した傷跡は目に焼き付いている。
 それは今回のような規模の大きい集団戦ではなかったから、どれだけ参考にできるかはわからない。
(……あの天使が単純に、こちらの目的に合わせてくるかどうか)
 力が弱いと、当の天使に自覚があるとするならば。
 大天使、元権天使、使徒と天使の組み合わせ――他方面に比べれば、確かにこちらは敵側としてはパワー不足に見える。
「暮居さん。僕は極力バリケードからは出ないで、咄嗟の援護に回れるよう動きます。いざとなれば、飛ぶことも可能ですから」
「わかったわ。そちらからも、気づいたことがあったら知らせて」
 中央部隊の後方支援を担う佳槻が、凪に向けて呼びかけた。
 バリケードのすぐ向こうが、ぬかるんだ川というのも良し悪しで、敵歩兵の妨げになるだろうが自軍とて然り。
 一方的に射撃するのであれば問題ないが、そこで交戦となればよろしくない。
 空中を足場にできるのなら、活用するべきだろう。




「……全ての天を、灰燼にしてやろうじゃねぇか」
 夜劔零(jb5326)が低く呟く。深紅と夜色の双眸を敵陣へ向け、強い殺意を纏う。
 少年には、大切な存在を奪われた過去がある。
 天魔に対し、渦巻き溢れる憎悪の念がある。
 遠く、視線の先に翼を広げる天使がいる。迫りくるサーバントがいる。
 煮えたぎる熱と酷く冷えた視点とで、暴発しそうな感情を繋ぎとめていた。今は、まだ。 
「限定解除……。私は、剣」
 零の、左斜め前方。
 矢野 胡桃(ja2617)の、淡い桃色の髪が光纏と共に銀色へと変化してゆく。
 瞳の色も、微かに変わり。
 『剣の少女』と混じる。雑じる。
 ――Leidenschaft、解放された少女の能力から放たれるアウル弾は赤褐色の軌跡を描き、真っ直ぐに――……




 パン、

 戦場を駆け抜ける音は、極めてシンプルだった。
 天使の下方左手に付き従う青銅兵が、射手によって撃ち抜かれ、ただ一発で倒された。
「!!」
 天使カラスは外套から左手を水平に延ばし、南方の青銅兵部隊へ制止の指示を出す。
(ここまで攻撃の届く射手が居る、か)
 なるほど、遠くバリケードの向こうに、銃口が幾つか。
 布陣も極端に、南部隊への対応が厚い。
(……このライン、か)
 チャージ一つでバリケードへと届く距離。
 しかし撃退士の一部は、その距離を越えて攻撃を放ってくる。
 全てがバリケード内に隠れていたなら睨み合いが長引いただろうが、接近して来る部隊もあるようだ。
 互いにとって、それが吉と出るか凶と出るか。
「まだだ。――まだ。侮ってもらっている間は、わたしたちが優勢だよ」
 爪を容易く見せやしない。
 見せた時から、容赦なく振るえ。噛みつけ。打ち砕け。

 有限の『駒』を、その能力を最大限に引き出す機を、見極めるのが指揮官の務めだ。
 一度、攻撃を始めてしまえば細やかな制御は難しい。
 解き放つその瞬間まで、ギリギリに現状を保つ。
 弓をしならせ矢を番え、獲物が飛び込むのを待つかのように。




 胡桃の一撃が号砲となり、撃退士たちの進軍が始まった。
「まぁまぁ、なんとわらわら……。面倒な」
「…………」
 魔法書を手に、バリケードを越え前進する姉の九条 白藤(jb7977)を庇うよう、弟の九条 静真(jb7992)がスッと先を行く。
 追い抜きざまに、無言の言葉を投げかけて。
「わぁかっとる! 無理に飛び出したりなんかせぇへんて。なぁ、泉?」
「無茶しよんのは、静真のほうやろ? しぃちゃんが危のうなっても、無茶はしよるやろうけど」
「……せぇへんて」
「…………」
 二人の従姉妹である九条 泉(jb7993)が、双方へやんわり釘を刺す。決まり悪そうに白藤が唇を尖らせた。
 互いを思い合うが故、いざとなると自身を蔑ろにしないか冷や冷やもので、特に無限実行の弟は要注意。
「くろちゃんの作戦、上手くいくとえぇな……」
 白藤は、迷いなく全力移動で最前線へと突き進む友人の背を遠くから見守った。




(さて、どう行動を見せますかね……?)
 全力移動で足場の悪い川を一気に渡り、黒子が敵の出方を見る。
 南方では胡桃の一撃により、縫いとめられたかのように青銅兵たちが動きを止めていた。
 下手に出れば、撃たれる。一撃のもとで。
 指揮官不在の戦いであれば特攻も有り得たかも知れなかったが、『負けられない』のはアチラも同じといったところか。
 遠距離攻撃に強い騎士に比べ、兵士たちはその辺りを慎重にならざるを得ないのだろう。
「……防ぎきれますかね」
「どうでしょう」
 追いついたマキナへ、はぐらかすように金の巻き毛の少女は応じた。
 彼女の目元は前髪で隠れており、その奥の瞳がどんな表情をしているかは、マキナにも窺い知ることはできない。
(やはり)
 間を取って場所を選んだが、敵は黒子へ照準を合わせて配置を変えている。
 黒い風が吹いた、と感じたのは次の瞬間。
 擬術:零の型により、瞬間移動で一気に間合いを詰めたアスハだ。
 銀騎士たちが黒子に対して動きを見せたことから、こちらもアクションに移す。
 黒子たちを追い抜き、更なる前方へと着地する。

「手並み拝見と、行こうか」
 
「…………ロットハールッ 下がれ!」
 渡河中のリョウが叫ぶ、アスハは振り向かない、ここからでは届かない。
 百戦錬磨を謳う黄金の竜が、微か、横へと動く。口を大きく開き――……


 同刻、南。
「…………!!」
 バーナー状の強烈なファイアブレスが、空翔けるヴィエナを焼いた。
「大丈夫か!」
 だが、深い手傷もすぐさま駆け寄った龍仁のライトヒールで塞がってゆく。
「出来うる限り、サポートする」
 空に向かい、龍仁が叫んだ。

「……随分とひでえな、この状況」
 呟いたのは、ぬかるみの中を進む少年兵、カイン 大澤(ja8514)。
 射出を待つ矢のように、一定の距離を取り遥か前方に残る青銅兵。
 彼らの頭上には、決して飾りではない、黄金の光を纏うドラゴンが存在していた。
(撃ち漏らし以前に……先に撃つか撃たれるかってやつか)
 こちらの初手で、間合いを測ったか。
 竜公は、移動と別にブレスの際に高度を変化できる。それが目測による間合いを埋めてしまう。
 かといって。
 見つめ合っても事態は変わらない。
(………戦うことでしか、戦争は終わらねえ)
 どう、距離を詰めたものか。
 少年は空と大地、敵と味方の配置を見比べた。




 射程内から青銅兵が退いてしまい、胡桃は突出している南方の銀騎士へと狙いを変える。
 泥にまみれたカイトシールドが、射撃に反応して光の障壁を纏う。攻撃力を和らげ、そうして微かなダメージを与えるのみ。
「……厄介だな」
 呟いたのは、鉄鳴だった。
「射程圏内に入ってくれないと、攻撃しようがないものね」
 髪をかき上げ、アルベルトが嘆息する。
「それも、だけど……」
 前進を始めながら、追い越し際にすみれが呟く。
「狙撃が、通じないと思った方がいいんですよね、騎士に対しては。近距離戦だけでやっつけ…… ないと、ですけど」
 どのタイミングでチャージで突進してくるか。
 受け止めきれるか。
 その後、どれだけの時間で撃破できるか……。
「前衛部隊がそこそこ進んだら、敵も突っ立ってないと思います! フォロー、頼りにしてますね……!」
 緑火眼を発動し、すみれはバリケードを越えていった。
 見ないでエッチ、と鉄鳴へ舌を出しながら。
「見てねえ……。まあ、持久戦で集中力を切らした方が負けってことに変わりないな」
 



 南北で竜が吠える。
 騎士、兵士たちを鼓舞するように。
 撃退士を威嚇するように。
 銀色の焔が揺らめく。軌跡を残して風となる。

 竜公のファイアブレスに辛うじて耐えたアスハへ、接近していた銀騎士が剣を振り下ろした。
 ブレスが駆け抜け、その軌道に隠れるかのように繰り出された刃は、魔術師の纏う靄ごとを切り裂く。
 髪の色と同色の鮮血が、蒼空に飛んだ。

 北方の最前線で崩れ落ちる背中に、リョウが言葉を呑み込む。
 遠目からは気絶しているだけのように見える、が…… 彼を回復させるだけの癒し手は、こちらにいない。
 その耳元で、鞭がうなるような音をたてた。エルネスタのアイビーウィップだ。
「チャージしてこないというのは、余裕の表れということかしら?」
 チャージは直線行動しかとれないというから、位置を修正していたら徒歩圏内に在ったと、それだけかもしれないが。
 遠方からの攻撃だ、やはりダメージは見込めないが、ギリリと束縛で締上げながら。
「まずは、足止め一つ……」
「ドラゴンの動向も気に懸る、さてどの程度の硬さか」
 早い段階で倒してしまいたいところだが―― 銀騎士へ攻撃を仕掛け、近距離だろうが盾で防がれてしまうと攻撃が通りにくいことに、リョウは少しだけ顔をしかめた。

「来t ――速ェ!!?」
 遠方の銀騎士が、全身を銀色の焔の如きオーラに包まれたかと思った次の瞬間には、全力移動後で疲労の残る黒子へとチャージ攻撃を仕掛けていた。

 速い。
 十全ではないにせよ、黒子もシールドで踏みとどまる。
「どんなに速くたって、足が止まればオシマイだよなぁ!!」
 そこへ、マキナが側面から斧を薙ぎ払う!
 しかし盾でガッチリと防がれてしまい、反動の痺れが手に残りながらもマキナは鎧兜の下からそれとわかる整った作り物のような顔へと悪態を吐いた。
「くそ、厄介な盾だな」
 ここでスタンを掛けられたなら、面白いことになったのだが……
「って、黒……ッ」
「見えていますよ、あの高さです」
 ドラゴンが炎を吐く。
 少しだけ後退しながら黒子が受け止める、遥か後方で破壊音。バリケードが破壊された。

「「!!」」

 誰というでなく何処からでなく悲鳴が上がる。
 幸い、そのバリケードの後ろには誰もいなかった。居ないところを、狙ったのだろうか。力を誇示するために?


「敵の接近を待っていたら、攻め込まれるだけよねぇ?」
 グイ、エリーが踏み込む。
「貫きなさい『正義の柱』。痛がる暇など与えないから安心して良いわぁ〜?」
 白い指先、魔法書から生み出される炎の剣がギロチンのように形状を変え、動きそこなった遥か遠方の青銅兵の首を刎ねる。
 零が陰影の翼を広げながら前進を始め、
「猛攻スタートというのなら、出鼻を挫くだけです」
 武器を持ち替えた黒子が、眼前の騎士を痺雷でもってスタンへ叩き落とした。




 進み続けるヴィエナへ、再びの炎が襲い掛かり――失墜しかけたところを龍仁が神の兵士を発動し掬い上げ――その、下にある大地を。
「高いところ・遠いところばーっかり見とって、足元お留守になってませんかー!!」
「すみません、俺たち本業コッチでしたよね!」
 友真と一臣が、銃へと持ち替え間合いを詰める、射程ギリギリのイカロスバレット……!
「落ちひん……だと!」
「すみません、外しました!!」
「一臣ィィイイ!! こう、せっかくなんやし、隣接キラキラアタックみたいなん発生しないんやろか!」
「しませんでしたよね。隣接はしてませんしね。距離大事」
「漫才をしてる場合か」
「「至って真剣です」」
 友人の龍仁にツッコミを受け、声を揃えて対応している間に、
「前衛インフィルさーん! 前、前ーーー!!」
 アルベルトの叫びと回避射撃が同時に、それを受けて友真もまた一臣へと回避射撃を放つ。
 龍仁の眼前を、地表を、炎が駆けて行った。
「っぶねぇ……」
「サンキュー!!!」
「なんのー! これも、こっちの仕事よー!」
 バリケード越しに、アルベルトのアイドルスマイルが二人へと向けられた。
 範囲攻撃に気を付けようとしても、踏み込めば青銅兵の正面へ立つ形となる。
 それを恐れていては、どうやったって竜公へ弾丸は撃ち込めない――からの踏み込みであったが。
「つーかな、あのデカブツ…… イカロスでも手ごたえ薄いんやけど」
「マジでか。さっすが……簡単には、やらせてくんねぇか」
 友真のレベルでさえ、高度落下させることができなかったことからも、察することができる。なるほど百戦錬磨。
「まったく、冷や冷やさせるな……」
 龍仁が治癒術を掛けようと動こうとする、その直前だった。

 ――ゴウ

 一瞬。
 何が起きたのか把握できなかった。
「……うそ、だろ」
 肩越しに振り向く一臣の声が、微か、震える。
 龍仁は、絶句している。
 北方側面からの、ファイアブレス――
 軌跡を辿り首を巡らせると、南北を縦断するように北方の竜公が黒子を巻き込んでの射程へと、友真を収めて吐いたのだと確認できた。
「強羅!」
 立ち直りは、一臣が先だった。
「大丈夫だ。友真は大丈夫だ。だから――」
 気を失っている。
 神の兵士でさえ助けられないほどに、深く傷ついている。けれど、重体という程の深手でもない。
「しぶとく強く……あいつなら、そう言うだろ?」
 首を振り、一臣は意識を切り替える。そう、努める。
 



「黒書3014頁――灰被之娘」
 ヴィエナが紡ぐは灰之章、石化の術。
 地上で、こちらの接近に気づきながらもその武器が届かない故に何もできない青銅兵へと、巻き起こす砂塵で攻撃を与える。
 その足元から石化してゆくのを見て、エリーが追撃を繰り出した。

(攻めていかなければ、道を拓くことはできない)
 静真の瞳に、静かな光が灯る。
 無論、無闇な突出は控えても……青銅兵たちの間合いの中には、どうしたって自分たちは入ってしまう。
「……」
「? うちはコッチて、右と左くらい構へんけど…… 静真、どうしたん?」
 従弟の指示に、泉が首をひねりながらも応じる。

 互いの、張りつめていた睨み合いが破られたのは、その時だった。




 続けざまに黄金光が地を奔る。奇声を上げて、青銅兵が突撃してくる。
「自分が守ります! 絶対に!!」
 英斗が庇護の翼を限界まで広げる。
 猛スピードで繰り出される剣から、泉を、カインを守り――
「ようやく来たか」
「待ってましたぁ!」
「綺麗な顔のお兄さんも素敵だけど、出来れば同年代の男の子が良いかなーって……。ごめんね?」
 鉄鳴、アルベルト、すみれの弾丸が飛び交う。
 前衛陣が食い止めた青銅兵が、瞬く間に倒れてゆく。
 カインが大剣を強烈に叩きつけ、英斗が愛用の盾『玄武牙』で返り討ちに。
 青銅兵たちの一斉攻撃に見えたが、その中に一つだけ、銀の光があった。すみれがダークショットで狙ったのも、そちらだ。
「静真ぁ!!」
「無茶しぃな言うたで!?」
 ――場所を
 泉へ代われと言ったのは、そこが英斗の守りの範囲内だったから?
「……、……」
 死活で、なんとか立っている弟の背を白藤がトンと叩く。
「こんな、真正面からの無茶なんてあるかぁ……」
『痛くない』
「仕様や、阿呆」
 静真が唇を動かすと、涙で滲みそうになる視界に耐えて白藤は切り返した。
「絶対、無駄にはせんよってな!!」
 足を止めた銀騎士へと、白藤が口の端を上げた。
「……ちょいと素敵な夢、見ぃひん?」
 魔笑による幻惑を掛けたところで、すかさず泉が機動力を生かし、側面へと回り込む。
「えげつなぁて嫌やわぁ……。けど、好っきゃで?」
 色っぽく囁いてからの、えげつなき掌底。
 軽く4m程吹き飛ばす。
(せめて)
 静真が小太刀を振り抜く。
(せめて、体が動くうちは)
 姉の呼び声が聞こえる。
(少しでも…… 助けに)
 力を振り絞っての、薙ぎ払い。スタンは掛からなかったけど、少しでもダメージを残せたのなら。




 北方。
「勝手に動き回られたら困るのよ。牽制させてもらうわ、ね」
 胡桃の一撃を受けたのを見て、零がスイと北方の竜へと接近する。
「その身裂かれ、地に墜ちろ!!」
 鎌鼬を繰り出し巨体を切り刻むも、撃破には至らない。
(しぶとい)
 狙撃手の充実している南部隊に比べ、この辺りは厳しい状況かも知れなかった。
 当初、竜公に近かったリョウは、今はアスハを撃破した銀騎士の相手で足を止められている。
 エルネスタによる束縛効果が続いている間に、フォースを活用しながら仲間のいる戦線へ押し込むよう苦闘していた。
(俺の前でこれ以上奪わせはしない!!)
 北と南、それぞれの状況を視界に入れながら、零は激情でもって竜公を睨み付けた。
 北部隊は、いずれも銀騎士の対応で手いっぱいで。翼のある零、射程にあるうちは胡桃が、恐らくは動きのとれる攻撃手。




「さぁて、切り込むべき場所が見えてきたかな?」
 上空より、じっと戦況を眺めていた指揮官の天使が呟く。
 温和な表情が揺らぐことはない。
 青銅兵はほとんど撃破され、突撃した銀騎士も囲まれている、その状況で。
 射手はバリケードに守られ、それがある限り打って出ることはないだろう。
 しかし。
 彼にとって、それは『不利ではない』。
「成果を上げなくては仕事とはいえない。リカにも会わせる顔が無いというものだ」
 ――力になりたい。同じ天界へ属する者として
 伊豆へ入った時。サーバントと死を共にする覚悟の少女使徒へ、自分はそう告げたのだ。
(逝きたければ逝けばいい、というものではない―― 少なくとも、ラインを繋ぐ側としてはね)
 イスカリオテの真意はわからない。
 わからないが、ここを生き延びたならば知ることができるかもしれないだろう。
(新しい道を、見出すかもしれないだろう?)
 それから天使は地に降りて、呪歌を唇に乗せた。
 天使ヴェズルフェルニル、名の意味は『風を打ち消す者』。
 彼の周囲の風が、凪ぐ。
 まるで刻が止まったかのように。




 ――天使が、動いた

 凪による連絡が、北は黒子・南は一臣へと届けられる。
「動いた、と 言っても…… どうしよう、か」
 竜公へ銃口を向けたまま、一臣の声が上擦る。
(次に、まともに喰らったら立ってる自信ねぇな)
 あの厄介なブレスをどうにかしなければ、コチラは天使対応どころじゃない――
(あれ)
 仲間たちへ注意喚起を叫びながら、ふと一臣は思う。

 ……天使が、こちらへカチコミに来るというパターンって、誰か考えていたっけ。
 それ以前に
 どういった戦い方をするか、するだろうか、という予測って

 厭な予感しかしない、しない中で竜公がスイと一臣の照準から消えた。
 巨躯に似合わず動きが早い、トリガーを引くより先にブレスを放つ。
 英斗を、後方から魔法を放っていたエリーを、そして遥か後方の……バリケードを破壊し、奥に控える鉄鳴もろとも吹き飛ばす。
 回避射撃を放っても強烈な炎の前にアシストとはならず、アルベルトの身体から力が抜ける。
 つい、先ほどまで、肩を並べて戦っていた相手が。
 ほんの、一瞬のことだった。

 悲鳴は続く。
 南方の竜公へ呼応するように、北方の竜公もまた移動しては、再度の南北縦断のファイアブレスを放つ。
 完全に背後を取られた泉が、為す術もなく倒れた。
 静真の目が、ギラリと北を睨む。
 ……届かない。ここからでは、北の竜公へ攻撃を届けることができない。
 縮地を発動しても、今からでは静真に『時間がない』。
「そろそろ覚悟を決めて地面に堕ちてくれるかな!?」
「同じミスは繰り返しませんよ、ッと!!」
 すみれの攻撃を避けたところへ、一臣のイカロスバレットが命中するも――落ちない。
「ここを突破なんて、させやせんよってな!」
 白藤が走り、魔法書に乗せた胡蝶で追い打ちをかける。
「っしゃあ!」
 クリティカルヒット!!
 朦朧が、極まる!
「これでしばらくは……他に専念できるな」
 掠れた声で、白藤は呟いた。
 従妹が倒れ、弟も程なく死活の反動が来る。来てしまう。
 危なくなったら撤退を―― そんな余裕さえ、無かった。
(……戦わんと)
 そして生きて、帰るんだ。三人で。

 炎が走り、感情が交錯する。
 凪いだ風の中を、黒き翼が駆ける。




 黒い影が動いた、手にしていた硬鞭がシュルリと伸びた、その動きに誰かが気づいたとしても誰もが離れた位置に居り――

 風の暴力が一直線に駆け抜けた。

 サイクロンは誰も居ない地表を駆け、その先にあるバリケードを吹き飛ばす、距離を取って射撃をしていた胡桃をも襲う。
 むしろ、胡桃こそが狙いだった。
 開幕初手で、天使直下の青銅兵を狙撃した少女。
 その射程を考えれば、竜公を回すのも危うい。ならば―― カラス自身が動けばいい。それだけだ。
 黒い影は位置を変え、北方の竜公とは真逆の位置から南北縦断のサイクロンを穿つ。
 南方の竜公へと意識が向かい、上空を睨んでいたすみれの眼前への着地と同時に放つそれは、零や黒子、マキナに対してバックアタックとなる。
「――く、そっ……」
 カオスレートの差が、響く。衝撃と共に意識が遠退く、その間際まで少年は天使の顔を睨み付けた。
「すみれちゃん! 大丈夫!!?」
 ダメモトで回避射撃を放った一臣が、友人の無事に息をつき、地表を抉る風の軌跡を自然と追えば、落下して地に伏せる零の姿があった。
 黒子とマキナは、ギリギリのところで耐えていた。
「おや、見た顔だ」
 集団の中に龍仁を見つけ、カラスはそんなことを言う。
「何度も何度もやらせるか……!! お前らの思い通りになどさせん!」
「忘れられてしまうのは、わかっていても寂しいものだね、人の子よ」
 にこりと笑い、高く高く飛翔すると同時に、守護の風を纏う。朦朧に陥っている竜公も、チャージを使い果たした銀騎士も範囲に含めて。
 高度を上げた天使に向けてヴィエナが蟲毒を放つも、容易く回避されてしまった。

「あっぶねぇ……。なんでもアリですか」
「なんでも、というわけでもないのでしょうけれど」
 冷や汗を流し、マキナがボヤけば黒子が返す。
 巻き起こった、一瞬の風。
 その中で、繋いだ命だ。マキナは体が動くことを確認し、他方へと切り込む。
 零と胡桃、北方の竜公へ攻撃を仕掛けていた二人が倒れてしまったからには、他の誰かが止めなくてはならない。
 ほぼ真下近くまで接近し、弓を構える。
 先にエルネスタのアイビーウィップが走り――惜しくも束縛はできなかったが――次いで、マキナが矢を放つ。
 凪が、銃でもって胡蝶を放つも躱されてしまう。
「……長期戦になりそうね」
「ええ」
 凪の言葉に、マキナが肩をすくめる。
「だから、立ち続けないと行けないんだって……!」
 側面から切り込んできた銀騎士の気配を察し対応するも、回避が間に合わない。
 レート補正の乗った痛烈な刃が、マキナを袈裟懸けに斬り払った。


 リジェネレーションでは回復の追いつかなかった英斗を含め、龍仁が癒しの風を吹かせる。
 黒子も、思うところはあるようだが少しだけ退いて、自身へライトヒールを。
(少なくとも、情報がたしかであれば遠距離スキルは二回、消費ですね……)
 攻撃が出来ないのならば、思考する。
 天使の攻撃は……行動は、サーバントの動きに合わせたもの、と考えていいのだろうか。
 そうでもなければ、ブレス連弾からの連続攻撃はタイミングが良すぎる。
 こちらの一手を行なう時間に対して、三手を繰り出すという能力も厄介だ。あれがある限り翻弄され続ける。
 時間制限はあるというが……
(ですから、なんでもアリとは違うのですよね)
 限りがあるから、策を立てる。
 それが戦争だ。


(予想通り…… とは、言いたくないな)
 飛行と共に八卦水鏡を発動しながら、佳槻はカラスを見遣った。
 少年にとって、胡桃は大切な家族の一人だ。
 傍にいたのに、守ることが出来なかった。
 重体を負った小さな体をそのままに、今はとにかく戦いを終わらせることを選ぶしかできない。




 北方の援護へと、エリーが切り替える。
 炎の刃を繰り出しては、その身を削ってゆく。
 ブレスがエルネスタ・エリーの姉妹を同時に襲うが、なんとか踏みとどまっては力を振り絞って。
(束縛さえできたなら、だいぶ違うのに……!)
 最後のアイビーウィップもまた、束縛は適わずエルネスタが心の中で歯噛みした。
 南の竜は、まだ朦朧にかかっている。
 しかし、目覚めるのも時間の問題だ。
 竜公二体と天使を自由にさせては、まずい。それはわかる。なのに。
「地上は地上で」
 まだチャージを残していた銀騎士の攻撃を受け止め、黒子は遠のきかける意識を繋ぐ。
 とかく騎士は硬く、チャージ能力を使い果たそうが遠距離攻撃に強いことに変わりなく。
 超反応をされない間合いで攻防を繰り返せば傷も蓄積するというものだ。
 誰も援軍に行けない状況で、最北に在るリョウは、ようやく敵ごとこちらに近づいてきている。
 南では、凪とカインが中心となって、銀騎士へ対応している。

「さぁって、お相手願いましょうかね」
 一臣が、銃口を天使へと向けた。
(敵さんに、撤退を促すってぇなら)
 圧倒的劣勢へ追い込むか、さもなくば本人へ深手を負わせるか……!
 なんか、ごっつい風の渦が壁のように身体を包んでいるように見えるが、とにかく攻撃しなくては何も変わらない。
(しぶとく、強く……!)
 放つ弾丸が掠める、逆方向から白藤が胡蝶をぶつけるがそちらは躱される。
「遊びたいのは山々だけれど、仕事なものでね」
 風が唸る。
 ほんの僅かに立ち位置を変え、カラスは振り向きざまに鞭をヴィエナへと打ち付けた。
 風を割く音と共に、レート補正を乗せた鞭は剣の如き威力でダメージを与える。
「それから……」
 翼を広げ、滑空してゆく。あっという間に主力部隊から離れてゆく。
「そこにいるのは、見えていたよ。お嬢さん」
 援護攻撃の為に、バリケードからバリケードへと移動していたアルベルト。身を潜めていたそれを打ち払い、そして踏み込んでは本人へも攻撃を伸ばす。
(お嬢さん…… よし!)
 最後まで性別にツッコミが入ることのなかった結果に、せめて満足するしかあるまいと、遠のく意識で『彼』は考えた。

 
 

「逃げやがった!」
 カインが声を上げる。とっさにショットガンを取り出すが、それより早く、銀騎士は剣を振り抜いた。
 エルネスタが、眼前の光景に身をこわばらせた。
 曲がる川を挟んで向こう側、共に竜公を墜とした妹の――エリーの、背後から銀騎士が剣を。
 では、あの、飛び散る赤いのは――彼女の髪ではなく、
 ゆっくりと倒れてゆくエリーの姿に動揺するうちに、
「おい、あんたも」
 抑揚の薄い少年兵に呼びかけられても、すぐに反応はできなかった。気づけば、直ぐそこに刃があった。
(……らしくない、と叱られるかしら……)
 誰に?
 自分を知る者たちに。
 叱られる? 呆れられる?
 悔恨の、その種類があまりにも多くて。
 途切れる意識に縋りながら、不可視の騎士は崩れていった。 


「……来たな」
 カラスが行動を終えたとみて、スッと佳槻が接近する。
「八卦――」
 繰り出すは、石縛風。
 するりと回避されてしまうのは予想の範疇だ。
「君の相手は、またあとで」
 回避と同時に再び主戦場へとカラスが向かう、最初の一歩目で佳槻へと鞭を振るうが――
「ッ?」
「っつう……。こっちもただで、噛まれるだけじゃないんだ」
 水鏡による攻撃反射に、少しだけ天使の表情が揺らぐ。そこへ、佳槻が言葉を浴びせた。
「そうだね、これくらいの牙が可愛らしくてわたしも好きだよ。ありがとう」
 一笑し、天使は風を巻き起こしに向かってゆく。
 鞭を旋回し風を生み出し――打ち付ける!
 気流の変化による爆風、ダウンバースト。
 英斗たちの背後を取り、立ち位置を変えて二連続で巻き起こす。
 範囲攻撃を警戒していたが、装甲の厚い銀騎士を倒すには数名が寄らねばならず。
 チャージを残した銀騎士が一体、東に居るものだからそちらに対して気を抜くことも出来ず。
 後方の竜公は、程なくして朦朧から醒めるはずだ。
 距離があるのに『囲まれた』状態となっていた。


 そこへ。
(……これ、は)
 白藤を庇護の翼で守りながら、冷たいものが英斗の背を走る。
 これは―― ……これ、で。
 庇護の翼は、使い切った。
 何かがあっても、完全な形で味方を護ることは、出来なくなる。
 暴風の中、カインと凪が力尽きる。
 龍仁が何事か言いかけるが、風の中に飲み込まれてゆく。
 ただ、治癒術だけは英斗にもしっかりと届いた。

 銃を持ち替え最後の青銅兵を撃ち抜いた一臣が、離れた場所から合流するにできない状況にあった。
 立っている数だけを、見たならば。撃退士側の方が優勢に見えなくもないというのに。
 それでも、敵の指揮官は撤退を選ばない。
 チャージ能力がなくても銀騎士の攻撃力は脅威で、防御は堅牢だ。
 そして、何よりも天使の能力があるから。
 それを凌ぎさえすれば――効果の切れる直前まで粘れば撤退するかもしれない。効果さえ切れてしまえば、畳みかけて倒すことができるかもしれない。




 南方の竜公が、意識を取り戻す。
 外見に似合わぬ機敏さで、誰よりも何よりも早く上空を移動する。
「強羅さんなら、守らなくても平気ですよね!」
「当たり前だ」
 苦く笑い、龍仁は盾を構える。
 防御力に自信のある二人だが、ファイアブレスの威力は厄介だった。
 持ち前の守備力をダウンさせられての手ごたえは、重い。
 ただでさえ、先に受けた天使の魔法攻撃により、重圧を掛けられている。動きが多少なりとも鈍る。

 その視界の端を、何かが掠めた。

 息を呑む暇さえなかった。 
 三度目のダウンバーストが、屈強な盾二人を背後から襲った。


 竜が動けば、カラスが飛ぶ。
 カラスが飛べば、竜が動く。
 双方が空を飛ぶ間、地上を騎士が走る――
 チャージ能力を使い果たした騎士ばかりでも、竜が居る限り攻撃力上昇の恩恵を受けている。侮ることなどできない。
 英斗たちを薙ぎ払ったその翼で、カラスは僅かな移動と共に白藤、そして反転して一臣へと攻撃を仕掛ける。
 たった一瞬で、四人の撃退士が倒れた。
「これで終い……ではないだろう?」
 遠方に在り、その猛攻を目の当たりにしたリョウが、眼前の騎士へと集中し直す。
 厄介な騎士たちも、南へ向かったものは撃破したようだ。
 竜公も、北方は撃破した。
 対空要員としては佳槻が健在だ。
(まだ)
 攻撃からの反撃、受け止めながらリョウは背後に回る気配に気づく。
「っ……」
 背後だけじゃない、側面からも、だ。
 援護に黒子が銃を抜くが、間に合わない。
 護りが、追いつかない――!


 リョウを斬った血で濡れる剣で、銀騎士がユラリと黒子へ接近する。
 今までのパターンで行けば、初手は、この騎士はブラフだ。しかし、少なくとも他の騎士の射程内に黒子は入っていない。
 全身で敵の所在を確認するかのように集中しながら、黒子は振り下ろされる剣を受け止める、後方で風の気配。少年の声。
 近距離で、剣のような鋭さへと形状を変えた硬鞭による連続攻撃で佳槻を落下させ、カラスが黒子の側面へと回る。
 十分に距離を取っての、しなやかな攻撃、それと同時に、背後から竜公のファイアブレスが少女を呑み込んだ。
 



 竜公の咆哮ばかりが、碧空に響く。
 他戦域の戦いが、遠い遠い喧騒の様だ。


 空に在り、天使は深く嘆息する。
「勝った、ということで……いいのかな」
 その笑みには、苦いものが混じる。
 抑えるべき部隊を全滅させたはいいが、こちらも辛勝といったところだ。
 残っているのは、自身と、チャージを使い果たした銀騎士が三体、それから竜公が一体。
 同戦域の残存勢力次第で多少の動きはあるだろうが、自分が居る部隊でこの結果だ。

「悪いが、先を急いでいてね。悔恨残すことなく命を断つのが優しさかもしれないが、そこまでは『仕事』に盛り込まれてはいないんだ」

 サーバントと撃退士、双方の血の海と化した大地へ別れを告げ、そうして闇風の天使は西方へと飛び立って行った。
 気を喪い、地に伏す撃退士の一人の指先が、あがくように微かに動いた。


 光景に似つかわしくない初夏の風が吹き抜け、ひとつの戦いの終わりを告げた。


【願い達の血路・東】 担当マスター:佐嶋ちよみ








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