10月2日更新分
黒い髪が風に梳かれて流れる。
雪のように白い肌の女は、いつも静かな瞳で彼を見据えていた。
現世は流れる水の如くに、遠く永久に向かって流れてゆく。彼女は河の向こうに消えた。
『サーバントなど放り出して今すぐにゲートに戻れ』そう強制する事も、出来なかった訳では無い。使徒とは天使によって創り変えられたモノ。そして力のラインを繋いでいたのは既に亡き赤い天使ではなく彼だった。自由意志を殺す方法は仕込んであった。
だがイスカリオテ・ヨッドはそうしなかった。
――ただ其処に在るだけの抜け殻、そんな物に成り果ててまで生きる事に、一体何の意味がある?
天界社会において、永く抜け殻として生きてきた半天半魔の男は思う。
ヴァニタス・ヴァニタトゥム、それは冥魔の言葉だが、メメントモリ、空の空、鳥は己の意思で飛んでいるからこそ美しい。
魂が死んでいれば、それはゾンビだ。屍よ、虚無よ、虚無よ、やがてすべては其れに還る。故に軌跡こそが生である。
そして皆、虚空に命を描いて逝った。
――あるいは、あったのかもしれない。
総ては喪失だ。だがきっと、変質するなら、死さえもがない。
薄ぼんやりと変質しながら何時の間にか消え失せてゆくくらいならば。
そして、彼が愛した者達の総ては河の向こうに消えた。僅かに残されていた煌きは総て消えた。
本当に?
しかし、例えあったとしても、
「滅ぼさねばならん」
闇の中より黒衣を纏った男がゆらりと進む。
「滅ぼさねばならん」
この醜悪に塗れた世界のすべては滅ぼさなければならない。
男は闇の彼方へと歩いて行った。
●
富士五合目に先日完成した堅牢な防御陣の地下に掘られた前線司令室で、金髪碧眼彫像のような美貌を持つ女天使と、巌のような顔立ちの恰幅の良い初老の男が向き合っていた。
「断固、速攻すべきだ」
富士市から移動してきたDOG副長エアリアはそう主張した。現在彼女は撃退長代理を務めている。
「しかし、先代の方針は堅実攻勢……そう『衣を一枚一枚剥ぎ取るよう敵の優位を潰し、締め上げるように確実に攻めろ』だった筈……」
同じく並列して撃退長代理となったDOG副長一刀志郎はそう言った。
「先代?」エアリアが片眉をあげた「西園寺顕家はまだ生きているぞ、彼がまだ撃退長だ。意識が戻らないだけだ」
先の冥魔達の襲撃によって現在の撃退長西園寺顕家は意識不明となる重症を負い、そして未だにその意識は戻らなかった。ベッドの上で寝ているだけの存在となり果てていた。しかしまだ死んではいない。
「これは失礼……」
微笑を浮かべながら初老の男は謝罪を口にする。
「一刀、お前まさかもう撃退長になったつもりか?」
「いえ……まだ私は副長ですとも。心得ておりますよエアリアさん」
まだね。
一刀志郎は胸中でそう呟きつつ好々爺然とした笑みで言う。エアリアは胡散臭そうに表情を歪めて男を睨み、一つ鼻を鳴らした。
「確実に攻めろ、というのは、ここに前線の拠点を築くまでの話だろう?」
エアリアは推論を言った。
一刀もエアリアも富士五合目に拠点を築くまでの戦略は聞いていたが、そこから先は聞いていなかった。西園寺顕家は、味方すら騙して敵もまとめて騙すような事を平気でやる男で、特に重要な事は余人には語らなかった。聞いている可能性があるなら懐刀のカワード・ホスローくらいだったが彼も聞いていないという。
「もうじき冬が来る。そうなったら、山攻めの難易度は飛躍的に増す。来年の春まで待つ? 馬鹿を言え、時をおけば敵の戦力が回復してしまう。今攻めずして何時攻めるというのだ」
エアリアは言った。
「もう足場は築いたのだ。後は一気に攻め登るだけだ。少なくともゲート入り口前の山頂までは一気にゆく。西園寺とて、元々そのつもりだったのではないか?」
「そうかもしれませんね、しかし……」
一刀は頷きつつ思う、西園寺顕家、何を考えていたのか。あの男は、策というのを幾つも用意している男だった。
半年前、DOGは先代の撃退長山県明彦をイスカリオテに暗殺され、エアリアと一刀はイスカリオテの謀略に翻弄され内部抗争勃発手前の状況にまで陥っていた。
内通者達や天界信奉組織の暗躍によって人類側には疑心暗鬼が渦巻き、味方同士で剣を銃を突付け合い、伊豆ではゲリラが暴れそちらに主力の大半を出さざるをえず守りは分散、『狩』という旧来の防衛体制では対処できない方法によって県内の人々は天使達に浚われ、村単位で根こそぎ消滅させられていた。人々のDOGへの信頼も低下の一途だった。一刀は静岡が火の海になる可能性を本気で懸念していた。
しかし危機にあって外部より招聘された西園寺顕家が三代目の撃退長に就任してより、DOGに潜り込んでいた天界側への内通者達のほとんどは一掃され、天界信奉組織もアジトを潰され、新防衛体制が整備されて県民の安全が確保され、決戦で勝利して伊豆半島を奪還し、財源も取り戻され、疑心暗鬼だった企業連の企業達も今ではしっかり足並みを揃え、県民達からのDOGへの評価も回復している。
あの男の戦略に基づいてゆけば、山攻めやゲート攻めが如何に困難であっても負けはあるまい――そう思えた。
だが、自分やエアリアの指揮となると、久遠ヶ原の助勢があってさえ、果たして、確実に勝てるだろうか?
「しかし、撃退長がどうするつもりだったのか……本当の所は解りません。撃退士にいかに権限が強いとはいえ、この日本国で、誰が、内通者達を外患罪で八つ裂きにし、バラバラにした死体を犠牲者達の墓前に供える、なんて真似を本気ですると思いましたか? 下手人は不明とされましたが……誰がやったのかなど明白。西園寺顕家とその子飼いの傭兵どもです。炎と灰どもです。マスコミはこぞってあの男を総叩きにし、しかし、一方で強烈な支持層も発生させた。内通者達はその苛烈さを恐れた」
「何が言いたい?」
「あの男の考えを、我々で読みきれますかね? 本当に速攻するつもりだったのかは……解りませんよ。そして残されている指示の最新は、堅実に攻めろ、です」
「だからそれは五合目までだろう?」
「ここから先も、そうかもしれません」
「冬が来るんだぞ!」
エアリアは歯軋りして叫んだ。彼女は焦りを滲ませて言う。
「どうすべきかなんてのは明白だ。西園寺でも必ずそうした筈だ。そうに決まってる」
雪が降るまでに陥落させねばならない。だから速攻する。理屈は解る。だが――本当に? 一刀としては何か疑問が残る。何かを見落としはないのか?
速攻するならば、伊豆の決戦で勝利した直後に、即座に速攻をかけたのではないか? あの男の果断さならそちらの方がしっくりくる。押せる時はとことんまで押す男だ。押さなかったという事は、押せなかったからだ。
ならば今は押せるのか? いける、とエアリアは言う。だが、本当に?
しかし、ここで何もせずにじっとしているのが一番の下策だ。雪が降るのだからのろのろ攻めるのも不味い、そのエアリアの意見は一理ある。速攻できるか出来ないかではなく、速攻『しなければならない』。とれる選択肢は『限られている』。
それは一刀にも解る。
だからこそ一刀は、イスカリオテにまたそう仕向けられているのではないかという、不気味な予感がするのだ。こちらのそんな事情をイスカリオテが承知していない筈が無い。西園寺はどう出し抜くつもりだったのか。
しかし、
「西園寺の意識は戻りそうにない。明日には目が覚めるかもしれないが、十年待っても無理かもしれないとも言う、そんなあやふやな可能性にすがる訳にはいかない。残された私達が、今、立っている私達が見、考え、決断しなければならないんだ」
堕天の聖騎士はそう言った。
「…………そうですね」
沈黙。
長い沈黙の後に一刀は口を開いた。
「……解りました。冥魔の動きも気になる所ですし、貴女の主張する速攻でゆきましょう。ですので」
初老の阿修羅は美しき女聖騎士を見据える。
「富士山攻めの指揮は貴女が採ってください。私は後方の本部で前線を支援しましょう」
「……なに? 良いのか? そうして貰えるのなら有り難いが……」
エアリアは意外そうな顔をした。もしそれで勝利すれば、エアリアの功績になる。そうなれば、現在は次期撃退長の座は一刀で確定的であったが、再びエアリアがなる可能性もでてくる。西園寺はそのあたりも見越して――単純に西園寺を除いて最も優秀なDOGの指揮官は一刀であるという技量の問題もあったが――富士火口攻めの前線指揮を一刀に採らせていたのだから。
「ええ、速攻ならば、私よりもDOG最強の戦士である貴女の方が相応しいでしょうし……逆に補給の手配など数字の仕事は貴女苦手でしょう?」
「頭が悪くて悪かったな。だが、その通りだ」
エアリアは口を尖らせつつも頷き、一刀は微笑する。
実際の所は、一刀は速攻でも自分の方が上手くやれると自負していた。
だが、
(エアリアが勝っても、先の約束があるので並ぶ程度……しかし、己が指揮を採りここで万一大敗などしたら、次期DOG撃退長の座は絶望的だ。敗北の責任は、撃退長が意識不明な今、前線を指揮する撃退長代理にかかる。火中の栗だ。火中の栗だ。相手はあのイスカリオテだ。確実に勝てると思えぬのなら、後方に退がるが得策)
それはある意味では堅実な立ち回りであったが――、一刀とエアリアならば一刀の方が確実に指揮官としての技量は上なのだ。勝利の可能性を1%でも上げる事を考えるなら、彼が自分で指揮を採った方が良い。だが、一刀はそうしなかった。
DOGのみならず静岡全体の興亡がかかっている場面で責任回避を第一に取る。まず己とその一派の利益、政治闘争を優先させる。
その姿勢こそが、二代前の撃退長選定戦の際に一刀が先代撃退長・山県明彦に敗れる事となった原因であると一刀は知らなかった。
おそらく、これからも知る事はないだろう。
一刀とエアリア、そしてDOGという組織の限界点が、あるいは、再び水面上に浮かび上がろうとしていた。
(執筆:望月誠司)
11月10日更新分
敵がサリエル・レシュであった時代より、撃退長がまだ西園寺の前の山県よりも前の創設者である初代撃退長であった頃より、長年静岡を守る為に戦い続けてきたDOG副長エアリアは、先の富士山攻めの大敗の責を追求され――そしてその責任をエアリアは取って、撃退長代理及び副長の座を辞任した。
速攻に反対していたもう一人の副長一刀志郎の意見を押し切っての攻略作戦だった為であり、また静岡の存亡すら揺るがしかねない程の敗北だった為である。
これにより、DOGの権力はもう一人の撃退長代理にして副長・一刀志郎、その一手に収束される事となった。
富士での大敗により静岡の撃退組織は著しく戦力を減少させ、各地の防衛にさえ手が足りなくなっていた。
富士山より完全に人類側勢力を駆逐し、行動の自由を取り戻した天界軍が、サーバントを増強すべく再び人攫いの活動――『狩』と通称される――行動を再開している。
また、人類側と天界側双方の消耗が激しいと見て、冥魔軍、カーベイ・アジン=プロフロフカ率いるプロホロフカ軍団が、都市部の襲撃を散発的に繰り返していた。彼等は斬り殺すだけで魂を吸収できる特殊なディアボロを用い、この機に労せずして魂の回収を効率的に行っていた。撃退士が駆けつければ逃げる、などとして交戦を極力避けていたが、そのやり方でも十分な成果だった。防衛網は人員不足により既に穴だらけになっていたからである。
日に日に報告される犠牲者の数は鰻上りに増加してゆき、その数は数十、数百、数千と数字の桁を変えゆき、万の位に達するのも確実と言われていた。僅か一ヶ月足らずでこれである。
静岡に、サリエル・レシュが健在だった頃よりもさらに深刻な"暗黒時代"が迫って来ている、そのように誰かが言った。
●
「何処まで、あんたの目論見通りなんだ」
頭部に紅い布切れを巻いた、筋骨隆々の巨漢――"戦争の歯車のような男"と称されるカワード・ホスローが問いかけた。
撃退長補佐官。
西園寺顕家の懐刀。
しかし、主が斃れた今、刀達は解き放たれている。
伊豆奪還の表の立役者が学園生達であるならば、水面下よりもさらに低い闇底からの立役者達。内通者達を派手に、または人知れず、殺戮して回り震え上がらせイスカリオテの調略を抑え込んできたのは彼等だった。
綺麗に言えば民間軍事会社。乱暴に言うならば傭兵。
水面の下よりも更に下、深い水の底よりきたる灰と炎。
その長である西園寺顕家の言葉を借りるなら『鉄火場だけが出番のドブ浚い』。澱みを焼き払い、赤い大地に灰を降らせ、水路に流れを甦らせ、清流甦れば、消えゆくを定めとする者達。
だが、消えるにはまだ早い段階で彼等の長は倒れ、残された灰と炎達は機能を狂わせ始めている。
「保険だったのですよ。まさか本当に負けるとは、というのが本音ですね」
和装の老人は、好々爺然とした微笑を浮かべつつ弱ったように眉を下げる。
カワードはあからさまに顔を顰め眉間に皺を刻んで一刀を睨みつけた。
一刀は弱った微笑のまま、
「……本当の事をありのままに包み隠さず述べても信じていただけない、というのは、困りますね。打つ手が無い」
「どうだか」
カワードは鼻を鳴らした。
「あんた、逃げたろ」
「さて」
初老の剣豪は微笑し――ただ、それだけで答えない。
「……あんたに代わって突っ込んだ女聖騎士様は敗戦の責任を取って失脚だ。これで主だったDOGの実権は、危険な勝負は一度たりともしていないあんたの手に一手に握られた。アンタとしちゃ、笑いが止まらんのだろうな、一刀さん」
「とんでもないですね。言葉に上手くできない危険を感じ、その折りエアリアさんが攻めたがっていらしゃったので、そちらに指揮権をお譲りして私が退いたのは事実ですが、エアリアさんが負けるように誘導したなどという事はございませんよ。DOGの仲間達は大勢死に、今も県民は脅威に曝され、県民の死者数と浚われた数は併せて万に達する勢いです。これでどうして笑えましょうか」
カワードはそれには答えず一刀を見据えている。
一刀は笑みを消して碗を置くと、巨漢を見据え返した。
「――何をお聞きになりたいのです?」
「あんた、本当に人類側なのかい? うちの大将を植物人間にしてくれたあの冥魔どもの奇襲、あんたの手引きって考えると、この流れ、合点がいくんだがね」
数多くの内通者達を、闇に、水の底に沈めてきた男はにこやかにと言うには凶悪に過ぎる笑みで問いかける。
一刀は声に出して笑った。
「真実そのようにお疑いでしたら、貴方はそんな問いかけなど私に対してなさらないでしょうに」
「その通り――ただの宣言だよ。今までは大丈夫だったろうが、沈みかけているからな」
「これでも故郷たる静岡やDOGには思い入れがある身なのですがねぇ……」
「そのDOGの危地でトンズラ決め込んで良く言う」
「外様の方には解りますまい」
一刀は目を細めた。
所詮、西園寺やカワード等は急場を凌ぐ為に外部から招聘された傭兵、十数年静岡を守って戦い続けてきた生え抜きのDOG構成員ではない。
一刀はDOGが生まれた時からDOGだった。
創立時のメンバーの一人だった。
たびたび次代の撃退長候補に名があがったが、ついぞ撃退長にはなれていなかった。
山県明彦に敗れ、西園寺顕家に敗れ、そしてあるいはエアリアにも敗れる可能性すらあった。
だが、
「幸か不幸か――名実ともに今となっては私がたった一人の大将です。他が全員倒れた、という形でなったものであっても、長は長。つまり、私はDOGです。DOGは私。どうしてこれを見捨てましょうか?」
首を傾げてみせる老人。
「……俺が西園寺の大将に従っていたのは、あの人は未来って奴を作ってくれたからだ。未来って場所に俺達やあの大将がいなくてもな」
鉄火場だけが出番のドブ浚いは言う。
「この静岡でもそうであると信じた。客観的に見りゃ、鼻で笑い飛ばす話だ。だが、英雄にはなれなかった者どもが、人生って奴を賭けるならそれくらいが丁度良い。だが、あんたが作る未来は、果たして俺達が俺達を賭ける甲斐があるものなのか?」
「無かった場合は?」
「どうなると思う? 俺達は英雄じゃない、猟犬だ」
「…………肝に銘じておきましょう、ええ……肝にね」
一刀はわざとらしい程に神妙な表情で頷いた。
「つまり、天魔を撃退するまでの間は、ご協力願えるという事でよろしいか?」
「あんたは実に気に入らない。だが、止むを得ない。ただ一人のDOG有力者となったあんたが、俺達を使いこなせるならば。しかし、あんたが裏切るなら背く。あんたを無能と見れば背く。あんたが俺達を使い潰す気配を見せればやはり背く」
一刀はにこやかに嘆息する。
「なるほど、使えない存在になったものですねぇ、貴方達も」
「あんたは俺達の大将じゃないからな」
「ではさしあたって一つ確認がしたい。天界軍の『狩』と冥魔軍の『吸魂刃』の襲撃、二勢力から攻撃を受け続けるのは分が悪過ぎる。せめて弱っている天界軍だけでも撃破し駆逐しておきたい。敵が冥魔だけなら、まだ守りようはありますからね」
DOGの最高権力者となった男は言う。
「だから、富士山を攻略したい。その為に――貴方は、貴方達は、西園寺顕家から何をやらされていましたか? それを聞いておきたい。言える範囲の事で構いません」
「……それでも一つ二つじゃないぜ?」
「それでも、お願いします」
カワードは嘆息すると己が行っていた事を一刀へと列挙してゆく。
巨漢が語る幾つかの話の中で、
「――あぁ、それと、ジャンボジェットを改修する話があったな」
一刀は気になる内容を聞きとがめた。
「……ジャンボジェット?」
「そうだ。何に使うかは聞かされていなかったんだが、旧式のオンボロでも構わないからと処分寸前の物を格安で手に入れてな。機内の底に開閉機能なんかをつけたりしていた。ま、今じゃ大将が倒れたんで、凍結状態になっているが」
一刀は思う。
(ジャンボジェットとはまた……)
あの男は何をやらかそうとしていたのか。
まさか、撃退士を数百人搭乗させて突っ込ませようとでもしていたのだろうか。
(地上と空から同時に富士を攻める?)
まず地上から攻めて迎撃部隊を釣り出しておいて、飛行隊でその背後高所へと部隊を降下させ、挟撃、もしくは、迎撃部隊を拘束している間に一気に山頂に降下してゲートに突入、直撃、破壊する。
ジャンボで?
(馬鹿な)
乱暴な作戦と言うにも程がある。
ジャンボジェット機は目一杯に減速しても時速二百キロ後半から三百キロ程度がせいぜいだ。それ以上は失速する。
飛行中に扉を開けられるようには出来ていないし、例えどうにかして開いたとしても、扉から宙へと人が飛び出した瞬間に機体に激突して死亡する恐れがあるなど、普通の人間ならばジャンボから飛び降りるなど出来る事ではない。
――だが、撃退士ならば、どうだ?
(いや待て)
改修している?
開閉機能とは、なんだ?
そして、最初から機体は使い捨てるつもりならば、どうだ?
(待て……待て。そもそも、そんなジャンボを空挺に使うなんて馬鹿げた事をするより、現実的に輸送ヘリでも使えば良い。軍と交渉して軍用の人員輸送ヘリを手に入れる事も不可能ではない)
しかし、
(……ヘリでは駄目だ。富士の山頂は高度がある。空気が薄い。ホバリングには限界がある。最新鋭のヘリなら搭乗員を満載してもいけるかもしれないが、最新鋭の人員輸送ヘリは高い。一機で三十億、四十億、そんなものがザラだ。そして乗員は五十人程度がせいぜいだから、十数機と用意しなければならない。ただでさえDOGは火の車になっているのだ、流石にそんな金は無い。チャーターするにしても撃墜される可能性を考えると……)
ジャンボならば、それもまた億単位で安い買い物ではないが、一機で済む。
何よりヘリと違い高度が取れる。特殊な天魔でない限り、アウルでの飛行は地表より限られた高さまでである。富士の山頂から見張るなら、高度四千、五千には目が届いても、例えば、高度一万を超えるような高高度は想定の外、目が届きにくいのではないか?
(待て、待て……流石にいくらなんでもそれは……)
さしものイスカリオテもそんな作戦は予想はしていないだろうが、それは荒唐無稽に過ぎるからだ。
だが、だからこそ、
(やりかねない)
西園寺顕家ならやりかねない。
作戦というのは、敵の意表さえ突けば良いというものではない。だが、あの男の指揮なら――というか、久遠ヶ原の学園生達なら――超難度のウルトラC作戦だろうがなんとかしてしまいそうな気が一刀にはした。そのような派手な舞台こそ学生達は常より良い動きをする傾向がある。空陸を連携して使い立体的に戦力を展開するのはあの男の十八番だ。
そして、イスカリオテが予想の範疇にある常識的な攻勢には恐ろしく強くとも、予想外の攻撃にはそのカウンター能力を発揮できないのならば。
(――待て、待て、待て、己は今、何を考えている?)
狂気の沙汰だ。
狂気の沙汰だ。
一刀志郎は思う、西園寺顕家ならともかく、この自分が、一刀志郎がそんな特攻じみた作戦の指揮を執る事が出来ると思うのか?
そんな狂気的に馬鹿げた作戦指揮など執った事がない。
――だが、狂気の作戦かもしれないが、意表は突ける。
そして、その一撃が決まれば、勝てる。
イスカリオテに、勝てるのだ。
一刀志郎が。
大抵の事は見通して、痛烈なカウンターを浴びせて来るイスカリオテに勝てる。
一刀の野望を阻み続けてきた者達――山県明彦、西園寺顕家、堕天使エアリア、彼等彼女等がついぞ屠れなかった相手を、この一刀志郎が殺せる。
「…………どうした、爺さん?」
カワード・ホスローの表情には怪訝があった。
視線が向けられる先の老人は、微笑をたもったまま沈黙していた。
妙な気配を漂わせ始めた一刀に対し、カワードが違和感を募らせてゆくうちに、やがて老人はゆっくりと口を開いた。
「そうですね…………カワードさん、今後の対策、ですが……まずは、学園に助力をお願いしましょう。何をするにしても、撃退士がいなければどうしようもない。学園に大動員をかけていただく」
「大動員令を……?」
伊豆の決戦以降、DOG戦力を中心として富士攻略戦は進められてきた。だが、大動員令を願う、という事は死天大戦や伊豆決戦の時のように再び学園生を主力に据える、という事だ。
「……助力を貰えると思うか? 久遠ヶ原学園は静岡だけを見ていれば良いって立場じゃない。こちらとしてもタダで頼めるもんでもない。北は一段落したのかもしれんが、西の方は相変わらず騒がしいと聞く。それにそれは切り札だ。それを切ったら、もう本当に後が無い」
「その通り、我々にとっては他力で不安定な切り札……最後の希望……ですが……先に富士山で大敗した以上、もうそれしかない。後が無いというのはその通り、我々にはもう後なんてないのです。認識しておいた方が良い。次というのは、もう、静岡には無い」
「……なに?」
「山県明彦が暗殺され、西園寺顕家が斃れ、エアリアが失脚した。そしてすべての実権は消去法で私の元に集まった。もうDOGには私しか残っていない」
一刀志郎は覚悟を決めた。
人類社会の未来の為、なんて殊勝な心がけでは、当然ない。
郷土愛、それも違う。
勝機が見えた。
勝ちたいと思った。
だから勝つ。
「"残機はゼロ"という奴です。静岡は次で勝つか、もしくは、消耗している天界軍より冥魔の子爵カーベイ=アジン、彼等が展開する大ゲートに沈められ滅ぼされるか、二つに一つです。けれどもね――」
野望である。
老人は笑った。
人徳の大将、用兵の鬼才、最強の戦士、曲がりなりにもそれぞれ才あったライバル達がなし得なかった事を、長年の経験くらいしか武器が無い、凡骨の極みたる己が成す……これほど痛快な話があろうか。
「勝つのは我々人間です。滅びるのは天使と悪魔どもですよ」
翁は笑った。
おそらく、笑った。
カワード・ホスローは、一刀志郎が浮かべたその凄絶な表情に、息を呑んでいた。
「…………間違っても、正義の味方が浮かべる面じゃねぇな、そりゃあ」
目の前の男は、野望の塊だった。
好々爺の面の下にあったのは、人の"業"の集合体だった。
年老いて枯れ果てているなどとはとんでもない。
これこそ魔よりも魔物に近い。
「何をおっしゃるカワードさん、正義は我等に有りですよ。我々はヒーローです」
カワード達の長とは、正反対の事を、一刀志郎は言ってのけた。
「イスカリオテの首をあげれば大金星ですよ。さぁ歴史に名を刻みに征こうじゃありませんか、灰と炎達」
(執筆:望月誠司)
11月19日更新分
霊峰に雪が降る。
純白に白く、綿のように舞いながら、静寂を秘めて雪が降る。
冷風が、山頂に佇む男の頬を撫でた。
天から地へと音も無く舞い降りるのは、滅びゆく者達に贈られる、凍てついた白布。
滅びるのは人か、それとも天の使い達か。
無論。
「人間達だ」
イスカリオテ・ヨッドは呟いた。彼はこの世界の体制をまだ何も破壊していない。この世界に圧殺された少女達の絶望を、それを見た己の絶望を、昇華するにはこの絶望的な天魔人が争う世界構造社会の仕組みを破壊するしかない。故に世界を破壊する。静岡を滅ぼすのはその第一歩。
故に。
「俺は負けん」
黒衣のハーフブラッドは闇色の瞳に破滅の火を宿して、静かに下界を見下ろした。
黄金白翼の大天使ガブリエル・ヘルヴォルは、そんな男の背をじっと見つめている。
(……大きな風が、吹くのだろうか)
ヴェズルフェルニルことカラスはそんな二柱を一瞥してから、空を見上げた。
天からは冷たい雪が降っていた。
巨大な風が、この富士に向かって吹くならば。
(――打ち消すまで、とね……)
風を打ち消す者、ヴェズルフェルニルは胸中でそう呟いたのだった。
●
「ウーヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!」
血染めの白衣に鋭利なデザインのイェローサングラスをかけた男が、身を仰け反らせて哄笑をあげている。
「わぁ〜らいがぁ、止まりませんねぇえええ! 漁夫の利さぁああああいこうぉおおおう!! いぃぃぃぃぃやっふー!」
冥魔プロホロフカ軍団の首魁、子爵カーベイ・アジンは連日の都市襲撃の成果に上機嫌だった。天使達と人間達とがせっせと殺しあってくれているおかげで、悪魔達は労少なくして多大な成果を獲得できている。
「あっはぁ! 妾達さすがよなマスター! これでこそ悪魔というものじゃあ!」
可憐な笑みに悪意を乗せて、小鳥が囀るように髑髏帽をかぶった金髪ナースが歌う。カーベイ子爵の助手、プロホロフカ軍団の四獄鬼がうち一鬼、『ヘルキャット(性悪女)』の名を持つ女男爵ヨハナである。
目をきらきらと輝かせながら少女は腕を振るう。
「天使も人も愚かじゃのう♪ 愚かな感情のもとに愚かな事を言って愚かに争う、かわゆいのう、かわゆいのう、争えー、争えー、もーっと争え〜、あーーーはっはっはっはっはっ!」
悪魔の博士とその助手は、耳障りな笑い声を共鳴させている。
(……相変わらずですなぁ、このお二人は)
ボマージャケットにジーンズ、ブーツというあまり異界の悪魔らしくない装いに軍帽をかぶった男は苦笑した。
エジプト神話のアヌビスの如く人の身に獣の頭部を持つ人狼、ヨハナと同じく四獄鬼の一鬼、『ウルヴァリン(狼の如き)』レイガーである。
気分屋な彼は、軍団から召集がかかっても、いつもなら無視して雲隠れを続行する所なのだが、
「ああ、戦よ、戦よ、大いなる戦よ、吹き荒れる大風が天地を呑み込み雪原を赤く染めるなら、絶望に哭き叫ぶ魂どもすら燃え上がる、紅蓮に滾る戦場を、飢える狼の元に寄越すが良い――至急であっしを呼び戻したという事は、期待しても良うござんすな猫娘?」
千の強敵達と拳を交えられるような大戦(おおいくさ)が出来ると聞いて、先日軍団に戻ってきたのである。
「狼男よ、ぬしゃあ、相変わらず――独特な、詩人さんじゃのう」
「ま、下手の横好きって奴でぇ、その通りの詩人にございやす。そして戦士だ。狼の戦士は歌い、歌われ、そうして永遠を戦い続ける」
「自分探しの旅とやらの成果はどうなったのかや?」
金髪娘が小首をちょいと傾げると、ウルフマスクは獣面に苦笑を浮かべ、
「やっぱあっしにゃ殴り合いしかないようで。骨と肉の軋み声、砕ける音、熱く赤い血潮だけが、俺に生を実感させてくれる。他は薄めた霊酒みたいなもんで、てんで酔えやしない。酔えなければ歌えもしない。人狼の脳髄を焼くのは血肉だけです――他にも何か、世に無いかと思ったんですがねぇ」
「ふぅん、ついぞ見つからなんだか。『メタフラスト(伝説集成者)』は御主が言うそれには飽きた、と言うておったが」
「殺し過ぎたんでしょうなぁ」
レイガーは思う。それはきっと人間の世で言う"はしか"のようなものだ、と。
多くは道から戻って来て、そして二度とはそちらの道へは移らない。
だが、偶に、その道を行ったきり戻ってこれなくなる者もいる。そしてレイガーは、どうやら己は戻れないらしい、と旅の果てに悟った。少なくとも、まだ。
狼にとって戦いとは、水が合い過ぎて、またそこそこに困難であったから、飽きなどというものはこなかった。あの鬼神のように息を吸って吐く様に殺す、という"作業"の繰り返しにはならない。賭けるべきものがある。
故に、レイガーにとって、戦いとは手段なのではなく、目的だった。戦いの為に戦う。
何が愉悦かそうでないかは、本能の部分に関わる事なので仕様がない。
「あるいは、案外少将はあっしとは違うタイプの戦士だったのかもしれませんね。あっしは戦いが大好きさんですが、少将はうんざりしていたのかもしれやせん。あるいは、もっと別の何かの理由なのかもしれやせんが」
「ふぅん。よーわからんのじゃが、ま、多分喜んでくれて良いと思うのじゃよ。此度は存分にぬしの腕を振るえようぞ」
髑髏ナースは状況をジャケット男爵に説明する。
「――という訳で、人間どもの勢力が富士山を拠点とする天界軍に一大攻勢を仕掛けようとしておる。妾達にとっても天使どもなんざぺぺぺいのぺいじゃがあ、きゃつらにはまだ利用価値がある。生き残ってくれるなら、まだ生き残ってくれていた方が良いのじゃな」
「ほ、じゃあ、あのハーフブラッドに援軍でも出すんで?」
「まさか、妾達は自由の旗を掲げる悪魔じゃぞ」
地獄猫は赤眼をぎょろりと動かして狼男を睨む。
「神とやらの言う事に諾々と従う狗どもと肩を並べて戦うなど冗談じゃないわ。なので、妾達は妾達で勝手に動く。例によって美味しい所をいただく、それで十分援護になろうよ。それでも足りずに天界軍が潰されたら潰されたでそれも一興、というか、奴等の為に実入りの無い危ない橋なんぞ渡りたくないのじゃ。徹底的に無理はせんしリターンは取ってゆく」
「無理のない生き方なんてのが果たして愉しいもんでしょうかね。勝つと解ってる勝負が楽しいもんかよ」
「妾はラクしてきもちよーく連中を踏み躙りたい、実に楽しい」
にこりとヘルキャットは笑う。
「まぁその辺は好きにせいよ。妾達は無茶はせなんだが、マスターはぬしに渡すディアボロは好きに使ってくれて良いとの仰せじゃ」
「ほ、豪儀、豪儀、太っ腹でらっしゃる、さすがの我が主君と助手殿だ」
「そーでもしなきゃ、ぬしゃあ、やる気なくして帰っちゃうじゃろが!」
「はて、何のことやら……」
狼男は明後日の方向へと視線をやる。
「ま、大体は承知しやした。それじゃ失礼さんですが配置をもらえますかね。とりあえず小難しい事は考えずに突撃して敵を殴れるポジションでお願いしやす、あ、出来れば激戦区で」
「注文の多い脳筋詩人ってどうなんじゃろな……」
そんな事を語り合いつつ、悪魔達はさらなる漁夫の利を得んが為の手筈を整えてゆくのだった。
●
二〇一四年、十一月の末、久遠ヶ原学園は静岡企業連の撃退士組織DOGの要請に応じて、大動員令を発令。静岡県に撃退士の大部隊が集結した。
「さて、富士攻めは上手くゆきますかねぇ」
「解らんが、上手くゆかせるしかないだろう」
学園執行部・親衛隊総長、地上主攻部隊に編成された岸崎蔵人は、隊員からの言葉に常と変わらぬ仏頂面でそう答えた。
危機において各地を転戦する彼等にとっては、一県の存亡をかけた決戦、というものに参加するのは経験がない事ではない。というか、いつだって負けられない戦いばかりである。
されど、
「ここまで大規模な空挺作戦っていうのは珍しいですね」
「……確かに、そうだな」
学園執行部は現在撃退長代理を務めているDOGの一刀志郎の提案に基づき戦略を採択、改造ジャンボジェット機による空挺作戦を決行する事で合意していた。
「地上と空を連携して立体的に攻める……か、一刀志郎氏の発案らしいが、らしくない印象だな」
今回の作戦は、まず『地上部隊で富士山へと攻撃を仕掛け、敵の迎撃部隊を釣り出す』のが第一。
その隙にもう一部隊がジャンボジェット機に搭乗して進発する。
そして敵の目の届きにくい高度一万メートルを超える高高度から、地上で交戦中の敵味方の頭上を密かに飛び越え富士山頂に肉薄、ジャンボジェット機に搭乗している撃退士達がパラシュートや飛行スキルによる翼を用いて降下、一気に富士山頂火口ゲート内へと突入してコアの破壊を目指す、というものだった。
「慎重さが持ち味の爺様にしちゃあ、とんでもなく思い切った作戦ですよな」
まさかジャンボとは、と隊員が言い、岸崎は頷く。
「ああ、ジャンボを使うのもそうだが、空挺隊は勝敗の行方によっては全滅しかねん。彼等には退路が無い。勝てば良いが、負ければ破滅だ。空挺作戦を上手くゆかせる為には、俺達がしっかり地上から攻めて、敵を引き付けなければならん」
「しかし地上部隊も地上部隊できついですよ。冬の富士山を攻め上る訳でしょ? どういう訳か冬だってのにいまだ山林はジャングル状態ですし、その癖雪だけはしっかり降り積もっていると来る。敵は隠れる場所が沢山で、こっちは素早く攻め上るどころか、満足な機動すら積雪と傾斜のせいで難しい。不利ってレベルじゃないですぜ」
「それでもなんとかせねばならん……幸いなのは、俺達地上部隊は必ずしも勝つ必要はないという事だ。空挺の方が失敗したら、その限りでは無いが」
「あっちが上手くいく事を祈りますよ……で、その為には俺達がきばる必要がある、と。ほんと、微妙な押し加減が必要になりそうで、厄介な事です。無理しすぎて壊滅したら元も子もねぇですし」
「腕の見せ所、という奴だな。学園撃退士ここにありと示してやろう」
「了解です」
撃退士達が進む先には日本一巨大な霊峰、富士山が聳え立っていた。
●
「ば、ばっ、ばっ、化け物だーッ!!」
他方、撃退士達の地上部隊が富士山へと攻勢を仕掛けるのとほぼ同時、静岡市の中心地区に隣接する西部の山岳地帯より、業焔をまとう大鬼や赤眼の大熊、紫色のトカゲ人といった異形の怪物達が出現し、市街へと怒涛の勢いで雪崩れこんできていた。
異形達の先頭に立つのは漆黒の獣の頭部を持つ狼人。
「やぁやぁお兄さんがたお集まりの所に失礼ですがお控えなすって! 手前はレイガー! ケチな詩詠いにして大冥魔プロホロフカ軍団が四獄鬼の一鬼、レイガー=ウルヴァリンと申しやす! シズオカ市のニンゲンの皆々さまぁ! 小難しい事は申しやせん! 手前等の要求はただ一つ、黙って俺達に殺されろぉっ!!!!」
「舐めた野郎だ! てめぇらが出て来る事なんざ予想済みなんだよッ!! 静岡市防衛隊、迎え撃てぇーーーっ!!」
静岡市に配備されていた撃退士達が異形達の牙より市民を守るべく武器を振り上げ気勢をあげて突撃してゆく。
一刀志郎は冥魔の軍団プロホロフカが富士山への攻勢の隙を突いて都市部に襲撃をかける可能性について警戒はしており、DOG本部と空港のある富士市と、県最大級の都市である静岡市へと守備隊を配置していたのだ。
レイガー部隊と静岡市守備部隊は市の西部で激突し――すると今度は市のど真ん中と東部分にかけてディアボロが突如として出現し、市民を襲い始めたのとの報が入った。
それは人型のディアボロ達であり、人間のふりをして密かに潜伏していたのである。人に擬態したディアボロによる潜伏からの奇襲についても静岡市の防衛部隊は警戒しており、故にすべてをレイガー部隊への迎撃には出さず、中心部にもいくばくかの撃退士達を残していたのだが、
「馬鹿な……なんという数だっ?!」
先月からの襲撃の成果によりディアボロの数を増やしていたプロホロフカ軍団は、人型ディアボロの数もまた多く増やしていた為に、市中に残った撃退士達と比べて圧倒的に頭数で勝っていた。
『救援を! 至急救援を請う!』
この叫びを受けて撃退士司令部は富士市の守備にあてていた部隊を救援として西に送る事を決定する。
大都市静岡市とDOG本部のある富士市は隣接した市であり、救援に向かえる距離であった。
だが、静岡市と富士市を繋ぐ東海道、山と海とが迫るその細い狭隘地帯、横砂東町を中心として冥魔の一部隊が通行を遮断するように展開しているとの速報が入る。
「ふっふっふーん、そーんなの読んでるんじゃよ愚か者め。プロホロフカ四獄鬼の名にかけて、ここから先は通行止めじゃよ撃退士どもっ!!」
それは四獄鬼のうち一鬼『ヘルキャット』ヨハナが率いる足止め部隊であった。
富士山攻略の地上部隊が白雪降り積もる霊峰へと足を踏み入れ、静岡市で冥魔の軍勢との戦端が開かれ始めた中、山頂のゲートに突入しコアを破壊する任を帯びた空挺部隊の撃退士達は、ジャンボジェットの中で進発の時を静かに待っていた。
「……勝つ……勝つ……なんとしても、勝つ……」
機内、細い腰に長剣を履いた金髪の娘が、碧眼に鋭く燃える火を宿して、機内の床を仇敵のように睨みつけている。
「勝ってゲートを破壊し、静岡に平和を取り戻す……それが……それだけが、私が死んでいった皆に対して出来る、手向けだ……!」
元DOG撃退長代理、先に失脚し一戦士となった堕天使エアリアは、そう呟いた。
(執筆:望月誠司)
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