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 一生奈落を這いずって生きるのさ。


●Eden01
 黄昏。
 声が聞こえる。
 耳を貸してはいけない声が。

「これが楽園を目指した者達の成れの果てですか……」
 雫(ja1894)はそれを「見上げた」。見る、というより最早「見上げる」が正しい。それほどまでに巨大な――巨大な、黒い、塊。

 楽園へ至りしモノ。
 京臣ゐのりだったモノ。
 『恒久の聖女』の構成員だったモノ。
 人間でも悪魔でもないモノ。

 楽園を夢見た者の成れの果て。
 操り人形の成れの果て。
 理想とやらの成れの果て。


 ――あまりにも醜悪。あまりにも汚穢。あまりにも……。


「……これが本当にお前が成りたかったモンなのかッ!?」
 小田切ルビィ(ja0841)は思わずと叫んだ。返事はなかった。なにも。なにも。ただ彼は奥歯を噛み締める他になく。
「――兄さん。風の加護を……!」
 そんなルビィに、彼の妹である巫 聖羅(ja3916)がウィンドウォールを施した。彼女の色を思わせる真紅を帯びた風が、ルビィを守るように包み込む。
「もはや救いようもない」
 楽園へ至りしモノ。それに対し影野 恭弥(ja0018)は言い切った。
「タダの選民思想と思うておったが、なかなかどうして面白くなったな」
 二対四枚、赤竜の翼<ア・ドライグ・アーダイン>にて上空、フィオナ・ボールドウィン(ja2611)は愉悦の笑みを浮かべている。
「悪魔との約束か……」
 佐藤 としお(ja2489)は独り言ち。
「……」
 天宮 佳槻(jb1989)はただ、物言わず表情を変えず武器を手にしていた。
 川澄文歌(jb7507)はつぶさに楽園へ至りしモノを見据え、脳内で「覚えてきたこと」を忘れぬように繰り返す。調べられる範囲で入手した、信者達の名前を。
「このようになってしまったの、ですね……もうあたし達の声は届かない、です?
 かつぎを被り直し、華桜りりか(jb6883)はソレを見上げた。返事はない。聞こえてくるのは、幸福に満ちた――けれど一切が狂気に染まった、異形の声。
「……哀れな……」
 そうとしか言えなかった。黒井 明斗(jb0525)は眼鏡の奥の瞳を細める。倒すことでしか、救うことが出来ない者もいるのだと。
(あんなものが楽園とはな)
 アウル式レールガンを手に牙撃鉄鳴(jb5667)は『今回の標的』を見上げた。まぁいい、どうせすぐに崩れる泥船だ――感想は簡潔。
「これが貴女達が求めた『楽園』とは思えない。もう戻る事は出来ないのでしょう……ならば還えすだけ」
 蓮城 真緋呂(jb6120)の瞳は揺るがない。同情も憐憫も必要ならば後でする。今は躊躇をしている場合ではないのだから。
「こんな後味の悪い事件は……もう終わりにしないと」
 星杜 藤花(ja0292)は思い返す。ギ曲。悲しい事件。人間の業。人間の見たくないもの醜いものを抉り取って眼前に突きつけて来るような。
 そっと、彼女は隣にいる夫、星杜 焔(ja5378)の手を握った。焔は愛妻へと穏やかに笑んでみせる。
(……独りだった頃なら堕ちていたかもね)
 最中に、彼は思う。楽園へ至りしモノは、焔が辿ったかもしれない可能性であると。
 けれど。今の焔には全てを分かち合える絆がある。守るべきものがある。帰るべき場所がある。
(俺はもう俺の楽園にいる。絶対侵させない)

 そう――踏み躙らせはしない。

 黒夜(jb0668)はスマホに繋いだイヤホンを片耳につける。流れてくるのは彼女の「楽園」、妹分の声。録音された応援と約束事。
(地球規模の災厄……ここで必ず滅して終わらせる)
 キッ、と山里赤薔薇(jb4090)は聳え立つ異形を見澄ました。彼女の隣では桐ケ作真亜子(jb7709)が、同じように異形を見上げている。
「大丈夫……ボクがいる、山里さんもいる! 必ずなんとかなる!」
 鼓舞の言葉。これっぽっちも怖くないと言えば嘘になる。それでも、強がってみせた。自らを、友達を、仲間達を、安心させるために。
「よっしゃあ、学園の仲間の名前を叫びまくって、自分とみんなを鼓舞しますよー」
 袋井 雅人(jb1469)の在り方はどこであろうと変わらない。ニコヤカに、ラブコメ心を忘れずに。
「成程、狂的な聖女への称賛は言い換えれば無垢。彼ら、彼女らがエデンの園に辿り着いたというのであれば、それは正しく、そうなのであろう」
 ジャイアントパンダ――否、れっきとした人間である――下妻笹緒(ja0544)は観察結果を口にした。
「だからこそ全霊を賭けて否定しなければならない。知恵の樹の実を食すことのできない楽園に用は無く。求めるのはただ純粋なる智。思考放棄の先にあるパラダイスでは決してないのだ」
 結論付けた、下妻笹緒としての宣戦布告。
「妄信と依存、現実逃避から生まれた楽園。だが、人々の心を蝕み壊すそれを俺は断じて許さん!」
 ヒーローの証たる赤いマフラーを靡かせて。千葉 真一(ja0070)は、拳を固め身構えた。
「変身!」
 その一言と共に。

「天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!!」

 真一は、不屈のヒーローゴウライガへと『変身』する。
「人間同士で殺しあっても悲しまないのか」――詠代 涼介(jb5343)は思い返す。『恒久の聖女』との戦いで、問われた言葉を。
 それに対する涼介のアンサーは、こうだ。
(今は悲しいとかよりも、解放してやりたいという思いが強いな)
 彼らを見る。天へと伸び、夕刻の空を掴まんと手を伸ばしているかのよう、多数の触腕が蠢いているその様を。
「その姿がお前らの願った結果なら……その楽園に抱かれたまま、終わらせてやる」

 そうだ。もう――フィナーレだ。
 終わらぬ戯曲などないのだから。

 物語には然るべき終幕を。

「今度こそ、人形劇に終幕を」
 金の蛇眼に哀れなる者共を映して。ジョン・ドゥ(jb9083)が言う。
 その通りだ。エカテリーナ・コドロワ(jc0366)は突撃銃をその手に、黄昏の風に金の髪を棚引かせ。

「地獄に案内してやろう、絶対にな!」

 銃口を向ける――戦いが始まる。



●Devil01
 同刻。
 楽園へ至りしモノよりやや離れた位置。
 外奪と烈鉄率いる勢力と、久遠ヶ原勢力が相対していた。

 一つの結末を見に参りました。

 伊達眼鏡をオペラグラス代わりに。翼を広げた上空。Maha Kali Ma(jb6317)は「特等席」にて状況を俯瞰していた。
「何はともかく、勢力の一つが治まるかどうかの瀬戸際だ」
 龍崎海(ja0565)が油断なく身構える。
「さあさ、ここがフィナーレになるのかどうか――耳をよーく済ませてお聴きください、って奴やな?」
 円形幾何学な図形楽譜の光纏を展開し、亀山 淳紅(ja2261)は柘榴石色の瞳で悪魔達を見澄ました。
 そう、終幕だ。享楽主義者として愉しみ切りたいものだが……鷺谷 明(ja0776)は溜息を禁じえない。殴りたかったなあサマエル。
「懐かしいわねェ……こいつらァ、まだ元気に生存してたんだァ♪」
 黒百合(ja0422)は妖艶に薄笑う。いやはや全く以て懐かしい。拷問されたっけか。
「人間同士だったからこそ躊躇や迷いがあったんだ。ヤキが回ったな、外奪」
 若杉 英斗(ja4230)は不敵に笑んで、外奪へ眼差しをやった。翼を広げ宙にいる子爵の悪魔は、くつくつと笑う。
「それが結末であるのならば」
 言い、そして、悪魔は撃退士達を見渡した。
 と、その中で――ひときわ。強い。目が引かれ。見たそこには、黒髪の羅刹。華澄・エルシャン・ジョーカー(jb6365)。
「外奪……死ぬほど逢いたかった」
 さながら狂恋の如く。半悪魔として冥魔の力を顕現したその姿。
「よう。……来たぜ」
 その隣には華澄の夫であるルナ・ジョーカー(jb2309)。
 二人の手には揃いの双剣、白雪月牙。二振りで一つの武器であるかのように。二人もまた、二人で一つ。
「……、」
 ベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)はどこか心にわだかまりを感じさせる目で外奪を見ていた。
(外奪も……烈鉄も……いいお兄さん達だから……)
 殺したくない。殺す気はない。だから撤退させたい。そもそも今回の任務目標は楽園へ至りしモノの撃破だけであって、それを撃破できたのであれば戦闘継続は不要だろう、と。
 救う――救わない――敵――味方――その線引きと基準は曖昧で。だからこそ今、ベアトリーチェはモヤモヤとしている。
 そんな「妹分」を、紅 鬼姫(ja0444)は隣で見守る。「他人」を「その他大勢」と断ずる彼女にとって、ベアトリーチェはそれほどに絆のある存在。であるからこそ、つぶさに、見守る。
「さて……」
 ミハイル・エッカート(jb0544)は『ブラックファルコン』と名付けた狙撃銃を手に、集中を研ぎ澄ませてゆく。
(げだっちゃんとじっくり付き合いたいヤツが多いみたいだな……)
 尤も自分も、彼と言葉を交わしておきたいが。ならその前に邪魔な蛇を片付けねば。既にミハイルは戦闘態勢。
「烈鉄くーん! あーそびーましょー!!」
 九鬼 龍磨(jb8028)は明るい笑顔と共に、ディアボロ達の中にいる半天使、烈鉄へと手を振った。
「おー九鬼くん、ええで。僕もそのつもり」
 同じぐらいの気軽さで、烈鉄も龍磨に手を振り返した。龍磨はニッと口角を吊る。

 悔いの中でも、できることを。

「……心中の心算なら、笑って散りなよ!」
「心中ゥ? んな辛気臭いことするわけないやろがい」
 死ぬのはお前だ。物騒な台詞に似合わず、ケラケラと半天使は笑っていた。

 さぁ戦いが始まる。

「最終決戦という訳ね! 全員突撃よ!」
 愛用の氷晶直剣を掲げた雪室 チルル(ja0220)のその声をキッカケに。
 エイルズレトラ マステリオ(ja2224)が。鳳 静矢(ja3856)が。Robin redbreast(jb2203)が。雁鉄 静寂(jb3365)が。江戸川 騎士(jb5439)が。ユウ(jb5639)が。ファーフナー(jb7826)が。夜桜 奏音(jc0588)が。フローライト・アルハザード(jc1519)が。斉凛(ja6571)が。草摩 京(jb9670)が。

 全ての撃退士が、攻撃を開始する。



●Eden02


 ああ、しあわせ……
 ああ、しあわせ……

 ああ、しあわせだ……。


 垂れ流されるのはうわ言である。
 一見してそれが襲ってくる気配などまるでない――ように、思われた、が。

 撃退士が距離を詰めたその瞬間である。

 それまで夢遊病めいて揺らいでいただけの触腕が、一斉に。まるで爆発のように。
 楽園へ至りしモノへ狙いを定め進軍を開始した撃退士へと襲いかかる。
 地響き。轟音。地面を抉り、振り回されるそれら。長く、広く、そして重い。デタラメに無秩序に周囲一切合財へと叩き付けられる。単純とも言える攻撃だろう。だが直撃すれば、よほど防御に自信のある者でなければ軽傷では済まないことが容易に想像ができた。
(まるで駄々っ子の癇癪のよう――)
 展開する防壁陣で振り下ろされる暴力を往なし、舞い上がる土煙の中を駆けながら真緋呂は思う。光の直刀阿弥陀蓮華で擦れ違い様に触腕を切り付けつつ、彼女は仲間達へと声を張った。
「固まるとまとめてやられちゃう危険性があるわ! 散開して狙いを分散させましょう!」
「はいよ、了解」
 答えたジョンはその身にまとう真紅の光を増幅させて。
「――手分けしてやんぞ。そっち任せた」
「はいっ!」
 そのまま声をかけたのは文歌。彼女はしっかと頷くと、息を大きく吸い込んで。

「それじゃあ皆っ、聴いて下さい! ――『みんなに届け♪HappySong☆』」

 久遠ヶ原学園「アイドル部。」部長として。
 伝説の「絶対的アイドル」を目指すアイドルとして。

 ♪HappySong☆ みんなに届け HappySong☆
 これが私の夢のカ・タ・チだよー☆♪

 それは文歌の持ち歌の一つ。元気一杯に歌い上げられるメロディは戦場の中でも響き渡り、仲間のアウルを強く活性化させる。
「良い歌じゃん」
 その歌を聴きながら。文歌とは離れた場所で、ジョンは真紅の光を両手に集めた。その手を地面へ押し付ければ、彼を中心とした周囲に紅煉瓦の障壁結界が築き上げられる――紅帝権限『幻想流出』【七耀城塞】<オーダー・マビノギオン>。展開のその一瞬だけ、ジョンの背後に七つの塔を頂いた真紅煉瓦の城塞幻影が浮かんだ。

 歌、城壁、表れは違えど、いずれも仲間を守るモノ。

 散開しつつ、しかしそれらの術の範囲内には身を置いて。涼介はショットガンを構えて引き金を引いた。放たれる散弾が楽園へ至りしモノの肉にめり込む。
「ふむ――あれは」
 最中にも涼介は自身の攻撃を含めた仲間達の攻撃を見やり、呟く。
「やっぱり……」
 毒蛇の幻影、蟲毒を楽園へ至りしモノへ放ちつつ、眉尻を下げたりりかも同様のことに気付いていた。

 触腕に「体のどこかを守ろうとする動き」は見られない。弱点らしき場所も見当たらない。
 何か作戦や恣意的なものはないようだ。ただただアレは、そこに在り、暴れているだけ。


 ――ここが楽園……ああ、聖女様が見える……ああ、ここが楽園――


 そんなうわ言を漏らしつつ。そんな楽園を守るために。
(彼らが守るべきは最早『肉体』なんかじゃなくて、その『理想』なのか――)
 涼介同様に異形を観察していた真一はヒーローマスクの奥でわずかに眉根を寄せた。最中にも構える、長大な和弓天波。
「喰らえ、ゴウライアーク!」
 天に波紋を立てる程の力を秘めたそれは甲高い音を響かせて触腕の合間を縫い、異形の本体へと突き刺さる。
「……こっちにも、守るべきものがあるから」
 悪いけど退いてやらない。黒夜はそう独り言ち。す、と楽園へ至りしモノを見澄ました。その眼差しの着地点、真一が攻撃した場所を狙い、噴き上がるのは色取り取りの焔の華。
 爆煙――それを掻き消すように、うねり荒れ狂う触腕が絶え間なく襲いかかってくる。
「児戯だな」
 上空。フィオナは襲い来る攻撃を掻い潜り、あるいは白雪の直刀雪村で受け止め往なし。
「願望を多少なりとも肯定してやったというに……無礼者め」
 まるで悠然と。王のように。フィオナは雪村の切っ先を群がる異形の腕達に向ける。
 真・円卓の武威<フォース・オブ・キャメロット>。
 形成された高重力場によって触腕の動きを封じ込め。フィオナは周囲に展開した赤光の魔力球の「門」より、投影魔術による武器が無数に投射される。剣が。槍が。鏃が。幾つも幾つも、王に触れんとする無礼者を叩き落してゆく。
「そこでこうべを垂れているが良い」
 睥睨。
 その下方では、二人の少女が駆けていた。赤薔薇と真亜子だ。
 小さな少女達。そんな二人を押し潰さんと、振り下ろされる触腕。
「っ――!」
 あんなの直撃したら……真亜子は息を呑む。だが、迷うことはしなかった。
 ツヴァイハンダーを握り締め、赤薔薇に施す防壁陣。友達を守る。自分への攻撃は――気合で耐える!
「大丈夫っ……山里さんはボクが守る! 走り続けて!」
 一撃が掠め、切れた額から大量の血が。真亜子は目に流れ込む血に顔を顰めながら声を張った。
「――うんっ! ありがとう、マァちゃん!」
 振り返るな足を止めるな躊躇するな迷うな恐れるな――『コンジキ』と名付けた魔法大鎌を握り締め、赤薔薇は楽園へ至りしモノを見澄ました。
 射程内。
 赤薔薇は両手を左右に広げた。詠唱と共にアウルの炎がその手に灯り、収束してゆき――胸の前で一つに合わせる。

 それはまるで祈るような動作だった。

(私の必殺技――!)
 放たれるは超大火球。天の力を帯びた炎が冥魔の異形を激しく焼いた。燃え盛る炎。
「世界に死が満ちて来る……」
 そこへ、突貫するは。
 かつては鉄塊のようであった大剣を手にした、雫。

「――貴方に見えますか?」

 神威。神と形容するにはあまりにおぞましい。さながら邪神。禍々しく冒涜的な魍魎共を浮かび上がらせ、その剣は不気味な紅の光を宿し。
 そんな強化状態で放つ、振り下ろす、強烈無比の刃。目にも留まらぬ速度だった。刹那の中に閃くは荒死、五回に渡る斬撃――否、もうそれは「斬撃」ですらない。「破壊」だった。
 しかし限界突破の代償に雫は激しい虚脱感に襲われる。熟知している。であるからこそ、もう、仲間へのフォローは頼んでおいた。
 撃退士は一人で戦っているのではないのだから。
「捕まえたッ……!」
 明斗が放つ審判の鎖。高い特殊抵抗を誇る彼の魔法は、楽園へ至りしモノを雁字搦めに絡め取った。じゅう。聖なる力を帯びたそれが、食い込んだ冥魔の肉を焼いてゆく。
 それでも完全に封じたわけではない。悲鳴を上げることもない人間の成れの果ては、ただただ破壊を撒き散らす。
 上空、ルビィは竜のような真紅の翼で異形へと突き進んでいた。風を纏う翼を翻し、襲い来る触腕を封砲で薙ぎ払いつつ前を見据えた。
「くっ……数が多い」
 振り回される暴力は、質量という凶器を引き連れなかなかに接近を許してはくれない。
 が、それらを纏めて焼き払ったのは後方の聖羅が放ったファイヤーブレイクだ。
「兄さん、援護するわ!」
 幻想的な蝶の翼をその背に。ミラージュトリックによってその魔法射程を伸ばした聖羅は、続けて魔法を放つべく詠唱を再開した。
「ありがとよ!」
 然らば進む他になく。
 鉄鳴は陰影の翼を広げて空を駆けていた。追い縋る触腕達を掻い潜りつつ、その紅睨は静かに標的を見据えている。
(現時点では弱点及び核らしきものはない、か――)
 ならばと鉄鳴はアウル式レールガンで狙い定めた。狙いを定めるのは一瞬、引き金を引く。光速を超えんばかりの弾速は正に雷鳴。
 狙いは仲間が攻撃した場所へ。撃ち出された弾丸の名は侵蝕弾頭<タナトニウムバレット>。弾頭の特殊物質が発生させる重力波が楽園へ至りしモノの物体構成因子を崩壊させてゆく――それは高い特殊抵抗がなければ成せぬ業。
 そう、そのようにバッドステータススキルを用いる者を見越して、佳槻が鉄鳴に聖なる刻印を施していたのだ。
 黙々と。粛々と――支援手は攻撃手よりやることが多い。自らにも聖なる刻印を施し終えた佳槻が駆ければ、彼の光纏である氷晶吹雪の光が舞った。最後の一発、再三の聖なる刻印は詠唱をしていた笹緒へと。
 感謝する――眼差しでそう伝えた笹緒は、魔法を発動する。
 国宝魔術と自称する独自技術の一、寝覚物語絵巻<ネザメモノガタリエマキ>。
 広がる黒に眠りの魔術を。肉塊の中で夢を見る者たちを更に深く、妄想の中へ。金銀切箔、銀の砂子、彩られた彩色紙本が乱舞する。宙に溶けたそれはサラサラきらきら、眠気を誘う霧となり。
 楽園へ至りしモノの動きが鈍る。
 そこにとしおが、スナイパーライフルで狙いを定めて引き金を引いた。アシッドショット。効かずとも手数で補う。
「っとぉ!?」
 その位置目掛けて振り下ろされた触腕。咄嗟に横に飛べば、ズドンと重い音と共にとしおがさっきまでいた位置の地面が深く抉れていた。そのまま、としおは駆ける。射撃位置は常に移動し続ける。だが、狙いは、同じ場所へ。
「雨だれ石を穿つ、ってね!」
 そしてそれを支援するように、冥府の風を纏った雅人も狙撃銃より超射程射撃による支援攻撃を行う。スキルは惜しまない。出し惜しみをしている場合じゃない。そう――余裕を持って戦って勝てる相手じゃないのだ。
 だから、皆は全力を出すだろう。ともすれば無茶も厭わないだろう。
 理解している。事情も了承済み。
「なら僕は、皆を死なせない! モチロン僕も死なない!」
 全力支援だ。皆で生きて帰るために。
「邪魔な脂肪をそぎ落としてやる」
 響く銃声と轟音の中。気を練り上げた恭弥は、自身の周囲に己が持てるあらゆる銃器を展開させた。

 個人防衛火器PDW KG89。
 グレネードランチャーP1。
 自動式拳銃カルタゾーノスC28。
 スナイパーライフルXG1。
 回転式拳銃サタナキアLB63。

 バレットパレード。一斉に火を噴く銃器達。轟と鼓膜を劈かんばかりの銃声が響く。
 放たれた銃弾達はまるで飢えた狼の牙の如く、楽園へ至りしモノの触腕を食い破る。穴を開ける。撃ち貫く。引き千切る。
(攻め続ける――!)
 攻撃は最大の防御。エカテリーナはすぐさま、恭弥がブチ開けた「風穴」へとアサルトライフルの銃口を向けた。その白い肌には禍々しい黒い紋様が這っている。だけでない。その背後には黒紫の炎が荒れ狂うように燃え盛っていた。
 悪鬼険乱。それは一時的暴走。しかしエカテリーナの冷静は崩れない。鬼の如く、冷徹無慈悲。
 引き金を引いた。放つはアウル炸裂閃光。ロケット弾のように放たれる凝縮アウル弾。大きな反動を伴うが、それに見合った破壊力を生み出す鬼の一撃。着弾。炸裂。恭弥の弾丸がもたらした破壊の傷口を、残酷なまでに砕き広げる。

 それでも――楽園へ至りしモノは幸せな戯言を垂れ流し続けていた。

 ぐしゃり。撃退士の攻撃に千切れた触腕が地面に落ち、そのままぐずぐずと崩れていった。
 仲間へ聖なる刻印を施しつつ、藤花はその無残ともいえる様を見ていた。
 こみ上げてくる、思い……けれど今は、それを飲み込もう。悲劇。惨劇。目の前に立ち塞がる暴力。流れてゆく血。それでも。藤花は祈る。藤花は信じる。繋いだ絆の先には最愛の人が、焔がいるから。
(信じられる人がいるから、強くなれる)
 その手に灯る治癒の光は、仲間の傷を癒すために。誰かの信じられる人を救うために。
 楽園降臨<エリュシオン>。そんな藤花を、そして仲間達を守るのは、焔の防御術。幻影騎士の結界内に煌く、虹の花園。楽園に舞う花びら。ライラックの鎧を纏う幻影の少女騎士が、焔を見ていた。
(絶対守り通す……!)
 前を強く見据える焔の背には光翼<ディバイン・フェザー>。白い翼が仲間を守る。仲間へ襲い掛かるはずだった痛みを焔へ。それでも、踏ん張る。踏み止まる。

 見上げる果てには楽園へ至りしモノ。
 まだ、倒れるわけには――いかない。



●Devil02
 戦闘は同時進行。
 翼を広げた外奪が空へ舞い上がり、展開するディアボロ達、そして烈鉄に強化魔術を施してゆく。
 大蛇型のディアボロは、あるいは翼を広げ、あるいは地面を這って、撃退士達へ襲い来る。
「数が多いならっ……!」
 真っ向勝負。正面勝負。小さな体で大きな剣を構えて、チルルは津波のように押し寄せる冥魔共を見澄ました。

「まとめてぶっ飛ばすのが 正解ッ!」

 氷砲『ブリザードキャノン』。
 突き出された剣閃は白雪の軌跡。収束されたエネルギーはその動作によって解放され、猛吹雪となって一直線に吹き荒れる。煌く白が、ディアボロ達の悉くに襲い掛かる。
 その白に重なる、紫。紫の鳳凰が一直線に飛翔し、その羽ばたきで蛇を討つ。静矢が放った紫鳳翔。
「先ずは雑兵撃滅だな」
「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、ですね」
 そこへ更に一直線、聖なる槍が蛇共を貫く。海が投擲したヴァルキリージャベリンだ。彼は回復手ではある。だからこそ、回復で手一杯になるその前に、出来る範囲で攻撃を。

 さぁ、攻撃だ、続け続け。

 次いで躍り出るはルナとユウ。
「飛翔している固体を狙います」
「わかった、じゃあ地上は任せとけ」
 闇の翼を広げたユウは空を飛ぶ蛇を狙う。変化〜魔ニ還ル刻〜。ドレスのような漆黒の闘衣を身に纏う、その姿はかつての悪魔としての姿。
 悪魔殲滅の力を宿したルナは地上の蛇を狙う。
 オンスオート。有象無象を切り刻む影の刃が、踊り狂う。

 切り裂きは、止まらない。

「――邪魔ですよ」
 宝玉のようなその瞳。オンスロートの影の残滓が虚空に溶けるその最中、踏み込んだ華澄。両手の刃が刹那の中に瞬いた。翔閃。三体の蛇が華澄の刃に切り裂かれる。
「……」
 ファーフナーも静かに前に出た。そのアイスブルーの目が冷たく冥魔共を見据える。そう、冷たく――凍てつく。絶対零度。氷の夜想曲。

 怒涛の攻撃。
 されど一方的にやられっ放しの敵側でもなく。
 そう、その冥魔どもはディアボロとはいえ子爵級悪魔による強化術を施されているのだ。すぐに全滅する柔な雑魚共ではない。
 蛇共が口を開いた。吐き出す魔法弾が黄昏の戦場を光で染める。弾幕、次々に着弾、爆発、撃退士達へのダメージとなる。
「……退かへんで」
 敵攻撃の真正面、ド真ん中。黒の三日月と桜が描かれた朱塗り和傘で攻撃を受け止めた淳紅が、冥魔どもを見据える。その足には五線譜が纏われていた。
 ふわり。兎のように、淳紅が空へと跳躍する。止まる――それと同時、彼の周囲にオーケストラの幻影が浮かび上がった。

「――♪」

‘Cantata’.
 その意味は「歌われるもの」。
 歌声が。美しい音色が。音の雨となって、周囲一帯に降り注ぐ。
「やられたらやり返すのは自然の摂理よねェ……」
 土煙。黒百合は闇色の髪を靡かせて、89mm口径単装砲に改造したロケット砲フリーガーファウストG3を敵陣へ向けた。発射。眷属殲滅の呪いが込められた弾丸は負傷しているディアボロへ、炸裂と共にその体を木っ端微塵に爆砕する。

 敵の数が多いのならば、一体一体確実に仕留め、その数を減らせば良い。

「悪い子はオシオキですわ」
 凛がにこりと微笑んだ。天使のようなキラキラ輝く微笑だった。なのに、彼女が手にした緋色の愛銃ブラディーローズにドス黒いオーラが。そして彼女はなんの躊躇もなく(そして笑顔のまま)引き金を引いた。エンジェルスマイルなのに凶悪な一撃。
 それにあわせて放たれるは、凛の傍ら、京が放つ矢一つ。神代の弓、天鹿児弓と名付けられたそれが放つ破邪の矢は、凛の弾丸と共にディアボロの体を深く穿った。
 黒紫の炎が京の髪に揺らぐ。咲くのも華なら、散るのも華。狂い咲くのも、また華の定め。戦巫女が捧げるは、神に捧ぐにふさわしき一戦。
「現刻をもって作戦開始、静寂いきますッ」
 仲間に続け。静寂は黒と銀の双銃を冥魔へ向けた。黒は虚、銀は実。握りこまれた銃把には無限の刻印。一切万象を遍く撃ち抜く銃声が響く。

 上空でも、戦いは激しく。
 鬼姫はその背に翼を広げ、上空のディアボロを相手取っていた。彼女の肌を食い破らんと襲い掛かってきた蛇のアギトをひらりとかわせば、光纏の黒羽が宙に舞い、溶けて消える。
「堕ちるがいいですの」
 しゃん。振るうのは鳥の如き刃。鈴のような音色。黒羽の幻影。紅の輝き、闇の漆黒。鬼姫の刃はディアボロの翼を切り裂き、その飛行能力を刈り取る。
 そして、落ちてきたところを――ベアトリーチェのヒリュウが攻撃する。
「追撃……ジャスティス」
 竜の近くにはその主たるベアトリーチェ。
「さぁ、どんどん落としていきますの。……ビーチェのためにも」
「紅さん……」
 ベアトリーチェは視線で鬼姫へと礼を述べる。あくまでも、ベアトリーチェの目的は外奪だ。ディアボロ達ではない――そのことを鬼姫は知っている。そして大事な妹分の願いならば、叶えてやろうと思っていた。
「好きにさせてあげるわけにはいきませんの」
 天使の翼を広げたマハーは予測回避によって蛇の攻撃を掻い潜り、音声型V兵器MarzialeM6を通した声で迎撃する。行進曲めいて威風堂々たる魔声。
 一匹ずつ誘き出し――と思ったが、マハーはすぐに気が付いた。このディアボロ達は有象無象に動いてはいない。綿密というほどではないが、ある程度の統率がなされている。誰に? 決まっている、外奪だ。なおかつ、太陽を背にすることで相手の目を眩ませんと計したが、余り効果はなさそうだ。
「――」
 人形のように無表情。一切の感情を表さず、翼を羽ばたかせるフローライトは空の蛇――特に他の味方を阻害せんとしている固体を狙う。
 悪に報いを。そんな願いを宿した黒い鎖に真珠色の光が点る。強く天の力を帯びたそれは、切り裂くようにディアボロの鱗を肉ごと殺いだ。
「漁夫の利、っと」
 仲間が攻撃した冥魔へ更に、騎士が桃花布槍を振るう。まだ本気を出す時ではない、とっておきのために体力は温存していく方向で。

 同刻。ミハイルは狙撃銃ブラックファルコンをディアボロへと狙い定める。
「落ちな、頭が高いぜ」
 高らかに響く銃声と共に放たれた弾丸。空の蛇を穿ったそれは赤と黒の鎖となり、冥魔を地面へと引き摺り下ろす。
「飛ばさせはしませんよ」
 仲間の攻撃で地に落ちた蛇が再び飛ぼうとするのなら。見鬼。奏音はその目に霊力を集め、霊的超先見によってその行動を先読みし、舞闘鉄扇の一撃でその翼を絶対的確に叩き切った。

 強化術が施され、外奪の回復術を受け続ける冥魔共は雑魚ではない。
 だがそれは、「倒せない」という意味ではない。
 一体、また一体――確かにそれらは、撃退士達の怒涛の攻撃に徐々に削り取られていた。

「おー。皆頑張ってはるなぁ」
「見てるだけじゃないで戦って下さいよも〜」
 上空。半天使の翼で悠々と戦場を見下ろす烈鉄、ディアボロへ回復魔法を飛ばし続ける外奪。
「観客のつもりですか?」
 そこへ声をかけたのは、エイルズレトラだった。ハートと名付けた小柄なヒリュウをお供に、見えない床があるかのように空中を駆ける。
 ダイナモ・ウォークで「上」を目指せば、当然ディアボロ共がその巨体で彼の行く手を阻害してくる。
 しからば、トランプ兵団<バッド・カンパニー>のお出ましだ。トランプから手足が生えたようなアウル人形がわらわらとぞろぞろと。
「おー。……なんや、僕と戦いたい子いっぱいおるみたいやし。そろそろ行くわ。……ま、単騎のつもりはないが」
 言うなり、烈鉄は外奪の尻尾をむんずと掴み。
「え?」
「ひゅーん!」
 そのまま急降下。
 外奪も無理矢理着地させ。
 ならばとその隙、明が迫るが。「どわったーーー」だなんて素っ頓狂な声を上げた外奪がディアボロを指揮し盾にした。結果的に、獣腕と化したそれで明が掴んだのは蛇の頭。肉体改造によって得た異常筋力による超強力アイアンクロー。万力<バイス>。
「ムムムムム。烈鉄さん、この二人はとても面倒ですよマジで。具体的に言うとマジヤバイです」
「マジか」
「小生の情報収集ぢからをナメないで頂きたいものですね!」
 その間、そんなやり取りをかわす外奪と烈鉄。
「マジかー。ほなそいつらよろしく!」
 言いながら、烈鉄は外奪にエイルズレトラと明を押し付け走り出した。
「「あっ逃げた」」 
「逃げるが勝ちやで!」
 声を揃えたエイルズレトラと明に、イーッと歯を剥く烈鉄。
「はぁ……なんだあのクソフリーダムクソオブクソ……。まぁいいです、じゃあエイルズレトラさんに明さん、小生とワチョワチョしましょうか」
 思い通りにいかぬが戦場。ディアボロを従え、行く手を阻み笑う外奪に――上等だ。面白いじゃないか。二人は不遜なる笑みを返したのであった。

「俺もいるぜっ!」

 その横合い、外奪へ、そしてディアボロへ雨の如く降り注いだのは白銀の聖剣<ディバインソード>。
 悪魔はそれをディアボロに庇わせガードする。眷属をこき使うことに何の躊躇もないようだ。それもそうか。
 が、外奪は顔を顰める。
「ゲッ小生のデータベースによれば貴方はもしや防御力オバケ」
「お前のデータベースなんざ知らんが、ここで倒させて貰うぞ」
 飛龍と名付けた浮遊盾を展開し、英斗は外奪の正面へと。
「よろしいですよ。これでも子爵級なので、精々足止めして足掻かせて頂きます」
 外奪はその手に魔法の光を灯し。
 一気に、撃退士へと炸裂させた。

「来たでぇ!」
 一方。烈鉄は、龍磨へと一直線だった。
「良し――来い!」
 待ち受ける龍磨の目は真っ白く。「怖がられないよう普段は隠している」それを、彼は、隠さない。
 本気なのだ。
 烈鉄も血界を発動していて。

 本気なのである。

 防御のアウルと攻撃の拳がぶつかった。
「易学の『易』って、トカゲのことなんだって」
 ぎりぎりぎり。蜥蜴陣によって一撃を受け止めた龍磨は全力で踏みとどまる。防御を「徹す」一撃――重く、重い。
 と、その時だ。
 龍磨には見えた。烈鉄の背後後方。烈鉄の死角。ハイドアンドシーク(かくれんぼ)した、ロビンが。

 轟。

「あ゛ッつ!?」
 少女の指先より放たれた灼熱の炎球が、烈鉄の背中に直撃した。「いったいなコラ!?」とロビンへ振り返った、その刹那。

「咲けよ大輪、徒花にあらずッ!」

 日輪草螺旋撃。龍磨が身に纏う魔具が籠手へと変じ、極限まで練り上げられたアウルと共に烈鉄の横っ面に突き刺さった。螺旋状に迸る黄金色の衝撃波。
「ぶはっ……」
 同時、無意識のパンチがカウンターのように龍磨の顔面を殴り飛ばした。
 飛び退く双方。鼻血を垂らして、ニヤリと笑う。

 離れた場所では、天高く伸びた楽園へ至りしモノの声が――響き続ける。



●Eden03
 楽園へ至りしモノの攻撃は片時も緩まず絶え間なく。
 一撃、また一撃と振るわれる度、撃退士の身体に傷が増え。
 それでも――何度でも――撃退士は立ち上がる。

「ゴウライソード、ビュートモードっ!」
 真一は蛇腹剣を鞭のように振るい、触腕をまた一つ切り落とす。
 その息は弾んでいる。傷だらけで。だが倒れるものか。武器を羅喉神布へと入れ替えて。
『ABSORB!』
 どこからともなく聞こえるイカした声。ゴウライガの拳に紅蓮の炎が渦を巻く。
「ゴウライ、フェニックスブリンガー!!」
 振り下ろされる触腕へ、真っ向、右ストレート。不死鳥の炎。燃え盛る炎はヒーローの体に再び力を与えるのだ。
 災禍武装・無名ノ毒<アームズ・カンタレラ>。溢れ出る憎悪を、「負」の毒を鏃に込め、ジョンが放つ一撃がそこに重なった。
 翼を広げ、ジョンは冷静に状況を見る。触腕の数は減りつつある。入れ替える術式と武装。夕星と名付けたバングルをその手に。タービンやタイヤの意匠が高速で回った。猛火の如く――ジョンを包むは真っ赤な炎。
 鬼哭斬魔刃。王笏のような黄金の槍をその手に。振るうは天の力を込められた渾身の斬撃。鬼が哭く。闇をも呑みこむ深淵の一撃。
 渾身。全てが渾身。ルビィは楽園へ至りしモノの天辺へと急降下。触腕で薙がれようとも、血が流れようとも、突き立てる刃一つ。
「ゼロ距離だ……食らいやがれッ!」
 そのまま剣先より放つ、黒い光の衝撃波。体内へ直接送り込むような一撃に、異形の巨躯が戦慄いた。

 赤――血の滲むような赤。夕焼けの色。終わりの色。
 黒――東から来る夜の色。光の無い色。終わりの色。

 恭弥は駆ける。赤と黒の中を。襲い来る攻撃は銃弾で迎撃して。
 とん。到達したのは、触腕の根元――つまり楽園へ至りしモノの肉塊部分。
「……食い尽くす」
 Black Dog。血を一滴垂らせば、恭弥の足元に魔方陣が浮かび上がった。噴出すのは黒いアウル、それは黒い犬の形となり――鋭い爪と牙を以て、周囲一帯を八つ裂きに。

 ぼと、ぼと、ぼと。

 引き裂かれた触腕が崩れて落ちる。
 無残な姿。
 なのに、楽園へ至りしモノは、「楽園」のまま。
 笑っている。謳っている。幸福に浸り続けている。
 同じ思考にせんと、歪んだ福音を垂れ流し続けながら……。


 その声は人の心を蝕む。
 かつて神話において、イヴがそうなったように。


「何を信じるかは自分で決める」
 その声に、返事をしたのはとしおだった。
「天魔も人も互いに信じ合えれば仲良く暮らせる。俺はその可能性を信じて疑わない。でも、そこに至るまでは楽な道のりじゃいけない。努力して苦労するその経験から本当の幸せが理解できる」
 向ける、スナイパーライフル。引き金に指を乗せ。

「誰かに貰う楽な世界なんて……ただの幻想だ!」

 銃声。抗う。
 幸福と、放棄は、違う!

「死者は決して蘇らない、貴方達がしている行為は死者の魂を冒涜している……それが、貴方達の望む楽園だと言うのですか!」
 黄昏。徹し。持てる剣技の悉く使い、剣を振るい、雫は声を張り上げる。
「貴方達の行いは辛い現実から目を逸らして、楽園と言う名の幻に逃げているに過ぎない!」
「楽園ではないからこそ、この世界はこれほどまでに楽しいのだ」
 笹緒は断ずる。その周囲には簡素枯淡の美を映す塔頭寺院。池や木々の幻影。掌を翳した。慈照寺銀閣。国宝魔術と自称する独自技術の一。純粋な破壊をもたらす白銀の波動が、放たれる。
「この程度の汚染、受け流せずして何が王か。我を嘗めすぎだ」
 王の如く威風堂々、フィオナは異形の声を一笑に付す。
「思想はある種の呪いだ。一度発生してしまった以上、殺すことは出来ん。成程確かに、物理的な意味合いでは勝利であろう。だが、本当の意味での勝利と言えるかな?」
「これが力に溺れ聖女を盲信した奴らの末路。所詮貴様らも奴らの餌にすぎん。この冷徹な現実を知らしめるまで我らの精神を支配されるわけにはいかぬ」
 冷然と言い放ち、毒々しい黒い霧を纏ったエカテリーナはアウル毒撃破を発射した。を一切を蝕む強酸性アウル消化液は、彼女が突きつける絶対的「Нет」である。
 黒夜はイヤホンから流れる妹分の声に耳を傾け。姉貴分が写っているブロマイド、そして兄貴分の手作りチョコをその手に、じっと、見つめて。
「あいつらのいる所がウチの居場所だ。ウチにとって縋る価値があるのはあいつらだけだ 」
 何度でも、帰る場所を心に思い浮かべる。信頼する味方もいる。負けるものか、あんな声に。放つ影の刃。拒絶する。
「そんな醜い肉塊よりもおっぱいですよ! そう私にとっては恋人おっぱいこそが至高!! おっぱい、おっぱい、おっぱい……」
 雅人も彼なりに仲間達を力一杯応援している。
「私達は学生だから、自分が未熟な事を理解している……。決して特別な存在ではないから、仲間を信頼し、互いの短所を補って戦うんだよっ」
 文歌もその声援を決して止めない。
「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きる資格が無い」
 明斗は言い放つ。家族から受け継いだ心を。
 一人であろうと己に恥ずる物が無ければ恐れる物無し。自身で立てぬ者の呻きなどそよ風にも及ばない。
 凛と。強く。律する。厳しさの無い優しさなど嘘なのだから。その手に灯すは治癒の力。激励と共に、癒しの風を吹かせる。
 そこに重なる力強いフェンリルの咆哮。ブレイブロア。傍らにはその主人の涼介。
(……俺の精神を守るのは絆などという不確かで曖昧なものではない)
 鉄鳴の眼差しは冷たい。依頼を確実に遂行する、それが彼の目的、存在意義。
(受けた依頼も達成できず何が牙撃鉄鳴だ)
 今回の依頼は、目の前の肉塊を完膚なきまでに撃破すること。それこそが、この絶対にして明確なる指標こそが、「牙撃鉄鳴」のアイデンティティ。
 肉塊が何かほざいているが知ったことか――
「俺のために消え失せろ」
 銃声は止まず。
(ゐのりは同じ狂信でも、以前の方がずっと美しく幸福そうだった。力に溺れて溶けていくならいっそ聖女の為に戦って死ねば良かったのに)
 佳槻は目を細め、異形を見やる。

 あれ以来、自分の手で戦いもせずその結果がこれか?
 あらゆる願いが叶って幸福が約束されて、それが何?

「つまらない。だから聖女は嫌いだ」

 嫌悪を毒に。放つ、蛇毒。
(俺が信じるのは己の力と愛する者の温もりだけ)
 聖女なんてものを盲信する哀れな信者共には安らかな死を与えてやろう。恭弥が纏うアウルが赤黒く変質し、鋭い尾の形に凝縮する。
「せめて俺の血肉となれ、それがこの惨めな傀儡の唯一の存在意義だ」
 喰尾<テイルイーター>。突き刺す一撃で、血を命を啜り取る。
「……、」
 赤薔薇と真亜子は、どちらからともなく手を繋いだ。
「マァちゃん、いつも一緒だよ」
「うぅぅぅ……負けないぞぉ!」
 握り返す。強く強く。温かい。お互いの温度。生きている。生きているのだから。
(人類を脅かす連中を全部やっつけて、山里さんと平和に暮らすんだ!)
 頑張る! そのために、真亜子は赤薔薇を守り続ける。赤薔薇は、攻撃を一時も止めずに繰り出し続ける。
「たくさんの命を奪われ、ずっと冥魔を憎んできた……今も許せる訳じゃない」
 真緋呂は緋色の瞳を異形に向け、淡々と言葉を言い放った。
「でも。友達が傍にいてくれたから、私は歩いて来られた。一人じゃないから……与えられた偽りの楽園なんて求めない」
 翳す掌。展開する魔方陣より、星の嵐を呼び出しつつ。

「――自分の未来は、自分の手で掴む」


 学園の絆。


 学園生としての絆を胸に心を強く。
 互いに声を掛け合って。
 撃退士は抗う。異形の声に。
 決して負けない。その心を強く持ち。

 そして――誰からともなく。どこからともなく。
 歌声が。
 ひとつ。
 またひとつ。
 重なってゆく。


 光冠を戴く 三稜の地
 健やかに伸びゆく 蘭桂の子
 志は大空に
 友情は掌に
 共に分かち合おう
 ああ 久遠 久遠ヶ原学園

 夕映えが顕す 故郷の美
 いなさが目に染みる 風雲の子
 青春はこの胸に
 情熱は夢に換え
 共に笑い合おう
 ああ 久遠 久遠ヶ原学園

 海神が見守る 久遠の地
 煌星を背に負う 愛国の子
 自らの信念を
 未来へと繋げて
 共に歩みゆこう
 ああ 久遠 久遠ヶ原学園

 ああ 久遠 久遠ヶ原学園


 久遠ヶ原学園の校歌だった。
 共に分かち合おう。
 共に笑い合おう。
 共に歩みゆこう。
 友情を。情熱を。夢を。未来を。

(来れなかった方の分まで……!)
 りりかは心を引き締める。自分は独りぼっちじゃない。
「祓い給へ、清め給へ……」
 薄紅の唇が紡ぐのは、木花咲耶姫に捧げられる祈り。ふぅ、柔らかな吐息と共に、りりかの掌から桜の花が舞い散った。ふわり。一足早い暖かな春の香りが、仲間の傷を優しく癒す。
 また一つの轟音が響き、触腕に吹き飛ばされた仲間が、地面に叩きつけられる。それでも彼らが何度でも何度でも何度でも何度でも立ち上がれるのは、回復手による支援のおかげに他ならない。
 藤花もありったけ、ありったけの回復技を仲間へ注ぐ。惜しまない。的確に戦場を見据え、決してミスの無いように。
 そして焔は、盾として皆を守る。守り続ける。特に藤花を、強く守る。ボロボロになっても、砕けなければいい。まだ守れる。
 見上げる――楽園へ至りしモノの触腕は減り、その肉は殺がれ、動きは、鈍っていた。
 分かる。追い詰めているのだ、と。
「ゐのりちゃん」
 焔はそれに、声をかける。
「ゐのりさん」
 藤花もそれに、続いた。
「今、貴方は幸せ? わたしにはそう見えない。貴方を助けたい」
 助けたい――それは文歌も同じだった。
「自分の名と想いを思い出してっ」
 ゐのりだけではない。『恒久の聖女』に踊らされた全ての人を。救いたかった。だから、呼びかける。覚えた構成員の名を順番に。個を意識させれば融合の綻びが生まれやしないかと。


 ……返事は、

       なかった。


(誰にも理解されず、逆に聖女のことをきっと理解していなかったゐのりを哀れに思うよ)
 もう遅いがな。ジョンは心の中で呟いた。
 真に愛する人には「信じる」「信じない」ではなく、疑いを持たぬ主義で。他人を信用し切ることなど理解できぬ性格で。だからジョンには理解できない。聖女を信じるというその思想が。ゐのりの声が。
「なんにしても、ここで終わりだ」
 終焉<ジ・エンド>。針の無い時計が浮かぶ。放たれる、赤い時針のひとつの槍。異形の体を、深く貫く。
(人でもなく、悪魔でもないグロテスクで孤独な存在……恐らく人間社会に居場所が無かったゐのりに、唯一居場所を与えてくれたのが聖女……)
 異形と成り果てた少女を見て、聖羅は。
「心も身体も一つになって。哀しみも怒りも忘れて。悦びだけが満ちる楽園に逝ってしまったのね……偽りの楽園へ」
 それは自分も辿ったかも知れない道。
 ならば見届けよう、その最期を。しっかりと。
「っぐ、は」
 何度目だ。巨大な触腕が、ルビィの「小さな」体を殴り飛ばした。
「まだ、まだ……!」
 耐える。ルビィは、何度でも楽園へ至りしモノへ吶喊する。
 半魔。
 居場所のない孤独な存在。
 ルビィが辿ったかもしれない可能性の一つ。
(だが、俺には仲間が居る)
 大切な存在を護る為、ルビィは人と魔の血を刃に代えて運命に抗うと決めた。
 半魔。
 ルビィとゐのりは同じなのだ。
 同じ宿命を持つ者として――せめて。せめて最期の一撃を。

「今、お前の居る場所が楽園だって?
 ……ゐのり、逃げ出した先に楽園なんざありゃしないんだよ……!!」

 左手に光を。右手に闇を。混沌の片鱗。
 剣を握り。
 魂を込めて。

 迸る。

 楽園へ至りしモノが大きく揺らいだ。
 半壊した異形。ぼとぼとと肉が落ちては溶けてゆく。

 ――まだ、ソレは動いていた。

「っ……無茶しすぎよ、兄さん!」
 遂に力尽き、落下しゆくルビィ。聖羅はすぐさま翼を翻して兄を抱きとめ後ろに下がる。
 そう、楽園へ至りしモノはまだ動いている――が。
 それはもう、ほとんど原形を留めていなかった。辛うじて、動いている。そんな様子であった。

 このまま、一気に、決める!

 IGNITION! 真一のアウルが、太陽の如く煌いて。
 BLAZING! 燃焼させた全身のアウルが奔流となって、炎の翼となり噴き出した。

「ゴウライ、流星閃光キィィィィィィック!!」

 この力は皆の笑顔を護るために!
 一撃に、真一は己の矜持を込めて。猛加速、あまりにも鮮やかな跳び蹴りを繰り出した。
 そこに、佳槻は八卦石縛風を。文歌は破魔の射手を。涼介のフェンリルが氷結の鋭爪を。彼らだけでない。動ける者は、一様に。攻撃を。
 だが、迎撃が来る。……それに、幾人もの撃退士が力尽きようとも。
「夢から覚めてもう一度現実と向かい合おう! 俺達が力になる! 誰かに与えられた仮初の世界から帰って来い!!」
 傷だらけになろうととしおは声を張る。
(俺はゐのりを助けたい。残され独り寂しいなら、この手をさし伸ばして友達にもなろう……!)
 赤薔薇と真亜子も攻撃しつつ、楽園へ至りしモノへと目を凝らしていた。崩れていく肉塊――の中に――ゐのりの姿は――……、


 ……ない。


(ゐのりさん……あなたは何も求めていたの。何がそんなに憎かったの)
 赤薔薇は、一同は悟る。

 もう……もう。
 もう、京臣ゐのりという人間は、いないのだと。
 いなくなってしまったのだと。

(……絶対、貴方を忘れたりしない。だから今は)
 藤花はV兵器に祈るようにアウルを込めて。
「おやすみなさい、どうかいい夢を」
「ゐのりちゃん。また生まれてきてね。今度は友達になりたいんだ」
 それに、焔の絆・連想撃が重なって。
「――」
 霊気万象。絶対完全防御の術を身に纏い、真緋呂は崩れゆくそれに吶喊した。宝刀火輪。友がくれた得物。友の想いと共に。そこに、爆ぜる雷光を瞬かせ。


 突き立てた。


●Devil03

 時は巻き戻る。

「Ti abbraccio. ‘dolciss.’」
 甘く囁くように。
 淳紅の美しい詠唱が巨大で壮麗な炎の腕を構築し、直線一切の悉くを抱きとめた。
 炎に抱かれる蛇、その内の三体へ。
「止まって見えるわっ!」
 チルルが刹那すら越えた神速の剣戟を。氷静『完全に氷結した世界』。極大化された時間認識の下、チルルの世界はまるで彼女以外が氷結したかのよう。
「さーー、次はどいつ? ぶっとばしてやるわ!」
 真っ直ぐ、真っ直ぐ――踏み込んで突く、真っ直ぐに突く。その戦い様は、白雪の奇蹟を残す剣筋は、正に「真っ直ぐ」なチルルの生き様を如実にあらわしていた。
 持てる限り、ありったけ、撃退士の範囲攻撃がディアボロへと降り注いだ。紛れもなく大打撃である。
 ならばその勢いを緩めず、殲滅へ。静矢はアウルを獅子に込め、爆発的な速度で紫鳳凰の日本刀、天鳳刻翼緋晴を振るった。瞬翔閃、目に留まることすらも許さぬ一撃。
 オンスロートを撃ち切ったユウは紫電の銀銃エクレールでディアボロを狙う。同様、そして奇しくも同じ銃、ファーフナーも空の蛇を狙ってた。
 銃声は轟雷の如く鳴り響く。それに追随するは、フローライトが振るう魔戒の黒鎖がじゃらりじゃらりと敵を裂く音。
 ミハイルは応急手当で仲間を支援しつつ、攻撃の機会を決して無駄にはしない。攻撃に回復と目まぐるしいが、まぁ、これも仕事だ。
 上空ではマハーが予測回避で蛇の牙をひらりとかわし、魔法の声で反撃を。地上ではとび立たんとする蛇を奏音がアイビーウィップで絡め捕る。
「あはァ、脆いわねェ」
 全長6mもの漆黒の巨槍に改造されたロンゴミニアト。それを軽々と振り回すのは124cmの見かけは少女。黒百合が武器を一つ振るうたび、たちまち破壊が巻き起こる。
「ほーーーらァ、精々楯突いてご覧なさいなァ」
 影で縛り、薙ぎ払い。眷属殲滅掌も併用したその超攻撃力は正に一騎当千。純粋なる破壊力ならば黒百合の右に出るものはいない。

 戦いは激しさを増していた。
 となれば、攻撃手よりも目まぐるしいほど忙しくなるのは回復手、支援手である。
 つまり、回復も支援も行っている海は正に激務の渦中にいた。
 回復手というものは闇雲に回復技を打って良い存在ではない。回復技には限りがある。その時その時一瞬を見極め判断して、かつ局地的ではなく戦場全体も確認し、その状況に最も合致する技を出さねばならない。それに加え、徒に負傷して倒れることなどあってはならない。
 ミスは、仲間の死。ある種、「敵を倒す」ことよりも責任は重く、行動に慎重を要される。
 真面目に、黙々と。持てる技を全て使い、海はそんな任務をこなし続ける。

 また一つ、ディアボロの数が減る。蛇の首を切り落とした鬼姫は、そのままひらりひらりと胡蝶の如く敵の攻撃をかわし、ベアトリーチェと共に外奪のもとへと。
 視線の先。外奪の魔法で異常強化されたディアボロが不気味に啼き、その巨体という武器で明、エイルズレトラ、英斗に襲い掛かっていた。
 軽やかな動作で明が回避する。それでもぶわりと巻き起こる土煙までは流石に回避しきれない。まぁただの土煙なのでダメージなどないのだが。
 ならば地面つながりで。なんてこじつけて。地縛霊<ホーント>。地の底から湧き出た幾多もの亡霊がディアボロに縋りつく。恨みと怨念に縛られた亡者の嗚咽と怒号。おどろおどろしい。どっこい怨みに捕らわれた低級霊、効果なんぞ期待してはいけない――と明は語る。
 一方でエイルズレトラ。学園トップクラスの流石の回避力で悠々と回避。この地球上に易々と彼に触れられる者がいるのだろうか? 
「ハート」
 踊るように危機を回避した彼は、己と共にディアボロを挟み撃つヒリュウへと呼びかけた。キュ、と鳴いた小さな龍が大蛇へと噛み付いた。エイルズレトラ、ハート、どちらかを狙えばどちらかに死角を晒す。巧妙なる作戦である。更に範囲回復を受けられれば二倍回復のオマケつき。なんと素晴らしい。とはいえ、それ以前に、まさに胡蝶の如く一切を回避するエイルズレトラが「攻撃を食らい」「負傷する」という状況がまず起こりえないのだが。
「悪いけど俺はしぶといのが自慢でね」
 大蛇の巨大な尾が叩き下ろされようとも。英斗は盾でそれを受け止め、外奪の前へ。なんど弾かれ、遠ざけられようとも。
「その顔、一発ぶん殴らなきゃ気がすまないッ!」
 放つ飛龍。されど外奪はそれを回避する。かまわない。かわした隙を味方が衝ければそれでいい!

 と、その横合いから。

「鬼姫、貴方には欠片も興味がありませんが皆様貴方がお好きなようですの。どこが良いのかさっぱりですの」
 赤と黒の刃を、外奪の首狙いで振るったのは鬼姫。
「あぶなっ」
 咄嗟にかわす外奪。それに、鬼姫は隠しもせず溜息を零した。
(正直必要な首だとは思いませんの)
 だが――鬼姫が見やるのはベアトリーチェ。ヒリュウからフェンリルへ召喚獣を変え、外奪の前へ。鬼姫と共に取り囲むように。
「! ……」
 悪魔はすぐに見抜いた。理解した。
「いけませんよ」
 小生を逃がそうとしちゃ――とまでは言わず。その一言を、言い放つ。
「……?」
 どうして、とベアトリーチェは言いかけた。
 その小さな体を、不意に、外奪がむぎゅっと抱きしめる。なでなで。少女の髪を撫でる手は、優しかった。
「ベアトリーチェちゃんは、良い子ですね。そのまま良い子でいて下さい」
「いいこ、って……なに……?」
「大人になれば嫌でも分かります。すぐですよ、すぐ」
 刹那だった。
 外奪の手から魔力が迸り――ベアトリーチェが、眠るように崩れ落ちる。
 赤い。血。
「殺してはいませんが」
 鬼姫へと振り返り、意識を失ったベアトリーチェの体を預ける悪魔。
「流れ弾に当たったら死ぬでしょうね。大事に守ってあげて下さいな」
 この子の将来の為にも。笑っていた。本心は不明。遊んでいるだけなのか、そうじゃないのか。
 とはいえ、鬼姫にとっては大事な妹分を傷つけられたことに変わりはなく。
 攻撃、しようとして。
 先に攻撃を仕掛けたのは静寂だった。
 拳銃の銃身による全力殴打。
「ぎゃす」
 不意打ちだったのか、それが横っ面に当たる。
「あなたが一番滑稽に見えます。自分の意志で踊っているようで、実は誰かに踊らされていませんか」
 静寂へ振り返った外奪へ、彼女は開口一番そう言い放った。
「もう自分のために生きてみては如何ですか。あなたに帰る場所はありますか。はぐれる気はありませんか。静かな余生を望むなら力になりますよ」
「……あなたは何を、」
 反論を、遮るように。静寂は続けた。
「一番恨みを買っている外奪さん。でもあなた一人に責任を押し付けません。外奪さんは社会の不安定な処を、一番痛い処を突いてきますが、わたしたちが埋めきれずにいる人の弱さを突いているに過ぎません」
 わたしたちにも責任はあるのです。静寂の言葉はよどみなく。その眼差しは真っ直ぐで。

「外奪さん。あなたを救いたいです」

 当の外奪は。
「救う? 小生を?」
 呆気に取られていた。
 それから、――腹を抱えて笑う。
「ハハハハハハハハハッ。馬鹿を言っちゃあ、いけませんよ。救われるもなにも? これが小生。これが小生の望んだ今。嫌なら三行半をサマエル様にブン投げて逃げてます」
 笑って笑って。
 ひと段落。いや、まだ肩を震わせているが。
「安心して下さいな、小生はカワイソウなんかじゃない。小生は、根っからのド悪党でございます故! フハハハハハハハハー! あ、今の悪役笑い、なかなかサマになってたでしょ?」
 かかってこい。殺してみせろ。
 悪魔はそこにいる。
 情け容赦など不要だと。


 ――戦いは撃退士が優勢のように見えた。


 が。
 楽園へ至りしモノの声が、響く。蝕む。皆の心を。
 じわり、じわり、毒のように。

 それに――
 冒されてしまった、者がいる。何名か。
 彼らの動きが止まる。武器が下ろされる。
 その目に光はなく。焦点は合っておらず。

 まずい、と思った者がいた。声をかけた者もいた。
 けれど。
 精神を冒され、放心し、立ち尽くし、完全に無防備となってしまった彼らは……悪魔達の攻撃に、討たれ。

 その声が、響き続ける。
 他の撃退士も同じ目に遭わせんと。

「私の認める聖女とは。他者を排斥せず、他者に求めず、ただただ他者を愛し続けた……私の盟友唯一人だけだ」
 言い切ったのは、フローライト。一人の女性に保護され、救われ、愛された――「人の世を守る」と誓ったのだ。願いを受け継いだのだ。この手はその為に。この力はその為に。継いだ願いは、誰にも穢させはしない。
「巫女が神以外を信じることはありません」
 予測回避で敵勢力の攻撃をかわしつつ、奏音は凛と。己は巫女だ。その自負を強く、強く。大切な人や場所を守れるように。
「悪王子様こそ我が神……迷いは無い。そして守るべき姫が背にいる以上、この刃に曇りは無いわ」
「王子は何があってもわたくしを守るの。だからその信頼に応え最後まで闘い抜くわ」
 背中合わせの戦場。京と凛は一瞬だけアイコンタクトをかわし、薄く微笑んだ。
「行き場を失った覚醒者の成れの果てか。哀れだな」
 ミハイルは彼方の楽園へ至りしモノを見、静かに呟いた。
「ふむ」
 上空、蛇への攻撃を緩めないマハーは顎に手を沿える。
 マハーにとって、同胞である天使や、人間や、ゴキブリの命すらも同等で。それぞれ自然が生み出した美しさがある。とはいえ殺すと決めたら躊躇なく徹底的に殺す。 でも殺す時はとても悲しい。一寸の虫にも五分の魂。愛・地球。
 ので、マハーはこう感じるのだ。
「私の求める楽園は、天界、魔界、勿論、『恒久の聖女』にもはありません。学園は、近いですわね」
「俺の楽園は、俺が壊してしまったからな。ゐのり玉じゃ代わりになんねえよ」
 騎士はやれやれと肩を竦める。
(例え痛みや絶望を抱えようと。大事な人々や護りたい物を、身を砕いてでも護り抜く――!)
 それは鳳静矢の信念だった。
「真の楽園は自分で掴み得る物……与えられる物ではない。私はお前達の手から私の護りたい世界を護る! 」
 信念。理念。
 兎角、明も強く思う。
 二度負け、そして三度目の機会がきた。ここで負債を帳消しにするような大金星を挙げてやろう。
「だから黙れ。もはや個我すら曖昧なものが譫言を喋るな」
 睨み付ける。意味のない声の羅列共を。
(京臣ゐのりの心を利用した外奪のやりよう……絶対に許せない!)
 英斗は何度でも立ち上がる。鋼のように堅く強く。柳のようにしなやかに強く。不死鳥の如く立ち上がる。眼前には外奪。自由に行動させるものか。
 思いを強く。もっと強く。英斗は楽園へ至りしモノの声が聞こえる度に、「必ず外奪を倒す」という思いを強く、強く!
「かつて曲がりなりにも言葉に重みがあったが、今の壊れたレコーダーのような言葉じゃあ、少なくともここにいる人には権能で心に届いても塗りつぶせないよ」
 治療行為に専念しつつ、海は戦場を、その彼方の楽園へ至りしモノを一瞥した。

 撃退士は瓦解しない。
【学園の絆】。
 結んだ心。負けはしない。屈しやしない!

「お前の声は聞こえない。僕の全ては、この闘いにある!」
 並渦虫<プラナリア>で傷を修復しながらも。龍磨はボロボロだった。それでも烈鉄へ立ち向かうことをやめなかった。日輪草螺旋撃。駄津撃ち。持てる技も全部使い。防御も全部、惜しまず使い。
「はっはァ! ええで! 盛り上がってきたやんけ!」
 烈鉄もまた傷だらけ。血みどろの拳で、何度でも龍磨に殴りかかる。
 だけでない。発勁めいたデタラメな範囲攻撃なども用いて、周囲の者へと猛攻をしかける。
「この子に触れたら貴方の大事な部分をなます切りにするわ♪ 絶対に」
 それを、京は持てる防御術をつぎ込んで防御する。凛を、守る。絶対に。
「さぁ、凛」
「ええ、京」
 二人は戦友であり相棒である。京は凛に偏愛を。凛は京に絶対的信頼を。
 京が守るから、凛は攻撃に専念できる。
 凛が攻めるから、京は防御に専念できる。
「レディを無視したらオシオキですわ。これが貴方の最後の晩餐ですの。――チェックメイトですわ」
 緋銃ブラディーローズ。脅威の銃口が、烈鉄を狙い。

「銃弾のフルコースのお味はいかが? さぁ、逝ってらっしゃいませ」

 幾度目かのアシッドショット。
 銃声。
 ぼとん。
 散々装甲を解かされた烈鉄の、魔具つきの手。
 その片方、手首から先が、銃弾で刎ね飛ばされて。落ちた。
 じゅうじゅうと溶ける。
 烈鉄は、それを見て――げらげら笑った。
「それがどないした」
 残った方の手。何度目だ。ふらふらの龍磨の腹に拳が突き刺さる。生命力の一部を奪う。
「ッッくは、」
 もう吐き出す胃液すら残っていない。ごぼっと血が出た。
 膝を突く龍磨。に、烈鉄は拳を振り上げるが――ロビンが芸術の筆で描いたコマドリがアウルによって具現化し、襲い掛かり、啄ばみ、それを阻害する。
「烈鉄は『孤独』なの?」
 少女は小鳥のように首を傾げ、真ん丸な目で問いかける。
「『恒久の聖女』のために働けて幸せだった? サマエルのために死ねたら嬉しいの? ……良かったね、願いが叶って」
 ロビンは微笑む。なくなった手で鼻血を拭う烈鉄が、ふと彼女の方へ振り返る。
「どうなんやろなー。孤独……ねぇ。孤独ちゃう人間が、この世におるんやろか? 人間、誰しもなんかしら寂しいんとちゃいますのん」

 そう、
 言った、
 刹那だった。

 龍磨の拳が――影獅子の刃が砕け、最早拳となったそれが――
 烈鉄の横面を捉える。
「――!」
 無意識の拳が、それに交差する。クロスカウンター。
 衝撃。揺れる脳。

 ずる。

 膝を突いたのは、お互いに。

「君に拘る理由、なんだけどさ」
 最期に力を振り絞り、龍磨は――
「さみしそうだったから。言葉にできるのはそれだけ。また遊ぼうね、僕の友達」
 ニッと、笑って。
「こんなクソ悪党になぁ、ほんま……酔狂やで」
 烈鉄は顔を顰めた。だが笑っていた。
「……君らの勝ちや。あー、負けた負けた……」
 そう言って。
 どさり。烈鉄は、地面に倒れた。死んではいない。意識を失った。つまりは、もう戦えないことは明らかで。
 それを見届け――龍磨もまた、意識を手放した。


「……ククッ」
 状況に。外奪は含み笑った。
 烈鉄は討たれた。ディアボロもほとんどがおらず。目の前には大量の、手練の撃退士たち。
 その強力な魔法によってディアボロ戦において大戦果を上げた淳紅が。
 間合いをつめ、超速度で攻撃を繰り出すファーフナーが、華澄が、ルナが。
「……何処にも行かせませんよ」
 滅魔〜魔ヲ持ッテ魔ヲ滅ス〜。蒼く天の力を纏った銃を向けるユウが。
 弓で強撃を放つ静矢が。
 外奪を取り囲む。攻撃を繰り出す。
(ああ、これは、負けたな――)
 思いながらも。外奪の頭に撤退という選択肢はなかった。だってその方が面白いから。

 外奪の回避は高い。だが手数の前には。
 かの、子爵級悪魔が。
 一撃。また一撃。
 被弾して、消耗してゆく。

「しかしまぁ、易々と終わるのは面白くないでしょう?」
 悪魔が割れた眼鏡を投げ捨てる。
 今まで他者にしか用いてこなかった強化の魔法を――全て、己に。
 悪魔は立ちふさがる。悪魔として。子爵級という階級に恥じぬ猛威を振るう。
 一面に降らせるは毒を孕んだ魔法の雨。ディアボロがいなくなったからこそ、無差別の爆撃。
 周囲が、破壊に染まる。
「私の運命の男に何する気? 愛しい人の痛みや微笑みを汚して得た幸せ? 叩き返すわ」
 華澄はそれを、持てる限りの防御術を使い。ルナを守る。守ってみせる。
「よぉ、外奪。刑務所での借り、もってけ」
 冥府の風を身に纏い。ルナは華澄と共に外奪に挑む。華澄が振るう神速の刃。影に紛れるルナが振るう刃。
「くく。さぁ、クライマックスですよ」
 傷はできた。だが外奪は平然としている。

 ――さぁ、もう神速は尽きた。
 華澄はルナへ、仲間達へ、目配せを。

 作戦通りに。
 これで、きめる。

「武運を」
 言下、静矢が紫鳳翔を撃ち放った。
 その間にミハイルがジョーカー夫妻に聖なる刻印を施して。
 外奪が展開する魔法の障壁が静矢の鳳凰を阻んだ。霧散する紫のアウル。
「かかったわね」
 その時には、もう、襲い。
 外奪の背後に華澄。
 掴みかかる。

 ……離さない。

「俺様もいるんだなこれが」
 騎士もひょっこり顔を出した。「隠れてた甲斐があったよ」と、ハイドアンドシーク。
「俺は、あんたが大好きだぜ。お互い死ぬかも知れないからな。貴重な機会は大事にしないと」
 甘くうっとりと囁いた。まるで恋人にするような愛撫。悪魔の体をまさぐる、尾に口付ける――
「うへぇ小生そっちのケはないっすごめんなさい」
 苦笑した外奪。の、尾が。術式を施されたそれが槍の如く、騎士の腹を貫いた。
「っ…… ふん」
 騎士は笑う。
「これ、」
 血を吐く赤い唇で、笑う。

「なーんだ」

 ひらり。片手で見せたのは……サマエルの穢羽根。外奪に魔力を与えていた、大悪魔の呪われた羽根。
「あっ! それ――」
「悪いな、没収」
 言うなり。騎士は目の前で、その羽根を噛み砕き。食い千切り。飲み込んでしまった。
「これで終わりよ。……そう、全部終わり」
 華澄が冷たく、言い放つ。
 その目は修羅の如く。明確な敵意を込めて。

「孤独や悲しみを醜悪に弄んで……皆お願い! 仕留めて!!」

 張り上げた声。
 巻き込まれるのも厭わず。
 静矢の紫鳳凰天翔撃をはじめ、あらゆる撃退士の攻撃が。
 降り注ぐ。

「――……!」

 撃ちぬかれる。引き裂かれる。
 外奪は目を見開き。
 まだ、足掻く。
「やりますねー! サマエル様と戦うことがあったなら、なかなか良い勝負してたかもですよ?」
 軽口は相変わらずで。そのまま――自らに施した強化術を反転、外側へのエネルギーとして、一気に爆発させる。
 白い光――ゼロ距離で直撃した騎士が、華澄が、吹き飛ばされ――

「華澄ッ!!」

 ルナは手を伸ばした。愛しいひとを抱きとめる。抱きしめて。守る。守るんだ。死力を尽くし。命を燃やし!
 リスキーな戦い方だ。無茶苦茶だ。それでも、
「……どうだ外奪。これが俺達の、『一矢』!」
「ああ。心を込めてプレゼントだぜ。受け取れ」
 ミハイルは、静かに銃を向ける。
 ブラックファルコン。カルタゾーノスC28。魔銃フラガラッハ。イラジエーションM2。PDW SQ17。ブレイジングソウル。
(いくぜ、『相棒』達)

 バレットパレード。

「あと一回は殺し合いせず遊べると思ったのだが、残念だ。
 ……楽しかったぜ。さよなら」


 銃声が、

 轟く。



●そして、
 崩れてゆく。
 楽園へ至りしモノが、崩れていく。
 最期まで、幸せだと繰り返しながら。

 ――そして、何も聞こえなくなった。

 文歌は口を噤む。遺体すらも残らなかった。それでも、祈ろう。せめて、一人一人を人として、弔うために。

「……」
 外奪は大の字で空を見ていた。じわじわと広がり続ける血沼が、彼が事切れる寸前であることを示している。
 傷だらけのベアトリーチェが、ぽたりぽたり、血を滴らせながらも、外奪に膝枕をしていた。血だらけの手で、血だらけの額を、撫でている。
「お前は言ったな。自分という確証が持てず、疑心暗鬼と不安が心を殺す。自分は誰なのか、と」
 不意に靴音。外奪が目だけを向けたそこには、ファーフナーが。
「……それは俺も同じだった」
 深い溜息。半悪魔の男は、じっと外奪を見下ろしている。
 ファーフナーは思う。
 外奪はサマエルの退屈を紛れさせてやると現れたそうだが、『恒久の聖女』と同じく、彼も迫害され行き場がなく、居場所がサマエルだけだったのではないか。
「最期に外奪に、本当の心と名前を返してやってくれないか」
 ファーフナーが語りかけたのは外奪ではない。彼の目を通してここを見ている、サマエルへ。
 本当の自分を取り戻して逝け。ファーフナーは、じっと、外奪を見つめている。
「……ああ」
 くつりと悪魔は笑った。
「どうやら。小生の名前は外奪のままで正解だったそうですよ。……よかったよかった」
 そのまま目を閉じる。ひゅー……か細い深呼吸だった。
「……。……あ? 気の利いた今際のセリフなんてねーよブヮーーカざまぁみろ」
 ニタリ。悪魔は、いつもの笑みを浮かべてみせた。
 そのまま、事切れる。
 ベアトリーチェは俯いていた。傷ついた体を引きずりながらも、鬼姫がその傍らに来る。
「ビーチェ、」
「……寂しくない」
 鬼姫に抱きついて。強がりだった。外奪は安らかに逝けたのだろうか。サマエルは喜んでくれたのだろうか。
「きっとまた逢えますの」
 鬼姫はそう言って、小さなベアトリーチェを抱きしめ返した。彼女には今、それしかできなかった。


 かくして【ギ曲】は幕を下ろす。


 太陽が沈む。
 喝采はない。

 カーテンコールは、静寂だった。



『了』


担当マスター:ガンマ






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