●極彩色の渦と技!
澄んだ青空に、高い歓声が響き渡る。
ミスコン会場は今や轟く波のようだった。皆の声援や喝采が大きな渦となり、うねり、はじける。
吹き渡る秋風を熱風と化してしまう程、熱を帯びたその波は止まるところを知らず、登壇者が一人、二人と立つうちに徐々にその波高を上げていく。司会者が次の出場者の名を呼べば、多彩な声の高波が打ち寄せた。
その極彩色の渦へ、進み出るのは純白の少女。スポットライトが彼女を照らし、白銀の髪を輝かせた。
「皆様のメイド斉凛(
ja6571)ですわ。どうぞお見知りおきを」
白いメイド服のスカートを持ち優雅に辞儀をする。
「普段は喫茶店キャスリングで働いてますの。皆さま今後も是非当店にご来店下さいませ。ご主人様、申し訳ありませんが、わたくし恋人がおりますの。あの御方一筋ですわ」
とさり気にのろけるのも忘れない。
審査員の渡辺が衝撃に頭を抱えた横で、凛はふわりと笑み、
「わたくしの得意な紅茶を入れさせて頂きます」
と告げると、突如スカートを捲り上げた。
露わになるニーソックスと南瓜パンツ。そして白い素肌。その眩い光景に誰もが目を奪われた隙に、太もものヒヒイロカネからシルバートレイを取り出す。その間僅か数秒。
「も、もう一度!」
渡辺が立ち上がって叫んだがもう遅い。凛は鮮やかな手際で紅茶を淹れ終え、菓子を添える。
「ご主人様、お茶の用意が整いました」
完全なるメイドは極上の笑みを浮かべ優雅にトレイを差し出した。
その様子を見守っていたのはルナジョーカー。職場のマスターであり親友の彼は、戻って来る彼女を笑顔で迎える。
「凛やるなぁ」
「ルナさんも、素敵でしたね」
ふわりと笑む。彼はそれに悪戯っぽい瞳で返すと、次なる出場者にも笑みを送った。
「次はお前か。頑張れよ」
ルナが親指を立てエールを送ると、 蒼空ヲ疾駆ル者(
jb7512)は僅かに口角を上げ頷く。
深い青の瞳で青空を見上げ、彼女の主人を心に描いた。
(…お嬢様がいらっしゃらないのは残念ですが……せっかくですし、楽しみましょうか)
凛同様メイドの彼女は、舞台へと歩き出す。
「蒼空(ソラ)と申します。よろしくお願い致します」
丁寧に辞儀をし、蒼空はおもむろにマシンガンを取り出す。ぎょっとする観衆をよそに、武骨なそれを軽々と持ち、コインを空に放った。
「アピールをとのことですので、一芸を」
言うが早いか機械の翼で飛び上がり、銃を構え連射する。
腕前は百発百中。穴の開いたコインがバラバラと音を立てて地に落ちた。
ふわりと地上に戻れば、スカートのスリットから白いニーソックスと太ももが覗く。
「…楽しんでいただけたでしょうか?」
「も、もう一度!」
メイドに再び懇願するやらしい渡辺に、蒼空は冷ややかな目を向けた。
「コインと一緒に撃ち抜きますが、よろしいですか?」
蒼空の言葉に吹いたのはグリーンアイス(
jb3053)だった。
「スケベなおっさんだねー。ぜーんぜん好みじゃないけどサービスしとこうかな」
小さく呟き、入場しながら渡辺にウィンクをひとつ。ブロンドの美女に、彼はぽーっとなって熱い視線を送る。熱視線は観客からも送られた。明るい緑のドレスに波打つ金髪、琥珀のような金の瞳。見紛うことなき天使がそこにいるからだ。
彼女はにこりと笑む。
「育てたバラでブーケを作ったよ。自己アピールってことで」
とブーケを渡辺に差し出した。同時に会場のスクリーンに、家のベランダのバラ園が映し出される。そのバラ達はどれもが淡い緑色。
彼女の名の由来になった緑薔薇だった。
薄緑の花弁は瑞々しく、連なって咲く様は夢のように美しい。
愛情を込めて育てたことが感じられる花園に、会場から拍手が起る。
(たまにはいーじゃん、こういう乙女チックなのでも)
グリーンアイスはダメ押しとばかりに、華やかに微笑んだ。
次の出場者の為に用意されたのはアップテンポなBGM。色とりどりのスポットライトがステージを駆け巡る。曲が盛り上がるタイミングで、壇上が更に明るく輝いた。
辺りを包む美しい輝き。その光源の主は、煌めく星と金色の蝶を纏って躍り出た。
「どうも〜ヴィオレタ=アステール(
jb7602)、偽名でーす。29歳で二子の母やってます。
治療が得意だから皆怪我したら看てあげる☆手術後に小指と親指が反対になっててもいいならね★」
色んな意味で衝撃的な発言をかまし登場したのは、長い茶の髪に白衣姿のヴィオレタ。メスが入った鞄を揺らし、楽しそうに笑む。
「今見せれる特技とかあんまりないんだよね。ほら、青少年の健全な成長のためにも自重します〜。どうしてもというのなら…」
と渡辺を見つめ、ホットパンツから覗く生足を見せくるりと回り。
「今晩お待ちしてます★」
またしても問題発言をかました。
ガタッと立ち上がる審査員をよそに彼女は颯爽と踵を返す。
「行くからな…」
「それでは、皆さん、悪させずに楽しんでね!」
「まじで行くからな!」
渡辺の吠え声が会場にこだました。
「すごいですね…なんだか少し緊張します」
ヴィオレタの登場で賑わった会場を見、雪成 藤花(
ja0292)はそっと胸を押さえた。
知人達に頼まれ参加した彼女は、気圧されつつも意を決して登壇する。
ふわふわと栗色の髪が靡き、幾層にも重ねたスカートが柔らかく翻った。シャボン玉が飛び交い登場する彼女を後押しする。
「雪成藤花、15歳です。アストラルヴァンガードです」
大きな瞳で会場を見渡せば、春の陽射しのような彼女に、誰もが笑みを零す。
『雪成さんは11月4日の誕生日に入籍予定だそうです!おめでとうございます!』
司会者が呼びかけ、会場は一気に盛り上がった。
藤花は頬を染め辞儀をする。
「ありがとうございます。今日は来ていませんが、恋人や子どもの為にも頑張ります」
子どもとは、以前引き取った子のことだった。彼らを思い浮かべて心を落ち着け、特技の書を披露する。
"もみぢのにしき かみのまにまに"
と秋の和歌を女文字でしたためた。絶妙の選歌と、流石の達筆に歓声があがる。
愛する者達を想い、左手薬指の指輪にそっと触れ。
幼妻は花のように微笑んだ。
●猫時々ヒリュウ
多彩な個人技の後に登場したのは、可愛い仲間達だ。
「こうなっては仕方がありません。思い切り楽しむのです」
何を間違えたか、ミスコンに出場する羽目に陥ったゲルダ グリューニング(
jb7318)は紫の瞳を上げた。
「小等部のゲルダです。よろしくお願いします」
と告げ早速ヒリュウを召喚する。
特技は、ヒリュウ回しだ。
輪を掲げれば、小竜は前後にくぐり。飛び上がってくぐり、宙返りまでしてみせる。ゲルダは次にボールを取り出し、ヒリュウの翼の上にのせた。小竜は羽ばたき、ころころと背の上で転がす。お羽玉というバランス芸だ。
ボールが落ちても抜かりはない。手を差し出せば小竜は前足をぽてんと置いて"反省"する。
会場は暖かな喝采に包まれた。
「これで…」
ゲルダは息を吐いた。控室に保管した出場者用弁当の山を思い、怪しい笑みが零れる。
彼女の真の目的は別にあった。
「これで食費が浮くのです。余ったお弁当は、全部私が美味しく頂きますッ!」
ぼそりと呟く。ミスコン出場は二の次だったなんてとても言えないゲルダであった。
『ミスコン? 興味無…んですかぷく? え、出たいんですか?
そりゃああなた女の子ですけど……着ぐるみOKなんですから、猫でもいいですよね』
そんな経緯で登場したのは。
「シャーッ」
尻尾を太くして唸る猫と沙 月子(
ja1773)。そう、彼女の飼猫こそ次なる出場者だった。
「名前は『ぷく』です。段ボールに箱詰めで兄弟と共に捨てられ、保健所からボランティア施設に引き取られ、私が里親になりました。見ての通り大変凶暴でイタタタタッ生傷が絶えませんイッター!! こら、大人しくなさい! チャームポイントは目つきの悪さと気性の荒…ギャー!」
月子の頬をばりばりと引っ掻く。
「…家にいる時はとてもくつろいでいるんですけどね…人見知りが激しくて…」
さっきのヒリュウも意識してるのでしょうけど…と満身創痍でへらと笑む。と目を離した隙に、ぷくは黒い左前足を振り上げ再び一撃を見舞う。
「ギャーーッ!!」
クリティカルヒット。
月子の叫びが会場に響き渡った。
●お色気旋風!
「あら、大変。これ使って♪」
傷だらけの月子に、白衣の美女が絆創膏を差し出す。礼をし微笑んだ彼女にウィンクを返し、美女は設営班特製のお立ち台へ颯爽と登壇した。
「はぁい♪群馬県出身、愛と葱の伝道者、雁久良霧依(
jb0827)よ♪」
色っぽいお姉さんに会場が沸く。
「私は楽しいことが大好きなの♪今日は勝敗は関係なく、皆で楽しい時間を過ごせたらいいなって思うわ♪宜しくねえ♪じゃ、ミュージックスタート!」
声と共に鳴り響くはディスコミュージック。扇子ならぬ葱を振り回し、激しいダンスを披露した。
「ああん…体が熱くなっちゃったわ…♪」
妖艶に笑み、白衣を脱ぎ捨てる。黒のマイクロビキニのみの露わな格好で、その豊満な体を見せつけた。大歓声が轟く。
「さあ、皆もレッツダンス!」
ダンスは激しさを増し、白い素肌に汗が幾筋も流れる。
「揺れておる…谷間に流れておる!」
渡辺が叫ぶ。鼻血が飛ぶ。
「ふう…見てくれてありがと♪」
投げキッスを送る頃には、整理班が数多の客を片端から救護室送りにしていた。
あわや大惨事、である。
「なかなかやるのう…」
一部始終を見たザラーム・シャムス・カダル(
ja7518)は赤い瞳を細めた。
(しかしわらわの美しさには誰も敵わぬわ!)
とほくそ笑み、壇上へ歩み出る。ザ・ナルシストである。
しかし彼女の自信も頷けるものだった。
漆黒の髪に褐色の肌。タンクトップからは豊かな胸が、ホットパンツからは長い脚が伸びる。そこに白衣を引っかけた姿に、誰もが目を奪われる。カダルは妖艶に微笑んだ。
「わらわはザラーム・シャムス・カダル。見られてこそわらわの美しさは輝くと思うて参加したのじゃ」
と渡辺に投げキッスを飛ばす。真っ赤になった彼を笑い、おもむろにポーズを決めた。
エキゾチックな音楽が響き、それに合わせてカダルが舞う。ベリーダンスだ。腰を振り、悩ましい視線をやれば客が失神する。その肢体と踊りは艶めかしく、目が離せない。
やはり救護室に運ばれる者が続出し、会場は第二次の惨事になった。
「以上じゃ、よろしゅうにのう」
その様子を見渡し、悦に入ったように笑うと、カダルは鮮やかに身を翻した。
●響き渡る調べ
「凄い…」
悩殺美女二人の競演に、蓮城 真緋呂(
jb6120)は引きつり笑いを浮かべた。気圧されつつも首を振り、学食一年分、と念じて登場する。
「高等部一年の蓮城真緋呂です。今日は学食一年分の為に参加しました。はらぺ娘に同情してくれたら、清き一票お願いします!」
ぐっと拳を握って見渡す。ミニスカートのメイド服にニーソックス姿の彼女に、可愛い! と声が飛んだ。
それに微笑むとヴァイオリンを取り出し、辞儀をひとつ。
「お耳汚しでは御座いますが、ご主人様、お嬢様、暫しお耳をお貸し下さいませ」
と、弾き始めたのは。
「子犬のワルツ…?」
破天荒すぎる選曲である。客が唖然とするも、彼女は指と弓を激しく操り容易く弾きこなす。超絶技巧に歓声が沸き起こった。
「ご清聴、ありがとうございました。…あ、指つった」
指を振り、真緋呂は苦笑する。
「最後に。学食一年分宜しくね! …私基準の一年分だといいけど」
痩せの大食いの彼女は小首を傾げ、爽やかな笑みを浮かべたのだった。
「わあ、綺麗ね!」
入れ違いに登場した澄野 絣(
ja1044)に真緋呂が声をかける。花をあしらった紅の着物に身を包んだ絣は、微笑んで返した。その佇まいは堂に入って美しい。
真緋呂に礼をすると、しずしずと先へ進む。
「大学部4年の澄野絣です。焼き鳥屋もやっておりますのでよろしくお願いしますねー。優勝とかは意識せずに、楽しめればいいかと思います」
観衆を前にし、ふわりと笑う。友人の勧めで参加した彼女には、気負いがなく落ち着いた雰囲気があった。
特技披露の為に取り出したのは、紅の横笛"千日紅"。
「楽しい気分になって頂ければ嬉しいですー」
と笑み、笛にそっと唇をあてる。
紡がれた響きは凛として、冴え冴えと沁み渡る。和紙でつくられた紙吹雪がそこに舞い、調べに華を添えた。
柔らかな音は天まで届くように響き、静寂の中にそっと消える。返って来るのは、溢れる喝采。
"終わりのない友情"の意味を持つその横笛をそっと胸に携え。
絣は落花の如き笑みを零した。
和の後は再び洋。登場するは、黒のケープとドレスに身を包んだ華奢な少女。肩口で揺れる漆黒の髪を揺らし、ヴァイオリンを片手にランウェイを進む。引き返す絣に一礼すると、観衆の前へ歩み出た。
「諸伏翡翠(
ja5463)と申します。この企画には純粋に皆様に私を知ってもらおうと参加しました。どうぞよろしくお願い致します」
会場から拍手が沸き起る。
「自己紹介代わりと言ってはなんですが、一曲だけ弾かせてください」
利き手の左手で弓を持ち、一拍。
その優美さで知られる、有名な一節が流れ出す。エルガーの"愛の挨拶"だ。抜群の聴覚と、幼少の頃から弾きこなした経験に裏打ちされた、流麗な調べが辺りを包む。
旋律に込められたその願いは、祈りに似ていた。
一音一音が、皆の胸に響くように。
ただ一瞬でも良い。この音とこの姿が、彼らの胸にそっと刻まれるように。
想いを込めて、楽を奏でる。
それは瑞々しく滑らかで、上質な絹を思わせた。人々の心にするりと入り込み、仄かな熱を残す。
祈りを、その心映えを受け取った証に贈られる、永遠のような喝采。
「ありがとうございました」
翡翠は黒曜石のような瞳をわずかに揺らし、ゆっくりと頭を下げた。
器楽の次は歌。
キャスケットから流れる美しい金髪を靡かせ、進み出たのはフィオナ・ボールドウィン(
ja2611)。中央まで来ると、観衆を傲然と見下す。オレンジニットにジーンズのラフな姿にも関わらず、女王然として不敵な笑みを浮かべた。
「フィオナ・ボールドウィン。王の星の下、ウェールズにて生を受けた。意気込み? 余興として楽しめれば良い。それだけだ」
いっそ清々しいほど偉そうに言い放つ。どよめく場内にも笑みを崩さず、不遜に続けた。
「我の歌を聞けるなど、今後二度とあるかわからんぞ。静聴せよ」
宣言すると、澄んだ一声を響かせた。アカペラだ。歌はウェールズの国歌、"わが父祖の土地"。故郷の歌だった。
その旋律は威風堂々として高潔に、歌声は朗々として、故郷への愛と敬意を感じさせる。先程の態度は鳴りを潜め、フィオナは真摯に歌い上げた。
美しい歌声にジェンティアン・砂原(
jb7192)が拍手する。
英国人の母を持つ彼にとって、その曲は馴染みあるものだった。
「懐かしいね。聞き惚れちゃったよ」
戻って来たフィオナに声をかければ、弓のような眉を跳ねあげ不敵な笑みが返って来る。
「当然だ。貴様も得難い機会を得たな」
自信たっぷりに言い放つ。彼は緑と青紫のオッドアイを細め、柔らかに微笑んだ。
「まったく、楽しくなってきたね」
「久遠ヶ原の紳士、淑女の皆さんこんにちは。僕は大学部3年のジェンティアン・砂原だよ。ちなみに次も3年ね。学内で見かけたら気軽に声かけてね。特に女の子は大歓迎♪
参加動機は…枯れ木に花を咲かせましょ? あれ、何か違うな。ま、似たような感じの格言で!」
実にざっくばらんである。彼はにこりと笑い、居住まいを正した。
「特技と言えるのは歌かな。完全に自己流なんだけど、一応好評は頂いてます。では、一曲」
" I want to take that deep breath
and feel the joy we were all born with "
(生まれてきた喜びを感じられる、
そんな深呼吸をしたいよね)
透き通る声が辺りに響いた。
それは優しい生への賛歌。彼は微笑み伸びやかに謳い上げる。
声は観衆の心に深く沁みこんで、暖かく灯り。
青空にどこまでも、どこまでも澄んで響いた。
●想いをのせて
音色が会場を包み、心地よい余韻が生まれる。和やかになった会場に次に臨むのは、様々な想いを抱く出場者達だ。
「大学部3年、神嶺ラダ(
jb6382)だぜー!」
拳を上げて叫べば、大きな歓声があがる。
ラダは満面の笑顔でそれに応じた。
「PR…んー、じゃあ弟の話するぜ! …あ、あれだ。本人には内緒な!」
観衆から笑みが零れる。ラダは瞳を輝かせた。
「弟なー、女なんだけどお前等よりずーっと格好良いぞ! 俺と同じピンクの髪に、きりっとした瞳に、俺より身長高いときた! 俺に似てすっげー格好良いんだぜ!」
でも、とラダの表情が曇る。
「 …でも、俺、弟のそーゆー所がすっげー羨ましくて素直になれねーのな…傷付けてるかもしれねー。俺も、アイツの事素直に"格好良い"って言えたら良いんだけどなー」
こんなにも自慢で、大事なのに、己のコンプレックスが邪魔をする。
(本当は誰より幸せになってほしいんだけどなー)
その言葉は、まだまだ言えそうにない。
「あ、弟貰うんだったら、俺を倒して行けよ!」
可愛く格好いい"弟"を思い浮かべ、笑う。
輝くばかりの天真爛漫な笑みに、観客から悲鳴が上がった。
その黄色い歓声を背にし、舞台袖では平野 渚(
jb1264)が、部活の仲間に囲まれていた。
「頑張ってください!」
「…ん。頑張る」
カーディスの声に渚は静かに応え、借り受けたテンガロンハットをそっと被る。その本来の持ち主を、赤と青のオッドアイで見つめ、歩み出した。
猫足シールに沿ってランウェイに踏み込めば、シャボン玉が宙に舞う。そこにライトが反射して煌めき、渚の桃色の髪を輝かせた。中央まで来ると、渚はおもむろに後ろを向き、紅のチャイナドレスのスリットからそっと足を突き出す。
「…似合う?」
白い素足と、ぱっくりと開いた背が美しい。
雄々しい歓声が轟いた。
その声を背に受けながら、渚は目を閉じる。手に持つのは、大切な人に借りた大切な帽子。
(…この学園に来て、大切な人を見つけられたよ)
そう皆に伝えたいから。だから今、ここにいる。
「…ありがとう」
帽子をぎゅっと握り。
袖で見守るあの人に想いを込めて。渚は小さく微笑した。
『いよいよ最後の出場者です!』
司会者の声が響き渡る。最後を飾るのは、ロキ(
jb7437)。白銀の髪を靡かせ登場した少女に、どよめきが走る。
「 下 乳 が 」
渡辺が勢い込む。意図してなのか、そうでないのか。彼女はシャツを下からはだけ、白肌を露わにしていた。ミニスカートとニーソから覗く腿と相まって、そのチラリズムは凄まじい威力がある。
そんな場内の動揺にも彼女は首を傾げただけだった。会場を見渡し、前列に目を留め初めて笑む。
友人の神谷春樹(
jb7335)を見つけたのだ。
春樹、と名を呼び手を振れば、彼は顔を赤らめつつも振り返す。その顔を見つめるうちに特技披露も忘れ、日頃の想いが溢れ出た。
「んー……春樹に伝えたい、ことが……」
「え…?」
春樹の目が驚愕に見開かれた。彼女の畏まった態度に混乱する。
(まさか、まさかそんな。今まで友達だと、思って…)
けれどこんな場で伝えたいことなんて、限られている。推測すると途端に頬に血が上り、心臓が早鐘を打った。
そんな彼の気も知らず、ロキはふわりと笑み。
「……いつも、心配してくれて……ありがとうね…」
と日頃の感謝を口にした。
「え」
とんだ勘違いである。みるみるうちに真っ赤になった春樹は、顔を両手で覆い蹲る。
「?」
生温い目で観客が見守る中、ロキだけが首を傾げきょとんと目を瞬かせたのだった。
*
「春樹」
舞台階下で待っていた春樹に、出番を終えたロキは声をかける。彼は応じるものの、まともに顔を見られず目を泳がせた。
「んー……何だったの…? …さっきの」
「何でもないです!」
頑として言われ、ロキは不満げに息をつく。しかし彼の赤くなった耳を認め、思わず笑みをもらした。
そっと手を彼の頭へと伸ばす。
「……撫でにくい…しゃがんで…」
と言えば無言で、けれど素直に屈んでくれる。またふわりと笑んで、茶の髪を気の済むまで撫でていると、千手さんって、とどこかむすっとした声があがった。
「千手さんって、罪作りですよね…」
紅葉が、ひらひらと落ちた。