●
大滝地区。
聖瘴気が充満したこの地域で、猫目夏久(
jz0004)ら先遣隊はウルフライダーと交戦していた。
ただでさえ悪魔との戦いで消耗している猫目たちにとって、ギメル配下のサーバントは強敵だった。
――このままじゃ、全員帰還するのは不可能かもしれない。
猫目がそう諦めかけた瞬間、
クラクションの音が、盛大に鳴り響いた。
狼少年が振り向いた先には、一台の乗用車があった。
運転しているのは鈴代 征治(
ja1305)、先遣隊を救助しにきた学園の撃退士だ。
元々の持ち主と思われる人物は、聖瘴気の影響で既に亡くなっていた。心の中で冥福を祈りつつ、征治は拝借した車を運転。聴覚が鋭いと言われているウルフライダーの気を引くべく、再びクラクションを鳴らした。
「……」
巨狼の背から伸びる『少年』の器官が、征治のほうに意識を向けているのがわかった。
と、次の瞬間。
ウルフライダーが、一気に車両のほうへと突進してきた。
すかさず小田切ルビィ(
ja0841)が封砲を放ち、真正面から狼少年を迎え撃つ。
征治も運転を中断して無数の光爪を飛ばし、『狼』を牽制。
上空からも弾丸が『少年』に降り注ぐ。陰影の翼で飛翔する、紅 鬼姫(
ja0444)の銃撃だ。
その狙いは、サーバントの標的を要救助者から自分たちへと移すこと。
「さぁって、各個撃破と洒落込みますか!」
大狗 のとう(
ja3056)が獣の如く駆け回りながら、猛々しく吶喊していく。
「縁! キノコとか拾い食いすんなよ!」
「のとこそ木の実拾い食いしてお腹壊さないように! なんて!」
そう友人に声かけを返して、真野 縁(
ja3294)はにんまり顔で魔法書を構えた。
「わんちゃんぼっちゃん! さあ、縁と遊ぼうなんだね!」
『少年』が黒い光の衝撃波を振り払い、『狼』が天に向って吠えた。
大きな雄叫びが、遠くまで響き渡る。
それは、撃退士の侵入を知らせ、周囲の仲間を呼び寄せるためのもの。
複数個体が集まれば各個撃破は難しくなるだろう。
だが囮班が多くを引き付ければ、その分だけ救助班の負担は軽くなるはず。
「こっちに来な、相手してやるよ」
サーバントを誘導するように、ルビィたちが先遣隊から離れていく――
●
のとう、縁が録音した雄叫びをBGMに、囮班とウルフライダーの戦闘が繰り広げられていた。
『狼』の爪で傷ついたのとうを、縁が癒やしの風で回復していく。
と、縁へと迫る巨狼の牙。
鬼姫が空中から『少年』を撃って足止めしている隙に、縁は香水を投擲しつつ後退。『狼』に羽根の生えた黒白の光玉を飛ばして攻撃を重ねる。
狼少年が連撃を浴びて怯んだところで、のとうが束縛の術を発動。
大量に呼び出されたのは犬の幻影だ。大小さまざまな犬が突撃していく様は、まさにワンワン大行進。のとうの犬が敵である『狼』に纏わりつき、サーバントの動きを封じ込める。
攻撃のチャンスを逃さず、ここでルビィが追撃に動いた。
目指すは速攻撃破。
風の翼で飛行する剣士は『狼』の側面に回りこみ、ツヴァイハンダーを一閃。巨狼の皮膚が斬り裂かれ、血飛沫が噴き上がる。
弱ったウルフライダーに、鬼姫も攻撃を集中。立て続けに被弾した『少年』はどことなく泣きそうな表情に見えた。
連携して1体を追い込んだところで、別の狼少年が反撃とばかりに襲いかかる。
のとうがエクソシスムセイバーを閃かせ、巨狼を迎撃。だが狼は構わず大きな口を開け、のとうに喰らいつこうとして――銃弾が炸裂。
後方から援護射撃を行ったのは、無表情の男だ。
「正面に集中しろ。他は俺がやる」
影野 恭弥(
ja0018)が冷静な口調で言って、淡々と狙撃を開始。のとうが対応していないウルフライダーに銃撃を浴びせていく。
と、そこで周囲を警戒していた鬼姫が、新手のウルフライダーを発見。味方に注意喚起を行うと共に、携帯電話で増援が来たことを他班に知らせる。
「敵東方向より1体接近、迎撃に入りますの」
鬼姫は感情の起伏に欠ける声で告げると、クウァイイータスを構え直し、ウルフライダーに狙いを定めた。
●
衝撃音が響く。
のとう目がけて振り下ろされた『狼』の爪を、縁が出現させたブレスシールドが受け止めていた。
【大滝囮】とウルフライダーたちとの戦闘も終盤戦。
撃退士側の消耗は前衛を中心に大きいが、縁の神兵やヒールによる回復もあり戦線は維持されていた。
そんな回復の要である縁を狙ってなのか、ウルフライダーは縁を重点的に攻撃するようになった。
――が、
「安々とは通しませんの……」
縁の危機に反応し、龍虎の二刀に武器を切り替えた鬼姫が、上空から一気に急降下。首刈りの双刃を『少年』へと振り下ろす。
首部の切断を狙った一撃。
「――!」
縁へと噛み付く刹那、鬼姫に気づいた狼少年は咄嗟に両腕を掲げて防御。
けれど腕は深々と刃に貫かれ、爆ぜるように鮮血が溢れ出す。
苦悶の叫びを上げながら『狼』が頭を振り、鬼姫を弾き飛ばした。
「無事か、お姫さま」
駆け寄った恭弥が、落下しそうになった鬼姫を抱きかかえる。
と、前に出た恭弥のもとにウルフライダーが迫る。
恭弥は退かず、禁忌ノ闇を発動。
内に秘めし闇を解き放ち、漆黒に染まった恭弥が『狼』を撃つ。放たれたのは、聖者を滅する負の弾丸。
黒い炎を纏った闇の一撃が、サーバントに直撃する。
ルビィが畳みかける。
「――これ以上、お仲間呼ばれっと困るんでな?」
態勢を立て直される前に、と重傷を負った狼少年の背面に回りこんだ。大剣を突き出し、刺突を繰り出す。
同時に、のとうが前方から接近。
だん、と一気に間合いに踏み込み、ルビィと共にサーバントを挟撃する。
これでとどめだ、というように。のとうは目にも留まらぬ速さで斬霊剣を振りぬいた。
神速で放たれた殲滅の刃が、ウルフライダーへと叩き込まれる!
●
「助かったぜ、マジで死ぬかと思った」
囮班がウルフライダーをひきつけている隙に、救助班【大滝救】は先遣隊に接触することに成功していた。
まずは負傷者の治療から、と龍崎海(
ja0565)が重体者に生命の芽を使用。アウルの力によって生み出した種子を発芽させ、癒やしの光を注ぎ込む。
生命力は回復しているようだが、重体状態は回復していないようだと気づき、やはりと海は呟いた。
「重体回復の効果は時間経過によって発揮しづらくなるから」
ならば、とヒールを活性化し、海は治療を続けていく。
アウルの光を伴った柔らかな風が漂う。
星杜 藤花(
ja0292)が展開した癒やしの風が、疲弊している先遣隊の体力を回復させていた。
「ありがてぇ……これで少しはマシに動けそうだ」
戦闘不能状態にある重体者には、自身の肩を貸す藤花。
彼女が目指すのは、全員での帰還。
「――どうか、誰も悲しむことのありませんよう」
誰かが欠けては、いけないのだ。
「必ず皆で生きて帰ろうね」
そう言って、星杜 焔(
ja5378)が楽園降臨を発動。
幻影騎士結界の内部に出現したのは、虹色に輝く幻想的な花畑。舞う花びらが猫目らの身体に溶け込み、防御が強化されていく。
これで万が一、彼らが襲われても持ちこたえることができるはず。接近戦が苦手な猫系インフィの防御もマシになっていることだろう。
先遣隊を補強しつつ、焔が猫目に励ましの言葉をかける。
「猫目くん帰ったら猫かふぇ奢るから……ふんばれ〜」
先遣隊の体が癒やしの光に包まれる。
雫(
ja1894)はヒールで負傷者の回復を行っていた。重体者はともかく、動ける者にはできるだけ自力で動いてもらえるように、と。
しかし、この聖なる瘴気はいったい何なのだろうか。
「中心から離れていても、これ程の影響力があるのですか」
まるでゲートの中にいるような、そんな感覚。
これまでに体験したことがない異常事態だった。
「嫌な予感。力足らずと知りながら来たけど普通じゃない」
華澄・エルシャン・ジョーカー(
jb6365)は敵襲に備えて要救助者の護衛にあたっていた。
「ああ。今までのものとはワケが違うな……!」
いったい何が起きているのか、とルナ・ジョーカー(
jb2309)が華澄共々、周囲を警戒する。状況が状況だけに、まだ報告されていない異常事態が起きている可能性も捨て切れなかった。
「ともかく、救える人は救わねぇとな」
道中、亡くなっている一般人とまったく遭遇しなかったわけでもなく。心境は複雑だ。
若宮=A=可憐(
jb9097)とサーティーン=ブロウニング(
jb9311)は怪我人に応急処置を施していく。
手当を終えたサーティーンは周囲の気配を探り、ウルフライダーが近くにいないことを確認した。
とはいえウルフライダーの索敵能力の高さを考えると、まだ油断はできない。
いまのうちに急ぎましょう、と可憐が重体者を抱えて立ち上がる。何よりもまずは要救助者の安全を最優先したいところだ。
「行こう」
海が離脱を宣言。
先遣隊を護衛しつつ、救助班は安全なエリア外へと向かって移動を始めた。
●
五感が鋭いというウルフライダーに気づかれぬよう、出来る限り慎重に藤花は行動していた。
なるべく地味に目立ちにくくいきましょう、と空の術で潜行するサーティーンは警戒役だ。囮班がサーバントを引きつけてくれているとはいえ、恐らくエリア内にはまだ狼少年が散らばっているに違いない。
そして、やはり彼女たちの懸念は的中した。
報告してくれたのは、銀髪の淑女、ロジー・ビィ(
jb6232)と片眼鏡の紳士、リアン(
jb8788)。
上空から敵の様子を伺っていた2人は、移動中の【大滝救】の周囲にウルフライダーを発見した。そしてウルフライダーもまた、こちらの存在に気づいたようだった。
少年を背中に生やした巨狼が、大きな雄叫びを上げて救助班に突っ込んでくる。
鋭い爪が掠め、前髪が数本切断されていく。
狼の一撃をかわしたサーティーンが、後退しつつ仕込み小柄を投擲。
同時に、警戒していた雫が太陽剣を手に『狼』を迎え撃つ。
可憐もインフィニティで射撃して、同行者であるサーティーンを援護する。
「おわっ!?」
ウルフライダーが猫目に向かって文字通り牙を剥いた。大きく口を開き、短剣じみた牙で攻撃してきたが、
無痛。
いや、正確には庇護の翼で庇われたのだった。猫目を護った光翼は焔が展開したものだった。
藤花は後方から銃で『少年』を撃って焔を支援する。
藤花との絆で強化している焔が、虹色の魔弾で畳み掛けて狼少年を吹っ飛ばす。
その間に海がライトヒールを使用、猫目へのダメージを肩代わりした焔を癒していく。
●
ルナが派手に双剣を振るい、サーバントの気を引くように前に出る。
その一方で、可憐と藤花は重体者を抱えて移動していた。当然、焔や海が護衛についている。
ウルフライダーは絶対に近づけさせない。
リアンが魔法書を開き、金色に輝く炎を生成する。
わざと低空を飛行し、セルベイションの炎を地上へと降り注ぐ。
臨戦態勢へとなったロジーはマッドチョッパーを振り回し、狼少年を弾き飛ばさんと殴りかかった。
要救助者を護り切るべく、ここで仕留める。
華澄が火竜布槍を振るいウルフライダーと相対する。全員が離脱するまで、自身は負傷を顧みない姿勢だ。
ふと。目覚めた吸血姫のような幻影が、華澄に重なって消えた。
漆黒のオーラを、月を隠す闇のように放って華澄が『少年』に斬りかかる。
朧華紅影斬。
カオスレートをマイナスに変動させた斬撃が直撃し、紅い花霞が乱舞するのが見えた。
負傷した『狼』が反撃の爪を華澄へと振るう。
強打を浴びた華澄は後退しつつ、弓に切り替え『狼』に矢を射る。
受けたダメージを剣魂で自己回復する華澄をサーバントが追撃しようする、が。
「――!?」
狼少年を無数の影刃が斬り裂く。
ルナの放ったオンスロートだ。
影の刃が舞い、爆裂したレート差で『狼』も『少年』も血塗れに変えていく。
「――――!」
さらにロジー、リアンが上空から降下して、武器を一閃。
ロジーが鉈を『少年』に振り下ろし、リアンは双槍を『狼』に突き刺した。
淡い緑色の光を全身に纏った鬼畜紳士が好戦的な表情を浮かべ、さらにもう一刺し。
両脚に雷のアウルを、身体に風のアウルを纏い、疾風迅雷の如く素早い閃滅を放つ。
その一撃に乗るのは眷属殲滅掌。天魔の眷属を屠るリアンの血撃だ。
それが決定打だった。
槍を引きぬかれた反動で地面に倒れこみ、ウルフライダーはそのまま動かなくなった。
●
ウルフライダーとの戦闘後。
飛行能力を持つロジーが、空を飛んで重体者を搬送していく。
【大滝囮】の活躍もあり、【大滝救】は無事に先遣隊を全員連れたまま、安全圏まで離脱することができた。
途中で負傷した者は、海、藤花、雫がある程度を治療したため、重篤な負傷者は殆どいない。
「できれば重体状態も何とかしてやりたかったけど」
とりあえずは、聖瘴気が満ちたこの異常な地から何とか生還することができた。まずはそのことを喜ぶべきか。
こちらは無事に成功した、ということを可憐が鬼鎮神社の仲間へと報告する。鬼鎮神社へは彼女の友が向かっていた。
「あとは鬼鎮神社のほうがどうなったか、ですね」
雫が呟く。向こうでは研究資料を抱えた無尽光研究委員会の研究員が孤立している。
「どれだけの量を回収が出来て、不要になった物を破壊出来るのか……」
そして、何より。
研究員たちの命を、救えるかどうか。
あとは仲間を信じるしかなかった。
●
鬼鎮神社。
爆心地により近い此処には、研究員6名が『生きて』取り残されている。
重要度はレミエルほどではないだろうが、彼らを失うことが学園にとって痛手であることは間違いない。
この『場』に居合わせた研究員の多くは聖瘴気の影響で既に死亡している。これ以上の損害を出すことは避けたいところだが――
「……必ず成功させるのですよぅ☆」
鳳 蒼姫(
ja3762)が蒼海布槍を振り回し、夫の鳳 静矢(
ja3856)と共に突撃していく。狼少年を研究員たちから引き離すために。
「軽々しく人々の命を奪った貴様らを絶対に許さない」
そう言って川内 日菜子(
jb7813)は狼少年に炎打蹴を叩き込んだ。
不条理な天魔の振る舞いへの怒りを乗せた炎の蹴りが、『狼』の頭に命中。『少年』は不気味な笑みを浮かべ、『狼』の背を叩いて起こした。
雄叫びを上げた巨狼が、続いて日菜子へと素早く噛み付く。鋭い牙による負傷を反発の拳で軽減し、更にすぐさま癒やしの光が飛んできた。
只野黒子(
ja0049)の放ったヒールだ。
日菜子が回復したのを見て、黒子は後方から発砲。『狼』を銃撃し、足止めと誘引を図る。
「すべて殺しちまっても構わんのだろう?」
ミハイル・エッカート(
jb0544)が狼少年を挑発するように言って、銃を構える。
聖瘴気のペナルティがあり、救助対象も多数とはいえ。確かに作戦次第では殲滅も不可能ではないはずだった。
さておき、まずはこの一発で注目を集めようか。
「挨拶代わりだ。さあ来い、俺の相棒たち。鳥よ、獣よ、鎧の戦士よ。敵を引き裂き滅せよ!」
ミハイルの呼び声と共に、銃の名称や意匠をイメージした幻影が出現。
黒隼や獣や甲冑の戦士をかたどった無数の幻影が、アウルの光弾となってウルフライダーへと一斉にブチ込まれる!
●
ヤナギ・エリューナク(
ja0006)はニンジャヒーローを使用し、狼少年の前へと出た。サーバントが素早く反応し、喰らいついてくる。
充分に引きつけたところで、雷遁を発動。雷死蹴の一撃をウルフライダーに浴びせていく。
麻痺効果はつかなかったが、狙い通りの位置におびき寄せることには成功した。
狼少年がヤナギに攻撃しようと踏み込んだ刹那、ケイ・リヒャルト(
ja0004)がレゾネイトを発砲。銃に込めた腐敗の弾丸を放ち、『狼』へと撃ち込んだ。
アシッドショットを被弾した狼少年の頭上に、続いて彗星が降り注ぐ。
ルティス・バルト(
jb7567)の放ったコメットが炸裂したのだ。
流星群から逃れるように駆ける狼少年。その『少年』の体を、透明なワイヤーが絡め取る。
葛葉アキラ(
jb7705)が操る斬糸が『少年』の肌を切り裂いた。
四方からの集中攻撃がウルフライダーを襲う。いくらかは敏感に察知されて避けられつつも、確実に削っていく。
「まだ終わりじゃないんだぜ」
鳳凰を引き連れたマリア(
jb9408)が八卦石縛風を放ち、石化の砂塵が舞い上がる。
敵が狼の性質を持っているかは定かではないが、ボス格がいる可能性はもしかしたらあるかもしれない。
ならば、早めに頭らしき奴から叩き潰す。
狼少年を追撃せんと、ヤナギの疾風をも斬り裂く韋駄天斬りの風遁が放たれる。
●
録音した雄叫びを流すミハイルのもとに、『狼』の爪が襲いかかる。
猛撃を防壁陣で受けつつ、狙撃手はダークショットを発射。赤黒のオーラを全身から噴き上げながら、闇の一撃を叩き込んでいく。
ここに静矢と蒼姫、鳳夫妻が畳みかける。
絆・連想撃。
『天鳳刻翼緋晴』の名を持つ刀を振るい、二回攻撃を放つ静矢と、
蒼海布槍による二回攻撃を繰り出す蒼姫。
互いに絆の効果を受けながら、自身の想いを武器に込めた怒涛の連続攻撃を仕掛けていく。
と、順調に狼少年を追い詰めていく中。
日菜子の視線の隅に、新手の狼少年の姿が入り込んだ。
おそらくは雄叫びを聞いてやってきた増援だろう。
そのウルフライダーは、しかし。
先に研究員や救助班のほうに気づいたのか、そちらへと向かっていた。
「――っ、行かせるか!」
そちらには、日菜子にとって大切な人がいる。
恋人であり、相棒である女の子が。
「此方は任せたッ」
日菜子は狼少年を止めるべく、全力で救助班のもとへと駆け出した。
●
ケイが銃弾を飛ばし、狼の爪の軌道を逸らす。
回避射撃の支援を受けながら、ルティスが狼の口の剣をねじ込んだ。喉へと刃を突き刺し、奥まで貫く。
さらにヤナギが神社の壁面を走って狼の側面へと近づき土遁を放った。
側面攻撃を受けた『少年』がよろめく。
と、そこへ鳳凰を召喚したアキラが、マリアと共に石縛風を発射。
砂塵を撃ち込み、狼の身動きを封じることに成功。
専門知識で己の能力を強化したケイが、少年の頭に銃の狙いを定める。
「これで終わりね」
そして、ケイは引き金を絞った。
銃声が響く。
頭を射ち抜かれた狼少年が絶命し、どさりと地面に倒れこんだ。
●
「さて……他班の状況はどうでしょう」
黒子は合間を見て、携帯で他班と連絡を交わしていた。
【鬼鎮囮】は順調に狼少年を倒しているが、他班はどうなのか。
【大滝救】は先遣隊の全員を無事に救助することに成功したらしいが、鬼姫からの報告によると【大滝囮】は想定以上に狼少年が集まっており、厳しい状況にあるという。
「では予定どおり、囮二班で対処しよう」
静矢はそう言って、【大滝囮】と合流すべく動き出した――。
●
「ようし、お前等静かに行くぜー」
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)が潜行しつつ、研究員たちのもとへと駆けていく。
――何が始まるのやら。
黒夜(
jb0668)は無音で移動しながら、この聖瘴気に嫌な予感を抱いていた。
この異常事態は、きっと大きな事件の序章に過ぎないのだと。
そして、この局面でレミエルや無尽光研究委員会を失うわけにはいかないのだろう、と。
「天魔同士自分ちでやるならかまわんけど、人様のシマでやんちゃするんやったら、ボクらは誰であろうといてこますしかない」
味方に潜行を付加しつつ、蛇蝎神 黒龍(
jb3200)が悪魔への答えを……独白を連ねる。
「が、語り部として、いきる限りは戦より人が積み重ねた物を護りたい」
それが、悪魔への答え。黒龍の想い。
「――こっちですっ、ああよかった助かりました」
【鬼鎮救】が到着したとき、研究員たちは安堵の表情を浮かべた。
安心するのはまだ早い、とキュリアン・ジョイス(
jb9214)が忠告。
キュリアンはボルケーノを召喚し、周囲に警戒を張り巡らせた。
研究員たちは戦力外だ。しかもたくさんの研究資料を抱えている。【鬼鎮囮】が護衛を努めてくれるとはいえ、もしも戦闘に巻き込まれれば厳しいものがあるだろう。
できれば狼少年に気づかれることなく、この場を後にしたいところだった。
牙撃鉄鳴(
jb5667)は鋭敏な聴覚で周囲に注意を払いながら、資料運搬の作業に取りかかった。
【鬼鎮救】の撃退士たちは、重要な資料だけを運び出すため、選別を行うことを提案。さらに、その作業を皆で手伝うと申し出た。
「重要な場所を撮ってください」
そう言って、黒井 明斗(
jb0525)が研究員にカメラを渡す。放置するしかない資料は、可能な限り写真を残しておこう、と。
優先度の高い資料から自前で用意した段ボールに詰め込みつつ、明斗は研究員の状態を確認。幸いなことに、目立った外傷のあるものはいない。もっとも、多くの研究員が死亡した上にこの異常事態だ。神経のほうがだいぶ追い詰められているとしても不思議ではなかった。
資料集めにはキュリアンも協力していた。研究員に確認しながら、必要な資料の選別を行う。
「可能なら重要な物を選んで之に詰めろ」
戸蔵 悠市(
jb5251)が言って、持参した段ボールやビニールバッグを研究員に渡す。
自身も資料の分別を手伝いながら、ヒリュウと視覚共有して周囲の警戒にも力を注いでいた。
黒龍は、現地で見つけた旅行カバンに資料を移し替えていく。
「耐久性の凄さはTVとかでお墨付きやし軽いから」
黒夜と鉄鳴も、カメラによる資料の撮影に協力。早く作業を終わらせて、迅速に離脱できるようにと動く。
狼少年の襲来を察知したのは、まさにその最中のことだった。
●
――狼が来た。
それが嘘ならばよかったのに。
資料選びを切り上げて、救助班および研究員たちはその場から離脱を開始していく。
身動きの取らない状況で一方的に殴られるのは御免被りたいものだ。
鉄鳴はデータ化出来なかった分の資料を纏めて背負式鞄に入れ、そのまま持ち運んだ。
キュリアンは新たに召喚したウィスカジーアに警戒を任せ、自分は荷物を運ぶことに。
できるかぎりを回収したと判断し、明斗が研究員を護衛しつつ、神社から離脱していく。
飛行する鉄鳴が周囲を索敵し、他に敵がいないか確認してから前に進んでいく。
と、そこへ突撃してきたのは、少年の姿を生やした巨狼。
狼少年が研究員へと突撃する。
戸蔵が反応、ブレスで狼少年を迎え撃った。
バハムートテイマーの指示に従って、ヒリュウがブレス攻撃を放つ。
ブレスが狼少年に命中し、『少年』が救助班に視線を向けた。
研究員から救助班に狙いが逸れたのは僥倖か。
鉄鳴が足止めを図って上空から狙撃。狼少年の機動力を削ぐため、脚部に向かって銃弾を放っていく。
狼少年は素早く動き回って銃撃を凌ぐ。数発を被弾し、脚部から血霧が噴き上がった。
これ以上は近づけまいと、黒夜はクロスグラビティを発射して応戦。
十字の重力弾が、狼少年に落ちた。
重圧を押し付けられた狼少年に、キュリアンが後方から遠距離攻撃を放って援護する。
あくまでキュリアンの本目的は研究員の救助で、撃破は副目的程度だった。
その傍らではラファルが研究員に潜行を付加し、一時的に敵に攻撃されにくくなる状態に変化させる。
本格的な攻撃は極力避けたいところだが、やはりここは応戦したほうがいいか――と考えたその時だった。
狼少年を追ってきたヒナちゃん――日菜子が、ラファルの視界に入ってきたのは。
「歯を食い縛れクソッタレども」
日菜子が拳を握り締める。
そして放たれるのは、業火を纏った烈風突。
『狼』に打ち込まれた一撃は、脳を揺らす強打。それは凄まじい衝撃となって『少年』の意識をも刈り取っていった。
と、そこで既存の狼少年を片付けた【鬼鎮囮】班の面々とも合流。
その後、ミハイルが調達してきた車に資料を乗せ、撃退士たちは鬼鎮神社を後にしていき――。
●
黒子の放ったコメットが、狼少年たちの間に降り注ぐ。
襲いかかる狼少年をルティスがヴァルキリーナイフを投擲し、牽制。アキラがファウンテンハンマーを振り回して迎撃を放つ。
【鬼鎮囮】が加勢し、残ったウルフライダーは制圧されていった。
蒼姫がマジックスクリューを炸裂させ、朦朧状態になったところを静矢が追撃。
瞬翔閃にて斬り裂かれた狼少年が薙ぎ払われていく。
敵は【大滝囮】との交戦で消耗していたため、最終的には殲滅することにも成功した。
先遣隊や囮班に重体者は発生しているが、聖瘴気が充満した異常領域内に味方を取り残すということはなく。
窮地に陥っていた研究員および先遣隊の撤退に協力し、彼らを無事に全員救助するという目的は達成した。
現地に残っていた資料のうち、重要なものは回収され。
何より、研究員そのものが無事なことから、以降の研究の致命的な遅延などは発生せずに済むと見られている。
こうして【内円】での戦いは、概ね成功のうちに幕を閉じたのだった。