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【至天の尖兵はかく嗤いて・外戦】 担当マスター:久保カズヤ


 作戦開始は午前八時半。
 現地に着いた撃退士達は各々の使命を胸に抱き、約束の時刻を待った。

───時間だ。

 今回の作戦の『指揮』より、エネルギーの爆心地から5km〜8km内の撃退士達全員に作戦開始の合図を告げる連絡が入った。
 空を黒く覆い、不快な羽音を町一帯に響き渡らせるのは、全長1mを優に超す翼の生えた蟻の集団。
 避難経路である国道を囲むようにそびえる山々からは、翼をたたんだ同じ型の蟻が歩いて降りてきている。既に民家などにもその被害は広く及んでいた。

 作戦が開始され、撃退士達の耳には索敵班による情報が続々と集まってくる。
 一般市民の避難状況。現在確認できるおおよその敵総数やその分布。被害状況、通行を封鎖すべき個所、敵の情報。
 それらの情報を受け、この状況を打開する術を持つ撃退士達の動きは更にまとまったものになって行く。

 しかし、撃退士と言えど一個人である。
 町を呑み、人から人へ伝染するうねりの様な混乱や恐怖の全てを取り除くことが出来やしないことは明白。
 だからこそ彼らはその身を削り戦う。自分達の生きる意思や勇気が、人々の混乱や恐怖に打ち勝ち、そして大きなうねりになって伝染してくれる事を信じて。



 身の毛のよだつ様な翼の羽ばたく音が宙から地まで響いて、耳だけでなく足元からその震えが伝わる。そしてそのさざめきに乗せて、サーバントである蟻達のギィギィといった甲高い鳴き声が混ざっている。
 その蟻達のことを一括して撃退士は「毒虫」と呼んだ。
 非常に粘度の高い粘液を噴射し、「敵」と見なしたものを攻撃してくるのが特徴で、その粘液は毒性も含む為迂闊に近づくことが出来ない。

『今ですっ、射程内に入りましたっ!!』
「了解したゼ」
「スレイプニル!」
 後方の高所から状況を把握する紅香 忍(jb7811)の指示が、通信で狗月 暁良(ja8545)と詠代 涼介(jb5343)の耳に入り、二人は攻撃に転じた。
 詠代の召喚した召喚獣スレイプニルは、押し寄せる空中の毒虫達へ向かい大きく「威嚇」の雄叫びを上げる。
 その威嚇に反応した毒虫集団は怒りを露わにギィギィとけたたましく喚き、スレイプニルを食いちぎらんと迫った。
「よしッ!!」
 その瞬間スレイプニルは大きく身を翻し、その場所へまんまと大口を開け迫る毒虫の額を狗月の放った弾丸が貫く。
 しかしそれでも敵の数は多く、未だスレイプニルへと大顎を向ける毒虫は数多い。
「薙ぎ払えっ」
 詠代の指示を受けたスレイプニルは毒虫らを越え、勢いをつけた尾で毒虫の翼を薙ぎ払う。
 翼を派手に破かれた数体の毒虫は苦し紛れに、上空のスレイプニルへ届くはずの無い粘液を噴出しながら力無く地へと落ちていった。そしてもちろんその隙は逃さない、狗月の放つ銃弾は確実に急所である毒虫の額を貫いていく。

 粘液は草木をグズグズに溶かし、粘度が高いせいで土に染み込めずその場に残留していた。
 詠代と狗月が対峙するのは地を歩く毒虫三体、そして宙を飛ぶ毒虫五体。後から後から押し寄せて来るであろうことを考えれば、ここで早めに殲滅を行いたい所。
「今ので完全に警戒されたな」
 噛み殺すでは無く、毒虫は遠くから粘液を二人やスレイプニルに向け吐き出す。
 狗月の銃弾は額に当たらず、固い甲殻に弾かれるばかり。この数的優位を作られた環境でスレイプニルを向かわせるわけにもいかず、詠代は召喚を解除した。
 そしてその瞬間
「ど、どういうことッ!?」
「くそ……」
 いきなり地上の三体が急に粘液放射を止めて、その巨体を突撃させに来る。
 慌てて狗月は銃から鉤爪へ武器を持ち替え複数の光の斬撃を繰り出し、詠代は地上戦に適したティアマットを召喚した。毒虫は狗月の時雨で怯み、そこにティアマットが飛び込んで毒虫の三体を順に突き飛ばす。

 しかしその間に、空中を飛ぶ毒虫三体が二人の高く真上を通り越し、今まさに避難民の通行車ラッシュが始まろうかしている国道へと向かっていた。
『忍、抜けられタ!』
「大丈夫です、お任せ下さい」
 人工樹の頂で双眼鏡を目から外し、向かってくる三体を直に見据える紅香。そしてその傍らには、丁度ここら辺の国道や避難経路に残留する粘液にゴミ袋などを被せてきたゼロ=シュバイツァー(jb7501)が、翼をはためかせて浮かんでいる。
「せっかくゴミ袋を敷いてきたし、また汚されるのはたまらんからなぁ」
「ふふっ、ご協力感謝します」
 きっと紅香とゼロを敵と判断したのだろう、毒虫はわずかに進路を変え二人に向かって粘液を放出しながら距離を縮めた。避難経路上では無いにしても、粘液で地面を汚されたことでゼロの表情がわずかに曇る。
 粘液放出が途切れた隙を見逃さず、紅香は一足飛びに毒虫のうちの一体に向かい、まるで電気でも帯びている様な足でその蟻の巨体を蹴り飛ばした。
「これでトドメやな」
 蹴り飛ばされた毒虫の体がもう二体の毒虫にぶつかると、電気はたちまちに伝染し、毒虫は麻痺を起こす。
 そして、大鎌を構え飛行するゼロが三体の毒虫の命を一瞬にして刈り取った。
「さて、この調子や」
「ありがとうございます」
 紅香の落下する体を受け止めるゼロ。空中で辺りを確認しながら、紅香は『指揮』の方へ連絡を入れる。

「避難民の車の集団が今、国道を通ります。このまま護衛班と、移動しながら避難経路の防衛を行います」



 広範囲で敵の姿が確認され始め、撃退士達はだんだんと数的に不利な状況に陥ってきていた。
 中心的な避難経路となっている国道104号。
 その国道沿い、移動手段が乗り物では無く徒歩である一般人の集団が避難をしている。サーバントに抵抗する術を持たない一般人、無防備な彼らに同行するのが護衛班の撃退士達だ。

 現在国道沿いの後方、ゴミ袋の敷かれた地面を歩きながら、数十名に上る避難民の警護を行うのは九鬼 龍磨(jb8028)、桐生 凪(ja3398)、Robin redbreast(jb2203)の三名。東の駅へ向かう避難民の数は段々と増えており、ここで敵が押し寄せてこようものならと考えると、正直手数不足な現状に歯噛みせざるを得ない。
『九鬼さん、一般人の行進を止めてもらえませんか?』
「どうしたんですか、桐生さん」
『恐らく前線の索敵班の防衛線を抜けてきたのかどうかは分かりませんが、傷ついた毒虫が進路上で丸まっているんです』
 先行する桐生から連絡を受けた九鬼とRobinは、避難民の行進を一旦止める。
 ざわざわと人々の間には不安が広がりつつあるが、こればかりはどうしようもない。今まさに自分達が命の危険に晒されているという時に冷静に出来るほど、人間というのは強い生き物では無いのだ。
 再び九鬼は通信に出た。
「どうにか排除は出来ませんかね?」
『確かこの敵は丸まっていると体表が硬くなるんですよね………幸い傷ついてはいるので、何とか私の方で排除してみます』
 そう言うと九鬼の耳には、桐生の放っているであろう銃声の音が連続して聞こえてきた。

「大丈夫ですか?」
「どうもすみません」
「おねーちゃ、ありがとっ!」
「ふふっ、よく我慢できたね」
 逃げてくる途中、僅かに腕に粘液を引っかけてしまったらしい女の子の赤ん坊が小さな手を挙手して、応急手当てをしてくれたRobinに対して元気にお礼を述べる。我が子を抱えここまで来るのが大変だったのだろう、若い母親の表情には確かに心労の色が見えた。
 するとその時、殿で集団の後方を歩くRobinの耳には、先頭で誘導を行っている九鬼からの連絡が入った。どうやら進路の邪魔をしていた毒虫の排除が完了したらしい。
「もう大丈夫な様です、では行きましょうか」
「はい」
「ねーちゃ、ねーちゃっ」
 Robinの腕をパタパタと触る女の子。彼女の目はこちらを向いておらず、後方へ目を向けていた。
 ゾクリと、背筋に冷たい電流が走る。
 曇り空のせいで影の確認がしにくかったのか、人々の会話の声で辺りの音を感じきれていなかったのか。
 集団の後ろ、遠くではあるが確かに二体の毒虫がこちらに飛んできていた。
「九鬼さんっ、二体の敵です。皆さんを任せますっ、出来れば桐生さんもこちらへ!」
 連絡を入れながら、Robinは敵の方へ即座に走り出した。

 Robinが後方から離れ、鬼気迫る表情で桐生も後方へと走り向かう。
 そんな撃退士の慌ただしい様子は、確実に人々の間に恐怖と混乱を広がらせた。ここで最も恐れなくてはならないことは、集団が我先にと逃げ出すような事態だ。
 そうなれば国道の交通は滞りかねないし、粘液を覆うシートも剥がれるかもしれない。そしてはぐれてしまった人々は毒虫の格好の餌食になるだろう。
「何でずっと止まったままなんだ!」
「皆さん落ち着いて下さいっ、ここでまとまりを無くすと被害が広がってしまうかもしれない!」
 九鬼のもとに、集団の二割ほどではあるが、恐怖というよりも怒りを露わにした人々が押し寄せる。
 早く情報が欲しかった。戦闘中なのであろう二人からの連絡を待つ九鬼。とてもではないが一人でこの人数を先導するのは難しい状況だ。
「ふざけんなっ、俺は先に行かせてもらうぜ!!」
 癇癪を起こし顔が真っ赤な老人はそんな九鬼の制止を振り切り、集団を抜け先に行こうとした。
 そこで九鬼の手が老人の腕を掴む。強く握られており、老人は増々怒りを露わに振り向くが、そこには強かな意思の籠った九鬼の表情があった。

「大丈夫、僕達に任せて下さいっ。この身に代えても必ず皆さんを安全な場所へお連れします」

 その意思に押し負け、老人は集団の中へと戻って行く。そして時を同じくして、九鬼の耳に桐生からの連絡が入った。
『もう敵は排除しましたよ、今からそちらに戻ります!』
 九鬼はほっと胸を撫で下ろし、人々にその旨を伝えた。 



 一般の避難民の全てが国道やその道沿いから避難できるとは限らない。

 毒虫の粘液被害の酷い区域や、崩壊した建物が道を塞いでいる場合など、そう言った要因が重なると国道へ避難できない一般人などが出て来る。
 現在、索敵を行っていた華桜りりか(jb6883)がその様な逃げることの出来なくなった一般人の集団を発見し、護衛班である神喰 朔桜(ja2099)、袋井 雅人(jb1469)、浪風 悠人(ja3452)の三名が直ちに現場へと駆けつけた。
 国道から離れたとある飲食店で、そこの従業員、そして朝食などを食べに訪れていたサラリーマンを中心とした客、全員で十人弱といった一般人が息をひそめて店に隠れていたのだ。
「皆さん、ここは危険です。慌てず、急いで移動しましょう!」
 浪風はそう言って先行して辺りを探る。幸い一般人の中には老人や子供などもおらず、多少急いだ行動をすることが出来た。
 真っ先に先行するのは浪風。そして華桜が集団を誘導し、後方で神喰と袋井が辺りを警戒しながら進む。
 目を凝らさずとも辺りには毒虫の姿が確認できる、この場所はそれほどに危険な場所になっていた。

「んぅ……浪風さん、もう、戦うしか無いようです」
「くっそ、袋井さん、神喰さん!準備は良いですか!?」
「任せて、僕は大丈夫だよっ!」
「私も頑張るよ!」
 やはり、この人数に感づかない敵ではない。地を歩く毒虫と空を飛ぶ毒虫が二体ずつ、人間の集団を四方から囲む様ににじり寄って来ていた。
 しかし逆に、ここさえ乗り越えれば現在辺りから確認できる敵はおらず、より安全にここを切り抜けることが出来る。
 撃退士達は一般人達にここで動かないよう告げ、一人一殺の意気で敵の方へと駆け出した。

 華桜は地を闊歩しながら粘液を吐く毒虫の正面から立ち向かう。彼女の持つ日本人形から輝かしい光の球が出現し、連続で発射されたその球は粘液を相殺し、毒虫の顔を爆散させた。

 浪風は飛行する毒虫が吐き出す粘液を一般人達に向かせない様遠回りしながら立ち回り、業を煮やし大顎を広げ直進してくる毒虫の攻撃を防御陣で受け、確実な間合いで大剣を振るいその頭と胴を断ち斬る。

 袋井は建物や瓦礫の影から影へ移動しながら、地を歩く毒虫の下腹部へ入り込み、これでもかという程の銃弾をその頭に浴びせた。

 神喰は空中で素早く動き回りながら、一般人の方へ向かおうとする毒虫のその動きに瞬間移動でピタリとついて行き、躱されない様に広範囲の業火で毒虫を焼き払う。

 もう一度辺りを見渡した浪風は「今のうちに」と呟き、一般人達に目を向ける。
 何かがおかしい。人々は騒めき、急いで駆けて行く華桜の額には汗が滲んでいた。
「大丈夫、ですか?」
 華桜が心配の目を向ける一般のサラリーマン男性の足には粘液が浴びせられていた。きっとあの戦闘中、事故的に浴びてしまったのだろう。
 本当は痛くて痛くてたまらないはずなのに、その男性は笑顔を浮かべる。
「大丈夫ですよ……自分には、妻と生まれたばかりの娘もいる。こんなとこで蟻の餌になって堪るかって話です」
「……その意気です、今すぐに治療しますから、気をしっかり持って下さい」
 華桜の手から光を帯びた桜の花びらが傷口に落ち、その負傷した足を癒していく。
 確かに、撃退士達の行動は人々の心へ「勇気」として芽生えていたのだ。


 あと少し。あと少しだから。
 単独で動く天風 静流(ja0373)は自らの心内で何度もそう呟く。
 彼女は一人で方々を駆け回り、逃げ遅れた人々が居た場合に仲間への連絡を行っていた。
 そんな行動中のことである。
 逃げ遅れたのであろう、無残にも粘液をまともに受け絶命してしまっている老婆のドロドロになった死骸が民家の裏路地に横たわっていた。そんなとき不意に、赤ん坊の泣く声が聞こえた。天風は老婆の死骸に近づくと、そのすぐ近くにあった大型ごみ箱の中から声が聞こえていたのだ。
 本当に一歳にも満たない様な赤ん坊、このお婆さんの孫であったのだろう。きっと毒虫に襲われる寸前にお婆さんは隠したのだ、自分では逃げきれないことを悟って。
 わんわん泣いている赤ん坊を抱き、天風は走る。
 この両手が塞がっている状態ではまともに武器を振るうことは出来ない。仲間の応援を呼ぼうにも、どこも今は手一杯の状態、そしてここの区域に応援が駆けつけるのは時間がかかる。
 とりあえず国道まで出ればもう大丈夫。「あと少し、あと少しだから」と赤ん坊に、そして自分に言い聞かせる。

「………っ、そんなっ」
 数分前、自分がここを通った頃は敵は居なかったはずなのに、今、天風の前には三体の毒虫が飛び交っていた。
 逃げるしかない。天風は一本道路の脇にある崩れかけた民家の上に飛び乗り、別のルートへと向かう為に駆ける。
 しかし、ふと足が動かなくなった。後方から追いかけてきていた毒虫の粘液が偶然にも天風の足の着地点へとかかっていたのだ。
 背後から迫る翼の音、天風は泣きわめく赤ん坊を胸にしっかりと抱いた。

 だが、いつになっても敵の攻撃は来なかった。翼の音も聞こえない。
「あなたは……」
「勘違いしないでね、俺はただ敵を屠りたいだけなんだ」
 曲刀についた毒虫の体液を掃い、天風の後ろに立っていたのは鈴木悠司(ja0226)だ。
 赤ん坊にまるで興味が無い様に鈴木は遠くを見つめ、「毒虫の動きが変わった」と呟き、颯爽とその場を後にして駆けて行く。
 きっと彼には彼の使命があるのだろう。
 天風は靴の隙間から粘液が入り込む手前で、落ち着いて足を粘液から抜き、鈴木の向かった方では無い方向へ駆け出した。



「結構マズいことになっているな、後どれだけの撃退士を呼び出せる?」
「『指揮』の方に連絡を入れたから、手の空いた撃退士から順々にここへ来るようになるはずだよ。そしてもうすぐで頼もしい援軍も来るから安心して!」
 ジョン・ドゥ(jb9083)の問いに答えるのは青空・アルベール(ja0732)だ。
 二人は索敵をしている最中、毒虫達の動きに変化が起きたことに気づいた。今までただ国道を移動する一般人に引き寄せられるように個々で動いていた毒虫だったのだが、国道へ向かわない毒虫が増えてきていることに気づいたのだ。
 一体どこへ向かっているのか。それを調べて、確信に近い仮説が浮かび上がって来る。今最も一般人が多くいる場所、それは最終目的地である「駅」だ、そこに人が集まっている。恐らくそれを嗅ぎ付けたのか、毒虫は大規模すぎる数にまで膨れ上がり、その駅を目指していた。
 その進路上であるゴルフ場の上で、ジョンと青空は応援が駆けつけるのを待った。
 ちなみに、セレス・ダリエ(ja0189)、ロベル・ラシュルー(ja4646)、そして敵の動きに感づいて駆けつけた鈴木の三名が守るゴルフ場の麓の駐車場は、今回被害に遭った人たちの遺体が集まっている。これを奪われたら敵の数が増えることにもつながってしまう。
 だからこそ、この場所を死守する必要があった。

「アル君、我が君が到着されたよ」
「ここか、敵の多く集うという地は。ははっ、蹂躙をもって愚民共に安全を敷いてやるとしよう」
「俺は、俺達の主であるあんたが楽しむのを見に来ただけだ」
 青空の待っていた援軍、それはギィネシアヌ(ja5565)、ラドゥ・V・アチェスタ(ja4504)、〆垣 侘助(ja4323)の三名だった。
 草木や空を黒く覆う程押し寄せて来る毒虫の数を見て、ラドゥはまるで子供の様に目を輝かせた。そんな彼らの様子を傍から見ていたジョンはにこやかな表情で一つ溜め息を吐く。
「いいか?あんたら。ここは一般人達を守るための最終防衛ラインだと思ってくれ、俺が今から結界を張る、その中だったら防御力が上がるから好きに暴れてもらって構わない。とにかく、一匹もここから通しちゃいけないからな、よろしく頼む!」
「いらぬ忠告だな。とにかく殲滅すれば良いのだろう?はははっ、貴様ら、我輩の背中は任せたぞ!!」
 この場で誰一人として圧倒的な物量差に臆する人間が居ない。ジョンはその事実を頼もしく思い、戦地を知らせる為の狼煙を上げ、結界をゴルフ場に全体に展開した。


 ジョンの結界「七耀城塞」が展開されて間もないうちに、敵の大群は訪れる。
 その敵の大部分は駐車場の上方に位置するゴルフ場で戦闘を行っていたが、勿論傷ついた毒虫などが逃げる様に駐車場へと押し寄せる。
「おい鈴木っ、離れすぎだ早くこっちに戻れ!」
「俺は最初に言ったよね?別に遺体とか避難民なんか関係ない、俺はただこいつらを殺せればそれでいい」
 ロベルの制止を介せず、鈴木はグングンと遺体から離れて手あたり次第毒虫を屠っていた。跳躍し、頭を切り裂き、時雨を放ち、また切り裂く。本当に殺すことしか考えていないその動きに、味方であるはずのロベルとセレスは微かに恐怖し、同時に頼もしいとも感じた。
「鈴木さんのおかげで、敵が明らかに減っているのもまた事実です……私達は、私達のことを」
「納得いかないけど、了解した」
 セレスはアウルを纏った拳を宙で飛び交う毒虫達に突き出す。その瞬間拳から直線上にアウルが突き抜け、毒虫達の体を抉り地に落とした。
 地に落ち、弱っている毒虫達から順にロベルはショットガンでトドメを刺していく。遺体に近づいてくる毒虫が居れば、すぐさま武器を剣に持ち替えてその額に振り下ろした。
 結界のおかげで毒虫の攻撃に安心して対応できる。その余裕が彼らの体を更に軽やかな動きにしていった。
「応援も駆けつけているようです……このまま踏ん張りましょう」


「落とすぞ、ラドゥ」
「後ろは任せて我が君」
「良い動きだ貴様達! 我輩も負けてはおれぬっ!!」
 〆垣の持つ巨大な鋏から斬撃が飛び、毒虫達の羽を切り裂いていく。さらに、ラドゥの背後に立つギィネシアヌの足元からは赤く薄い円が現れて、彼女の合図とともに毒虫や粘液の全てを、円から現れた赤き蛇が喰らい尽くしていった。
 そして地上に落ちながらも襲い掛かってくる毒虫の方へラドゥは少しも臆することなく、むしろ嬉々とした表情で発勁を繰り出し、その固い甲殻をものともせず内側から砕いてみせる。
「アル君、君も我が君の前で披露してみな!」
「よーしっ、だったら派手にいくよ!」
 毒虫の死骸を足蹴に青空は敵の密集地まで高く飛び上がる。空中戦を行っていたジョンはそんな青空を見て、慌てて制止の声を上げる。
 しかし、その声はすぐにド派手な銃声に掻き消された。

 青空を中心に毒虫達は弾け飛んだのだ。ジョンはその光景を見終わってやっと何が起こったのかを理解した、青空はあの群れの中で全方位に銃弾をこれでもかとぶち込んで、一瞬にして毒虫達に傷を負わせて地に落としたのだ。
「ぬんっ!」
 ジョンは自分の体よりもはるかに長く大きい斧槍を横に凪いで、毒虫を近寄らせないようにする。
 この働きならばイケるかもしれない。ジョンは再び敵の群れに目を向けた。
「………あー、クッソまじか」
 既に全員の疲労の色は濃い。確かに敵は倒している、だが、敵の数がまだまだ多いのだ。粘液のせいで足場も不安定になってきていた。
 ジョンは己を奮い立たせんと、大きく声を上げる。
「もう少しで残りの撃退士達もここに集合するが、絶対にその前に片付けてやるよ!!」
「良くいったぞ貴様!ならば我輩達もいくぞっ、後続に美味しいところを持って行かれてはならないからな!!」
 撃退士達は粘液のせいでただれかけている全身の肌のことなど意に介さず、毒虫達の群れへと攻め込み蹂躙を開始した。

 未だ空は曇り空のまま。風の全く吹かない不気味な日である。
 そして、今作戦に参加した撃退士達がここに集結するのは、もう間もなくだ。



 一般人の避難は無事完了した。敵をある程度殲滅できたのならば、撃退士達は帰投せよ。
 撃退士達にその旨の連絡が入り、毒虫の脅威を全てではないにしろほぼ抑えられたという事で彼ら彼女らは帰投を開始した。
 一体、作戦開始時刻からどれほどの時間が経っただろうか、太陽が顔を出さない天候時は体内時計が上手く動いてはくれないものだ。

 今作戦は無事に成功した。

 もちろん撃退士は神などでは無く、ただの一個人。全ての人々を救うことはならなかった。町の惨状も酷い有様である。
 しかし、その悲しみを乗り越えるには十分すぎる人々の命を救ったのもまた事実。

 この日のこの出来事は何かの前触れなのか、それとも


 曇り空からほんの一筋の光が漏れ出した。









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