●それぞれの道
久遠ヶ原学園は、活気にあふれていた。
年に一度の大きな試験を終え、開放感に包まれた学園生たち。
それぞれがさまざまに、残された少しの"夏"を満喫していた。
思い思いの場所へと足を向け、平和に青春を謳歌できる今を、噛み締めている。
――遡ること6年。2011年8月31日。
その日、久遠ヶ原学園の門をたたいた学生たちの表情は、必ずしも希望に満ちたものだけではなかった。
"私達の世界は今、まさに「異世界」からの侵攻を受けている"
世界を蝕む危機。先の見えない不安。
天魔による侵攻の余波により、やむを得ぬ事情を抱え学園にやってきた者たちも多く、世界は今以上の混沌に満ちていた。
新たな希望たる撃退士たちもまた、その多くが、どこか拭いきれない不安と、これからの戦いへの複雑な想いを抱えていただろう。
新たな生活への期待がなかったわけではない。
久遠ヶ原の自由な校風は、戦いの日々に身を投じた学園生たちにとって、少なからず希望の光であったはずだ。
それでなければ。
学園祭。修学旅行。球技大会。真夏の運動会に、超人スポーツ大会。
そういったものに全力で取り組む学園生の姿を見ることは、きっとできなかっただろう。
「あぁ、そうですね。こんなこともありました。本当に懐かしいです」
「まぁ…楽しかったよ。あぁ…思いの外…存分に楽しんだともさ」
遊園地にも行ったし、バレンタインやホワイトデーも賑わいを見せた。宝探しに興じたこともあったか。
「全て思い出になって、実に愛おしい時間だったと知らされるよ」
「短い間やったけど…それなりに楽しめたわね♪」
そのすべてが、懐かしく、愛おしい。
確かにあった幸せで、楽しくて、きらめいていた日々だった。
想い出は学園に置いていくのもいい。
胸の中に大切にしまっておくのもいい。
「大学生活8年、長かったですね〜」
「大学10年になる前に卒業できるんだな…(しみじみ)」
(もっと いても いいのよ)
……などという、お約束の冗談はおいておいて。
人によっては、既に将来の道を決めているものもいるだろう。
就職が内定している者。地元に帰る者。結婚する者。
「ありがとう久遠ヶ原、私は心置きなく我が家の伝統を継げる……」
「出て行く必要も確かに無いが…出て行く予定が出来たから、な」
「私は……立派な花嫁に、なるのだわッ!」
その一方で、卒業だけを見据え、その先の見通しが未だ不明瞭な者もいるが――
「留年も飽きたので、そろそろ本気出して卒業する(真顔」
「卒業とか実装されねーと思ってたから就活しなかったのにぃ!!」
「や、やっと卒業できるの、ね…新卒扱いして貰えるかしら…」
「今の2倍……いや4倍は稼げる就職先をですねぇ……(ぶつぶつ」
大丈夫だ、問題ない。
"あの"久遠ヶ原でうまくやっていけたのなら、きっとどんな場所に行ったって通用する。
……まあ、仕事は選べないかもしれないが。
そして。
学園に残る者にも選択はあった。
「卒業も考えたけど…学園の行く先が気に掛かる」
「今までは兵として。ここからは学生としての本分ですね」
学生としてもう少し学ぶ者はもちろん、教師として、職員として、あるいは学園島を支える商店街の一員として。
「まだ俺には、この学園でやりたいことが…やるべきことが残ってる」
「神の力にもクソ親父の力にも頼らない。未来は自分の手で掴むんだ」
「そう、焦らずに必要な事を重ねていく。俺達は、それで良いよな」
みな、それぞれに決意を固めるのだ。
「――そういや久遠ヶ原って大学院あったか?」
Yes! もちろん、ある!
どうせ久遠ヶ原に残るなら、普通の大学でもできる研究をしたってつまらない。
やろうと思えば、きっと撃退士の戦闘技術を理論立てて研究したりもできるはずだ。∨兵器を研究したって、きっといい。
「後輩育成のため、もうちょい学園に残るとするか」
「わたくしには学園以外に帰るところはありませんの」
「いけるところまで全力で。これが僕の戦いだ……!」
「もう暫し、この学園に留まらせて貰うとしようぞ」
久遠ヶ原学園の校風は自由を重んじ、学園生徒の自活と創造性を豊かに保つ教育方針を掲げている。
入学から卒業までの学園生活で、心身共に豊かな実りある経験を――
キミは、積めただろうか?
●楽園のポストリュード
「モラトリアムもそろそろ終わり、だな」
「今まで本当にお世話になりましたっ!」
「うぇーい・・・?うぇ〜い!!」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
結果の張り出された掲示板の前で、学生たちは感情豊かに語り合っていた。
むろん、これもまた悲喜交交ではあるが――
その性質は、明らかに。6年前この地に多くの学生がやって来た、あの時のそれとは異なっている。
永きに渡る戦いはひとまずの終焉を迎えた。
多くの努力が報われた。
世界には、光が差している。小さな兆しなどではない。大きく暖かな光だ。
「世界は変わる。残り僅かな人生、悔いなく生きていきたい、の」
残された課題も多い。
学園を離れる者達の人生は、それでも続いていく。世界だって、続いていくのだ。
それでも、学園は変わらずに。――否、変わりながら、変わらずにあり続けていくのだろう。
「この得た平和を少しでも長く確かに繋ぐ為に…」
「ベリンガム…僕らは違う方法で世界の歪みを正して見せる。必ずだ」
「まだ今は夢への過程、ここでつまずく訳には行かないからな」
ここは、確かに――そう、たしかに、誰かにとっての楽園だった。
今までも、これからも。
"僕らの楽園"は、楽園でありつづける。
キミが。
キミたちが。
楽園の存在を、望むかぎり。