●ふたつの学園
久遠ヶ原学園と友好関係にある私立御斎学園(しりつおとぎがくえん)。
良家の子女が通う超名門進学校である。
しかし、それは世を忍ぶ仮の姿。その実態は世界中から集められた異能の血を引く少年少女たちが、「力」の使い方を学ぶための厳しい修行と青春の日々を送る忍者養成機関なのだ。
久遠ヶ原学園、特に鬼道忍軍とは幾つかの奇妙な因縁がある。
●奇妙な忍務
うっすらとした細い黒雲が空に浮かんでいる。
それはまるで、女の細い黒髪を流したようだった。
怪しげな雲が久遠ヶ原の校舎を絡めとった頃、とある教室に生徒たちは集められた。
奇妙なことに、部屋の中は薄暗かった。
普段ならばこうした依頼にはオペレーターが対応するところだ。しかし、今回に限っては漆黒のカーテンが陽を遮っている。
まるで映画館の中にいるようだった。
やがて、闇の中から男の声が生徒たちにかけられる。
「暗闇の中、失礼つかまつる。これは秘密裏の忍務ゆえに」
闇の中の人物は、撃退者たちの顔を舐め回すように見ていた。
姿や目は見えないが、雰囲気でそれは感じ取られる。
「今年も無事裏留学の季節がやってきた。忍びたちの学舎、私立御斎学園との交流制度だ」
と、人物は続けた。
生徒たちには有無も言わせず、話はすでに始まっているようである。
「数日前、裏留学によって、何人かの忍びが久遠ヶ原に潜入した」
その人物によれば、裏留学とは、二つの学園の忍びたち──鬼道忍軍と御斎忍者──の間で行われる、一種の腕試しだということである。
どちらかの学園の忍びたちが、相手の学園に潜入し、そこに隠されたお宝を盗み出す。反対に、潜入された側は、お宝を守りきることが使命となる。
裏留学の終了時点で、お宝を持っていた側の忍びが勝者となる。こうした腕試しを繰り返し、二つの学園の忍びたちは、その技を磨いてきたと言う。
「刺客たちは、鬼道忍軍の秘宝『鬼首』を手に入れた。御斎忍者が一歩リードというわけだ」
部屋の壁に、突如光が照らされる。
そこには、『鬼首』の資料が壁に映し出されていた。
資料によれば、『鬼首』とは、かつて現れた強大な鬼の髑髏で作られた杯であり、その杯で宴会をすると「鬼」の力を得ることができると噂されている。
「留学期間は、あと一日。こうなれば、ことは鬼道忍軍だけの問題ではない。学園の名誉を守るため、忍軍以外の生徒たちにも、ぜひ協力を仰ぎたい、というわけだ」
生徒たちの間に、ちょっとしたざわめきが起こる。
「これから一つのビデオを見せる。恐らくは、この中に出てくる六人の中に、『鬼首』を奪った者がいる」
●六人の留学生
謎の声に続けて壁に映し出された動画は、学園の監視カメラが見たものを納めていた。
そしてここから紹介する動画は、すべて『鬼首』が奪われた当日のものだと言う。
まず、私立御齋学園には多くの忍者が在籍し、変装の術も得意という情報がテロップとして流れる。
なるほど、見知った顔でもひょっとすると……。と、考えさせられたところで映像が始まる。
最初の映像には、筋肉教師 遠野冴草(jz0030)が映ってた。
冴草の様子はおかしく、肩から血を流している。
苦悶の表情を浮かべ、学園内をフラフラと歩いているのである。
「……っ。俺も焼きが回ったな。こんなところで傷を負っちまうとは……」
冴草は学園の生徒に見つかれば慌てて走り去っていく。
そして、落ち着いたところで懐から丸薬を一つ取り出す。
「だが、これがあれば──」
それを飲み干すと、彼の身体から傷は消えていった。
「まだ戦えるが、さて……」
冷静に周囲を見渡してから、冴草は素早く逃げ出す。
一体何を慌てていたのだろう。
次に現れたのは、白い制服に身を包んだメガネをかけた青年だ。
立派な刀剣を携えているその男は、職員室奥にある秘密の部屋で秘宝『鬼首』を守っていた。
「ふむ……異常ないな」
青年はメガネを指で押し上げて、無事なことを確認する。
彼の名前は早乙女剣という。
私立御齋学園には同じ名前の生徒会長がいるが、彼が本人かどうかは分からない。
その日、剣が一人で警備をしていたところに、それは起こった。
「消えた……!?」
剣の見ている側で、『鬼首』は忽然と姿を消してしまったのである。まるで空間から消えてしまったようにーー。
「なぜ、こんなことが! 僕が見ている前で!」
慌てた剣は、職員を呼びながら犯人を捜しに飛び出した。
秘密部屋には埃一つ落ちていない。一体何が起こったというのだろう。
その次の映像は、奇妙なものだった。
体育倉庫の一室で、うずくまって何かをしている女性の姿を映したものだからだ。
女性の身体は小さく、少女のようにも見えるが……。
よく見れば、久遠ヶ原学園の教師の祭りに呼ばれ即参上☆ アリス・ペンデルトン(jz0035)ではないか。
「もしゃ、もしゃ。もしゃ、もしゃ……」
アリスは隠れながら、何かこそこそと食べている。
食べているものはお菓子だろうか? お菓子箱が見えている。
「うむ、うまいのう。隠れて食べるお菓子は最高じゃ……」
と、言ったところで突然映像が途切れてしまう。
映像が回復した頃には、アリスの姿はなかった。
不思議なことに、その日にアリスの姿を見た者はいないという。
教師であるにも関わらず、授業を行っていないというのだ。
それから映ったのは、一人の女子生徒だった。
一見十七、十八歳に見えるこの少女は、赤く濡れ光る唇から微笑みをこぼしている。
気まぐれな猫のように彼女は笑うと、突如背後に大きな水蒸気爆発が起こった。
「………フフフ。これしきのこと、わたくしには雑作もありませんわ」
水蒸気爆発が収まると、多数の生徒達が倒れている。これが、彼女の忍法だ。
彼女は女忍者、名は九重ルツボ。
なぜ追われているのかと言えば、久遠ヶ原学園の生徒に対して『友達になる術』を使ったのがバレたからだ。
友達になって何か悪巧みをしていたようだが、事前に分かった為こうして追っ手を差し向けられている。
「とはいえ、長居はできませんわね。では、御機嫌よう」
ルツボは監視カメラに向かってウインクする。
そのウインクが収まった後、カメラは爆砕した。
当然、映像は止まる。
犯行現場を検証したところ、何らかの力が使われていた。
人材豊富な久遠ヶ原学園といえども、盗難に適した力を持つ者は少なくない。
「はぁ。つまり、その件については現在調査中ですか?」
新聞同好会会長 中山寧々美(jz0020)は、その件について取材していた。
聞いている限りでは、雲をも掴むような話だ。学園中に容疑者がいる。
「同じ撃退士として許せませんね! まったく!」
好き嫌いの話ではないが、寧々美は事件の犯人を好ましく思っていないようだ。
「行きますけど、何かあったら連絡して下さい。帰って洗濯しなきゃ!」
会って間もないが、それだけ言うと寧々美は去っていってしまう。
屋上である。そこでは、美青年が風を浴びながら髪をなびかせていた。
「……やはりな」
美青年はただこう呟くだけで、何のアクションをするわけでもない。
それでも、風貌からはただ者ではないというのが見て取れる。一体何者なのだろう。
彼が風に当たっていると、鳥が飛んで来た。美しく優雅な鳥だ。
その鳥の手元には手紙があり、手紙を受け取った謎の美青年はぽつりと漏らす。
「そういうことか……」
その男はすべてが謎だった。
教員と見間違えられるほどのオーラを持つ彼は、特に何かをした訳ではない。
それでも、怪しいのでこうして候補として挙っている。
そんな解説が入ってから、映像は終わってしまう。一体何者なんだろうか。
「キミたちへの依頼は、彼らのうちのいずれかが持つ『鬼首』の奪還だ」
動画終わると同時に、男はそう言った。
「敵は、恐るべき忍法の使い手たち。この中にも、裏留学生の協力者や、裏留学生たちが潜り込んでいるかもしれない」
教室が、しんと静まりかえる。
「慎重に相手の【秘密】を探り──」
そこで、一拍の間が置かれる。
「『鬼首』を奪い返すのだ!」
それっきり謎の声は止んでしまい、とうとう声の主が姿を現すことはなかった。
●誰が味方で誰が敵か
こうして、生徒たちは調査を始めた。
しかし、彼らは誰が仲間で、誰が敵なのか分からない。
果たして、あなたの隣にいる撃退士は仲間だろうか?
それとも……?