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第12話

「初めまして、ご紹介に与りました中山律紀です。こちらこそ、どうかよろしくお願いしますね」

 少年は純真そうな微笑を浮かべて名乗った。神楽坂茜はその表情に何故か、微妙な圧力を感じた。
 少年の笑みは春の木漏れ日のように穏やかで、声音も友好的なそれそのものだ。
 しかし、何故だろう。ノイズを感じた。第六感が警告している。

――違和感。

 ふと思い当たった。
 滑らかに友好的な雰囲気過ぎる気がする。
 生徒達は『生徒会長』というモノと初めて顔を合わせた場合、多くの場合は、そのイメージから緊張するなり反発するなり好意的であったり、正負どちらかが大抵あって、大小はあれどそれが滲みでて来る事が多い。
 緊張、反発、好意、それをそのまま現す事もあれば、緊張を払おうと逆に砕けたり、反発を抑える為に逆に笑みを深くしたり、好意とは裏腹にそっけない態度を取ったりする事もある。
 一方へ進む力と反発する力、作用と反作用は三六〇度の方向に広がっている。人は笑っていれば、必ず笑っているという訳ではない。
 だから、人と向き合う時は、正の方向にでたそれなのか、それとも反発で逆方向に出たものなのか、よく注意しなければならない。中心点を掴まなければならない。発露の原因となっているのは何なのか、何を嫌い、何を望んでいるのか。見極めなければならない。それを見誤ると対応を損なう。
 しかし、

(自然体過ぎる……)

 少年に力みはなかった。中心点をブレなく無防備に晒しているのだと、そう見える。微塵も緊張していない。
 報告を思いだす。数人であたったにせよ、直接アドゥナン・グプタを屠ったのはこの少年だという。仲間の一人が斬り伏せられている間に忍び寄って背後から首を一発。黒瀧の話では仲間が倒されそうでも、そして実際に倒れても、一分も不意打ちすべく回り込む動きが澱まなかったという。仲間が致命傷を負っても、揺るがず、敵を、人間を、背後から刺し殺す事に一分も躊躇わなかったという。精密殺撃。十六歳の少年が、だ。

――その男がこんな真っ白な笑顔を浮かべられるものなのか?

 浮かべているのだから浮かべられるのだろう。少年だろうが童子だろうが、そういう事が出来る者は出来るものだ。神楽坂は知っている。

(胆が据わっている)

 黒瀧辰馬がわざわざ連れてくるだけあって、平均的な生徒とは少し違うように思えた。

「火村飛鳥よ。よろしく、生徒会長」

 少年はにこやかに名乗ったが、他方の少女は何処か不機嫌そうな顔で名乗った。
 火村飛鳥、純粋な刀槍の技だけでいうなら、中山律紀よりも彼女の方が腕前が上なのだという。
 うぉほんと黒瀧が咳払いした。
 壮年の男は珍しく苦笑したような表情を浮かべて言う。

「一癖ある奴等だけどねぃ、実力はぁあります。憶えておいてやってください。あんたの力になれるかもしれない」
「有難うございます」

 神楽坂は礼を言った。

「で、会長、今日尋ねさせてもらった本題なんですが――」

 黒瀧は久遠ヶ原の治安状況と南の島々からの荷の動きについて話し始めた。
 AOという名の組織が久遠ヶ原で非合法の薬を売り捌き、それが身体に大きな害がある為、問題になっている。最前線の支部を一つ潰した為、AOは以前のように簡単に解るような派手な動きは見せなくなったが、それで諦めた訳ではなく、風紀委員達の眼を盗むようにして非合法品の売買を行っているという。それを取り締まる風紀委員達と街の陰で暗闘が繰り広げられているそうだ。

「で、こそこそされると、やっぱりどうしてもね。見つけるのに手間がかかる」

 黒瀧はそんな事を言った。彼は人員の増強を計りたいとの事だった。

「話は解りましたが……久遠ヶ原の資金も無限ではありませんよ?」
「だが、必要でしょう。おして頼みたい」

 わざわざ出向いて来たのはそういう事か、と神楽坂は思った。
 必要だろうと黒瀧は言う。
 しかしそれは本当か。真にそれは他よりも優先すべき事か? そこを取るという事は他を捨てるという事。人の力が有限である以上、全てを得る事はできない。役員達に仕事の量を明日から三倍にする、と言ったら崩壊する。人は倒れる。選ぶ必要がある。
 島の人々の生活、かかる費用、ここで使えば後で欠乏するという事にならないか、目の前で一人助ける事によって後に百人死ぬ事にならないか。後に百人死ぬなら今一人殺して済ませる。犠牲が無いというのはありえない。
 全ての願いを叶えたいと思うが、物理的に無理だ。誰かを必要以上に立てれば、誰かが埋もれる。だから公平に切りまわさなければならない。
 それに対しては賛成もあれば、反対もある。譲歩するなり切り捨てるなり上手くまとめて車輪を回さなければ、学園という荷馬車は道を進まない。例外的な運用をしなければならない時もあるだろう。
 今は、どれだ?
 胃が痛い。

「黒瀧さん、風紀委員会は気前良く使い過ぎじゃないでしょうか?」

 神楽坂が言うと男は眼を逸らした。気前が良い、ケチケチしないといえば聞こえは良いが、要するに金遣いが荒いのだ、この男は。上がそれだから概して下もそうなる。倹約してるのは会計くらいなものだろう。風紀委員会は出費が激しい。鶏を捌くのにロケットランチャーをぶっ放す、金がかからない訳が無い。
 自分の財布ならいくらでも遣ってくれて構わないが、それで減るのは学園の資金である。金の成る木なんて物は学園だって持っていないから、学園の資金は多くの人々の労働の成果だ。決して無駄には出来ない。そして、いざという時に必要な分が不足していては困る。
 神楽坂は風紀委員会の出費の諸々を黒瀧へと述べ、そして言った。

「――今回は、必要だという事は認めます。島の人々の生活安全は優先事項です。ただし、可能な限り無駄は省いて節約してください。良いですね?」
「へーい」

 三十男は耳に小指を突っ込んでほじりつつ煩そうに返事をした。聞いてんのかこの野郎、と神楽坂は思ったが張りついた笑顔は崩れてくれなかった。

「や、はは……失敬、まぁ、命は金じゃ買えませんしぃ? 現場を預かってる身としちゃ、どうしてもね」
「必要な分は使ってください。無駄を、省いてください。命は買えません。しかし命を切り売りするようにして支えてくれている人達がいる事をお忘れなく」
「あ〜いかっわらず、まっじめだねぇ〜、会長は。あんまりキリキリしてると身が持たんぜぃ?」

 おおきなお世話である。

「だがまぁ了解であります。学園を支えてくれている人達を守る為にこそ、俺達久遠ヶ原風紀委員会は存在していますとも」

 黒瀧は仰々しくかぶりをふって言った。

「よろしくお願いします。細部は会計長と詰めて報告してくださいね」
「解りました」

 男は頷いた。

「ま、引き換えと言っちゃなんですが、俺達で出来る事があったら言ってください。風紀委員会には優秀な人材が揃っておりますよ。実行力なら十三委員会一であります」

 調子の良い、と思いつつも考える。実際、生徒会執行部は一般には任せられないようなデリケートな問題を孕んだ案件も山ほど抱えているから、優秀な撃退士の手はいくらでも欲しかった。
 撃退士は力があるが、しかしそれだけで問題を解決出来る訳ではない。例えば、会見の際の要人の護衛などはただ腕が立てば良いというものではなかった。官庁の高官などに接した時、それに腹が立ったからと礼を逸した態度を取られると交渉上不味い。笑顔で忍の一文字であらねばならぬ場面で大暴れする。ありえない話かもしれないが、若者が多いので、そういう事もあるのだ。そういった基本的な事から、心に傷を負った者達へのケアなどの際に配慮が足らずにさらに傷つけてしまうなどの場合もある。立ち振る舞いには気をつけなければならない。
 対人を無難に立ち回れて、かつ、天魔にもそうそう負けぬくらい腕も立つ撃退士となると――残念ながら学園では数が減ってしまうのが現状だった。腕は立つが粗野だったり、フリーダムに過ぎたり、立ち振る舞いには問題がないがアウルの力はイマイチだったりと、双方を兼ね備えている者はあまり多くない。
 神楽坂から見ると、黒瀧もあまり外交的な場所には連れて行きたくない手合いだ。反骨的なのはまだなんとか出来ても、神楽坂を真面目と言うが黒瀧こそがなんだかんだで正義漢なので不正を見逃す事ができない。風紀委員としては正しい姿なのかもしれないが、それだけで立ちゆかない場面があるのも事実。
 そういった事も任せられる撃退士、というのは常に足りていなかった。

「こちらのお二人は風紀委員ではないんですよね?」

 神楽坂は中山と火村に目を向けて問いかけた。

「ええ、さっきも言いましたが、お勧めなんで」

 黒瀧が言った。

「執行部系の仕事に向いてるのはこいつらかなぁ、と思いましてね」

 風紀委員達の性質では向いていない事も多い。黒瀧自身もそこは解っているらしい。
 しかし、黒瀧が風紀委員会以外の人間をそこまで勧めるのも珍しかった。
 神楽坂が視線を向けると、

「学園の役に立ちたいそうなんですよ。執行部からの難しい依頼は報酬も良いですしね」

 黒瀧はそう言った。
 神楽坂が視線を向けると中山少年はにこっと笑った。人当たりは良さそうだ。腹芸も出来そうに見える。しかし、執行部から直接の依頼を受けたいとは、何か金銭が必要な事情でもあるのだろうか。それとも他の目的でもあるのか。
 手は欲しい。
 しかし、執行部が派遣する撃退士には持っていて貰いたい心がある。殺す事に躊躇わない少年。彼はそれを持っているのだろうか。敵を斬れない男は不適合だが、いたずらに殺生をして喜ぶような者もまた不適合だ。火村飛鳥の方はどうなのだろう。
 解決してもらいたい案件は山ほどあるが、黒瀧が推薦したからといって、ただそれだけで任せる訳にもいかないと思った。自分が責任を持って送る人間は、やはり自分で確かめておきたい。
 少女はしばし考えると、

「一つ、お二人に依頼したい件があるのですが、聞いていただけますか?」
「はい、なんでしょう?」

 神楽坂は答える中山少年へと微笑を向けた。

「少し前からしばしば話は聞いていたのですが……寮の近くに野良猫が集まっていて皆、困っているそうなのです。どうか、お二人でこの問題を解決していただけませんか?」



 続く






◆前髪を真ん中で分けたストレートロングの…



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