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第10話

「神に選ばれた人間……?」

 火村は思った。
 そんなものが、存在するのか。
 神が人を選ぶのか。選ばれるとは、どういう事だ。そも、神とはなんだ。
 火村が聞いた所によれば天界の主をデウスという。あるいはゼウス。天界についての講義の大半は寝ていたが、初めの部分だけはまだ意識があった。天界系の伝承で言うならば、宇宙を創ったのが神だという。悪魔を産み出したのも神だ。ならばその創造神であり全知全能である神が冥界と争うというのはおかしくはないか。天使が神の配下ならば、悪魔もまた神の配下の筈。何故自らに逆らい世に騒乱を招くものを創った。何か狙いや事情でもあるのか。そも、神についての伝承が正しくないのか。天界の主というのが、伝承にあるような真の神とは別の存在なのか。
 解らない。
 この目の前で笑みを浮かべている壮年の男は、解っているのか。謎多きそれに選ばれたと名乗る男。

「『使徒(シュトラッサー)』か!」

 キースが言うなり短機関銃をアドゥナンへと向けて猛射した。律紀が横に駆けて広がりながら同様に短機関銃で射撃して火線を合わせ、火村もまた激しいマズルフラッシュと共に弾丸を飛ばす。
 シュトラッサー、天使によって力を与えられ、天界の為に働く者達の事を指すという。
 力を与えた天使の力量にも拠るが、彼等は概ねサーバントよりも強大な力を持つ。だがそれは天使に選ばれたのであって、神にではない。
 アドゥナンは哄笑と共に両手を翳した。
 蒼く輝く光の波紋が虚空に出現しアドゥナンへと襲いかかった弾丸を悉く吹き散らしてゆく。力の障壁。

「奴に飛び道具は効かん!」

 黒瀧が言って右手にナイフを、左手に警棒を構えてアドゥナンの側面へと踏み込み仕掛けた。白スーツの男は左右の腕で警棒とナイフをブロックすると長い脚を鞭のように振るって黒瀧を吹き飛ばす。男の身が木の葉のように舞いながら吹き飛んで屋上を転がってゆく。凄まじい膂力である。黒瀧は接近戦もそれなりにこなすが、しかし本分は銃だ。使徒相手に得意分野で戦えないというのは、分が悪そうであった。
 火村は躊躇わずにサブマシンガンを放り捨てると駆けながら魔具を変化させ太刀を抜き放っていた。同様に律紀が槍を、キースが大振りのナイフを出現させている。
 律紀が猛加速して突っ込んだ。円を描く、旋風のような薙ぎ払い。唸りをあげて迫る槍の穂先に対し、アドゥナンは蒼焔を手に集中させ払い上げるかのように受け流しつつ一歩、踏み込んだ。律紀は払われた反動に乗るように横に動いて軸を外し、キースが横から踏み込みながらナイフを突き出す。火村は太刀を振り上げつつ、律紀とキースの間に出来た空間へと踏み込むべく脚部に無尽の光を集めた。
 次の一瞬で男達の位置がめまぐるしく変わった。キースの鳩尾にアドゥナンの右の掌底が突き刺さって銀髪の青年が吹き飛び、同時アドゥナンの左の掌から壮絶な爆音と共に放たれた巨大な稲妻の槍が律紀へと飛び律紀を吹き飛ばした。火村は脚部の光を爆発させて猛加速し、振り上げた太刀に紫焔を宿して一瞬で間合いに飛び込んでいた。アドゥナンの両手はそれぞれキースと律紀に攻撃した為左右に広がっている。がら空きだ。
 殺れる。
 火村はそう思った。アドゥナンの瞳が火村を睨みつけていた。その眼光に、恐怖を感じて怯んだ訳ではなかった。しかし、確かな意志を感じた。自らを神に選ばれた人間だと言った。
 そう――この男は、人なのだ。選ばれようがなんだろうが同じ人間。意志を持ち、生きているのだ。

(今更!)

 火村は思った。既に何人も撃ち殺している。だが、引き鉄をひくのと刀で斬り殺すのでは、また感触が違うらしい。少女は刃を上段から相手の頭部を狙って振り下ろした。その剣閃は僅かに鈍っていた。
 アドゥナンが咄嗟に右腕をふりあげ、刃が頭部に炸裂するよりも僅かに前に腕に当たって止まった。アドゥナンが顔を歪めた。苦痛と嘲笑の混じった笑み。壮年の男の左腕に光が収束し、次の瞬間爆音と共に稲妻が飛び出した。
 蒼い光の槍は火村の腹部に突き刺さって爆ぜ、壮絶な衝撃力を炸裂させて少女の身を吹き飛ばした。全身がバラバラになりそうな激痛が突き抜けてゆき、視界が明滅して、僅かな浮遊感の後に背に衝撃が走り、次に後頭部が硬いなにか激突して目眩がして息が詰まった。

「火村!」

 律紀の叫びが聞こえた。注意を喚起する声。全身に痛みが走り視界が歪んで吐き気がしたが、それでも身体を横に転がせた。刹那、爆音が轟いて雷の槍がアスファルトに炸裂する。何発も耐えられるものではない。当たったら死んでいた、と思った。純然たる必殺の意志。
 横に転がった勢いを利用して手をついて起き上がると、アドゥナン・グプタが火村の方へと駆けて来ていた。右手で手刀を作りそこに蒼白い焔を集めて剣のように伸ばしている。
 あれは、不味い、と思った。力が渦巻いていて、そして究極に密度が高い。凶悪な破壊力を秘めている予感がした。
 間合いを外さないと、と思った。後退しようとしたが、膝が落ちた。脚が震えている。先の腹部へのダメージが、足に来ていた。
 アドゥナンが火村へと迫り、火村は恐怖を感じた。腕だけで太刀を構える。
 しかし、火村の視界に横手から不意に背中が現れた。
 キース・リストーン。
 青年は大振りのナイフを構えた。アドゥナンは強い。だが、仲間を殺させるつもりはない。青年はアドゥナンを見据えつつ場の様子を測る。キースの視界の端、黒瀧辰馬がナイフを手に駆けて来ていた。キースの一撃が遮られても上手くすれば黒瀧がやってくれる筈だ。
 風が唸り、間合いが詰まる。
 アドゥナン・グプタは地を這う風のように迫り、蒼白い焔の剣をキースへと一閃させた。キースはナイフに黄金の光を集めて焔の剣へと翳す。黄金の光と蒼白い焔が激突し、そして蒼光の刃が黄金の光を断ち切ってナイフをも断ち切って、キースの左肩から入って右の脇腹を抜けた。泥のように切り裂きぶった斬って抜けてゆく。
 赤い色が鮮やかに噴出した。焔の剣が霧散する。
 キースの身が揺らぎ、前のめりに崩れてゆく、が、青年はそのままアスファルトを脚で蹴った。低い軌道でアドゥナンの脚部へとタックルする。アドゥナンは膝を繰り出してキースの顔面にぶち当てて最後の特攻を弾き飛ばし、振り向きざまに雷を解き放った。ナイフを突き出さんとしていた黒瀧が爆雷の直撃を受けて再び吹き飛んでゆく。
 火村は歯を食いしばり再び脚に力を込めた。退がる為にではない、前に出る為にだ。
 思う。
 天魔を殺すも人を殺すも何が違う?
 悪魔なら殺して良いのか、天使なら殺して良いのか、獣なら殺して良いのか、虫なら殺して良いのか、人だけが殺しては駄目なのか。何故だ。虫を潰すも、牛豚を屠って喰らうも、天魔人を斬るも命を屠るに同じだろう。殺生が罪であるなら、それらは皆、罪ではないのか。
 罪を冒すのが嫌なら牙を捨て何も殺さず、何も喰わずに餓えて死ねば良い。他人に殺生をさせ、命を喰らい、その成果に拠って生き永らえておきながら、自らは関係ない、手は汚れていないと主張するなら、それは卑怯ではないのか。生きるなら、せめて卑怯者にはならないと、そう決めたのではなかったのか。
 キース、死なないで欲しいと思った。太刀に紫の焔が宿った。
 アスファルトを蹴ってアドゥナン・グプタへと踏み込む。敵を斬ると決め、全霊を込めて袈裟に刃を一閃させた。
 今度こそ火村の剣に躊躇いはなかったが、しかし、ダメージが踏み込みを鈍らせていた。鈍い音と共にアドゥナンの腕と火村の太刀が激突し、スーツと肉を斬りつつもしかし骨に喰い込んで火村の太刀は止まった。
――届かない。
 火村は愕然と思った。一番最初の一撃、あれが、最大の好機だった。それは既に逃していた。迷いなどのせいで。殺し合いだ。決める時に決められなければ、反撃が来るのは当然の事だった。
 アドゥナンが焔を再び剣と化して火村へと鈍く輝く視線を向ける。そして、その喉から刃の切っ先を覗かせた。
 一瞬、事態が把握できなかった。
 火村は驚きに目を見開き、アドゥナンもまた目を見開いた。穂先が捻られ、横に動き男の首が半ばから掻っ捌かれた。血飛沫が滝のように噴出し、槍が再度横に一閃されてアドゥナンの首が宙に舞った。首なしになった白スーツの男の身体が倒れると、その奥に槍を持った少年が立っていた。

「律紀」

 火村は思わず言って、律紀は答えずに倒れているキースの脇へと膝をついた。掌に光を集めてキースの傷口へと当てる。しばしそうしていたが、やがて光が消え、律紀は俯いた。キースは目を開いたまま、二度と動かなかった。
 少年は手を当てて青年の目蓋を閉じさせた。

「行こう」

 律紀は呆然と立ち尽くしている火村を振り返って言った。火村を見る少年の瞳の色が少し冷たく見えたのは、気のせいだろうか。

「でも」
「まだ皆戦ってる」
「キース、死んでしまったの?」
「ああ」

 律紀は頷いた。

「だから、行くよ」

 胸の奥から何かがせり上がって来るような感じがした。
 黒瀧が通信機を取り出して連絡を取りながら、屋上から未だ戦いの続くビル内へと入ってゆく。

「黒瀧さん」
「行こう」

 火村が声をかけると男は肩越しに振り返り、苦く笑ってそう言った。
 律紀がそれに続き、火村はすぐに追えず歪んだ視界の中で少しの間キースの骸を見つめた。
 思った。
 彼等は――黒瀧も、律紀も、決して迷わない。走り出したら、止まらない。
 生きるという事、死ぬという事、考えないのか。
 違う。
 彼等は、考えたから、迷わないのだ。走り出す前に必要な事はほとんど全て、考えてから始めるのだ。だから覚悟というのだ。
 戦いに迷いながら戦うなど、呑気な事だと知っているから。

(だからあたしを非難しない)

 火村が迷ったのはきっと気づいている筈だ。だが、彼等は火村を責めない。
 きっと、それを今してもこの場では何の役にも立たないと、知っているから。
 火村が迷ったせいで、窮地に陥ったせいで、キースは死んだ。
 そう思った。

(キース……御免、御免なさい)

 火村は歯を喰いしばって目元を手でこすると、二人の背を追った。
 

 虚無の果てのような闇の中、六千の蝋燭に蒼白い火が燃えている。

「久遠ヶ原の襲撃を受け炎の剣は壊滅、火も死んだようです」

 男の声が虚ろに響いた。

「死んだか」

 焔の円の中央に座る老人は、つまらなさそうに呟いた。

「奴は加護を受けていた筈だが?」
「尊き力を与えられていながら、火にはそれを使いこなす力量がなかった、そういう事であるかと」

 ビジネススーツに身を包んだ男はそう言った。天への信仰は厚い。

「うむ……」

 老人は頷き、そして思った。それは違うだろう、と。アドゥナンの力量が及ばなかった――確かに、久遠ヶ原の襲撃を退けるだけの力量は持ちえなかったのだろう。だが、それは彼が無能であった為とは思えなかった。アドゥナンは飛び抜けて優秀ではなかったが、決して無能な男ではなかった。決断は迅速で、迷いが無い男だった。そうでなければ支部といえどもその頂点には立てない。

(天使の力というのも存外たいした事は無い)

 老人はそう思った。
 若しくは、敵がさらにその上をゆく程に強いのか。撃退士、無尽の光を操る人類の守護者達。
 いずれにせよ解るのは、天使の力は強力だが絶対ではないという事だ。

(さて……)

 老人は考える。総力をあげて攻め込めば久遠ヶ原とやらを蹂躙する事が出来るかもしれない。だが、その時はこちらも無傷でいられるとは思えなかった。
 天界とやらは、それで良いだろう。AOがボロボロになっても彼等が真に痛い訳ではない。久遠ヶ原さえ潰せれば天界にとってはそれで良い。だが老人は天使でなく、AOの長だった。彼はこの組織の長なのだ。
 人は神を崇める。だからAOの者達も皆、天使を崇拝している。だが老人にとって大事なのは自分自身とAOという組織であって、天使でもなければましてや神でもなかった。天界の興亡など知った事ではなく天使と悪魔の争いなどさらにどうでも良い。興味があるのは彼等がもたらす力だけだ。
 天界は久遠ヶ原を潰せとAOに働きかけるだろう。あれは天使達にとって邪魔なものだからだ。

――だが、AOにとって完全に邪魔なものなのか?

 老人は考える。AOは天使を崇め、その加護を受ける組織ではある。だがその下僕でも傀儡でもない。
 少なくとも老人はそう思っており、そしてそのようにあろうと思っていた。
 しかし、

(天使は強大だ)

 真っ向から反発すれば、不都合が出るだろう。組織の者達は天を崇拝している。彼等は――組織の者達は――信徒だった。そう、兵というよりも信徒だった。
 見目麗しく、神々しく、古よりの信仰を集める概念、それが天使。老人は天使達と比較して自分が彼等よりも信徒達からの畏敬の念を集められているとは思えなかった。無論、老人もそれなりに集めてはいるだろう。だが絶対ではない。天使と争えば敗れる。
 天使達に認められているから、老人は未だAOの長でいられるのだとも言えた。

(ふざけた話よ)

 AOは、彼が自身の手で作り上げた組織であるのに。
 天使達が老人の誅殺を命じれば大多数は天使に靡くだろう。中核は老人につくだろうが、それでは勝てない。大きな損害を出しながら、敗北するだろう。
 そうなれば、喜ぶのは誰か? 天使達もそれを知っているから、老人が決して盲目的な忠誠心を持っているのでないと気づいていても、首を挿げ替えようとはしない。だが限度はある。

(駆け引きだな‥‥)

 老人は思う。久遠ヶ原も天界も全てを出し抜いて、自分とそしてAOこそが第一の利益を掴むのだ。
 彼は自分ならばそれが出来ると信じていた。AOの繁栄を導けると信じていた。
 何故なら、天界が出現する以前から、彼はそうやって周辺組織と世の状況を利用し喰らい成長してきたからだ。

「さて、これから世界は、どう動くかな……」

 くつくつと音がなった。笑い声だった。老人の野太い笑みが蒼白い焔光の中に浮かんでいた。


 久遠ヶ原。
 火村達が久遠ヶ原の風紀委員の本部まで帰還し、黒瀧辰馬からキースが死んだと聞いた洋子は声をあげて泣き崩れた。
 他にも悲しむ人は沢山いるのだろうと、火村はそう思った。

「AOの本部は何時潰すんですか」

 黒髪の女は涙で濡らした瞳にギラつく光を宿して言った。

「しばらくは、様子見だな」

 黒瀧はそう言った。

「様子見ですって!」
「敵は想像以上に強力だ。まさか本当に天使の加護を受けているとはね」

 男は嘆息して言った。黒瀧にとってそれは想定していた範囲内ではあった。ただ、想定していた中でも最も嫌な状況だった。キース・リストーンは腕が立った。彼が死ぬ事はまず無いと思っていた。

「でも支部は潰したのでしょう。そこを足がかりに敵の本拠地まで攻め上がるのではないのですか?」
「簡単そうな連中だったらそうしたんだがな。しかし、無理だな。一支部であれなら迂闊に攻めるとこちらがくたばると解った。いまさらくたばるのなんざ怖くないが、風紀委員が壊滅すると久遠ヶ原がガラ空きになる。武力が完全に消える訳じゃないが、治安機構に向いた奴がいなくなる。そうなるとどうなるかってのは、あんまり面白くない」

 久遠ヶ原の治安は荒れるだろう。無尽光の業にどれだけ優れようとも、ただそれだけで犯罪者達がもたらす荒廃に立ち向かえるとは思えない。

「でも!」
「勿論、黙ってる訳じゃあない。色々と手は出すさ。だが、守りを固めながらいく。他国の撃退士組織や、他の一般組織にも共同戦線を交渉してみよう。AOは強大なようだが敵も多い。巨大って事は一枚岩でもない筈だ。内部を乱し、周囲を包囲し、衣を一枚一枚剥ぎ取るように力を削いでゆく。いきなりぶつかるのは、負けはしないだろうが被害がでかい」

 黒瀧辰馬は言った。

「十分に力を削いだら、その時に潰す。もっともあちらも似たような事を考える可能性は高いから、これからは水面下での削り合いになるかもしれんがな」


 キースが死んだあの戦いから少しの時が流れた。
 朝。

「飛鳥、おはよー!」

 夏の眩しい日差しの中を半袖の制服姿の少女が笑顔を見せて駆けて来る。ブラウンの跳ね毛がふわふわと風に揺れていた。
 火村は笑みを返すと友人に挨拶を返す。

「うん、おはよ!」
「やー今日もアスファルトが鉄板フライ焼きになりそうな勢いで太陽がちょ〜良い天気ですね! や、もう聞いてよ昨日、フクダ屋でデニム買ったんだけどさ、これサイズの表示が違ってて――」

 火村と律紀はあれから報酬を貰って風紀委員会を後にした。久遠ヶ原の街の表面にはよくよく注意してもさざ波程度にしか見えないが、風紀委員会とAOの暗闘は続いているようだった。火村も偶に手を貸してくれと誘われて、それに参加する事もある。が、概ね以前の学生生活に戻っていた。

「あんたが単に太っただけなんじゃないの?」
「あっ、ヒッドーイ! そんなことないもん。わたし太ってないよ。わたしはスリムビューティさんなのです。絶対本当なら入る筈なんだ! 発言の撤回を要請します!」

 ぷりぷりと頬を膨らませて少女は言った。

「あっあははは、御免御免、そうね、確かにあんたは変わってないわ」

 友人に悪いがなんだかおかしくて、火村は笑った。すると彼女は不意に火村をじっと見つめて来た。

「……あ、ごめん、気を悪くした?」
「ううん、違うの。飛鳥、最近また笑うようになったね!」
「え?」
「そぶりだけは元気そうにする時もあったけど、ずっと元気なさそうだったから、少し心配だったんだ――この所はすっかり立ち直ったみたいで、安心しました」

 微笑して少女は言った。
 思う。
 立ち直った――そうなのだろうか。
 親友がいなくなってから、心の何処かに穴があいて、それはずっとそのままな気がする。風通しがとても良くて。しかし、そんな火村を助けてキースは死んだ。
 暗い顔をして、周囲に負の感情を撒き散らす。そういう生き方をキースは喜ぶだろうか。
 会ったばかりであまり話もしなく無愛想な男だったから良くは解らない。でも、責めはしないが喜びもしないような気がした。暁美なら確実に怒るだろう。
 だから、

「そう……御免ね、心配かけたみたい。有難う」

 火村は目を細めて笑った。

「あたしは大丈夫」

 前向いて生きて行こうと決めたのだ。
 火村が言うと少女は嬉しそうに笑顔を見せて、

「えへへ、うん、やっぱ飛鳥はね、火の玉みたいにしてるのが一番だよ!」
「火の玉って……その例えは、褒めてるの?」
「おっ、あれ中山君じゃないかな! おーい中山くーん! ぐっもーにーん!」

 前をゆく男子生徒を指し、ぶんぶんと手を振りながら少女は言って駆けて行った。
 火村は嘆息すると後を追う。
 少女に声をかけられて銀髪の少年が振り返り、やがて遅れてやって来た火村の方へと視線をやった。
 火村は笑って言う。

「おはよう律紀、良い天気ね」

 すると少年もまた笑った。

「おはよう火村、確かに今日は良い天気だね。君の笑顔が眩しい」

 朝っぱらからいきなり何を言い出すのだろうこの男は、と火村は思った。冗句にしても痛すぎるだろう。

「あ…………あんた、いきなり何を言ってるの?!」
「あはは、御免御免、率直な感想。とても良い笑顔だと思ったんだ」
「きゃー! 嫌ですわ! 朝っぱらかバカ二人がバカップルですわ! 馬の骨に蹴られて何処の誰とも解らない三途のパラダイスへ行けば良いんですわ!」

 友人が何やら騒ぎ立て、泳ぐのは苦手なんだよなぁ俺、などと律紀が言っている。

「あんた達ねっ!」

 火村は顔を真っ赤にして叫んだ。
 久遠ヶ原には妙に暗い人間も多いが逆に妙に明るい人間も多い。
 久遠ヶ原学園の少年少女はアウルの力を持たない一般の生徒達に比べて死が身近だ。
 それでも、笑って生きていこうと決めた者も多いからだ。
 久遠ヶ原の空は今日も晴れている。



 続く






故郷を天魔に奪われ、紆余曲折を経て久遠ヶ…



【楽園】第一回行動入力開始

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