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第9話

 一陣、強い風が吹いた。
 闇に燃える蒼白い焔が風に揺らめいて千切れ、黒の彼方へ消えてゆく。
 陽の光の閉ざされた地下の空間に、六千の火が輪を描いて回り、陣の中央に立つ老人の姿を浮かび上がらせていた。白い長衣が炎色に照り、蒼く染まっている。

「火は仕留め損なったようです」

 事務的な声が響いた。
 ビジネス用のスーツを着込んだ男が姿勢を正して立っている。彼は先程まではいなかったが、風が吹いた後にはそこに居た。
 老人は男が出現した事に何の驚きもみせなかった。当然の事のように皺の刻まれた頬は微動だにしない。

「報告には成功したとあるが……?」
「彼等が確認した骸はダミーです。黒瀧辰馬は生きています」

 やや経ってからスーツの男は言葉を繋いだ。

「『お告げ』からの情報です」
「なるほどな…………」

 くつくつと老人は笑った。ただし瞳だけは笑っていない。

「火は一杯喰わされたか」
「いかがいたしましょう」
「事実だけを伝えよ」

 何が必要なのか悟る筈だ。他ならぬ彼等自身が生き延びる為に。
 は、と声をあげスーツ姿の男は闇に溶けるように姿を消した。


 太平洋の海原がエメラルドブルーに輝き、マングローブの生い茂る赤道近い常夏の小島。
 島にある最大の港町には、昔ながらの伝統家屋とコンクリートで作られた小ビルが入り混じって立っている。AOを構成する支部の一つである『イグニス・ノワークラ』はこの町に拠点を構えていて、支部長であるアドゥナン・グプタはその時、ビルの上階にある執務室で携帯電話を握り血の気を引かせていた。

「奴は死んでいない」

 本部からの連絡だった。
――黒瀧辰馬、仕留めたと思っていたのに。
 慌てて謝罪の言葉を述べ、早急に事を成すと返答し通話を切る。
 不味い事になった、と赤銅色の肌の男は独白した。AOは無能を許さない。失敗は許されない。早急にこの失点を埋める必要がある。
 アドゥナンが立ち上がった。すると同時、爆音が轟いて執務室が軋みをあげて揺れた。
 机に片手をつき、何事だとアドゥナンが呟く。備え付けの電話がけたたましく鳴った。
受話器をむしり取ると警備室からの連絡だった。

「襲撃です!」

 受話器からの第一声はそれだった。
 AOの支部に襲撃など何処の組織が、と思い、次の瞬間、悟った。自明ではないか。敵を一撃で仕留められなければ反撃が飛んで来るものだ。しかし、速かった。
 上擦った声で警備室は言う。

「て、敵は、化物です、銃弾撃ち込んでもケロッとして」
「人数は?」
「確認出来ているのは八人程度――」
「殺せ」

 総髪の壮年の男は述べて通話を切ると部屋を横切って扉を開き通路に出た。銃声や爆音が下の方から響いている。携帯で連絡を入れながら大股に早足で歩きビルの屋上へと向かう。カスタム拳銃のセーフティを外しロードしスーツの懐に忍ばせる。
 ビルの屋上へと続く扉を開くと強風が吹きつけて来た。
 進み出ると中央でヘリがローターを回転させて発進準備を整えているのが見える。
 アドゥナンはヘリへと近づき、次の瞬間、ヘリの強化ガラスに穴があき、操縦席についていたパイロットが血飛沫をあげて突っ伏した。甲高い音がなってローターが根元から折れて、コンクリートの上に回転しながら落下する。

「逃げ足、速いねぇ。ちょっと驚いたよん?」

 声がした。振り向くと何時の間にかスーツ姿の東洋人が立っていた。この炎天下だというのに茶色のコートを纏い強風にはためかせている。手に持つのは回転式の拳銃だった。
 アドゥナンは即座に懐から拳銃を抜き放つと連射した。改造された大型の拳銃は轟音と共に銃口から焔を噴出させ銃弾を飛ばす。コートの男はゆらりと身を傾けて屋上を駆けた。アドゥナンの放った弾丸が空を切り、東洋人が撃ち返して来る。
 衝撃と共にアドゥナンの手から拳銃が吹き飛び、両膝に激痛が走った。速射だった。膝から力が抜けて屋上に転がる。

「おたくが『炎の剣(イグニス・ノワークラ)』の支部長アドゥナン・グプタさんで相違ない?」

 銃口を向けたまま男が無造作に歩いて近づいて来る。
 アドゥナンが無言で憎悪を以って睨みつけると、東洋人は口端をあげて笑い、アドゥナンの顔面を蹴りつけた。
 仰向けに転がったアドゥナンの鼻先に銃口が突きつけられる。

「アドゥナン・グプタさぁ〜ん?」

 男は再度問いかけた。笑みを張りつけているが、目が笑っていない。アドゥナンは頷いた。

「どうも。爆殺された黒瀧辰馬です」
「学園の狗が。こんな事をしてタダで済むと思っているのか」
「無料? 久遠ヶ原の風紀委員会は払いは良いので有名なんです。敵対者に差し上げるのは黄金ではなく鉛玉だがね。おたくらこそ、久遠ヶ原に手を出して無事にいられるとは思っちゃいないよなぁ〜?」

 アドゥナンは嗤った。

「馬鹿な奴等だ。天使の眼に逆らおうとは」
「前も別の奴から聞いたよその台詞。だが、あんた達は失敗し、俺は生きている。そして、あんたは、ここで終わりだ」

 黒瀧は銃を突きつけたまま片手で手錠を取り出す。

「ご同行願おう。幾つか聞きたい事がある」
「馬鹿な奴だ」

 黒瀧が手錠をアドゥナンの手にかけようとした瞬間、男の身から蒼光が膨れ上がった。


 天使や悪魔と違い、人間に対して過度の威力は必要無い。弾丸を急所に一発撃ち込めば戦闘不能にさせる事が出来る。
 なので、火村飛鳥は今回は愛用の大太刀ではなくサブマシンガンを使用していた。射程は小銃に比べれば短いが、ビルへ突入しての戦いなので射程は必要ないとの判断だった。
 階段の踊り場に陰からAOの構成員が身を乗り出し拳銃を連射してくる。火村は避けずに撃たれた瞬間にバーストで撃ち返した。弾丸が火村の額に命中し、猛射された弾丸が構成員の男を蜂の巣にする。少女が後方に仰け反り、男が鮮血を撒き散らしながら転がる。
 目眩がした。
 律紀が短機関銃を手に後ろから火村を追い抜いて踊り場へと上がり、さらに上の階へと強烈なマズルフラッシュを瞬かせながら猛連射した。銃声に悲鳴が幾つか混じって何かが倒れ、薬莢が床にぶつかって跳ねる音がする。

「クリア――火村、無茶な戦い方するなよ」

 律紀が言った。

「効率的、と言って頂戴」

 火村の額は赤く腫れ目眩がして吐き気がこみあげていたが、逆を言えばそれだけだった。男の方はぴくりとも動かない。

「やり方は好きにすれば良い。だが、倒れるなよ。頭数が減ればその分チームが不利になる」

 キースが淡々と言って火村と律紀を追い抜いて駆けてゆく。

「解ってる」
「火村」

 律紀が戻って来て柔らかな白光を掌に集めて火村の額に手を当てた。痛みと腫れがみるみるうちに引き、目眩も納まっていった。無尽光の業の一つだ。

「たいした事なかったのに」

 星幽光の業は傷を癒すが、しかし他の業と同様使用出来る回数に制限がある筈だった。

「頭へのダメージは甘くみない方が良い。行こう」

 言って律紀は火村から手を離し、キースを追って駆けてゆく。火村もその背を追った。
 踊り場は鮮血で真紅に染まっていて、火村が撃った男はぴくりとも動かなかった。
 一つ、人の生が終わったのだ。
 火村が終わらせた。
 そう、思った。


 階段を昇り、通路へ出て部屋のドアの陰から射撃して来る無数の構成員達を律紀とキースと共に撃ち倒してゆく。黒瀧は外から屋上に向かっていて、他のメンバーもビルの各階で暴れている筈だった。
 火村達が屋上へと出ると襤褸雑巾のようになった男がアスファルトの上を転がった。赤い線が屋上に引かれてゆく。

「――黒瀧さんっ?」
「よぉ」

 ぼろぼろになった男は膝を立てて起き上がる。苦笑した。

「ちぃっと、格好悪い所みせちまったかねぇ」

 言いつつ男は飛び退く。間髪入れずに稲妻のような光が黒瀧が先程までいた位置へと炸裂した。
 火村が視線を走らせるとそこには白スーツ姿の男が立っていた。蒼いオーラを全身から立ち昇らせている。突入前に写真で見た顔だ。『炎の剣(イグニス・ノワークラ)』の支部長、アドゥナン・グプタ。

「あいつ……人間じゃ、ない?」

 火村は呟きを洩らした。蒼い光も、稲妻も天使が放つそれに似ていた。
 その声を拾ったかスーツに身を包んだ総髪の男は手の平を自らに当て会釈するようにして言った。

「初めましてお嬢さん? 私は人間さ。だがね、神に選ばれた人間なのだよ」

 蒼焔が舞い、アドゥナン・グプタは声をあげて笑った。



 続く






天魔による襲撃で今は無きとある都市出身。…



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