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第8話

 夜、暗闇を見つめていると思いだすのは自宅の居間だ。
 ツインテールの幼い童女が温め直した料理を食べながらぼんやりとテレビを見つめている。母の作った料理は冷めていても美味しかった。温め直して食べても美味しかった。とてもぴりぴりしていて刺激的だった。テレビは面白かったりつまらなかったりした。民放も悪くなかったが、知らない事を教えてくれる割合が比較的多い教育番組をなんとなく好むようになった。未知には刺激がある。
 火村の父は一般商社に務めるサラリーマンをしていて、母はパートタイマーで町の百貨店で働いていた。だから、学校から帰って来ると家には自分の他には誰もいなくて、食事は既に作られていてラップがかけられていた。
 通っていた小学校の休み時間、男子が校庭で緑色の虫を捕まえて笑って解剖していた。可哀想だから止めてくれと泣いて言うとますます愉しそうに笑った。
 テレビでは遠い国で飢餓で骸骨みたいになった子供の姿が映し出されていた。その年、食料が足りなくて沢山死んだらしい。
 学校で給食が終わった時、人気の無いメニューが大鍋にまとめてぶちこまれて混濁したスープが出来あがっていた。ゴミはまとめて捨てる。そして当番が運ぶ。それは小学生だった火村にはとても重くて、当番になった日には休み休みしながら学校内にあるセンターまで大鍋一杯の残飯を運んだ。火村はその作業が好きではなかったが、時を経るごとにもっと嫌いになった。
 クラスに野菜が嫌いで食べられない子がいて、いつも残していたが、ある時、遠い国の食料不足の話が出た。クラス内で食べ物は残さないようにしようと皆が言いだし、先生は素晴らしい事ですと微笑した。良い事だと火村も思った。
 給食の時間の後に昼休みがあって、野菜が嫌いで食べられない子は昼休みのほとんどを潰しながら泣きながら野菜を食べていた。でも結局は全ては食べられなかった。一人がみかねたらしく残されていた野菜を横から掴んで食べたから最後までは食べなかった。非難が起こって罵り合いになって喧嘩になった。野菜の嫌いな子は火がついたように泣いていた。クラスの雰囲気が悪くなって、色々あった。やがて先生は保護者達と揉めたりノイローゼになったりで退職した。優しい人だったが、あまり心の丈夫な人ではなかったらしい。
 食べ物を残さないようにと誰かが言った。残さないというのは正しい事の筈だ。だがあれは、本当に正しい事だったのだろうか。あくまで崩壊の要因の一つに過ぎない。しかし、きっかけではあった。
 世の中というのは、単純には出来ていないらしい。でもその頃に読んだ物語、ただ一つだけ願いを叶えてくれるものに対して、世界に希望がありますようにと、そう願った男の話が好きだった。
 中学になると素行の悪いクラスメートが居た。両親も教師も誰も自分を理解しないと罵っていた。あんたは誰を理解しているの? と問いかけたら、喧嘩になった。
 その後、荒れていたそのクラスメートは、何時の間にか落ちついて、そうしたと思ったら妙にふざけた女になっていた。彼女が何を思ってそうしたのか、本当の所は解らない。しかし、無理に知らなくても良いと思った。彼女とは友人になった。名前は祁答院暁美といった。今はもう火村の傍にはいない。殺されてしまった。

「黒瀧さんは?」

 火村は律紀と共にキース・リストーンと名乗った青年について行きながら、その背中に問いを投げた。協力して欲しい、という事に対して詳しい事情の説明を求めるとキースは場所を移そうといって歩きだしていた。銀髪の男は暗闇の海を泳ぐ魚のように、人海を割りながら進んでゆく。
 キースは問いに対して沈黙していた。
 火村は思う。
 死んだのだろうか、彼も。
 死んだ人間は、帰って来ない。
 現場からやや距離が離れた頃にキースが肩越しに振り向いて言った。

「死んだ。即死だったようだ」

 男の青色の瞳は氷のように固まっていて、感情を見せなかった。

「――嘘つきね」

 思わず、言葉が口をついて出ていた。

「嘘?」
「遅れはとらないって、あいつ、言ってたのに」

 クラブでの言葉を思い出す。黒瀧は確かに遅れはとらないと言っていた。なのに、あっさり死んだ。黒瀧辰馬は嘘つきだ。祁答院暁美と同じように嘘つきだ。皆、火村を置いて遠くへいってしまって、そして二度と帰ってこない。
 火村の言葉に対し、キースは何も言葉を返さなかった。
 銀髪の男は再び前を向いて歩き、夜にそびえる校舎へと辿り着くと、そのまま歩を止めずに中へと入ってゆく。

「何処に向かってるのよ」

 火村は声に苛立ちが混じっているのが自分でも解った。

「風紀委員会の本部だ。ここでは話せない。何処に耳目があるか、解らんからな」

 キースはそう言った。足音を響かせながら、懐中電灯を頼りに暗い校舎を歩いてゆく。階段を昇り、また廊下を進み、幾ばくか経ってから、キースはとある部屋の前で足を止めた。
 男は扉に手をかけると無造作に開いて中へと入った。火村と律紀もその後に続いて扉を潜る。
 部屋の中にはボードと長机と椅子があった。長机の上には黒髪の男が乗り背を向けて腰を降ろしていた。

「よう」

 男は肩越しに振り向くと、片手に持っていた碗に口付け液体を嚥下してから、ニヤと笑って、空いている方の手をあげた。

「今晩はハニ〜」

 黒瀧辰馬だった。

「最、悪」

 火村は顔を顰めた。
 くたびれた黒スーツ姿で笑っている男は、どこからどうみても五体満足だった。机の上には日本酒のビンが置かれている。こんな騒ぎの中だというのに呑気にも一杯やっていたらしい。

「すまない。長から死んだように扱えと言われてな」

 キースが申し訳なさそうに謝罪した。

「まぁ黒瀧さんにしちゃ随分あっさり死に過ぎるなぁとは思ったよ」

 律紀が笑ってそんな事を言った。
 どうやら黒瀧が死んだと言われてそれを素直に信じたのは自分だけだったらしいと少女は気づいた。

「長、人様に心配かけるのはイカンと思うのだが」
「敵を騙すにゃ味方からって言うだっろぉ〜? やっこさん達がこれで俺が死んだと思ってくれりゃいくらかーは、やりやすい」

 男達はそんな事を言っている。

「あんた達、ね」

 火村が詰めよると黒瀧は恐怖を表情に浮かべて両手をあげた。

「わ……悪い、悪い! 悪かった、そう怒らないでーよ!」

 余程酷い形相になっているらしい。

「あたしはね、知り合いが、死ぬのは、もう、嫌なのよ」

 言って、俯き瞳を閉じて息を吐く。良かった、と思った。

「あ〜…………、うん、悪りぃ」

 黒瀧はぽつりとそう一言呟いた。

「黒瀧さん、何があったんだい? 誰の仕業かは掴んでるの?」

 律紀が問いかけた。
 黒瀧は碗に口付けて酒を一度啜ると言った。

「――部屋に帰ったら潜んでいた男に襲われた。AOに逆らう者には死を、だとさ。叩き伏せてやったら腹に爆薬巻いてらっしゃったんで死ぬのが怖くないのかと聞いたんだが、得意げに敬虔な口上を述べてくださったうえでボンッだ。AOの為に戦って死ぬとその魂は天使様の国へ行けるらしい」
「騙りって事は」
「可能性は零とは言い切れないが、マジもんっぽかったな。ケイの事も言っていたよ」
「ケイ」

 火村は呟いた。

「報復? あの事件が原因なの」

 火村と律紀が黒瀧達に協力し、ダンスクラブで売人を捕まえたあの事件。襲われたのは、そのせいなのか。

「水の一滴さ」

 黒瀧はそう言った。
 男は碗をおくと空になったそれに酒瓶から透明な液体を注いだ。酒はゆるゆると満ちゆき、やがて碗に一杯になった。構わずに黒瀧は注ぎ続け、表面張力は抵抗を見せたが、すぐに耐えきれずに溢れてこぼれた。

「酒が俺達の活動で碗があちらさんの許容量。全ては積み重ねだ。始まりは、きっともっと昔で、もっと遠くだろう。ケイの一件は、きっかけさ。一つの滴に過ぎない。無関係ではないが、あんな事だけが原因ではない」

 黒瀧は口端を歪めて笑い、火村を見た。

「だって、下っ端の売人一人しょっ引いただけだぜぇ〜? 偶々、ちょうど水が溢れる所に来ていたってだけさ」

 火村は思っていた。人に害を与える薬品を売りさばいていた男を捕まえたのは正しい事であった筈だ。
 だが、何故か不意に、野菜を食べられなかった小学生とその顛末が脳裏をよぎった。何か、自分達は破滅への扉を開いてしまったのではないか。本当に、あの行動は正しかったのか。

「黒瀧さん、俺達を呼んだのは何故だい?」

 律紀が柔和な表情のまま問いかけた。

「爆破されたの知ったら、気になると思ってさ」
「それはお気遣いどうもだね」
「それと、借りられるなら手を借りたくてね。お前等、優秀だろう。焔の魔神とガチでやりあって来た猛者だし、機転も効く。自慢だがうちの風紀委員達は優秀だ。だが、融通が効かないのが多いのが欠点でね。天使悪魔相手ならとかく、人間相手にドンパチやるにゃあ性格的に向いてない奴も多い」
「俺達は向いてると?」
「少なくとも中山、お前、大丈夫だろ。お前は優しいが、必要なら殺せる」

 聞きたくない話だ、と思うのは弱さなのだろうか。
 火村はそんな事を思った。
 久遠ヶ原学園。楽園の島にあるという者もいる。エーリュシオン。思う。そんなもの、地上の何処にあるのだろう。
 律紀は答えなかった。
 代わりに、

「手が必要なんだね?」
「ああ、人間と戦える奴が必要だ」

 律紀はちらりと火村へと走らせてから言った。

「なるほど。でも俺達は風紀委員ではないよ。それは俺達の仕事とは違うんじゃないかな」

 黒瀧は意外そうな顔をした。

「ありゃ、もしかして、ふられちまったのかしら。こいつぁちょっと、予想外。どうするよキース君」
「俺にふられても困る」
「悪いね黒瀧さん。今回ばかりは相手が相手だからね。部屋を爆破されるのは勘弁してもらいたいんだよ。俺の部屋にはマスター・ゲンナイが全巻揃ってるんだ」
「マスター……なんだって?」
「漫画。とても面白いのだけど絶版でさ。古本屋でも人気が高くて、なかなか揃えられないんだ。これを燃やされるのは困る」
「……なるほどね」

 黒瀧は笑った。

「まぁ、無理にとは言わない。悪かったな」
「いや、こちらこそ力になれなくて申し訳ないね」
「なに、確かにこれは風紀委員会の仕事だ。お前達は風紀委員じゃない。お前達が申し訳なく思う理由はないさ」
「待って」

 火村は声をあげた。

「人手が足りてないんでしょ?」
「足りなけりゃ足りないでなんとか出来るよ、黒瀧さんは」

 律紀はそう言った。火村はその言い方に違和感を覚えた。黒瀧が意外だ、と言ったように、常の中山律紀ならそういった頼み事を無下に断る事はあまりしない筈なのだが。

「AOとかいうのに好き勝手されたら、困る人達がいっぱいいるのよね?」
「喜ぶ連中もいるけどな。しかし、若い連中が廃人になっていく姿を、手をこまねいてただ見ているってのは、俺は気に入らなくてね。俺の目が黒いうちはこの島でそういった事はご遠慮していただく。例えAOの皆さんが嫌といっても強制的にな」
「そうね。叩きだすべきでしょう」

 火村は頷いた。きっとそれが正しい。間違いではない筈だ。きっと。恐らく。

「あたし達は久遠ヶ原に住んでいるのよ。この島の人間なのよ。無関係じゃないわ。明日廃人にされるのは、もしかしたら久遠ヶ原学園に通う友達の誰かかもしれない。あたしはそんなの嫌だ。自分の大切なものは、自分で守る。この場所は、あたしが守る」
「なぁ火村飛鳥、風紀委員会に入らないか? お前さんなら歓迎するぜ」

 黒瀧が手を叩いてそんな事を言った。火村は考えとく、と言ってから、複雑そうな表情をしている少年へと視線をやった。

「律紀、AOと闘うのが嫌なの」
「うん、俺は嫌だ。愛書を燃やされるのは悲しい」
「あんた、そんな理由で動かない奴だった?」
「そんな理由っていうのはヒドイぜ。君にとってはどうでも良いものかもしれないが、俺にとってはとても大切な物なんだよ」

 火村は思った。偶に感じる気配だ。こういう時は、中山律紀は決まって何か嘘をついている。

「嘘ね」
「嘘って、なんでまた」
「だって、嘘でしょ、それ」

 火村が睨みつけると少年は苦虫を噛み潰したような表情をした。

「何それ理屈になってないよ。火村の友達は皆しっかりしてるからAOの誘いになんか乗らないし、黒瀧さんは俺達がいなくてもきっと勝つよ」
「そっちこそなに、その希望的観測群、まるで根拠がないじゃない」
「友達を信じろよ」
「通りの良い言葉ね。でも友達の事をちゃんと見もしないで信じるというのは、盲信じゃない。撃退士だっていったって心まで超人な訳じゃないわ。誰だって気持ちが弱くなる時がある。その時をAOが狙わないと言い切れるの」

 律紀は嘆息した。

「じゃあ、言うけどさ。この言葉は、しっかり見た上で言ってるつもりなんだけどさ。俺の大切な友人は、その手に持つ剣で人を斬ると、きっと自分自身がとても傷つくぜ」

 少年の瞳が火村を見据えていた。

「火村、君、人を殺して大丈夫なのか。今回はいつもとは訳が違う。手助けなんて形じゃない。実働隊員の一人になるんだ。君がその手で最前線に立つ事になる。あちら側もこちら側も命を張って、それを取り合う。綺麗事だけで済む訳ない。火村は斬れる、と思う。でも斬った後、大丈夫なのか。俺は君が苦しそうなの、嫌だぜ」
「でも、あたしが戦わなければ結局、別の誰かが戦うだけなんじゃないの? 背中を向けたら、他の誰かに押しつけてるだけじゃないの、それ」
「風紀委員の人達はそれが役割だ。でも火村はそうじゃないだろう」
「さっき言ったでしょ。この島の問題なんだから、無関係じゃないって。あたしは、戦うわ。黒瀧さん、あたしの力が必要なのなら手を貸すわよ」
「有難い。一人より二人。二人より三人だ」
「黒瀧さん」

 律紀が風紀委員会の長へと視線をやった。一瞬、何かが光ったように、火村には見えた。

「睨むなよ中山」

 黒瀧は口端を上げて笑い、見据え返した。

「本人の意志を尊重すべきだってのが、久遠ヶ原の方針だろう〜? 素晴らしきかな自由。自由を守る為には、闘わなければならない」
「律紀は、この問題を放っておいて良いって思ってるの?」
「そうは思っていない」
「だったら」
「火村、説得はいらないさ。そいつは来る」

 黒瀧が火村へと言った。そして律紀へと問いかける。

「元々、そのつもりだったんだろ?」

 え、と火村は呟きを洩らした。
 律紀は黒瀧を見据えたまま言う。

「火村が行くなら俺は行かないって言ったらどうする?」
「ありえない未来を担保に取引は成立しない。お前はほっとかないだろぉ〜?」
「黒瀧サンは解ったような事を言うよねぇ」
「律紀ちゃんはなんだかんだで良い奴だからぁね。解り易い。見捨てはしないだろぉ?」
「俺は行くつもりはなかったよ」

 律紀はそう言った。

「……元々、手を貸すつもりだったの?」
「君は話を聞いていたのか。俺はさっき断ったじゃないか。手を貸すつもりはなかったって言ってるだろ」

 嘘だ、と思った。

「ハニーは巻き込みたくなかったって所かね。愛されてるねー」

 黒瀧が碗に口付けながら軽い調子で声を飛ばす。
 火村は考えた。
 さっきの場面で律紀が手を貸す事を承諾していれば、火村も手を貸しただろう。だが律紀が断れば、火村も断っていたかもしれない。断った後で、こっそり自分一人だけで手伝う。そういう事か?

「律紀、あんた、あたしを騙そうとしていたの」
「繰り返すけど、俺は手を貸すつもりはなかったって言っている。信じてよ。なんで信じないの?」

 それは貴方が嘘つきだからだよ、と火村は思ったが、口には出さなかった。
 少年の瞳を見据えて言う。

「じゃあ信じるわ。律紀はAOをほっとくつもりだったし、島がどうなっても知ったこっちゃなかったし、風紀委員会に手を貸すつもりもなかったし、だから本当に断ろうとしていた、と、それが本当なのね? そうだっていうのね?」
「うん、その通り。それが本当だ」

 真っ直ぐに視線を返して真摯な表情でさらりと言って律紀は頷いた。俺が君を騙そうとなんてする訳ないじゃないか、と表情が言っている。
――そういう男だ。
 嘘つきめ、と火村は思った。
 以前、律紀は誰も傷つけたくはないと言った。だがそうやって周囲を操作してなんでもかんでも一人で解決しようとするその態度が、より深く人を傷つける事もあると、知らないのだろうか。

「そう」

 火村は呟いた。
 沈黙が降りた。

「とかく、お前達、手を貸してくれるという事で良いのか?」

 キースが言った。

「あたしは貸すわ」
「すっごく今、気分的には断りたい」

 律紀が笑顔で言った。

「でも、そういう訳にはいかないんだろうね。協力させていただくよ。ただね、見返りはそれなりの物を用意してもらえるんだろうね風紀委員会の皆さん?」
「そりゃあ〜もっちろ〜ん! 久遠ヶ原風紀委員会は気前が良いので有名なんだ」

 黒瀧がニヤと笑って言った。

「またヨウコの嘆きが聞こえるようだ」

 ぼそっとキースが呟いた。
 黒瀧はそれを聞こえないふりをして両手を広げ、そして言った。

「風紀委員会へようこそ協力者諸君。俺達と共にAOの手をこの島から退かせる為のお仕事を始めよう!」


 続く






出身はドイツで、湖に位置する小さな田舎町…



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